夜が明けると、天の機嫌がよくなっていた。たけはようやく下山できると安心するも、付きそいできた幽(ゆう)からは、まゆをひそめられてしまう。
「何もないから安心してくれ。念の為に刀と一緒に寝たしな」
服の乱れもなかった、と源氏の妻。青年は小さく息をはきながら、肩をさげる。本来なら同室でありたかったが、身分が許さないから面倒だ、と、幽は思った。
彼から見ても険悪な雰囲気を感じとれずに山をおりた一行は、迎えにきていた双方の代表者と合流する。
なお、源氏側は次期当主の光正(みつまさ)と定正(さだまさ)の子、定恒(さだつね)がである。
妻の姿を見た途端、前者は足早に近づいた。
「無事だったか。何事も無いな」
「ああ、問題ない。普通に過ごした」
「部屋数の関係上、同室でしたがね。ご心配無く」
にっこりと言い放つ、景通(かげみち)。当然、光正のこめかみには青筋がたつ。
たけを引き寄せながら、
「相変わらずだな」
「優柔不断な人間に言われてたくありませんよ。以前忠告したではありませんか」
「忠告? 光正殿、何かあったのか」
「今回の件とは関係無い事だ」
「昔に少し、ね。全くの無関係では無いでしょう。持たざる者の気持ちを考えないから、足元をすくわれるのです」
「まあまあ、景通。こちらにも事情があるのだ。調べはついているのだろう」
「ええ。だからこそ納得しかねます」
「ん。たけ殿、話の決着はつけたのでは」
「つけたぞ。断った」
「ならば話は終わりだ。何を駄々こねている」
「そう苛立たなくとも良いではありませんか。別に昨日今日で決める話でも無いのですし」
ふふ、と、余裕の景通。何を考えているのか分からない笑みに、光正は怒りが徐々につのっていく。
「落ち着け、光正。景通もそう煽るでない。まさかとは思うが、強引に連れ去ろうなどと、考えてはおるまいな」
「さあ。たけ殿次第ですかね。光正。恩義を着せて、姫を縛り付けているのではありませんか。自分がした事を忘れて」
「何が言いたい」
「一度距離を取って、たけ殿一人に考えさせてはどうか、と申しているのですよ。郎党達も共にいれば、ゆっくり気持ちの整理が出来るでしょうし」
「戯言を」
「どちらが。謀反を察して先手を打ったのを責めはしません。ですが、それとこれとは話が別。確実に苦しむのに何故生かして放置した。肉親共々、送ってやれば良かったものを」
「そ、それは」
「結局、お前は自分の事しか考えていない。だから腹立たしいのですよ。ちっとも変っていない」
痛いところを突かれた光正は、返す言葉がなかった。相手の言う通り、自分の気持ちを優先にした結果、たけは憎しみに苛(さいな)まれ、今に至っている。
「分かったなら離れなさい」
「待て。横で聞いていれば、お前こそ勝手な言い分ではないか」
「承知していますよ。とはいえ、どこかに預けるなど出来ないでしょう。だから私が預かるのです。それとも、村山家に場所の提供だけして貰いましょうか」
「そうなれば勝重(かつしげ)が怒鳴り込んで来るな」
はああ、とわざとらしい息を吐く定恒。
「ご安心を。たけ殿の気持ちの整理がつき、それでも光正との婚姻を受け入れるなら、お帰しします。たけ殿、参りましょうか」
「これ、待たんか。まだ話は終わっておらぬ」
「これ以上何を話すのです」
「某ではなくてだな」
眉をひそめた景通だが、異様な何かを感じとる。第六感とでもいおうか、その方角に視線をむけると、たけが肩を震わせながら足元に視線を落としていた。
「ん、しか」
「たけ殿?」
「私の意見は無視か、と聞いている」
きっ、と、景通をにらみつける、たけ。
「昨日断ったはずだ。どうして話を蒸し返す」
「納得しかねるからですよ」
「貴方が納得しようがしまいが、私には関係のない話だ」
「いいえ。大いに関係ありますよ」
「はあっ?」
たけの言葉を笑顔で淡々と返す景通に、あ然とする光正。定恒は腕を組みながら、
「うーん。少し気の毒になって来た」
「随分と面白い展開になっているではないか」
急に背後からした声に驚く、定恒。振り返ると、父と明心(あこ)がいた。
「何やってんだよ。合流するだけなのに」
「某に言われてもな。誰がどう、でもないし」
「ふふふ。思った通りではないか。愉快愉快」
「おっさん、一人で納得すんなって。どういうこと」
「男女のもつれだ。お前にはまだ早いかね」
「はあ」
「話半分に流しておけ。ん」
定恒の元に、幽が口をへの字にしてやってくる。青年は騒ぎの元凶に視線を送り、そのままの表情のまま戻す。
「収まるのを待つしかあるまいな」
影は、眉頭の位置を変えて、彼女たちを見る。
「源氏殿方」
所属している一同は、女性の声のほうに顔をむける。
「お館様は、その。こだわりがある方で。悪意はない」
「というより執着と言った方が良さそうだがな。君が気にする事では無いよ」
地味な色の、幽と似たような服装をしている女性。心配そうに主を見守るも、相手側への警戒は怠ってはいなかった。
関係者が見守っていると、気のせいか、たけは息を切らしてきたようにもうかがえる。
「ほ、本当にああ言えばこう、言うな」
「生憎、武術の才能が無かったもので。死ぬ物狂いで書を読み漁ったのです」
「そうは思わなかったが。それで知識や語彙が豊富な訳か」
「そちらの方が得意ですから。まあ、一応振るえる程度の力はありますよ」
このまま口頭での勝負は不利だな。ならば。
「景通殿。ひとつ勝負をしよう。もし私が負けたら、波多野家へ移動する」
「ほお。私が負けたら流れる、ですか。良いですね」
「おい。何勝手な事を」
「光正殿に言われたくない。貴方も大概に勝手だ、私も好きにやらせて貰う」
ふんっ、と、たけ。鼻息を荒くしている辺り聞く耳を持たんか、と、光正は思った。
「立場を考えれば、人目につかない方がいいと思う。周辺に開けた場所はないだろうか」
「少し山を登れば開けた場所があります」
「ではそこに移動しよう」
「折角だし、私も同行したいのだがね」
と、静かに歩みでてくる、定正。広げた扇子で顔半分を隠すも、目がやたらと、いたずら坊主のように輝いている。
「して。どの様な勝負をする」
「三本勝負をしようかと。刀を収めたままなら大した怪我も負いませぬ」
「ふむ。いささか景通殿にはやり辛かろうが、如何する」
「受けましょう。たけ殿、勝てば良いのでしょう」
「ああ。石を投げでも構わんが、急所の攻撃は禁止。話から伺うに、真正面の勝負事より、この方がやりやすいだろう」
「なら性差を気にする必要もありませんね」
「しないで貰いたい。単純に一対一の勝負だ」
「真、逞しい女子(おなご)よ。光正、手出し口出し無用ぞ」
「心得ておりまする」
「おれも行くー」
「皆来るが良い。気になるだろう」
「父上とは違った意味では」
影たちは、同時に頭を縦に振った。
目を細めた定正は扇を閉じて、結構結構、というと、近くにいた自領の影を呼び、伝達を命じる。景通も同様にし、見送ると、一行の先頭にたった。
「ご案内致します。足元にお気をつけ下さい」
多少歩きにくくなっている山道だが、普段よりもゆっくりとした速さのお陰もあり、問題なく目的地へと到着する。
とはいえ、標高がそんなに高いわけでもないので、鍛えられた人間の足腰には大して応えていないようだ。
とはいえ、開けた場所から一望する景色には、貝力を回復させる不思議な力があるのかもしれない。
「これだけの広さがあれば十分でしょう」
「そうだな。鞘が抜けない様に細工したら、始めよう」
たけと景通は縄と布を使い、鞘の保護と鍔を離れないように工夫する。
二人はむかいあうと、構えをとった。