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第二十八巻

ー/ー



 夜が明けると、天の機嫌がよくなっていた。たけはようやく下山できると安心するも、付きそいできた幽(ゆう)からは、まゆをひそめられてしまう。
 「何もないから安心してくれ。念の為に刀と一緒に寝たしな」
 服の乱れもなかった、と源氏の妻。青年は小さく息をはきながら、肩をさげる。本来なら同室でありたかったが、身分が許さないから面倒だ、と、幽は思った。
 彼から見ても険悪な雰囲気を感じとれずに山をおりた一行は、迎えにきていた双方の代表者と合流する。
 なお、源氏側は次期当主の光正(みつまさ)と定正(さだまさ)の子、定恒(さだつね)がである。
 妻の姿を見た途端、前者は足早に近づいた。
 「無事だったか。何事も無いな」
 「ああ、問題ない。普通に過ごした」
 「部屋数の関係上、同室でしたがね。ご心配無く」
 にっこりと言い放つ、景通(かげみち)。当然、光正のこめかみには青筋がたつ。
 たけを引き寄せながら、
 「相変わらずだな」
 「優柔不断な人間に言われてたくありませんよ。以前忠告したではありませんか」
 「忠告? 光正殿、何かあったのか」
 「今回の件とは関係無い事だ」
 「昔に少し、ね。全くの無関係では無いでしょう。持たざる者の気持ちを考えないから、足元をすくわれるのです」
 「まあまあ、景通。こちらにも事情があるのだ。調べはついているのだろう」
 「ええ。だからこそ納得しかねます」
 「ん。たけ殿、話の決着はつけたのでは」
 「つけたぞ。断った」
 「ならば話は終わりだ。何を駄々こねている」
 「そう苛立たなくとも良いではありませんか。別に昨日今日で決める話でも無いのですし」
 ふふ、と、余裕の景通。何を考えているのか分からない笑みに、光正は怒りが徐々につのっていく。
 「落ち着け、光正。景通もそう煽るでない。まさかとは思うが、強引に連れ去ろうなどと、考えてはおるまいな」
 「さあ。たけ殿次第ですかね。光正。恩義を着せて、姫を縛り付けているのではありませんか。自分がした事を忘れて」
 「何が言いたい」
 「一度距離を取って、たけ殿一人に考えさせてはどうか、と申しているのですよ。郎党達も共にいれば、ゆっくり気持ちの整理が出来るでしょうし」
 「戯言を」
 「どちらが。謀反を察して先手を打ったのを責めはしません。ですが、それとこれとは話が別。確実に苦しむのに何故生かして放置した。肉親共々、送ってやれば良かったものを」
 「そ、それは」
 「結局、お前は自分の事しか考えていない。だから腹立たしいのですよ。ちっとも変っていない」
 痛いところを突かれた光正は、返す言葉がなかった。相手の言う通り、自分の気持ちを優先にした結果、たけは憎しみに苛(さいな)まれ、今に至っている。
 「分かったなら離れなさい」
 「待て。横で聞いていれば、お前こそ勝手な言い分ではないか」
 「承知していますよ。とはいえ、どこかに預けるなど出来ないでしょう。だから私が預かるのです。それとも、村山家に場所の提供だけして貰いましょうか」
 「そうなれば勝重(かつしげ)が怒鳴り込んで来るな」
 はああ、とわざとらしい息を吐く定恒。
 「ご安心を。たけ殿の気持ちの整理がつき、それでも光正との婚姻を受け入れるなら、お帰しします。たけ殿、参りましょうか」
 「これ、待たんか。まだ話は終わっておらぬ」
 「これ以上何を話すのです」
 「某ではなくてだな」
 眉をひそめた景通だが、異様な何かを感じとる。第六感とでもいおうか、その方角に視線をむけると、たけが肩を震わせながら足元に視線を落としていた。
 「ん、しか」
 「たけ殿?」
 「私の意見は無視か、と聞いている」
 きっ、と、景通をにらみつける、たけ。
 「昨日断ったはずだ。どうして話を蒸し返す」
 「納得しかねるからですよ」
 「貴方が納得しようがしまいが、私には関係のない話だ」
 「いいえ。大いに関係ありますよ」
 「はあっ?」
 たけの言葉を笑顔で淡々と返す景通に、あ然とする光正。定恒は腕を組みながら、
 「うーん。少し気の毒になって来た」
 「随分と面白い展開になっているではないか」
 急に背後からした声に驚く、定恒。振り返ると、父と明心(あこ)がいた。
 「何やってんだよ。合流するだけなのに」
 「某に言われてもな。誰がどう、でもないし」
 「ふふふ。思った通りではないか。愉快愉快」
 「おっさん、一人で納得すんなって。どういうこと」
 「男女のもつれだ。お前にはまだ早いかね」
 「はあ」
 「話半分に流しておけ。ん」
 定恒の元に、幽が口をへの字にしてやってくる。青年は騒ぎの元凶に視線を送り、そのままの表情のまま戻す。
 「収まるのを待つしかあるまいな」
 影は、眉頭の位置を変えて、彼女たちを見る。
 「源氏殿方」
 所属している一同は、女性の声のほうに顔をむける。
 「お館様は、その。こだわりがある方で。悪意はない」
 「というより執着と言った方が良さそうだがな。君が気にする事では無いよ」
 地味な色の、幽と似たような服装をしている女性。心配そうに主を見守るも、相手側への警戒は怠ってはいなかった。
 関係者が見守っていると、気のせいか、たけは息を切らしてきたようにもうかがえる。
 「ほ、本当にああ言えばこう、言うな」
 「生憎、武術の才能が無かったもので。死ぬ物狂いで書を読み漁ったのです」
 「そうは思わなかったが。それで知識や語彙が豊富な訳か」
 「そちらの方が得意ですから。まあ、一応振るえる程度の力はありますよ」
 このまま口頭での勝負は不利だな。ならば。
 「景通殿。ひとつ勝負をしよう。もし私が負けたら、波多野家へ移動する」
 「ほお。私が負けたら流れる、ですか。良いですね」
 「おい。何勝手な事を」
 「光正殿に言われたくない。貴方も大概に勝手だ、私も好きにやらせて貰う」
 ふんっ、と、たけ。鼻息を荒くしている辺り聞く耳を持たんか、と、光正は思った。
 「立場を考えれば、人目につかない方がいいと思う。周辺に開けた場所はないだろうか」
 「少し山を登れば開けた場所があります」
 「ではそこに移動しよう」
 「折角だし、私も同行したいのだがね」
 と、静かに歩みでてくる、定正。広げた扇子で顔半分を隠すも、目がやたらと、いたずら坊主のように輝いている。
 「して。どの様な勝負をする」
 「三本勝負をしようかと。刀を収めたままなら大した怪我も負いませぬ」
 「ふむ。いささか景通殿にはやり辛かろうが、如何する」
 「受けましょう。たけ殿、勝てば良いのでしょう」
 「ああ。石を投げでも構わんが、急所の攻撃は禁止。話から伺うに、真正面の勝負事より、この方がやりやすいだろう」
 「なら性差を気にする必要もありませんね」
 「しないで貰いたい。単純に一対一の勝負だ」
 「真、逞しい女子(おなご)よ。光正、手出し口出し無用ぞ」
 「心得ておりまする」
 「おれも行くー」
 「皆来るが良い。気になるだろう」
 「父上とは違った意味では」
 影たちは、同時に頭を縦に振った。
 目を細めた定正は扇を閉じて、結構結構、というと、近くにいた自領の影を呼び、伝達を命じる。景通も同様にし、見送ると、一行の先頭にたった。
 「ご案内致します。足元にお気をつけ下さい」
 多少歩きにくくなっている山道だが、普段よりもゆっくりとした速さのお陰もあり、問題なく目的地へと到着する。
 とはいえ、標高がそんなに高いわけでもないので、鍛えられた人間の足腰には大して応えていないようだ。
 とはいえ、開けた場所から一望する景色には、貝力を回復させる不思議な力があるのかもしれない。
 「これだけの広さがあれば十分でしょう」
 「そうだな。鞘が抜けない様に細工したら、始めよう」
 たけと景通は縄と布を使い、鞘の保護と鍔を離れないように工夫する。
 二人はむかいあうと、構えをとった。


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 「何もないから安心してくれ。念の為に刀と一緒に寝たしな」
 服の乱れもなかった、と源氏の妻。青年は小さく息をはきながら、肩をさげる。本来なら同室でありたかったが、身分が許さないから面倒だ、と、幽は思った。
 彼から見ても険悪な雰囲気を感じとれずに山をおりた一行は、迎えにきていた双方の代表者と合流する。
 なお、源氏側は次期当主の光正(みつまさ)と定正(さだまさ)の子、定恒(さだつね)がである。
 妻の姿を見た途端、前者は足早に近づいた。
 「無事だったか。何事も無いな」
 「ああ、問題ない。普通に過ごした」
 「部屋数の関係上、同室でしたがね。ご心配無く」
 にっこりと言い放つ、景通(かげみち)。当然、光正のこめかみには青筋がたつ。
 たけを引き寄せながら、
 「相変わらずだな」
 「優柔不断な人間に言われてたくありませんよ。以前忠告したではありませんか」
 「忠告? 光正殿、何かあったのか」
 「今回の件とは関係無い事だ」
 「昔に少し、ね。全くの無関係では無いでしょう。持たざる者の気持ちを考えないから、足元をすくわれるのです」
 「まあまあ、景通。こちらにも事情があるのだ。調べはついているのだろう」
 「ええ。だからこそ納得しかねます」
 「ん。たけ殿、話の決着はつけたのでは」
 「つけたぞ。断った」
 「ならば話は終わりだ。何を駄々こねている」
 「そう苛立たなくとも良いではありませんか。別に昨日今日で決める話でも無いのですし」
 ふふ、と、余裕の景通。何を考えているのか分からない笑みに、光正は怒りが徐々につのっていく。
 「落ち着け、光正。景通もそう煽るでない。まさかとは思うが、強引に連れ去ろうなどと、考えてはおるまいな」
 「さあ。たけ殿次第ですかね。光正。恩義を着せて、姫を縛り付けているのではありませんか。自分がした事を忘れて」
 「何が言いたい」
 「一度距離を取って、たけ殿一人に考えさせてはどうか、と申しているのですよ。郎党達も共にいれば、ゆっくり気持ちの整理が出来るでしょうし」
 「戯言を」
 「どちらが。謀反を察して先手を打ったのを責めはしません。ですが、それとこれとは話が別。確実に苦しむのに何故生かして放置した。肉親共々、送ってやれば良かったものを」
 「そ、それは」
 「結局、お前は自分の事しか考えていない。だから腹立たしいのですよ。ちっとも変っていない」
 痛いところを突かれた光正は、返す言葉がなかった。相手の言う通り、自分の気持ちを優先にした結果、たけは憎しみに苛(さいな)まれ、今に至っている。
 「分かったなら離れなさい」
 「待て。横で聞いていれば、お前こそ勝手な言い分ではないか」
 「承知していますよ。とはいえ、どこかに預けるなど出来ないでしょう。だから私が預かるのです。それとも、村山家に場所の提供だけして貰いましょうか」
 「そうなれば勝重(かつしげ)が怒鳴り込んで来るな」
 はああ、とわざとらしい息を吐く定恒。
 「ご安心を。たけ殿の気持ちの整理がつき、それでも光正との婚姻を受け入れるなら、お帰しします。たけ殿、参りましょうか」
 「これ、待たんか。まだ話は終わっておらぬ」
 「これ以上何を話すのです」
 「某ではなくてだな」
 眉をひそめた景通だが、異様な何かを感じとる。第六感とでもいおうか、その方角に視線をむけると、たけが肩を震わせながら足元に視線を落としていた。
 「ん、しか」
 「たけ殿?」
 「私の意見は無視か、と聞いている」
 きっ、と、景通をにらみつける、たけ。
 「昨日断ったはずだ。どうして話を蒸し返す」
 「納得しかねるからですよ」
 「貴方が納得しようがしまいが、私には関係のない話だ」
 「いいえ。大いに関係ありますよ」
 「はあっ?」
 たけの言葉を笑顔で淡々と返す景通に、あ然とする光正。定恒は腕を組みながら、
 「うーん。少し気の毒になって来た」
 「随分と面白い展開になっているではないか」
 急に背後からした声に驚く、定恒。振り返ると、父と明心(あこ)がいた。
 「何やってんだよ。合流するだけなのに」
 「某に言われてもな。誰がどう、でもないし」
 「ふふふ。思った通りではないか。愉快愉快」
 「おっさん、一人で納得すんなって。どういうこと」
 「男女のもつれだ。お前にはまだ早いかね」
 「はあ」
 「話半分に流しておけ。ん」
 定恒の元に、幽が口をへの字にしてやってくる。青年は騒ぎの元凶に視線を送り、そのままの表情のまま戻す。
 「収まるのを待つしかあるまいな」
 影は、眉頭の位置を変えて、彼女たちを見る。
 「源氏殿方」
 所属している一同は、女性の声のほうに顔をむける。
 「お館様は、その。こだわりがある方で。悪意はない」
 「というより執着と言った方が良さそうだがな。君が気にする事では無いよ」
 地味な色の、幽と似たような服装をしている女性。心配そうに主を見守るも、相手側への警戒は怠ってはいなかった。
 関係者が見守っていると、気のせいか、たけは息を切らしてきたようにもうかがえる。
 「ほ、本当にああ言えばこう、言うな」
 「生憎、武術の才能が無かったもので。死ぬ物狂いで書を読み漁ったのです」
 「そうは思わなかったが。それで知識や語彙が豊富な訳か」
 「そちらの方が得意ですから。まあ、一応振るえる程度の力はありますよ」
 このまま口頭での勝負は不利だな。ならば。
 「景通殿。ひとつ勝負をしよう。もし私が負けたら、波多野家へ移動する」
 「ほお。私が負けたら流れる、ですか。良いですね」
 「おい。何勝手な事を」
 「光正殿に言われたくない。貴方も大概に勝手だ、私も好きにやらせて貰う」
 ふんっ、と、たけ。鼻息を荒くしている辺り聞く耳を持たんか、と、光正は思った。
 「立場を考えれば、人目につかない方がいいと思う。周辺に開けた場所はないだろうか」
 「少し山を登れば開けた場所があります」
 「ではそこに移動しよう」
 「折角だし、私も同行したいのだがね」
 と、静かに歩みでてくる、定正。広げた扇子で顔半分を隠すも、目がやたらと、いたずら坊主のように輝いている。
 「して。どの様な勝負をする」
 「三本勝負をしようかと。刀を収めたままなら大した怪我も負いませぬ」
 「ふむ。いささか景通殿にはやり辛かろうが、如何する」
 「受けましょう。たけ殿、勝てば良いのでしょう」
 「ああ。石を投げでも構わんが、急所の攻撃は禁止。話から伺うに、真正面の勝負事より、この方がやりやすいだろう」
 「なら性差を気にする必要もありませんね」
 「しないで貰いたい。単純に一対一の勝負だ」
 「真、逞しい女子(おなご)よ。光正、手出し口出し無用ぞ」
 「心得ておりまする」
 「おれも行くー」
 「皆来るが良い。気になるだろう」
 「父上とは違った意味では」
 影たちは、同時に頭を縦に振った。
 目を細めた定正は扇を閉じて、結構結構、というと、近くにいた自領の影を呼び、伝達を命じる。景通も同様にし、見送ると、一行の先頭にたった。
 「ご案内致します。足元にお気をつけ下さい」
 多少歩きにくくなっている山道だが、普段よりもゆっくりとした速さのお陰もあり、問題なく目的地へと到着する。
 とはいえ、標高がそんなに高いわけでもないので、鍛えられた人間の足腰には大して応えていないようだ。
 とはいえ、開けた場所から一望する景色には、貝力を回復させる不思議な力があるのかもしれない。
 「これだけの広さがあれば十分でしょう」
 「そうだな。鞘が抜けない様に細工したら、始めよう」
 たけと景通は縄と布を使い、鞘の保護と鍔を離れないように工夫する。
 二人はむかいあうと、構えをとった。