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第二十七巻

ー/ー



 突然の雨にふられた、たけと波多野景通(はたのかげみち)は、連れてきた影と一緒に雨宿りをする羽目になった。本来なら下山してお開きになるはずだったのだが。
 「さすがに影の報告が無くても察するでしょう。どちらかが怪我を負ってしまったら、後々面倒になる」
 そもそも交渉自体をしなければ何も起こらなかった、と、たけは一瞬思ったが、彼には彼の考えと想いがあっての事でもある。誰かが行動を起こせば第三者に何らかの影響を及ぼすのは、致し方ないだろう。
 「それにしても止みませんね。ここで一泊するのも考えた方が良さそうです」
 治まるどころかさらに勢いを増している雨は、見渡す限りの暗雲から降り注いでいた。
 「雲がずっと続いている。夜通しになるかもしれないな」
 「困ったものです。ここ最近、天候の急変が多くて。住職様にお願いして参ります」
 そう話した景通は、ゆっくりと立ちあがり、部屋を後にする。山の天気は変わりやすいが、小半時ぐらいでの変わりようは、竹にとって初めての体験だった。源氏領より海側にあるこの土地は、その影響もあるのかもしれない。
 「お許しを頂けました。食事も振舞って下さるそうです」
 「有難い。私も住職様にご挨拶に伺わなければ」
 「ああ、大丈夫ですよ。ここの住職様とは個人的にもお世話になっている方ですから」
 「そ、そうか」
 「ええ。皆の分もお伝えしましたし」
 「ありがとうございます」
 それにしても。他の人間がいるとはいえ、敵対しかけている、しかも夫以外の男性と一夜を過ごさなければならないとは。
 とはいえ、無理に下山する訳にもいかないのは確かだ。たけは自意識過剰だ、と、少々気恥ずかしく感じた。
 夕餉が終わって外を見るも、相変わらずの滝模様にため息がでてしまう、たけ。ちなみに、影たちは別の部屋で食事をし、既に警護にあたっている。
 今日ぐらいゆっくりしてはどうか、と景通が提案したが、二人ともそろって遠慮するという珍現象が起き、若干雰囲気が和らいではいた。
 「まだ雲は変わっていない様ですね」
 「うわあつ」
 「おや、失礼。驚かすつもりはなかったのですが」
 「い、いえ。私もぼんやりしていて」
 「たまには良いでしょう。折角ゆっくり出来る機会ですし」
 常日頃からのぼんやりはどうかと思いますが、と男性。手には朱柄傘(おおえがさ)がある。
 「近くで植物観賞でも、と。大き目のを借りて来ましたので、ご一緒に如何です。石伝えに歩けば、足元もそんなに汚れませんし」
 「詳しくなくても良ければ」
 「構いませんよ。見るだけですから」
 にこり、と笑う景通。広げた傘の中から覗く植物は、雨であおられているせいか、生き生きとして見える。
 しばらくいると、土の香りがしてきて、二人は安らいだ気持ちになる。
 「こうしていると、世の中の争いなど馬鹿げている、と思いませんか」
 「確かにな。世の中が平和になればと思うが、難しいだろう。人間が人間である以上は。む」
 「どうしました」
 「ああ、食べられる野草が自生していると思って」
 「これですね。我が家の庭にもありますよ」
 「そうなのか。山の中にしかないのかと思っていたが、植えれるのか」
 「伸びた後の見た目を考慮すれば。非常食としても役に立ちます」
 「ふうん。その発想はなかった」
 「お詳しいのですね」
 「教えて貰ったのもあれば、経験で知っているのもある。花の種類とか言葉は、少々な」
 「そうでしたか。失礼を」
 「気にしないで頂きたい。当時は大変だったが、今となっては良い体験をしたと思っているので」
 「その様に考えられる貴女は、やはりお強い」
 「武士として、とても有難い誉め言葉だ」
 二人は笑いあうと建物の中に戻る。
 「折角ですし、打ち合いでもしてみますか。女性の武士とはした事が無いのです」
 「そうだな。まだ明るいし、お借りできるのなら体を動かそう」
 その背中を心配そうに見送る、男性の影の姿があったのは、二人とも気づいていない。
 住職からは鞘にいれた状態なら、という条件の元、許可をもらえた。普段ならこなしている鍛錬をしていなかったからか、たけは少し心がおどる。
 本来なら木刀でおこなうが、寺院に武器となりうるものは置いていない故の対応だ。
 鞘に傷がつかぬよう布をまき終えると、
 「力加減が分かりかねますので、お先にどうぞ」
 「ああ。では、失礼して」
 男女間における力の差というのは自然の摂理。たけは呼吸を整えて構え、景通へとむかっていく。
 想像以上に重い一撃に、
 「刀と体格があっていないと思いましたが。杞憂でしたね」
 「貴方の見解はあっている。初めは振るうのも出来なかった」
 再び打ちこむ、女性。
 「私の腕では重すぎるのだ。だが、どうしてもこの刀で光正殿を討ちたかった。その想いだけで、何とかやってきただけ」
 「それで常に両手持ちなのですね。気持ちだけで、良くそこまで」
 男性は左手で鞘の先を抑え、顔を近づける。
 「残念です。どうしてもっと、早く出会え無かったのか」
 「ん?」
 「こちらの話です。次は私から参りましょう」
 打ち合いの途中に相手の刀を握った時点で驚いたが、言葉に含まれる意味が理解できない、たけ。何を伝えたかったのかと聞こうと思ったが、相手はすでに構えていた。
 勢いよく鞘がぶつかる音がすると、たけの足に必要以上の力がはいる。とはいえ、手加減しているのだろう衝撃は、光正のそれに比べると大分小さい。
 「光正殿とも打ち合いを?」
 「ええ木刀で。刀は駄目だと、源家の乳母殿にきつくいわれまして」
 「妥当でしょうね。危険極まりない」
 ここまで簡単に受け止められるとは思いませんでした、と、景通。筋を見るに決して弱くはないが、会話にでた人物は闘神阿修羅の化身とも呼ばれる存在。比べるには相手が悪すぎる。
 交代しながら何度か打ちあう間に、湯の準備ができた、と影が報告にきた。二人は汗を流し、あてがわれた部屋へと戻った。
 が、寝所が同じ場所である。
 固まってしまっている、たけの顔を覗きこみながら、波多野家当主は、
 「我が家に来る前に、添い寝の練習でもしましょうか」
 「ななな、なっ」
 「おや」
 思わず見開いてしまった男性。簡単に受け流すだろうという予想は外れたが、意外な収穫であった。
 「冗談ですよ。楽しみに取っておきます」
 「その話は断ったはずだ」
 「一旦切り上げただけです。まあ、続きは明日にしましょう。当事者を交えて話をすれば良いので」
 「ぐぅっ」
 ああいえばこういう、本当に女並の口だな。いや、私も女だが、口合戦は不得手だし。
 たけは、明心(あこ)ならどうあしらうのかと、思い浮かべてしまう。
 「そういえば、明心(あこ)という少年。中々頭が回りますね」
 たけの両肩が、びくり、とあがる。
 「どうかされましたか」
 「ど、読心術でも使えるのか、と」
 「ふふ。たけ殿が分かりやすいだけです。まだまだ甘い所はありますが、色々と潜り抜けて来た様子でしたし」
 「む、昔からそうなのだ。私より遥かに口が回る」
 「力が無い分、知恵をつけて生き延びたのでしょう。逞しい限りです」
 詳細までは踏みこめずとも、お互いがお互いを大切な存在であるのは間違いない。そして、異性、というより、肉親の情に近いものなのだろう、と景通は感じた。
 二人は未だにふりしきる天候の回復を願いつつ、早朝に出発できるよう準備をしたのち、眠りにつく。当然、距離を開けて、だ。
 さすがのたけもそこは頑として譲らず、最終的には力ずくでこようとした彼女をいさめるのに、一苦労した景通であった。

 【補足】
 小半時:ここでは現在でいう三十分。


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 「さすがに影の報告が無くても察するでしょう。どちらかが怪我を負ってしまったら、後々面倒になる」
 そもそも交渉自体をしなければ何も起こらなかった、と、たけは一瞬思ったが、彼には彼の考えと想いがあっての事でもある。誰かが行動を起こせば第三者に何らかの影響を及ぼすのは、致し方ないだろう。
 「それにしても止みませんね。ここで一泊するのも考えた方が良さそうです」
 治まるどころかさらに勢いを増している雨は、見渡す限りの暗雲から降り注いでいた。
 「雲がずっと続いている。夜通しになるかもしれないな」
 「困ったものです。ここ最近、天候の急変が多くて。住職様にお願いして参ります」
 そう話した景通は、ゆっくりと立ちあがり、部屋を後にする。山の天気は変わりやすいが、小半時ぐらいでの変わりようは、竹にとって初めての体験だった。源氏領より海側にあるこの土地は、その影響もあるのかもしれない。
 「お許しを頂けました。食事も振舞って下さるそうです」
 「有難い。私も住職様にご挨拶に伺わなければ」
 「ああ、大丈夫ですよ。ここの住職様とは個人的にもお世話になっている方ですから」
 「そ、そうか」
 「ええ。皆の分もお伝えしましたし」
 「ありがとうございます」
 それにしても。他の人間がいるとはいえ、敵対しかけている、しかも夫以外の男性と一夜を過ごさなければならないとは。
 とはいえ、無理に下山する訳にもいかないのは確かだ。たけは自意識過剰だ、と、少々気恥ずかしく感じた。
 夕餉が終わって外を見るも、相変わらずの滝模様にため息がでてしまう、たけ。ちなみに、影たちは別の部屋で食事をし、既に警護にあたっている。
 今日ぐらいゆっくりしてはどうか、と景通が提案したが、二人ともそろって遠慮するという珍現象が起き、若干雰囲気が和らいではいた。
 「まだ雲は変わっていない様ですね」
 「うわあつ」
 「おや、失礼。驚かすつもりはなかったのですが」
 「い、いえ。私もぼんやりしていて」
 「たまには良いでしょう。折角ゆっくり出来る機会ですし」
 常日頃からのぼんやりはどうかと思いますが、と男性。手には朱柄傘(おおえがさ)がある。
 「近くで植物観賞でも、と。大き目のを借りて来ましたので、ご一緒に如何です。石伝えに歩けば、足元もそんなに汚れませんし」
 「詳しくなくても良ければ」
 「構いませんよ。見るだけですから」
 にこり、と笑う景通。広げた傘の中から覗く植物は、雨であおられているせいか、生き生きとして見える。
 しばらくいると、土の香りがしてきて、二人は安らいだ気持ちになる。
 「こうしていると、世の中の争いなど馬鹿げている、と思いませんか」
 「確かにな。世の中が平和になればと思うが、難しいだろう。人間が人間である以上は。む」
 「どうしました」
 「ああ、食べられる野草が自生していると思って」
 「これですね。我が家の庭にもありますよ」
 「そうなのか。山の中にしかないのかと思っていたが、植えれるのか」
 「伸びた後の見た目を考慮すれば。非常食としても役に立ちます」
 「ふうん。その発想はなかった」
 「お詳しいのですね」
 「教えて貰ったのもあれば、経験で知っているのもある。花の種類とか言葉は、少々な」
 「そうでしたか。失礼を」
 「気にしないで頂きたい。当時は大変だったが、今となっては良い体験をしたと思っているので」
 「その様に考えられる貴女は、やはりお強い」
 「武士として、とても有難い誉め言葉だ」
 二人は笑いあうと建物の中に戻る。
 「折角ですし、打ち合いでもしてみますか。女性の武士とはした事が無いのです」
 「そうだな。まだ明るいし、お借りできるのなら体を動かそう」
 その背中を心配そうに見送る、男性の影の姿があったのは、二人とも気づいていない。
 住職からは鞘にいれた状態なら、という条件の元、許可をもらえた。普段ならこなしている鍛錬をしていなかったからか、たけは少し心がおどる。
 本来なら木刀でおこなうが、寺院に武器となりうるものは置いていない故の対応だ。
 鞘に傷がつかぬよう布をまき終えると、
 「力加減が分かりかねますので、お先にどうぞ」
 「ああ。では、失礼して」
 男女間における力の差というのは自然の摂理。たけは呼吸を整えて構え、景通へとむかっていく。
 想像以上に重い一撃に、
 「刀と体格があっていないと思いましたが。杞憂でしたね」
 「貴方の見解はあっている。初めは振るうのも出来なかった」
 再び打ちこむ、女性。
 「私の腕では重すぎるのだ。だが、どうしてもこの刀で光正殿を討ちたかった。その想いだけで、何とかやってきただけ」
 「それで常に両手持ちなのですね。気持ちだけで、良くそこまで」
 男性は左手で鞘の先を抑え、顔を近づける。
 「残念です。どうしてもっと、早く出会え無かったのか」
 「ん?」
 「こちらの話です。次は私から参りましょう」
 打ち合いの途中に相手の刀を握った時点で驚いたが、言葉に含まれる意味が理解できない、たけ。何を伝えたかったのかと聞こうと思ったが、相手はすでに構えていた。
 勢いよく鞘がぶつかる音がすると、たけの足に必要以上の力がはいる。とはいえ、手加減しているのだろう衝撃は、光正のそれに比べると大分小さい。
 「光正殿とも打ち合いを?」
 「ええ木刀で。刀は駄目だと、源家の乳母殿にきつくいわれまして」
 「妥当でしょうね。危険極まりない」
 ここまで簡単に受け止められるとは思いませんでした、と、景通。筋を見るに決して弱くはないが、会話にでた人物は闘神阿修羅の化身とも呼ばれる存在。比べるには相手が悪すぎる。
 交代しながら何度か打ちあう間に、湯の準備ができた、と影が報告にきた。二人は汗を流し、あてがわれた部屋へと戻った。
 が、寝所が同じ場所である。
 固まってしまっている、たけの顔を覗きこみながら、波多野家当主は、
 「我が家に来る前に、添い寝の練習でもしましょうか」
 「ななな、なっ」
 「おや」
 思わず見開いてしまった男性。簡単に受け流すだろうという予想は外れたが、意外な収穫であった。
 「冗談ですよ。楽しみに取っておきます」
 「その話は断ったはずだ」
 「一旦切り上げただけです。まあ、続きは明日にしましょう。当事者を交えて話をすれば良いので」
 「ぐぅっ」
 ああいえばこういう、本当に女並の口だな。いや、私も女だが、口合戦は不得手だし。
 たけは、明心(あこ)ならどうあしらうのかと、思い浮かべてしまう。
 「そういえば、明心(あこ)という少年。中々頭が回りますね」
 たけの両肩が、びくり、とあがる。
 「どうかされましたか」
 「ど、読心術でも使えるのか、と」
 「ふふ。たけ殿が分かりやすいだけです。まだまだ甘い所はありますが、色々と潜り抜けて来た様子でしたし」
 「む、昔からそうなのだ。私より遥かに口が回る」
 「力が無い分、知恵をつけて生き延びたのでしょう。逞しい限りです」
 詳細までは踏みこめずとも、お互いがお互いを大切な存在であるのは間違いない。そして、異性、というより、肉親の情に近いものなのだろう、と景通は感じた。
 二人は未だにふりしきる天候の回復を願いつつ、早朝に出発できるよう準備をしたのち、眠りにつく。当然、距離を開けて、だ。
 さすがのたけもそこは頑として譲らず、最終的には力ずくでこようとした彼女をいさめるのに、一苦労した景通であった。
 【補足】
 小半時:ここでは現在でいう三十分。