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遠野の自殺から二日後。安立は釣鐘に呼び出されていた。

「遠野の自殺、ノイローゼで処理したんですね」

机の上で手を組んで、安立を見ようとしない釣鐘に、礼を含めた意味で言った。

「マスコミ対策や。犯罪に加担してた事実より、ノイローゼのほうがな」
「それで今日は、どうしはったんですか?」

釣鐘が自分を呼んだからには、何かあるのは確かだった。安立は、その時が来るまで、じっと耐えて待った。冷静を保っている思考とは反対に、鼓動が意思に反して早くなる。
ふうっと長く息を吐いた釣鐘が、重い口をやっと開いた。

「昭島議員のNPO法人の件からは、手を引け。宮本と現金輸送車強奪の主犯の青山だけに重点を置いて進めること。ウッズ」
「ちょっと待ってください!」

釣鐘に言葉を遮り、安立の体は言葉の強さだけ、釣鐘の机に近づいていた。

「ウッズ・ファイナンスの青山から昭島に金が流れてるんは、遠野の残したデータで、ほぼ確定してます。昭島を引っ張るには十分なんですよ! 他にも証拠はあるんです」

釣鐘は、瞑想するみたいに目を閉じている。安立の言葉を聞いているのかいないのかよりも、釣鐘の言葉は石のように重くて硬く、どうすることもできないと表していると感じられた。

「もしかして、上から――」

ずっと安立の顔を見ようとしなかった釣鐘が、初めて目を合わせてきた。

「俺の失敗や。根回しなんかせんと、そのまま突っ走ってしまったらよかった」

釣鐘も組んでいる手の甲は白く、指先は赤くなっている。
遠野の置き土産をゴミしていい訳がない。安立は釣鐘に詰め寄ってはみたが、手を引けとしか言わなかった。
このまま捜査員の元に戻ると、暴れてしまう。安立は強く拳を握り締めたまま、道場へ寄った。

着ていた上着を脱いで、シャツ一枚になった安立は、置いてある竹刀を手に取って、素振りを始めた。
上からの横槍が入って捜査を取り上げられるのは、今回ばかりではない。過去にもあった。
だが、今回の昭島の件は、今までとは状況が全く違う。遠野が残してくれた資料があるのに、ないものとされたのが許せなかったし、命令に従うしかない自分に苛立った。

遠野が残してくれたデータの事実が、捜査員の士気をより高めているのに、昭島の件を諦めろと言わなければならない。安立は目に見えない怒りを叩き割るように、竹刀を振り続けた。


  
宮本の自供から、高飛び寸前の青山を捜査一課が逮捕。二人を引き合わせた宮本の大学の同期で美井銀行勤務の麻生も、現金強奪と宮本が起こした詐欺を幇助した罪で、逮捕。
調べていく内に、麻生は麻生で、横領していた事実が浮かんできたのと、やはりあの金岡も絡んでいた。安立たちは忙しい日々を送っていたが、やっと落ち着いてきていた。

気がつけば青々としていた木々の葉が、赤や黄色になり始めていて、夜もかなり過ごしやすく変化していた。
一旦、捜査員の息抜きのために、休みを設けた安立は、池田市の高台にある霊園に来ていた。

府内を見渡せる場所は、ひっそりとしていて、気分を感傷的にされる。線香と仏花を霊園入口で買っていた安立は、真新墓石の前に線香と仏花を立てた。来る途中にコンビニで買った缶ビール、とツマミを備えて、手を合わせた。
合掌したまま安立は、昭島の件を謝罪した。
結局、遠野がどんな人間で、何を考えていたのか、安立には分からないままだったし、周りの反応も、似たようなものだった。

特に親しい人間もおらず、もしもが自分がもっと……とやはり頭を過る。じっと見ていても、冷たい石から返事があるわけでもない。
その時、ポケットの中で携帯が振動した。

「高石さん、どうしはったんですか?」

話をするのはあの食堂以来なのに、もう何ヶ月も前の気がした。

「別にな。今、どこにおんねん」
「今日は、皆に休暇を取らせたんですよ」

フンッと高石の鼻の音が聞こえた。今は高石と張り合う気力がない安立は、相手が話し出すのを待った。

「近い内に、飲みにでも行けへんか」

思わぬ人間からの誘いほど驚かないことはない。安立は思わず「誰とですか?」と聞き返した。

「お前に決まってるやろ! ええか。俺はお前より背が低いけど、器も心も宇宙くらいに広いんや。知捜もだいぶ落ち着いてきてんやろ。時間ができたら連絡してこい」
「ちょ、ちょっと。高石さん。何を企んでるですか?」
「人聞きが悪いこと言うな! あほんだら。とにかく分かったな。いつまでも辛気臭い声、出すな。電話、絶対に架けてこいよ」

 高石は、唖然とする安立を置き去りのまま、電話を切ってしまった。
 もしかして、気に懸けてくれているのかもしれない。あの高石に興味が湧いてきた。
 急に強い風が吹いて、スーツのジャケットが大きく靡いた。もしの考えを浮かばせないためにも、高石と飲みに行くのもいいかもしれない。酒を飲むと本性が見えてくる時もある。
 遠野の墓石を正面に、安立は高石に電話を折り返した。






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遠野の自殺から二日後。安立は釣鐘に呼び出されていた。

「遠野の自殺、ノイローゼで処理したんですね」

机の上で手を組んで、安立を見ようとしない釣鐘に、礼を含めた意味で言った。

「マスコミ対策や。犯罪に加担してた事実より、ノイローゼのほうがな」
「それで今日は、どうしはったんですか?」

釣鐘が自分を呼んだからには、何かあるのは確かだった。安立は、その時が来るまで、じっと耐えて待った。冷静を保っている思考とは反対に、鼓動が意思に反して早くなる。
ふうっと長く息を吐いた釣鐘が、重い口をやっと開いた。

「昭島議員のNPO法人の件からは、手を引け。宮本と現金輸送車強奪の主犯の青山だけに重点を置いて進めること。ウッズ」
「ちょっと待ってください!」

釣鐘に言葉を遮り、安立の体は言葉の強さだけ、釣鐘の机に近づいていた。

「ウッズ・ファイナンスの青山から昭島に金が流れてるんは、遠野の残したデータで、ほぼ確定してます。昭島を引っ張るには十分なんですよ! 他にも証拠はあるんです」

釣鐘は、瞑想するみたいに目を閉じている。安立の言葉を聞いているのかいないのかよりも、釣鐘の言葉は石のように重くて硬く、どうすることもできないと表していると感じられた。

「もしかして、上から――」

ずっと安立の顔を見ようとしなかった釣鐘が、初めて目を合わせてきた。

「俺の失敗や。根回しなんかせんと、そのまま突っ走ってしまったらよかった」

釣鐘も組んでいる手の甲は白く、指先は赤くなっている。
遠野の置き土産をゴミしていい訳がない。安立は釣鐘に詰め寄ってはみたが、手を引けとしか言わなかった。
このまま捜査員の元に戻ると、暴れてしまう。安立は強く拳を握り締めたまま、道場へ寄った。

着ていた上着を脱いで、シャツ一枚になった安立は、置いてある竹刀を手に取って、素振りを始めた。
上からの横槍が入って捜査を取り上げられるのは、今回ばかりではない。過去にもあった。
だが、今回の昭島の件は、今までとは状況が全く違う。遠野が残してくれた資料があるのに、ないものとされたのが許せなかったし、命令に従うしかない自分に苛立った。

遠野が残してくれたデータの事実が、捜査員の士気をより高めているのに、昭島の件を諦めろと言わなければならない。安立は目に見えない怒りを叩き割るように、竹刀を振り続けた。


  
宮本の自供から、高飛び寸前の青山を捜査一課が逮捕。二人を引き合わせた宮本の大学の同期で美井銀行勤務の麻生も、現金強奪と宮本が起こした詐欺を幇助した罪で、逮捕。
調べていく内に、麻生は麻生で、横領していた事実が浮かんできたのと、やはりあの金岡も絡んでいた。安立たちは忙しい日々を送っていたが、やっと落ち着いてきていた。

気がつけば青々としていた木々の葉が、赤や黄色になり始めていて、夜もかなり過ごしやすく変化していた。
一旦、捜査員の息抜きのために、休みを設けた安立は、池田市の高台にある霊園に来ていた。

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合掌したまま安立は、昭島の件を謝罪した。
結局、遠野がどんな人間で、何を考えていたのか、安立には分からないままだったし、周りの反応も、似たようなものだった。

特に親しい人間もおらず、もしもが自分がもっと……とやはり頭を過る。じっと見ていても、冷たい石から返事があるわけでもない。
その時、ポケットの中で携帯が振動した。

「高石さん、どうしはったんですか?」

話をするのはあの食堂以来なのに、もう何ヶ月も前の気がした。

「別にな。今、どこにおんねん」
「今日は、皆に休暇を取らせたんですよ」

フンッと高石の鼻の音が聞こえた。今は高石と張り合う気力がない安立は、相手が話し出すのを待った。

「近い内に、飲みにでも行けへんか」

思わぬ人間からの誘いほど驚かないことはない。安立は思わず「誰とですか?」と聞き返した。

「お前に決まってるやろ! ええか。俺はお前より背が低いけど、器も心も宇宙くらいに広いんや。知捜もだいぶ落ち着いてきてんやろ。時間ができたら連絡してこい」
「ちょ、ちょっと。高石さん。何を企んでるですか?」
「人聞きが悪いこと言うな! あほんだら。とにかく分かったな。いつまでも辛気臭い声、出すな。電話、絶対に架けてこいよ」

 高石は、唖然とする安立を置き去りのまま、電話を切ってしまった。
 もしかして、気に懸けてくれているのかもしれない。あの高石に興味が湧いてきた。
 急に強い風が吹いて、スーツのジャケットが大きく靡いた。もしの考えを浮かばせないためにも、高石と飲みに行くのもいいかもしれない。酒を飲むと本性が見えてくる時もある。
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