ヒロと出会って、3回目の3月が来た。
俺はもうすぐ大学を卒業して、4月から社会人になる。就職先は東京のIT企業だ。
ヒロは、2月いっぱいで勤めていた市役所を辞めた。それで、4月から東京の一般企業に転職することが決まっている。
そんなわけで、現在無職のヒロは、俺たちの新居の契約と、自身の引っ越しの準備や各種手続きに奔走しているらしい。
そう。俺とヒロは、この4月から東京で一緒に暮らすことにしたのだ。
初めての社会人生活、行ったことはあるけど住むのは初めての東京、そして、初めての恋しい男との同居生活。
俺にとっては何もかもが、ここからスタートと言っても過言ではない。
そんなわけで、新しい生活への期待感と、漠然とした不安感に押されて、近頃の俺は何かと舞い上がり気味だ。
対してヒロの方は、初めて東京で、それも一般企業で仕事をするにも関わらず、至って冷静そのものだ。
流石、酸いも甘いも知り尽くした、アラフォー世代の余裕というべきだろうか。
「元々俺がこっちで市役所職員になったのは、ハルの傍を離れたくなかったからなんだよ」
ヒロはハンドルを握りながら、そう打ち明けてくれた。
「ハルがいなくなった今となっちゃ、俺がここに居る意味もないんだけど――中々踏ん切りがつかなくてな」
そう言って、屈託なく笑う。
やがて、俺たちを乗せた車は、郊外にある公園墓地の駐車場に滑り込んだ。
今日、ヒロはハルさんの墓参りに、初めて俺を同行させたのだ。
「ヒロ。ホントに俺なんかが一緒に行ってもいいの?」
流石に気後れした俺が念を押すと、
「ああ。ハルもお前に会いたいって言ってるから」
ヒロは冗談とも本気ともつかぬ口調で、さらりと回答した。
ハルさんの墓は、掃除が行き届いていてとても奇麗だった。
「小母さんたち、来てたのかな」
ヒロはそう言いながら、墓石に水をかけて、掃除を始めた。
俺は、花束を持ったまま、少し離れたところからその様子を黙って見ていた。
ヒロとハルさんの二人の会話を邪魔したらいけないと思ったからだ。
俺は不思議と、ハルさんに嫉妬したことはなかった。
俺にとってのハルさんは、共にヒロという男を愛している仲間というか、同志というか、そんな感じだ。
「ハル。俺は東京に行くけど、墓参りには必ず戻ってくるからな」
そう言って、ヒロは愛おし気に墓石を撫でた。
ややあって、ヒロは優しく口元を緩ませた。
墓石に腰かけて、ヒロと会話を楽しんでいるハルさんが、確かにそこに居るような気がした。
「レイン」
ヒロは、俺に向かって手招きした。
「あっ……うん」
俺はぎこちなく頷くと、小走りにハルさんの墓石の前に立った。
そして、花束を供えて、ヒロの隣に寄り添った。
「ハル。こいつがレインだ。宜しく頼むぜ」
ヒロは線香に火をつけながら、墓石に向かって語り掛ける。
「ハルさん、レインです」
俺は、ハルさんに向けて手を合わせた。
……ヒロのことは、俺に任せて下さい。どうか、安らかに。
心の中でそう語りかけたとき、ふわっ、と、優しい風が通り過ぎた。
「わかった。ヒロのこと、頼んだよ!」
ハルさんに、そう言われた気がした。
ポツ、ポツ。
突然、晴れている筈の空から、雨が落ちてきた。
天気雨だ。
「わ、降って来た」
「やべえな。引き上げるか」
天を仰いだヒロは、俺に向かって小さく笑いかけてから、
「ハル。また来るわ」
と、ハルさんの墓に向かって軽く手を振った。
俺たちが駐車場に戻った時には、雨は上がっていた。
「意外と、降らなかったな」
「うん」
俺とヒロは、再び奇麗に晴れた空を見上げた。
「あ……」
「うわ……っ」
その時、俺たちは空に掛かる虹を見つけ、二人して声を上げた。
色が鮮やかで、輪郭がはっきりとしていて、とても奇麗な大きな虹だ。
「……すげえな」
ヒロは唸るような声を上げた。
そして、俺の肩をそっと抱き寄せた。
俺はヒロの逞しい身体に、ゆっくりと体重を預けた。
俺たちは言葉もないままに、ただ寄り添って、虹が儚く消え去るまで空を見ていた。