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Case of RAINE(後編)

ー/ー



 秋が深まったある日のこと。
 ヒロさんは、俺を初めて住まいのマンションに招待してくれた。
 待ち合わせ場所の公園で、俺はちょっとしたドキドキ感を胸にヒロさんを待っていた。
 外は冷たい風が吹いていたが、そんなことは全く気にならなかった。

 気になる男の自宅に招かれるのが、こんなに嬉しいことだなんて。
 その時の俺は、言うなれば初めて彼の家にお泊りする女の子みたいな気分だったのかも知れない。

 ヒロさんは、普段と変わらぬ様子で待ち合わせ場所にやってきた。
 「お待たせ。じゃあ、行こうか」
 ヒロさんはさりげなく俺の背中に手を回して、優しくエスコートしてくれる。
 俺は、その仕草に心地よさを感じながら、彼に従って歩き始めた。
 
 ヒロさんのマンションは、築浅でとても奇麗なマンションだ。
 「へえ、結構いいとこに住んでるじゃないですか」
 俺が感心したように口にすると、
 「そうかな。普通だと思うけど」
 平然と返してきた。
 ……やっぱり、金は持っていそうだ。

 ヒロさんの部屋は、ロフト付きの1LDKの間取りだ。しかも、リビングがだだっ広い。
 目に見える範囲では男の一人暮らしにしては奇麗に整えられていて、乱雑な感じは全くない。
 「無趣味でつまらん男だから、モノ自体そんなにないってのもあるけどな」
 ヒロさんはそう言いながら、冷蔵庫から飲み物を出してくれた。

 ……?
 
 俺は、サイドテーブルに飾られた写真に釘付けになった。
 それは、今よりも若いヒロさんが、同じ年頃の男性と笑顔で写っている写真だった。
 恐らくヒロさんがスマホで自撮りしたもので、二人は抱き合ったり肩を組んだりしているわけでもなく、ただ横に並んでいるだけだ。
 
 でも。
 俺は、この二人はただの友達じゃないと思った。
 俺の心にさざ波が立った。

 「ヒロさん。これ、誰ですか」
 俺はこわばった表情のまま、尋ねた。
 すると、ヒロさんはひとつ息をついた後、正直に答えてくれた。

 「そいつは、中学時代からの友達で、俺の大事なパートナーだ。……2年前にいなくなっちまったけどな」

 「!」
 俺は息を呑んだ。
 やっぱり、この人、ヒロさんの恋人なんだ。
 でも、いなくなったって……。

 「俺はそいつのことが好きだった。ハルの――そいつのことを誰よりも大切に思っていた。
 俺はハルとよぼよぼの爺さんになるまで一緒に生きていたかった。……だけど、ハルは2年前、突然この世を去ってしまったんだ」
 そう語るヒロさんは、背中を丸めて悄然としていた。
 その姿は、とても悲しそうだった。
 俺は言葉を失くしたまま、ヒロさんの様子を見守った。
 
 「レイン。俺がお前を見ていたのは、お前を最初に見かけた時、そこにハルが居ると思ったからだ」
 ヒロさんの言葉を聞いた瞬間、俺の背中に冷たいものが流れ落ちた。
 「それじゃあ……ヒロさんはずっと、俺の中にこの人を見ていたってことですか」
 俺は努めて淡々とした口調で言うと、改めてハルという名の男の写真を見つめた。
 そのひとは、どんなに観察しても顔も体つきも全然俺に似ていない。
 
 「……顔なんか全然似ていないのに、どうして?」
 俺の問いに、ヒロさんは小さく首を横に振った。
 「さあな。俺にもよくわからないんだ。
 お前と会うようになって、顔だけじゃなくて性格も全然違うってわかってきたのに、どういうわけか、俺はますますお前の中にあいつを見ているんだ」
 
 「……」
 俺は、心が急激に冷えていくのを自覚した。
 ヒロさんは俺を通してハルというひとを見ていただけだったのか。
 俺じゃなくて、今はもういない、そのひとを。

 ……何だよそれ。
 俺はヒロさんには気づかれないように、ぎゅっと拳を握った。


 「済まない。レインには本当に失礼な話だよな」
 ヒロさんはそんな風に謝ってきた。
 「……全くです」
 俺はヒロさんを見ずに、少しだけ本音を滲ませた。

 
 「話はわかりました。ヒロさん、本当にこの人のこと、好きだったんですね」
 俺はもう一度二人の写真をじっくり眺めた。
 
 ……そういうことなら、こっちはいつもの通りに振舞うだけだ。
 ヒロさん。今日この場であんたを落としてやる。俺に夢中にさせて、あんたの全てを根こそぎ奪ってやる。
 すかんぴんになるまで貢がせたら、ボロ雑巾みたいにあっさり捨ててやる。
 あんたには最高にみっともない醜態を晒してもらうからな。

 心の中でヒロさんに向けて宣戦布告した俺は、写真をぱたん、と音を立てて伏せた。
 俺の心は、いつも通り冷たく凍っていた。
 
 
 俺は、サイドテーブルから移動すると、ヒロさんの隣にすとんと座った。
 「いいですよ、それでも」
 明るい声でそう告げて、小さく笑って見せる。
 「え……」
 ヒロさんは戸惑った様子で俺を見つめる。
 俺は熱を帯びた潤んだ瞳でヒロさんの瞳を捉えた。
 数々の男を落としてきたこの瞳で。
 
 「あの人の身替わりでも構わないってことです。ヒロさん。俺の男になって下さい」
 俺は両手でヒロさんの頬を挟み込むと、彼の唇を塞いだ。

 ヒロさんは、俺のアプローチにあっさり乗って来た。
 俺を力強く抱き締めると、何度もキスを重ねてきた。
 ……全く、ちょろいもんだ。

 「ヒロさん……抱いて」
 甘く耳元に囁くと、ヒロさんは俺をベッドに押し倒した。
 俺を見下ろすその顔は、欲望に煽られているようだった。

 ベッドの上では、俺はいつも通りに振舞った。
 甘い声で愛して欲しい場所を示して、ヒロさんの動きを誘導する。
 同時にヒロさんの男としてのプライドをくすぐって、俺に言うことをきかせようとしてもらう。
 それは全て、俺の掌の上に乗せてコントロールするためにだ。
 
 身体を愛されても、俺はそれに溺れることはない。
 あんたに見せる反応は全て演技だ。
 俺を落とそうとしてみろ。
 心を奪おうとしてみろ。
 それで、俺に全てを奪われるのは、あんたの方だ。
 
 ヒロさんが、俺への侵入を試みる。
 俺は肩越しにヒロさんに視線を投げて挑発する。
 ……さあ、俺をいかせてみろ!

 これだけお膳立てしてやれば、男は生意気な俺を屈服させようと力を振るう。
 俺は男の力を褒め上げてそのプライドをくすぐり、更にその気にさせて、最終的には俺の虜になるように誘導する。
 それで、情事が終わる頃には、俺に全てを捧げてくれる「カモ」の出来上がりだ。
 この時もそのように進行するはずだった。

 ところが。
 ヒロさんを受け入れ、手練手管に移行しようとした俺に思いもよらぬ変化が起きた。
 あれだけ挑発して誘導したのに、ヒロさんの振る舞いがとても優しかったのだ。
 愛している、と、その言葉を動きで表現してくれているかのように……。

 ……何だよ、これ……。

 俺は次第に切なくなってきた。
 そして、ヒロさんにアプローチを仕掛けるに当たって冷たく凍らせた筈の心が、俺に訴えかけ始めた。
 嫌だ。
 あのひとの身替わりじゃ、嫌だ。
 あのひとじゃなくて、俺を、レインを、愛して欲しい……!

 「や……だ」
 俺は、自分でも気づかぬうちに涙を零していた。
 「お願い……俺を愛して……」
 
 ヒロさんは、俺の手に自分の手を重ねてくれた。
 
 「……!」
 俺の頭が、真っ白になった。


 全てが終わった後、俺は、ヒロさんの胸にしがみついていた。
 ヒロさんは俺の髪を優しく撫でてくれた。
 俺はその仕草がとても心地よくて、目を閉じてされるがままになっていた。

 情事を終えた俺は、自分でもびっくりするぐらい毒気が抜けていた。
 ヒロさんを落とすとか、夢中にさせるとか、貢がせるとか、そんなことはどうでもよくなっていた。
 ただ、この身体を優しく愛された余韻に浸るのみだった。

 「レイン。さっき、泣いてただろ」
 ややあって、ヒロさんが静かに声を掛けてきた。
 「……うん」
 俺は小さく頷いた。
 「何か、哀しいことでも?」
 ヒロさんの声音はとても優しい。
 「……自分でもよくわかんない」
 俺は正直に答えた。
 「ヒロさんの、すごく気持ちよくて。それだけじゃなくて、とても優しくて。感じているうちに切なくなってきちゃって、気がついたらめっちゃ泣いてた」
 「そっか」
 ヒロさんは、再び優しく頭を撫でてくれた。
 
 「ヒロさん……」
 俺は、ヒロさんにしがみついた。
 切なくて切なくて、苦しくて苦しくてたまらない。
 ……男に対して、こんな気持ちになったのは初めてだった。
 
 俺は、その苦しさに耐えかねて、とうとう心の内を打ち明けてしまった。
 「あのね……俺、誰に抱かれてもこんなこと思ったことなかったんだけど……ヒロさんに抱かれている時に、愛して欲しいって、本気で思っちゃった」
 俺の身体が小刻みに震え始めた。
 「ヒロさん、俺、どうしたらいいの?俺、ヒロさんのこと、本気で好きになっちゃってもいいの?」

 「レイン……?」
 泣きそうになりながら訴えかけた俺を、ヒロさんはびっくりした顔で見つめた。
 やがて、本当に優しい顔で俺に微笑みかけると、
 「そんなことで、苦しまなくていい。自分の心のままに、俺のことが好きなら好きで、それでいいんだよ」
 そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 「ヒロさん……!」
 俺は、ヒロさんの胸に顔を押し付けて、声を押し殺して、泣いた。
 
 心の中の氷が、一気に融けた思いがした。
 
 そして。
 ヒロさんは、思いがけない言葉をかけてきた。
 「……レイン。この先は、俺がお前を守る。それでいいよな?」
 「……!」
 
 ……え?
 それって……つまり……。
 
 俺は涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、ヒロさんの顔を見つめた。
 ヒロさんはじんわり苦笑いすると、ティッシュを手繰り寄せて俺の顔を拭いてくれた。
 「俺がそう決めたんだ。だから、もう泣くな」
 「……うん」
 俺は頷くと、ヒロさんが渡してくれたティッシュで豪快に鼻をかんだ。
 

 「俺もさっき、やっと気づいたんだけど……レインとハルは、根っこの部分がよく似てるんだ」
 ヒロさんは、俺を胸に抱いたまま、俺とあのひとを重ねていた理由を教えてくれた。
 「ハルもそうだったけど……レイン。お前は本当はとても純粋で、傷つきやすくて、壊れやすいんだよ」
 「そう……なのかな」
 俺は内心首を捻った。
 確かに、男に振り回されないように自分を守ろうとしていた部分はあるにしても、自分がそんな「繊細さん」である自覚はなかった。
 「そうじゃなきゃ、俺を好きになることをあんなに恐れたりしねえよ」
 ヒロさんは笑いながら俺の頬を撫でてくれる。
 「……」
 頬の上のその感触が心地よくて、つい目を細めてしまう。
 俺は、ヒロさんに受け入れられたことで、すっかり憑き物が落ちたみたいになっていた。

 「ヒロさん」
 「ヒロでいいよ」
 「……ヒロ。これからずっと、俺と居てくれるの?あのひとの身替わりじゃなくて、俺を愛してくれるの?」
 「そうだな……あいつのことは2年も引きずったし、そろそろ許してくれるだろ」
 ヒロさん……ヒロはそう言って、俺の頭をくしゃくしゃと撫で回した。

 そして。
 ヒロは、俺が一番聞きたかった言葉を、優しい声音で言ってくれた。

 「愛しているよ。レイン」



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 秋が深まったある日のこと。
 ヒロさんは、俺を初めて住まいのマンションに招待してくれた。
 待ち合わせ場所の公園で、俺はちょっとしたドキドキ感を胸にヒロさんを待っていた。
 外は冷たい風が吹いていたが、そんなことは全く気にならなかった。
 気になる男の自宅に招かれるのが、こんなに嬉しいことだなんて。
 その時の俺は、言うなれば初めて彼の家にお泊りする女の子みたいな気分だったのかも知れない。
 ヒロさんは、普段と変わらぬ様子で待ち合わせ場所にやってきた。
 「お待たせ。じゃあ、行こうか」
 ヒロさんはさりげなく俺の背中に手を回して、優しくエスコートしてくれる。
 俺は、その仕草に心地よさを感じながら、彼に従って歩き始めた。
 ヒロさんのマンションは、築浅でとても奇麗なマンションだ。
 「へえ、結構いいとこに住んでるじゃないですか」
 俺が感心したように口にすると、
 「そうかな。普通だと思うけど」
 平然と返してきた。
 ……やっぱり、金は持っていそうだ。
 ヒロさんの部屋は、ロフト付きの1LDKの間取りだ。しかも、リビングがだだっ広い。
 目に見える範囲では男の一人暮らしにしては奇麗に整えられていて、乱雑な感じは全くない。
 「無趣味でつまらん男だから、モノ自体そんなにないってのもあるけどな」
 ヒロさんはそう言いながら、冷蔵庫から飲み物を出してくれた。
 ……?
 俺は、サイドテーブルに飾られた写真に釘付けになった。
 それは、今よりも若いヒロさんが、同じ年頃の男性と笑顔で写っている写真だった。
 恐らくヒロさんがスマホで自撮りしたもので、二人は抱き合ったり肩を組んだりしているわけでもなく、ただ横に並んでいるだけだ。
 でも。
 俺は、この二人はただの友達じゃないと思った。
 俺の心にさざ波が立った。
 「ヒロさん。これ、誰ですか」
 俺はこわばった表情のまま、尋ねた。
 すると、ヒロさんはひとつ息をついた後、正直に答えてくれた。
 「そいつは、中学時代からの友達で、俺の大事なパートナーだ。……2年前にいなくなっちまったけどな」
 「!」
 俺は息を呑んだ。
 やっぱり、この人、ヒロさんの恋人なんだ。
 でも、いなくなったって……。
 「俺はそいつのことが好きだった。ハルの――そいつのことを誰よりも大切に思っていた。
 俺はハルとよぼよぼの爺さんになるまで一緒に生きていたかった。……だけど、ハルは2年前、突然この世を去ってしまったんだ」
 そう語るヒロさんは、背中を丸めて悄然としていた。
 その姿は、とても悲しそうだった。
 俺は言葉を失くしたまま、ヒロさんの様子を見守った。
 「レイン。俺がお前を見ていたのは、お前を最初に見かけた時、そこにハルが居ると思ったからだ」
 ヒロさんの言葉を聞いた瞬間、俺の背中に冷たいものが流れ落ちた。
 「それじゃあ……ヒロさんはずっと、俺の中にこの人を見ていたってことですか」
 俺は努めて淡々とした口調で言うと、改めてハルという名の男の写真を見つめた。
 そのひとは、どんなに観察しても顔も体つきも全然俺に似ていない。
 「……顔なんか全然似ていないのに、どうして?」
 俺の問いに、ヒロさんは小さく首を横に振った。
 「さあな。俺にもよくわからないんだ。
 お前と会うようになって、顔だけじゃなくて性格も全然違うってわかってきたのに、どういうわけか、俺はますますお前の中にあいつを見ているんだ」
 「……」
 俺は、心が急激に冷えていくのを自覚した。
 ヒロさんは俺を通してハルというひとを見ていただけだったのか。
 俺じゃなくて、今はもういない、そのひとを。
 ……何だよそれ。
 俺はヒロさんには気づかれないように、ぎゅっと拳を握った。
 「済まない。レインには本当に失礼な話だよな」
 ヒロさんはそんな風に謝ってきた。
 「……全くです」
 俺はヒロさんを見ずに、少しだけ本音を滲ませた。
 「話はわかりました。ヒロさん、本当にこの人のこと、好きだったんですね」
 俺はもう一度二人の写真をじっくり眺めた。
 ……そういうことなら、こっちはいつもの通りに振舞うだけだ。
 ヒロさん。今日この場であんたを落としてやる。俺に夢中にさせて、あんたの全てを根こそぎ奪ってやる。
 すかんぴんになるまで貢がせたら、ボロ雑巾みたいにあっさり捨ててやる。
 あんたには最高にみっともない醜態を晒してもらうからな。
 心の中でヒロさんに向けて宣戦布告した俺は、写真をぱたん、と音を立てて伏せた。
 俺の心は、いつも通り冷たく凍っていた。
 俺は、サイドテーブルから移動すると、ヒロさんの隣にすとんと座った。
 「いいですよ、それでも」
 明るい声でそう告げて、小さく笑って見せる。
 「え……」
 ヒロさんは戸惑った様子で俺を見つめる。
 俺は熱を帯びた潤んだ瞳でヒロさんの瞳を捉えた。
 数々の男を落としてきたこの瞳で。
 「あの人の身替わりでも構わないってことです。ヒロさん。俺の男になって下さい」
 俺は両手でヒロさんの頬を挟み込むと、彼の唇を塞いだ。
 ヒロさんは、俺のアプローチにあっさり乗って来た。
 俺を力強く抱き締めると、何度もキスを重ねてきた。
 ……全く、ちょろいもんだ。
 「ヒロさん……抱いて」
 甘く耳元に囁くと、ヒロさんは俺をベッドに押し倒した。
 俺を見下ろすその顔は、欲望に煽られているようだった。
 ベッドの上では、俺はいつも通りに振舞った。
 甘い声で愛して欲しい場所を示して、ヒロさんの動きを誘導する。
 同時にヒロさんの男としてのプライドをくすぐって、俺に言うことをきかせようとしてもらう。
 それは全て、俺の掌の上に乗せてコントロールするためにだ。
 身体を愛されても、俺はそれに溺れることはない。
 あんたに見せる反応は全て演技だ。
 俺を落とそうとしてみろ。
 心を奪おうとしてみろ。
 それで、俺に全てを奪われるのは、あんたの方だ。
 ヒロさんが、俺への侵入を試みる。
 俺は肩越しにヒロさんに視線を投げて挑発する。
 ……さあ、俺をいかせてみろ!
 これだけお膳立てしてやれば、男は生意気な俺を屈服させようと力を振るう。
 俺は男の力を褒め上げてそのプライドをくすぐり、更にその気にさせて、最終的には俺の虜になるように誘導する。
 それで、情事が終わる頃には、俺に全てを捧げてくれる「カモ」の出来上がりだ。
 この時もそのように進行するはずだった。
 ところが。
 ヒロさんを受け入れ、手練手管に移行しようとした俺に思いもよらぬ変化が起きた。
 あれだけ挑発して誘導したのに、ヒロさんの振る舞いがとても優しかったのだ。
 愛している、と、その言葉を動きで表現してくれているかのように……。
 ……何だよ、これ……。
 俺は次第に切なくなってきた。
 そして、ヒロさんにアプローチを仕掛けるに当たって冷たく凍らせた筈の心が、俺に訴えかけ始めた。
 嫌だ。
 あのひとの身替わりじゃ、嫌だ。
 あのひとじゃなくて、俺を、レインを、愛して欲しい……!
 「や……だ」
 俺は、自分でも気づかぬうちに涙を零していた。
 「お願い……俺を愛して……」
 ヒロさんは、俺の手に自分の手を重ねてくれた。
 「……!」
 俺の頭が、真っ白になった。
 全てが終わった後、俺は、ヒロさんの胸にしがみついていた。
 ヒロさんは俺の髪を優しく撫でてくれた。
 俺はその仕草がとても心地よくて、目を閉じてされるがままになっていた。
 情事を終えた俺は、自分でもびっくりするぐらい毒気が抜けていた。
 ヒロさんを落とすとか、夢中にさせるとか、貢がせるとか、そんなことはどうでもよくなっていた。
 ただ、この身体を優しく愛された余韻に浸るのみだった。
 「レイン。さっき、泣いてただろ」
 ややあって、ヒロさんが静かに声を掛けてきた。
 「……うん」
 俺は小さく頷いた。
 「何か、哀しいことでも?」
 ヒロさんの声音はとても優しい。
 「……自分でもよくわかんない」
 俺は正直に答えた。
 「ヒロさんの、すごく気持ちよくて。それだけじゃなくて、とても優しくて。感じているうちに切なくなってきちゃって、気がついたらめっちゃ泣いてた」
 「そっか」
 ヒロさんは、再び優しく頭を撫でてくれた。
 「ヒロさん……」
 俺は、ヒロさんにしがみついた。
 切なくて切なくて、苦しくて苦しくてたまらない。
 ……男に対して、こんな気持ちになったのは初めてだった。
 俺は、その苦しさに耐えかねて、とうとう心の内を打ち明けてしまった。
 「あのね……俺、誰に抱かれてもこんなこと思ったことなかったんだけど……ヒロさんに抱かれている時に、愛して欲しいって、本気で思っちゃった」
 俺の身体が小刻みに震え始めた。
 「ヒロさん、俺、どうしたらいいの?俺、ヒロさんのこと、本気で好きになっちゃってもいいの?」
 「レイン……?」
 泣きそうになりながら訴えかけた俺を、ヒロさんはびっくりした顔で見つめた。
 やがて、本当に優しい顔で俺に微笑みかけると、
 「そんなことで、苦しまなくていい。自分の心のままに、俺のことが好きなら好きで、それでいいんだよ」
 そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 「ヒロさん……!」
 俺は、ヒロさんの胸に顔を押し付けて、声を押し殺して、泣いた。
 心の中の氷が、一気に融けた思いがした。
 そして。
 ヒロさんは、思いがけない言葉をかけてきた。
 「……レイン。この先は、俺がお前を守る。それでいいよな?」
 「……!」
 ……え?
 それって……つまり……。
 俺は涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、ヒロさんの顔を見つめた。
 ヒロさんはじんわり苦笑いすると、ティッシュを手繰り寄せて俺の顔を拭いてくれた。
 「俺がそう決めたんだ。だから、もう泣くな」
 「……うん」
 俺は頷くと、ヒロさんが渡してくれたティッシュで豪快に鼻をかんだ。
 「俺もさっき、やっと気づいたんだけど……レインとハルは、根っこの部分がよく似てるんだ」
 ヒロさんは、俺を胸に抱いたまま、俺とあのひとを重ねていた理由を教えてくれた。
 「ハルもそうだったけど……レイン。お前は本当はとても純粋で、傷つきやすくて、壊れやすいんだよ」
 「そう……なのかな」
 俺は内心首を捻った。
 確かに、男に振り回されないように自分を守ろうとしていた部分はあるにしても、自分がそんな「繊細さん」である自覚はなかった。
 「そうじゃなきゃ、俺を好きになることをあんなに恐れたりしねえよ」
 ヒロさんは笑いながら俺の頬を撫でてくれる。
 「……」
 頬の上のその感触が心地よくて、つい目を細めてしまう。
 俺は、ヒロさんに受け入れられたことで、すっかり憑き物が落ちたみたいになっていた。
 「ヒロさん」
 「ヒロでいいよ」
 「……ヒロ。これからずっと、俺と居てくれるの?あのひとの身替わりじゃなくて、俺を愛してくれるの?」
 「そうだな……あいつのことは2年も引きずったし、そろそろ許してくれるだろ」
 ヒロさん……ヒロはそう言って、俺の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
 そして。
 ヒロは、俺が一番聞きたかった言葉を、優しい声音で言ってくれた。
 「愛しているよ。レイン」