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17話 土地神様は分からない その三

ー/ー





 姉貴達と別れて喫茶店へと移動した。そしてキリさんを探して店内を見回していると――


「――やっほ、お疲れ」


 白い頭の居座るテーブル席。そのすぐ隣のテーブル席から、馴染みのある小さな女子がこちらに軽く手を振ってきた。
 小さき友人、イザクラである。

「あ、セキさん。おかえりなさい」
「あ、はい……なんでイザがここにいんの?」
「ちょっと待ち合わせでね。指定された店来たらキリさんいたからビックリしたわ」

 それはまた……なんとも凄い偶然だ。
 テーブルの上に置かれたジュースの減り具合を見る限り、どうやらイザはキリさんの話し相手になってくれていたらしい。そのおかげかキリさんの緊張もほぐれてるみたいだし、これならニシユキさんと会わせても問題なさそうだ。

 これからここに来る例の本の作者(ニシユキさん)のことを思い浮かべつつ、キリさんの隣に座る。

「大体のことはキリさんから聞いたわ。お姉さんと本の作者さん、上にいるんでしょ?」
「まあね。これから降りてくるけど……キリさん、落ち着きました?」
「す、少しは……?」

 うーん心配。まあ、なるようになることを祈ろう。

「で、イザの待ち合わせの相手はどこに? ていうか誰?」
「アンタも昨日会ったうちの後輩」
「ああ、リンギクさんか」
「そ。でもなーんか遅れてるみたいなのよね。だからこうしてキリさんと暇つぶしがてら話してたわけで……ってそうそう、後でサラも来る予定よ」
「え、アイツも?」
「遅れてるけどね。二人とも何してんだか……」

 まあこの店を指定してる時点でリンギクさんの方はなんとなく察しはついていたけど、まさかサラも一緒とは。用事があるって言ってたのはイザと会うことだったんだな。
 ていうかあの銀髪と赤髪が揃うとうるさそうなんだけど……イザは大丈夫なんだろうか。

「てか、またフキが仲間外れになってる気がするなぁ」
「意図的なものじゃないんだから気にする必要ないでしょあの尻油」

 ヤツ好みの美人が多くなるというのに、この場にいない憐れな男に新たなあだ名がついた。
 バラムツで苦しんでいる上にこの始末。不遇な男である。

「しりあぶら?」
「キリさんは気にしなくていいですよー。……二人から連絡は?」
「無し無し。だからちょうど迎えに行こうと思ってたとこにアンタが来た感じね」

 イザはスマホの画面を確認すると眉根を寄せた。
 新着メッセージは特に入っていないらしい。すぐスマホは鞄の中へと帰還していった。

「おかしいな。リンギクさんは知らないけど、サラは僕らより先に出たって聞いたんだけど」
「ちょっと心配じゃね」
「サラの方はどうせ迷子か寄り道でしょ」
「アイツ結構時間にルーズだしな」

 となると心配なのはリンギクさんの方だな。
 何かしらのトラブルでもあったのかもしれない。

「まああの子達の事は置いといて……その呪われてるっぽいお友達さんってどんな人?」
「あ、私も気になる」
「どんな人、どんな人かぁ……」

 といっても、僕もまだ挨拶くらいしかしてないしなぁ。
 とりあえず話したことといえば、



『――服、脱いでもらっていいか?』

『スゥ――――――…………フゥ――――――…………』



 …………いや待て落ち着け。アレはニシユキさん本人じゃない。惑わされるな。

「セキさん? なんで頭抱えとん?」
「いやなんでも」

 ええい、ノロイさんというノイズの印象が強すぎる。マジで何なのアレ。
 と、ともかく本来のニシユキさんの方を思い出して語るとしよう。うん。

「えっと、見た目は写真で見た通り綺麗な人で……性格的にはちょっとキリさんと似てるかも。ただ、本当に体調が悪そうだったので早く診てあげてください。本のことはその後で訊きましょう」
「そ、そっか……そうよね。うん、できるだけのことはやってみる」

 うむ、頼もしい限りだ。
 実際に会ってテンパったりする可能性もあるけど、そこはキリさんを信じよう。

 …………信じよう!

「なんで脳内でも間があったん?」
「ノーコメントで」

 敢えて口には出さない。せっかくやる気になっているのに気落ちさせるのは申し訳ないからね。

「キリさんと似てる、か。じゃあ結構すぐ仲良くなれるんじゃない? ほら、も一緒っぽいし」
「えっ!? い、一介の読者というだけの私が作者さんと仲良くなるなんてそ、そんな恐れ多い……!」

 人間からすれば神様(アンタ)の方が恐れ多い存在なんですけどね。

「まあ、イザの言う通りキリさんとは仲良くなれるんじゃないですかね? 余程の失礼かまさない限りは」
「余程の失礼をかまされた前例としては不安しかないわね」
「かまされたっていうかぶっかけられたよね、頭から」
「その説は大変申し訳なく……」
「せっかくオブラートに包んだのに引っ剥がすな。ああもう、キリさんもこんなとこで土下座しようとしないで……もう過ぎたことなんだから」

 イザは僕の後頭部を軽快に叩くと、テーブル下に身を沈ませようとする土地神様を止めにかかった。良い音が鳴るな僕の頭。

「ま、その反省を踏まえて接すれば大丈夫ですって。ね?」
「そうそう、前向きにいきましょ。何かあってもコイツがフォローしますって」
「う、うん。ありがとう二人とも」

 なんとかキリさんを席に戻すことに成功。彼女の顔に花が返り咲いた。
 よしよし、この調子なら会ってもきっと問題ないだろう。実際、ニシユキさんとは相性良い気がするしな。
 とりあえず落ち着いて一安心、と三人で笑い合っていると、



 ドロォッ



 ……と、キリさんの身体が半分溶けた。


「「どわああああ!!?」」

 僕もイザも思わず絶叫。
 いやちょ、怖っ! えっ!? 怖っ!!

「あ、ごめんごめん。今まで緊張して強張っとった反動で溶けちゃった」
「……まあ光ったり物浮かせたりする神様なんだし多少溶けても不思議じゃないか」
「溶けだすのは流石に不思議のジャンルが違うでしょ……いや言ってる場合じゃないわ。キリさん早く戻って!?」
「あ、はい……ちょっと待って。左耳がイザクラさんの足元に」
「アァ―――ッッ!?」
「イザ、騒がしいぞー」
「なんでアンタはそんなに冷静なのよ!?」

 いや、考えてみたらキリさんならこのくらいは……って気になってきたし、それにスプラッター系は映画で慣れてるからなぁ……。


 ――カラン。


 そんなこんなで若干一名が騒がしくしていたところで店の扉が開く音がした。
 その音に反応した僕らが振り向いた瞬間、黒い靄が全員の顔面を包み込む。

「おまたせー……あれ? 一人増えてる」

 そんな禍々しい靄の向こうで姉貴の声が聞こえたのだった。



         〇〇〇



 ニシユキさんと随行していた姉貴が合流し、僕とキリさんの向かい側へと着席した。
 とりあえず注文でもしてから本題に移ろう、と思ったのだが……

「もしかしてキミがイザクラちゃん? はじめまして、可愛いね。髪切った?」
「え、いや……はい?」

 なんか姉貴が隣のテーブルに戻ったイザにナンパ……じゃなくて挨拶を始めた。
 流石は姉貴、普通は初対面で投げる質問じゃないし下手をすれば恐怖を感じる距離の詰め方だ。流石にイザも困って……

「ああ、アンタのお姉さんか」
「ちょっと待て。合ってるけど今の会話だけでなぜそう判断した」
「いやだって見た目と(変な)言動が似てるし」

 見た目はともかく、言動はそこまで似てるとは思えな……今何か言い含めませんでしたかこの女?

「え、似てる? ……良い子だねこの子!」

 何故か姉貴は嬉しそうにしてるし。
 どうやら今の会話だけでイザのことが気に入ったらしい。なんで?

「あー……えっと、はじめましてお姉さん。コイツの友人のイザクラです」
「相引(ソウビキ)レイです。弟がお世話になってます。……イザクラちゃんはこっちに座らないの?」
「他の子と待ち合わせしてたんですけど、来ないので今から迎えに行こうかと思ってて……」
「そっか。もっと交友を深めたかったけど、また今度かな」

 挨拶をしてから姉貴は「残念」と呟いてメニューをテーブルの上に広げた。
 それを見たイザは「あ、そうだ」と言ってスマホを取り出した。

「良かったらアタシ、会計ついでに注文してきますよ。メモるんで言って下さい」
「え、いいの? ありがとう! じゃあ……私フラットホワイトにしよっと」
「僕はダッチコーヒーで」
「じゃあ私はお酒を「キリさん」冗談ですすいませんジュース残ってるんで大丈夫です」

 やだイザったら低い声。圧が凄い。

「あ、自分は納豆ジュースで……」
「「「納豆……」」」

 衝撃的な選択にイザとキリさんと一緒になって復唱した。
 そんなものメニューに……端っこにあったわ。昨日来た時は全く気が付かなかった。
 ニシユキさん、意外と面白い人だったりするのかもしれない。

「じゃ、伝えてくるわね」
「ありがとう。気を付けてね」
「あ、ありがとね、イザクラさん!」
「イザクラちゃん、またね~」

 口々に挨拶をして、イザを送り出す。
 そしてイザは自分の伝票と僕らの注文のメモを書き込んだスマホを手にレジへと歩を進め……ようとしてから立ち止まった。

「……」
「……あ、あの……?」
「……ああいや、ごめんなさい。それじゃ」

 少しの間イザは目を細めてニシユキさんの方を見つめてから、軽く謝ると今度こそ歩き出していった。

 そんな感じで一人抜けたところで、あらためてキリさんとニシユキさんのファーストコミュニケーションタイムの始まりである。

「この子が私の友達のユッキーだよ」
「こちら、キリさんです」
「は、はじめまして! 西雪(ニシユキ)です……!」(ゴンッ)
「ははははじめまして! き、キリと呼ん、呼んでくださいっ!」(ゴンッ)

 姉貴と僕がお互いを紹介し合い、二人が頭を下げ合って挨拶する。
 キリさんもニシユキさんも緊張しているのか、同時にテーブルに頭をぶつけて鈍い音を立てた。

「……」
「……」

 それから赤くなった額を上げた二人は無言で見つめ合い始めた。
 その表情はお互いに対極的なもので、キリさんはキラキラとした瞳でニシユキさんを見つめ、当の彼女はその視線から逃げるように目を泳がせているといった具合である。

 僕とイザの励ましが功を奏したのか単純にテンションが上がっているだけなのかは分からないが、キリさんの方が物怖じしていないという珍しい光景だ。
 しかし、今日は本の事よりも先にするべき事がある。

「キリさん、会えて嬉しいのは分かりますけど、少し抑えて……」
「はっ! ご、ごめんなさい」
「い、いえ……」

 うーん、お互いに挙動不審。こうして見るとやっぱりちょっと似てるな二人とも。
 さておき、挨拶はこのくらいにして早速本題に入るとしよう。

「それでキリちゃん、何か分かるかな?」
「あ、はい。まずはその、一応どんな症状があるのかお訊かせていただいても……?」
「あ、はい。えっと――」

 お互いにぎくしゃくする中、キリさんの問診は始まった。
 とはいえ、ニシユキさんが話す内容としては姉貴から聞いていたのと大体同じ。発熱やめまいといった風邪を重くしたような症状や黒い靄の出現、別人格への移行などが主な説明だった。

「その、違う人格になってる時はどんな感じなん……ですか?」
「え、ええっと……夢を見ている感じに近い、ですかね? こう、自分の意志じゃないのに身体が勝手に動いてて、それを主観で見ているような感覚というか。元に戻った時にはほとんどその時のことは覚えてないんですけど」

 そういえばさっき、部屋で目覚めた時に夢がどうとか言ってたな。
 どうやらノロイさんになっている間はニシユキさん自身の意識はかなり曖昧なもののようだ。

「あれ? でもさっき挨拶した時、入れ代わってる間のことで謝ってましたよね?」
「あ、あれはその……インパクトが強いことがあると流石に覚えてるっていうか。ほら、物凄く怖い悪夢を見て飛び起きた時って内容覚えてることってあるじゃないですか」
「あー……」

 ノロイさん、悪夢扱いされてますよ。
 まあ自分の意志とは関係なく変態行動を繰り広げている状況は紛れもなく悪夢だろうけども。

「そ、そんな感じなんですが、どうでしょう……?」
「あ、はい。ありがとうございます。そうですね……見た目と聞かせてもらった話からして、呪いで間違いないと思う、ます。それに……うん。多少はどうにかできるかも、って感じですかね、はい」
「ほ、本当ですか……?」

 キリさんの発言にニシユキさんは控えめに訊ねた。その視線は嬉しそう半分、疑い半分といった色合いが見て取れる。
 まあニシユキさんからすればキリさんは医者でもなんでもない突然出てきた謎のアルビノ着物少女。怪しさ満点で当然信じづらいだろうし、そういう反応にもなるよね。

「とりあえず早速処置の方、始めちゃいましょうか。ニシユキさん、手をお借りしても……?」
「え、は、はい」
「し、失礼します……」

 ニシユキさんが右手を差し出すと、キリさんが包み込むように両手で覆う。
 お互いにぎこちない動きで、顔が赤い。どっちもガッチガチな上に汗をかいている。なんか見てて心配になるなこの二人……。

《こ、この手があの本を……うっわ手汗凄いかもしれんどうしよ――あ、でも離したら変よねこのまま行こう冷静に冷静に……》
(キリさん。思考が漏れてます)
《あ、ごめん興奮しすぎた》

 本当に心配になる土地神様である。
 姉貴とニシユキさんのリアクションは……特にないな。どうやら僕の方にだけ思考を垂れ流していたらしい。良かった……いや良くはないけど。
 一安心(?)していると、キリさんの身体がぼんやりと発光し始めた。

「えっ!? わ、な、何これ……!?」
「おー、凄いね」

 驚きの声を上げるニシユキさんと姉貴……いや姉貴はいつもとあんまり変わらないな。ともかく、二人が目を丸くしているのに対してキリさんは気にすることなく、真剣な顔で発光している。

 そんな中、僕は先程会ったニシユキさんの別人格のことを思い出していた。


『とにかく、ジブンは逃げも隠れもしねえ。安心してくれ』


 会ったのは一瞬だったし、別に気に入ったとかそういうのではない。
 でも、碌に交流することもなくコレでお別れとなると少し寂しい気も……



『お前の姉ちゃん良い匂いしてスゥ――――……』



 いや、やっぱ消えて正解だわ。


 ニシユキさんの顔で腹の立つ笑みを浮かべてサムズアップしている画が脳内に浮かんだので掻き消していると、キリさんの身体から光がゆっくりと消えていった。
 それから彼女は手を離して「ふう」と一息。どうやら処置は終わったようだ。

「その、どうですかね? 多分、少しは楽になったと思うんですけど……」
「……え? あっ!? ホントだ、身体が軽い!」

 驚きの声を上げながら肩をくるくると回すニシユキさん。その顔は心なしか少し色味が良くなっている気がする。

「靄もほとんど晴れたねー。キリちゃん凄い」
「へへへ……」

 小さく拍手する姉貴に褒められ、キリさんは照れくさそうにだらしない笑みを浮かべた。
 たしかに視界がすっきりして店内が見通しやすくなった……けど、姉貴の言う通り、が晴れたといった状態。ニシユキさんの周囲には少しだけ黒い靄が残っていた。

「キリさん、この少しだけ残っているのは……」
「あ、えっと……ごめんなさい。まだ完全に解決というわけではなくて、呪いの根本をどうにかしなきゃいけないというか……その、言い辛いんじゃ、ですけど……」
「な、なんでしょう……?」


「の、、祓うか迷っちゃって……」


『えっ』

 キリさん以外の全員で声を上げた。
 え、いや、ちょっと待て。
 呪い以外のものがついてる? これ以上ややこしくなんの?
 ていうかそれって一体……まさか!



「なるほど、そりゃジブンのことか」



「「うわ出た」」

 ニシユキさんの雰囲気が変わり、声を発した瞬間に姉弟揃って声を出した。
 ……たった今頭を過ぎった変態人格、ノロイさんの再登場である。








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 姉貴達と別れて喫茶店へと移動した。そしてキリさんを探して店内を見回していると――
「――やっほ、お疲れ」
 白い頭の居座るテーブル席。そのすぐ隣のテーブル席から、馴染みのある小さな女子がこちらに軽く手を振ってきた。
 小さき友人、イザクラである。
「あ、セキさん。おかえりなさい」
「あ、はい……なんでイザがここにいんの?」
「ちょっと待ち合わせでね。指定された店来たらキリさんいたからビックリしたわ」
 それはまた……なんとも凄い偶然だ。
 テーブルの上に置かれたジュースの減り具合を見る限り、どうやらイザはキリさんの話し相手になってくれていたらしい。そのおかげかキリさんの緊張もほぐれてるみたいだし、これならニシユキさんと会わせても問題なさそうだ。
 これからここに来る|例の本の作者《ニシユキさん》のことを思い浮かべつつ、キリさんの隣に座る。
「大体のことはキリさんから聞いたわ。お姉さんと本の作者さん、上にいるんでしょ?」
「まあね。これから降りてくるけど……キリさん、落ち着きました?」
「す、少しは……?」
 うーん心配。まあ、なるようになることを祈ろう。
「で、イザの待ち合わせの相手はどこに? ていうか誰?」
「アンタも昨日会ったうちの後輩」
「ああ、リンギクさんか」
「そ。でもなーんか遅れてるみたいなのよね。だからこうしてキリさんと暇つぶしがてら話してたわけで……ってそうそう、後でサラも来る予定よ」
「え、アイツも?」
「遅れてるけどね。二人とも何してんだか……」
 まあこの店を指定してる時点でリンギクさんの方はなんとなく察しはついていたけど、まさかサラも一緒とは。用事があるって言ってたのはイザと会うことだったんだな。
 ていうかあの銀髪と赤髪が揃うとうるさそうなんだけど……イザは大丈夫なんだろうか。
「てか、またフキが仲間外れになってる気がするなぁ」
「意図的なものじゃないんだから気にする必要ないでしょあの尻油」
 ヤツ好みの美人が多くなるというのに、この場にいない憐れな男に新たなあだ名がついた。
 バラムツで苦しんでいる上にこの始末。不遇な男である。
「しりあぶら?」
「キリさんは気にしなくていいですよー。……二人から連絡は?」
「無し無し。だからちょうど迎えに行こうと思ってたとこにアンタが来た感じね」
 イザはスマホの画面を確認すると眉根を寄せた。
 新着メッセージは特に入っていないらしい。すぐスマホは鞄の中へと帰還していった。
「おかしいな。リンギクさんは知らないけど、サラは僕らより先に出たって聞いたんだけど」
「ちょっと心配じゃね」
「サラの方はどうせ迷子か寄り道でしょ」
「アイツ結構時間にルーズだしな」
 となると心配なのはリンギクさんの方だな。
 何かしらのトラブルでもあったのかもしれない。
「まああの子達の事は置いといて……その呪われてるっぽいお友達さんってどんな人?」
「あ、私も気になる」
「どんな人、どんな人かぁ……」
 といっても、僕もまだ挨拶くらいしかしてないしなぁ。
 とりあえず話したことといえば、
『――服、脱いでもらっていいか?』
『スゥ――――――…………フゥ――――――…………』
 …………いや待て落ち着け。アレはニシユキさん本人じゃない。惑わされるな。
「セキさん? なんで頭抱えとん?」
「いやなんでも」
 ええい、ノロイさんというノイズの印象が強すぎる。マジで何なのアレ。
 と、ともかく本来のニシユキさんの方を思い出して語るとしよう。うん。
「えっと、見た目は写真で見た通り綺麗な人で……性格的にはちょっとキリさんと似てるかも。ただ、本当に体調が悪そうだったので早く診てあげてください。本のことはその後で訊きましょう」
「そ、そっか……そうよね。うん、できるだけのことはやってみる」
 うむ、頼もしい限りだ。
 実際に会ってテンパったりする可能性もあるけど、そこはキリさんを信じよう。
 …………信じよう!
「なんで脳内でも間があったん?」
「ノーコメントで」
 敢えて口には出さない。せっかくやる気になっているのに気落ちさせるのは申し訳ないからね。
「キリさんと似てる、か。じゃあ結構すぐ仲良くなれるんじゃない? ほら、《《趣味》》も一緒っぽいし」
「えっ!? い、一介の読者というだけの私が作者さんと仲良くなるなんてそ、そんな恐れ多い……!」
 人間からすれば神様《アンタ》の方が恐れ多い存在なんですけどね。
「まあ、イザの言う通りキリさんとは仲良くなれるんじゃないですかね? 余程の失礼かまさない限りは」
「余程の失礼をかまされた前例としては不安しかないわね」
「かまされたっていうかぶっかけられたよね、頭から」
「その説は大変申し訳なく……」
「せっかくオブラートに包んだのに引っ剥がすな。ああもう、キリさんもこんなとこで土下座しようとしないで……もう過ぎたことなんだから」
 イザは僕の後頭部を軽快に叩くと、テーブル下に身を沈ませようとする土地神様を止めにかかった。良い音が鳴るな僕の頭。
「ま、その反省を踏まえて接すれば大丈夫ですって。ね?」
「そうそう、前向きにいきましょ。何かあってもコイツがフォローしますって」
「う、うん。ありがとう二人とも」
 なんとかキリさんを席に戻すことに成功。彼女の顔に花が返り咲いた。
 よしよし、この調子なら会ってもきっと問題ないだろう。実際、ニシユキさんとは相性良い気がするしな。
 とりあえず落ち着いて一安心、と三人で笑い合っていると、
 ドロォッ
 ……と、キリさんの身体が半分溶けた。
「「どわああああ!!?」」
 僕もイザも思わず絶叫。
 いやちょ、怖っ! えっ!? 怖っ!!
「あ、ごめんごめん。今まで緊張して強張っとった反動で溶けちゃった」
「……まあ光ったり物浮かせたりする神様なんだし多少溶けても不思議じゃないか」
「溶けだすのは流石に不思議のジャンルが違うでしょ……いや言ってる場合じゃないわ。キリさん早く戻って!?」
「あ、はい……ちょっと待って。左耳がイザクラさんの足元に」
「アァ―――ッッ!?」
「イザ、騒がしいぞー」
「なんでアンタはそんなに冷静なのよ!?」
 いや、考えてみたらキリさんならこのくらいは……って気になってきたし、それにスプラッター系は映画で慣れてるからなぁ……。
 ――カラン。
 そんなこんなで若干一名が騒がしくしていたところで店の扉が開く音がした。
 その音に反応した僕らが振り向いた瞬間、黒い靄が全員の顔面を包み込む。
「おまたせー……あれ? 一人増えてる」
 そんな禍々しい靄の向こうで姉貴の声が聞こえたのだった。
         〇〇〇
 ニシユキさんと随行していた姉貴が合流し、僕とキリさんの向かい側へと着席した。
 とりあえず注文でもしてから本題に移ろう、と思ったのだが……
「もしかしてキミがイザクラちゃん? はじめまして、可愛いね。髪切った?」
「え、いや……はい?」
 なんか姉貴が隣のテーブルに戻ったイザにナンパ……じゃなくて挨拶を始めた。
 流石は姉貴、普通は初対面で投げる質問じゃないし下手をすれば恐怖を感じる距離の詰め方だ。流石にイザも困って……
「ああ、アンタのお姉さんか」
「ちょっと待て。合ってるけど今の会話だけでなぜそう判断した」
「いやだって見た目と(変な)言動が似てるし」
 見た目はともかく、言動はそこまで似てるとは思えな……今何か言い含めませんでしたかこの女?
「え、似てる? ……良い子だねこの子!」
 何故か姉貴は嬉しそうにしてるし。
 どうやら今の会話だけでイザのことが気に入ったらしい。なんで?
「あー……えっと、はじめましてお姉さん。コイツの友人のイザクラです」
「相引《ソウビキ》レイです。弟がお世話になってます。……イザクラちゃんはこっちに座らないの?」
「他の子と待ち合わせしてたんですけど、来ないので今から迎えに行こうかと思ってて……」
「そっか。もっと交友を深めたかったけど、また今度かな」
 挨拶をしてから姉貴は「残念」と呟いてメニューをテーブルの上に広げた。
 それを見たイザは「あ、そうだ」と言ってスマホを取り出した。
「良かったらアタシ、会計ついでに注文してきますよ。メモるんで言って下さい」
「え、いいの? ありがとう! じゃあ……私フラットホワイトにしよっと」
「僕はダッチコーヒーで」
「じゃあ私はお酒を「キリさん」冗談ですすいませんジュース残ってるんで大丈夫です」
 やだイザったら低い声。圧が凄い。
「あ、自分は納豆ジュースで……」
「「「納豆……」」」
 衝撃的な選択にイザとキリさんと一緒になって復唱した。
 そんなものメニューに……端っこにあったわ。昨日来た時は全く気が付かなかった。
 ニシユキさん、意外と面白い人だったりするのかもしれない。
「じゃ、伝えてくるわね」
「ありがとう。気を付けてね」
「あ、ありがとね、イザクラさん!」
「イザクラちゃん、またね~」
 口々に挨拶をして、イザを送り出す。
 そしてイザは自分の伝票と僕らの注文のメモを書き込んだスマホを手にレジへと歩を進め……ようとしてから立ち止まった。
「……」
「……あ、あの……?」
「……ああいや、ごめんなさい。それじゃ」
 少しの間イザは目を細めてニシユキさんの方を見つめてから、軽く謝ると今度こそ歩き出していった。
 そんな感じで一人抜けたところで、あらためてキリさんとニシユキさんのファーストコミュニケーションタイムの始まりである。
「この子が私の友達のユッキーだよ」
「こちら、キリさんです」
「は、はじめまして! 西雪《ニシユキ》です……!」(ゴンッ)
「ははははじめまして! き、キリと呼ん、呼んでくださいっ!」(ゴンッ)
 姉貴と僕がお互いを紹介し合い、二人が頭を下げ合って挨拶する。
 キリさんもニシユキさんも緊張しているのか、同時にテーブルに頭をぶつけて鈍い音を立てた。
「……」
「……」
 それから赤くなった額を上げた二人は無言で見つめ合い始めた。
 その表情はお互いに対極的なもので、キリさんはキラキラとした瞳でニシユキさんを見つめ、当の彼女はその視線から逃げるように目を泳がせているといった具合である。
 僕とイザの励ましが功を奏したのか単純にテンションが上がっているだけなのかは分からないが、キリさんの方が物怖じしていないという珍しい光景だ。
 しかし、今日は本の事よりも先にするべき事がある。
「キリさん、会えて嬉しいのは分かりますけど、少し抑えて……」
「はっ! ご、ごめんなさい」
「い、いえ……」
 うーん、お互いに挙動不審。こうして見るとやっぱりちょっと似てるな二人とも。
 さておき、挨拶はこのくらいにして早速本題に入るとしよう。
「それでキリちゃん、何か分かるかな?」
「あ、はい。まずはその、一応どんな症状があるのかお訊かせていただいても……?」
「あ、はい。えっと――」
 お互いにぎくしゃくする中、キリさんの問診は始まった。
 とはいえ、ニシユキさんが話す内容としては姉貴から聞いていたのと大体同じ。発熱やめまいといった風邪を重くしたような症状や黒い靄の出現、別人格への移行などが主な説明だった。
「その、違う人格になってる時はどんな感じなん……ですか?」
「え、ええっと……夢を見ている感じに近い、ですかね? こう、自分の意志じゃないのに身体が勝手に動いてて、それを主観で見ているような感覚というか。元に戻った時にはほとんどその時のことは覚えてないんですけど」
 そういえばさっき、部屋で目覚めた時に夢がどうとか言ってたな。
 どうやらノロイさんになっている間はニシユキさん自身の意識はかなり曖昧なもののようだ。
「あれ? でもさっき挨拶した時、入れ代わってる間のことで謝ってましたよね?」
「あ、あれはその……インパクトが強いことがあると流石に覚えてるっていうか。ほら、物凄く怖い悪夢を見て飛び起きた時って内容覚えてることってあるじゃないですか」
「あー……」
 ノロイさん、悪夢扱いされてますよ。
 まあ自分の意志とは関係なく変態行動を繰り広げている状況は紛れもなく悪夢だろうけども。
「そ、そんな感じなんですが、どうでしょう……?」
「あ、はい。ありがとうございます。そうですね……見た目と聞かせてもらった話からして、《《ほぼ》》呪いで間違いないと思う、ます。それに……うん。多少はどうにかできるかも、って感じですかね、はい」
「ほ、本当ですか……?」
 キリさんの発言にニシユキさんは控えめに訊ねた。その視線は嬉しそう半分、疑い半分といった色合いが見て取れる。
 まあニシユキさんからすればキリさんは医者でもなんでもない突然出てきた謎のアルビノ着物少女。怪しさ満点で当然信じづらいだろうし、そういう反応にもなるよね。
「とりあえず早速処置の方、始めちゃいましょうか。ニシユキさん、手をお借りしても……?」
「え、は、はい」
「し、失礼します……」
 ニシユキさんが右手を差し出すと、キリさんが包み込むように両手で覆う。
 お互いにぎこちない動きで、顔が赤い。どっちもガッチガチな上に汗をかいている。なんか見てて心配になるなこの二人……。
《こ、この手があの本を……うっわ手汗凄いかもしれんどうしよ――あ、でも離したら変よねこのまま行こう冷静に冷静に……》
(キリさん。思考が漏れてます)
《あ、ごめん興奮しすぎた》
 本当に心配になる土地神様である。
 姉貴とニシユキさんのリアクションは……特にないな。どうやら僕の方にだけ思考を垂れ流していたらしい。良かった……いや良くはないけど。
 一安心(?)していると、キリさんの身体がぼんやりと発光し始めた。
「えっ!? わ、な、何これ……!?」
「おー、凄いね」
 驚きの声を上げるニシユキさんと姉貴……いや姉貴はいつもとあんまり変わらないな。ともかく、二人が目を丸くしているのに対してキリさんは気にすることなく、真剣な顔で発光している。
 そんな中、僕は先程会ったニシユキさんの別人格のことを思い出していた。
『とにかく、ジブンは逃げも隠れもしねえ。安心してくれ』
 会ったのは一瞬だったし、別に気に入ったとかそういうのではない。
 でも、碌に交流することもなくコレでお別れとなると少し寂しい気も……
『お前の姉ちゃん良い匂いしてスゥ――――……』
 いや、やっぱ消えて正解だわ。
 ニシユキさんの顔で腹の立つ笑みを浮かべてサムズアップしている画が脳内に浮かんだので掻き消していると、キリさんの身体から光がゆっくりと消えていった。
 それから彼女は手を離して「ふう」と一息。どうやら処置は終わったようだ。
「その、どうですかね? 多分、少しは楽になったと思うんですけど……」
「……え? あっ!? ホントだ、身体が軽い!」
 驚きの声を上げながら肩をくるくると回すニシユキさん。その顔は心なしか少し色味が良くなっている気がする。
「靄もほとんど晴れたねー。キリちゃん凄い」
「へへへ……」
 小さく拍手する姉貴に褒められ、キリさんは照れくさそうにだらしない笑みを浮かべた。
 たしかに視界がすっきりして店内が見通しやすくなった……けど、姉貴の言う通り、《《ほとんど》》が晴れたといった状態。ニシユキさんの周囲には少しだけ黒い靄が残っていた。
「キリさん、この少しだけ残っているのは……」
「あ、えっと……ごめんなさい。まだ完全に解決というわけではなくて、呪いの根本をどうにかしなきゃいけないというか……その、言い辛いんじゃ、ですけど……」
「な、なんでしょう……?」
「の、《《呪い以外のものも憑いとるから》》、祓うか迷っちゃって……」
『えっ』
 キリさん以外の全員で声を上げた。
 え、いや、ちょっと待て。
 呪い以外のものがついてる? これ以上ややこしくなんの?
 ていうかそれって一体……まさか!
「なるほど、そりゃジブンのことか」
「「うわ出た」」
 ニシユキさんの雰囲気が変わり、声を発した瞬間に姉弟揃って声を出した。
 ……たった今頭を過ぎった変態人格、ノロイさんの再登場である。