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18話 土地神様は分からない その四

ー/ー





「では、ごゆっくり」
「おう、悪いな店長」


 豹変したニシユキさん、もといノロイさんが出てきたことに驚いたのも束の間、ニシユキさんのお父様……もとい店長さんが飲み物を運んできた。
 どうやら店長さんの方は事情を知っているらしく、デカい態度のノロイさんには全く動じた様子が無い。どちらも凄まじい胆力である。

「ノロイさん、残ってたんですね」

 運ばれてきたコーヒーに口を付けつつ、呟いた。
 ……正直、また会えて嬉しいような嬉しくないようなちょっと出てきてほしくなかったような複雑な気分である。

「みてえだな。こっちは消えるつもり満々だったんだが……」
「残ってるのはともかく、やけに良いタイミングで出てきたね? どうして?」
「そこんとこだがジブンにもよく分からん。どういうことだ?」

 ノロイさんは姉貴と一緒に腕を組んで首を傾げた。
 本人の意志じゃない、ということは……キリさんの仕業か?

「あ、はい。勝手ながら引きずり出させてもらいました。ごめんなさい」

 キリさんは僕の考えを肯定するようにあっさりと言ってからペコリと頭を下げた。
 引きずり出したって……そんなこともできるのか。まあ神様だしできるか。

「アンタ……いや、謝る必要はねえよ。なんか理由があんだろ?」
「はい。まずは色々と確認したいと思っ……いまして。他にも理由はあるんじゃ、ですが……」
「あー、楽に話していいぜ?」
「あ、うん。えっと……ノロイさん、じゃったっけ? ?」

 ……どういう存在か、自覚?
 そういえばキリさんはさっき、って言ってた気がする。
 もしかして――

「――ノロイさんっての?」
「え、ジブンって呪いじゃねえの?」

 僕の言葉にノロイさんもまた首を傾げた。
 いやなんで自分のことなのに曖昧なんすか。

「キリちゃん、どういうこと?」
「あ、その……厳密には呪いそのものではないんじゃけど、でも呪いと繋がってはいるというか。えーっと……分かりやすく言うと呪いと同時に幽霊が取り憑いとる感じじゃね」
「ジブンって幽霊だったのか?」
「いや私に訊かれても……ていうか幽霊っているんだね?」
「ジブンも初めて知った」

 だからなんで自分のことなのに曖昧なのこの人。
 ていうかってそっちのかよ。まあ神様がいるんだし幽霊くらいいてもおかしくはない気がするけどさ。

「ということは、この残ってる靄はその影響ですか?」
「まあ、そう言えなくもないというか……呪いの一部とその幽霊、ノロイさんが繋がっとる感じじゃね。ついでに言うとニシユキさん本人のと繋がっとるけん、迂闊に引き剥がさん方がいいかなって」
「大事な部分?」
「上手く言えんのんじゃけど……記憶とか思い出とか、大事な気持ちとか。無理をすればニシユキさん自身に影響がいくかもしれんのんよ。……かと言って放っておくとまた呪いが膨れ上がっていくんじゃけど」
「つまりカビの根が残ってるようなモンか」
「それだとノロイさんがカビの温床ってことになるけどいいんですか」

 ノロイさんの発言で『呪い』という超常的現象が途端にチープになった。
 浴室用洗剤で解呪できそうな気すらしてくるね。

「家庭的な例え話は置いておくとして……キリちゃん、質問いいかな?」
「あ、はい」
「ありがとう。確認なんだけど、靄がユッキーの身に起きていた症状の原因で、放っておけばまた呪いが膨れ上がって量が増える。増えたら発熱やめまいが再発するって認識でいいのかな?」
「あ、はい。それで合っとるよ」
「靄が溜まる度に祓ったりすることでどうにかならない?」
「してもいいけど……一時凌ぎにしかならんし、根本的な解決にはならんね。それに靄を祓い続けてもじゃろうし」
「……ん?」

 呪いの効果?
 それに……進行って?

「体調が悪くなってるのが呪いの効果じゃないんですか?」
「あ、それは副次的なもので本命は他にあって……うーん、説明が難しいね。あ、でも別に心配するほどじゃないよ?」
「え?」
「えっと、私にも原因はよく分からんのんじゃけど……この呪いって本来とは違う形になっとってさ。命にかかわる程の効果じゃ無くなっとるんよ」

 なるほどそれなら一安心―――って待て待て。

「さっきの話と矛盾しません?」
「あ、ごめん。伝え方が悪かったね。この呪いって精神面に影響を及ぼすものなんよ。体調が悪くなっとるのはニシユキさんの精神が呪いに適応してないからだと思う」

 ふむ。
 精神と身体は直結している、とはよく聞く話だ。きっとキリさんが言いたいのは呪いが精神面へ影響しており、それがそのまま身体にも表れているということだろう。

「じゃあ、逆に言えば適応すれば大丈夫ってことですか?」
「まあ、体調の方は……」

 ……なんか含みのある言い方だな。
 まるで体調以外に何か問題があるようだ。

「適応するとどうなるんだ?」
「今回のだと……人の顔がトマトに見えるようになる、かな。ついでに過去の記憶も全部塗り替えられるね」
「ええ……」
「悪夢じゃねえか」

 僕や姉貴は勿論、流石のノロイさんも引く内容である。
 目の前も思い出の中もまとめて全員トマトヘッドとかB級ホラーコメディかよ。

「ていうかなんでトマトなんですか」
「靄の粒子をよく見たら分かると思うよ」
「……ちょっとよく分からないですね?」

 目を凝らしてみるが、よく分からない。
 一体何があるというのか。

「はい虫眼鏡(ルーペ)
「ありがと」

 姉貴に礼を言いつつ、出処不明の虫眼鏡を受け取る。なんで持ってんだこの人。
 とにかく、覗き込んでみると……

「…………トマト、ですね」
「じゃろ?」

 目に映るはとんでもなく小さなトマト型粒子。
 色が黒いことを除けば、ほとんど超絶ミニマムトマトと言っていい形状をしていた。なんで?

「原因は申し訳ないんじゃけど私にはわからん。でも、靄がそんな感じで本来の形や効果とはズレとるからこそニシユキさんは助かっとるとも言えるけん、それも手出しが出来ん理由の一つじゃね」
「な、なるほど……?」

 よく分からないところもツッコミどころも多い。
 しかし神様はとても真剣な表情をしておられる。そう言うのならそういうものなんだろう。

「原因とかは置いておいて……命に別状がないとしてもだいぶ困るなぁ。せめて他人の顔が赤くなって見えるくらいにするとかにできない?」
「妥協点そこでいいの?」

 突然トマトレベルで顔の赤い人間しか見えない世界になるとかそれはそれでニシユキさんが可哀そうである。僕なら即座に発狂しかねない。

「ええっと……申し訳ないんじゃけど、今言ったように本来私は呪いをどうこうする専門じゃないけん、これ以上変に手出しが出来んのんよ。でも命に別状はないわけじゃし、とりあえずあんまり焦るような問題じゃないかなって」

 命以外に問題しかないので焦ってほしい。
 生きていく上で支障が出まくるわ。

「キリさんが専門じゃないっていうんなら、他の神社とかでのお祓いは?」
「うーん、やめといた方がいいと思う。他に私みたいな(ひと)っておるか分からんし、他の人間がこれに対処できるとは思えんけんね」

 それは……いや、そうか。
 こうして普通に過ごしていると感覚が麻痺するけど、神様(キリさん)が僕らの前にいること自体レアケースなのだ。
 それに土地神様が手ずから祓い、それでもこれ以上手が出せない状況となると人間にどうこうできるものじゃないだろうし……むしろ余計に状況を悪くしてしまう可能性すらあるのは想像に難くない。

 幽霊であるノロイさんを除霊すればニシユキさんに何があるか分からない。
 かと言ってこのまま放っておけばニシユキさんの視界はトマト地獄。
 八方塞がりじゃないか、コレ?

「あー、ややこしいな。要するにイボ痔の上に生えたケツ毛抜いたらイボまでいって偉いことになるから抜けねえ。だが放っとくと痔が悪化してトマト地獄って話でいいんだな?」

 カビの次はイボ痔と来たか。ややこしい話なのはたしかにその通りだし、まとめとしては概ね正しいのが腹立つな。
 つーかその例えだと今度はノロイさん自身がケツ毛ってことになるんだけどいいのだろうか。

「ケツ毛もそうだが一番の問題はイボの方ってこったろ? まずはそっちの解決に力入れようぜ」
「うちの後輩の顔でケツだのイボだの言うのやめてほしいんだけど」
「そもそも呪いのことをイボ痔で表すのやめない?」

 海苔の佃煮だのカビだのイボだのと緊張感が無さすぎる。重い空気になるよりかは断然いいけどさぁ……。

「というか、呪いそのものじゃないなら『ノロイさん』って呼ぶのも変だよね。変える?」
「いや、今更だしこのままでいい。ところで嗅いでいいかソービキ」
「流石にさっきの今ではちょっと……」
「……あー、キリさん。さっき靄を祓うのが一時凌ぎとは言ってましたけど、呪い自体の根本的な解決方法とかってあるんですか?」

 完全に集中力が切れて脱線し始めている姉貴達は放っておいて、黙っているキリさんに質問を投げた……が、返事がない。
 顔を覗き込んでみると、真剣な顔つきで腕を組んでいた。……どうやらきちんと問題に向き合ってくれているらしい。流石は土地神様だ。

《ニシユキさんに本のこと訊くのいつにしよう……》

 真剣に脱線して別のこと考えてたわこの吐き神様。はっ倒したろか。

「キリさん。真面目にやらないとサラに頼んで酒全部隠しますよ」
「一番確実な解決方法があります!!!!」
「うわキリちゃん必死」
「……で、その方法は?」




「呪いの原因を突き止めて、どうにかして止めること。……そのために、ノロイさん。色々訊かせてくれん?」




 本来呪いとは全く関係のない一般幽霊であるノロイさんは何らかの呪術によって呪いと紐づけられた状態。ならば、逆にノロイさん側から呪いについて分かることがあるかもしれない、というのがキリさんの言説だった。

 というわけで、呪いの発生源を辿るヒントを得るためにキリさんによるノロイさんへの質問攻めが行われているわけなのだが――。

「出身地は?」
「分からん!」
「自分の年齢、性別は?」
「分からん!」
「……ご趣味は?」
「全く覚えが無くて分からん!」

 ……この調子である。
 どの質問に対しても元気いっぱい自信満々の顔で「分からん」の一点張りなのだ。これでは質問の意味がない。というかキリさんも困ってお見合いみたいな質問してるし。

「……ニシユキさんの身体に取り憑く前どころか、感じか。姉貴は知ってたの?」
「いや、私も知らなかったよ。そもそも幽霊が取り憑いてるなんて思わなかったし……それに基本的にノロイさんが出てきた時って基本的には服脱がしてくるか匂い嗅いでくるかだからさ。いつの間にか元に戻ってるのもあってあまり話せる時間って無かったんだよね」

 その行動してる時間で話せばいいものを……。
 あらためて聞くと変態的行動しかしてないし、なるべく早く消し飛ばした方がいいんじゃないかなこの悪霊。

「うーん……記憶喪失かね? これも呪いの影響なんかな」
「キリちゃんでも分かんないかー」
「困ったもんだなー」

 困ってるのは僕らの方……というか一番はニシユキさんだと思うんですけど。
 ていうか幽霊も記憶喪失とかってあんの?

「ニシユキさんに呪いの心当たりは……ないんじゃったね」
「うん。バスでも言ったけど、全然身に覚えがないみたいでね」
「ノロイさんが出てきた時期はいつ頃なん?」
「新歓の後に熱を出して、次の日に起きた時に出てきたから……先週の水曜辺りかな?」
「大學の近くに心霊現象がよう起きよる場所とかは……」
「ないない。多少の事故とかはあるかもしれないけど、そういった話は近くじゃ聞かないよ。そもそもユッキーはホラー苦手だからそういうのに近づいたりしないし」

 なるほど。姉貴の言うことが確かならニシユキさん側の落ち度は無さそうだ。
 姉貴の返答に対し、キリさんは「そっか」と言って続けた。

ノロイさん(このひと)みたいに幽霊が生きとる人に取り憑くのってそう簡単にできることじゃないはずなんよ。できるとしたら悪い気が集まっとる所で、尚且つ幽霊というよりも怨霊なんかの強い力を持った存在ぐらいじゃけど……ノロイさんはそこまで霊格は高くないし強くもないんよねえ」
「ジブン、強くねえのか……」

 そこについてはショックを受ける必要ないと思いますけど……。
 まあつまり、ノロイさんが原因でニシユキさんが呪われてる線は薄いってことか。ややこしいなオイ。

「ていうかさ、ノロイさんが原因じゃないとすると、この靄は他に原因があるの?」
「うん。呪いの原因って土地そのものだったり呪物に触れたりとか色々あるんじゃけど、話を聞く限り今回はそういうのとは違うみたいじゃし」
「あー……つまりアレか」


「……ニシユキさんを呪った人がいる、ってことか」


 僕の呟きにキリさんが無言で首肯した。
 人為的な呪い。たしかに土地や物体といった要因でないとすれば、自ずと答えはそれしか有り得ないだろう。

「……穏やかな話じゃないな。姉貴、そういう人に心当たりは?」
「全くない、とは言い切れないなぁ。ユッキーこの見た目だから……」

 姉貴の言う通り、ニシユキさんの容姿は整っている。それを羨んだ周囲の女性が……というのは十分に考えられる話だ。

「その辺りの事情は分からんけど、一応失せ物探しの要領で呪いの発生源は辿れるよ?」
「え、マジすか」
「こう、身体から紐みたいなんが出とって辿る感じで……あ、でも近くまで行かんにゃ出来んのよね。さっきも言ったけど私って本業は土地を護る方で呪術とかの扱いは専門外じゃし。じゃけん色々訊いときたかったんじゃけど……」

 要するに近くまで来たら逆探知による特定が可能ってことか。
 それにしても失せ物探しができるとはまた神様らしいことを……神様だったわ。家の中で物を失くした時とか便利そうだ。

「どのくらいの範囲なら分かるんですか?」
「んー……このお店二つ分くらいの範囲まで来たら絞れるかも。でもそこまで近づくのは難しいよねー……」

 そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべるキリさん。
 ……いや、割と範囲広くない?

「ほぼ見つけられるじゃねえか。適当な日に大学ン中でも連れてきゃ一発だろ」
「え、そうかね? というか大學って部外者が入ってもいいん?」
「学食くらいなら行けるんじゃないかな。心配なら私が総務課で許可貰ってくるよ」

 おお、流石は在学生。
 学内への立ち入り問題はなんとかなりそうだな。

「じゃあ早速いつ行くか決めちゃおう! キリちゃん、直近の平日でお昼暇な日ってある?」
「あ、はい。私ならいつでも……」
「オッケー、じゃあ明日早速……」

 いつの間にか予定表を広げていた姉貴が月曜日の欄に書き込んでいく。
 うむ、これで問題なく特定の件は解決できそうだな。
 一つ懸念事項があるとすれば人見知りのキリさんが大学という不特定多数が集まる場所に行って大丈夫なのかという点だけど……まあなんとかなるだろう!

 ……別に姉貴に丸投げする気じゃないから。僕には高校生活があって同行できないから仕方なく、ね?

「あー……ところで、ニシユキさんにも話は通しておいた方が良くない? ほら、ノロイさんとニシユキさんって記憶の共有はぼんやりとしかできないわけだし」
「それもそうだな……っと、その前に一つ質問いいか?」
「あ、はい。なんかね?」
「いや何、普通に気になったんだが……この靄と関係ないならジブンってどこから来たんだ?」

 ……ふむ、そう言われてみるとたしかにそうだな。
 キリさんが言った通り、この靄とノロイさんが特に関係ない幽霊とするとこの悪霊はどこから出てきたんだろう?

「その辺から生えてきたんじゃないの? ノロイさん雑草と似てるし」
「おうソービキ。喧嘩売ってんなら嗅ぐぜ」
「買いなよ」
「姉貴が言いたいのは断られても匂いを嗅ごうとする根性は雑草並みってことじゃないですかね」
「……へへっ!」

 なんで嬉しそうな顔してんのこの悪霊。
 照れてるところ悪いですけど多分褒められてませんよ。

「あ、えっと……その点については予想でしかないんじゃけど、呪いに巻き込まれたんじゃないかね? こう、ニシユキさんに呪いが飛ばされた時の直線状にノロイさんがいて、一緒に身体の中に入った感じで」
「なるほど、交通事故みてえなモンか。つーことはジブンが何も覚えてねえのも頭打ったショックみてえな感じなのかもな」

 呪いってそんな勢い強く突っ込んでくるモンなの?
 しかしなるほど。そう考えればノロイさんの記憶喪失にも納得がいく……のか?
 呪いや幽霊といったものに関してはよく分からないし、そういうことにしとこう。

「まあノロイさんが納得してるなら一旦それはそれでいいとして、そろそろユッキーを……」
「そうだな。じゃ、よろしく頼むわ」
「あ、はい。じゃあ―――ん?」

 そうしてノロイさんに頼まれたキリさんが身体を薄く光らせ始めた……と思ったら、何かに気が付いたように店の扉へ目を向けた。
 つられて僕もそちらに意識を向けると……何か店の前が騒がしい気がした。

 女性同士が言い争うような声がする。
 そう気が付いた途端――



 ――バァァァンッ!!


「ぐわあぁぁ―――ッッ!!!」



 扉が勢いよく開くと同時に、悲鳴を上げながら地面と平行な体勢で銀髪の少女が店内へ飛び込んできた。

 そんな投げっぱなしヘッドスライディング入店を決めた少女は……昨日交流を深めた後輩、リンギクさんの姿だった。





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 どうやら店長さんの方は事情を知っているらしく、デカい態度のノロイさんには全く動じた様子が無い。どちらも凄まじい胆力である。
「ノロイさん、残ってたんですね」
 運ばれてきたコーヒーに口を付けつつ、呟いた。
 ……正直、また会えて嬉しいような嬉しくないようなちょっと出てきてほしくなかったような複雑な気分である。
「みてえだな。こっちは消えるつもり満々だったんだが……」
「残ってるのはともかく、やけに良いタイミングで出てきたね? どうして?」
「そこんとこだがジブンにもよく分からん。どういうことだ?」
 ノロイさんは姉貴と一緒に腕を組んで首を傾げた。
 本人の意志じゃない、ということは……キリさんの仕業か?
「あ、はい。勝手ながら引きずり出させてもらいました。ごめんなさい」
 キリさんは僕の考えを肯定するようにあっさりと言ってからペコリと頭を下げた。
 引きずり出したって……そんなこともできるのか。まあ神様だしできるか。
「アンタ……いや、謝る必要はねえよ。なんか理由があんだろ?」
「はい。まずは色々と確認したいと思っ……いまして。他にも理由はあるんじゃ、ですが……」
「あー、楽に話していいぜ?」
「あ、うん。えっと……ノロイさん、じゃったっけ? 《《自分がどういう存在なんか》》、《《自覚ってある》》?」
 ……どういう存在か、自覚?
 そういえばキリさんはさっき、《《呪い以外のもの》》って言ってた気がする。
 もしかして――
「――ノロイさんって《《呪いじゃない》》の?」
「え、ジブンって呪いじゃねえの?」
 僕の言葉にノロイさんもまた首を傾げた。
 いやなんで自分のことなのに曖昧なんすか。
「キリちゃん、どういうこと?」
「あ、その……厳密には呪いそのものではないんじゃけど、でも呪いと繋がってはいるというか。えーっと……分かりやすく言うと呪いと同時に幽霊が取り憑いとる感じじゃね」
「ジブンって幽霊だったのか?」
「いや私に訊かれても……ていうか幽霊っているんだね?」
「ジブンも初めて知った」
 だからなんで自分のことなのに曖昧なのこの人。
 ていうか《《ついてる》》ってそっちの《《憑いてる》》かよ。まあ神様がいるんだし幽霊くらいいてもおかしくはない気がするけどさ。
「ということは、この残ってる靄はその影響ですか?」
「まあ、そう言えなくもないというか……呪いの一部とその幽霊、ノロイさんが繋がっとる感じじゃね。ついでに言うとニシユキさん本人の《《大事な部分》》と繋がっとるけん、迂闊に引き剥がさん方がいいかなって」
「大事な部分?」
「上手く言えんのんじゃけど……記憶とか思い出とか、大事な気持ちとか。無理をすればニシユキさん自身に影響がいくかもしれんのんよ。……かと言って放っておくとまた呪いが膨れ上がっていくんじゃけど」
「つまりカビの根が残ってるようなモンか」
「それだとノロイさんがカビの温床ってことになるけどいいんですか」
 ノロイさんの発言で『呪い』という超常的現象が途端にチープになった。
 浴室用洗剤で解呪できそうな気すらしてくるね。
「家庭的な例え話は置いておくとして……キリちゃん、質問いいかな?」
「あ、はい」
「ありがとう。確認なんだけど、靄がユッキーの身に起きていた症状の原因で、放っておけばまた呪いが膨れ上がって量が増える。増えたら発熱やめまいが再発するって認識でいいのかな?」
「あ、はい。それで合っとるよ」
「靄が溜まる度に祓ったりすることでどうにかならない?」
「してもいいけど……一時凌ぎにしかならんし、根本的な解決にはならんね。それに靄を祓い続けても《《呪いの効果自体は進行していく》》じゃろうし」
「……ん?」
 呪いの効果?
 それに……進行って?
「体調が悪くなってるのが呪いの効果じゃないんですか?」
「あ、それは副次的なもので本命は他にあって……うーん、説明が難しいね。あ、でも別に心配するほどじゃないよ?」
「え?」
「えっと、私にも原因はよく分からんのんじゃけど……この呪いって本来とは違う形になっとってさ。命にかかわる程の効果じゃ無くなっとるんよ」
 なるほどそれなら一安心―――って待て待て。
「さっきの話と矛盾しません?」
「あ、ごめん。伝え方が悪かったね。この呪いって精神面に影響を及ぼすものなんよ。体調が悪くなっとるのはニシユキさんの精神が呪いに適応してないからだと思う」
 ふむ。
 精神と身体は直結している、とはよく聞く話だ。きっとキリさんが言いたいのは呪いが精神面へ影響しており、それがそのまま身体にも表れているということだろう。
「じゃあ、逆に言えば適応すれば大丈夫ってことですか?」
「まあ、体調の方は……」
 ……なんか含みのある言い方だな。
 まるで体調以外に何か問題があるようだ。
「適応するとどうなるんだ?」
「今回のだと……人の顔がトマトに見えるようになる、かな。ついでに過去の記憶も全部塗り替えられるね」
「ええ……」
「悪夢じゃねえか」
 僕や姉貴は勿論、流石のノロイさんも引く内容である。
 目の前も思い出の中もまとめて全員トマトヘッドとかB級ホラーコメディかよ。
「ていうかなんでトマトなんですか」
「靄の粒子をよく見たら分かると思うよ」
「……ちょっとよく分からないですね?」
 目を凝らしてみるが、よく分からない。
 一体何があるというのか。
「はい虫眼鏡《ルーペ》」
「ありがと」
 姉貴に礼を言いつつ、出処不明の虫眼鏡を受け取る。なんで持ってんだこの人。
 とにかく、覗き込んでみると……
「…………トマト、ですね」
「じゃろ?」
 目に映るはとんでもなく小さなトマト型粒子。
 色が黒いことを除けば、ほとんど超絶ミニマムトマトと言っていい形状をしていた。なんで?
「原因は申し訳ないんじゃけど私にはわからん。でも、靄がそんな感じで本来の形や効果とはズレとるからこそニシユキさんは助かっとるとも言えるけん、それも手出しが出来ん理由の一つじゃね」
「な、なるほど……?」
 よく分からないところもツッコミどころも多い。
 しかし神様はとても真剣な表情をしておられる。そう言うのならそういうものなんだろう。
「原因とかは置いておいて……命に別状がないとしてもだいぶ困るなぁ。せめて他人の顔が赤くなって見えるくらいにするとかにできない?」
「妥協点そこでいいの?」
 突然トマトレベルで顔の赤い人間しか見えない世界になるとかそれはそれでニシユキさんが可哀そうである。僕なら即座に発狂しかねない。
「ええっと……申し訳ないんじゃけど、今言ったように本来私は呪いをどうこうする専門じゃないけん、これ以上変に手出しが出来んのんよ。でも命に別状はないわけじゃし、とりあえずあんまり焦るような問題じゃないかなって」
 命以外に問題しかないので焦ってほしい。
 生きていく上で支障が出まくるわ。
「キリさんが専門じゃないっていうんなら、他の神社とかでのお祓いは?」
「うーん、やめといた方がいいと思う。他に私みたいな神《ひと》っておるか分からんし、他の人間がこれに対処できるとは思えんけんね」
 それは……いや、そうか。
 こうして普通に過ごしていると感覚が麻痺するけど、神様《キリさん》が僕らの前にいること自体レアケースなのだ。
 それに土地神様が手ずから祓い、それでもこれ以上手が出せない状況となると人間にどうこうできるものじゃないだろうし……むしろ余計に状況を悪くしてしまう可能性すらあるのは想像に難くない。
 幽霊であるノロイさんを除霊すればニシユキさんに何があるか分からない。
 かと言ってこのまま放っておけばニシユキさんの視界はトマト地獄。
 八方塞がりじゃないか、コレ?
「あー、ややこしいな。要するにイボ痔の上に生えたケツ毛抜いたらイボまでいって偉いことになるから抜けねえ。だが放っとくと痔が悪化してトマト地獄って話でいいんだな?」
 カビの次はイボ痔と来たか。ややこしい話なのはたしかにその通りだし、まとめとしては概ね正しいのが腹立つな。
 つーかその例えだと今度はノロイさん自身がケツ毛ってことになるんだけどいいのだろうか。
「ケツ毛もそうだが一番の問題はイボの方ってこったろ? まずはそっちの解決に力入れようぜ」
「うちの後輩の顔でケツだのイボだの言うのやめてほしいんだけど」
「そもそも呪いのことをイボ痔で表すのやめない?」
 海苔の佃煮だのカビだのイボだのと緊張感が無さすぎる。重い空気になるよりかは断然いいけどさぁ……。
「というか、呪いそのものじゃないなら『ノロイさん』って呼ぶのも変だよね。変える?」
「いや、今更だしこのままでいい。ところで嗅いでいいかソービキ」
「流石にさっきの今ではちょっと……」
「……あー、キリさん。さっき靄を祓うのが一時凌ぎとは言ってましたけど、呪い自体の根本的な解決方法とかってあるんですか?」
 完全に集中力が切れて脱線し始めている姉貴達は放っておいて、黙っているキリさんに質問を投げた……が、返事がない。
 顔を覗き込んでみると、真剣な顔つきで腕を組んでいた。……どうやらきちんと問題に向き合ってくれているらしい。流石は土地神様だ。
《ニシユキさんに本のこと訊くのいつにしよう……》
 真剣に脱線して別のこと考えてたわこの吐き神様。はっ倒したろか。
「キリさん。真面目にやらないとサラに頼んで酒全部隠しますよ」
「一番確実な解決方法があります!!!!」
「うわキリちゃん必死」
「……で、その方法は?」
「呪いの原因を突き止めて、どうにかして止めること。……そのために、ノロイさん。色々訊かせてくれん?」
 本来呪いとは全く関係のない一般幽霊であるノロイさんは何らかの呪術によって呪いと紐づけられた状態。ならば、逆にノロイさん側から呪いについて分かることがあるかもしれない、というのがキリさんの言説だった。
 というわけで、呪いの発生源を辿るヒントを得るためにキリさんによるノロイさんへの質問攻めが行われているわけなのだが――。
「出身地は?」
「分からん!」
「自分の年齢、性別は?」
「分からん!」
「……ご趣味は?」
「全く覚えが無くて分からん!」
 ……この調子である。
 どの質問に対しても元気いっぱい自信満々の顔で「分からん」の一点張りなのだ。これでは質問の意味がない。というかキリさんも困ってお見合いみたいな質問してるし。
「……ニシユキさんの身体に取り憑く前どころか、《《ノロイさん自身の記憶すらない》》感じか。姉貴は知ってたの?」
「いや、私も知らなかったよ。そもそも幽霊が取り憑いてるなんて思わなかったし……それに基本的にノロイさんが出てきた時って基本的には服脱がしてくるか匂い嗅いでくるかだからさ。いつの間にか元に戻ってるのもあってあまり話せる時間って無かったんだよね」
 その行動してる時間で話せばいいものを……。
 あらためて聞くと変態的行動しかしてないし、なるべく早く消し飛ばした方がいいんじゃないかなこの悪霊。
「うーん……記憶喪失かね? これも呪いの影響なんかな」
「キリちゃんでも分かんないかー」
「困ったもんだなー」
 困ってるのは僕らの方……というか一番はニシユキさんだと思うんですけど。
 ていうか幽霊も記憶喪失とかってあんの?
「ニシユキさんに呪いの心当たりは……ないんじゃったね」
「うん。バスでも言ったけど、全然身に覚えがないみたいでね」
「ノロイさんが出てきた時期はいつ頃なん?」
「新歓の後に熱を出して、次の日に起きた時に出てきたから……先週の水曜辺りかな?」
「大學の近くに心霊現象がよう起きよる場所とかは……」
「ないない。多少の事故とかはあるかもしれないけど、そういった話は近くじゃ聞かないよ。そもそもユッキーはホラー苦手だからそういうのに近づいたりしないし」
 なるほど。姉貴の言うことが確かならニシユキさん側の落ち度は無さそうだ。
 姉貴の返答に対し、キリさんは「そっか」と言って続けた。
「|ノロイさん《このひと》みたいに幽霊が生きとる人に取り憑くのってそう簡単にできることじゃないはずなんよ。できるとしたら悪い気が集まっとる所で、尚且つ幽霊というよりも怨霊なんかの強い力を持った存在ぐらいじゃけど……ノロイさんはそこまで霊格は高くないし強くもないんよねえ」
「ジブン、強くねえのか……」
 そこについてはショックを受ける必要ないと思いますけど……。
 まあつまり、ノロイさんが原因でニシユキさんが呪われてる線は薄いってことか。ややこしいなオイ。
「ていうかさ、ノロイさんが原因じゃないとすると、この靄は他に原因があるの?」
「うん。呪いの原因って土地そのものだったり呪物に触れたりとか色々あるんじゃけど、話を聞く限り今回はそういうのとは違うみたいじゃし」
「あー……つまりアレか」
「……ニシユキさんを呪った人がいる、ってことか」
 僕の呟きにキリさんが無言で首肯した。
 人為的な呪い。たしかに土地や物体といった要因でないとすれば、自ずと答えはそれしか有り得ないだろう。
「……穏やかな話じゃないな。姉貴、そういう人に心当たりは?」
「全くない、とは言い切れないなぁ。ユッキーこの見た目だから……」
 姉貴の言う通り、ニシユキさんの容姿は整っている。それを羨んだ周囲の女性が……というのは十分に考えられる話だ。
「その辺りの事情は分からんけど、一応失せ物探しの要領で呪いの発生源は辿れるよ?」
「え、マジすか」
「こう、身体から紐みたいなんが出とって辿る感じで……あ、でも近くまで行かんにゃ出来んのよね。さっきも言ったけど私って本業は土地を護る方で呪術とかの扱いは専門外じゃし。じゃけん色々訊いときたかったんじゃけど……」
 要するに近くまで来たら逆探知による特定が可能ってことか。
 それにしても失せ物探しができるとはまた神様らしいことを……神様だったわ。家の中で物を失くした時とか便利そうだ。
「どのくらいの範囲なら分かるんですか?」
「んー……このお店二つ分くらいの範囲まで来たら絞れるかも。でもそこまで近づくのは難しいよねー……」
 そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべるキリさん。
 ……いや、割と範囲広くない?
「ほぼ見つけられるじゃねえか。適当な日に大学ン中でも連れてきゃ一発だろ」
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「学食くらいなら行けるんじゃないかな。心配なら私が総務課で許可貰ってくるよ」
 おお、流石は在学生。
 学内への立ち入り問題はなんとかなりそうだな。
「じゃあ早速いつ行くか決めちゃおう! キリちゃん、直近の平日でお昼暇な日ってある?」
「あ、はい。私ならいつでも……」
「オッケー、じゃあ明日早速……」
 いつの間にか予定表を広げていた姉貴が月曜日の欄に書き込んでいく。
 うむ、これで問題なく特定の件は解決できそうだな。
 一つ懸念事項があるとすれば人見知りのキリさんが大学という不特定多数が集まる場所に行って大丈夫なのかという点だけど……まあなんとかなるだろう!
 ……別に姉貴に丸投げする気じゃないから。僕には高校生活があって同行できないから仕方なく、ね?
「あー……ところで、ニシユキさんにも話は通しておいた方が良くない? ほら、ノロイさんとニシユキさんって記憶の共有はぼんやりとしかできないわけだし」
「それもそうだな……っと、その前に一つ質問いいか?」
「あ、はい。なんかね?」
「いや何、普通に気になったんだが……この靄と関係ないならジブンってどこから来たんだ?」
 ……ふむ、そう言われてみるとたしかにそうだな。
 キリさんが言った通り、この靄とノロイさんが特に関係ない幽霊とするとこの悪霊はどこから出てきたんだろう?
「その辺から生えてきたんじゃないの? ノロイさん雑草と似てるし」
「おうソービキ。喧嘩売ってんなら嗅ぐぜ」
「買いなよ」
「姉貴が言いたいのは断られても匂いを嗅ごうとする根性は雑草並みってことじゃないですかね」
「……へへっ!」
 なんで嬉しそうな顔してんのこの悪霊。
 照れてるところ悪いですけど多分褒められてませんよ。
「あ、えっと……その点については予想でしかないんじゃけど、呪いに巻き込まれたんじゃないかね? こう、ニシユキさんに呪いが飛ばされた時の直線状にノロイさんがいて、一緒に身体の中に入った感じで」
「なるほど、交通事故みてえなモンか。つーことはジブンが何も覚えてねえのも頭打ったショックみてえな感じなのかもな」
 呪いってそんな勢い強く突っ込んでくるモンなの?
 しかしなるほど。そう考えればノロイさんの記憶喪失にも納得がいく……のか?
 呪いや幽霊といったものに関してはよく分からないし、そういうことにしとこう。
「まあノロイさんが納得してるなら一旦それはそれでいいとして、そろそろユッキーを……」
「そうだな。じゃ、よろしく頼むわ」
「あ、はい。じゃあ―――ん?」
 そうしてノロイさんに頼まれたキリさんが身体を薄く光らせ始めた……と思ったら、何かに気が付いたように店の扉へ目を向けた。
 つられて僕もそちらに意識を向けると……何か店の前が騒がしい気がした。
 女性同士が言い争うような声がする。
 そう気が付いた途端――
 ――バァァァンッ!!
「ぐわあぁぁ―――ッッ!!!」
 扉が勢いよく開くと同時に、悲鳴を上げながら地面と平行な体勢で銀髪の少女が店内へ飛び込んできた。
 そんな投げっぱなしヘッドスライディング入店を決めた少女は……昨日交流を深めた後輩、リンギクさんの姿だった。