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16話 土地神様は分からない その二

ー/ー





 部屋に入ると、可愛らしい格好に反してガラの悪い態度の美人がベッドの上で胡坐をかいて座っておりました。


 ……この場にいない親友(フキ)に言えば興奮しそうな文言ではあるが、実際目の当たりにした僕にはそんな余裕はない。
 美人で緊張しているというのもあるけど……実際に黒い靄を周囲に浮かべて不遜な態度で座っている姿の禍々しさで面食らってしまっていた。

「ああ、今日はなんだ。もう、そんな格好で……はしたないなー」
「いつものことだろうが」
ね? 今日はうちの弟と友達も来るって言ったじゃないか。ほらちゃんとして」

 そんな彼女の明らかに客人を出迎える態度ではない姿に姉貴は慣れた風に小言を言いながら猫のように抱き上げ、ベッドから降ろした。
 それから女性は渋々といった体で床に置かれたクッションの上にチョコンと座った。

 ……ということは、やはり本来の性格とは違う方が表に出ている状態らしい。本当は大人しい性格だって言ってたしな。

「おう、お前が弟か? まあ入れや」
「あ、はい。お邪魔します」
「おー、邪魔しろ邪魔しろ。とりあえずそこ座れよ」

 なんかこの人、言い回しが男性的だな。いや、本来の性格とは違うらしいからなんとも言えんが。
 とにかく、けらけらと笑いながら出迎える女性に困惑しつつ、言われるがままに部屋の中に入らせてもらう。敷かれたクッションの上に座り、周囲を見回すが……黒い靄が濃すぎてよく見えない。
 ……写真の時より靄が多くなっているとは聞いていたけど、多すぎるような気がする。密室だからだろうか。

「どうした?」
「いえ、すみません。……初めまして、相引(ソウビキ)セキです。姉がお世話になってます」
「おう、ヨロシク」

 軽く自己紹介をすると、彼女は手をひらひらと動かして笑って見せた。
 ふむ。どうやら聞いていた話よりも元気そうだ。
 動くたびに周りの靄が蠢くのでビジュアル的には不安しかないが……隣の姉貴はいつものことと言わんばかりに落ち着いている。特に突っ込まなくてもいいのかもしれない。

「はぁ、よりにもよってで出迎えてくれるなんて……まあ、説明の手間が省けたと思えばいいか」
「あー、やっぱり別人格の方なの?」
「まあそういうこったな」

 あ、変わってる自覚はあるんだ。

「こっちの状態を私はノロイさんって呼んでるよ。あ、この子の名前は西雪(ニシユキ)だから元に戻ったらそっちで呼んであげてね」
「わかっ……いや名付けが安直すぎない?」
「呼び名が無いと面倒だしな。お前も好きに呼んでくれや」

 呪い呼ばわりにも関わらず本人は笑顔でサムズアップ。自分のことなのに平然と受け入れているとはなんという器の広さだろう。

「で、なんだったか……ああそうだ。たしか今日こそこの黒い靄を消そうぜって話だったな」
「そうそう。それで解決できそうな人を連れてきたから、一緒に下に来てほしいんだけど」
「おう分かった。さっさと行こうぜ」

 姉貴の言葉に対し、即快諾して立ち上がろうとするノロイさん。
 え、ちょっと待って待って。

「いやあの……えっと、ノロイさん?」
「ん? なんだソービキ弟」
「その、言いにくいんですけど……解決しちゃったらノロイさん、消える可能性ありません?」
「まあそうだな……ってああ、そういうことか。姉弟揃って優しいこったな」
「自慢の弟だからね。もっと褒めていいよ」

 なぜ姉貴が得意げなのか。
 いや、そうじゃなくて……。

「ま、消える可能性が高いのはその通りだがな。こっちとしちゃよく分かんねえうちにニシユキ(コイツ)の身体を借りちまってるようなもんだし、いねえ方が普通なんだろ? それにジブンが消えてニシユキ(コイツ)を助かる、ソービキも安心するっつーんなら喜んで消えてやるさ」

 そう言ってサムズアップを決めるノロイさん。
 やだ、漢らしい……。

「でも……」

 言い淀みつつ姉貴に目線を向けると、ノロイさんが口を開いた。

「大丈夫だ。お前の姉ちゃんも納得してる。な?」
「不本意ながらね。もうノロイさんも私の友達だし、一緒にいられるならそれが一番いいとは思ってるけど……」

 困ったような、少し寂しそうな笑顔を浮かべる姉貴にノロイさんは「気にすんなって」と背中を軽く叩いた。
 なんというか、姉貴も複雑なんだな……。
 唯一の救いはノロイさん本人が承諾していることだろうか。

「とにかく、ジブンは逃げも隠れもしねえ。安心してくれ」

 いちいち言うことがかっこいいなこの人。

(それにしても……)

 まだ会って間もないが、話していて疑問に思ったことがある。ノロイさんの性格についてだ。
 今のところ黒い靄と多少男勝りな態度ってこと以外は割と普通というか、むしろかなりの善人だ。たしかに口は悪いかもしれないが……事前に姉貴から聞いていたような変態的素振りは全くない。
 姉貴が嘘をついたとは思えないし、やはり(ぼく)がいるから自制しているのだろうか。

(いや、待てよ?)

 ノロイさんは突然ニシユキさんの身体で目覚めたような口ぶりだった。ということはノロイさんとしても想定外の出来事だったということだ。
 つまり……姉貴に対して不審な行動を取っていたのは、不安や焦りから来たものだとすれば納得がいく。もしかすると彼女(彼?)なりに必死にコミュニケーションを図ろうとしていたのかもしれない。

(ちょっと警戒しすぎたのかな……)

 最近知り合った人間(神含む)に色々濃い奴が多かったせいか、若干過敏になりすぎていたのかもしれない。うん、反省しよう。
 ……反省はとにかく、ノロイさんには色々と訊きたいことがある。
 別人格となっているこの人が知っているのかは分からないが、まずは本について訊ねてみるとしようか。

「あの、ノロイさ――」
「ところで――」

 僕の言葉を掻き消すようにノロイさんの言葉が被さった。

「あ、すまん」
「いえ、お先にどうぞ」
「悪いな。で、ソウビキよ」

 僕と姉貴が同時に「はい」と返事をすると「姉の方な」と言われてしまった。やだ恥ずかしい。

「どうしたの?」
「いや、たいした話じゃねえんだが――



 ――服、脱いでもらっていいか?」



「……ん?」

 今なんて?
 僕の耳がおかしくなったのでなければ、服を脱げと言わなかっただろうか。
 ……いやいや、今の話の流れだぞ?
 それに目の前には(ぼく)がいる。流石にこの状況でそんなことを突然言ってくるはずが

「あ、悪い。言い方が悪かったな――



 ――服、脱がせていいか?」



「「悪化してない?」」

 聞き間違いどころかギアを上げてきやがった。

「ああ、安心しろ。お前の姉ちゃんに変な事はしねえから。脱いだ服の匂いを嗅ぐだけだ」
「十分変な事だと思うんですけど」

 さっきの反省は撤回しよう。コイツぁやべぇヤツだ。

「脱ぐわけないでしょー弟の前で」
「そりゃそう……いや待て。僕の前じゃなかったら脱ぐ気だったのか」
「まあ、相手は病人だし。できるだけお願いは聞いてあげたいじゃないか」
「もっと自分を大事にしなよ……」

 姉貴(こいつ)も当然のような顔つきである。こっちもやべぇヤツだ。
 クソッ、この場にいる三分の二が妙なことを言っている。むしろ僕がおかしいのか?

「チッ、交渉決裂か。じゃあ匂いだけでも嗅がせろ」
「それくらいならいいけど」

 交渉もクソもないと思うんですけど。
 そんなツッコミをする隙も無く、ニシユキさんは姉貴の背中に顔を埋めて深呼吸をし始めた。

「スゥ――――――…………フゥ――――――…………」

 僕は一体何を見せられているんだ。

「大丈夫なのコレ。色々と」
「臭くは無いはずだし大丈夫だよ。セキくんも嗅ぐ?」
「遠慮します」
「ふぅ……問題ねえぞ。お前の姉ちゃん良い匂いしてスゥ――――……」

 どうやらどちらも大丈夫ではなさそうだ。頭が。

 しかしなるほど、これがノロイさんの性癖、いや性格なのか。
 ついさっき脳内で辿り着いた推察も吹き飛ばすほどの恐ろしい嗜好全開アタッカーだ。僕の反省と感動を返せ馬鹿野郎。

「いつもながらよくやるなぁ」
「いつもしてんの? ってかそれなら大学生活とかどうしてるのさ」
「いや、こっちの性格になるのは時々だから基本的に問題はないよ。それにまだ入学して間もないのもあって大学でこうなってる時、周りはちょっとした大学デビューだと思ってるみたいだし。最近は慣れてきてちょっとした日常的な光景になりつつあるかな」
「スゥ――――――…………」

 非日常的な光景と思いたかったよ。

「時々ってことは入れ替わるタイミングがあるってこと?」
「うん。まあ時間はまちまちだし、どのタイミングかは私も分からないんだけどね」
「ハァ――――――…………」
「なるほど。ところでそろそろ引っ剥がさない?」

 ノロイさんはここまでの会話の間一心不乱に姉貴の匂いを嗅ぎ続けている。なんかこの息遣いを聞くのが怖くなってきた。

「それもそうだね。おーい、背中がゾワゾワするからやめてー?」
「待て、あと一息スゥゥ――――――――………………


 ………………ゥッフ……」(バタッ)


「ノロイさ―――ん!!」

 姉貴の匂いを吸引し続けたノロイさんは満足げな顔でその場に倒れた。
 どうやら息は吸って吐くものであるということを忘れてしまっていたらしい。なんなんだコイツは。



 結局、碌に質問をする間もなくぶっ倒れてしまったニシユキ(ノロイ)さんを抱え、ベッドに寝かせる。
 額に手を添えると熱が籠っているのが分かる。元気そうに見えたけど体調が悪いのは本当のことのようだ。さっきの流れだとこの発熱が興奮のせいなのか判断が付きづらいが。

「ありがとう、セキくん。……実際会ってみて、どう?」

 掛け布団を彼女の肩まで被せたところで、ベッドの端に座っている姉貴がそう言ってきた。
 ……どうといわれましても。

「面白い人だってことは分かったけど、面白すぎて色々訊きたい事忘れたよ」
「あはは、そういえば色々説明不足だったよね。ゴメンゴメン」
「僕も事前に訊いてなかったからそこはいいけどさぁ……むっ」

 話の途中で黒い靄が顔に被さってきた。
 咄嗟に息を止め、手で払いのけながらクッションに座り直す。

「……はぁ。気になってたんだけどこの靄、明らかに写真の時より増えすぎじゃない?」
「そうなんだよねー。最近どんどん増えるペースが上がってるというか」
「そもそも原因に心当たりは? いつ頃から出てきたの?」
「うーん、それがよく分からなくて……新入生歓迎会で見た時はまだ何もなかったと思うんだけど。ユッキー自身もどうしてこうなったのか分からないって言ってた」

 原因の究明については手詰まりか……。
 まあいい、他に気になったことを訊いておこう。

「入れ替わるタイミングはまちまちって言ってたけど、どのくらいの間ノロイさんになってんの?」
「規則性や時間については私達にもよく分かってなくてね。ただ、最近はノロイさんが出てくる時間が長くなってきてるかな」
「……それってまずくない?」

 下手をすればニシユキさん本人の意識が完全に乗っ取られてしまうのではないか?
 姉貴もどうやらそう思っていたようで、今日は近くの神社でお祓いを依頼する予定だったらしい。

「でも、今日はキリちゃんがいるからね。起きたら下に連れていこう」
「そうだね。仮にキリさんでどうにもならなかったらその神社に行こうか」
「ダメだった場合を考えるのが早くないかな?」
「キリさん結構ダメなところあるから……」
「女の子はダメなくらいがちょうどいいんだよ」

 果たして80歳の神様は女の子の判定でいいのだろうか。


「――……んっ」


 姉弟で話を変な方向に転がしていると、ベッドから声が聞こえてきた。
 モゾモゾと布団が動き、ベッドの主がゆっくりと上半身を起こす。

「ふぁ……あ、センパイ。おはようございます……」

 彼女は寝ぼけ眼のまま姉貴を見つけると、頭を下げた。
 姉貴が「おはよう、ユッキー」と魔性の笑顔混じりで挨拶を返すと、彼女は困惑し始めた。

「ん、アレ? センパイがなんで自分の部屋に……?」
「今日お家にお邪魔するって言ったじゃないか」
「あ、そっか。それでセンパイの弟さんとご挨拶する夢を見て……」

 先程とは全く違う雰囲気や呼び方からして、どうやら本来の人格に戻っているらしい。
 彼女は欠伸を噛み殺しながら辺りを見回して……あ、目が合った。

「おはようございます」
「あ、はい…………えっ?」

 とりあえず挨拶をすると、困惑した顔でこちらを凝視して数秒固まった。
 そして、

「………………夢じゃないっ!?」

 掛け布団を掴んで凄い勢いで後退。壁に後頭部を激突させた。



「お騒がせしました……」
「いえ、こちらこそ驚かせてすみません」

 ベッドの上で深々と頭を頭を下げるニシユキさんに頭を下げ返す。
 そりゃ寝起きでよく分からない男が部屋にいたらビビるよね。

「ノロイさんの状態で自己紹介は済ませたけど、この子が私の弟ね」
「よろしくお願いします」
「は、はい! よ、よろしく……」

 姉貴を挟み、あらためての挨拶。
 おっかなびっくりな態度で頭を下げる彼女の顔はノロイさんの時とは違って柔和な印象で、写真で見た通りの優しそうな顔つきをしている。
 ……なんか、出会ったばかりの時のキリさんを思い出すなぁ……。

「あの、センパイ」
「何かな?」
「さ、さっきのが夢じゃないってことは……」
「勿論、全部見られてたよ」
「ヴッ…………」

 あっけからんと言い放つ姉貴に対し、ニシユキさんは顔を真っ赤にしてベッドに顔を埋めた。
 ……どうやらノロイさんの時の記憶は曖昧ながら引き継がれているらしい。おいたわしや。

「お、弟さんにはお見苦しいところをお見せしまして……」
「ああ、いえ……一応訊きますけど、アレはニシユキさんの意志じゃ」

「違います!!!!」

「ですよね」

 やっぱりノロイさん特有の癖かあの野郎。
 必死に否定するニシユキさんを見てちょっと安心した。

「うっ……」
「っと、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。大きな声出したから……いやでもホントに違うんで、ハイ」
「わ、分かりました。すみません」

 ニシユキさんは叫んだ反動で痛めたのか、頭を押さえて体勢を少し崩した。
 姉貴に抱きとめられたその顔は青白く、かなり辛そうだ。
 ……本来の人格とノロイさんの時とで体調面にも違いがあるのだろうか。

「……喫茶店(エーデル)の方に、この症状を解決してくれるかもしれない人を呼んでるんだ。行ける?」
「え、そうなんですか? ……分かりました。大丈夫、今日はちょっと調子がいいですから」

 え、その顔色で調子が良い方なの?
 ……これは思った以上に事態は深刻かもしれない。
 キリさんを引きずってでもここに連れてくるべきだった気がするな。いや神通力あるから無理か。

「ユッキー、汗かいてるし着替えてから行こうか。先に行っててくれる?」
「分かった。じゃあまた後で」

 そういうわけで、僕は一人お先にキリさんと合流することになったのだった。




 ――あ、そういえば。

「本について訊くの、忘れてたな」

 ……まあ、それどころじゃなかったし仕方がないか。
 また後で訊くことにしよう。






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 部屋に入ると、可愛らしい格好に反してガラの悪い態度の美人がベッドの上で胡坐をかいて座っておりました。
 ……この場にいない親友《フキ》に言えば興奮しそうな文言ではあるが、実際目の当たりにした僕にはそんな余裕はない。
 美人で緊張しているというのもあるけど……実際に黒い靄を周囲に浮かべて不遜な態度で座っている姿の禍々しさで面食らってしまっていた。
「ああ、今日は《《そっち》》なんだ。もう、そんな格好で……はしたないなー」
「いつものことだろうが」
「《《キミの時は》》ね? 今日はうちの弟と友達も来るって言ったじゃないか。ほらちゃんとして」
 そんな彼女の明らかに客人を出迎える態度ではない姿に姉貴は慣れた風に小言を言いながら猫のように抱き上げ、ベッドから降ろした。
 それから女性は渋々といった体で床に置かれたクッションの上にチョコンと座った。
 《《そっち》》……ということは、やはり本来の性格とは違う方が表に出ている状態らしい。本当は大人しい性格だって言ってたしな。
「おう、お前が弟か? まあ入れや」
「あ、はい。お邪魔します」
「おー、邪魔しろ邪魔しろ。とりあえずそこ座れよ」
 なんかこの人、言い回しが男性的だな。いや、本来の性格とは違うらしいからなんとも言えんが。
 とにかく、けらけらと笑いながら出迎える女性に困惑しつつ、言われるがままに部屋の中に入らせてもらう。敷かれたクッションの上に座り、周囲を見回すが……黒い靄が濃すぎてよく見えない。
 ……写真の時より靄が多くなっているとは聞いていたけど、多すぎるような気がする。密室だからだろうか。
「どうした?」
「いえ、すみません。……初めまして、相引《ソウビキ》セキです。姉がお世話になってます」
「おう、ヨロシク」
 軽く自己紹介をすると、彼女は手をひらひらと動かして笑って見せた。
 ふむ。どうやら聞いていた話よりも元気そうだ。
 動くたびに周りの靄が蠢くのでビジュアル的には不安しかないが……隣の姉貴はいつものことと言わんばかりに落ち着いている。特に突っ込まなくてもいいのかもしれない。
「はぁ、よりにもよって《《そっち》》で出迎えてくれるなんて……まあ、説明の手間が省けたと思えばいいか」
「あー、やっぱり別人格の方なの?」
「まあそういうこったな」
 あ、変わってる自覚はあるんだ。
「こっちの状態を私はノロイさんって呼んでるよ。あ、この子の名前は西雪《ニシユキ》だから元に戻ったらそっちで呼んであげてね」
「わかっ……いや名付けが安直すぎない?」
「呼び名が無いと面倒だしな。お前も好きに呼んでくれや」
 呪い呼ばわりにも関わらず本人は笑顔でサムズアップ。自分のことなのに平然と受け入れているとはなんという器の広さだろう。
「で、なんだったか……ああそうだ。たしか今日こそこの黒い靄を消そうぜって話だったな」
「そうそう。それで解決できそうな人を連れてきたから、一緒に下に来てほしいんだけど」
「おう分かった。さっさと行こうぜ」
 姉貴の言葉に対し、即快諾して立ち上がろうとするノロイさん。
 え、ちょっと待って待って。
「いやあの……えっと、ノロイさん?」
「ん? なんだソービキ弟」
「その、言いにくいんですけど……解決しちゃったらノロイさん、消える可能性ありません?」
「まあそうだな……ってああ、そういうことか。姉弟揃って優しいこったな」
「自慢の弟だからね。もっと褒めていいよ」
 なぜ姉貴が得意げなのか。
 いや、そうじゃなくて……。
「ま、消える可能性が高いのはその通りだがな。こっちとしちゃよく分かんねえうちに|ニシユキ《コイツ》の身体を借りちまってるようなもんだし、いねえ方が普通なんだろ? それにジブンが消えて|ニシユキ《コイツ》を助かる、ソービキも安心するっつーんなら喜んで消えてやるさ」
 そう言ってサムズアップを決めるノロイさん。
 やだ、漢らしい……。
「でも……」
 言い淀みつつ姉貴に目線を向けると、ノロイさんが口を開いた。
「大丈夫だ。お前の姉ちゃんも納得してる。な?」
「不本意ながらね。もうノロイさんも私の友達だし、一緒にいられるならそれが一番いいとは思ってるけど……」
 困ったような、少し寂しそうな笑顔を浮かべる姉貴にノロイさんは「気にすんなって」と背中を軽く叩いた。
 なんというか、姉貴も複雑なんだな……。
 唯一の救いはノロイさん本人が承諾していることだろうか。
「とにかく、ジブンは逃げも隠れもしねえ。安心してくれ」
 いちいち言うことがかっこいいなこの人。
(それにしても……)
 まだ会って間もないが、話していて疑問に思ったことがある。ノロイさんの性格についてだ。
 今のところ黒い靄と多少男勝りな態度ってこと以外は割と普通というか、むしろかなりの善人だ。たしかに口は悪いかもしれないが……事前に姉貴から聞いていたような変態的素振りは全くない。
 姉貴が嘘をついたとは思えないし、やはり弟《ぼく》がいるから自制しているのだろうか。
(いや、待てよ?)
 ノロイさんは突然ニシユキさんの身体で目覚めたような口ぶりだった。ということはノロイさんとしても想定外の出来事だったということだ。
 つまり……姉貴に対して不審な行動を取っていたのは、不安や焦りから来たものだとすれば納得がいく。もしかすると彼女(彼?)なりに必死にコミュニケーションを図ろうとしていたのかもしれない。
(ちょっと警戒しすぎたのかな……)
 最近知り合った人間(神含む)に色々濃い奴が多かったせいか、若干過敏になりすぎていたのかもしれない。うん、反省しよう。
 ……反省はとにかく、ノロイさんには色々と訊きたいことがある。
 別人格となっているこの人が知っているのかは分からないが、まずは本について訊ねてみるとしようか。
「あの、ノロイさ――」
「ところで――」
 僕の言葉を掻き消すようにノロイさんの言葉が被さった。
「あ、すまん」
「いえ、お先にどうぞ」
「悪いな。で、ソウビキよ」
 僕と姉貴が同時に「はい」と返事をすると「姉の方な」と言われてしまった。やだ恥ずかしい。
「どうしたの?」
「いや、たいした話じゃねえんだが――
 ――服、脱いでもらっていいか?」
「……ん?」
 今なんて?
 僕の耳がおかしくなったのでなければ、服を脱げと言わなかっただろうか。
 ……いやいや、今の話の流れだぞ?
 それに目の前には弟《ぼく》がいる。流石にこの状況でそんなことを突然言ってくるはずが
「あ、悪い。言い方が悪かったな――
 ――服、脱がせていいか?」
「「悪化してない?」」
 聞き間違いどころかギアを上げてきやがった。
「ああ、安心しろ。お前の姉ちゃんに変な事はしねえから。脱いだ服の匂いを嗅ぐだけだ」
「十分変な事だと思うんですけど」
 さっきの反省は撤回しよう。コイツぁやべぇヤツだ。
「脱ぐわけないでしょー弟の前で」
「そりゃそう……いや待て。僕の前じゃなかったら脱ぐ気だったのか」
「まあ、相手は病人だし。できるだけお願いは聞いてあげたいじゃないか」
「もっと自分を大事にしなよ……」
 姉貴《こいつ》も当然のような顔つきである。こっちもやべぇヤツだ。
 クソッ、この場にいる三分の二が妙なことを言っている。むしろ僕がおかしいのか?
「チッ、交渉決裂か。じゃあ匂いだけでも嗅がせろ」
「それくらいならいいけど」
 交渉もクソもないと思うんですけど。
 そんなツッコミをする隙も無く、ニシユキさんは姉貴の背中に顔を埋めて深呼吸をし始めた。
「スゥ――――――…………フゥ――――――…………」
 僕は一体何を見せられているんだ。
「大丈夫なのコレ。色々と」
「臭くは無いはずだし大丈夫だよ。セキくんも嗅ぐ?」
「遠慮します」
「ふぅ……問題ねえぞ。お前の姉ちゃん良い匂いしてスゥ――――……」
 どうやらどちらも大丈夫ではなさそうだ。頭が。
 しかしなるほど、これがノロイさんの性癖、いや性格なのか。
 ついさっき脳内で辿り着いた推察も吹き飛ばすほどの恐ろしい嗜好全開アタッカーだ。僕の反省と感動を返せ馬鹿野郎。
「いつもながらよくやるなぁ」
「いつもしてんの? ってかそれなら大学生活とかどうしてるのさ」
「いや、こっちの性格になるのは時々だから基本的に問題はないよ。それにまだ入学して間もないのもあって大学でこうなってる時、周りはちょっとした大学デビューだと思ってるみたいだし。最近は慣れてきてちょっとした日常的な光景になりつつあるかな」
「スゥ――――――…………」
 非日常的な光景と思いたかったよ。
「時々ってことは入れ替わるタイミングがあるってこと?」
「うん。まあ時間はまちまちだし、どのタイミングかは私も分からないんだけどね」
「ハァ――――――…………」
「なるほど。ところでそろそろ引っ剥がさない?」
 ノロイさんはここまでの会話の間一心不乱に姉貴の匂いを嗅ぎ続けている。なんかこの息遣いを聞くのが怖くなってきた。
「それもそうだね。おーい、背中がゾワゾワするからやめてー?」
「待て、あと一息スゥゥ――――――――………………
 ………………ゥッフ……」(バタッ)
「ノロイさ―――ん!!」
 姉貴の匂いを吸引し続けたノロイさんは満足げな顔でその場に倒れた。
 どうやら息は吸って吐くものであるということを忘れてしまっていたらしい。なんなんだコイツは。
 結局、碌に質問をする間もなくぶっ倒れてしまった|ニシユキ《ノロイ》さんを抱え、ベッドに寝かせる。
 額に手を添えると熱が籠っているのが分かる。元気そうに見えたけど体調が悪いのは本当のことのようだ。さっきの流れだとこの発熱が興奮のせいなのか判断が付きづらいが。
「ありがとう、セキくん。……実際会ってみて、どう?」
 掛け布団を彼女の肩まで被せたところで、ベッドの端に座っている姉貴がそう言ってきた。
 ……どうといわれましても。
「面白い人だってことは分かったけど、面白すぎて色々訊きたい事忘れたよ」
「あはは、そういえば色々説明不足だったよね。ゴメンゴメン」
「僕も事前に訊いてなかったからそこはいいけどさぁ……むっ」
 話の途中で黒い靄が顔に被さってきた。
 咄嗟に息を止め、手で払いのけながらクッションに座り直す。
「……はぁ。気になってたんだけどこの靄、明らかに写真の時より増えすぎじゃない?」
「そうなんだよねー。最近どんどん増えるペースが上がってるというか」
「そもそも原因に心当たりは? いつ頃から出てきたの?」
「うーん、それがよく分からなくて……新入生歓迎会で見た時はまだ何もなかったと思うんだけど。ユッキー自身もどうしてこうなったのか分からないって言ってた」
 原因の究明については手詰まりか……。
 まあいい、他に気になったことを訊いておこう。
「入れ替わるタイミングはまちまちって言ってたけど、どのくらいの間ノロイさんになってんの?」
「規則性や時間については私達にもよく分かってなくてね。ただ、最近はノロイさんが出てくる時間が長くなってきてるかな」
「……それってまずくない?」
 下手をすればニシユキさん本人の意識が完全に乗っ取られてしまうのではないか?
 姉貴もどうやらそう思っていたようで、今日は近くの神社でお祓いを依頼する予定だったらしい。
「でも、今日はキリちゃんがいるからね。起きたら下に連れていこう」
「そうだね。仮にキリさんでどうにもならなかったらその神社に行こうか」
「ダメだった場合を考えるのが早くないかな?」
「キリさん結構ダメなところあるから……」
「女の子はダメなくらいがちょうどいいんだよ」
 果たして80歳の神様は女の子の判定でいいのだろうか。
「――……んっ」
 姉弟で話を変な方向に転がしていると、ベッドから声が聞こえてきた。
 モゾモゾと布団が動き、ベッドの主がゆっくりと上半身を起こす。
「ふぁ……あ、センパイ。おはようございます……」
 彼女は寝ぼけ眼のまま姉貴を見つけると、頭を下げた。
 姉貴が「おはよう、ユッキー」と魔性の笑顔混じりで挨拶を返すと、彼女は困惑し始めた。
「ん、アレ? センパイがなんで自分の部屋に……?」
「今日お家にお邪魔するって言ったじゃないか」
「あ、そっか。それでセンパイの弟さんとご挨拶する夢を見て……」
 先程とは全く違う雰囲気や呼び方からして、どうやら本来の人格に戻っているらしい。
 彼女は欠伸を噛み殺しながら辺りを見回して……あ、目が合った。
「おはようございます」
「あ、はい…………えっ?」
 とりあえず挨拶をすると、困惑した顔でこちらを凝視して数秒固まった。
 そして、
「………………夢じゃないっ!?」
 掛け布団を掴んで凄い勢いで後退。壁に後頭部を激突させた。
「お騒がせしました……」
「いえ、こちらこそ驚かせてすみません」
 ベッドの上で深々と頭を頭を下げるニシユキさんに頭を下げ返す。
 そりゃ寝起きでよく分からない男が部屋にいたらビビるよね。
「ノロイさんの状態で自己紹介は済ませたけど、この子が私の弟ね」
「よろしくお願いします」
「は、はい! よ、よろしく……」
 姉貴を挟み、あらためての挨拶。
 おっかなびっくりな態度で頭を下げる彼女の顔はノロイさんの時とは違って柔和な印象で、写真で見た通りの優しそうな顔つきをしている。
 ……なんか、出会ったばかりの時のキリさんを思い出すなぁ……。
「あの、センパイ」
「何かな?」
「さ、さっきのが夢じゃないってことは……」
「勿論、全部見られてたよ」
「ヴッ…………」
 あっけからんと言い放つ姉貴に対し、ニシユキさんは顔を真っ赤にしてベッドに顔を埋めた。
 ……どうやらノロイさんの時の記憶は曖昧ながら引き継がれているらしい。おいたわしや。
「お、弟さんにはお見苦しいところをお見せしまして……」
「ああ、いえ……一応訊きますけど、アレはニシユキさんの意志じゃ」
「違います!!!!」
「ですよね」
 やっぱりノロイさん特有の癖かあの野郎。
 必死に否定するニシユキさんを見てちょっと安心した。
「うっ……」
「っと、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。大きな声出したから……いやでもホントに違うんで、ハイ」
「わ、分かりました。すみません」
 ニシユキさんは叫んだ反動で痛めたのか、頭を押さえて体勢を少し崩した。
 姉貴に抱きとめられたその顔は青白く、かなり辛そうだ。
 ……本来の人格とノロイさんの時とで体調面にも違いがあるのだろうか。
「……喫茶店《エーデル》の方に、この症状を解決してくれるかもしれない人を呼んでるんだ。行ける?」
「え、そうなんですか? ……分かりました。大丈夫、今日はちょっと調子がいいですから」
 え、その顔色で調子が良い方なの?
 ……これは思った以上に事態は深刻かもしれない。
 キリさんを引きずってでもここに連れてくるべきだった気がするな。いや神通力あるから無理か。
「ユッキー、汗かいてるし着替えてから行こうか。先に行っててくれる?」
「分かった。じゃあまた後で」
 そういうわけで、僕は一人お先にキリさんと合流することになったのだった。
 ――あ、そういえば。
「本について訊くの、忘れてたな」
 ……まあ、それどころじゃなかったし仕方がないか。
 また後で訊くことにしよう。