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「......くそっ、不合格か!」
俺は安曇野巧一、たったいま浪人が決定した現役受験生だ。俺はダメで元々、むぎほし大学工学部の一般入試を受験した。けれど、さすがに一般入試の壁は厚く競争率が高すぎた。そりゃそうだよな、工学の鬼才と言われる唐栗伝次郎が教授に就任したんだもんな。
唐栗先生は世界でも希少な近代工学のパイオニアで、特にスマートフォンをはじめとしたインターネット関連機器に精通している。デジタル化に乗り遅れる日本の立て直しにも一役買っており、彼の斡旋で世界的な半導体メーカー・雲丹を九州へ招致することにも成功している。
彼のデジタル化推進はそれだけに留まらず、後進育成の一環として大学教授に就任することを決意した。彼の就任を決定付けたのが、かのむぎほし大学である。
むぎほし大学は有名大学ありながらデジタル化に乗り遅れ、近年は定員割れを起こす学部も散見されていた。大学側もこれに危機感を覚え、むぎほし大学の立て直しと銘打って唐栗先生を招聘したのである。
それを聞いた技術者の原石たる現役生たちは、唐栗先生の元で工学を学ぶことを渇望したのだ。その結果、近年のむぎほし大学では類を見ない受験戦争が勃発したのである。
......そんなわけで、俺は夢破れたりってところ。今や大学進学が当たり前となった現代で、浪人と言うのは正直つらい。果たして、来年までモチベーションを保てるだろうか? それに、卒業式でどんな顔をしたらいいんだ?? あぁ、今から悩ましい......。
そして、高校生活を終えた俺は晴れて浪人生となった。正直、浪人が決定した俺は呆然としていて、卒業式のことをほとんど覚えていない。クラスメイトの女子たちが別れを惜しんで涙ぐんでいたけれど、当時の俺からすれば雑音に等しかった。このひとときが早く過ぎ去って欲しい、そう願うばかりだった。
浪人生になったはいいものの、高校時代と違って親の目は厳しい。せめて小遣いくらいはアルバイトで稼がないといけない。浪人生だからといって暇を持て余しているわけじゃない。
「ありがとうございましたぁ」
俺のアルバイトはコンビニ店員。ここ数年のコンビニ業界は人件費削減が喫緊の課題となっていて、セルフレジを導入する店舗も珍しくない。デジタル化が進むことは日本にとって喜ばしいことだが、俺のような人間がアルバイトを探すことが困難になりつつあるのも事実だ。
「いらっしゃいませぇ」
表面上は平静を装っているが、実のところ俺は接客が苦手だ。俺は元々根暗で、昔から部屋に引きこもってパソコンを分解しては悦に浸っていた。だって、あんなガラクタの塊が人間の仕事を肩代わりするなんて信じられるか? スマートフォンだってそうだ。あんなに小さな筐体に、あらゆるものと通信する機能が内在しているんだ。俺にとって、機械は宇宙にも等しい世界だった。
そんな機械と接している時間が俺にとっての夢の時間で、生きているとも言えた。工学を学ぶことは、俺の夢の続きを見ることでもあるんだ。そういう思いもあって、俺は唐栗先生の元で工学を学ぶことは憧れだった。
「唐揚げ太郎2つですね? かしこまりました」
それに、俺はむぎほし大学のある都市伝説を聞いたことがある。それは、むぎほし大学の学長室に飾られているウサギのレリーフの秘密についてだ。レリーフにはある暗号が刻まれていて、それを解読すると秘密の部屋に辿り着けるのだという。
何を隠そう、この暗号を考案したのが他でもない唐栗先生なのだという。真偽はさておき、俺は唐栗先生のそんな遊び心が好きだったりする。俺の唐栗先生への憧れは、一般学生のそれを越えているんだ。
「お弁当は温めますか?」
苦手な接客も、内心はこんな風に空想を膨らませながらやり過ごしている。さて、もう少しで今日のバイトも上がりだ。
そして、バイト上がりの俺が向かうのは学習塾。浪人生となった俺がモチベーションを保つため、苦肉の策として通うことにした。
この学習塾は個別学習を主体としていて、基本的には黙々と問題に取り組むスタイル。分からないところは書き留めておいて、後で先生に尋ねるようにしている。元々が人間嫌いなのも相まって、下手に現役生と接する方が今の俺には精神的につらい。
それに、俺はこうして黙々取り組む方が能率は圧倒的にいい。現役生のような画一的な勉強方法ではなく、自分にあった勉強方法を取れるのは浪人生の数少ない強みだ。
「あぁ、もうこんな時間か」
黙々と勉強に取り組んでいると、時間の流れが早く感じられる。これはそれだけ俺が集中しているという裏付けでもある。さて、今日の勉強はここまでにしておこうか。
こうして季節は巡り、再び入試シーズンがやってきた。俺は東京地下鉄の件駅で下車し、件坂方面へ向かっていく。この道のりは去年から1年ぶり、時の流れを感じずにはいられない。
このまま件坂を登り切ればむぎほし大学だが、その前に俺は立ち寄りたい場所がある。それは件坂の道中にある泰邦神社だ。
泰邦神社は日本の英霊たちを祀る神社であり、俺のように勝負事がある時に願掛けに来る参拝者が多いのだという。せっかくだから俺も願掛けしていこうと思う。
「パン! パン!」
確か、二礼二拍手一礼だったな。神社なんてまともに来た試しもないからうろ覚えだけど、これでいいんだよな? 泰邦の神様、どうか俺に味方してください!
俺は泰邦神社を後にし、試験会場へ向かった。
......入試を終えた俺は全身の力が抜けた。やっぱり、試験本番の雰囲気は学習塾と全然違う。他の受験生の顔は鬼気迫るものがあったし、試験問題も去年のそれを上回るほどの難易度だった。帰宅後に自己採点をしているのだけれど、どうにも得点が怪しい。これ......もしかしたら2浪を覚悟した方がいいかもしれない。
後日、むぎほし大学一般入試の合否結果が発表された。正直合格は危ぶまれるけど、目を逸らすわけにはいかない。俺は恐る恐るスマートフォンからむぎほし大学のホームページへアクセスした。
「......う、受かってる!?」
俺は一瞬目を疑った。夢かも知れないと思って頬をつねるけれど、そこには俺の受験番号である210番がはっきりと書かれていた。
「や......やったぁ!!」
俺は腹の底から叫んだ。1年越しの執念が実を結んで、俺はようやくむぎほし大学工学部の入試に合格した。この喜びはひとしおだ!
そして今、俺は新入生としてこの件坂を歩いている。1年越しとなってしまったけれど、件坂の桜が俺を祝福してくれている気がする。後で泰邦神社の参拝も忘れないようにしよう。
俺と同じ新入生なのか、件坂は初々しいスーツ姿の人々が多く行き交っている。そうか、件坂はむぎほし大学以外にも数多くの大学がキャンパスを構えているからな。
それにしても、あの娘はえらく姿勢がピシッとしているな? けど、その割に『M』の文字をかたどったアクセサリーの自己主張が可愛らしい。
それともう一人、うまく言葉に出来ないけれど目に着く男がいる。一見するとスーツ姿の新入生に見えなくもないが、他の連中と違った意味でスーツを着こなせていないように見受けられる。それに、何だか通い慣れたような足取りなんだよな。幼顔の大学関係者か、それとも老け顔の新入生か。真実は神のみぞ知るといったところ。
何はともあれ、俺のキャンパスライフはこれからだ!
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