「しかし……」
「ないよ。してほしかったことなんて、ない。だって……深海くんは、愛のものだったんだだから」
そうだ。深海くんはいつだって、愛の方を見ていた。私の方を向くのは、愛のことを話す時だけ。何を今更、傷つくことがあるんだろう。
自分で言っていて、気付いた。
あの視線を、微笑みを、私のものにできたら、なんて……考えるだけ無駄だったんだ。たとえそれが、あの人のクローンによって再現されたものでも。
一生、手に入らない。それで良かったはずなのに。
自分の中にあった馬鹿な考えが、涙と一緒にこぼれ落ちていく。それを、真正面から伸びてきた手が、ハンカチで受け止めてくれた。
「……僕は、あなたの前にいない方がいいでしょうか?」
悲しそうな顔で、ナオヤくんはそう言う。
彼は何一つ悪くない。悲しむ必要なんてないのに。
それに、今、差し伸べてくれているこの手は、とても温かい。ハンカチよりも心地よく、頬の上を滑っていく。
「……深海くんだったら、いない方が良かったと思う」
「じゃあ、僕は……」
「でも、ナオヤくんなら、いてほしい」
「僕ですか?」
戸惑う声が聞こえる。私は、ただ頷いて、それに応えた。
私が俯いたままだったからか、しばらくは、じっと固まったままだった。けれど、やがてそろそろと動き出した。
そして、何か気配を感じて顔を上げると、目の前にはクリームとフルーツが載ったスプーンがあった。
「え……」
「は、はい……あーん」
ぎこちなくそう言うナオヤくんの頬は、ちょっと赤かった。自分でやってみて、ようやくこれがなかなか恥ずかしい行為だと気付いたらしい。
私が見返すと思わず目を逸らせてしまう。その顔が、いつもと違って年相応の男の子のものに見えた。
それが、なんだかとても嬉しくて、可笑しかった。
「ふ、ふふふ……はははは!」
「何ですか?」
「ごめん。でも……ナオヤくんがそんなに赤くなってるの、初めて見た気がして」
「体のつくりは人間とほぼ同じなのですから、当然です」
「『ほぼ』って、なに? 同じでしょ」
「そう……ですね。それより、その……早く」
そう言って、スプーンを押し出して、急かす。
私は、思いっきり大きな口を開けて、それを口に入れた。心地よく冷たくて、甘くて、酸っぱくて……ごくんと、飲み込んだ。美味しかった。
「うん……ありがとう」
不思議だ。飲み込むと、さっきまで感じていた重苦しい何かまで、一緒にするっと飲み下してしまったみたいだ。もう、胸のつかえは感じない。
「じゃあ、お返しに……はい、あーん」
今度は私が、クリームとフルーツ山盛りのスプーンをナオヤくんに差し出す。それを見たナオヤくんが、更に顔を真っ赤にして困惑していたことは、言うまでもない。