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 結局あの後、加地くんとも弓槻さんとも、なんだか気まずい空気になって、店を出てすぐに解散になった。
 急に静かになって、すぅっと胸に穴が空いたような感覚になった。こんな感覚は初めてじゃない。
 これまでも周りに人はたくさんいた。愛は、体は弱かったけれど、社交的だったから。いつも、『愛の友人』に囲まれていたから、割と賑やかに過ごしていた。
 全員、『愛の友人』だ。私の友人じゃない。
 明るくて楽しそうに話していても、それが透明な壁の向こう側の出来事のように、いつも感じていた。
 その時の感覚と似ている。
 仲良くなれたと思っていたけれど、そうじゃなかったと知ってガッカリしてしまう、あの感覚。
(慣れてはいるけど、あまり感じたくはないかな)
 歩くにつれ、体がどんどん重くなっていく。せっかく楽しくて、体が羽のように軽くなっていたっていうのに。
 このドアの前に立つと、両足が鉄で出来たみたいに感じる。
 せめてさっきの時間がもう少し続いてくれれば、笑顔で別れられていたら、こんな気分じゃなかったかもしれないけど……そうは言っていられない。
 ここは、私の家なんだから。
 ため息を飲み込んで、玄関前のゲートに設置されたセンサーに手をかざす。
 ピッと音がして、私の指紋やら静脈やらのデータを読み込んで、照合していく。
「オカエリナサイマセ」
 そう、甲高くて固い声がする。照合完了の合図だ。声と共に、ゲートが開く。この照合があって、ようやく家に入れる。
 家人ですらセキュリティチェックを受けないと敷地に入れないこの仕組みは、ほぼすべての家に普及している。30年ほど前から一般家庭でも増えたというけれど、それ以前は、家庭のセキュリティはどうなっていたんだろうと思う。
 確かインターホンという呼びかけのためのベルがあったのだとか。
 今はそんなものはなくて、さっきのセンサーに指紋・静脈認証機能がついている。来客はあらかじめ認証コードを発行しておいて、読み込ませる。
 これで怪しい訪問客は一切シャットアウトできるし、誰がいつ家にいて出て行ったかも把握できる。家族のコミュニケーションのためでもある……らしい。
 さっき認証させた際に、家にいる家族にメッセージが届いているはずだ。『天宮ヒトミが帰宅した』と。
 それを聞いたのか、リビングからパタパタと足音が聞こえてくる。
 お母さんだ。少し帰りが遅くなったから、待たせてしまったんだろう。私を見た顔が、安心と喜びで溢れていた。そして、そのまま優しく抱きしめてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま。ごめんね、遅くなって」
「いいのよ、そんなの。でも心配だから、こんなに遅くなるのは、できるだけ控えてね」
「……うん」
「あなた、今は体が丈夫になったとはいえ、油断はできないんだから。気をつけてね、愛」
 その名前に、私の体は一瞬強ばった。だけど、すぐに元通りになって見せた。絶対に悟らせないように。
「……うん、お母さん。大丈夫だよ」
 大丈夫。ちゃんと『愛』として返事できたはず。お母さんは、安心したように私を離して、リビングに戻って行った。
 今日も、できたはず。『愛』の元気な姿を見せられて、お母さんを安心させられたはず。

 ふと、気付いた。さっきナオヤのお母さんの態度を見て悲しくなって、悔しくなった訳が。

「ナオヤくん……あなたは、やっぱり私と同じなんだね」
 
 ナオヤくんと私、抱えているものは、本当のところは違うと思っていた。
 だけど、そうじゃない。
 根っこの部分こそ、同じだった。

 私だからこそ、ナオヤくんと同じだって言えるんだ。やっと、そう気付いた。



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 結局あの後、加地くんとも弓槻さんとも、なんだか気まずい空気になって、店を出てすぐに解散になった。
 急に静かになって、すぅっと胸に穴が空いたような感覚になった。こんな感覚は初めてじゃない。
 これまでも周りに人はたくさんいた。愛は、体は弱かったけれど、社交的だったから。いつも、『愛の友人』に囲まれていたから、割と賑やかに過ごしていた。
 全員、『愛の友人』だ。私の友人じゃない。
 明るくて楽しそうに話していても、それが透明な壁の向こう側の出来事のように、いつも感じていた。
 その時の感覚と似ている。
 仲良くなれたと思っていたけれど、そうじゃなかったと知ってガッカリしてしまう、あの感覚。
(慣れてはいるけど、あまり感じたくはないかな)
 歩くにつれ、体がどんどん重くなっていく。せっかく楽しくて、体が羽のように軽くなっていたっていうのに。
 このドアの前に立つと、両足が鉄で出来たみたいに感じる。
 せめてさっきの時間がもう少し続いてくれれば、笑顔で別れられていたら、こんな気分じゃなかったかもしれないけど……そうは言っていられない。
 ここは、私の家なんだから。
 ため息を飲み込んで、玄関前のゲートに設置されたセンサーに手をかざす。
 ピッと音がして、私の指紋やら静脈やらのデータを読み込んで、照合していく。
「オカエリナサイマセ」
 そう、甲高くて固い声がする。照合完了の合図だ。声と共に、ゲートが開く。この照合があって、ようやく家に入れる。
 家人ですらセキュリティチェックを受けないと敷地に入れないこの仕組みは、ほぼすべての家に普及している。30年ほど前から一般家庭でも増えたというけれど、それ以前は、家庭のセキュリティはどうなっていたんだろうと思う。
 確かインターホンという呼びかけのためのベルがあったのだとか。
 今はそんなものはなくて、さっきのセンサーに指紋・静脈認証機能がついている。来客はあらかじめ認証コードを発行しておいて、読み込ませる。
 これで怪しい訪問客は一切シャットアウトできるし、誰がいつ家にいて出て行ったかも把握できる。家族のコミュニケーションのためでもある……らしい。
 さっき認証させた際に、家にいる家族にメッセージが届いているはずだ。『天宮ヒトミが帰宅した』と。
 それを聞いたのか、リビングからパタパタと足音が聞こえてくる。
 お母さんだ。少し帰りが遅くなったから、待たせてしまったんだろう。私を見た顔が、安心と喜びで溢れていた。そして、そのまま優しく抱きしめてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま。ごめんね、遅くなって」
「いいのよ、そんなの。でも心配だから、こんなに遅くなるのは、できるだけ控えてね」
「……うん」
「あなた、今は体が丈夫になったとはいえ、油断はできないんだから。気をつけてね、愛」
 その名前に、私の体は一瞬強ばった。だけど、すぐに元通りになって見せた。絶対に悟らせないように。
「……うん、お母さん。大丈夫だよ」
 大丈夫。ちゃんと『愛』として返事できたはず。お母さんは、安心したように私を離して、リビングに戻って行った。
 今日も、できたはず。『愛』の元気な姿を見せられて、お母さんを安心させられたはず。
 ふと、気付いた。さっきナオヤのお母さんの態度を見て悲しくなって、悔しくなった訳が。
「ナオヤくん……あなたは、やっぱり私と同じなんだね」
 ナオヤくんと私、抱えているものは、本当のところは違うと思っていた。
 だけど、そうじゃない。
 根っこの部分こそ、同じだった。
 私だからこそ、ナオヤくんと同じだって言えるんだ。やっと、そう気付いた。