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 ナオヤくんを呼んだのは、40代くらいの綺麗な女性だった。ぴったりとしたスーツに身を包んで、凜とした空気を纏っている。見ているだけで、こっちまで背筋がぴんと伸びそうな、そんな人だった。
 その女性が、つかつかと私たちのテーブルまで歩いてきた。そして、最後の一口を放り込もうとしていたナオヤくんの手を、しっかりと掴んだ。
「何をしているの」
「母さん、これは……」
「何をしているのかと聞いてるの」
 半端な言い訳なんて、聞いてくれそうになかった。
 いつもすらすらと喋るナオヤくんが、俯いて、黙り込んでしまった。
 こんなにも、打ちひしがれたようなナオヤくんの顔は、初めて見た。だからだろうか、気付けば立ち上がっていた。
「あ、あの……私が誘ったんです。そんな、あの……責めないであげてください」
「あなたはどなた?」
 いきなり割って入った私を、ナオヤくんのお母さんは怪訝な目で見た。思わず竦んでしまったけれど、なんとか目だけは逸らさずにいた。すると、何かに気付いたようだった。
「あなた……昔、同じ学校だった子?」
「! はい、そうです。小学校の頃ですけど。何回か、お家にもお邪魔しました!」
「家にも……」
 ナオヤくんのお母さんにも、会ったことがある。あの頃は厳しいという印象はあったけれど、怖くはなかった。
 私は遊びに行ったと言うより、愛の付き添いだったから話してもいないし、印象にも残らないだろうけど。でも愛の顔を覚えていれば、私の顔にも見覚えがあると思うだろう。
 私を見る目が、針のように鋭く細く、迫ってくる。
「確か……『天宮 愛』さん……」
「その妹の『ヒトミ』です」
「あら失礼。でも、そう……尚也とよく遊んでくれていたあの子の……」
 ナオヤくんのお母さんの視線は、更に鋭くなった。値踏みされているようで、怖かった。
「あ、あの……ナオヤくんが転校してきて、久しぶりだねって言ってて。それでテンションが上がっちゃって、このお店に誘ったんです。ずっと来たかったけど、一人で行く勇気がなくて……ナオヤくんを誘ってたら、こちらの二人も一緒に来てくれて……だから、私が誘ったんです」
 一気に捲し立てるように、言い訳をした。ところどころ違うけれど、筋は通っているはず。そう思いたい。
 ナオヤくんは、さっきからずっと口を開けずにいる。あれだけすらすら喋れる彼が、一言も言わない。きっと、何も言えなくなってしまうんだ。尚也くんのお母さんの前では。
 ナオヤくんの前に立ちはだかるようにする私に、ナオヤくんのお母さんは、深いため息をついて見せた。
「別に、誰が悪いとか、そういうことを聞いてるんじゃないでしょう。この子の体調について聞いてるだけ」
「……体調?」
「昨日はものすごく辛いものを食べてきたって言うし、今日はこんな……糖分の塊のようなものを食べて……一度検査した方がいいわね」
 やっぱり、昨日帰ってから何かあったんだろうか。でも学校ではそんな様子、少しも見せなかった。
 隠していたのかと、私と加地くんが視線を送ると……
「大袈裟です。昨日は大して食べていませんし、これだって美味しく頂いています」
「でも昨日、血圧がいつもより高かったじゃない。今日だって、血糖値が跳ね上がったらどうするの」
「試しに食べてみただけなので……明日からは、食べません」
 そう言うと、そっと最後の一つを、お皿に戻した。
「皆さん、ありがとうございました。今日は、これで」
 ナオヤくんはそそくさとカバンを持って立ち上がると、店の外に出てしまった。それを追うように、ナオヤくんのお母さんも店を後にする。
 最後に私たちを一瞥した視線が、なんだか尖っていて、痛かった。
 追ってくるな、近づくな……そう言わんばかりで、なんだか悲しくなった。同時に、何故だかとても悔しくて……私は、お皿に残った一つを、自分の口に放り込んだのだった。



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 ナオヤくんを呼んだのは、40代くらいの綺麗な女性だった。ぴったりとしたスーツに身を包んで、凜とした空気を纏っている。見ているだけで、こっちまで背筋がぴんと伸びそうな、そんな人だった。
 その女性が、つかつかと私たちのテーブルまで歩いてきた。そして、最後の一口を放り込もうとしていたナオヤくんの手を、しっかりと掴んだ。
「何をしているの」
「母さん、これは……」
「何をしているのかと聞いてるの」
 半端な言い訳なんて、聞いてくれそうになかった。
 いつもすらすらと喋るナオヤくんが、俯いて、黙り込んでしまった。
 こんなにも、打ちひしがれたようなナオヤくんの顔は、初めて見た。だからだろうか、気付けば立ち上がっていた。
「あ、あの……私が誘ったんです。そんな、あの……責めないであげてください」
「あなたはどなた?」
 いきなり割って入った私を、ナオヤくんのお母さんは怪訝な目で見た。思わず竦んでしまったけれど、なんとか目だけは逸らさずにいた。すると、何かに気付いたようだった。
「あなた……昔、同じ学校だった子?」
「! はい、そうです。小学校の頃ですけど。何回か、お家にもお邪魔しました!」
「家にも……」
 ナオヤくんのお母さんにも、会ったことがある。あの頃は厳しいという印象はあったけれど、怖くはなかった。
 私は遊びに行ったと言うより、愛の付き添いだったから話してもいないし、印象にも残らないだろうけど。でも愛の顔を覚えていれば、私の顔にも見覚えがあると思うだろう。
 私を見る目が、針のように鋭く細く、迫ってくる。
「確か……『天宮 愛』さん……」
「その妹の『ヒトミ』です」
「あら失礼。でも、そう……尚也とよく遊んでくれていたあの子の……」
 ナオヤくんのお母さんの視線は、更に鋭くなった。値踏みされているようで、怖かった。
「あ、あの……ナオヤくんが転校してきて、久しぶりだねって言ってて。それでテンションが上がっちゃって、このお店に誘ったんです。ずっと来たかったけど、一人で行く勇気がなくて……ナオヤくんを誘ってたら、こちらの二人も一緒に来てくれて……だから、私が誘ったんです」
 一気に捲し立てるように、言い訳をした。ところどころ違うけれど、筋は通っているはず。そう思いたい。
 ナオヤくんは、さっきからずっと口を開けずにいる。あれだけすらすら喋れる彼が、一言も言わない。きっと、何も言えなくなってしまうんだ。尚也くんのお母さんの前では。
 ナオヤくんの前に立ちはだかるようにする私に、ナオヤくんのお母さんは、深いため息をついて見せた。
「別に、誰が悪いとか、そういうことを聞いてるんじゃないでしょう。この子の体調について聞いてるだけ」
「……体調?」
「昨日はものすごく辛いものを食べてきたって言うし、今日はこんな……糖分の塊のようなものを食べて……一度検査した方がいいわね」
 やっぱり、昨日帰ってから何かあったんだろうか。でも学校ではそんな様子、少しも見せなかった。
 隠していたのかと、私と加地くんが視線を送ると……
「大袈裟です。昨日は大して食べていませんし、これだって美味しく頂いています」
「でも昨日、血圧がいつもより高かったじゃない。今日だって、血糖値が跳ね上がったらどうするの」
「試しに食べてみただけなので……明日からは、食べません」
 そう言うと、そっと最後の一つを、お皿に戻した。
「皆さん、ありがとうございました。今日は、これで」
 ナオヤくんはそそくさとカバンを持って立ち上がると、店の外に出てしまった。それを追うように、ナオヤくんのお母さんも店を後にする。
 最後に私たちを一瞥した視線が、なんだか尖っていて、痛かった。
 追ってくるな、近づくな……そう言わんばかりで、なんだか悲しくなった。同時に、何故だかとても悔しくて……私は、お皿に残った一つを、自分の口に放り込んだのだった。