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彼女の愛した不為人~マリオネット~ 1-②

ー/ー



 ハルは、看護学校の技術練習で、時に人間でなくモデル人形と呼ばれる人間の身体を精巧に模した人形を使って練習することがある。

 教員には「本当の患者さんだと思って、丁寧に、思いやりを持って接するように」と言われるが、やはりそうは言っても実際の人間以上に思い入れを持つことは難しい。

 それでも、実習を経て、実際の患者さんと接するうちに、イメージがつかめたのか、「○○さんだと思って」と考えながら練習することはある。そうすると、自然と丁寧に扱うことができるようになった。


 希和子さんの貴弘さんに対する思いは、その初めの頃のハルの気持ちに似ている。

 患者さんとして考えなくてはいけないのに、どこか空々しい気持ち。

 あくまで「物」という枠を超えて考えられない、空虚な入れ物。

 そこに、無理やりイメージを当てはめようとして、でもつい無理な動きをさせてしまう、例えば更衣の援助などで無理やり肘を曲げてひねったり。

 
 それでハルは散々注意を受けたけれど、希和子さんは? 

「物」のように見ている貴弘さんに、ちゃんと接することが、できたのだろうか?



「……愛も、憎しみもないのに、何で手元に置いたんだろう?」

 ハルは思わず、心の声を口に出してしまう。

「……私を、苦しめるため?」

 疑問符はつくが、ほぼ確信しているように、佐和子さんはつぶやく。

「そのあたりの心理は、希和子さんに聞くしかないかな」

 ため息混じりに瑛比古さんが呟き肩をすくめる。

「もう、これ以上ハルに無理はさせられないしね。……もっと早く、希和子さんの存在に行きついていたら、もう少し早く、発見できていたかもしれないけど。まさか、二人が出会っていたんなんて、ご両親も知らなかったみたいだしね。その存在を匂わせないように、希和子さんも佐和子さんに暗示をかけていたのかもしれない」

「佐和子さんに双子の妹がいるという事実に行きつけなかったのは、警察の初動捜査のミスでもあるよ」

 丸さんが瑛比古さんの言葉を引き継ぐ。

「正直、子連れとはいえ父親と一緒だという状況に、どこか覚悟の失踪、という認識を捨てきれていなかったのは事実だ。貴弘さん側の交友関係を中心に当たっていて、佐和子さんの周辺は、捜査が甘かったと思う。生き別れの双子の妹がいる、ということも、一応判明していたんだが、佐和子さんはその事実を知らないはずだ、というご両親の言葉を鵜吞みにしてしまった。あの頃、直接君に問いただせる状況でもなかったから、そのまま、それ以上追及されないままになってしまい……。少なくとも、所在確認くらいするべきだったと思うよ。すまない」

 頭を下げる丸さんを佐和子さんが押しとどめる。

「いえ、本当に、今思うと、希和子は自分の存在を広めないように関わってきていたと思います。私も、両親には言えないで来てしまっていたから……でも、どうして、分かったんですか?」

「この写真を見て、瑛比古くんが、別人だと言ってね」


 小早川クンに頼んで資料の入った封筒を持ってきてもらい、そこから丸田氏が取り出した、二枚の写真。


「捜索の際、お借りした写真の中にあったんだが、まさか佐和子さんじゃないとは思わなんだ」


 まだ産まれたばかりの新生児を間にして笑顔の若い男女……よくある親子三人のスナップ写真と、その新生児を抱いて微笑む若い女性の写真。


「これ、佐和子さんじゃない」

 ハルが呟く。

「……私がシャッター押した写真だわ」


 それは即ち、佐和子さん本人ではない、ということ。


「……瑛比古くんはともかく、ハルくんは、よくわかったな」

 丸田氏が感心して、写真を見直す。

「本人を知っているから、違うって思っただけです」

「いや、知ってても、こりゃ分からんよ」


 丸田氏が、やや自己弁護気味に、言葉を継ぎたす。


「増して、意識的に真似ていたならね。はっきり言って、この時の希和子さんは、佐和子さんを演じようとさえしてる意図を感じる……執念、と言っても言い」

 瑛比古さん、写真を見つめて答える。
「あと、多分希和子さん、佐和子さんと同調が切れたことに気付いたかも知れないな。一昨日は感じられた満足感が薄れて、憎悪の念が強くなってる気がする」

「……瑛比古くんはね、霊能力があって、直接本人じゃなくても、写真から色々なことが解るんだ。……本当はご主人達の生存にあまり希望が持てなくなって、いっそはっきりさせたほうが、あなたも気持ちを切り替えることが出来るんじゃないかと、頼んで霊視してもらったんだ」

 話についていけない様子の佐和子さんの為に、丸田氏、事情を説明する。

 両親からの依頼であることは、隠して。







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 ハルは、看護学校の技術練習で、時に人間でなくモデル人形と呼ばれる人間の身体を精巧に模した人形を使って練習することがある。
 教員には「本当の患者さんだと思って、丁寧に、思いやりを持って接するように」と言われるが、やはりそうは言っても実際の人間以上に思い入れを持つことは難しい。
 それでも、実習を経て、実際の患者さんと接するうちに、イメージがつかめたのか、「○○さんだと思って」と考えながら練習することはある。そうすると、自然と丁寧に扱うことができるようになった。
 希和子さんの貴弘さんに対する思いは、その初めの頃のハルの気持ちに似ている。
 患者さんとして考えなくてはいけないのに、どこか空々しい気持ち。
 あくまで「物」という枠を超えて考えられない、空虚な入れ物。
 そこに、無理やりイメージを当てはめようとして、でもつい無理な動きをさせてしまう、例えば更衣の援助などで無理やり肘を曲げてひねったり。
 それでハルは散々注意を受けたけれど、希和子さんは? 
「物」のように見ている貴弘さんに、ちゃんと接することが、できたのだろうか?
「……愛も、憎しみもないのに、何で手元に置いたんだろう?」
 ハルは思わず、心の声を口に出してしまう。
「……私を、苦しめるため?」
 疑問符はつくが、ほぼ確信しているように、佐和子さんはつぶやく。
「そのあたりの心理は、希和子さんに聞くしかないかな」
 ため息混じりに瑛比古さんが呟き肩をすくめる。
「もう、これ以上ハルに無理はさせられないしね。……もっと早く、希和子さんの存在に行きついていたら、もう少し早く、発見できていたかもしれないけど。まさか、二人が出会っていたんなんて、ご両親も知らなかったみたいだしね。その存在を匂わせないように、希和子さんも佐和子さんに暗示をかけていたのかもしれない」
「佐和子さんに双子の妹がいるという事実に行きつけなかったのは、警察の初動捜査のミスでもあるよ」
 丸さんが瑛比古さんの言葉を引き継ぐ。
「正直、子連れとはいえ父親と一緒だという状況に、どこか覚悟の失踪、という認識を捨てきれていなかったのは事実だ。貴弘さん側の交友関係を中心に当たっていて、佐和子さんの周辺は、捜査が甘かったと思う。生き別れの双子の妹がいる、ということも、一応判明していたんだが、佐和子さんはその事実を知らないはずだ、というご両親の言葉を鵜吞みにしてしまった。あの頃、直接君に問いただせる状況でもなかったから、そのまま、それ以上追及されないままになってしまい……。少なくとも、所在確認くらいするべきだったと思うよ。すまない」
 頭を下げる丸さんを佐和子さんが押しとどめる。
「いえ、本当に、今思うと、希和子は自分の存在を広めないように関わってきていたと思います。私も、両親には言えないで来てしまっていたから……でも、どうして、分かったんですか?」
「この写真を見て、瑛比古くんが、別人だと言ってね」
 小早川クンに頼んで資料の入った封筒を持ってきてもらい、そこから丸田氏が取り出した、二枚の写真。
「捜索の際、お借りした写真の中にあったんだが、まさか佐和子さんじゃないとは思わなんだ」
 まだ産まれたばかりの新生児を間にして笑顔の若い男女……よくある親子三人のスナップ写真と、その新生児を抱いて微笑む若い女性の写真。
「これ、佐和子さんじゃない」
 ハルが呟く。
「……私がシャッター押した写真だわ」
 それは即ち、佐和子さん本人ではない、ということ。
「……瑛比古くんはともかく、ハルくんは、よくわかったな」
 丸田氏が感心して、写真を見直す。
「本人を知っているから、違うって思っただけです」
「いや、知ってても、こりゃ分からんよ」
 丸田氏が、やや自己弁護気味に、言葉を継ぎたす。
「増して、意識的に真似ていたならね。はっきり言って、この時の希和子さんは、佐和子さんを演じようとさえしてる意図を感じる……執念、と言っても言い」
 瑛比古さん、写真を見つめて答える。
「あと、多分希和子さん、佐和子さんと同調が切れたことに気付いたかも知れないな。一昨日は感じられた満足感が薄れて、憎悪の念が強くなってる気がする」
「……瑛比古くんはね、霊能力があって、直接本人じゃなくても、写真から色々なことが解るんだ。……本当はご主人達の生存にあまり希望が持てなくなって、いっそはっきりさせたほうが、あなたも気持ちを切り替えることが出来るんじゃないかと、頼んで霊視してもらったんだ」
 話についていけない様子の佐和子さんの為に、丸田氏、事情を説明する。
 両親からの依頼であることは、隠して。