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閑話 小早川くんの大恩人 3

ー/ー



 この時、思わず口に出た『父っちゃん坊や』という言葉。

 まさか、巡りめぐって、自分に返ってくるとは、この時は思ってもいなかったっス。


 無事、詐欺紛い(というか、ほぼ詐欺)のブラック闇業者から解放され、再び求職中となったボクだったっスが。




「……よかったら、うちで働かんか?」

 色々終わって、数ヶ月後。

 お礼の挨拶に出向いたボクに、明知所長はこう切り出したっス。

「……それは、とってもありがたいっスが……」

「不起訴とはいえ、中々世間は厳しいだろう? それに、どうもキミは、色々引き寄せる性質(タチ)だから気を付けてやった方がいいと、瑛比古も言っててな。あと、純粋に、今、少し人手も足りないんだよ。調査員となると、体力も必要だが、キミは丈夫そうだしな」

「いや、マジ、お願いしたいっス。瑛……土岐田さんにも気にかけてもらって、嬉しいっス。今日はお休みっスか?」

「……いや……、まあ、ここで働いてくれるのなら、事情も話しておいた方が、いいか、な」



 明知所長が思案げに話してくれた、事情。

 あんなに元気そうだった土岐田さんの奥さんの美晴さんが、入院中で。

 しかも……余命幾ばくもない、もって、一年。

 その上、お腹に赤ちゃんがいて。

 美晴さんは、その赤ちゃんを産むために、赤ちゃんに害になるかも知れない類いの治療を行わず、ただひたすら出産に備えている状態なんだとか。


 そんなことって……何で? どうしてっスか? 


 土岐田さんは、ボクの心だけじゃなくて、ボクの家族も、救ってくれたっス。


 ボクが心を病んで、色んなモノを見ないようにしていた、その時。ボクは、ボクの最愛の家族の顔も、見られなくなっていたっス。

 ボクに用意されていた、冷たい夕御飯。

 あれは、育児で疲れていたボクの妻が手抜きをしたわけじゃなくて。


 忙しくても、何とか温かいご飯を食べてもらおうと、用意してくれていたのに、全く反応しないで無言で食べて、ため息ばっかりのボクに対する、妻の絶望の現れだったっス。
 
 本気で離婚も考えていた、と後で聞かされて、ボクは震え上がったっスよ、マジで。


 家族のために、と心を殺して働いていたのに、そのために家族を失うことになるかもしれなかった、ギリギリの瀬戸際で、ボクは助かったっス。

 そして、罪を犯したボクが、それを吐き出したあと、妻は、抱き締めてくれたっス。


 ようやく、私を見てくれた、って、泣いてたっス。

 そして、これからも一緒にいたいって、家族で頑張ろうって、言ってくれたっス。



 あの時。


 店の前で、ほんわかと感じたのは、美味しそうな料理の匂い、だけでなく。

 楽しそうな笑い声と、笑顔。

 失くしかけていた家族の姿を求めて、心の奥底で悲鳴を上げていたボクは、本能的に引き込まれてしまったのかも知れないっス。

 
 そして、そんなボクの心の悲鳴を、嘆きを見つけてくれた土岐田さん。

 あの時は、よく意味が分からなかったけど、実は一番最初に、ボクの心の叫びを見つけてくれた、ハルくん。

 あと、ボクを助けてあげてね、と言ってお父さんを快く送り出してくれたナミくんも。


 そんな優しいハルくんやナミくんを、そんな優しい子に育ててくれた美晴さんが……そう遠くない将来、いなくなってしまうなんて。


 そんなことって。






 結局。

 ボクは明知探偵事務所の調査員として働き始め。

 美晴さんの入院、出産に続き……土岐田さんは、四人の子育てに孤軍奮闘することになったっス。

 孤軍奮闘……美晴さんは、もう一緒に子育て出来なくて。天国から、見守るしか、出来なくて。


 正直、有能な調査員(だったらしい)の土岐田さんの穴埋めをするには、ボクでは力不足だったっスけど、それでも、ボクに出来るのは、それしかなくて。

 それでも、仕事をある程度覚えていきながら、大学で一応統計やらコンピューター理論の様々を学んでいたボクは、情報収集とその分析に力を発揮することができるようになったっス。
 
 所員や行政のサポートも得ながら、父子五人の生活も何とか軌道に乗り、1年を過ぎる頃には、土岐田さん、調査員の仕事に本格的に戻ってきたっス。

 その頃に、ハルくんも看護学校に進学したっス。

 看護師、優しくて人の心に敏感なハルくんには、とっても合ってる仕事だと思ったっス。

 土岐田家の皆さんは、ホント、ボクの恩人っス。



 ただ。

「おーい、父っちゃん坊や」

 土岐田さん、いつの間にか、ボクのこと、そう呼ぶようになったっス。

「ボクは小早川っスから!」

「だって、長いし」

「『父っちゃん坊や』の方が長いじゃないっスか?!」

「あ、そうか……んじゃ、『チャボ』で」

「はあ!? なんスか? それ?」

「とっ・『ちゃ』・ん・『ぼ』・うや、を縮めて『チャボ』」

「何で無理やり縮めるンスかーっ?!」

「だって、長いし」
 

 ……短くなったので、文句も言えず。


 その上、みんなして、『チャボ』って呼ぶようになったっス。

 その後入ってきた、後輩のミヨちゃんまで。

 一応、『チャボ』先輩、って、敬称は付けてくれるっスけど。


 だけど、ハルくん達、土岐田さんちの兄弟は、ちゃんと『小早川さん』って、呼んでくれるっス。

 ホント、いい子達っス。

 これも、美晴さんの育て方が良かったからっスね。

 

 ……ずぇーったい、土岐田さんのおかげじゃないっスからね!


 


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 この時、思わず口に出た『父っちゃん坊や』という言葉。
 まさか、巡りめぐって、自分に返ってくるとは、この時は思ってもいなかったっス。
 無事、詐欺紛い(というか、ほぼ詐欺)のブラック闇業者から解放され、再び求職中となったボクだったっスが。
「……よかったら、うちで働かんか?」
 色々終わって、数ヶ月後。
 お礼の挨拶に出向いたボクに、明知所長はこう切り出したっス。
「……それは、とってもありがたいっスが……」
「不起訴とはいえ、中々世間は厳しいだろう? それに、どうもキミは、色々引き寄せる|性質《タチ》だから気を付けてやった方がいいと、瑛比古も言っててな。あと、純粋に、今、少し人手も足りないんだよ。調査員となると、体力も必要だが、キミは丈夫そうだしな」
「いや、マジ、お願いしたいっス。瑛……土岐田さんにも気にかけてもらって、嬉しいっス。今日はお休みっスか?」
「……いや……、まあ、ここで働いてくれるのなら、事情も話しておいた方が、いいか、な」
 明知所長が思案げに話してくれた、事情。
 あんなに元気そうだった土岐田さんの奥さんの美晴さんが、入院中で。
 しかも……余命幾ばくもない、もって、一年。
 その上、お腹に赤ちゃんがいて。
 美晴さんは、その赤ちゃんを産むために、赤ちゃんに害になるかも知れない類いの治療を行わず、ただひたすら出産に備えている状態なんだとか。
 そんなことって……何で? どうしてっスか? 
 土岐田さんは、ボクの心だけじゃなくて、ボクの家族も、救ってくれたっス。
 ボクが心を病んで、色んなモノを見ないようにしていた、その時。ボクは、ボクの最愛の家族の顔も、見られなくなっていたっス。
 ボクに用意されていた、冷たい夕御飯。
 あれは、育児で疲れていたボクの妻が手抜きをしたわけじゃなくて。
 忙しくても、何とか温かいご飯を食べてもらおうと、用意してくれていたのに、全く反応しないで無言で食べて、ため息ばっかりのボクに対する、妻の絶望の現れだったっス。
 本気で離婚も考えていた、と後で聞かされて、ボクは震え上がったっスよ、マジで。
 家族のために、と心を殺して働いていたのに、そのために家族を失うことになるかもしれなかった、ギリギリの瀬戸際で、ボクは助かったっス。
 そして、罪を犯したボクが、それを吐き出したあと、妻は、抱き締めてくれたっス。
 ようやく、私を見てくれた、って、泣いてたっス。
 そして、これからも一緒にいたいって、家族で頑張ろうって、言ってくれたっス。
 あの時。
 店の前で、ほんわかと感じたのは、美味しそうな料理の匂い、だけでなく。
 楽しそうな笑い声と、笑顔。
 失くしかけていた家族の姿を求めて、心の奥底で悲鳴を上げていたボクは、本能的に引き込まれてしまったのかも知れないっス。
 そして、そんなボクの心の悲鳴を、嘆きを見つけてくれた土岐田さん。
 あの時は、よく意味が分からなかったけど、実は一番最初に、ボクの心の叫びを見つけてくれた、ハルくん。
 あと、ボクを助けてあげてね、と言ってお父さんを快く送り出してくれたナミくんも。
 そんな優しいハルくんやナミくんを、そんな優しい子に育ててくれた美晴さんが……そう遠くない将来、いなくなってしまうなんて。
 そんなことって。
 結局。
 ボクは明知探偵事務所の調査員として働き始め。
 美晴さんの入院、出産に続き……土岐田さんは、四人の子育てに孤軍奮闘することになったっス。
 孤軍奮闘……美晴さんは、もう一緒に子育て出来なくて。天国から、見守るしか、出来なくて。
 正直、有能な調査員(だったらしい)の土岐田さんの穴埋めをするには、ボクでは力不足だったっスけど、それでも、ボクに出来るのは、それしかなくて。
 それでも、仕事をある程度覚えていきながら、大学で一応統計やらコンピューター理論の様々を学んでいたボクは、情報収集とその分析に力を発揮することができるようになったっス。
 所員や行政のサポートも得ながら、父子五人の生活も何とか軌道に乗り、1年を過ぎる頃には、土岐田さん、調査員の仕事に本格的に戻ってきたっス。
 その頃に、ハルくんも看護学校に進学したっス。
 看護師、優しくて人の心に敏感なハルくんには、とっても合ってる仕事だと思ったっス。
 土岐田家の皆さんは、ホント、ボクの恩人っス。
 ただ。
「おーい、父っちゃん坊や」
 土岐田さん、いつの間にか、ボクのこと、そう呼ぶようになったっス。
「ボクは小早川っスから!」
「だって、長いし」
「『父っちゃん坊や』の方が長いじゃないっスか?!」
「あ、そうか……んじゃ、『チャボ』で」
「はあ!? なんスか? それ?」
「とっ・『ちゃ』・ん・『ぼ』・うや、を縮めて『チャボ』」
「何で無理やり縮めるンスかーっ?!」
「だって、長いし」
 ……短くなったので、文句も言えず。
 その上、みんなして、『チャボ』って呼ぶようになったっス。
 その後入ってきた、後輩のミヨちゃんまで。
 一応、『チャボ』先輩、って、敬称は付けてくれるっスけど。
 だけど、ハルくん達、土岐田さんちの兄弟は、ちゃんと『小早川さん』って、呼んでくれるっス。
 ホント、いい子達っス。
 これも、美晴さんの育て方が良かったからっスね。
 ……ずぇーったい、土岐田さんのおかげじゃないっスからね!