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12話 土地神様と出処調査 その七

ー/ー




 リンギクさんと話した後、「部活中にそれとなく聞き出してみる」とイザに言われてから数日が経った。
 しかし聞き出そうにものらりくらりと躱されたり誤魔化されたりなど、どうやら調査は難航しているらしい。
 それからあっという間に日は経って今は土曜日の午前。僕はいつも通り神社の掃除を行っていた。

 とはいっても……

「やることあんまりないな」

 境内の石畳を竹箒で掃きながら、独り言ちた。

 うん。本当にやることが少ない。
 というのも、以前アザミさんと掃除を行った際、結構手間をかけて周囲を綺麗にしてしまったのだ。先週まともに掃除ができなかった分、張り切っていたのだが……あまり汚れ等は増えていないようだった。
 それに今の時期は春真っ盛り。桜の花もほとんどが緑に入れ替わり、枯れ葉もそう多くない頃合だ。そうなると必然的に石畳の砂埃を掃うことくらいしかやることがないわけで……。

「うーむ、終わってしまった」

 あっという間に掃除完了。
 まあ砂埃って際限がないから厳密に終わりは見えないけど……目に見えて汚い部分はもう無いし、良しとしよう。
 それから社の裏手にある倉庫に竹箒を片付け、軽く伸びをして息を吐いた。

 さて、これからどうしようか。

 家に帰って映画を見るのもいいが、なんとなくそういう気分でもない。
 フキやイザでも誘って遊びに――って先週ここに来たばっかりだった。流石に二週続けてというのは誘い辛いな。
 サラとキリさんは生活に必要な物を買いに行くと言っていたし……しまった。誘う相手がいないじゃないか。

 仕方がない。帰って大人しく過ごそう。
 これからの予定を疎らに決定し、社の前まで移動したところで――



「――ん? ソウビキ先輩ではないか!」



 ――鳥居の方から快活な声が飛んできた。




「――ほう。毎週ここで掃除を」(パシャリ)
「うん。まあ、習慣ってやつだよ。大した事はしてないけどね」
「いやはや、素晴らしい心掛けだと思うぞ! 何年も続けるなんてそうできることではないし、謙遜することはないさ! 流石はイザクラ先輩の御友人だな!」(パシャリ)

 帰ろうとしたところで境内へとやってきたのは先日顔合わせをしたばかりの後輩、リンギクさんだった。
 制服の時と変わらず右側の所々に黒い布をあしらったパンクファッションを身に纏う彼女に元気な挨拶を貰った後、僕が境内(ここ)にいる理由を訊かれて軽く説明したわけだが……なんかすごくストレートに褒めてくる。
 アザミさんやオチ先生に褒められるのとは違ってむず痒くなるなぁ。

「あ、ありがとう。前も思ったけど、なんかイザの事すごく慕ってるみたいだね。キミが入学してまだ三週間経ってないはずなんだけど」
「ふっ……ボクらの運命の出会い(フォーチュン・ストーリー)について語れば長くなってしまうけれど、いいかい?」(パシャリ)
「ああうん、今度イザに訊くことにするよ。ところでリンギクさんはなんでこの神社に……あとなんでさっきから写真撮ってんの?」

 妙な言い回しをスルーしつつ、素朴な疑問を投げかける。
 そう、彼女は僕と話しながらデジタルカメラで境内の写真を撮っていた。
 社、石畳、神木……色々な角度で撮影を行っており、既に十数枚はシャッターを切ったのではないだろうかというところで、リンギクさんはカメラを鞄に収めて僕の方へ顔を向けた。

「姉……知り合いからの依頼でね。この神社に関する資料が欲しいとせがまれたのさ」
「資料?」
「なんでも大学の研究で必要なのだそうだ。あ、ちゃんと管理人さん(マスター)の許可は頂いているから安心してくれ」

 そういう事情か。アザミさんの許可が下りているなら特に何か言うこともないだろう。まあ僕はただ掃除してるだけだから口出しする権限はないけど。
 それにしても研究で必要とは……どこかで聞いたような話だな。

「そうだ! あの鳥居(フォーマルハウト)の足元に文字が彫ってあるようなのだが、掠れて読めなくてな。ソウビキ先輩はなんと書いてあるかご存じだろうか?」
「ふぉ……ああ、鳥居か。それ、昔から読めない状態だし僕もよく分からないんだよね。日本史の先生が言うには鳥居を奉納した人の名前が彫られてたらしいけど」
「そうか……管理人さん(マスター)も知らないと言っていたし、仕方がないな」

 これもどこかで聞いたような問答だ。(オチ)先生の時といい、案外この神社って需要があるんだろうか。
 ともかく、氏子のアザミさんも知らないとなると他に知ってそうな人は……あっ。

「キリさんなら知ってるかも」

 そうだ、人ではないけれど先日年齢が発覚したばかりの吐き神様がいるじゃないか。どうして失念していたんだろう。
 思わず呟いた僕の言葉に、当然ながらリンギクさんは反応した。

「詳しい方に心当たりがあるのか?」
「まあ、一応ね」
「そうか! 問題がなければ是非紹介していただきたいのだが、可能だろうか!?」

 僕の言葉に食いつくようにリンギクさんはすごい勢いで顔を近付けてきた。
 それはもう鼻がくっつきそうなくらいに。
 ……いや近いな! パーソナルスペースというものを存じ上げないのだろうか。

 どこぞの赤毛のような距離感に面くらいつつ、了承しようと口を開きかけた。
 だが、すんでのところで先日初対面した時の一件が頭を過ぎる。

 ……試してみるか。

「紹介してもいいけど……代わりに一つ、条件を出してもいいかな?」
「む? なんだろうか。まあボクにできる範囲のことであれば大概は――」


「――この前見せた画像。アレについて話してくれれば、こっちも紹介するよ」


 僕が出したにリンギクさんの笑顔が一瞬崩れた。
 明らかな動揺の色が一瞬だけ彼女の表情に現れたわけだが……すぐに立て直して笑顔を浮かべた。

「……あの本については力になれない、と言ったはずだぞ?」
「やっぱり『知らない』とは言わないんだね」

 しらばっくれるような物言いに対して僕が指摘すると、リンギクさんは声を詰まらせた。
 さっきよりもあからさまな動揺。それに前回同様、たった今彼女は確実に『あの本』と言った。どうやら先日イザに話した僕の読みは当たっていたらしい。

 と、答え合わせができたのはいいとして、問題はここからだ。
 勢い任せに交換条件を出したけど、当然ながら彼女が断ればこの交渉は即座に決裂。話はそこで終わりである。
 そもそも彼女が神社について調べている理由は他人からの頼み事。彼女自身の目的ではないわけだし、重要な事柄とは到底思えない。
 この程度で隠し事を話してくれるとは思え――


「分かった。話そう」


 ―――ない、んだけど……。

「……え? 話してくれるの?」
「む? それが先輩の望み(デザイア)ではなかったのか?」
「いやまあ、そうだけどさ」

 なんだかやけにあっさり話す気になってくれたな。嘘をつくようにも見えないし、どういう心境の変化だろう。
 拍子抜けと困惑で内心首を傾げていると、リンギクさんは「ただし」と強調して言った。

「話すからにはこの神社に詳しいという人を必ず紹介してほしい。それがこちらからの絶対条件だ」

 それから神妙な面持ちで「お願いします」と頭を下げられ、僕はさらに困惑しながら「うん」と短く了承した。
 するとリンギクさんは鳥居の方へと歩き始め、追いかけるとこう言った。

「話すと少し長くなるからな。安息の地で語り合うとしよう」

 ……安息の地?



         〇〇〇



 リンギクさんについて行くこと十数分。バスに乗って隣町まで移動することになり、その最中イザをどれだけ尊敬しているかを嬉々として語られたが……そこは割愛しよう。
 ともかく、僕とリンギクさんは彼女の言う安息の地、駅近くの喫茶店に到着したのだった。

 外の黒いボードには『喫茶 Edelweiss(エーデルワイス)』と銘打たれており、古めかしい装いとコーヒーの匂いが何故だか懐かしさを感じさせる、ノスタルジックなお店だ。

「ボクはアメリカンにしよう。先輩は何にする?」
「じゃ、ダッチコーヒーを。すいませーん」

 テーブル席に向かい合って座り、お互いに注文する。
 水出しコーヒーがあるとはこのお店、なかなかいいな……。
 そんな内心を読み取ったかのように、リンギクさんは得意げに笑顔を浮かべた。

「ふふん、なかなか良い場所だろう」
「うん、気に入ったよ。落ち着いた雰囲気がいいね」
「そうだろうそうだろう。何と言っても基本的にお客さん(オーディエンス)がいないからな! 良ければ先輩も常連になってみるといい!」
「うん、言い方考えようね?」

 せっかくオブラートに包んだ表現をしたというのに一瞬で引き裂きやがったよこの後輩。しかもなんて快活で通る声だ。店長っぽいおじさんが悲しそうな目になってるぞ。

「っと、慣れない勧誘はさておき、だ。頼んだものが来るのには多少時間がある。……早速今回の本題(メインテーマ)に移ろうじゃないか」

 そう言ってリンギクさんは両肘をつき、組んだ両手で口元を隠すようなポーズをした。それどっかで見たことあるぞ。

「うん、お願い」
「先輩はあの本の何が知りたい?」
「知りたいっていうかなんというか……。僕、というよりも知り合いがあの同人誌の続きが気になってて、できれば手に入れてあげたいってだけだよ。手詰まりだったし何か分かることだけでもって感じかなー」
「なるほど、人の為か。イザクラ先輩の言っていた通り、ソウビキ先輩は優しいのだな!」
「え、アイツそんなこと言ってるの?」

 普段あれだけ当たりが強いのに、意外なところもあるものだ。
 まあイザが素直でないだけで優しい人柄なのはよく知っているけど、人伝(ひとづて)であれ素直に褒められてるのを聞くのってちょっと照れくさいな。

「ああ、『お人好しですぐ簡単に騙されそう』『真面目で優しいけど致命的な欠点が多すぎる』『いざって時に役に立つ。体感3割くらい』と絶賛していたぞ!」
「素直に褒められねーのかあの女」

 上げて落とすを繰り返すな。ちょっと喜んだのが馬鹿みたいじゃないか。

「言えば言うほど先輩はイザクラ先輩に信頼されているな。ふっ、思わず嫉妬してしまいそうだ」
「今の話にそんな要素あった?」

 憂いを帯びた感じの笑みを浮かべているところ悪いけど、一度『信頼』という熟語の意味を調べた方がいいと思う。

「おっと申し訳ない、話が脱線してしまった。先輩、まずそのお知り合いはあの本をどのようにして手に入れたか、教えてもらえないだろうか?」
「え? えっと……僕が頼まれて処分するはずだった束の中から一冊落として、それをその知り合いに拾われた、って感じだけど」
「……なるほど。その一冊以外はどのように?」
「回収所に持って行って処分したよ。そのせいで続きが手に入らなくなってるんだけどね」

 リンギクさんは質問を終えると、何やら納得したような様子で「なるほどなるほど」と呟く。
 そうして僕の現状確認を終えたところで、さっき悲しそうな目をしていた店長っぽい人が注文したコーヒーを持ってきた。

「――お待たせいたしました。では、ごゆっくり」
「「ありがとうございます」」

 テーブルの上に湯気の立ち上っているカップが置かれる。
 一旦休憩、ということでお互いに自分のカップを手に取った。

「……美味いな。香りも良い」
「そうだろう。ところで次の質問なのだが……先輩にはご兄弟、特に姉君などはおられるのか?」

 コーヒーを啜り、軽く感動しているとリンギクさんは突然妙な質問をしてきた。

「え? いるけど……その質問、本に関係ある?」
「まあ、あるといえば関係あるな。処分を頼んできたのはその方で合っているだろうか」

 え、なんで分かんの。
 驚きながら肯定すると、リンギクさんは「そうか」と言って再度コーヒーを一口啜った。
 そして――


「――姉君の名前は『相引(ソウビキ)レイ』、か?」


 ――真っ直ぐにこちらを見据え、姉の名前を言い当てた。
 ドキリと心臓が高鳴り、思わず身体が強張る。

「何故知っているのか、といった顔だな」
「そりゃそうでしょ」

 冷静にカップをソーサーに戻し、当然の言葉を返す。
 たしかにうちの姉は割と目立つ方ではあるけど……なんでここで名前が出てくるのやら。

「答えは簡単、先輩の姉君に本を託したのがボクの知り合いだったのさ」
「ああ、そういうこと」

 リンギクさんは本について知っている。そしてあの本はほぼ出回っていない物。
 ということは姉貴のお友達と彼女が繋がっているのも頷けるし、共通の知り合いだとしてもおかしくないな。もしかするとお友達から姉貴へ本が渡される現場にも居合わせていたのかもしれない。

「ってことはリンギクさんが知ってたのも」
「ああ、先輩が捨ててしまった遺物(レガシー)だ」

 なんてことだ。
 じゃあ結局、あの時捨てた数冊以外の情報はないってことか。
 内心で肩を落としたところで、彼女は申し訳なさそうに続けた。

「今の話でお分かり頂けたとは思うが……そういうことだ」
「まあ、元々簡単に見つかるとは思ってなかったし。正直に言ってくれてありがとう」
「いや、礼を言われることは……もったいぶっておいて碌な情報提供ができず、申し訳ない」
「いやいや、大丈夫だから頭上げて。知ってる情報は教えようとしてくれたわけだし……神社について教えてくれる人はちゃんと紹介するから安心してね」
「そ、そうか! ……あ、いや違う! それではボクの気が済まない。他にできることはないだろうか!?」

 いや、ホントに大丈夫なんだけど……。
 あ、そうだ。

「じゃあ、その知り合いがあの本をどこで手に入れたか、とか聞いてないかな。できるなら直接話を聞きに行くから、取り次いでくれると助かるけど……」

 僕が捨てた物と彼女が知っている物は同一だった。だが、もしかすると元の持ち主であれば入手元が分かるかもしれない。
 どうせ姉貴の連絡を待つだけだったんだ。それなら彼女から辿って聞く方が手っ取り早い――


 ――と、思っていたのだが。


「――無いぞ?」
「……え?」

 不思議そうに首を傾げたリンギクさんに、こちらも首を傾げた。
 ……今、なんて?



「――もう、。だってあの本達は、相引レイさんに預けた物で全てだったからな」



 ――……は?




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 リンギクさんと話した後、「部活中にそれとなく聞き出してみる」とイザに言われてから数日が経った。
 しかし聞き出そうにものらりくらりと躱されたり誤魔化されたりなど、どうやら調査は難航しているらしい。
 それからあっという間に日は経って今は土曜日の午前。僕はいつも通り神社の掃除を行っていた。
 とはいっても……
「やることあんまりないな」
 境内の石畳を竹箒で掃きながら、独り言ちた。
 うん。本当にやることが少ない。
 というのも、以前アザミさんと掃除を行った際、結構手間をかけて周囲を綺麗にしてしまったのだ。先週まともに掃除ができなかった分、張り切っていたのだが……あまり汚れ等は増えていないようだった。
 それに今の時期は春真っ盛り。桜の花もほとんどが緑に入れ替わり、枯れ葉もそう多くない頃合だ。そうなると必然的に石畳の砂埃を掃うことくらいしかやることがないわけで……。
「うーむ、終わってしまった」
 あっという間に掃除完了。
 まあ砂埃って際限がないから厳密に終わりは見えないけど……目に見えて汚い部分はもう無いし、良しとしよう。
 それから社の裏手にある倉庫に竹箒を片付け、軽く伸びをして息を吐いた。
 さて、これからどうしようか。
 家に帰って映画を見るのもいいが、なんとなくそういう気分でもない。
 フキやイザでも誘って遊びに――って先週ここに来たばっかりだった。流石に二週続けてというのは誘い辛いな。
 サラとキリさんは生活に必要な物を買いに行くと言っていたし……しまった。誘う相手がいないじゃないか。
 仕方がない。帰って大人しく過ごそう。
 これからの予定を疎らに決定し、社の前まで移動したところで――
「――ん? ソウビキ先輩ではないか!」
 ――鳥居の方から快活な声が飛んできた。
「――ほう。毎週ここで掃除を」(パシャリ)
「うん。まあ、習慣ってやつだよ。大した事はしてないけどね」
「いやはや、素晴らしい心掛けだと思うぞ! 何年も続けるなんてそうできることではないし、謙遜することはないさ! 流石はイザクラ先輩の御友人だな!」(パシャリ)
 帰ろうとしたところで境内へとやってきたのは先日顔合わせをしたばかりの後輩、リンギクさんだった。
 制服の時と変わらず右側の所々に黒い布をあしらったパンクファッションを身に纏う彼女に元気な挨拶を貰った後、僕が境内《ここ》にいる理由を訊かれて軽く説明したわけだが……なんかすごくストレートに褒めてくる。
 アザミさんやオチ先生に褒められるのとは違ってむず痒くなるなぁ。
「あ、ありがとう。前も思ったけど、なんかイザの事すごく慕ってるみたいだね。キミが入学してまだ三週間経ってないはずなんだけど」
「ふっ……ボクらの|運命の出会い《フォーチュン・ストーリー》について語れば長くなってしまうけれど、いいかい?」(パシャリ)
「ああうん、今度イザに訊くことにするよ。ところでリンギクさんはなんでこの神社に……あとなんでさっきから写真撮ってんの?」
 妙な言い回しをスルーしつつ、素朴な疑問を投げかける。
 そう、彼女は僕と話しながらデジタルカメラで境内の写真を撮っていた。
 社、石畳、神木……色々な角度で撮影を行っており、既に十数枚はシャッターを切ったのではないだろうかというところで、リンギクさんはカメラを鞄に収めて僕の方へ顔を向けた。
「姉……知り合いからの依頼でね。この神社に関する資料が欲しいとせがまれたのさ」
「資料?」
「なんでも大学の研究で必要なのだそうだ。あ、ちゃんと|管理人さん《マスター》の許可は頂いているから安心してくれ」
 そういう事情か。アザミさんの許可が下りているなら特に何か言うこともないだろう。まあ僕はただ掃除してるだけだから口出しする権限はないけど。
 それにしても研究で必要とは……どこかで聞いたような話だな。
「そうだ! あの鳥居《フォーマルハウト》の足元に文字が彫ってあるようなのだが、掠れて読めなくてな。ソウビキ先輩はなんと書いてあるかご存じだろうか?」
「ふぉ……ああ、鳥居か。それ、昔から読めない状態だし僕もよく分からないんだよね。日本史の先生が言うには鳥居を奉納した人の名前が彫られてたらしいけど」
「そうか……|管理人さん《マスター》も知らないと言っていたし、仕方がないな」
 これもどこかで聞いたような問答だ。|落《オチ》先生の時といい、案外この神社って需要があるんだろうか。
 ともかく、氏子のアザミさんも知らないとなると他に知ってそうな人は……あっ。
「キリさんなら知ってるかも」
 そうだ、人ではないけれど先日年齢が発覚したばかりの吐き神様がいるじゃないか。どうして失念していたんだろう。
 思わず呟いた僕の言葉に、当然ながらリンギクさんは反応した。
「詳しい方に心当たりがあるのか?」
「まあ、一応ね」
「そうか! 問題がなければ是非紹介していただきたいのだが、可能だろうか!?」
 僕の言葉に食いつくようにリンギクさんはすごい勢いで顔を近付けてきた。
 それはもう鼻がくっつきそうなくらいに。
 ……いや近いな! パーソナルスペースというものを存じ上げないのだろうか。
 どこぞの赤毛のような距離感に面くらいつつ、了承しようと口を開きかけた。
 だが、すんでのところで先日初対面した時の一件が頭を過ぎる。
 ……試してみるか。
「紹介してもいいけど……代わりに一つ、条件を出してもいいかな?」
「む? なんだろうか。まあボクにできる範囲のことであれば大概は――」
「――この前見せた画像。アレについて話してくれれば、こっちも紹介するよ」
 僕が出した《《交換条件》》にリンギクさんの笑顔が一瞬崩れた。
 明らかな動揺の色が一瞬だけ彼女の表情に現れたわけだが……すぐに立て直して笑顔を浮かべた。
「……あの本については力になれない、と言ったはずだぞ?」
「やっぱり『知らない』とは言わないんだね」
 しらばっくれるような物言いに対して僕が指摘すると、リンギクさんは声を詰まらせた。
 さっきよりもあからさまな動揺。それに前回同様、たった今彼女は確実に『あの本』と言った。どうやら先日イザに話した僕の読みは当たっていたらしい。
 と、答え合わせができたのはいいとして、問題はここからだ。
 勢い任せに交換条件を出したけど、当然ながら彼女が断ればこの交渉は即座に決裂。話はそこで終わりである。
 そもそも彼女が神社について調べている理由は他人からの頼み事。彼女自身の目的ではないわけだし、重要な事柄とは到底思えない。
 この程度で隠し事を話してくれるとは思え――
「分かった。話そう」
 ―――ない、んだけど……。
「……え? 話してくれるの?」
「む? それが先輩の|望み《デザイア》ではなかったのか?」
「いやまあ、そうだけどさ」
 なんだかやけにあっさり話す気になってくれたな。嘘をつくようにも見えないし、どういう心境の変化だろう。
 拍子抜けと困惑で内心首を傾げていると、リンギクさんは「ただし」と強調して言った。
「話すからにはこの神社に詳しいという人を必ず紹介してほしい。それがこちらからの絶対条件だ」
 それから神妙な面持ちで「お願いします」と頭を下げられ、僕はさらに困惑しながら「うん」と短く了承した。
 するとリンギクさんは鳥居の方へと歩き始め、追いかけるとこう言った。
「話すと少し長くなるからな。安息の地で語り合うとしよう」
 ……安息の地?
         〇〇〇
 リンギクさんについて行くこと十数分。バスに乗って隣町まで移動することになり、その最中イザをどれだけ尊敬しているかを嬉々として語られたが……そこは割愛しよう。
 ともかく、僕とリンギクさんは彼女の言う安息の地、駅近くの喫茶店に到着したのだった。
 外の黒いボードには『喫茶 |Edelweiss《エーデルワイス》』と銘打たれており、古めかしい装いとコーヒーの匂いが何故だか懐かしさを感じさせる、ノスタルジックなお店だ。
「ボクはアメリカンにしよう。先輩は何にする?」
「じゃ、ダッチコーヒーを。すいませーん」
 テーブル席に向かい合って座り、お互いに注文する。
 水出しコーヒーがあるとはこのお店、なかなかいいな……。
 そんな内心を読み取ったかのように、リンギクさんは得意げに笑顔を浮かべた。
「ふふん、なかなか良い場所だろう」
「うん、気に入ったよ。落ち着いた雰囲気がいいね」
「そうだろうそうだろう。何と言っても基本的に|お客さん《オーディエンス》がいないからな! 良ければ先輩も常連になってみるといい!」
「うん、言い方考えようね?」
 せっかくオブラートに包んだ表現をしたというのに一瞬で引き裂きやがったよこの後輩。しかもなんて快活で通る声だ。店長っぽいおじさんが悲しそうな目になってるぞ。
「っと、慣れない勧誘はさておき、だ。頼んだものが来るのには多少時間がある。……早速今回の|本題《メインテーマ》に移ろうじゃないか」
 そう言ってリンギクさんは両肘をつき、組んだ両手で口元を隠すようなポーズをした。それどっかで見たことあるぞ。
「うん、お願い」
「先輩はあの本の何が知りたい?」
「知りたいっていうかなんというか……。僕、というよりも知り合いがあの同人誌の続きが気になってて、できれば手に入れてあげたいってだけだよ。手詰まりだったし何か分かることだけでもって感じかなー」
「なるほど、人の為か。イザクラ先輩の言っていた通り、ソウビキ先輩は優しいのだな!」
「え、アイツそんなこと言ってるの?」
 普段あれだけ当たりが強いのに、意外なところもあるものだ。
 まあイザが素直でないだけで優しい人柄なのはよく知っているけど、人伝《ひとづて》であれ素直に褒められてるのを聞くのってちょっと照れくさいな。
「ああ、『お人好しですぐ簡単に騙されそう』『真面目で優しいけど致命的な欠点が多すぎる』『いざって時に役に立つ。体感3割くらい』と絶賛していたぞ!」
「素直に褒められねーのかあの女」
 上げて落とすを繰り返すな。ちょっと喜んだのが馬鹿みたいじゃないか。
「言えば言うほど先輩はイザクラ先輩に信頼されているな。ふっ、思わず嫉妬してしまいそうだ」
「今の話にそんな要素あった?」
 憂いを帯びた感じの笑みを浮かべているところ悪いけど、一度『信頼』という熟語の意味を調べた方がいいと思う。
「おっと申し訳ない、話が脱線してしまった。先輩、まずそのお知り合いはあの本をどのようにして手に入れたか、教えてもらえないだろうか?」
「え? えっと……僕が頼まれて処分するはずだった束の中から一冊落として、それをその知り合いに拾われた、って感じだけど」
「……なるほど。その一冊以外はどのように?」
「回収所に持って行って処分したよ。そのせいで続きが手に入らなくなってるんだけどね」
 リンギクさんは質問を終えると、何やら納得したような様子で「なるほどなるほど」と呟く。
 そうして僕の現状確認を終えたところで、さっき悲しそうな目をしていた店長っぽい人が注文したコーヒーを持ってきた。
「――お待たせいたしました。では、ごゆっくり」
「「ありがとうございます」」
 テーブルの上に湯気の立ち上っているカップが置かれる。
 一旦休憩、ということでお互いに自分のカップを手に取った。
「……美味いな。香りも良い」
「そうだろう。ところで次の質問なのだが……先輩にはご兄弟、特に姉君などはおられるのか?」
 コーヒーを啜り、軽く感動しているとリンギクさんは突然妙な質問をしてきた。
「え? いるけど……その質問、本に関係ある?」
「まあ、あるといえば関係あるな。処分を頼んできたのはその方で合っているだろうか」
 え、なんで分かんの。
 驚きながら肯定すると、リンギクさんは「そうか」と言って再度コーヒーを一口啜った。
 そして――
「――姉君の名前は『相引《ソウビキ》レイ』、か?」
 ――真っ直ぐにこちらを見据え、姉の名前を言い当てた。
 ドキリと心臓が高鳴り、思わず身体が強張る。
「何故知っているのか、といった顔だな」
「そりゃそうでしょ」
 冷静にカップをソーサーに戻し、当然の言葉を返す。
 たしかにうちの姉は割と目立つ方ではあるけど……なんでここで名前が出てくるのやら。
「答えは簡単、先輩の姉君に本を託したのがボクの知り合いだったのさ」
「ああ、そういうこと」
 リンギクさんは本について知っている。そしてあの本はほぼ出回っていない物。
 ということは姉貴のお友達と彼女が繋がっているのも頷けるし、共通の知り合いだとしてもおかしくないな。もしかするとお友達から姉貴へ本が渡される現場にも居合わせていたのかもしれない。
「ってことはリンギクさんが知ってたのも」
「ああ、先輩が捨ててしまった|遺物《レガシー》だ」
 なんてことだ。
 じゃあ結局、あの時捨てた数冊以外の情報はないってことか。
 内心で肩を落としたところで、彼女は申し訳なさそうに続けた。
「今の話でお分かり頂けたとは思うが……そういうことだ」
「まあ、元々簡単に見つかるとは思ってなかったし。正直に言ってくれてありがとう」
「いや、礼を言われることは……もったいぶっておいて碌な情報提供ができず、申し訳ない」
「いやいや、大丈夫だから頭上げて。知ってる情報は教えようとしてくれたわけだし……神社について教えてくれる人はちゃんと紹介するから安心してね」
「そ、そうか! ……あ、いや違う! それではボクの気が済まない。他にできることはないだろうか!?」
 いや、ホントに大丈夫なんだけど……。
 あ、そうだ。
「じゃあ、その知り合いがあの本をどこで手に入れたか、とか聞いてないかな。できるなら直接話を聞きに行くから、取り次いでくれると助かるけど……」
 僕が捨てた物と彼女が知っている物は同一だった。だが、もしかすると元の持ち主であれば入手元が分かるかもしれない。
 どうせ姉貴の連絡を待つだけだったんだ。それなら彼女から辿って聞く方が手っ取り早い――
 ――と、思っていたのだが。
「――無いぞ?」
「……え?」
 不思議そうに首を傾げたリンギクさんに、こちらも首を傾げた。
 ……今、なんて?
「――もう、《《この世には存在しない》》。だってあの本達は、相引レイさんに預けた物で全てだったからな」
 ――……は?