「―――ということがあったわけでして」
「なるほど」
イザが神聖な吐瀉物塗れになった次の日。
学校の昼休みにいつもの四人で昼食を摂りながら、本の内容や先日の出来事をフキに話していた。
「|Clean up《後片付け》とかタイヘンだったヨネー。特にイザは」
「大変ってレベルじゃなかったっての……」
「うん。正直あれはもう泣いてもいいレベルだったと思う」
詳細な説明は省くが、あの後の諸々の処理は本当に骨が折れた。
まあ当人が泣くというよりも風呂を出てからキリさんに『次はない』と言った時のイザの表情を見た僕らの方が泣きそうだったけど。
「その面白現場に行けなかったのが悔やまれるな」
「むしろ来なくて正解だったと思うよ」
「俺もゲロ塗れのイザ見て笑いたかった」
「ぶっ叩いていい?」
「いいよ」
僕が許可を出すとフキの脇腹に一撃が入った。綺麗な横凪ぎのチョップである。
隣からの予告ありの攻撃に「ウッ」と小さく唸ったものの、着痩せ筋肉ダルマは涼しい顔のまま話を続けた。
「だがまあ、事情は理解した。当面はキリさんが持ってる本……だっけ? その出処調査を行うってことでいいのか?」
「まあね。手がかりがほぼ皆無ってのがネックだけど」
「あーそのことなんだけど……」
馬鹿馬鹿しいやりとりをそこそこに、今後のことを話し始めたところでイザが控えめに挙手してきた。
「なんか分かったの?」
「それがイラストサイトでもヒットしなかったのよ。原作の漫画はそこそこ有名なんだけどね。色々メディア化されてたみたいだし」
「ああ、それは僕も前に調べたから知ってる」
イザの言う通り、あの同人誌の原作はある雑誌で連載されていた漫画である。僕は知らなかったのだが結構な人気作品らしく、サブスク限定のドラマ化を果たしていたり映画にもなっていたようだ。
映画版のタイトルは以前から知っていたんだけど、原題と映画ではタイトルが変わっていたから今回調べて初めて気が付いたんだよね。
「でも知ってる絵のタッチだったんでしょ?」
「うん。もしかしたら別のトコで見たかもしれないし、なんか調べてたらアタシも気になってきたからもうちょっと色々調べてみるわ。成果があったら言うから」
「俺もそこまで詳しくはないが色々考えてみるわ」
「二人ともありがと。こっちでもなんかあったら言うよ」
とはいえ、どう調べたものか。僕はイザほどアニメや漫画なんかに詳しいわけじゃないし……。
そういえばこの前調べた時、同人誌を取り扱ってる店が近くにあるみたいだったな。今度軽く見て回るのもいいかもしれない。
一番の解決策は姉貴と連絡を取ることだけど、あの女は基本的にスマホの充電切れてるからなぁ……。
敬愛する我が姉の姿を思い浮かべつつスマホの予定表アプリを起動していると、対面に座っていたサラが焦ったように口を開いた。
「わ、ワタシも何か……お、オーエンするネ!?」
「ありがとうサラ。その|気持ちだけで十分《余計な事しないでね》だよ」
「時々思うんだけどアンタ本音隠す気ある?」
「裏表がない人間と言ってくれ」
隠し事は苦手なのさ。僕は清廉潔白だからね。
と、他愛もない話でだらだらと過ごすいつも通りの昼休みへと戻るのだった。
それから予鈴が鳴ってサラとイザもいなくなった頃、最後にフキが話しかけてきた。
「ところでセキ」
「なんだいフキ」
「本当に恋愛対象は男なんだな?」
「なんで皆揃いも揃って疑うんだよ……ていうかお前には恋愛相談だってしたことあるだろ」
「それもそうだった。……いやなに、お前が俺を狙ってるんじゃないかという疑いが一部であったからな。この際その辺りをはっきりさせとこうかと」
「は? 反吐が出るんだけど」
「食い気味で否定されると悲し……いや興奮してくるな。もっと蔑め」
「うわぁ」
無駄に良い顔で気持ち悪いことを言う親友との会話を最後に本日の昼休みは終了。
最悪の締めである。
〇〇〇
学校を終えて放課後。
イザとフキの部活動組と別れた僕とサラは今日も今日とて神社へ向かっていた。
ド平日だし本来は用事が無いのだが、サラに『キリチャンが来てほしいってサ』と言われたのでそのまま立ち寄ることになったのだ。
そういうわけでいつものように階段を登って境内に入るとそこには……
「すいませんでしたァ!!!」
こちらへ向けて白い頭を地に伏せている土地神様《キリさん》の姿があった。
「ちょ……あ、頭上げてくださいキリさん!」
慌てて駆け寄って肩に手をかけ、半ば強制的に上体を起こしにかかる。
が、どういうわけか力を込めても全く動かない。押せども引けども彼女の顔は地に伏せたままである。
「どうなって……あ、神通力使ってやがるこの神! こんのおおお!!」
「うおおおお!!」
「バトル漫画みたいな声出してんじゃないですよおおお!!」
よく見ると身体がぼんやりと発光しているキリさん(の神通力)と力比べをするも、やはりというか微動だにしない。
くっ、なんて決意の固い土下座だ。一旦手を離して俯瞰してみるとなんかそういうオブジェに見えてきた。
「なんかスゲー|Surreal sight《シュールな光景》だネ」
「見てないでお前もなんとかしてくれない?」
実際なかなかシュールで面白い光景ではあるけども。
「シカがナイなー……Heyキリチャン。そろそろ時間だワヨ」
「あ、うん」
サラが声を掛けるとキリさんはあっさりと立ち上がった。
え、なんで?
「昨日決めたんだヨネ。DOGEZAは一回にツキ5minutesマデってサ」
「土下座にルールを設けるって初めて聞いたんだけど」
制限時間が決められるとはなんてシステマチックな謝意表現だろうか。
まあ昨日の時点で榎園家では土地神土下座祭が行われたのだろうし、そこで取り決められたのかもしれない。
土地神様も立ったところで、とりあえず家主(?)のキリさんに許可を貰って社の前にある階段に座って話すことにした。
「本っ当にごめんなさい……」
「もういいですって……仮にも神様なんですからそう何度も頭下げないでくださいよ」
「キリチャン謝ってばっかだもんネ」
「おおぅ……威厳のない神で申し訳ない……」
「だから謝らなくても……まあいいか」
謝るのが癖になってるみたいだし、無理に止めることもないだろう。それに威厳が無いのは否定できないし。
「否定されないのもそれはそれで辛い……」
「勝手に思考を読まないでください面倒くせえ神様だな」
「もう本音隠す気ネーナセッチャン」
隠す意味が無いからね。
「てか一番謝らなきゃいけない相手はイザですから。全力で謝るならアイツにやってください」
「そ、それもそうじゃね。今から気が重いけど……」
「ジゴージットクってヤツだネ。Good luck」
がっくりと項垂れたキリさんの肩をサラがポンと叩いた。
『酒は飲んでも飲まれるな』とは言うけれど、飲まれた側ってこういう感じなんだな。反面教師にしよう。
まあキリさんもこれに懲りてしばらくお酒を控えるだろうし、これ以上は何も言うま―――
「セキさん」
「なんです?」
「『酒は百薬の長』とも言うんよ?」
「ホントに反省してます?」
ていうかその諺、『されど万病の元』って続くんですが。
……後でアザミさんにしばらく御神酒を供えないように言っておこうかな。
「そ、それだけはご勘弁を!! お役目の中で見つけた唯一の楽しみなんよ!!」
「二人トモTel|epathy communicat《頭の中で話》ionするのやめて。ワタシが分かんナイ」
「「ごめんなさい」」
喋らなくても会話ができるのって思いの外《ほか》楽でつい。
ていうかキリさん、唯一の楽しみが酒て。仕事疲れで酒浸りになる社会人みたいなこと言うなこの神様……。
「ところでお役目ってなんですか?」
「あ、言っとらんかったっけ。災害なんかから住民を護ったりするんが土地神の役目なんよ」
「へえ……」
素直に感嘆の声を漏らすと、キリさんは胸を張って少しだけ得意げな顔をした。
そんな彼女を見て『神様らしいところもあるじゃないか』と思ったのは内緒。
「へへ、ありがと」
「心の中読むのやめてくれると助かります」
その能力も神様らしいっちゃらしいけども。
「あ、ごめん。気を付けるね」
「イザの時とかやらなかったのに、なんで僕だけそんなにホイホイと読心を……」
「サラさんがセキさんのならいいって言っとったけん」
「Yes. ワタシがやりました」
「お前かよ」
またしても与り知らぬところで。僕をフリー素材と思っていないかこの女。
「それはトモカク……キリチャンっていつもどうしてんノ?」
「どう……とは?」
「普段ここでどう過ごしてるのか、ってことだと思います」
「ウン。いっつも一人なんデショ? そのオヤクメ? だけじゃなくて他にも何かしてんノカナって」
「え、えっと……基本的には身体が見えんようにして、町をぼーっと見とることが多いかね? 最近はこの本読み返したりもしとるよ」
サラの質問に答えながら、どこからともなく例の本を手元に出すキリさん。常に持ち歩いてんのそれ?
まあいいや。えっと、身体が見えないようにっていうのは所謂霊体化……みたいな感じかな。いや、神様だし神体化の方が正しいのか?
この前までこうして見ることも触れることも出来なかったんだし、土地神様という立場からしても概ね予想通りの行動と言える。
「あ、あとこの本を読んでから想像が止まらなくて……町の男の人を見ては悶々としたりとか」
その行動は予想外だった。
いや予想したくなかったというか……。
あとそれは想像ではなく妄想です。僕でやってませんよねソレ。
僕が訝しい目線を向けると全力で顔を背けられた。
「キリさん」
「……」(ふいっ)
「おい神様」
「…………」(ダッ)
こっち向いてください土地神様。こっち向け……逃げるな!
追いかけて目を合わせようとする僕と逃げながら顔を背け続けるキリさん。クッ、なんて無駄に機敏なんだ。
「……ずっとココにいるノ? 一人で?」
カバディの如き攻防戦を繰り広げていると、サラが呟くようにそう言った。
「え? ま、まあ、お役目じゃし……」
「寂しく、ないノ?」
立ち止まって困惑した様子のキリさんに、サラは重ねて訊ねた。
昨日キリさんに聞いた話が本当なら、彼女はこの境内から出たことが一度しかないということになる。
それはつまり、この寂れた神社に一人でいたということ。
何年も、何十年も……一人で。
この土地の神としての役目とはいえ……それは、余りにも――
「―――慣れとるけんね」
なんでもないような明るい声。
彼女は僕らに背を向けていて表情は分からない。
だけど……その背中はなんだか寂しいものに感じられた。
「「……」」
そんな背中を見た僕とサラは、互いの顔を横目で確認し合ってから頷き合った。
「キリチャン。昨日って楽しかった?」
「え? ……うん。ほとんど覚えとらんけど、楽しかったよ?」
「ソッカ。……ソンジャ、テーアンなんだけどサ」
「? なんかね?」
「ウチに住む……って、ドーカナ?」
突然の誘いに驚いたのか、キリさんは目を丸くして数秒ほど固まった。
それから慌てたように目を泳がせ、ゆっくりとサラの顔へ目線を合わせながら「いいん?」と控えめに問うた。
「イイヨ! オバァチャンも歓迎だと思うし!」
「ご迷惑じゃないかね?」
「メーワクなんてかけてナンボってヤツヨ!」
「迷惑どころか昨日ゲロぶっかけたけどねその神様」
「その節は大変申し訳なく……」
「セッチャン|Shut up《黙って》」
すいません。
「トモカク! キリチャンはそのオヤクメの時以外はウチに来てくれるテコトでAll right?」
「あ、うん。……でも勝手に決めて本当にご迷惑じゃないかね?」
「ダイジョブだって~。……ホントはイヤだったりする?」
「そ、そんなことは! じゃあその、えっと……よろしくお願いします」
「Yeah! こちらこそヨロシク!」
心配そうなキリさんとは対照に楽観的な調子でへらへらと笑っているサラ。性格的にも反対なようでいてどこか似ている所もあるし、一緒に過ごすには良い相性の二人なんじゃないだろうか。
家族への了承については……まあコイツの家族だし、実際大丈夫だろう。
「ンジャ早速行こっか! GOGO!」
「あ、はい。う、上手く挨拶できるかね……」
「事情説明《ジジョーセツメ》にはセッチャンも来てくれるからイケるっショ」
なんか知らないうちに巻き込まれてる。別にいいけどさ。
とにかく、話はまとまった。
早速榎園家に向かおう、と仲良く手を繋いで先を行く紅白二人組の後を溜息混じりで追って階段の前まで来たところで、ポケットの中のスマホが震えたことに気が付いた。
取り出して画面を見ると、イザからのメッセージが表示されている。
そこには――
『あの本の絵描いた人
見つかったかもしれない』
――という、二行の文章が浮かんでいた。