Birth day in the rain
ー/ー-自分で何かを選ぶことによって、意思は初めて生まれる-
その日は、しとしとと雨の降る日だった。
ひどくあいまいで、ひどく永い眠りのあと。二度と目覚めるはずのない世界に、彼女は再び呼び戻された。
年季の入った、小さな工場。自分は清潔なベッドに寝かされ、様々なケーブルをつながれて、ただ、呆と天井を見上げていた。
「――――やあ、眠り姫のお目覚めだ」
その自分をのぞき込む、一人の青年の姿。それは、今は記憶の彼方に消え去ってしまったかのように、影となり、見えない。
「――――なぜ、私を目覚めさせたのですか」
いまだ霞の中をさまよっているような、不透明な意識の中、彼女は問う。問うてから、我ながら愚かな質問だと、思い至った。
ひどくあいまいで、ひどく永い眠りのあと。二度と目覚めるはずのない世界に、彼女は再び呼び戻された。
年季の入った、小さな工場。自分は清潔なベッドに寝かされ、様々なケーブルをつながれて、ただ、呆と天井を見上げていた。
「――――やあ、眠り姫のお目覚めだ」
その自分をのぞき込む、一人の青年の姿。それは、今は記憶の彼方に消え去ってしまったかのように、影となり、見えない。
「――――なぜ、私を目覚めさせたのですか」
いまだ霞の中をさまよっているような、不透明な意識の中、彼女は問う。問うてから、我ながら愚かな質問だと、思い至った。
――――答えは、決まっているのだから。
「私は、兵器です。また、道具となって戦えと、人は言うのですか」
ふと、青年から目をそらし、彼女は愁いを帯びたまなざしを、どこへ向ければいいのかもわからず、迷い子のように巡らせた。
「――――戦う?」
意外そうに、青年は笑う。その純朴な笑みは、彼女の言った言葉を、どんな取り繕いのセリフよりも否定していた。
「なぜ、そう思うのかな?」
「言ったはずです。私は、大戦時に造られた兵器。兵器は、道具として、人のために戦うものです。ですから、私を目覚めさせたのは、また、ヴィクティムと戦わせるためであるという答えが順当です」
「私は、兵器です。また、道具となって戦えと、人は言うのですか」
ふと、青年から目をそらし、彼女は愁いを帯びたまなざしを、どこへ向ければいいのかもわからず、迷い子のように巡らせた。
「――――戦う?」
意外そうに、青年は笑う。その純朴な笑みは、彼女の言った言葉を、どんな取り繕いのセリフよりも否定していた。
「なぜ、そう思うのかな?」
「言ったはずです。私は、大戦時に造られた兵器。兵器は、道具として、人のために戦うものです。ですから、私を目覚めさせたのは、また、ヴィクティムと戦わせるためであるという答えが順当です」
青年から目をそらしたまま言う彼女に、ゆっくりと、彼は首を横に振った。
「僕は、君が誰であるかを知っている。でも、その上で聞きたい。君は――――戦いたいのかい?」
「――――え?」
青年の意外な言葉に、彼女はその視線を彼に戻した。それから、困惑したように逡巡し、困ったように青年を見た。
「私を目覚めさせておきながら、私に選べと言うのですか?」
「そうだよ。君の自由にしていい。戦いたくないのであれば、それでいい。戦うことに意味を見ているのならば、それでもいい。君が、自分で選択するんだ」
青年のその言葉に、彼女はますますもって困ったような表情を強める。
「僕は、君が誰であるかを知っている。でも、その上で聞きたい。君は――――戦いたいのかい?」
「――――え?」
青年の意外な言葉に、彼女はその視線を彼に戻した。それから、困惑したように逡巡し、困ったように青年を見た。
「私を目覚めさせておきながら、私に選べと言うのですか?」
「そうだよ。君の自由にしていい。戦いたくないのであれば、それでいい。戦うことに意味を見ているのならば、それでもいい。君が、自分で選択するんだ」
青年のその言葉に、彼女はますますもって困ったような表情を強める。
「――――わかりません。私はいつも、マスターの指示に従ってミッションを遂行してきました。自分で好きに選べなどという指示は、メモリーにありません」
「なら、自分がどうしたいのか、ゆっくりと考えればいい。なあに、時間はたっぷりあるさ。君が納得いく答えが出るまで、時は待ってくれるさ」
変わらず微笑む青年に、彼女はじっと視線を送る。
不思議な人物だった。これまで仕えた、どのマスターとも違う。優しげな物腰に、優しい笑顔。それよりなにより、自分に対して、まるで人間に接するように話してくれる。
「……マスター……」
「え?」
「なら、自分がどうしたいのか、ゆっくりと考えればいい。なあに、時間はたっぷりあるさ。君が納得いく答えが出るまで、時は待ってくれるさ」
変わらず微笑む青年に、彼女はじっと視線を送る。
不思議な人物だった。これまで仕えた、どのマスターとも違う。優しげな物腰に、優しい笑顔。それよりなにより、自分に対して、まるで人間に接するように話してくれる。
「……マスター……」
「え?」
不意に、青年の目が意外そうに見開かれた。
「……あなたを、私のマスターと認定して、よろしいでしょうか」
「……え? いや、参ったな。どうもそういう上下関係みたいなの、僕は苦手なんだけど……」
一転して、青年は困り顔で、照れたように頭を掻く。
「……あなたは、自分で選べと言いました。ですから、私は、あなたをマスターとすることを選びたいのです」
「……あちゃー、そう言われちゃ弱いな。……ま、いいか」
青年は照れたように笑んだまま、彼女の手を、静かにとった。優しく、包み込むように、その手はゆっくりと彼女の上体を起こさせる。
「わかったよ。今日から僕が、君のマスターだ。――――リリア」
かすかに、手のひらにその体温を感じる。小さいけれど、確かにそこにある、ぬくもり。あの人のそれよりも、今あるそれはとても小さく、少し頼りなげだけれど、とてもあたたかな、ぬくもり。
――――夢の中と同じ感覚を感じながら、リリア・アイアンメイデンは目を覚ました。
身体のあちこちが、うまく機能しない。普段よりもひどく重く感じるそれは、出力不足によるものと、意識はまどろみながらも、思考は正確に答えを導き出す。
ゆっくりと目を開き、彼女は状況を確認しようと視線を巡らせた。その目に、はじめに映ったのは――――。
「ミナ、さん……」
自分の手をしっかりと握ったまま、自分が横たわるベッドにもたれかかり、眠っている少女――――ミナの姿だった。
「よかった、目、覚めたのね」
不意に、そのすぐそばから安心したような声がリリアにかけられた。そちらに目をやると、そこで椅子に腰かけ、足を組んで微笑んでいたのは、セトミ・フリーダム。
「あんた、丸二日も眠ってたのよ。シェイの話じゃ、損傷はひどいけどシステムまでやられてはいないから、きちんと修理して、自己修復モードにしとけば大丈夫って話だったけど……オートマトンのケガの具合なんてわかんないからさ。心配しちゃった」
「……申し訳ありません。お世話をおかけしてしまったようです……」
思わずうつむくリリアに、セトミが苦笑して両手を振って見せる。
「ちょっとちょっと、謝んないでよ。あんたがいなかったら、この子がどうなってたかわかんないんだから。むしろ、お礼を言いたいくらいよ。ありがとう」
「……お礼を言われるようなことでは……。私は、私のシステムに従い、役割を遂行しただけですから……」
その心根のどこかに、ヘヴンリーの言葉が、小さな茨のとげのように、抜けずに突き刺さっているような気がしていた。
――――貴様も、私と同じ兵器だ――――
――――所詮、システムのプログラム通りに行動しているにすぎん――――
「……本当に、それだけかな?」
だが、それを打ち消すように、リリアの心にセトミの言葉が広がる。
「……え?」
疑問を感じ、顔を上げたところで目に入ったセトミの笑顔が、先ほどまで見ていた夢――――大戦後、ずっと機能を停止していた自分を、目覚めさせてくれたマスターに会った、その時の彼の笑顔と、不思議にだぶって見えた。
「――――その子、あんたが眠っている間、ほとんどずっと、あんたの手を握ってたのよ。何言っても、あんたから離れないの。役目だから助けてくれただけの相手に、そこまですると思う?」
「……わかりません」
だがその問いに、リリアは静かに首を横に振る。奇妙な既視感が、彼女の胸を不安なような、懐かしいような、複雑な色に染めていく。
「なぜ、ミナさんは一人で彼女らと戦いに行くような無茶をしたのでしょう。命の危険さえあるというのに、自らの身を顧みず……。このような幼い子が、まだ知り合って間もない……それも、機械である、オートマトンの私たちのために」
自分の手をあたためようとするかのように、眠りながらも決してその手を放そうとしないミナの右手に、リリアはそっと、もう片方の手を添える。自分の、体温を持たないその手が、じわり、とあたたかくなっていくのを感じる。
その様子に、セトミはわずかに逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。
「……その子が、ファースト・ワンなのは、知ってたっけ?」
「……はい」
「そっか。……その子はさ、少し前にあったエデンでの騒乱の時……あなたたちと同じ思いを味わったのよ。自分を、兵器として利用されそうになる、ってね。それだけじゃない。人を統治するための力とさえ、なるところだった」
その言葉に、リリアは目の前で眠る少女の顔を見る。今はあどけなく眠る少女が、そのようなことに巻き込まれていたとは、ひどく不快なものが喉の奥につかえているような嫌悪感を感じさせた。
「……だからね、きっと、あなたたちの気持ち、共感するところがあるんだと思う。だから、あなたたちのために、なにかしたかったのよ」
しかしリリアの言葉に、セトミはあっけらかんと、手を頭の後ろで組んで笑って見せた。
「てかさ、別にいいんじゃない? システムがどうのって言うんなら、それも含めてあんたなのよ。大体ね、システムに行動を支配されてるってんなら、人間だって心ってもんに行動を支配されてんだから。たいして変わりゃしないわよ」
その言葉に、リリアは呆とした瞳をセトミに向ける。あまりにあっさりと自分の疑念を断ち切ったその言葉に、肩透かしを食らったような気分だった。
「……セトミさん、あなたは……不思議な人ですね。なんだか……少しだけ、マスターと似ています」
先ほどの夢を反芻するかのように思い起こしながら、リリアは言う。
「……セトミさん、あなたは……私たちは、生きているとお思いですか。人は、魂というものを持っていて、身体は機能を停止しても、魂は、それにふさわしい場所へ還るのだと聞きました。私たち、オートマトンにも……魂はあると思いますか。私たちも、生きているのだと、お思いですか」
それは、はるか昔のことのように思えた。リリアは、マスターにも、この質問をしたことがあった。
彼は、少し笑ってこう言っただけだった。
『身体が生きているだけが生きているということじゃない。でも、それについて考えることは、生きているということにとても近い意味を持っていると思う』と。
それから誰にもしなかったこの質問を、今、再び、セトミ=フリーダムに問うた。
彼女は、意表を突かれたように、きょとんとした表情を見せていたが、すぐにふたたび、笑みを浮かべた。
「さあね。私は、オートマトンじゃないから、あなたたちが生きているのかどうかは、わからないわ」
「……あなたを、私のマスターと認定して、よろしいでしょうか」
「……え? いや、参ったな。どうもそういう上下関係みたいなの、僕は苦手なんだけど……」
一転して、青年は困り顔で、照れたように頭を掻く。
「……あなたは、自分で選べと言いました。ですから、私は、あなたをマスターとすることを選びたいのです」
「……あちゃー、そう言われちゃ弱いな。……ま、いいか」
青年は照れたように笑んだまま、彼女の手を、静かにとった。優しく、包み込むように、その手はゆっくりと彼女の上体を起こさせる。
「わかったよ。今日から僕が、君のマスターだ。――――リリア」
かすかに、手のひらにその体温を感じる。小さいけれど、確かにそこにある、ぬくもり。あの人のそれよりも、今あるそれはとても小さく、少し頼りなげだけれど、とてもあたたかな、ぬくもり。
――――夢の中と同じ感覚を感じながら、リリア・アイアンメイデンは目を覚ました。
身体のあちこちが、うまく機能しない。普段よりもひどく重く感じるそれは、出力不足によるものと、意識はまどろみながらも、思考は正確に答えを導き出す。
ゆっくりと目を開き、彼女は状況を確認しようと視線を巡らせた。その目に、はじめに映ったのは――――。
「ミナ、さん……」
自分の手をしっかりと握ったまま、自分が横たわるベッドにもたれかかり、眠っている少女――――ミナの姿だった。
「よかった、目、覚めたのね」
不意に、そのすぐそばから安心したような声がリリアにかけられた。そちらに目をやると、そこで椅子に腰かけ、足を組んで微笑んでいたのは、セトミ・フリーダム。
「あんた、丸二日も眠ってたのよ。シェイの話じゃ、損傷はひどいけどシステムまでやられてはいないから、きちんと修理して、自己修復モードにしとけば大丈夫って話だったけど……オートマトンのケガの具合なんてわかんないからさ。心配しちゃった」
「……申し訳ありません。お世話をおかけしてしまったようです……」
思わずうつむくリリアに、セトミが苦笑して両手を振って見せる。
「ちょっとちょっと、謝んないでよ。あんたがいなかったら、この子がどうなってたかわかんないんだから。むしろ、お礼を言いたいくらいよ。ありがとう」
「……お礼を言われるようなことでは……。私は、私のシステムに従い、役割を遂行しただけですから……」
その心根のどこかに、ヘヴンリーの言葉が、小さな茨のとげのように、抜けずに突き刺さっているような気がしていた。
――――貴様も、私と同じ兵器だ――――
――――所詮、システムのプログラム通りに行動しているにすぎん――――
「……本当に、それだけかな?」
だが、それを打ち消すように、リリアの心にセトミの言葉が広がる。
「……え?」
疑問を感じ、顔を上げたところで目に入ったセトミの笑顔が、先ほどまで見ていた夢――――大戦後、ずっと機能を停止していた自分を、目覚めさせてくれたマスターに会った、その時の彼の笑顔と、不思議にだぶって見えた。
「――――その子、あんたが眠っている間、ほとんどずっと、あんたの手を握ってたのよ。何言っても、あんたから離れないの。役目だから助けてくれただけの相手に、そこまですると思う?」
「……わかりません」
だがその問いに、リリアは静かに首を横に振る。奇妙な既視感が、彼女の胸を不安なような、懐かしいような、複雑な色に染めていく。
「なぜ、ミナさんは一人で彼女らと戦いに行くような無茶をしたのでしょう。命の危険さえあるというのに、自らの身を顧みず……。このような幼い子が、まだ知り合って間もない……それも、機械である、オートマトンの私たちのために」
自分の手をあたためようとするかのように、眠りながらも決してその手を放そうとしないミナの右手に、リリアはそっと、もう片方の手を添える。自分の、体温を持たないその手が、じわり、とあたたかくなっていくのを感じる。
その様子に、セトミはわずかに逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。
「……その子が、ファースト・ワンなのは、知ってたっけ?」
「……はい」
「そっか。……その子はさ、少し前にあったエデンでの騒乱の時……あなたたちと同じ思いを味わったのよ。自分を、兵器として利用されそうになる、ってね。それだけじゃない。人を統治するための力とさえ、なるところだった」
その言葉に、リリアは目の前で眠る少女の顔を見る。今はあどけなく眠る少女が、そのようなことに巻き込まれていたとは、ひどく不快なものが喉の奥につかえているような嫌悪感を感じさせた。
「……だからね、きっと、あなたたちの気持ち、共感するところがあるんだと思う。だから、あなたたちのために、なにかしたかったのよ」
しかしリリアの言葉に、セトミはあっけらかんと、手を頭の後ろで組んで笑って見せた。
「てかさ、別にいいんじゃない? システムがどうのって言うんなら、それも含めてあんたなのよ。大体ね、システムに行動を支配されてるってんなら、人間だって心ってもんに行動を支配されてんだから。たいして変わりゃしないわよ」
その言葉に、リリアは呆とした瞳をセトミに向ける。あまりにあっさりと自分の疑念を断ち切ったその言葉に、肩透かしを食らったような気分だった。
「……セトミさん、あなたは……不思議な人ですね。なんだか……少しだけ、マスターと似ています」
先ほどの夢を反芻するかのように思い起こしながら、リリアは言う。
「……セトミさん、あなたは……私たちは、生きているとお思いですか。人は、魂というものを持っていて、身体は機能を停止しても、魂は、それにふさわしい場所へ還るのだと聞きました。私たち、オートマトンにも……魂はあると思いますか。私たちも、生きているのだと、お思いですか」
それは、はるか昔のことのように思えた。リリアは、マスターにも、この質問をしたことがあった。
彼は、少し笑ってこう言っただけだった。
『身体が生きているだけが生きているということじゃない。でも、それについて考えることは、生きているということにとても近い意味を持っていると思う』と。
それから誰にもしなかったこの質問を、今、再び、セトミ=フリーダムに問うた。
彼女は、意表を突かれたように、きょとんとした表情を見せていたが、すぐにふたたび、笑みを浮かべた。
「さあね。私は、オートマトンじゃないから、あなたたちが生きているのかどうかは、わからないわ」
「……そう、ですか」
その言葉に、リリアは思わず顔を伏せる。
「いや、オートマトンに限ったことじゃない。人間だろうが、ヴィクティムだろうが、そいつが生きているかどうかなんて、私にはわからない」
「……え?」
だが、その言葉に、リリアは顔を上げる。
「生きているかどうかなんて、結果でしかわからないのよ。多分ね。死ぬ直前くらいになって、自分が生きたのか、それとも生きながら死んでいたのか、やっとわかるんじゃない?」
帽子を浅くかぶりなおしながら、セトミは相変わらず微笑んでいる。
その言葉に、リリアは思わず顔を伏せる。
「いや、オートマトンに限ったことじゃない。人間だろうが、ヴィクティムだろうが、そいつが生きているかどうかなんて、私にはわからない」
「……え?」
だが、その言葉に、リリアは顔を上げる。
「生きているかどうかなんて、結果でしかわからないのよ。多分ね。死ぬ直前くらいになって、自分が生きたのか、それとも生きながら死んでいたのか、やっとわかるんじゃない?」
帽子を浅くかぶりなおしながら、セトミは相変わらず微笑んでいる。
「本当に生きたんなら、満足して逝けるだろうし、そうでないなら、未練が残るんでしょうよ。だから、そんなのは、当人にしかわからないし、当人にも、その時になってみないとわからない。――――ま、私はそんな感じに考えてる」
「……………」
セトミのそのセリフは、リリアの想定から大きく外れていた。だがそれだけに、その心に、はるか空から落ちた一粒の雫のように、大きな波紋を描いた。
「だから、あんたが今、自分たちが生きているのか迷っているなら……自分で決めちゃえばいいんじゃない?」
「……自分で、生きているのか、決める……?」
深く思考の底へ視線を向けるようにうつむいていたリリアは、その疑問を表情に浮かべたまま、顔を上げる。
「そそ。『こうすることが、多分、自分が生きるってことだ』って。こう生きれば、きっと最期は笑って逝ける、ってさ」
「……………」
セトミのそのセリフは、リリアの想定から大きく外れていた。だがそれだけに、その心に、はるか空から落ちた一粒の雫のように、大きな波紋を描いた。
「だから、あんたが今、自分たちが生きているのか迷っているなら……自分で決めちゃえばいいんじゃない?」
「……自分で、生きているのか、決める……?」
深く思考の底へ視線を向けるようにうつむいていたリリアは、その疑問を表情に浮かべたまま、顔を上げる。
「そそ。『こうすることが、多分、自分が生きるってことだ』って。こう生きれば、きっと最期は笑って逝ける、ってさ」
「……セトミさん、あなたは……」
リリアが、その瞳のどこかに先ほどまでよりも強い光を込め、口を開いたその時、ちょうど、その言葉を遮るような形で、部屋のドアが開いた。
「おっ、目が覚めたかい。おいセトミ、彼女が目ぇ覚ましたら知らせろって、言っといただろ?」
そこに立っていたのは、ショウ、そしてシェイだった。
「ごめんごめん、ちょっとばかり、お話をね」
「……ったく。ま、とにかく、無事に目覚めてくれてよかったぜ。ミナを守って死んだりされちゃあ、こっちも面目が立たねえからな」
ぼりぼりと頭をかきながら笑うショウに、リリアもかすかながら、微笑み返す。
「さて、それはいいとして、セトミ、ちょっとばかり、お客さんが来てる。ここは他の者に任せて、お前も指令室に来てくれ。大事な話がある」
ショウの言葉に、セトミがいぶかしげな表情を作って見せた。
「……お客さん?」
「ああ。どうにも、きな臭い感じではあるんだがな」
そう言って、ショウは考えるようにあごに手を当てて見せた。
数分後、シェイの工場、作戦司令室にて。
そこには、セトミの予想だにしない人物が待機していた。
「……あんたは……」
青い軍服に精悍な顔つき、腰に差したカタナ――――中央管理局で、一度交戦した、あのシルバという青年だった。
「……また会ったな」
腕組みしながらセトミを見る目つきは鋭いが、その佇まいはどこか落ち着かなげだ。ただ、それは敵意から来るようなものではなく、ただ単に居心地の悪さを感じている感じのように思える。
「あんたも、あの基地からうまく脱出できたってわけね。ま、なんとなくそんな気はしてたわ」
「……その際は、クーデター軍などと言ってしまって……すまなかったな」
視線を逸らしながら言う彼の目は、嘘を言っているようには見えない。どうも、それが居心地悪そうな原因のようだ。
そして、彼とともにセトミを待ち受けていた人物が、もう一人、そこにはいた。
「こら、シルバ。失礼しました。突然押しかけた無礼をどうか、大目に見ていただきたい」
同じく軍服姿の女性だった。だがこちらは灰色の軍服に、執政官であることを示す、評議会議員バッジをその胸元に着けていた。
「私は軍評議会議員、タリア=シラミネと申します。階級は准将。……まあもっとも、今はこのような階級は意味を成さないのかもしれませんが」
「タリア……シラミネ!? ってことは、おじさまの……?」
セトミのその言葉に、タリアと名乗った女性がいぶかしげな顔を作る。
「……おじさま?」
「あっ、いやー……こっちの話、こっちの」
愛想笑いで両手を振ってごまかすセトミに、ますます怪訝な表情をするタリアだったが、気を取り直すように一つ咳払いをすると、全員の方に向き直る。
「……まあいいでしょう。こちらも火急の要件ではありますし……。あなた方がシュナイゼルの兵たちを撃退した後、ソドムでは大きな戦局の変化がありました。それは……」
腕を組みながら話すタリアの表情が、苦々しく変わる。
「システム・ウロボロスの稼働です……」
「おいおい、ちょっと待った。確かそいつは、オートマトンを完全に指揮下に置くシステムだろう? だったらなぜ、スクラップドギアのオートマトンはまだ自分の意思で動けてるんだ?」
さすがに少々慌てた様子で、ショウがタリアの話を遮る。
「これは推測でしかないのですが……あなた方が疑似人格OSを取り戻したことで、システムは完全には作用しなくなったではないかと。すなわち、同じく疑似人格システムを持つ機体には効果を発揮できない、というのが今のところの我らの見解です」
「だが、疑似人格システムを持たないオートマトンは、ソドムには五万といる。それらがすべて、現在はシュナイゼルの手駒として利用されている状態だ」
タリアの話を引き継ぐかのように、シルバが口を開いた。
「クーデターの勃発当初、シュナイゼルについた兵は、やつの直接の部下を除けば、それほど多くはなかった。だがそれにより、両者の力の均衡は膠着した。いまだ、数においては我々に利がある。だが、頑健な装甲を持つオートマトンには、我々の武器では歯が立たん。とはいえ、向こうもすべてが戦闘用のオートマトンではない。つまり、どちらも決定力に欠け、街の中央を境に、にらみ合いが続いている」
シルバのその言葉に、セトミは内心、合点がいく。彼の言う状況が正確であれば、彼らがここに来た理由も見えてくるというものだ。
「つまり……私たちに、その不足してる『決定力』になってほしい……そういうことでしょ」
どこか皮肉気なセトミの言と表情に、タリアが苦虫をかみつぶすような表情でうつむく。
「……その通りです。あまりにも都合のいいことを言っているのは百も承知……しかし、私たちにも、守らねばならない民がいる。そのためならば、私は……どんなに責められても構わない」
「待ってくれ! 今まで散々、僕たちを迫害してきて、今更協力しろって言うのか!? クーデター軍と戦えって? それじゃ、結局僕たちを兵器扱いしてることは変わりないじゃないか!」
珍しく激高した様子のシェイが、テーブルに拳を叩きつけながら叫ぶ。その手はかすかに、憤慨に震えていた。
「……そう言われるのは、当然です。しかし……こちらにも準備があります。もしもあなた方に協力していただけるのであれば、クーデターの鎮静後、スクラップド・ギアとは停戦協定、ならびにソドムからの独立を認めるという、準備が」
それはつまり、人間がオートマトンを道具として見るのではなく、対等な存在として扱うということを、言外に示していた。
「しかし……あなたたちが僕たちにしてきたことを考えたら……! またそうした過ちを繰り返さないという保証はどこにもないだろう!」
だがそれでも納得のいかない様子のシェイに、今度はシルバが口を開く。
「言い訳にしかならないと思うが……現在まで、オートマトンの迫害を推進してきたのは、ゴルダ長官、そして彼を支持するタカ派の議員たちだ。皮肉なことに、彼らは全員、シュナイゼルがクーデターを起こした際に死亡している」
「しかし、だからと言って――――!」
再びテーブルを叩くように右手を振り上げたシェイの動きが、次の瞬間、そこに現れた彼女の凛とした声に、阻まれた。
「シェイ……私は、彼らに協力することに賛成です」
それは、まだかすかに身体を引きずるような動きでありながらも、それを感じさせない表情で立つ、リリアの姿だった。
「リリア……! 君はまだ休んでいなくちゃだめだ。処置は成功したとは言っても、破壊される寸前だったんだぞ、君は!」
「いえ……そういうわけには参りません」
駆け寄るシェイに、ちらりと一瞥を送ると、リリアはタリアの前へと歩み寄る。そして、その瞳をまっすぐに見据えた。
「あなたは……民を守るため、とおっしゃいましたね?」
「ああ。民はもう、戦争を望んではいない。この国は、十分大きく、豊かとなった。これ以上の領土や植民地は必要ない。必要なのは……平穏なのだ」
そう言って愁いを帯びた瞳で、しっかりとリリアに視線を返すその瞳は、父であるシラミネによく似ていた。
「……わかりました。私の一存では決めることはできませんが、皆を説得してみます。シェイ、自警団のメンバーを、招集してください」
「リリア、しかし……」
それでもなお不服そうなシェイに、リリアはかすかに、そしてどこか悲しげに微笑んだ。
リリアが、その瞳のどこかに先ほどまでよりも強い光を込め、口を開いたその時、ちょうど、その言葉を遮るような形で、部屋のドアが開いた。
「おっ、目が覚めたかい。おいセトミ、彼女が目ぇ覚ましたら知らせろって、言っといただろ?」
そこに立っていたのは、ショウ、そしてシェイだった。
「ごめんごめん、ちょっとばかり、お話をね」
「……ったく。ま、とにかく、無事に目覚めてくれてよかったぜ。ミナを守って死んだりされちゃあ、こっちも面目が立たねえからな」
ぼりぼりと頭をかきながら笑うショウに、リリアもかすかながら、微笑み返す。
「さて、それはいいとして、セトミ、ちょっとばかり、お客さんが来てる。ここは他の者に任せて、お前も指令室に来てくれ。大事な話がある」
ショウの言葉に、セトミがいぶかしげな表情を作って見せた。
「……お客さん?」
「ああ。どうにも、きな臭い感じではあるんだがな」
そう言って、ショウは考えるようにあごに手を当てて見せた。
数分後、シェイの工場、作戦司令室にて。
そこには、セトミの予想だにしない人物が待機していた。
「……あんたは……」
青い軍服に精悍な顔つき、腰に差したカタナ――――中央管理局で、一度交戦した、あのシルバという青年だった。
「……また会ったな」
腕組みしながらセトミを見る目つきは鋭いが、その佇まいはどこか落ち着かなげだ。ただ、それは敵意から来るようなものではなく、ただ単に居心地の悪さを感じている感じのように思える。
「あんたも、あの基地からうまく脱出できたってわけね。ま、なんとなくそんな気はしてたわ」
「……その際は、クーデター軍などと言ってしまって……すまなかったな」
視線を逸らしながら言う彼の目は、嘘を言っているようには見えない。どうも、それが居心地悪そうな原因のようだ。
そして、彼とともにセトミを待ち受けていた人物が、もう一人、そこにはいた。
「こら、シルバ。失礼しました。突然押しかけた無礼をどうか、大目に見ていただきたい」
同じく軍服姿の女性だった。だがこちらは灰色の軍服に、執政官であることを示す、評議会議員バッジをその胸元に着けていた。
「私は軍評議会議員、タリア=シラミネと申します。階級は准将。……まあもっとも、今はこのような階級は意味を成さないのかもしれませんが」
「タリア……シラミネ!? ってことは、おじさまの……?」
セトミのその言葉に、タリアと名乗った女性がいぶかしげな顔を作る。
「……おじさま?」
「あっ、いやー……こっちの話、こっちの」
愛想笑いで両手を振ってごまかすセトミに、ますます怪訝な表情をするタリアだったが、気を取り直すように一つ咳払いをすると、全員の方に向き直る。
「……まあいいでしょう。こちらも火急の要件ではありますし……。あなた方がシュナイゼルの兵たちを撃退した後、ソドムでは大きな戦局の変化がありました。それは……」
腕を組みながら話すタリアの表情が、苦々しく変わる。
「システム・ウロボロスの稼働です……」
「おいおい、ちょっと待った。確かそいつは、オートマトンを完全に指揮下に置くシステムだろう? だったらなぜ、スクラップドギアのオートマトンはまだ自分の意思で動けてるんだ?」
さすがに少々慌てた様子で、ショウがタリアの話を遮る。
「これは推測でしかないのですが……あなた方が疑似人格OSを取り戻したことで、システムは完全には作用しなくなったではないかと。すなわち、同じく疑似人格システムを持つ機体には効果を発揮できない、というのが今のところの我らの見解です」
「だが、疑似人格システムを持たないオートマトンは、ソドムには五万といる。それらがすべて、現在はシュナイゼルの手駒として利用されている状態だ」
タリアの話を引き継ぐかのように、シルバが口を開いた。
「クーデターの勃発当初、シュナイゼルについた兵は、やつの直接の部下を除けば、それほど多くはなかった。だがそれにより、両者の力の均衡は膠着した。いまだ、数においては我々に利がある。だが、頑健な装甲を持つオートマトンには、我々の武器では歯が立たん。とはいえ、向こうもすべてが戦闘用のオートマトンではない。つまり、どちらも決定力に欠け、街の中央を境に、にらみ合いが続いている」
シルバのその言葉に、セトミは内心、合点がいく。彼の言う状況が正確であれば、彼らがここに来た理由も見えてくるというものだ。
「つまり……私たちに、その不足してる『決定力』になってほしい……そういうことでしょ」
どこか皮肉気なセトミの言と表情に、タリアが苦虫をかみつぶすような表情でうつむく。
「……その通りです。あまりにも都合のいいことを言っているのは百も承知……しかし、私たちにも、守らねばならない民がいる。そのためならば、私は……どんなに責められても構わない」
「待ってくれ! 今まで散々、僕たちを迫害してきて、今更協力しろって言うのか!? クーデター軍と戦えって? それじゃ、結局僕たちを兵器扱いしてることは変わりないじゃないか!」
珍しく激高した様子のシェイが、テーブルに拳を叩きつけながら叫ぶ。その手はかすかに、憤慨に震えていた。
「……そう言われるのは、当然です。しかし……こちらにも準備があります。もしもあなた方に協力していただけるのであれば、クーデターの鎮静後、スクラップド・ギアとは停戦協定、ならびにソドムからの独立を認めるという、準備が」
それはつまり、人間がオートマトンを道具として見るのではなく、対等な存在として扱うということを、言外に示していた。
「しかし……あなたたちが僕たちにしてきたことを考えたら……! またそうした過ちを繰り返さないという保証はどこにもないだろう!」
だがそれでも納得のいかない様子のシェイに、今度はシルバが口を開く。
「言い訳にしかならないと思うが……現在まで、オートマトンの迫害を推進してきたのは、ゴルダ長官、そして彼を支持するタカ派の議員たちだ。皮肉なことに、彼らは全員、シュナイゼルがクーデターを起こした際に死亡している」
「しかし、だからと言って――――!」
再びテーブルを叩くように右手を振り上げたシェイの動きが、次の瞬間、そこに現れた彼女の凛とした声に、阻まれた。
「シェイ……私は、彼らに協力することに賛成です」
それは、まだかすかに身体を引きずるような動きでありながらも、それを感じさせない表情で立つ、リリアの姿だった。
「リリア……! 君はまだ休んでいなくちゃだめだ。処置は成功したとは言っても、破壊される寸前だったんだぞ、君は!」
「いえ……そういうわけには参りません」
駆け寄るシェイに、ちらりと一瞥を送ると、リリアはタリアの前へと歩み寄る。そして、その瞳をまっすぐに見据えた。
「あなたは……民を守るため、とおっしゃいましたね?」
「ああ。民はもう、戦争を望んではいない。この国は、十分大きく、豊かとなった。これ以上の領土や植民地は必要ない。必要なのは……平穏なのだ」
そう言って愁いを帯びた瞳で、しっかりとリリアに視線を返すその瞳は、父であるシラミネによく似ていた。
「……わかりました。私の一存では決めることはできませんが、皆を説得してみます。シェイ、自警団のメンバーを、招集してください」
「リリア、しかし……」
それでもなお不服そうなシェイに、リリアはかすかに、そしてどこか悲しげに微笑んだ。
「シェイ、忘れたのですか? マスターの願いは、人間への復讐ではありません。私たちオートマトンと、人との共存――――そして、平和です。彼らがそのために戦うのであれば、目的は私たちと同じです」
『マスター』という言葉に、シェイの口からこぼれかけていた二の句が、たたらを踏んだ。リリアに言葉をかけようと差し出されていた右手が宙を迷い、やがて下ろされる。
「……わかった。確かに、マスターは復讐など望まないだろう。みんなを呼んでくる。彼らも、これまで身を挺して街を守ってくれた君の言うことなら、反対することもないだろう」
微笑みを返すように、シェイは少し困ったような笑みを浮かべながら、部屋を出ていく。
その後姿を見送り、タリアが深々と頭を下げた。
「リリア・アイアンメイデン殿……。すまない。ご協力、感謝する。この戦いが終息したのちには、この恩……私の進退をかけても、あなた方との共存を達成することで返します」
「……はい。よろしくおねがいいたします」
それに対し、リリアも同様に、礼を返した。
同時刻――――ソドム中央管理局、訓練施設。
「……くそォッ!」
近接戦闘の訓練場であるその場所で、その女性――――リリア・ヘヴンリー軍曹はデスサイズを振るっていた。リリアのガンマレイによって受けたダメージと、右手の破損は修理されてはいるものの、その一閃は確かに、以前よりも鈍くなっている。
「アイアンメイデンッ……! 貴様だけはァ……ッ!」
ぎりっ、と、己の奥歯をかみ砕かんばかりの力でヘヴンリーは歯噛みする。戦場において戦果を上げられなかったばかりか、右手までも失うという結果は、彼女にとって耐えがたい屈辱であった。
リリアが守護を象徴する機体であれば、ヘヴンリーは侵略を象徴する機体だ。それはすなわち、己の存在意義でもある。破壊、打倒、そして相手の領地を奪取すること――――それこそが、彼女がこの世に存在する意味と、彼女は自負していた。
『マスター』という言葉に、シェイの口からこぼれかけていた二の句が、たたらを踏んだ。リリアに言葉をかけようと差し出されていた右手が宙を迷い、やがて下ろされる。
「……わかった。確かに、マスターは復讐など望まないだろう。みんなを呼んでくる。彼らも、これまで身を挺して街を守ってくれた君の言うことなら、反対することもないだろう」
微笑みを返すように、シェイは少し困ったような笑みを浮かべながら、部屋を出ていく。
その後姿を見送り、タリアが深々と頭を下げた。
「リリア・アイアンメイデン殿……。すまない。ご協力、感謝する。この戦いが終息したのちには、この恩……私の進退をかけても、あなた方との共存を達成することで返します」
「……はい。よろしくおねがいいたします」
それに対し、リリアも同様に、礼を返した。
同時刻――――ソドム中央管理局、訓練施設。
「……くそォッ!」
近接戦闘の訓練場であるその場所で、その女性――――リリア・ヘヴンリー軍曹はデスサイズを振るっていた。リリアのガンマレイによって受けたダメージと、右手の破損は修理されてはいるものの、その一閃は確かに、以前よりも鈍くなっている。
「アイアンメイデンッ……! 貴様だけはァ……ッ!」
ぎりっ、と、己の奥歯をかみ砕かんばかりの力でヘヴンリーは歯噛みする。戦場において戦果を上げられなかったばかりか、右手までも失うという結果は、彼女にとって耐えがたい屈辱であった。
リリアが守護を象徴する機体であれば、ヘヴンリーは侵略を象徴する機体だ。それはすなわち、己の存在意義でもある。破壊、打倒、そして相手の領地を奪取すること――――それこそが、彼女がこの世に存在する意味と、彼女は自負していた。
ゆえに、その己の存在意義と真っ向から対立する相手――――それこそ、グループやどの国属するなど関係なく、存在意義のレベルで対立するリリア・アイアンメイデンという存在を知ったその時から、その心にはざわざわとした敵意が渦巻いていた。
「くそッ……くそッ……くそッ!」
ヘヴンリーはデスサイズを振り上げ、訓練用の的をその一閃で切り裂く。真っ二つになったその的を、目障りと言わんばかりの形相で蹴り飛ばした。
「……荒れているな、ヘヴンリー」
不意に、うっそりとした声が、その背にかけられる。
「……シュナイゼル、あなたか……」
鋭く半眼で目の前に現れた上官を一瞥すると、ヘヴンリーはすぐに彼に背を向けた。
「くそッ……くそッ……くそッ!」
ヘヴンリーはデスサイズを振り上げ、訓練用の的をその一閃で切り裂く。真っ二つになったその的を、目障りと言わんばかりの形相で蹴り飛ばした。
「……荒れているな、ヘヴンリー」
不意に、うっそりとした声が、その背にかけられる。
「……シュナイゼル、あなたか……」
鋭く半眼で目の前に現れた上官を一瞥すると、ヘヴンリーはすぐに彼に背を向けた。
「フン……貴殿にはわかるまい。我らにとっては、開発された目的は、すなわち存在意義だ。元よりそれと対極に位置する者に阻まれ、自らの目的を成せなかったとなれば、荒れもしようというものよ」
怒りを押さえ込むように、シュナイゼルに背を向けたまま、ヘヴンリーは歯噛みする。その拳は、しかし押さえきれぬ激情を示すかのように震えていた。
「いや……わかるさ」
だがその背にかけられたのは、彼女が予想だにしていない言葉だった。
「なに……?」
再び、ヘヴンリーは半眼でその男を見返す。その顔は片目と髪以外は包帯に覆われ、表情も、言葉に込められた意思も、うかがい知ることはできない。
「人も己の存在意義を見出すために生きていることは変わりはせぬ。ただ、お前たちのように両極端ではないがな」
怒りを押さえ込むように、シュナイゼルに背を向けたまま、ヘヴンリーは歯噛みする。その拳は、しかし押さえきれぬ激情を示すかのように震えていた。
「いや……わかるさ」
だがその背にかけられたのは、彼女が予想だにしていない言葉だった。
「なに……?」
再び、ヘヴンリーは半眼でその男を見返す。その顔は片目と髪以外は包帯に覆われ、表情も、言葉に込められた意思も、うかがい知ることはできない。
「人も己の存在意義を見出すために生きていることは変わりはせぬ。ただ、お前たちのように両極端ではないがな」
「……フン」
その意図の汲み取れぬ言葉に、かすかにヘヴンリーは違和感を覚える。なにか、普段のこの男とは、どこかが違うように思える。だがその違和感の正体を、彼女には見つけることはできなかった。
「……チッ。問答をしたところで、結果は覆らない。失礼する」
どこか胸につかえるようなものを感じ、ヘヴンリーは訓練所を去る。
同時に、それを待っていたかのように、シュナイゼルの懐に隠されていた通信機が、コール音を響かせた。
シュナイゼルは、その通信相手を見、わずかに、瞳をゆがませるように細めた。
その意図の汲み取れぬ言葉に、かすかにヘヴンリーは違和感を覚える。なにか、普段のこの男とは、どこかが違うように思える。だがその違和感の正体を、彼女には見つけることはできなかった。
「……チッ。問答をしたところで、結果は覆らない。失礼する」
どこか胸につかえるようなものを感じ、ヘヴンリーは訓練所を去る。
同時に、それを待っていたかのように、シュナイゼルの懐に隠されていた通信機が、コール音を響かせた。
シュナイゼルは、その通信相手を見、わずかに、瞳をゆがませるように細めた。
「……私です」
応答する彼の声は、これまでかかわった人間に対するような、不遜な声色はない。あるいはそれが、先ほどまでここにいたヘヴンリーが感じたものだったのかもしれなかった。
「……はい。すべては順調に進んでおります。恐らく私の目的は、あとわずかで達成されるでしょう」
そう、それは例えるなら――――己の父にでも報告するかのような。
「――――はい。それは覚悟の上です。そのための準備も、すでに済んでおります。――――はい。では……」
静かに言うと、シュナイゼルは通信を終了する。
同時にその目は、再び感情の読み取れないものへと戻っていた。
応答する彼の声は、これまでかかわった人間に対するような、不遜な声色はない。あるいはそれが、先ほどまでここにいたヘヴンリーが感じたものだったのかもしれなかった。
「……はい。すべては順調に進んでおります。恐らく私の目的は、あとわずかで達成されるでしょう」
そう、それは例えるなら――――己の父にでも報告するかのような。
「――――はい。それは覚悟の上です。そのための準備も、すでに済んでおります。――――はい。では……」
静かに言うと、シュナイゼルは通信を終了する。
同時にその目は、再び感情の読み取れないものへと戻っていた。
「……ぐ」
不意に、その瞳が苦痛にゆがむ。顔を覆うようにして彼が押さえた額の包帯は、じわりと脂汗がにじんでいる。
「くそ……また、発作か……!」
吐く息も荒く、身体を引きずるようにして歩くシュナイゼルの表情は、それでも顔を覆い尽くすような包帯に阻まれ、その言葉の真意を読み取ることはできない。
「……決して、お前の思い通りにはさせんぞ……!」
ただ、唯一。
それのみが彼の心情を表すことが許された、最後の手段であるかのように、包帯の下より、奥歯を噛みしめる、ぎりりという音が声を上げた。
不意に、その瞳が苦痛にゆがむ。顔を覆うようにして彼が押さえた額の包帯は、じわりと脂汗がにじんでいる。
「くそ……また、発作か……!」
吐く息も荒く、身体を引きずるようにして歩くシュナイゼルの表情は、それでも顔を覆い尽くすような包帯に阻まれ、その言葉の真意を読み取ることはできない。
「……決して、お前の思い通りにはさせんぞ……!」
ただ、唯一。
それのみが彼の心情を表すことが許された、最後の手段であるかのように、包帯の下より、奥歯を噛みしめる、ぎりりという音が声を上げた。
同時刻、自警団司令室。
「……さて、とりあえず同盟関係が結ばれたところで、情報交換といこうかい。いろいろと、そちらさんにゃ聞きたいこともあるしな」
司令室には、セトミらのほかにリリア、シェイ、そしてソドム軍の二人がいる。
今ちょうど、自警団と軍の間で同盟を結ぶことに双方が同意したところだった。
「ああ、我々に答えられることなら、なんでも話そう。ソドムの内情を、少なくとも君たちよりは把握しているつもりだ」
神妙なタリアの表情に、曇りはない。どうやら、この同盟関係については信頼してもよさそうだ。
セトミは、心の中で頷く。
「……さて、とりあえず同盟関係が結ばれたところで、情報交換といこうかい。いろいろと、そちらさんにゃ聞きたいこともあるしな」
司令室には、セトミらのほかにリリア、シェイ、そしてソドム軍の二人がいる。
今ちょうど、自警団と軍の間で同盟を結ぶことに双方が同意したところだった。
「ああ、我々に答えられることなら、なんでも話そう。ソドムの内情を、少なくとも君たちよりは把握しているつもりだ」
神妙なタリアの表情に、曇りはない。どうやら、この同盟関係については信頼してもよさそうだ。
セトミは、心の中で頷く。
「んじゃ、まず一つ。俺はどうも、このクーデターが勃発した理由が不可解でな。それについて聞きたい」
タリアの前に身を乗り出すようにして聞くショウが、その瞳をのぞき込む。
「……というと?」
「首謀者……シュナイゼルとやらの、目的さ」
唸るような表情で言うショウに、傍らのシェイが不思議そうな表情を作った。
「軍とスクラップド・ギアの全権の掌握なんじゃないのかい?」
「そういう触れ込みだったな、確か。だがよ、それが目的なら、こんなド派手な事態を引き起こす必要があったのか? もっと簡単に、それを達成できる方法があったはずだ」
鋭い目で考えるように口元に手をやるショウに、シルバがいぶかしげに表情を染める。
タリアの前に身を乗り出すようにして聞くショウが、その瞳をのぞき込む。
「……というと?」
「首謀者……シュナイゼルとやらの、目的さ」
唸るような表情で言うショウに、傍らのシェイが不思議そうな表情を作った。
「軍とスクラップド・ギアの全権の掌握なんじゃないのかい?」
「そういう触れ込みだったな、確か。だがよ、それが目的なら、こんなド派手な事態を引き起こす必要があったのか? もっと簡単に、それを達成できる方法があったはずだ」
鋭い目で考えるように口元に手をやるショウに、シルバがいぶかしげに表情を染める。
「どういうことだ?」
「いいか、クーデターが起こる前、すでに奴は政権では事実上のナンバー2、さらに己の統括する研究部では、トップに立っていた。そして、システム・ウロボロスも手中にある。足りなかったのは、それを使いこなせる、高性能OSだけだったはずだ」
テーブルに手をついた姿勢で己の言を紡ぐショウに、セトミも閃く。
「あ――――、てことは、エマを奴が手に入れた時点で、チェックメイト。わざわざクーデターなんか起こさなくとも、それだけの力があれば、議会も手に入れるのは簡単ね」
「そういうことだ。むしろ、国を分断させては、今後、ここや他国と戦うのに無駄に戦力を削ることになる。政権ナンバー2にまで上り詰めた男がやることにしちゃあ、ちょっとばかりお粗末なんじゃないか?」
腕組みをしながらタリアを見るショウに、彼女も思考の渦に飲まれるかのように、口元に手をやる。
「いいか、クーデターが起こる前、すでに奴は政権では事実上のナンバー2、さらに己の統括する研究部では、トップに立っていた。そして、システム・ウロボロスも手中にある。足りなかったのは、それを使いこなせる、高性能OSだけだったはずだ」
テーブルに手をついた姿勢で己の言を紡ぐショウに、セトミも閃く。
「あ――――、てことは、エマを奴が手に入れた時点で、チェックメイト。わざわざクーデターなんか起こさなくとも、それだけの力があれば、議会も手に入れるのは簡単ね」
「そういうことだ。むしろ、国を分断させては、今後、ここや他国と戦うのに無駄に戦力を削ることになる。政権ナンバー2にまで上り詰めた男がやることにしちゃあ、ちょっとばかりお粗末なんじゃないか?」
腕組みをしながらタリアを見るショウに、彼女も思考の渦に飲まれるかのように、口元に手をやる。
「確かに――――あの男ならば、そこまで計算していない方がおかしい。そもそもスクラップド・ギアをウロボロスで掌握するという案は、シュナイゼルが発案したものであるはず。それを忘れたように兵を向けたのは、確かに違和感がある」
「その上、結果としてウロボロスは中途半端に稼働開始。スクラップドのオートマトンや、人格プログラムのあるオートマトンは掌握できず、戦局は泥沼……か。確かに、これがあの男の隠していた手品のタネであるなら、らしくないほどにお粗末だな」
わずかな間ではあるが、副官として就いていたシルバも、ショウの言葉に納得する。
「そういうわけだ。このクーデターの裏には、他にも目的があるんじゃないか? なにか心当たりはないか?」
「心当たり……というわけではないが」
言いながら、タリアが懐から一枚のデータディスクを取り出す。
「その上、結果としてウロボロスは中途半端に稼働開始。スクラップドのオートマトンや、人格プログラムのあるオートマトンは掌握できず、戦局は泥沼……か。確かに、これがあの男の隠していた手品のタネであるなら、らしくないほどにお粗末だな」
わずかな間ではあるが、副官として就いていたシルバも、ショウの言葉に納得する。
「そういうわけだ。このクーデターの裏には、他にも目的があるんじゃないか? なにか心当たりはないか?」
「心当たり……というわけではないが」
言いながら、タリアが懐から一枚のデータディスクを取り出す。
「実は私も、奴の狙いがつかめず、部下に奴のことを探らせていた。このディスクに、奴のパーソナルデータがまとめてある。なにかの役には立つかもしれん」
言いながら、タリアはディスクをショウに渡す。ショウは早速、自分の端末を取り出し、ディスクを挿入する。
「なになに……ソドム中央軍事研究学校、システム学部を次席で卒業。それと同時に軍の研究部副部長に就任。数年後には研究部のトップとなるが、前線での研究活動中に、敵の攻撃により、一時期行方不明。奇跡的に軍へ復帰し、現在は研究部へ復職している……」
「……行方不明?」
その言葉が妙に喉につかええたセトミが、思わず言葉に出すと、それを補足するようにタリアが答える。
「ああ、確かに数年ほど前、前線に近い研究施設にいた奴が行方不明になったことがある。敵の奇襲に施設がやられたとのことで、あの顔の包帯は、それ以来ずっと巻いている。焼夷弾にやられたということだが……」
言いながら、タリアはディスクをショウに渡す。ショウは早速、自分の端末を取り出し、ディスクを挿入する。
「なになに……ソドム中央軍事研究学校、システム学部を次席で卒業。それと同時に軍の研究部副部長に就任。数年後には研究部のトップとなるが、前線での研究活動中に、敵の攻撃により、一時期行方不明。奇跡的に軍へ復帰し、現在は研究部へ復職している……」
「……行方不明?」
その言葉が妙に喉につかええたセトミが、思わず言葉に出すと、それを補足するようにタリアが答える。
「ああ、確かに数年ほど前、前線に近い研究施設にいた奴が行方不明になったことがある。敵の奇襲に施設がやられたとのことで、あの顔の包帯は、それ以来ずっと巻いている。焼夷弾にやられたということだが……」
「顔をか? どうやって本人だと確かめた?」
一抹の疑問が浮かんだらしいショウが、渋い表情で言う。
「……火傷のせいで、指紋や声紋はあてにならなかった。ただ、本人のドッグタグを持っていたことと、軍事学校や研究部での記憶を持っていたことから、本人だとされた。その後の仕事具合を見ても、トップに立つ人間でなければできないようなことだったし、疑いようはなかった」
「……そうか」
「我々に残された奴のデータは、それくらいだ。付け加えるなら、人を人とも思わぬ、目的のためならなんでもする、プライドの高い男、といったくらいか」
皮肉めいた口調で、タリアが両手を広げて見せた。
一抹の疑問が浮かんだらしいショウが、渋い表情で言う。
「……火傷のせいで、指紋や声紋はあてにならなかった。ただ、本人のドッグタグを持っていたことと、軍事学校や研究部での記憶を持っていたことから、本人だとされた。その後の仕事具合を見ても、トップに立つ人間でなければできないようなことだったし、疑いようはなかった」
「……そうか」
「我々に残された奴のデータは、それくらいだ。付け加えるなら、人を人とも思わぬ、目的のためならなんでもする、プライドの高い男、といったくらいか」
皮肉めいた口調で、タリアが両手を広げて見せた。
「いずれにせよ、我々がやるこべきとは、奴を止めることしかない。……奴の目的がなんであれ、な」
「……ま、確かにそうなんだがな」
シルバの鋭い視線に、ショウはぼりぼりと頭を掻く。
「では、今後の具体的な行動について話そうか。貴君らには、少数精鋭の一個小隊として、作戦の中核を担ってもらいたい。主な目的は、私の父――――シドウ・シラミネの救出と、システム・ウロボロスの停止、もしくは破壊だ」
タリアが街の地図を広げ、ある一点――――中央管理局を示しながら、言う。
「街に展開するオートマトン兵は、こちらの戦力で押さえ込む。その間に貴君らには基地内に潜入、ミッションを遂行してもらいたい」
「オーケーオーケー、わかりやすくていいわ。救出に破壊ね。要はエデンの時と同じようなことってわけだ」
無意識のうちにカタナのグリップを確かめながら、セトミが野性的に笑った。
双方の話し合いが終了した後、セトミはショウとともに武器のチェックを行っていた。前回、変装して侵入した際には、隠し持つには大きすぎたため、持ち込めなかったAOWも丹念に整備する。
「……なあ、セトミ」
不意に、ショウがささやくように声を出した。
「ん?」
セトミは銃の整備から目も手も離さないまま、簡潔に答える。彼がこういう話し方をするときは、大抵、文字通り大きな声では言えない話をする時だ。
「俺たちの目標は、シラミネのとっつぁんの救出と、システム・ウロボロスの無力化……ってことだったよな」
「うん」
彼の言いたいことが、いまいちつかめないままながらも、セトミは作業の手を休めないままうなずく。
「……一つ、気になることがあるんだ」
ショウの声が、一段とそのトーンを落とした。いよいよもって、セトミは指先を動かしながら、その耳に神経を集中させる。
「ヘヴンリーとやらが攻めてきたとき、俺は特殊弾薬を用意してったよな。対オートマトン用に改造された、特殊弾薬を」
「……それが?」
どことなく彼が言いたいことが見えてくるが、セトミはあえてその先を彼に問う。それは、その先に出てくるであろう言葉が、恐らく楽しいものではないだろうということも、ともに見え隠れし始めたせいであった。
「……ま、確かにそうなんだがな」
シルバの鋭い視線に、ショウはぼりぼりと頭を掻く。
「では、今後の具体的な行動について話そうか。貴君らには、少数精鋭の一個小隊として、作戦の中核を担ってもらいたい。主な目的は、私の父――――シドウ・シラミネの救出と、システム・ウロボロスの停止、もしくは破壊だ」
タリアが街の地図を広げ、ある一点――――中央管理局を示しながら、言う。
「街に展開するオートマトン兵は、こちらの戦力で押さえ込む。その間に貴君らには基地内に潜入、ミッションを遂行してもらいたい」
「オーケーオーケー、わかりやすくていいわ。救出に破壊ね。要はエデンの時と同じようなことってわけだ」
無意識のうちにカタナのグリップを確かめながら、セトミが野性的に笑った。
双方の話し合いが終了した後、セトミはショウとともに武器のチェックを行っていた。前回、変装して侵入した際には、隠し持つには大きすぎたため、持ち込めなかったAOWも丹念に整備する。
「……なあ、セトミ」
不意に、ショウがささやくように声を出した。
「ん?」
セトミは銃の整備から目も手も離さないまま、簡潔に答える。彼がこういう話し方をするときは、大抵、文字通り大きな声では言えない話をする時だ。
「俺たちの目標は、シラミネのとっつぁんの救出と、システム・ウロボロスの無力化……ってことだったよな」
「うん」
彼の言いたいことが、いまいちつかめないままながらも、セトミは作業の手を休めないままうなずく。
「……一つ、気になることがあるんだ」
ショウの声が、一段とそのトーンを落とした。いよいよもって、セトミは指先を動かしながら、その耳に神経を集中させる。
「ヘヴンリーとやらが攻めてきたとき、俺は特殊弾薬を用意してったよな。対オートマトン用に改造された、特殊弾薬を」
「……それが?」
どことなく彼が言いたいことが見えてくるが、セトミはあえてその先を彼に問う。それは、その先に出てくるであろう言葉が、恐らく楽しいものではないだろうということも、ともに見え隠れし始めたせいであった。
「……奴がオートマトンだということが、なぜわかったと思う?」
「もしかして……おじさまから、連絡が?」
思わず作業の手を止め、ショウを見るセトミに対し、彼はその手を休めることなく、銃の整備を続ける。
「いくら何でも、都合が良すぎやしないか。逆スパイをやってる頃ならまだしも、今は囚われの身なんだぜ。敵の秘密を知ってることもそうだが、それを連絡してよこせるなんて、ずいぶん自由な捕虜じゃないか?」
「……でも、そうだとしても、情報は正しかったわけだし、現にそれで私たちは助かってるわけでしょ。百歩譲っておじさまが敵だとしても、そんなことして得があるようには思えないけど?」
一度ともに作戦を遂行したから、というわけではないが、セトミには、シラミネが敵とはどうにも思えなかった。思わずそれが、彼女の語尾を無意識のうちに強めている。
「もしかして……おじさまから、連絡が?」
思わず作業の手を止め、ショウを見るセトミに対し、彼はその手を休めることなく、銃の整備を続ける。
「いくら何でも、都合が良すぎやしないか。逆スパイをやってる頃ならまだしも、今は囚われの身なんだぜ。敵の秘密を知ってることもそうだが、それを連絡してよこせるなんて、ずいぶん自由な捕虜じゃないか?」
「……でも、そうだとしても、情報は正しかったわけだし、現にそれで私たちは助かってるわけでしょ。百歩譲っておじさまが敵だとしても、そんなことして得があるようには思えないけど?」
一度ともに作戦を遂行したから、というわけではないが、セトミには、シラミネが敵とはどうにも思えなかった。思わずそれが、彼女の語尾を無意識のうちに強めている。
「確かにな。それが不可解なところなんだ、今回の件の、な。シュナイゼルのこともそうだ。もっとうまくウロボロスを使ってりゃ、スクラップド・ギアをまるまる自分の手駒にできたはずだ」
「……どうも、私たちの知らないなにかが、裏にありそうね。この件は」
セトミのその言葉に、ショウは整備していたリボルヴァーのシリンダーを勢いよく回し、ガチャリと音をたてて構えた。どうやら、彼の方の整備は終わったらしい。
「そういうことだ。どうにも一筋縄じゃ行かせてもらえそうにねえからな。お前さんに一応、言っとこうと思ってな」
「ありゃりゃ、そりゃどうも。でも今まで、一筋縄でいったことの方が少ないと思うけどねぇ。人生、波瀾万丈って感じ?」
こちらもAOWとアンセムの整備を終えたセトミが、そのスコープをのぞき込んで感触を確かめる。
「まったくだ。まあ、棺桶の中に放り込まれるまでは、楽しんでやろうや」
「オッケー、りょーかい」
正にブラックドッグと言える野性的な笑みを浮かべる彼の横顔に、セトミもチェシャ猫のような笑みで笑い返すのだった。
「……どうも、私たちの知らないなにかが、裏にありそうね。この件は」
セトミのその言葉に、ショウは整備していたリボルヴァーのシリンダーを勢いよく回し、ガチャリと音をたてて構えた。どうやら、彼の方の整備は終わったらしい。
「そういうことだ。どうにも一筋縄じゃ行かせてもらえそうにねえからな。お前さんに一応、言っとこうと思ってな」
「ありゃりゃ、そりゃどうも。でも今まで、一筋縄でいったことの方が少ないと思うけどねぇ。人生、波瀾万丈って感じ?」
こちらもAOWとアンセムの整備を終えたセトミが、そのスコープをのぞき込んで感触を確かめる。
「まったくだ。まあ、棺桶の中に放り込まれるまでは、楽しんでやろうや」
「オッケー、りょーかい」
正にブラックドッグと言える野性的な笑みを浮かべる彼の横顔に、セトミもチェシャ猫のような笑みで笑い返すのだった。
スクラップドギア、夜。
修復モードから回復したばかりだというのに、リリアはすでに、夜の見回りを開始していた。とはいっても、もしもの時に備え、シェイがその傍らに寄り添ってはいたが。
「……やれやれ、君の生真面目さにも困ったもんだ。本来なら、まだ修復に専念した方がいいのに、もう見回りに戻りたいなんてね」
そうは言うものの、苦笑めいた表情を浮かべるその様子からは、リリアの容体はかなり回復していることを理解している様子が見て取れる。
「私たちの中に、戦闘用オートマトンは私一人です。相手に同じ戦闘用プログラムを有する者がいると分かった今、この役割は私でなければ負えません」
さも当たり前、という意を言外に示し、リリアは夜の町を歩いていく。
機械が作ったというには、ソドムよりよっぽど温かみのある、素朴な街並み。だがそこに、今はいささか剣呑な空気を帯びたものたちがいた。
修復モードから回復したばかりだというのに、リリアはすでに、夜の見回りを開始していた。とはいっても、もしもの時に備え、シェイがその傍らに寄り添ってはいたが。
「……やれやれ、君の生真面目さにも困ったもんだ。本来なら、まだ修復に専念した方がいいのに、もう見回りに戻りたいなんてね」
そうは言うものの、苦笑めいた表情を浮かべるその様子からは、リリアの容体はかなり回復していることを理解している様子が見て取れる。
「私たちの中に、戦闘用オートマトンは私一人です。相手に同じ戦闘用プログラムを有する者がいると分かった今、この役割は私でなければ負えません」
さも当たり前、という意を言外に示し、リリアは夜の町を歩いていく。
機械が作ったというには、ソドムよりよっぽど温かみのある、素朴な街並み。だがそこに、今はいささか剣呑な空気を帯びたものたちがいた。
元はそれなりに上等だったらしい服装の人間たち。だがその服は、あちこちが破れたり、焼けこげたりし、今はただのぼろとなっている。その表情は誰もが不安を浮かべ、おびえるように寄り合っていた。
「……彼らは?」
「ああ、君は眠っていて知らなかったんだったね。彼らは、ソドムに住んでいた人間たちだよ。あそこがクーデターで戦場になって、こちら側へ逃げてきたのさ」
あまり浮かない顔で、シェイが答えた。軍と協力することも最後まで渋っていた彼は、逃げてきた人間たちにもいい感情を抱いていないのかもしれない。
「つまり、難民というわけですか……」
「……ああ。僕は、彼らについても、受け入れることをあまり快く思っていない。彼らだって、僕たちを捨てたんだから」
「……彼らは?」
「ああ、君は眠っていて知らなかったんだったね。彼らは、ソドムに住んでいた人間たちだよ。あそこがクーデターで戦場になって、こちら側へ逃げてきたのさ」
あまり浮かない顔で、シェイが答えた。軍と協力することも最後まで渋っていた彼は、逃げてきた人間たちにもいい感情を抱いていないのかもしれない。
「つまり、難民というわけですか……」
「……ああ。僕は、彼らについても、受け入れることをあまり快く思っていない。彼らだって、僕たちを捨てたんだから」
不安げに寄り添いあう人々から目を逸らし、シェイが吐き捨てるように言う。
「――――あなたは、まだ、弟さんのことを……」
「……当たり前だ!」
珍しく、シェイが声を荒らげて拳を握る。難民たちが驚いて彼を見、すぐに目を逸らした。
「僕の弟は……僕の目の前で廃棄処分にされたんだ。それを……忘れることなんて……」
その言葉に、悲しげな表情で彼に視線を送るリリアだったが、その目がふと、難民たちの輪から外れた場所にたたずむ少年の姿を捉えた。他にも子供たちの姿はあるが、彼だけが大人と一緒ではなく、たった一人で、そこで泣いている。
そっと少年に歩み寄ると、リリアは彼と視線の高さを合わせるように、しゃがみ込む。驚かせないように静かにその頭を撫でたつもりだったが、リリアに気づいていなかった少年は少し驚いたように顔を上げた。
「――――あなたは、まだ、弟さんのことを……」
「……当たり前だ!」
珍しく、シェイが声を荒らげて拳を握る。難民たちが驚いて彼を見、すぐに目を逸らした。
「僕の弟は……僕の目の前で廃棄処分にされたんだ。それを……忘れることなんて……」
その言葉に、悲しげな表情で彼に視線を送るリリアだったが、その目がふと、難民たちの輪から外れた場所にたたずむ少年の姿を捉えた。他にも子供たちの姿はあるが、彼だけが大人と一緒ではなく、たった一人で、そこで泣いている。
そっと少年に歩み寄ると、リリアは彼と視線の高さを合わせるように、しゃがみ込む。驚かせないように静かにその頭を撫でたつもりだったが、リリアに気づいていなかった少年は少し驚いたように顔を上げた。
「……大丈夫です。ゲートのこちら側は安全です。私が、あなたたちも守ります」
淡々と、しかしきっぱりと言い切るリリアに、少年は少し安堵の表情を浮かべ、しかし首を大きく横に振った。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。……僕、街から逃げ出す時にお父さんやお母さんとはぐれてしまって……二人とも無事かどうか、心配で……」
「……そうですか。では、あなたの名前を教えてください。もしも出会ったら、ここへ連れてきます」
リリアの申し出に驚いたように、少年は一瞬、呆けたような表情を見せたが、すぐに涙をふき、まっすぐに彼女を見た。
淡々と、しかしきっぱりと言い切るリリアに、少年は少し安堵の表情を浮かべ、しかし首を大きく横に振った。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。……僕、街から逃げ出す時にお父さんやお母さんとはぐれてしまって……二人とも無事かどうか、心配で……」
「……そうですか。では、あなたの名前を教えてください。もしも出会ったら、ここへ連れてきます」
リリアの申し出に驚いたように、少年は一瞬、呆けたような表情を見せたが、すぐに涙をふき、まっすぐに彼女を見た。
「……タクマ。タクマです」
「わかりました。では、タクマ。もう泣くのはやめて、ここで待っていてください。いいですね?」
タクマの肩に励ますように手を置き、力強くうなずいて見せるリリアに、タクマも泣くのをやめ、頷き返す。
「いい子です」
わずかに微笑むと、リリアは立ち上がり、再び巡回へと戻った。
「……リリア、気の毒だけれど……ゲートの向こうではぐれたのなら、あの子の両親はおそらく、もう……」
難民キャンプから少し離れたタイミングを見計らってか、シェイがささやくような小さな声で言う。その先を言わないのは、なにかの間違いで少年に聞こえてしまうのを恐れているようにも感じられた。
「わかりました。では、タクマ。もう泣くのはやめて、ここで待っていてください。いいですね?」
タクマの肩に励ますように手を置き、力強くうなずいて見せるリリアに、タクマも泣くのをやめ、頷き返す。
「いい子です」
わずかに微笑むと、リリアは立ち上がり、再び巡回へと戻った。
「……リリア、気の毒だけれど……ゲートの向こうではぐれたのなら、あの子の両親はおそらく、もう……」
難民キャンプから少し離れたタイミングを見計らってか、シェイがささやくような小さな声で言う。その先を言わないのは、なにかの間違いで少年に聞こえてしまうのを恐れているようにも感じられた。
「……シェイ」
「ん?」
それを遮るように自分の名を呼ぶリリアに、シェイは眉根を寄せる。普段物静かな彼女が、相手の言葉を遮るように物を言うのは、珍しいことだった。
「……悲劇が起きた時、その元凶を憎むことは、仕方のないことです。憎しみが、元凶や、それに属する者への怒りに変わるのも仕方のないこと。……ですが……」
先を行くリリアが、その言葉を切るのと同時に、その歩みを止めた。そしてゆっくりと振り返る彼女の顔には、これまでよりもひどく優しい笑顔があった。
「……いつか憎しみは、それ以上の優しさへと変わらねばならないのです。憎しみは際限がなく、それを向けられた相手を傷つけ続けます。しかし、それでは消えることは決してない。自分の負った悲しみを、せめて他者に味あわせることのないようにすることでしか、消え去りはしないのです」
「……リリア、君は……」
すがるような瞳でリリアを見返すシェイに再び背を向け、彼女はゆっくりと歩き出す。その背は、どこか以前の彼女と違って見えた。そう、まるで――――、未知なる領域へと、その一歩目を踏み出したかのような、確固たる力強さがあった。
「そう――――、そうすれば、私は、私が生きていると感じられる気がするから――――」
その背を向けたまま言う彼女に、シェイは一瞬、逡巡し――――そして、それを受け入れるかのように、かすかに微笑んだ。
「ん?」
それを遮るように自分の名を呼ぶリリアに、シェイは眉根を寄せる。普段物静かな彼女が、相手の言葉を遮るように物を言うのは、珍しいことだった。
「……悲劇が起きた時、その元凶を憎むことは、仕方のないことです。憎しみが、元凶や、それに属する者への怒りに変わるのも仕方のないこと。……ですが……」
先を行くリリアが、その言葉を切るのと同時に、その歩みを止めた。そしてゆっくりと振り返る彼女の顔には、これまでよりもひどく優しい笑顔があった。
「……いつか憎しみは、それ以上の優しさへと変わらねばならないのです。憎しみは際限がなく、それを向けられた相手を傷つけ続けます。しかし、それでは消えることは決してない。自分の負った悲しみを、せめて他者に味あわせることのないようにすることでしか、消え去りはしないのです」
「……リリア、君は……」
すがるような瞳でリリアを見返すシェイに再び背を向け、彼女はゆっくりと歩き出す。その背は、どこか以前の彼女と違って見えた。そう、まるで――――、未知なる領域へと、その一歩目を踏み出したかのような、確固たる力強さがあった。
「そう――――、そうすれば、私は、私が生きていると感じられる気がするから――――」
その背を向けたまま言う彼女に、シェイは一瞬、逡巡し――――そして、それを受け入れるかのように、かすかに微笑んだ。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
-自分で何かを選ぶことによって、意思は初めて生まれる-
その日は、しとしとと雨の降る日だった。
ひどくあいまいで、ひどく永い眠りのあと。二度と目覚めるはずのない世界に、彼女は再び呼び戻された。
年季の入った、小さな工場。自分は清潔なベッドに寝かされ、様々なケーブルをつながれて、ただ、呆と天井を見上げていた。
「――――やあ、眠り姫のお目覚めだ」
その自分をのぞき込む、一人の青年の姿。それは、今は記憶の彼方に消え去ってしまったかのように、影となり、見えない。
「――――なぜ、私を目覚めさせたのですか」
いまだ霞の中をさまよっているような、不透明な意識の中、彼女は問う。問うてから、我ながら愚かな質問だと、思い至った。
――――答えは、決まっているのだから。
「私は、兵器です。また、道具となって戦えと、人は言うのですか」
ふと、青年から目をそらし、彼女は愁いを帯びたまなざしを、どこへ向ければいいのかもわからず、迷い子のように巡らせた。
「――――戦う?」
意外そうに、青年は笑う。その純朴な笑みは、彼女の言った言葉を、どんな取り繕いのセリフよりも否定していた。
「なぜ、そう思うのかな?」
「言ったはずです。私は、大戦時に造られた兵器。兵器は、道具として、人のために戦うものです。ですから、私を目覚めさせたのは、また、ヴィクティムと戦わせるためであるという答えが順当です」
青年から目をそらしたまま言う彼女に、ゆっくりと、彼は首を横に振った。
「僕は、君が誰であるかを知っている。でも、その上で聞きたい。君は――――戦いたいのかい?」
「――――え?」
青年の意外な言葉に、彼女はその視線を彼に戻した。それから、困惑したように逡巡し、困ったように青年を見た。
「私を目覚めさせておきながら、私に選べと言うのですか?」
「そうだよ。君の自由にしていい。戦いたくないのであれば、それでいい。戦うことに意味を見ているのならば、それでもいい。君が、自分で選択するんだ」
青年のその言葉に、彼女はますますもって困ったような表情を強める。
「――――わかりません。私はいつも、マスターの指示に従ってミッションを遂行してきました。自分で好きに選べなどという指示は、メモリーにありません」
「なら、自分がどうしたいのか、ゆっくりと考えればいい。なあに、時間はたっぷりあるさ。君が納得いく答えが出るまで、時は待ってくれるさ」
変わらず微笑む青年に、彼女はじっと視線を送る。
不思議な人物だった。これまで仕えた、どのマスターとも違う。優しげな物腰に、優しい笑顔。それよりなにより、自分に対して、まるで人間に接するように話してくれる。
「……マスター……」
「え?」
不意に、青年の目が意外そうに見開かれた。
「……あなたを、私のマスターと認定して、よろしいでしょうか」
「……え? いや、参ったな。どうもそういう上下関係みたいなの、僕は苦手なんだけど……」
一転して、青年は困り顔で、照れたように頭を掻く。
「……あなたは、自分で選べと言いました。ですから、私は、あなたをマスターとすることを選びたいのです」
「……あちゃー、そう言われちゃ弱いな。……ま、いいか」
青年は照れたように笑んだまま、彼女の手を、静かにとった。優しく、包み込むように、その手はゆっくりと彼女の上体を起こさせる。
「わかったよ。今日から僕が、君のマスターだ。――――リリア」
かすかに、手のひらにその体温を感じる。小さいけれど、確かにそこにある、ぬくもり。あの人のそれよりも、今あるそれはとても小さく、少し頼りなげだけれど、とてもあたたかな、ぬくもり。
――――夢の中と同じ感覚を感じながら、リリア・アイアンメイデンは目を覚ました。
身体のあちこちが、うまく機能しない。普段よりもひどく重く感じるそれは、出力不足によるものと、意識はまどろみながらも、思考は正確に答えを導き出す。
ゆっくりと目を開き、彼女は状況を確認しようと視線を巡らせた。その目に、はじめに映ったのは――――。
「ミナ、さん……」
自分の手をしっかりと握ったまま、自分が横たわるベッドにもたれかかり、眠っている少女――――ミナの姿だった。
「よかった、目、覚めたのね」
不意に、そのすぐそばから安心したような声がリリアにかけられた。そちらに目をやると、そこで椅子に腰かけ、足を組んで微笑んでいたのは、セトミ・フリーダム。
「あんた、丸二日も眠ってたのよ。シェイの話じゃ、損傷はひどいけどシステムまでやられてはいないから、きちんと修理して、自己修復モードにしとけば大丈夫って話だったけど……オートマトンのケガの具合なんてわかんないからさ。心配しちゃった」
「……申し訳ありません。お世話をおかけしてしまったようです……」
思わずうつむくリリアに、セトミが苦笑して両手を振って見せる。
「ちょっとちょっと、謝んないでよ。あんたがいなかったら、この子がどうなってたかわかんないんだから。むしろ、お礼を言いたいくらいよ。ありがとう」
「……お礼を言われるようなことでは……。私は、私のシステムに従い、役割を遂行しただけですから……」
その心根のどこかに、ヘヴンリーの言葉が、小さな茨のとげのように、抜けずに突き刺さっているような気がしていた。
――――貴様も、私と同じ兵器だ――――
――――所詮、システムのプログラム通りに行動しているにすぎん――――
「……本当に、それだけかな?」
だが、それを打ち消すように、リリアの心にセトミの言葉が広がる。
「……え?」
疑問を感じ、顔を上げたところで目に入ったセトミの笑顔が、先ほどまで見ていた夢――――大戦後、ずっと機能を停止していた自分を、目覚めさせてくれたマスターに会った、その時の彼の笑顔と、不思議にだぶって見えた。
「――――その子、あんたが眠っている間、ほとんどずっと、あんたの手を握ってたのよ。何言っても、あんたから離れないの。役目だから助けてくれただけの相手に、そこまですると思う?」
「――――その子、あんたが眠っている間、ほとんどずっと、あんたの手を握ってたのよ。何言っても、あんたから離れないの。役目だから助けてくれただけの相手に、そこまですると思う?」
「……わかりません」
だがその問いに、リリアは静かに首を横に振る。奇妙な既視感が、彼女の胸を不安なような、懐かしいような、複雑な色に染めていく。
「なぜ、ミナさんは一人で彼女らと戦いに行くような無茶をしたのでしょう。命の危険さえあるというのに、自らの身を顧みず……。このような幼い子が、まだ知り合って間もない……それも、機械である、オートマトンの私たちのために」
自分の手をあたためようとするかのように、眠りながらも決してその手を放そうとしないミナの右手に、リリアはそっと、もう片方の手を添える。自分の、体温を持たないその手が、じわり、とあたたかくなっていくのを感じる。
その様子に、セトミはわずかに逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。
その様子に、セトミはわずかに逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。
「……その子が、ファースト・ワンなのは、知ってたっけ?」
「……はい」
「そっか。……その子はさ、少し前にあったエデンでの騒乱の時……あなたたちと同じ思いを味わったのよ。自分を、兵器として利用されそうになる、ってね。それだけじゃない。人を統治するための力とさえ、なるところだった」
その言葉に、リリアは目の前で眠る少女の顔を見る。今はあどけなく眠る少女が、そのようなことに巻き込まれていたとは、ひどく不快なものが喉の奥につかえているような嫌悪感を感じさせた。
「……だからね、きっと、あなたたちの気持ち、共感するところがあるんだと思う。だから、あなたたちのために、なにかしたかったのよ」
しかしリリアの言葉に、セトミはあっけらかんと、手を頭の後ろで組んで笑って見せた。
しかしリリアの言葉に、セトミはあっけらかんと、手を頭の後ろで組んで笑って見せた。
「てかさ、別にいいんじゃない? システムがどうのって言うんなら、それも含めてあんたなのよ。大体ね、システムに行動を支配されてるってんなら、人間だって心ってもんに行動を支配されてんだから。たいして変わりゃしないわよ」
その言葉に、リリアは呆とした瞳をセトミに向ける。あまりにあっさりと自分の疑念を断ち切ったその言葉に、肩透かしを食らったような気分だった。
「……セトミさん、あなたは……不思議な人ですね。なんだか……少しだけ、マスターと似ています」
先ほどの夢を反芻するかのように思い起こしながら、リリアは言う。
「……セトミさん、あなたは……私たちは、生きているとお思いですか。人は、魂というものを持っていて、身体は機能を停止しても、魂は、それにふさわしい場所へ還るのだと聞きました。私たち、オートマトンにも……魂はあると思いますか。私たちも、生きているのだと、お思いですか」
それは、はるか昔のことのように思えた。リリアは、マスターにも、この質問をしたことがあった。
それは、はるか昔のことのように思えた。リリアは、マスターにも、この質問をしたことがあった。
彼は、少し笑ってこう言っただけだった。
『身体が生きているだけが生きているということじゃない。でも、それについて考えることは、生きているということにとても近い意味を持っていると思う』と。
それから誰にもしなかったこの質問を、今、再び、セトミ=フリーダムに問うた。
彼女は、意表を突かれたように、きょとんとした表情を見せていたが、すぐにふたたび、笑みを浮かべた。
「さあね。私は、オートマトンじゃないから、あなたたちが生きているのかどうかは、わからないわ」
「……そう、ですか」
その言葉に、リリアは思わず顔を伏せる。
「いや、オートマトンに限ったことじゃない。人間だろうが、ヴィクティムだろうが、そいつが生きているかどうかなんて、私にはわからない」
「……え?」
だが、その言葉に、リリアは顔を上げる。
「生きているかどうかなんて、結果でしかわからないのよ。多分ね。死ぬ直前くらいになって、自分が生きたのか、それとも生きながら死んでいたのか、やっとわかるんじゃない?」
帽子を浅くかぶりなおしながら、セトミは相変わらず微笑んでいる。
「本当に生きたんなら、満足して逝けるだろうし、そうでないなら、未練が残るんでしょうよ。だから、そんなのは、当人にしかわからないし、当人にも、その時になってみないとわからない。――――ま、私はそんな感じに考えてる」
「……………」
セトミのそのセリフは、リリアの想定から大きく外れていた。だがそれだけに、その心に、はるか空から落ちた一粒の雫のように、大きな波紋を描いた。
「だから、あんたが今、自分たちが生きているのか迷っているなら……自分で決めちゃえばいいんじゃない?」
「……自分で、生きているのか、決める……?」
深く思考の底へ視線を向けるようにうつむいていたリリアは、その疑問を表情に浮かべたまま、顔を上げる。
「そそ。『こうすることが、多分、自分が生きるってことだ』って。こう生きれば、きっと最期は笑って逝ける、ってさ」
「……セトミさん、あなたは……」
リリアが、その瞳のどこかに先ほどまでよりも強い光を込め、口を開いたその時、ちょうど、その言葉を遮るような形で、部屋のドアが開いた。
「おっ、目が覚めたかい。おいセトミ、彼女が目ぇ覚ましたら知らせろって、言っといただろ?」
そこに立っていたのは、ショウ、そしてシェイだった。
「ごめんごめん、ちょっとばかり、お話をね」
「……ったく。ま、とにかく、無事に目覚めてくれてよかったぜ。ミナを守って死んだりされちゃあ、こっちも面目が立たねえからな」
ぼりぼりと頭をかきながら笑うショウに、リリアもかすかながら、微笑み返す。
「さて、それはいいとして、セトミ、ちょっとばかり、お客さんが来てる。ここは他の者に任せて、お前も指令室に来てくれ。大事な話がある」
ショウの言葉に、セトミがいぶかしげな表情を作って見せた。
「……お客さん?」
「ああ。どうにも、きな臭い感じではあるんだがな」
そう言って、ショウは考えるようにあごに手を当てて見せた。
数分後、シェイの工場、作戦司令室にて。
そこには、セトミの予想だにしない人物が待機していた。
「……あんたは……」
青い軍服に精悍な顔つき、腰に差したカタナ――――中央管理局で、一度交戦した、あのシルバという青年だった。
「……また会ったな」
腕組みしながらセトミを見る目つきは鋭いが、その佇まいはどこか落ち着かなげだ。ただ、それは敵意から来るようなものではなく、ただ単に居心地の悪さを感じている感じのように思える。
「あんたも、あの基地からうまく脱出できたってわけね。ま、なんとなくそんな気はしてたわ」
「……その際は、クーデター軍などと言ってしまって……すまなかったな」
視線を逸らしながら言う彼の目は、嘘を言っているようには見えない。どうも、それが居心地悪そうな原因のようだ。
視線を逸らしながら言う彼の目は、嘘を言っているようには見えない。どうも、それが居心地悪そうな原因のようだ。
そして、彼とともにセトミを待ち受けていた人物が、もう一人、そこにはいた。
「こら、シルバ。失礼しました。突然押しかけた無礼をどうか、大目に見ていただきたい」
同じく軍服姿の女性だった。だがこちらは灰色の軍服に、執政官であることを示す、評議会議員バッジをその胸元に着けていた。
「私は軍評議会議員、タリア=シラミネと申します。階級は准将。……まあもっとも、今はこのような階級は意味を成さないのかもしれませんが」
「タリア……シラミネ!? ってことは、おじさまの……?」
セトミのその言葉に、タリアと名乗った女性がいぶかしげな顔を作る。
セトミのその言葉に、タリアと名乗った女性がいぶかしげな顔を作る。
「……おじさま?」
「あっ、いやー……こっちの話、こっちの」
愛想笑いで両手を振ってごまかすセトミに、ますます怪訝な表情をするタリアだったが、気を取り直すように一つ咳払いをすると、全員の方に向き直る。
「……まあいいでしょう。こちらも火急の要件ではありますし……。あなた方がシュナイゼルの兵たちを撃退した後、ソドムでは大きな戦局の変化がありました。それは……」
腕を組みながら話すタリアの表情が、苦々しく変わる。
「システム・ウロボロスの稼働です……」
「おいおい、ちょっと待った。確かそいつは、オートマトンを完全に指揮下に置くシステムだろう? だったらなぜ、スクラップドギアのオートマトンはまだ自分の意思で動けてるんだ?」
さすがに少々慌てた様子で、ショウがタリアの話を遮る。
さすがに少々慌てた様子で、ショウがタリアの話を遮る。
「これは推測でしかないのですが……あなた方が疑似人格OSを取り戻したことで、システムは完全には作用しなくなったではないかと。すなわち、同じく疑似人格システムを持つ機体には効果を発揮できない、というのが今のところの我らの見解です」
「だが、疑似人格システムを持たないオートマトンは、ソドムには五万といる。それらがすべて、現在はシュナイゼルの手駒として利用されている状態だ」
タリアの話を引き継ぐかのように、シルバが口を開いた。
「クーデターの勃発当初、シュナイゼルについた兵は、やつの直接の部下を除けば、それほど多くはなかった。だがそれにより、両者の力の均衡は膠着した。いまだ、数においては我々に利がある。だが、頑健な装甲を持つオートマトンには、我々の武器では歯が立たん。とはいえ、向こうもすべてが戦闘用のオートマトンではない。つまり、どちらも決定力に欠け、街の中央を境に、にらみ合いが続いている」
シルバのその言葉に、セトミは内心、合点がいく。彼の言う状況が正確であれば、彼らがここに来た理由も見えてくるというものだ。
シルバのその言葉に、セトミは内心、合点がいく。彼の言う状況が正確であれば、彼らがここに来た理由も見えてくるというものだ。
「つまり……私たちに、その不足してる『決定力』になってほしい……そういうことでしょ」
どこか皮肉気なセトミの言と表情に、タリアが苦虫をかみつぶすような表情でうつむく。
「……その通りです。あまりにも都合のいいことを言っているのは百も承知……しかし、私たちにも、守らねばならない民がいる。そのためならば、私は……どんなに責められても構わない」
「待ってくれ! 今まで散々、僕たちを迫害してきて、今更協力しろって言うのか!? クーデター軍と戦えって? それじゃ、結局僕たちを兵器扱いしてることは変わりないじゃないか!」
珍しく激高した様子のシェイが、テーブルに拳を叩きつけながら叫ぶ。その手はかすかに、憤慨に震えていた。
「……そう言われるのは、当然です。しかし……こちらにも準備があります。もしもあなた方に協力していただけるのであれば、クーデターの鎮静後、スクラップド・ギアとは停戦協定、ならびにソドムからの独立を認めるという、準備が」
「……そう言われるのは、当然です。しかし……こちらにも準備があります。もしもあなた方に協力していただけるのであれば、クーデターの鎮静後、スクラップド・ギアとは停戦協定、ならびにソドムからの独立を認めるという、準備が」
それはつまり、人間がオートマトンを道具として見るのではなく、対等な存在として扱うということを、言外に示していた。
「しかし……あなたたちが僕たちにしてきたことを考えたら……! またそうした過ちを繰り返さないという保証はどこにもないだろう!」
だがそれでも納得のいかない様子のシェイに、今度はシルバが口を開く。
「言い訳にしかならないと思うが……現在まで、オートマトンの迫害を推進してきたのは、ゴルダ長官、そして彼を支持するタカ派の議員たちだ。皮肉なことに、彼らは全員、シュナイゼルがクーデターを起こした際に死亡している」
「しかし、だからと言って――――!」
「しかし、だからと言って――――!」
再びテーブルを叩くように右手を振り上げたシェイの動きが、次の瞬間、そこに現れた彼女の凛とした声に、阻まれた。
「シェイ……私は、彼らに協力することに賛成です」
それは、まだかすかに身体を引きずるような動きでありながらも、それを感じさせない表情で立つ、リリアの姿だった。
「リリア……! 君はまだ休んでいなくちゃだめだ。処置は成功したとは言っても、破壊される寸前だったんだぞ、君は!」
「いえ……そういうわけには参りません」
駆け寄るシェイに、ちらりと一瞥を送ると、リリアはタリアの前へと歩み寄る。そして、その瞳をまっすぐに見据えた。
「あなたは……民を守るため、とおっしゃいましたね?」
「あなたは……民を守るため、とおっしゃいましたね?」
「ああ。民はもう、戦争を望んではいない。この国は、十分大きく、豊かとなった。これ以上の領土や植民地は必要ない。必要なのは……平穏なのだ」
そう言って愁いを帯びた瞳で、しっかりとリリアに視線を返すその瞳は、父であるシラミネによく似ていた。
「……わかりました。私の一存では決めることはできませんが、皆を説得してみます。シェイ、自警団のメンバーを、招集してください」
「リリア、しかし……」
それでもなお不服そうなシェイに、リリアはかすかに、そしてどこか悲しげに微笑んだ。
「シェイ、忘れたのですか? マスターの願いは、人間への復讐ではありません。私たちオートマトンと、人との共存――――そして、平和です。彼らがそのために戦うのであれば、目的は私たちと同じです」
『マスター』という言葉に、シェイの口からこぼれかけていた二の句が、たたらを踏んだ。リリアに言葉をかけようと差し出されていた右手が宙を迷い、やがて下ろされる。
「……わかった。確かに、マスターは復讐など望まないだろう。みんなを呼んでくる。彼らも、これまで身を挺して街を守ってくれた君の言うことなら、反対することもないだろう」
微笑みを返すように、シェイは少し困ったような笑みを浮かべながら、部屋を出ていく。
その後姿を見送り、タリアが深々と頭を下げた。
「リリア・アイアンメイデン殿……。すまない。ご協力、感謝する。この戦いが終息したのちには、この恩……私の進退をかけても、あなた方との共存を達成することで返します」
「……はい。よろしくおねがいいたします」
それに対し、リリアも同様に、礼を返した。
同時刻――――ソドム中央管理局、訓練施設。
同時刻――――ソドム中央管理局、訓練施設。
「……くそォッ!」
近接戦闘の訓練場であるその場所で、その女性――――リリア・ヘヴンリー軍曹はデスサイズを振るっていた。リリアのガンマレイによって受けたダメージと、右手の破損は修理されてはいるものの、その一閃は確かに、以前よりも鈍くなっている。
「アイアンメイデンッ……! 貴様だけはァ……ッ!」
ぎりっ、と、己の奥歯をかみ砕かんばかりの力でヘヴンリーは歯噛みする。戦場において戦果を上げられなかったばかりか、右手までも失うという結果は、彼女にとって耐えがたい屈辱であった。
リリアが守護を象徴する機体であれば、ヘヴンリーは侵略を象徴する機体だ。それはすなわち、己の存在意義でもある。破壊、打倒、そして相手の領地を奪取すること――――それこそが、彼女がこの世に存在する意味と、彼女は自負していた。
ゆえに、その己の存在意義と真っ向から対立する相手――――それこそ、グループやどの国属するなど関係なく、存在意義のレベルで対立するリリア・アイアンメイデンという存在を知ったその時から、その心にはざわざわとした敵意が渦巻いていた。
「くそッ……くそッ……くそッ!」
ヘヴンリーはデスサイズを振り上げ、訓練用の的をその一閃で切り裂く。真っ二つになったその的を、目障りと言わんばかりの形相で蹴り飛ばした。
「……荒れているな、ヘヴンリー」
不意に、うっそりとした声が、その背にかけられる。
「……シュナイゼル、あなたか……」
鋭く半眼で目の前に現れた上官を一瞥すると、ヘヴンリーはすぐに彼に背を向けた。
「フン……貴殿にはわかるまい。我らにとっては、開発された目的は、すなわち存在意義だ。元よりそれと対極に位置する者に阻まれ、自らの目的を成せなかったとなれば、荒れもしようというものよ」
怒りを押さえ込むように、シュナイゼルに背を向けたまま、ヘヴンリーは歯噛みする。その拳は、しかし押さえきれぬ激情を示すかのように震えていた。
「いや……わかるさ」
だがその背にかけられたのは、彼女が予想だにしていない言葉だった。
「なに……?」
再び、ヘヴンリーは半眼でその男を見返す。その顔は片目と髪以外は包帯に覆われ、表情も、言葉に込められた意思も、うかがい知ることはできない。
「人も己の存在意義を見出すために生きていることは変わりはせぬ。ただ、お前たちのように両極端ではないがな」
「……フン」
その意図の汲み取れぬ言葉に、かすかにヘヴンリーは違和感を覚える。なにか、普段のこの男とは、どこかが違うように思える。だがその違和感の正体を、彼女には見つけることはできなかった。
「……チッ。問答をしたところで、結果は覆らない。失礼する」
どこか胸につかえるようなものを感じ、ヘヴンリーは訓練所を去る。
同時に、それを待っていたかのように、シュナイゼルの懐に隠されていた通信機が、コール音を響かせた。
シュナイゼルは、その通信相手を見、わずかに、瞳をゆがませるように細めた。
「……私です」
応答する彼の声は、これまでかかわった人間に対するような、不遜な声色はない。あるいはそれが、先ほどまでここにいたヘヴンリーが感じたものだったのかもしれなかった。
「……はい。すべては順調に進んでおります。恐らく私の目的は、あとわずかで達成されるでしょう」
そう、それは例えるなら――――己の父にでも報告するかのような。
「――――はい。それは覚悟の上です。そのための準備も、すでに済んでおります。――――はい。では……」
静かに言うと、シュナイゼルは通信を終了する。
同時にその目は、再び感情の読み取れないものへと戻っていた。
「……ぐ」
不意に、その瞳が苦痛にゆがむ。顔を覆うようにして彼が押さえた額の包帯は、じわりと脂汗がにじんでいる。
「くそ……また、発作か……!」
吐く息も荒く、身体を引きずるようにして歩くシュナイゼルの表情は、それでも顔を覆い尽くすような包帯に阻まれ、その言葉の真意を読み取ることはできない。
「……決して、お前の思い通りにはさせんぞ……!」
ただ、唯一。
それのみが彼の心情を表すことが許された、最後の手段であるかのように、包帯の下より、奥歯を噛みしめる、ぎりりという音が声を上げた。
同時刻、自警団司令室。
「……さて、とりあえず同盟関係が結ばれたところで、情報交換といこうかい。いろいろと、そちらさんにゃ聞きたいこともあるしな」
司令室には、セトミらのほかにリリア、シェイ、そしてソドム軍の二人がいる。
今ちょうど、自警団と軍の間で同盟を結ぶことに双方が同意したところだった。
「ああ、我々に答えられることなら、なんでも話そう。ソドムの内情を、少なくとも君たちよりは把握しているつもりだ」
神妙なタリアの表情に、曇りはない。どうやら、この同盟関係については信頼してもよさそうだ。
セトミは、心の中で頷く。
「んじゃ、まず一つ。俺はどうも、このクーデターが勃発した理由が不可解でな。それについて聞きたい」
タリアの前に身を乗り出すようにして聞くショウが、その瞳をのぞき込む。
「……というと?」
「首謀者……シュナイゼルとやらの、目的さ」
唸るような表情で言うショウに、傍らのシェイが不思議そうな表情を作った。
「軍とスクラップド・ギアの全権の掌握なんじゃないのかい?」
「そういう触れ込みだったな、確か。だがよ、それが目的なら、こんなド派手な事態を引き起こす必要があったのか? もっと簡単に、それを達成できる方法があったはずだ」
鋭い目で考えるように口元に手をやるショウに、シルバがいぶかしげに表情を染める。
「どういうことだ?」
「いいか、クーデターが起こる前、すでに奴は政権では事実上のナンバー2、さらに己の統括する研究部では、トップに立っていた。そして、システム・ウロボロスも手中にある。足りなかったのは、それを使いこなせる、高性能OSだけだったはずだ」
テーブルに手をついた姿勢で己の言を紡ぐショウに、セトミも閃く。
「あ――――、てことは、エマを奴が手に入れた時点で、チェックメイト。わざわざクーデターなんか起こさなくとも、それだけの力があれば、議会も手に入れるのは簡単ね」
「そういうことだ。むしろ、国を分断させては、今後、ここや他国と戦うのに無駄に戦力を削ることになる。政権ナンバー2にまで上り詰めた男がやることにしちゃあ、ちょっとばかりお粗末なんじゃないか?」
腕組みをしながらタリアを見るショウに、彼女も思考の渦に飲まれるかのように、口元に手をやる。
「確かに――――あの男ならば、そこまで計算していない方がおかしい。そもそもスクラップド・ギアをウロボロスで掌握するという案は、シュナイゼルが発案したものであるはず。それを忘れたように兵を向けたのは、確かに違和感がある」
「その上、結果としてウロボロスは中途半端に稼働開始。スクラップドのオートマトンや、人格プログラムのあるオートマトンは掌握できず、戦局は泥沼……か。確かに、これがあの男の隠していた手品のタネであるなら、らしくないほどにお粗末だな」
わずかな間ではあるが、副官として就いていたシルバも、ショウの言葉に納得する。
「そういうわけだ。このクーデターの裏には、他にも目的があるんじゃないか? なにか心当たりはないか?」
「心当たり……というわけではないが」
言いながら、タリアが懐から一枚のデータディスクを取り出す。
「実は私も、奴の狙いがつかめず、部下に奴のことを探らせていた。このディスクに、奴のパーソナルデータがまとめてある。なにかの役には立つかもしれん」
言いながら、タリアはディスクをショウに渡す。ショウは早速、自分の端末を取り出し、ディスクを挿入する。
「なになに……ソドム中央軍事研究学校、システム学部を次席で卒業。それと同時に軍の研究部副部長に就任。数年後には研究部のトップとなるが、前線での研究活動中に、敵の攻撃により、一時期行方不明。奇跡的に軍へ復帰し、現在は研究部へ復職している……」
「……行方不明?」
その言葉が妙に喉につかええたセトミが、思わず言葉に出すと、それを補足するようにタリアが答える。
「ああ、確かに数年ほど前、前線に近い研究施設にいた奴が行方不明になったことがある。敵の奇襲に施設がやられたとのことで、あの顔の包帯は、それ以来ずっと巻いている。焼夷弾にやられたということだが……」
「顔をか? どうやって本人だと確かめた?」
一抹の疑問が浮かんだらしいショウが、渋い表情で言う。
「……火傷のせいで、指紋や声紋はあてにならなかった。ただ、本人のドッグタグを持っていたことと、軍事学校や研究部での記憶を持っていたことから、本人だとされた。その後の仕事具合を見ても、トップに立つ人間でなければできないようなことだったし、疑いようはなかった」
「……そうか」
「我々に残された奴のデータは、それくらいだ。付け加えるなら、人を人とも思わぬ、目的のためならなんでもする、プライドの高い男、といったくらいか」
皮肉めいた口調で、タリアが両手を広げて見せた。
「いずれにせよ、我々がやるこべきとは、奴を止めることしかない。……奴の目的がなんであれ、な」
「……ま、確かにそうなんだがな」
シルバの鋭い視線に、ショウはぼりぼりと頭を掻く。
「では、今後の具体的な行動について話そうか。貴君らには、少数精鋭の一個小隊として、作戦の中核を担ってもらいたい。主な目的は、私の父――――シドウ・シラミネの救出と、システム・ウロボロスの停止、もしくは破壊だ」
タリアが街の地図を広げ、ある一点――――中央管理局を示しながら、言う。
「街に展開するオートマトン兵は、こちらの戦力で押さえ込む。その間に貴君らには基地内に潜入、ミッションを遂行してもらいたい」
「オーケーオーケー、わかりやすくていいわ。救出に破壊ね。要はエデンの時と同じようなことってわけだ」
無意識のうちにカタナのグリップを確かめながら、セトミが野性的に笑った。
双方の話し合いが終了した後、セトミはショウとともに武器のチェックを行っていた。前回、変装して侵入した際には、隠し持つには大きすぎたため、持ち込めなかったAOWも丹念に整備する。
「……なあ、セトミ」
不意に、ショウがささやくように声を出した。
「ん?」
セトミは銃の整備から目も手も離さないまま、簡潔に答える。彼がこういう話し方をするときは、大抵、文字通り大きな声では言えない話をする時だ。
「俺たちの目標は、シラミネのとっつぁんの救出と、システム・ウロボロスの無力化……ってことだったよな」
「うん」
彼の言いたいことが、いまいちつかめないままながらも、セトミは作業の手を休めないままうなずく。
彼の言いたいことが、いまいちつかめないままながらも、セトミは作業の手を休めないままうなずく。
「……一つ、気になることがあるんだ」
ショウの声が、一段とそのトーンを落とした。いよいよもって、セトミは指先を動かしながら、その耳に神経を集中させる。
「ヘヴンリーとやらが攻めてきたとき、俺は特殊弾薬を用意してったよな。対オートマトン用に改造された、特殊弾薬を」
「……それが?」
どことなく彼が言いたいことが見えてくるが、セトミはあえてその先を彼に問う。それは、その先に出てくるであろう言葉が、恐らく楽しいものではないだろうということも、ともに見え隠れし始めたせいであった。
「……奴がオートマトンだということが、なぜわかったと思う?」
「もしかして……おじさまから、連絡が?」
思わず作業の手を止め、ショウを見るセトミに対し、彼はその手を休めることなく、銃の整備を続ける。
「いくら何でも、都合が良すぎやしないか。逆スパイをやってる頃ならまだしも、今は囚われの身なんだぜ。敵の秘密を知ってることもそうだが、それを連絡してよこせるなんて、ずいぶん自由な捕虜じゃないか?」
「……でも、そうだとしても、情報は正しかったわけだし、現にそれで私たちは助かってるわけでしょ。百歩譲っておじさまが敵だとしても、そんなことして得があるようには思えないけど?」
一度ともに作戦を遂行したから、というわけではないが、セトミには、シラミネが敵とはどうにも思えなかった。思わずそれが、彼女の語尾を無意識のうちに強めている。
「確かにな。それが不可解なところなんだ、今回の件の、な。シュナイゼルのこともそうだ。もっとうまくウロボロスを使ってりゃ、スクラップド・ギアをまるまる自分の手駒にできたはずだ」
「……どうも、私たちの知らないなにかが、裏にありそうね。この件は」
セトミのその言葉に、ショウは整備していたリボルヴァーのシリンダーを勢いよく回し、ガチャリと音をたてて構えた。どうやら、彼の方の整備は終わったらしい。
「そういうことだ。どうにも一筋縄じゃ行かせてもらえそうにねえからな。お前さんに一応、言っとこうと思ってな」
「ありゃりゃ、そりゃどうも。でも今まで、一筋縄でいったことの方が少ないと思うけどねぇ。人生、波瀾万丈って感じ?」
こちらもAOWとアンセムの整備を終えたセトミが、そのスコープをのぞき込んで感触を確かめる。
「まったくだ。まあ、棺桶の中に放り込まれるまでは、楽しんでやろうや」
「オッケー、りょーかい」
正にブラックドッグと言える野性的な笑みを浮かべる彼の横顔に、セトミもチェシャ猫のような笑みで笑い返すのだった。
スクラップドギア、夜。
修復モードから回復したばかりだというのに、リリアはすでに、夜の見回りを開始していた。とはいっても、もしもの時に備え、シェイがその傍らに寄り添ってはいたが。
「……やれやれ、君の生真面目さにも困ったもんだ。本来なら、まだ修復に専念した方がいいのに、もう見回りに戻りたいなんてね」
そうは言うものの、苦笑めいた表情を浮かべるその様子からは、リリアの容体はかなり回復していることを理解している様子が見て取れる。
「私たちの中に、戦闘用オートマトンは私一人です。相手に同じ戦闘用プログラムを有する者がいると分かった今、この役割は私でなければ負えません」
さも当たり前、という意を言外に示し、リリアは夜の町を歩いていく。
機械が作ったというには、ソドムよりよっぽど温かみのある、素朴な街並み。だがそこに、今はいささか剣呑な空気を帯びたものたちがいた。
元はそれなりに上等だったらしい服装の人間たち。だがその服は、あちこちが破れたり、焼けこげたりし、今はただのぼろとなっている。その表情は誰もが不安を浮かべ、おびえるように寄り合っていた。
「……彼らは?」
「ああ、君は眠っていて知らなかったんだったね。彼らは、ソドムに住んでいた人間たちだよ。あそこがクーデターで戦場になって、こちら側へ逃げてきたのさ」
あまり浮かない顔で、シェイが答えた。軍と協力することも最後まで渋っていた彼は、逃げてきた人間たちにもいい感情を抱いていないのかもしれない。
「つまり、難民というわけですか……」
「……ああ。僕は、彼らについても、受け入れることをあまり快く思っていない。彼らだって、僕たちを捨てたんだから」
不安げに寄り添いあう人々から目を逸らし、シェイが吐き捨てるように言う。
「――――あなたは、まだ、弟さんのことを……」
「……当たり前だ!」
珍しく、シェイが声を荒らげて拳を握る。難民たちが驚いて彼を見、すぐに目を逸らした。
「僕の弟は……僕の目の前で廃棄処分にされたんだ。それを……忘れることなんて……」
その言葉に、悲しげな表情で彼に視線を送るリリアだったが、その目がふと、難民たちの輪から外れた場所にたたずむ少年の姿を捉えた。他にも子供たちの姿はあるが、彼だけが大人と一緒ではなく、たった一人で、そこで泣いている。
そっと少年に歩み寄ると、リリアは彼と視線の高さを合わせるように、しゃがみ込む。驚かせないように静かにその頭を撫でたつもりだったが、リリアに気づいていなかった少年は少し驚いたように顔を上げた。
「……大丈夫です。ゲートのこちら側は安全です。私が、あなたたちも守ります」
淡々と、しかしきっぱりと言い切るリリアに、少年は少し安堵の表情を浮かべ、しかし首を大きく横に振った。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。……僕、街から逃げ出す時にお父さんやお母さんとはぐれてしまって……二人とも無事かどうか、心配で……」
「……そうですか。では、あなたの名前を教えてください。もしも出会ったら、ここへ連れてきます」
リリアの申し出に驚いたように、少年は一瞬、呆けたような表情を見せたが、すぐに涙をふき、まっすぐに彼女を見た。
「……タクマ。タクマです」
「わかりました。では、タクマ。もう泣くのはやめて、ここで待っていてください。いいですね?」
タクマの肩に励ますように手を置き、力強くうなずいて見せるリリアに、タクマも泣くのをやめ、頷き返す。
「いい子です」
わずかに微笑むと、リリアは立ち上がり、再び巡回へと戻った。
「……リリア、気の毒だけれど……ゲートの向こうではぐれたのなら、あの子の両親はおそらく、もう……」
難民キャンプから少し離れたタイミングを見計らってか、シェイがささやくような小さな声で言う。その先を言わないのは、なにかの間違いで少年に聞こえてしまうのを恐れているようにも感じられた。
「……シェイ」
「ん?」
それを遮るように自分の名を呼ぶリリアに、シェイは眉根を寄せる。普段物静かな彼女が、相手の言葉を遮るように物を言うのは、珍しいことだった。
「……悲劇が起きた時、その元凶を憎むことは、仕方のないことです。憎しみが、元凶や、それに属する者への怒りに変わるのも仕方のないこと。……ですが……」
先を行くリリアが、その言葉を切るのと同時に、その歩みを止めた。そしてゆっくりと振り返る彼女の顔には、これまでよりもひどく優しい笑顔があった。
「……いつか憎しみは、それ以上の優しさへと変わらねばならないのです。憎しみは際限がなく、それを向けられた相手を傷つけ続けます。しかし、それでは消えることは決してない。自分の負った悲しみを、せめて他者に味あわせることのないようにすることでしか、消え去りはしないのです」
「……リリア、君は……」
すがるような瞳でリリアを見返すシェイに再び背を向け、彼女はゆっくりと歩き出す。その背は、どこか以前の彼女と違って見えた。そう、まるで――――、未知なる領域へと、その一歩目を踏み出したかのような、確固たる力強さがあった。
「そう――――、そうすれば、私は、私が生きていると感じられる気がするから――――」
その背を向けたまま言う彼女に、シェイは一瞬、逡巡し――――そして、それを受け入れるかのように、かすかに微笑んだ。