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The same face and diffrent heart

ー/ー



-自分の対極にあるものは、得てして自分と似た顔をしていることもある-



「くっそ、あの駄犬。誰がボケ猫よ、誰が」

 通信機を切ると、セトミは苦い苦しい表情で舌打ちをする。

 セトミとリリアは現在、ソドムから脱出するため、バイクを飛ばしていた。街中はすでに混乱を極め、あちこちで銃声や怒声、そして悲鳴が上がっている。

「ったく、どこも同じだってこないだ言ったけど、こんなとこまで同じにならなくたっていいじゃない。みんなお祭りがお好きですこと」

 エデンでの騒乱を思い起こし、セトミは皮肉を言いつつも歯噛みする。どうしてこうも、どこもかしこも火種でいっぱいなのか、神様とやらがいるのなら聞いてみたいところだ。

「ところでリリア、この道でほんとにいいの? 来た時とはだいぶ違う道を通ってるけど?」

 バイクのモーター音に負けないよう大声で、セトミは大型バイクの後ろに座るリリアに問う。

「はい、時間がありませんので、最短ルートを行きます。それに、この状況では恐らくゲートの守りは堅いかと」

 そのシステムで逃走ルートを検索したらしいリリアが、冷静に言う。だが、その言葉尻に違和感を覚え、セトミはいぶかしげな色を瞳に宿す。

「ゲートの守りは……って、ゲートを通らずに向こうへ行くってわけ? そんな方法あるの?」

「はい、それは――――」

 言いかけるリリアが、しかしその言葉を切った。その瞳がカメラのレンズのごとく、かすかな機械音をたてながら、せわしなく収縮する。

「――――どうやら、ご説明している時間はないようです」

「……ああ、そうみたいね。ファック! このクソ忙しいときに!」

 リリアの言葉にバックミラーを見たセトミが、毒づきながらバイクの速度を上げた。その鏡面に映ったそれは、あの特徴のありすぎる防護服と防毒マスクの連中が、数台のバイクでこちらに迫る姿だった。その手にはそれぞれ、銃身に刃のついた銃剣型のガンマレイが握られている。

「セトミさん、ハンドル操作を違わぬようお願いいたします。……撃ちます」

「はいな、オッケー! 花火の打ち上げ準備完了次第、よろしく!」

 握るハンドルに力を込めながら、左手を構えるリリアにセトミが叫ぶ。

「目標充填率、13%。ガンマレイ・ガルネリオン、アサルトモードに指定。……ファイア」

 システムの展開を朗々と読み上げ、リリアが後方の集団に向けて左腕手のひらからガンマレイを発射する。それは依然見たような極大のレーザーではなく、アサルトライフルのような光子の掃射だった。

「……………!」

 だが、次の瞬間、その瞳が驚いたようににわかに鋭さを増した。リリアの放ったレーザーは敵に命中することなく、大きくそれていく。

「ちょっと、外しまくってんじゃないのよ!」

「……私のミスではありません。敵のバイクは、ガンマレイ歪曲システムを搭載しています」

 激しい風圧に帽子を押さえながら、セトミが怒鳴る。それに対するリリアの様は、口調こそ普段通り冷静であるものの、その眉間はわずかに力がこもっている。

「はあ? なによそれ!」

「文字通りの意味です。飛来するガンマレイのエネルギーを逸らすロストテクノロジー……滅多に手に入るものではないはずですが、彼らはそれを手にしたようです」

「ちょっとそれって、こっちの射撃は当たらないけど向こうからは……」

 セトミが言いかけたその刹那、まさに彼女が言わんとしていたことが起こった。後方からの激しい銃撃だ。

 反射的にセトミは頭を下げ、ハンドルを左右に振って敵の狙いを逸らす。

「……ってことじゃないの!」

 なんとか銃撃をかいくぐりながらも、セトミがうめく。今のは運よく当たりはしなかったが、いつまでもこれでしのげるとはとても思えない。

「落ち着いてください。見たところ、あちらのバイクとこちらのバイクは同型のようです。どこかに、ガンマレイ歪曲システムの稼働スイッチがあるはず。それを探してください」

「スイッチったって……ああ、もう!」

 運転しつつ、断続的に続く射撃をかわしつつ、さらにスイッチを探せとは、なかなか無茶な要求だ。しかし、できなければハチの巣になるのを待つだけだ。

「くそったれ、こうなったら目に入ったスイッチ、片っ端から押してやる!」

 半ばやけくそになりながら手元に視線をめぐらすセトミの目が、ハンドル側にある赤いスイッチを見つける。とほぼ同時に、彼女の指がそれを押した。

「あ、それは……」

 そのスイッチがオンになったのを見、リリアが意味ありげにセトミを見る。

「え、なに?」

「……ハンドルに、しっかりおつかまり下さい」

「はあ?」

 状況が飲めないセトミを尻目に、リリアは車体にがっちりつかまる。その様はまるで衝撃に備えているかのようだ。

 リリアが姿勢を低くしたことで、後方の視界が広がったセトミの目に映ったのは――――もうもうと不気味に煙を上げるマフラーだった。

「……それは、エンジンブースターです」

「……知ってるんなら」

 そこまでセトミが言った瞬間――――まるで巨大な怪獣にでも叩き飛ばされたかのように、バイクが白煙を上げながら猛加速した。

「先に言ってよね――――ッ!!」

 住宅街に入っていたのが災いし、区画整備の進んだ街とはいえ、直線とカーブが入り乱れた地形になっている。その中をまるでジェット機のようにバイクは猛進していく。

 思わず反射的にセトミは戦闘以外で使ったことのない、ハーフとしての能力を覚醒させていた。

 わずかながら、周囲の景色が遅く映る。ぎりぎりのところで住宅をかわしてカーブを曲がり切り、他の車が行き交う十字路を、対向車と前を行く車の間すれすれを通り抜ける。やがて前方に見えた工事中を示す柵を弾き飛ばして侵入、しかしその先に見えたアーチ形の橋は……崩壊していた。

 だがセトミの一瞬先を見通すその目に映ったのは、それほど長くはない、対岸への距離。

「おら―――――――ッ!」

 怒号とともに、アクセルをフルスロットルに引き絞る。ただでさえ加速しているバイクのエンジンが、鞭を入れられまくった馬のように悲鳴を上げた。

 次の瞬間、バイクはきれいな弧を描いて、対岸へと着地した。

 同時にブースターの効力が切れ、セトミはハアハアと荒い息のまま、バイクを止める。

「……どーよ、さすがに撒いたでしょ……。死ぬかと思ったけど」

「……私、金輪際、この身体が朽ち果てるまで、あなたのバイクの後ろにはもう絶対に乗りません」

 相変わらず無表情で冷静な声のリリアだが、やたらと強調して乗らないという意思表示をしたあたり、やはりちょっと怖かったらしい。

「……普段はあんな運転しないっての! ……っと、あれ、スクラップド・ギアとの境目のでかい壁じゃないの?」

 セトミの示す方向には、確かにゲートのわきからそびえていた巨大な壁がある。

「はい、そうです。しかし……」

「今度はなに?」

「……先回りされていたようです」

 リリアの言葉に振り返ると、そこには先ほどよりも人数は少ないが、防護服姿の男たちがバイクに乗り、銃を構えていた。先ほどの一団とは違う別の部隊が、すでにここで張っていたらしい。

「うそでしょー……。さっきの苦労はなんだったわけ?」

 危険を感じるよりも脱力感を覚えて、セトミがげんなりした表情でへたり込む。その間にも、男たちは銃を構えながらじりじりと距離を詰めてきていた。

「……セトミさん」

「はいはい。どーするの、ロボ子さん?」

「私が合図したら、あの壁に向かって、ブースターを稼働させ、急発進してください」

 しれっと言ってのけるリリアに、さすがのセトミも絶句する。それはそうだ。たった数分前、そのブースターの加速のせいで死にかけたのだから。

「……あのさ、さっきのあれの衝撃で、ねじ一本取れたとかしてない? あるいは、なんかのバグとかエラーとか」

「……私は正常です。それに、簡単に部品を欠損するような設計はされておりません」

 本気で心配そうな様子のセトミに少々ムッとしたらしく、わずかに瞳を細めた渋面で、リリアが言う。

「それよりも、早くしなければ集中砲火を受けるだけですが?」

「…………っ、わかったわよ! その代り壁に激突して死んだりしたら、化け猫になって憑りついてやるからね!」

 もはや完全にやけっぱちの様子でセトミががりがりと頭をかく。

「承知いたしました。……では、お願いいたします」

「どーなったって……」

 歯を食いしばり、まるで打ち上げ前のロケットに乗っているかのような心持ちで、セトミがスイッチを押した。

「知らないからねッ!」

 同時にアクセルを引き絞り、強引かつ瞬間的に、バイクをトップスピードのさらに上――――メーターを振り切ったレッドゾーンに突入させる。

 国境の壁までは後200メートルといったところか。危険な区域だけに周囲に建物はなく、ただ巨大な壁までは荒野が続くのみだ。今はまだ遠くに見えるその壁が、どんどんと迫ってくる様が、肉眼でも容易に確認できる。

「システム、エイシス・ハイ稼働準備完了。背部ガンマレイ出力ブースターオープン」

 リリアが後ろで何事か言っているが、あまりの風圧にセトミは声も出ない。もうどうにでもしろと心の中で舌を出しながら、自分にできることもないのでトレードマークの帽子だけはしっかり守ることにした。

 さらに壁が眼前に迫る。もう100メートルは切っているだろう。あと数秒もすれば、このままなら壁に激突だ。

 思わずセトミが目をつぶったその時。

「――――失礼いたします」

「えっ!? なに!?」

 リリアが、自分の身体に手をまわしてきた。ちょうどセトミを抱くような格好になったのを感じ、何事かとセトミが目を開いた瞬間――――。

「飛行システムエイシス・ハイ稼働。離陸(テイク・オフ)」

 一人と一体は、宙にいた。それも人が自力で届くような高さではない。恐らく、地上からは有に20メートル……ビルの三階ほどに当たる高さに、だ。

「……うそでしょ」

 あまりのことに、セトミが先ほども言った言葉をもう一度くりかえした。そして呆れたような、あるいは脱力したような表情で、後ろのリリアを振り返る。

 そこにいたのは、背中に顕現したウイング型の装置――――どうやらガンマレイの出力装置らしい――――からまばゆいほどの光子エネルギーを射出しながら、飛行するリリアだった。

「……あんた、もうほんとデタラメだわ。なんでもありってわけ? もう何が出ても驚かない。てか、こんな手があるならそう言ってよね」

「セトミさんの目も大概のものかと私は思いますが。それに、説明している時間はありませんでした」

 そんな会話を交わす二人のはるか眼下に、例の壁がそびえている。が、その上を飛び越されてしまったその壁は、どことなく地上で見るより小さく見えた。

「それよりもセトミさん、この飛行システム、エイシス・ハイは長くは飛べません。効果準備をいたしますので、衝撃に備えてください」

「はいはい、どうも快適な空の旅をありがとう。おかげで寿命が3年は縮まったわ」

 肩をすくめて嘆息しながら、思わずセトミは皮肉るのだった。

 同時刻、スクラップド・ギア側壁付近。

 ミナは一人、ゲートへの道を走っていた。これからやってくるという、ソドムの軍を、町に入れないために。

 エデンでの騒乱ののち、ミナはセトミやショウに隠れて、自分のファースト・ワンとしての力をうまく扱えるよう、ひそかに修練を重ねていた。それはただひたすら、自分を救い出してくれた彼女らの助けとなるため。

 だがここに来て、ミナは己が初めて感じる感情を味わった。

 ――――兵器として生み出された者たち。しかし争うことを望まない者たち。マスターと呼ばれる人間への、絶対的とさえ言える、想い。

 ――――オートマトン。

 それはあの争乱の時からミナが抱いていた、数々の想いと似ていた。共感する、という感情を、彼女は初めて自覚したのだ。

 だから、彼らが守りたいものを、自分も守りたかった。

『――――お前は、人に利用されるだけの兵器になるな――――』

 その胸にあるのは、かつて自分を庇って死んだ、青年の声。そして――――。

『――――自分は兵器じゃないって言うのなら、自分で選びなさい! そして自分の足で立って、歩きなさい!』

 かつてセトミが自分に言った、言葉。

 ――――うん、ミナ、兵器にならない。自分でえらんで、自分であるく。

 心の中で二人の言葉に想いを返しながら、ミナはその道を駆けていく。


 やがて、その視線の先に、その一団が現れた。あれはソドムの方向だろうか、もうもうと立ち上る黒い煙と、赤く燃える戦火を背景に、ゆっくりとこちらへ向かってくる、黒い一団。防護服とマスクに身を包んだその様相は、幼いミナから見ても、まるで地獄が顕現したような、背筋を冷たくさせる光景だった。

 そして、その先頭に立つもの。それは他のものたちと違い、赤かった。

 ――――赤い髪、赤い軍服。赤い瞳。そして、身の丈以上はありそうな、赤い刃の大鎌、デスサイズを自らの旗のごとく掲げた女性。その表情は、まるで髑髏の口元が自然と笑むように見えるのと同じような、不吉な笑みを浮かべている。

 彼女が率いるその一団の様相はまるで、赤い死神が悪魔を引き連れ、地獄から侵攻してきたかのようだった。

「――――ん?」

 緊張に息を飲みながらも、その死神の一団の前に震える足で、しかし強い光の瞳で立ちふさがるミナに、先頭の女性――――ヘヴンリーが、気づいた。
「進軍、止めッ!」

 そして鋭い声と、兵たちの前にかざした左手で彼らを制してみせる。その規則正しい軍靴の音がやんだのを確認すると、ヘヴンリーはゆっくりとミナの前に歩み出る。

「……これはこれは、勇ましいお姫様だな。だが、冒険ごっこなら、お友達とやるに留めておいた方が身のためだぞ?」

 嘲るような笑みを浮かべながらも、その右手はデスサイズから離れない。いや、それどころか、先ほどまで肩で掲げていたそれを、扱いやすいよう、短く持ち替えている。

 ――――このひと、まさか――――。

 その、恐らくは無意識に行ったであろう動作に、ミナはかすかに戦慄した。
「……いや」

 しかしミナは、強いまなざしで大きく首を横に振る。その目には以前よりもさらにはっきりと、その意思の光が見て取れた。

「……ほう? 何故だ? お前にとって、この戦いはなにを意味する? 知らぬ土地に知らぬ者。そんなものは打ち捨てておけばいいだろう? 勝利したとて、なにも自分を満たしてはくれんぞ?」

 己を蔑むヘヴンリーの瞳に、だが対するミナの瞳は揺るがない。

「……そんなもの、いらない」

 その答えに、赤い髪の死神のごとき軍人の表情が、剣呑な色を帯びる。

「わたしは、自分でやりたいことをえらぶ。じぶんでかんがえる。そして、じぶんできめる。わたしを満たすもの、あなたにはきっとわからない」
 ミナの、かすかに憐れむような声色に、ヘヴンリーの右手が不可視の速さを以って閃く。
次の刹那、その手に握られた得物が、牙を剥いてミナの首筋に突き付けられていた。

 寸止めで止められたその刃が、その首の薄皮を破り、血を滲ませる。しかしそれでもなお、ミナの瞳は変わらずヘヴンリーを見ていた。

「……クックク……。わかるさ」

 赤い瞳が、ふたたび歪む。壮絶な笑みは、しかしその眼力をもって、味方さえも戦慄させるに十分だった。

「私とてそうだ。壊す、殺す、奪う。それらは……いや、それだけこそが、この渇きを、この飢えをこの虚無を、満たしてくれる」

 芝居がかった口調としぐさで、ヘヴンリーはデスサイズを引いた。

 そしてミナに背を向けると、ゆっくりと後ろに控える部下たちの元へと歩み寄った。

「おい、少し相手になってやれ」

 鋭い瞳と歪んだ笑みをその顔に張り付けたまま、ヘヴンリーは先頭に立つ部下に、あごでミナを指してみせる。

「は……? しかし、相手はただの子供では……」

「そう見えるか? ……あれは、人間ではない」

 どこか含みを持ったヘヴンリーの視線に、ミナは確信する。

 ――――このひと、わたしがファースト・ワンだって気づいてる。

 だが、部下の方はそれを相手はオートマトンであるという意味と受け取ったらしい。マスクの下の表情はうかがえないが、銃を構えなおすその姿に、緊張が走ったのは見て取れた。

「……イエス・マム。全力で対象を確保いたします。行くぞ!」

 男の声を合図に、兵士たちが一斉に駆けだした。数人で左右に展開し、両手に持つガンマレイライフルを構える。

 それに対し、ミナは射線から外れるように横に走った。ファースト・ワンの作用の一つである身体能力の強化により、その速度は人間のそれを超えている。その足が蹴った
地面が、次の瞬間には銃弾に弾けた。

「くそ! 確かに人間ではないな!」

 歯噛みする男たちに向け、ミナは先ほどよりもさらに強い瞳で視線を返す。

「……ちがう。ミナ、人間」

 言いながら、ミナは左手を兵士たちに突き出すように構えた。その手の先が、水色に輝くと、それは小型のボウガンへと姿を変える。今まで行ってきた修練の結果、新たに獲得した力だった。

「……行け!」

 その左腕から、その色と同じ水色の矢が次々と放たれる。矢は前線に立つ兵士たちにヒットするものの、彼らが倒れる気配はない。どうも、防護服に何か仕込まれているようだ。

 兵士たちの反撃をかわしながら、ミナはさらにボウガンを打ち込んでいく。ようやく数人が倒れるまでに至るが、このまま消耗戦を続けていては不利になるのはこちらだ。

 それを考えに入れているのか、奥に控えるヘヴンリーは余裕の表情でこちらを見ているだけだ。

「さて、いつまで逃げ切れるかな? その身体、なかなかもって特別製とは思えるが、不死身の化け物というわけでもあるまい?」

 息の切れ始めたミナの様子を見、その様はますますもって不遜なものへと変わっていく。

 兵士たちは直接ミナを狙うのをやめ、威嚇するように射撃を行いながら、左と右から徐々にその間を詰めていく。ただ単純に狙うだけでは当たらないと悟り、包囲網を絞っていくつもりのようだ。

 いくらミナの速度が彼らより勝っているとは言っても、このままではいずれ追いつめられる。

 それを暗に示しているかのように、一人の兵士が放った銃撃がミナの頬をかすめた。

「いくら人ならぬその身とはいえ、我々にあって貴様にない、決定的なものがある。それは経験だ。どれだけの巨大な力を持とうと、戦いなれていないのでは宝の持ち腐れだ」

 ヘヴンリーがゆっくりと右手を上げる。それを見、兵士たちがその手のライフルを一斉にミナに向けて構える。

「少々名残惜しいが、こちらも時間なのでな。そろそろ終わらせてもらうぞ」

 次の瞬間――――銃声が轟いた。

 その轟音に思わず目をつぶったミナだったが、いつまでたっても衝撃や痛みはない。恐る恐る開いたその目に映ったのは――――はるか上空から飛来し着地した、メイド服の女性の背中だった。

「……ミナさん、お怪我はありませんか?」

 ミナを庇うように立ち、左腕でまるで銃撃を受け止めんとするかのように立つ、その姿は――――リリア・アイアンメイデンの姿だった。

「……だいじょうぶ。けが、してない」

 その言葉に安心したようにリリアは半身で振り返り、にこりと笑って見せた。

「ふー、しかしギリギリセーフってとこね。ドッグのやつ、なにやってんのよ」

 その傍らには、すでにアンセムとカタナを抜き放ち、臨戦態勢のセトミの姿もある。

「……おねえちゃん!」

 途端に、ミナの表情が明るく輝く。やはり、たった一人で戦うのは、まだ彼女にとっては恐ろしいことだったのだろう。

「ミナ、なんでこんな無茶したのか聞きたいとこだけど……とりあえず、後回しね。お説教はお片付けが終わってからゆっくりしてあげる」

 渋い顔でミナを見るセトミに、ミナが苦い表情でうなずいた。

「……貴様は、まさか……リリア・アイアンメイデンか」

 不意に、先頭に立つリリアに声をかけるものがあった。兵士たちを率いてきた部隊の長――――ヘヴンリーだった。

「……だとしたら、いかがするおつもりですか?」

 答えるリリアの声は、ヘヴンリーがまとい始めた不気味な威圧感を感じてか、警戒の色を帯びている。

「クッ……ククククク、ハハハハハハハ! 私は運がいい。探し求めていた仇敵に、まさかこんなに早く出会えるとはな!」

 顔を覆い、突然狂ったように笑い出すヘヴンリーに、リリアは表情に出さないまでも、困惑する。

「……仇敵? 私は、あなたのことなど知りもしませんが」

「おやおや、これはごあいさつだな。私はずっとお前と戦う機会を望んでいたというのに――――そう……二度と修復もできないほどに、徹底的に破壊してやるためにな!」

 刹那、何の前触れもなくヘヴンリーが駆けた。デスサイズを大上段に構え、人間のそれとは思えぬ速度で突進する。

「…………ッ!」

 それを確認したリリアは即座に武器を切り替える。左手のシールドを解除し、両腕のシステムを稼働させて、槍――――『メイデン・トゥルーパー』を構えた。

 駆ける勢いに任せて振り下ろされた大鎌が、リリアの槍とぶつかり合い、火花を散らす。青い光のリリアの槍と、赤い光のヘヴンリーのデスサイズが、まるでお互いの光を掻き消さんとするかのように、その輝きを増す。

「ぐ、軍曹!?」

 その突然の行動に困惑した兵たちが援護しようと、反射的に銃を構えた。だがそこに飛んだ指示は、なおのこと彼らを惑わせるものだった。

「貴様ら、手を出すなッ! こいつは、私の獲物だッ!!」

 兵の一人を一瞥したその視線は、どこか野獣めいた凶暴さと、有無を言わせぬ威圧感をたたえ、彼らの動きを止めた。

「貴様らはあの小娘と遊んでろ。私の邪魔をする者は、容赦なく斬る!」

「は……はっ! 了解しました!」

 まるでそのヘヴンリーから逃げ出すかのように、兵たちはミナを捕えようと動き出す。

「何のつもりか知りませんが……切り結びながらお話とは、余裕ですね」

 ヘヴンリーの意識がそれた一瞬、リリアは大きく一歩踏み出しながら、槍を薙ぐ。それに振り払われるような形になったヘヴンリーが、一度距離をとり、体勢を立て直した。

「……セトミさん、あなたはミナさんを守ってください。兵士たち全員に狙われたら、いくらミナさんでも危険です」

「わかった。そっちも気をつけて。あいつなんだか……ヤバそうなにおいがする」

 その言葉を残し、セトミはミナを庇い、兵士たちの前に立った。

「ククク……そうだ。それでいい。これで私たちの間に邪魔は入らん」

「……わかりません。なぜ、あなたはそこまで私を敵視するのですか?」

 にらみ合うリリアとヘヴンリーの間に、戦場をなでる、静かな風が吹く。それはもはや、紛争の場というより、果たし合いの場のようであった。

「……戦えばわかるさ。いや……むしろ、言葉などでは足りん。私のデスサイズの切れ味をもって、その答えを知るがいい!」

 再び、ヘヴンリーが駆ける。上段に構えたその様は、先ほどと全く同じに見える。

「そのパターンは、認識済みです」

 その斬撃を受け止めんと、両手で槍を眼前に掲げるリリアの言葉に、しかしヘヴンリーが喉の奥で押し殺したような笑い声を漏らす。

「それは……どうかな?」

 挑発的なその言葉とは裏腹に、ヘヴンリーの大鎌は先ほどと同じ軌道をたどって、リリアの槍とぶつかり合う。その軌道を見切ったリリアがその力の流れを裂くように受け流す。

 体重の乗った一撃を捌かれ、前につんのめる形で体勢を崩したヘヴンリーに向かい、槍の一撃を繰り出さんと一歩踏み込んだリリアの目に、鋭く半眼で、壮絶にこちらをねめつける赤い瞳が映った。

 そしてその口元は――――笑っている。

「―――――!」

 刹那――――ほとんど本能ともいえる形で、リリアはかろうじて踏み込むその一歩を、わずかに浅く変えていた。

 次の瞬間、その予測の範疇を超えた事態が起きていた。崩れた体勢で強引に、しかし不気味に、ゆらりとヘヴンリーがその右手のひらをこちらに向ける。

 その数瞬の後――――突如リリアの身体を襲ったのは、爆音、烈風、そして、灼熱であった。まるでグレネードが目の前で爆発したかのような熱風と衝撃に、彼女の身体は後方へと吹き飛ばされる。

「……くっ」

 それでもリリアは空中で身をひるがえすと、両腕を地面に突き、バク転するような動きで吹き飛ぶ勢いを殺し、着地する。ギリギリで踏み込みを浅くしたのが幸いしたか、大きなダメージは免れたようだ。

 しかし、今の攻撃が何だったのか、それがつかめない。彼女のメモリーを検索しても、手のひらを掲げただけで爆発を引き起こせるような兵器など、思い当らなかった。

「……ほう。寸前で危険を察知し、爆発のダメージを軽減したか。さすがは防御機能に長けた、都市防衛型の機体だ」

 ヘヴンリーはあえてそうしたのか、追撃をしかけることなく、謎の攻撃を行った右腕を見せつけるかのように、こちらに掲げたまま笑った。

「……今の攻撃は、一体……」

「……ふふ、レーダーを稼働させていないのか? 貴様のセンサーに反応しただろう、今の一撃は」

 彼女の言うとおりだった。先ほどの爆発は、リリアのセンサーにある反応を示していた。だが、彼女の思考がそれを否定していた。

 ――――ありえない。この反応は、バグか、あるいはシステムのエラー以外にありえない……と。

「……ありえません。これは……バグです。そうとしか、考えられません」

 だが、そう言う彼女の瞳には、これまでに見たことのないような不安と困惑が広がっていた。『ありえない』。彼女がそう言う理由は――――。

「ククク、さみしいじゃないか、アイアンメイデン。せっかく、貴様にもっとも直接的な手段で、自己紹介してやったというのに、バグ扱いとはな。。ここは、感動のご対面という場面ではないか」

 その反応は、ガンマレイのエネルギー反応だったからだ。それも、リリア自身のものと近い――――いや、近いどころか、ほぼ同質のもの。

 リリアのガンマレイエネルギーは、大戦時、対ヴィクティム用として開発された、彼女独自のロストテクノロジーのはずだった。単騎でも複数のヴィクティムと渡り合えるよう、出力とエネルギーコストを強化された、より上位のガンマレイ。

 しかしそれは、生産の難しさと予算と時間、双方のコストがかかりすぎることから、リリアにしか搭載されなかったもの……のはずだ。

「ということは……どういうことか、わかるだろう?」

 リリアの思考を読んだかのように、ヘヴンリーが笑う。そして芝居がかった動作で、ゆっくりと両腕を広げて見せる。

「はじめまして――――。我が姉妹よ。私は貴様の姉妹機――――リリア・ヘヴンリー。階級は軍曹だ。よろしく」

「……そんな……そんな、ことが――――」

 まるで見えない攻撃を受けたかのように、リリアの身体がぐらりと傾く。額に手をやり、必死に記憶を整理してみるが、先ほどのヘヴンリーのガンマレイの解析結果は覆らない。

「貴様は、都市の防衛を目的とした機体だったな。人間どもが、守ることだけで満足したと思っているのか? 守るだけでは足りん。相手を滅ぼしつくさねば、その心の渇きが満たされることはない――――。そうして造られたのが、後継機である私だ」

 リリアに人間のサガを説いて聞かせるかのごとく、ヘヴンリーは彼女の周りをゆっくりと歩きながら、語る。

「そう、侵略し、破壊し、滅ぼしつくすことを目的とした、破壊兵器。貴様が戦闘システム・ガーディアンを搭載した機体ならば、私はシステム・インヴェイドを搭載している。貴様も私も、同じ兵器さ」

「……違いますッ! 私は……私は、マスターの作ってくれた、この町を守るために――――!」

 慟哭に任せて叫ぶリリアに、しかしヘヴンリーの笑みは消えない。いや、より一層、深く深く、その歪みを刻んでいく。

「ほおら、な。言っただろう? 貴様は防衛を目的とした機体。何かを守るようにプログラムされているのは当たり前だ。人間のような振る舞いはやめろ。悲しみ叫ぶ必要もない。お前も私と同じく、システムに従い、動いているだけの兵器だ。お前とて――――そのマスターとやらの都合のいいように踊らされているだけなのさ」

「――――黙れッ!」

 不意に顔を上げたリリアが、激情の叫びとともに突撃する。しかしその我を忘れた一撃はあっさりとヘヴンリーに読まれ、空を切った。

「人間のような素振りはやめろというのに。疑似人格システムに、負担をかけるだけだぞ? ……いや、仕方ないか。マスターに、そのようにプログラムされたのではな?」

 挑発するように『疑似』という言葉を強調するヘヴンリーに、リリアは止まることなく斬りかかる。まるでそれは己に付きまとうその言葉を、切り裂かんとするかのように。

「違う……打ち捨てられていた私を救ってくださったマスターへの想いは……プログラムされたシステムなどではありません。兵器としての機能などでは……!」

 リリアの放った斬撃が、再びヘヴンリーのデスサイズとぶつかり合う。だが、先ほどとは違い、明らかにヘヴンリーの押す力の方が強い。自分の想いを兵器としての機能などではないと否定するリリアの言葉を、押しつぶすかの如く。

 そしてまたリリアも、それに続く否定の言葉を紡ぐことはできなかった。

「おや? 戦闘システムの展開速度が鈍っているぞ? エラーでも起こしたか? ……そおらッ!」

 気合の声とともに、ヘヴンリーはデスサイズを強引に振り切る。槍を弾かれた形になったリリアの胴ががら空きになるのと同時に、赤い死神がその懐に飛び込んだ。

 ――――刹那。

 未曽有の衝撃が、リリアの身体を貫いた。それは灼熱の熱さと、嵐の暴風を持ったかのような、強烈な一撃。

「く……はっ……!」

 先ほどヘヴンリーが放ったものと同じ爆炎をまともに受けたリリアの身体が宙を舞い……そして、倒れた。

「損傷……重度。機能、低下中……。シス……テムが、正常に……機能、していません……」

 呆とした声で言うリリアの瞳には時折ノイズが走り、そこには先ほどまであった意思の光はない。ただ壊れ逝く機械のように現状を告げる言葉だけが、かすかに助けを求めるような儚さを以ってかろうじて彼女の生を弱々しく示していた。

「……フン、他愛もない。少しシステムを揺さぶっただけでこの様とは、まったく興ざめだ。……もういい。さっさと終わらせてやる」

 無造作にデスサイズを片手に握り、ゆっくりと倒れたリリアに近づくヘヴンリーの姿は、まさに死神の如く。それは『破壊』という己の存在理由を示そうとするかのように、リリアに向けて、そのガンマレイ射出システムである右腕を掲げる。

 そして響いた……轟音。

 ――――だが。

「……なに?」

 疑問の声を上げてその視線をせわしく巡らせたのは、ヘヴンリーの方であった。先ほどまで掲げていた右腕の装甲には、わずかではあるが、弾痕が刻まれている。

「……そこまでにしときな」

 その声に視線を送ったヘヴンリーの目に映ったのは、黒いロングコートに身を包んだ、ハンティングライフルを構える長身の男――――ドッグ・ショウの姿だった。

「そのメイドさんには、うちのバカ猫娘やらお姫様やらがお世話になったもんでね。悪いが、番犬としては、それ以上は放っておけないのさ」

 だが、ショウの構えるライフルと己の腕に刻まれた弾痕を交互に見比べ、ヘヴンリーが再び剣呑に笑う。

「……フフ、そうか、番犬のご登場か。だが、残念だな。私のシステム・ガンマレイはライフルごときでは貫けん。所詮犬の牙程度で、死神の腕は取れんということだ」

「そうかい? なんなら、試してみるか? 俺は、ブリキのおもちゃの片腕くらいは取れるつもりでいるんだがね」

 しかしヘヴンリーの嘲りに対し、ショウもその笑みを崩さない。ライフルのスコープからわずかに顔を上げ、その牙を示すかのようにゆっくりとリロードしてみせる。

「……おもしろい。ならばやってみるがいい。せいぜい、吠え面をかかんようにすることだな」

 ショウの挑発的な態度が癇に障ったか、ヘヴンリーはあえて右手を掲げたまま、動こうとしない。

 それに対し、険しい表情に変わったショウが、静かに狙いを定める。その狙いは、ヘヴンリーの右腕。それを無力化できなければ――――リリアは、破壊される。

 立膝の姿勢から、ショウは引き金を引いた。ライフルの乾いた銃声が、ソドムからの戦火に煌々と照らされた荒野に鳴り響く。

「――――フン」

 銃弾の飛来を鼻で笑うヘヴンリーの目が、その着弾の直前、驚愕に見開かれた。反射的に彼女は右手を引くが、間に合わない。

「――――ぐっ!?」

 先ほどの一撃とは明らかに違う衝撃が、ヘヴンリーの右手を貫く。大きく弾かれたその手に、さらに二発、三発と弾丸が命中した。

「ぐあッ!」

 ヘヴンリーが初めて響かせるその咆哮とともに、右腕を押さえて後ろへとよろめく。うつむいたその顔が再び上げられた時にあったのは、憤怒の表情だった。

「バカな……。ライフル程度で私の右腕を損傷させられるはずがない! 貴様……なにをしたッ!」

「へっ……番犬は番犬でも、俺の牙は特別製でね」

 猛るヘヴンリーに、ショウは先ほど放ったものと同じ弾丸をつまんで見せる。それは弾頭部分が黒く染まった、彼が通常弾から作り出した、特殊弾薬だった。

「308口径AP弾――――『アーマー・ピアサー』を俺式に改造した弾薬……要するに、徹甲弾だ。普通の徹甲弾は貫通力はあるが、威力に劣る。だがこいつは、対戦闘オートマトン用に、火薬を限界まで詰め込んでる。そいつを精密なガンマレイ射出機構に撃ちこみゃ、死神でも泣き出すぜ?」

 ショウはつまんだ弾丸を親指でピンと弾くと、その右手でそれをつかみ、再びリロードする。

「おい、セトミ! そっちは片付いたか?」

「はいはい、お掃除は完了してますよ、遅刻駄犬」

 油断なくライフルを構えながら言うショウに、セトミが舌を出して答える。その足元には、ミナを狙っていた兵たちが転がっていた。

「うるせぇ、こいつを準備すんのに時間がかかったんだよ。……さて、どうやらチェックメイトだな、軍曹殿? おとなしくするか、それとも、もう一発、こいつをいっとくか?」

「……ふざけた真似を……ッ!」

 なおのこと怒りに染まったヘヴンリーの表情が不意に変わる。通信が入ったのか、耳元に意識を集中させている。それはすぐに終わったのか、一瞬の後にはヘヴンリーはショウらの方に向き直っていた。

「……どうやら、チェックメイトはこちらが先だったようだな」

「なんだと? どういうことだ」

 不意に険しい表情に変わったショウが、スコープの照準をヘヴンリーに合わせながら問う。

「システム・ウロボロスが完成した。これで、貴様らを無理やり従える必要は無くなったわけだ。……だが」

 刹那、ヘヴンリーがデスサイズを構える。その目は危険な場所から遠ざけようと、一人離れた位置に移動していたミナを捉えている。

「それでは、私の気が収まらん! せめて、ファースト・ワンの少女はいただくッ!」

「なっ……!」

 その姿が、セトミですらも反応できないほどの速さで駆けた。その神速を以って、赤い死神がミナに猛進し、迫る。

「…………ッ!」

 ミナの息を飲む声に恐怖の色が混ざった次の瞬間。

 しかし、その死神の刃がミナに届くことはなかった。

「……貴様……ッ!」

 驚愕に染まるヘヴンリーの瞳に映ったのは――――蒼き守護者。システム・ガーディアンを有する機体、リリア・アイアンメイデン。

「あな……タに、この……子ヲ、傷つけサセ……は、しま、セン」

 いまだノイズの走る瞳で、途切れかけた声で、しかし彼女はデスサイズを押し込もうとするヘヴンリーに一歩も譲ろうとはしなかった。

「この壊れかけが……ッ! どこにそんな力が……」

「コノ子は……町の、タメ、一人でも、戦って……クレ、ました。だ、カラ……私も、守るの、デス」

 ヘヴンリーの表情に、怒りよりも驚愕――――そして、かすかな恐怖が下りる。なにがそこまでこいつを突き動かすのか、理解できない。自らが破壊されては元も子もないというのに、明らかに戦闘不能な状態で自分を押し返すほどの力を発する目の前の相手が、ひどく恐ろしかった。

「……くッ、くあッ!」

 無言で強引に槍を振りぬいたリリアに気圧されたかのように、ヘヴンリーが押し負けて後方へと大きく体勢を崩す。

「こ、このッ!」

 崩れた体勢を立て直しながら、ヘヴンリーは右手をリリアへと向ける。また立ち上がってきたならば、もう一度叩き伏せると言わんばかりの勢いで、右手から爆炎を解き放つ。

「……今度こそ! 今度こそ、消えてしまえぇぇぇッ!」

 だが。

 その叫びを、たびたび途切れながらも、凛とした声が切り裂いた。

「がん、マレイ・ガルネリオン、120%、緊急充填、カン、りょう。……ファイ、ア」

 ……刹那。初めて会った時よりも数段巨大な超極太のレーザーが、リリアの両腕から発射された。

 それは茫然とそれを見るヘヴンリーの目の前で、彼女の放った爆炎を軽々と飲み込み――――そして、彼女自身をも、飲み込んだ。

「う……うわああああああァァァァァッ!」

 そして……光が晴れた時、そこにいたのは……右腕を完全に、持っていかれたヘヴンリーの姿だった。その身体からはあちこちから煙が吹き出し、相当のダメージだったことがうかがえる。

 だが、彼女はまだ、稼働していた。失った右腕を押さえながら、ゆらゆらと幽鬼の如く起き上がると、憤怒のあまり倒れんばかりの形相で、リリアをにらむ。

「アイアンメイデン……ッ! 許さんぞ……! ここは借りておいてやる。だが……次に貴様と相まみえたならば、その時こそこの屈辱……何倍にもして返し、八つ裂きにしてやる……ッ!」

 ぎりり、と音を立てて歯噛みしながら、ヘヴンリーはリリアと同タイプの飛行ユニットを作動させると、ソドム方面へと飛び去った。

 それを満身創痍の様子でにらんでいたリリアが、ふとやさしい顔でミナを振り返る。

「ミナ……サン、無事デス……か」

 その様子にミナが今にも泣き出しそうな様子で、こくこくとうなずく。

「よ……カッ……た」

 その言葉を最後に、リリアの瞳から光が消えた。そして再び……彼女は、ゆっくりと倒れた。




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-自分の対極にあるものは、得てして自分と似た顔をしていることもある-
「くっそ、あの駄犬。誰がボケ猫よ、誰が」
 通信機を切ると、セトミは苦い苦しい表情で舌打ちをする。
 セトミとリリアは現在、ソドムから脱出するため、バイクを飛ばしていた。街中はすでに混乱を極め、あちこちで銃声や怒声、そして悲鳴が上がっている。
「ったく、どこも同じだってこないだ言ったけど、こんなとこまで同じにならなくたっていいじゃない。みんなお祭りがお好きですこと」
 エデンでの騒乱を思い起こし、セトミは皮肉を言いつつも歯噛みする。どうしてこうも、どこもかしこも火種でいっぱいなのか、神様とやらがいるのなら聞いてみたいところだ。
「ところでリリア、この道でほんとにいいの? 来た時とはだいぶ違う道を通ってるけど?」
 バイクのモーター音に負けないよう大声で、セトミは大型バイクの後ろに座るリリアに問う。
「はい、時間がありませんので、最短ルートを行きます。それに、この状況では恐らくゲートの守りは堅いかと」
 そのシステムで逃走ルートを検索したらしいリリアが、冷静に言う。だが、その言葉尻に違和感を覚え、セトミはいぶかしげな色を瞳に宿す。
「ゲートの守りは……って、ゲートを通らずに向こうへ行くってわけ? そんな方法あるの?」
「はい、それは――――」
 言いかけるリリアが、しかしその言葉を切った。その瞳がカメラのレンズのごとく、かすかな機械音をたてながら、せわしなく収縮する。
「――――どうやら、ご説明している時間はないようです」
「……ああ、そうみたいね。ファック! このクソ忙しいときに!」
 リリアの言葉にバックミラーを見たセトミが、毒づきながらバイクの速度を上げた。その鏡面に映ったそれは、あの特徴のありすぎる防護服と防毒マスクの連中が、数台のバイクでこちらに迫る姿だった。その手にはそれぞれ、銃身に刃のついた銃剣型のガンマレイが握られている。
「セトミさん、ハンドル操作を違わぬようお願いいたします。……撃ちます」
「はいな、オッケー! 花火の打ち上げ準備完了次第、よろしく!」
 握るハンドルに力を込めながら、左手を構えるリリアにセトミが叫ぶ。
「目標充填率、13%。ガンマレイ・ガルネリオン、アサルトモードに指定。……ファイア」
 システムの展開を朗々と読み上げ、リリアが後方の集団に向けて左腕手のひらからガンマレイを発射する。それは依然見たような極大のレーザーではなく、アサルトライフルのような光子の掃射だった。
「……………!」
 だが、次の瞬間、その瞳が驚いたようににわかに鋭さを増した。リリアの放ったレーザーは敵に命中することなく、大きくそれていく。
「ちょっと、外しまくってんじゃないのよ!」
「……私のミスではありません。敵のバイクは、ガンマレイ歪曲システムを搭載しています」
 激しい風圧に帽子を押さえながら、セトミが怒鳴る。それに対するリリアの様は、口調こそ普段通り冷静であるものの、その眉間はわずかに力がこもっている。
「はあ? なによそれ!」
「文字通りの意味です。飛来するガンマレイのエネルギーを逸らすロストテクノロジー……滅多に手に入るものではないはずですが、彼らはそれを手にしたようです」
「ちょっとそれって、こっちの射撃は当たらないけど向こうからは……」
 セトミが言いかけたその刹那、まさに彼女が言わんとしていたことが起こった。後方からの激しい銃撃だ。
 反射的にセトミは頭を下げ、ハンドルを左右に振って敵の狙いを逸らす。
「……ってことじゃないの!」
 なんとか銃撃をかいくぐりながらも、セトミがうめく。今のは運よく当たりはしなかったが、いつまでもこれでしのげるとはとても思えない。
「落ち着いてください。見たところ、あちらのバイクとこちらのバイクは同型のようです。どこかに、ガンマレイ歪曲システムの稼働スイッチがあるはず。それを探してください」
「スイッチったって……ああ、もう!」
 運転しつつ、断続的に続く射撃をかわしつつ、さらにスイッチを探せとは、なかなか無茶な要求だ。しかし、できなければハチの巣になるのを待つだけだ。
「くそったれ、こうなったら目に入ったスイッチ、片っ端から押してやる!」
 半ばやけくそになりながら手元に視線をめぐらすセトミの目が、ハンドル側にある赤いスイッチを見つける。とほぼ同時に、彼女の指がそれを押した。
「あ、それは……」
 そのスイッチがオンになったのを見、リリアが意味ありげにセトミを見る。
「え、なに?」
「……ハンドルに、しっかりおつかまり下さい」
「はあ?」
 状況が飲めないセトミを尻目に、リリアは車体にがっちりつかまる。その様はまるで衝撃に備えているかのようだ。
 リリアが姿勢を低くしたことで、後方の視界が広がったセトミの目に映ったのは――――もうもうと不気味に煙を上げるマフラーだった。
「……それは、エンジンブースターです」
「……知ってるんなら」
 そこまでセトミが言った瞬間――――まるで巨大な怪獣にでも叩き飛ばされたかのように、バイクが白煙を上げながら猛加速した。
「先に言ってよね――――ッ!!」
 住宅街に入っていたのが災いし、区画整備の進んだ街とはいえ、直線とカーブが入り乱れた地形になっている。その中をまるでジェット機のようにバイクは猛進していく。
 思わず反射的にセトミは戦闘以外で使ったことのない、ハーフとしての能力を覚醒させていた。
 わずかながら、周囲の景色が遅く映る。ぎりぎりのところで住宅をかわしてカーブを曲がり切り、他の車が行き交う十字路を、対向車と前を行く車の間すれすれを通り抜ける。やがて前方に見えた工事中を示す柵を弾き飛ばして侵入、しかしその先に見えたアーチ形の橋は……崩壊していた。
 だがセトミの一瞬先を見通すその目に映ったのは、それほど長くはない、対岸への距離。
「おら―――――――ッ!」
 怒号とともに、アクセルをフルスロットルに引き絞る。ただでさえ加速しているバイクのエンジンが、鞭を入れられまくった馬のように悲鳴を上げた。
 次の瞬間、バイクはきれいな弧を描いて、対岸へと着地した。
 同時にブースターの効力が切れ、セトミはハアハアと荒い息のまま、バイクを止める。
「……どーよ、さすがに撒いたでしょ……。死ぬかと思ったけど」
「……私、金輪際、この身体が朽ち果てるまで、あなたのバイクの後ろにはもう絶対に乗りません」
 相変わらず無表情で冷静な声のリリアだが、やたらと強調して乗らないという意思表示をしたあたり、やはりちょっと怖かったらしい。
「……普段はあんな運転しないっての! ……っと、あれ、スクラップド・ギアとの境目のでかい壁じゃないの?」
 セトミの示す方向には、確かにゲートのわきからそびえていた巨大な壁がある。
「はい、そうです。しかし……」
「今度はなに?」
「……先回りされていたようです」
 リリアの言葉に振り返ると、そこには先ほどよりも人数は少ないが、防護服姿の男たちがバイクに乗り、銃を構えていた。先ほどの一団とは違う別の部隊が、すでにここで張っていたらしい。
「うそでしょー……。さっきの苦労はなんだったわけ?」
 危険を感じるよりも脱力感を覚えて、セトミがげんなりした表情でへたり込む。その間にも、男たちは銃を構えながらじりじりと距離を詰めてきていた。
「……セトミさん」
「はいはい。どーするの、ロボ子さん?」
「私が合図したら、あの壁に向かって、ブースターを稼働させ、急発進してください」
 しれっと言ってのけるリリアに、さすがのセトミも絶句する。それはそうだ。たった数分前、そのブースターの加速のせいで死にかけたのだから。
「……あのさ、さっきのあれの衝撃で、ねじ一本取れたとかしてない? あるいは、なんかのバグとかエラーとか」
「……私は正常です。それに、簡単に部品を欠損するような設計はされておりません」
 本気で心配そうな様子のセトミに少々ムッとしたらしく、わずかに瞳を細めた渋面で、リリアが言う。
「それよりも、早くしなければ集中砲火を受けるだけですが?」
「…………っ、わかったわよ! その代り壁に激突して死んだりしたら、化け猫になって憑りついてやるからね!」
 もはや完全にやけっぱちの様子でセトミががりがりと頭をかく。
「承知いたしました。……では、お願いいたします」
「どーなったって……」
 歯を食いしばり、まるで打ち上げ前のロケットに乗っているかのような心持ちで、セトミがスイッチを押した。
「知らないからねッ!」
 同時にアクセルを引き絞り、強引かつ瞬間的に、バイクをトップスピードのさらに上――――メーターを振り切ったレッドゾーンに突入させる。
 国境の壁までは後200メートルといったところか。危険な区域だけに周囲に建物はなく、ただ巨大な壁までは荒野が続くのみだ。今はまだ遠くに見えるその壁が、どんどんと迫ってくる様が、肉眼でも容易に確認できる。
「システム、エイシス・ハイ稼働準備完了。背部ガンマレイ出力ブースターオープン」
 リリアが後ろで何事か言っているが、あまりの風圧にセトミは声も出ない。もうどうにでもしろと心の中で舌を出しながら、自分にできることもないのでトレードマークの帽子だけはしっかり守ることにした。
 さらに壁が眼前に迫る。もう100メートルは切っているだろう。あと数秒もすれば、このままなら壁に激突だ。
 思わずセトミが目をつぶったその時。
「――――失礼いたします」
「えっ!? なに!?」
 リリアが、自分の身体に手をまわしてきた。ちょうどセトミを抱くような格好になったのを感じ、何事かとセトミが目を開いた瞬間――――。
「飛行システムエイシス・ハイ稼働。離陸(テイク・オフ)」
 一人と一体は、宙にいた。それも人が自力で届くような高さではない。恐らく、地上からは有に20メートル……ビルの三階ほどに当たる高さに、だ。
「……うそでしょ」
 あまりのことに、セトミが先ほども言った言葉をもう一度くりかえした。そして呆れたような、あるいは脱力したような表情で、後ろのリリアを振り返る。
 そこにいたのは、背中に顕現したウイング型の装置――――どうやらガンマレイの出力装置らしい――――からまばゆいほどの光子エネルギーを射出しながら、飛行するリリアだった。
「……あんた、もうほんとデタラメだわ。なんでもありってわけ? もう何が出ても驚かない。てか、こんな手があるならそう言ってよね」
「セトミさんの目も大概のものかと私は思いますが。それに、説明している時間はありませんでした」
 そんな会話を交わす二人のはるか眼下に、例の壁がそびえている。が、その上を飛び越されてしまったその壁は、どことなく地上で見るより小さく見えた。
「それよりもセトミさん、この飛行システム、エイシス・ハイは長くは飛べません。効果準備をいたしますので、衝撃に備えてください」
「はいはい、どうも快適な空の旅をありがとう。おかげで寿命が3年は縮まったわ」
 肩をすくめて嘆息しながら、思わずセトミは皮肉るのだった。
 同時刻、スクラップド・ギア側壁付近。
 ミナは一人、ゲートへの道を走っていた。これからやってくるという、ソドムの軍を、町に入れないために。
 エデンでの騒乱ののち、ミナはセトミやショウに隠れて、自分のファースト・ワンとしての力をうまく扱えるよう、ひそかに修練を重ねていた。それはただひたすら、自分を救い出してくれた彼女らの助けとなるため。
 だがここに来て、ミナは己が初めて感じる感情を味わった。
 ――――兵器として生み出された者たち。しかし争うことを望まない者たち。マスターと呼ばれる人間への、絶対的とさえ言える、想い。
 ――――オートマトン。
 それはあの争乱の時からミナが抱いていた、数々の想いと似ていた。共感する、という感情を、彼女は初めて自覚したのだ。
 だから、彼らが守りたいものを、自分も守りたかった。
『――――お前は、人に利用されるだけの兵器になるな――――』
 その胸にあるのは、かつて自分を庇って死んだ、青年の声。そして――――。
『――――自分は兵器じゃないって言うのなら、自分で選びなさい! そして自分の足で立って、歩きなさい!』
 かつてセトミが自分に言った、言葉。
 ――――うん、ミナ、兵器にならない。自分でえらんで、自分であるく。
 心の中で二人の言葉に想いを返しながら、ミナはその道を駆けていく。
 やがて、その視線の先に、その一団が現れた。あれはソドムの方向だろうか、もうもうと立ち上る黒い煙と、赤く燃える戦火を背景に、ゆっくりとこちらへ向かってくる、黒い一団。防護服とマスクに身を包んだその様相は、幼いミナから見ても、まるで地獄が顕現したような、背筋を冷たくさせる光景だった。
 そして、その先頭に立つもの。それは他のものたちと違い、赤かった。
 ――――赤い髪、赤い軍服。赤い瞳。そして、身の丈以上はありそうな、赤い刃の大鎌、デスサイズを自らの旗のごとく掲げた女性。その表情は、まるで髑髏の口元が自然と笑むように見えるのと同じような、不吉な笑みを浮かべている。
 彼女が率いるその一団の様相はまるで、赤い死神が悪魔を引き連れ、地獄から侵攻してきたかのようだった。
「――――ん?」
 緊張に息を飲みながらも、その死神の一団の前に震える足で、しかし強い光の瞳で立ちふさがるミナに、先頭の女性――――ヘヴンリーが、気づいた。
「進軍、止めッ!」
 そして鋭い声と、兵たちの前にかざした左手で彼らを制してみせる。その規則正しい軍靴の音がやんだのを確認すると、ヘヴンリーはゆっくりとミナの前に歩み出る。
「……これはこれは、勇ましいお姫様だな。だが、冒険ごっこなら、お友達とやるに留めておいた方が身のためだぞ?」
 嘲るような笑みを浮かべながらも、その右手はデスサイズから離れない。いや、それどころか、先ほどまで肩で掲げていたそれを、扱いやすいよう、短く持ち替えている。
 ――――このひと、まさか――――。
 その、恐らくは無意識に行ったであろう動作に、ミナはかすかに戦慄した。
「……いや」
 しかしミナは、強いまなざしで大きく首を横に振る。その目には以前よりもさらにはっきりと、その意思の光が見て取れた。
「……ほう? 何故だ? お前にとって、この戦いはなにを意味する? 知らぬ土地に知らぬ者。そんなものは打ち捨てておけばいいだろう? 勝利したとて、なにも自分を満たしてはくれんぞ?」
 己を蔑むヘヴンリーの瞳に、だが対するミナの瞳は揺るがない。
「……そんなもの、いらない」
 その答えに、赤い髪の死神のごとき軍人の表情が、剣呑な色を帯びる。
「わたしは、自分でやりたいことをえらぶ。じぶんでかんがえる。そして、じぶんできめる。わたしを満たすもの、あなたにはきっとわからない」
 ミナの、かすかに憐れむような声色に、ヘヴンリーの右手が不可視の速さを以って閃く。
次の刹那、その手に握られた得物が、牙を剥いてミナの首筋に突き付けられていた。
 寸止めで止められたその刃が、その首の薄皮を破り、血を滲ませる。しかしそれでもなお、ミナの瞳は変わらずヘヴンリーを見ていた。
「……クックク……。わかるさ」
 赤い瞳が、ふたたび歪む。壮絶な笑みは、しかしその眼力をもって、味方さえも戦慄させるに十分だった。
「私とてそうだ。壊す、殺す、奪う。それらは……いや、それだけこそが、この渇きを、この飢えをこの虚無を、満たしてくれる」
 芝居がかった口調としぐさで、ヘヴンリーはデスサイズを引いた。
 そしてミナに背を向けると、ゆっくりと後ろに控える部下たちの元へと歩み寄った。
「おい、少し相手になってやれ」
 鋭い瞳と歪んだ笑みをその顔に張り付けたまま、ヘヴンリーは先頭に立つ部下に、あごでミナを指してみせる。
「は……? しかし、相手はただの子供では……」
「そう見えるか? ……あれは、人間ではない」
 どこか含みを持ったヘヴンリーの視線に、ミナは確信する。
 ――――このひと、わたしがファースト・ワンだって気づいてる。
 だが、部下の方はそれを相手はオートマトンであるという意味と受け取ったらしい。マスクの下の表情はうかがえないが、銃を構えなおすその姿に、緊張が走ったのは見て取れた。
「……イエス・マム。全力で対象を確保いたします。行くぞ!」
 男の声を合図に、兵士たちが一斉に駆けだした。数人で左右に展開し、両手に持つガンマレイライフルを構える。
 それに対し、ミナは射線から外れるように横に走った。ファースト・ワンの作用の一つである身体能力の強化により、その速度は人間のそれを超えている。その足が蹴った
地面が、次の瞬間には銃弾に弾けた。
「くそ! 確かに人間ではないな!」
 歯噛みする男たちに向け、ミナは先ほどよりもさらに強い瞳で視線を返す。
「……ちがう。ミナ、人間」
 言いながら、ミナは左手を兵士たちに突き出すように構えた。その手の先が、水色に輝くと、それは小型のボウガンへと姿を変える。今まで行ってきた修練の結果、新たに獲得した力だった。
「……行け!」
 その左腕から、その色と同じ水色の矢が次々と放たれる。矢は前線に立つ兵士たちにヒットするものの、彼らが倒れる気配はない。どうも、防護服に何か仕込まれているようだ。
 兵士たちの反撃をかわしながら、ミナはさらにボウガンを打ち込んでいく。ようやく数人が倒れるまでに至るが、このまま消耗戦を続けていては不利になるのはこちらだ。
 それを考えに入れているのか、奥に控えるヘヴンリーは余裕の表情でこちらを見ているだけだ。
「さて、いつまで逃げ切れるかな? その身体、なかなかもって特別製とは思えるが、不死身の化け物というわけでもあるまい?」
 息の切れ始めたミナの様子を見、その様はますますもって不遜なものへと変わっていく。
 兵士たちは直接ミナを狙うのをやめ、威嚇するように射撃を行いながら、左と右から徐々にその間を詰めていく。ただ単純に狙うだけでは当たらないと悟り、包囲網を絞っていくつもりのようだ。
 いくらミナの速度が彼らより勝っているとは言っても、このままではいずれ追いつめられる。
 それを暗に示しているかのように、一人の兵士が放った銃撃がミナの頬をかすめた。
「いくら人ならぬその身とはいえ、我々にあって貴様にない、決定的なものがある。それは経験だ。どれだけの巨大な力を持とうと、戦いなれていないのでは宝の持ち腐れだ」
 ヘヴンリーがゆっくりと右手を上げる。それを見、兵士たちがその手のライフルを一斉にミナに向けて構える。
「少々名残惜しいが、こちらも時間なのでな。そろそろ終わらせてもらうぞ」
 次の瞬間――――銃声が轟いた。
 その轟音に思わず目をつぶったミナだったが、いつまでたっても衝撃や痛みはない。恐る恐る開いたその目に映ったのは――――はるか上空から飛来し着地した、メイド服の女性の背中だった。
「……ミナさん、お怪我はありませんか?」
 ミナを庇うように立ち、左腕でまるで銃撃を受け止めんとするかのように立つ、その姿は――――リリア・アイアンメイデンの姿だった。
「……だいじょうぶ。けが、してない」
 その言葉に安心したようにリリアは半身で振り返り、にこりと笑って見せた。
「ふー、しかしギリギリセーフってとこね。ドッグのやつ、なにやってんのよ」
 その傍らには、すでにアンセムとカタナを抜き放ち、臨戦態勢のセトミの姿もある。
「……おねえちゃん!」
 途端に、ミナの表情が明るく輝く。やはり、たった一人で戦うのは、まだ彼女にとっては恐ろしいことだったのだろう。
「ミナ、なんでこんな無茶したのか聞きたいとこだけど……とりあえず、後回しね。お説教はお片付けが終わってからゆっくりしてあげる」
 渋い顔でミナを見るセトミに、ミナが苦い表情でうなずいた。
「……貴様は、まさか……リリア・アイアンメイデンか」
 不意に、先頭に立つリリアに声をかけるものがあった。兵士たちを率いてきた部隊の長――――ヘヴンリーだった。
「……だとしたら、いかがするおつもりですか?」
 答えるリリアの声は、ヘヴンリーがまとい始めた不気味な威圧感を感じてか、警戒の色を帯びている。
「クッ……ククククク、ハハハハハハハ! 私は運がいい。探し求めていた仇敵に、まさかこんなに早く出会えるとはな!」
 顔を覆い、突然狂ったように笑い出すヘヴンリーに、リリアは表情に出さないまでも、困惑する。
「……仇敵? 私は、あなたのことなど知りもしませんが」
「おやおや、これはごあいさつだな。私はずっとお前と戦う機会を望んでいたというのに――――そう……二度と修復もできないほどに、徹底的に破壊してやるためにな!」
 刹那、何の前触れもなくヘヴンリーが駆けた。デスサイズを大上段に構え、人間のそれとは思えぬ速度で突進する。
「…………ッ!」
 それを確認したリリアは即座に武器を切り替える。左手のシールドを解除し、両腕のシステムを稼働させて、槍――――『メイデン・トゥルーパー』を構えた。
 駆ける勢いに任せて振り下ろされた大鎌が、リリアの槍とぶつかり合い、火花を散らす。青い光のリリアの槍と、赤い光のヘヴンリーのデスサイズが、まるでお互いの光を掻き消さんとするかのように、その輝きを増す。
「ぐ、軍曹!?」
 その突然の行動に困惑した兵たちが援護しようと、反射的に銃を構えた。だがそこに飛んだ指示は、なおのこと彼らを惑わせるものだった。
「貴様ら、手を出すなッ! こいつは、私の獲物だッ!!」
 兵の一人を一瞥したその視線は、どこか野獣めいた凶暴さと、有無を言わせぬ威圧感をたたえ、彼らの動きを止めた。
「貴様らはあの小娘と遊んでろ。私の邪魔をする者は、容赦なく斬る!」
「は……はっ! 了解しました!」
 まるでそのヘヴンリーから逃げ出すかのように、兵たちはミナを捕えようと動き出す。
「何のつもりか知りませんが……切り結びながらお話とは、余裕ですね」
 ヘヴンリーの意識がそれた一瞬、リリアは大きく一歩踏み出しながら、槍を薙ぐ。それに振り払われるような形になったヘヴンリーが、一度距離をとり、体勢を立て直した。
「……セトミさん、あなたはミナさんを守ってください。兵士たち全員に狙われたら、いくらミナさんでも危険です」
「わかった。そっちも気をつけて。あいつなんだか……ヤバそうなにおいがする」
 その言葉を残し、セトミはミナを庇い、兵士たちの前に立った。
「ククク……そうだ。それでいい。これで私たちの間に邪魔は入らん」
「……わかりません。なぜ、あなたはそこまで私を敵視するのですか?」
 にらみ合うリリアとヘヴンリーの間に、戦場をなでる、静かな風が吹く。それはもはや、紛争の場というより、果たし合いの場のようであった。
「……戦えばわかるさ。いや……むしろ、言葉などでは足りん。私のデスサイズの切れ味をもって、その答えを知るがいい!」
 再び、ヘヴンリーが駆ける。上段に構えたその様は、先ほどと全く同じに見える。
「そのパターンは、認識済みです」
 その斬撃を受け止めんと、両手で槍を眼前に掲げるリリアの言葉に、しかしヘヴンリーが喉の奥で押し殺したような笑い声を漏らす。
「それは……どうかな?」
 挑発的なその言葉とは裏腹に、ヘヴンリーの大鎌は先ほどと同じ軌道をたどって、リリアの槍とぶつかり合う。その軌道を見切ったリリアがその力の流れを裂くように受け流す。
 体重の乗った一撃を捌かれ、前につんのめる形で体勢を崩したヘヴンリーに向かい、槍の一撃を繰り出さんと一歩踏み込んだリリアの目に、鋭く半眼で、壮絶にこちらをねめつける赤い瞳が映った。
 そしてその口元は――――笑っている。
「―――――!」
 刹那――――ほとんど本能ともいえる形で、リリアはかろうじて踏み込むその一歩を、わずかに浅く変えていた。
 次の瞬間、その予測の範疇を超えた事態が起きていた。崩れた体勢で強引に、しかし不気味に、ゆらりとヘヴンリーがその右手のひらをこちらに向ける。
 その数瞬の後――――突如リリアの身体を襲ったのは、爆音、烈風、そして、灼熱であった。まるでグレネードが目の前で爆発したかのような熱風と衝撃に、彼女の身体は後方へと吹き飛ばされる。
「……くっ」
 それでもリリアは空中で身をひるがえすと、両腕を地面に突き、バク転するような動きで吹き飛ぶ勢いを殺し、着地する。ギリギリで踏み込みを浅くしたのが幸いしたか、大きなダメージは免れたようだ。
 しかし、今の攻撃が何だったのか、それがつかめない。彼女のメモリーを検索しても、手のひらを掲げただけで爆発を引き起こせるような兵器など、思い当らなかった。
「……ほう。寸前で危険を察知し、爆発のダメージを軽減したか。さすがは防御機能に長けた、都市防衛型の機体だ」
 ヘヴンリーはあえてそうしたのか、追撃をしかけることなく、謎の攻撃を行った右腕を見せつけるかのように、こちらに掲げたまま笑った。
「……今の攻撃は、一体……」
「……ふふ、レーダーを稼働させていないのか? 貴様のセンサーに反応しただろう、今の一撃は」
 彼女の言うとおりだった。先ほどの爆発は、リリアのセンサーにある反応を示していた。だが、彼女の思考がそれを否定していた。
 ――――ありえない。この反応は、バグか、あるいはシステムのエラー以外にありえない……と。
「……ありえません。これは……バグです。そうとしか、考えられません」
 だが、そう言う彼女の瞳には、これまでに見たことのないような不安と困惑が広がっていた。『ありえない』。彼女がそう言う理由は――――。
「ククク、さみしいじゃないか、アイアンメイデン。せっかく、貴様にもっとも直接的な手段で、自己紹介してやったというのに、バグ扱いとはな。。ここは、感動のご対面という場面ではないか」
 その反応は、ガンマレイのエネルギー反応だったからだ。それも、リリア自身のものと近い――――いや、近いどころか、ほぼ同質のもの。
 リリアのガンマレイエネルギーは、大戦時、対ヴィクティム用として開発された、彼女独自のロストテクノロジーのはずだった。単騎でも複数のヴィクティムと渡り合えるよう、出力とエネルギーコストを強化された、より上位のガンマレイ。
 しかしそれは、生産の難しさと予算と時間、双方のコストがかかりすぎることから、リリアにしか搭載されなかったもの……のはずだ。
「ということは……どういうことか、わかるだろう?」
 リリアの思考を読んだかのように、ヘヴンリーが笑う。そして芝居がかった動作で、ゆっくりと両腕を広げて見せる。
「はじめまして――――。我が姉妹よ。私は貴様の姉妹機――――リリア・ヘヴンリー。階級は軍曹だ。よろしく」
「……そんな……そんな、ことが――――」
 まるで見えない攻撃を受けたかのように、リリアの身体がぐらりと傾く。額に手をやり、必死に記憶を整理してみるが、先ほどのヘヴンリーのガンマレイの解析結果は覆らない。
「貴様は、都市の防衛を目的とした機体だったな。人間どもが、守ることだけで満足したと思っているのか? 守るだけでは足りん。相手を滅ぼしつくさねば、その心の渇きが満たされることはない――――。そうして造られたのが、後継機である私だ」
 リリアに人間のサガを説いて聞かせるかのごとく、ヘヴンリーは彼女の周りをゆっくりと歩きながら、語る。
「そう、侵略し、破壊し、滅ぼしつくすことを目的とした、破壊兵器。貴様が戦闘システム・ガーディアンを搭載した機体ならば、私はシステム・インヴェイドを搭載している。貴様も私も、同じ兵器さ」
「……違いますッ! 私は……私は、マスターの作ってくれた、この町を守るために――――!」
 慟哭に任せて叫ぶリリアに、しかしヘヴンリーの笑みは消えない。いや、より一層、深く深く、その歪みを刻んでいく。
「ほおら、な。言っただろう? 貴様は防衛を目的とした機体。何かを守るようにプログラムされているのは当たり前だ。人間のような振る舞いはやめろ。悲しみ叫ぶ必要もない。お前も私と同じく、システムに従い、動いているだけの兵器だ。お前とて――――そのマスターとやらの都合のいいように踊らされているだけなのさ」
「――――黙れッ!」
 不意に顔を上げたリリアが、激情の叫びとともに突撃する。しかしその我を忘れた一撃はあっさりとヘヴンリーに読まれ、空を切った。
「人間のような素振りはやめろというのに。疑似人格システムに、負担をかけるだけだぞ? ……いや、仕方ないか。マスターに、そのようにプログラムされたのではな?」
 挑発するように『疑似』という言葉を強調するヘヴンリーに、リリアは止まることなく斬りかかる。まるでそれは己に付きまとうその言葉を、切り裂かんとするかのように。
「違う……打ち捨てられていた私を救ってくださったマスターへの想いは……プログラムされたシステムなどではありません。兵器としての機能などでは……!」
 リリアの放った斬撃が、再びヘヴンリーのデスサイズとぶつかり合う。だが、先ほどとは違い、明らかにヘヴンリーの押す力の方が強い。自分の想いを兵器としての機能などではないと否定するリリアの言葉を、押しつぶすかの如く。
 そしてまたリリアも、それに続く否定の言葉を紡ぐことはできなかった。
「おや? 戦闘システムの展開速度が鈍っているぞ? エラーでも起こしたか? ……そおらッ!」
 気合の声とともに、ヘヴンリーはデスサイズを強引に振り切る。槍を弾かれた形になったリリアの胴ががら空きになるのと同時に、赤い死神がその懐に飛び込んだ。
 ――――刹那。
 未曽有の衝撃が、リリアの身体を貫いた。それは灼熱の熱さと、嵐の暴風を持ったかのような、強烈な一撃。
「く……はっ……!」
 先ほどヘヴンリーが放ったものと同じ爆炎をまともに受けたリリアの身体が宙を舞い……そして、倒れた。
「損傷……重度。機能、低下中……。シス……テムが、正常に……機能、していません……」
 呆とした声で言うリリアの瞳には時折ノイズが走り、そこには先ほどまであった意思の光はない。ただ壊れ逝く機械のように現状を告げる言葉だけが、かすかに助けを求めるような儚さを以ってかろうじて彼女の生を弱々しく示していた。
「……フン、他愛もない。少しシステムを揺さぶっただけでこの様とは、まったく興ざめだ。……もういい。さっさと終わらせてやる」
 無造作にデスサイズを片手に握り、ゆっくりと倒れたリリアに近づくヘヴンリーの姿は、まさに死神の如く。それは『破壊』という己の存在理由を示そうとするかのように、リリアに向けて、そのガンマレイ射出システムである右腕を掲げる。
 そして響いた……轟音。
 ――――だが。
「……なに?」
 疑問の声を上げてその視線をせわしく巡らせたのは、ヘヴンリーの方であった。先ほどまで掲げていた右腕の装甲には、わずかではあるが、弾痕が刻まれている。
「……そこまでにしときな」
 その声に視線を送ったヘヴンリーの目に映ったのは、黒いロングコートに身を包んだ、ハンティングライフルを構える長身の男――――ドッグ・ショウの姿だった。
「そのメイドさんには、うちのバカ猫娘やらお姫様やらがお世話になったもんでね。悪いが、番犬としては、それ以上は放っておけないのさ」
 だが、ショウの構えるライフルと己の腕に刻まれた弾痕を交互に見比べ、ヘヴンリーが再び剣呑に笑う。
「……フフ、そうか、番犬のご登場か。だが、残念だな。私のシステム・ガンマレイはライフルごときでは貫けん。所詮犬の牙程度で、死神の腕は取れんということだ」
「そうかい? なんなら、試してみるか? 俺は、ブリキのおもちゃの片腕くらいは取れるつもりでいるんだがね」
 しかしヘヴンリーの嘲りに対し、ショウもその笑みを崩さない。ライフルのスコープからわずかに顔を上げ、その牙を示すかのようにゆっくりとリロードしてみせる。
「……おもしろい。ならばやってみるがいい。せいぜい、吠え面をかかんようにすることだな」
 ショウの挑発的な態度が癇に障ったか、ヘヴンリーはあえて右手を掲げたまま、動こうとしない。
 それに対し、険しい表情に変わったショウが、静かに狙いを定める。その狙いは、ヘヴンリーの右腕。それを無力化できなければ――――リリアは、破壊される。
 立膝の姿勢から、ショウは引き金を引いた。ライフルの乾いた銃声が、ソドムからの戦火に煌々と照らされた荒野に鳴り響く。
「――――フン」
 銃弾の飛来を鼻で笑うヘヴンリーの目が、その着弾の直前、驚愕に見開かれた。反射的に彼女は右手を引くが、間に合わない。
「――――ぐっ!?」
 先ほどの一撃とは明らかに違う衝撃が、ヘヴンリーの右手を貫く。大きく弾かれたその手に、さらに二発、三発と弾丸が命中した。
「ぐあッ!」
 ヘヴンリーが初めて響かせるその咆哮とともに、右腕を押さえて後ろへとよろめく。うつむいたその顔が再び上げられた時にあったのは、憤怒の表情だった。
「バカな……。ライフル程度で私の右腕を損傷させられるはずがない! 貴様……なにをしたッ!」
「へっ……番犬は番犬でも、俺の牙は特別製でね」
 猛るヘヴンリーに、ショウは先ほど放ったものと同じ弾丸をつまんで見せる。それは弾頭部分が黒く染まった、彼が通常弾から作り出した、特殊弾薬だった。
「308口径AP弾――――『アーマー・ピアサー』を俺式に改造した弾薬……要するに、徹甲弾だ。普通の徹甲弾は貫通力はあるが、威力に劣る。だがこいつは、対戦闘オートマトン用に、火薬を限界まで詰め込んでる。そいつを精密なガンマレイ射出機構に撃ちこみゃ、死神でも泣き出すぜ?」
 ショウはつまんだ弾丸を親指でピンと弾くと、その右手でそれをつかみ、再びリロードする。
「おい、セトミ! そっちは片付いたか?」
「はいはい、お掃除は完了してますよ、遅刻駄犬」
 油断なくライフルを構えながら言うショウに、セトミが舌を出して答える。その足元には、ミナを狙っていた兵たちが転がっていた。
「うるせぇ、こいつを準備すんのに時間がかかったんだよ。……さて、どうやらチェックメイトだな、軍曹殿? おとなしくするか、それとも、もう一発、こいつをいっとくか?」
「……ふざけた真似を……ッ!」
 なおのこと怒りに染まったヘヴンリーの表情が不意に変わる。通信が入ったのか、耳元に意識を集中させている。それはすぐに終わったのか、一瞬の後にはヘヴンリーはショウらの方に向き直っていた。
「……どうやら、チェックメイトはこちらが先だったようだな」
「なんだと? どういうことだ」
 不意に険しい表情に変わったショウが、スコープの照準をヘヴンリーに合わせながら問う。
「システム・ウロボロスが完成した。これで、貴様らを無理やり従える必要は無くなったわけだ。……だが」
 刹那、ヘヴンリーがデスサイズを構える。その目は危険な場所から遠ざけようと、一人離れた位置に移動していたミナを捉えている。
「それでは、私の気が収まらん! せめて、ファースト・ワンの少女はいただくッ!」
「なっ……!」
 その姿が、セトミですらも反応できないほどの速さで駆けた。その神速を以って、赤い死神がミナに猛進し、迫る。
「…………ッ!」
 ミナの息を飲む声に恐怖の色が混ざった次の瞬間。
 しかし、その死神の刃がミナに届くことはなかった。
「……貴様……ッ!」
 驚愕に染まるヘヴンリーの瞳に映ったのは――――蒼き守護者。システム・ガーディアンを有する機体、リリア・アイアンメイデン。
「あな……タに、この……子ヲ、傷つけサセ……は、しま、セン」
 いまだノイズの走る瞳で、途切れかけた声で、しかし彼女はデスサイズを押し込もうとするヘヴンリーに一歩も譲ろうとはしなかった。
「この壊れかけが……ッ! どこにそんな力が……」
「コノ子は……町の、タメ、一人でも、戦って……クレ、ました。だ、カラ……私も、守るの、デス」
 ヘヴンリーの表情に、怒りよりも驚愕――――そして、かすかな恐怖が下りる。なにがそこまでこいつを突き動かすのか、理解できない。自らが破壊されては元も子もないというのに、明らかに戦闘不能な状態で自分を押し返すほどの力を発する目の前の相手が、ひどく恐ろしかった。
「……くッ、くあッ!」
 無言で強引に槍を振りぬいたリリアに気圧されたかのように、ヘヴンリーが押し負けて後方へと大きく体勢を崩す。
「こ、このッ!」
 崩れた体勢を立て直しながら、ヘヴンリーは右手をリリアへと向ける。また立ち上がってきたならば、もう一度叩き伏せると言わんばかりの勢いで、右手から爆炎を解き放つ。
「……今度こそ! 今度こそ、消えてしまえぇぇぇッ!」
 だが。
 その叫びを、たびたび途切れながらも、凛とした声が切り裂いた。
「がん、マレイ・ガルネリオン、120%、緊急充填、カン、りょう。……ファイ、ア」
 ……刹那。初めて会った時よりも数段巨大な超極太のレーザーが、リリアの両腕から発射された。
 それは茫然とそれを見るヘヴンリーの目の前で、彼女の放った爆炎を軽々と飲み込み――――そして、彼女自身をも、飲み込んだ。
「う……うわああああああァァァァァッ!」
 そして……光が晴れた時、そこにいたのは……右腕を完全に、持っていかれたヘヴンリーの姿だった。その身体からはあちこちから煙が吹き出し、相当のダメージだったことがうかがえる。
 だが、彼女はまだ、稼働していた。失った右腕を押さえながら、ゆらゆらと幽鬼の如く起き上がると、憤怒のあまり倒れんばかりの形相で、リリアをにらむ。
「アイアンメイデン……ッ! 許さんぞ……! ここは借りておいてやる。だが……次に貴様と相まみえたならば、その時こそこの屈辱……何倍にもして返し、八つ裂きにしてやる……ッ!」
 ぎりり、と音を立てて歯噛みしながら、ヘヴンリーはリリアと同タイプの飛行ユニットを作動させると、ソドム方面へと飛び去った。
 それを満身創痍の様子でにらんでいたリリアが、ふとやさしい顔でミナを振り返る。
「ミナ……サン、無事デス……か」
 その様子にミナが今にも泣き出しそうな様子で、こくこくとうなずく。
「よ……カッ……た」
 その言葉を最後に、リリアの瞳から光が消えた。そして再び……彼女は、ゆっくりと倒れた。


Birth day in the rain

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