into the battlefield
ー/ー
「それでは、最終ブリーフィングを行う。それぞれ、自分の役割をしっかりと頭に叩き込んでおいてくれ」
翌日、シェイの工場、指令室では、セトミらとリリア、シェイ、そしてタリアとシルバが作戦の最終確認を行っていた。
作戦――――それは、ソドムをクーデター軍の支配から解放する、反攻作戦である。
「まず、今回は主に三つの隊を使い、奴らの基地を叩く。地上のオートマトン部隊を叩く、ヒューマンの大隊、父……シドウ・シラミネの救出を目的とする隊、ウロボロスの破壊を目的とする隊の三つだ」
ソドムの地図を広げながら、タリアがそれぞれの顔を見回す。
「まず地上のオートマトン部隊を、私が指揮する大隊が叩く。だが、正面突破が目的ではない。後に続く貴君らの隊の道を作るのが目的だ」
「……つーと、なにかしら、奴さんらの基地に直で乗り込める手段があるってこったな? いくら数ではこちらが勝るとは言え、地上の正面突破でなんとかなるなら、とっくにやってるだろうしな」
懐から取り出したタバコに火を着けながら、ショウが鋭くタリアを見る。
「その通りだ。ソドムのゲートからそれほど遠くないところに、戦前から存在する地下メトロラインが存在している。以前から、軍では極秘に調査を行っていた、な。それによれば、これは現在も動力が生きており、基地の地下――――閉鎖された区画につながっていることが確認されている。このような事態が起きなければ、本格的な復旧作業が行われる予定だった」
「なーる、そこまで大将さんたちが道を切り開いて、そっから一気に特攻む(ぶっこむ)。そういう奇襲作戦なわけだ」
腕を組みながら、セトミが車輪のついた椅子でくるくると回りながつつ、笑う。
「ああ。これはまだ議会内でも一部の者しか知らない。あのシュナイゼルも知らないはずだ。だが……」
歯切れが悪く、タリアの言葉が途切れる。その表情も、あまり愉快でないことを伝えなくてはいけないことを物語るように、少々苦い。
「一つ問題がある。メトロラインは、どうやらクリーチャーどもの巣になっているようでな。列車を発車さえできれば問題はないと思うが、その規模がどれほどのものか、まだ調査不足なのだ」
だが苦い表情のタリアに対し、セトミは笑みを崩さない。
「……ま、いいんじゃない? こちとら本職をなんだと思ってんの? シャドウ探索は、腕利きと評判のチェイサーキャット&ブラックドッグにお任せあれ、ってね」
惰性でくるくると回る椅子の上であぐらをかいたセトミが、ウィンクしながら自身の顔を親指で指してみせる。それを一瞬、呆けたように見ていたタリアだったが、すぐにつられるようにして笑った。
「そうだったな。貴君らは確かにその道の専門家であった。頼りにしている」
それから彼女は、地図の一点――――中央管理局を指し、その場の面々の顔を見回した。
「無事、基地へたどりつけたら、二手に分かれて行動だ。先ほども言ったが、シドウ・シラミネを救助する隊、そして、ウロボロスの破壊に赴く隊。救助隊は、シルバ、セトミを前線部隊、ドッグ・ショウをデヴァイスによる後方支援部隊とする」
「……了解した。あの方の救助になら、自分から志願しようと思っていた」
「あいよ。二人分のデヴァイス操作か。こりゃデスクワークもらくじゃねえな」
精悍な表情でシルバが、ぼりぼりと頭を掻いて苦い顔でショウが、それぞれ答える。
「残りのリリア、シェイ、ミナの三名はウロボロスの破壊を頼む。三人は前線へ自警団を連れて乗り込め。後方支援は、エマに行ってもらう」
「ちょちょちょ、ちょっと待った!」
しっかりとした口調で言うタリアに、セトミが慌てた様子で片手をかざしてみせる。
「ん? なんだ?」
「なんだじゃないよ、お姉さん! ミナを最前線に立たせるなんて、マジで言ってるわけ!? ミナはまだ子供なのよ、子供!」
口角泡を飛ばして詰め寄るセトミに、タリアは少々引きながらも、我関せずといった様子でたたずむミナを指してみせる。
「しかし……本人たっての希望だったので……てっきり、私は君らも承知の上だと……」
「んなわけないでしょ! どこの世界に年端もいかない子供が戦場に立つことを許す保護者がいるってのよ!」
しかし、そうがなるセトミを、問題となっているミナ自身が制した。
「お姉ちゃん、前も言ったけど、ミナ、自分で戦うって決めた。ミナ、リリアおねえちゃんたちのために、なにかしたい。そして、ミナ、ファースト・ワン。みんなのために戦える力、ある。こんな力でも、誰かのために使える」
「ミナ、あんた……」
ミナの言った言葉……それはかつて、エデンでセトミ自身が言った言葉と似ていた。
――――こんな力でも、誰かのために使うこともできるって、あの子が教えてくれた気がするから――――。
奇しくも、その言葉をセトミが紡ぐきっかけとなったミナが、今、ひどく似た言葉を語っている。
セトミは小さくため息をついて見せると、タリアとミナに背を向け、肩をすくめて見せた。
「わかった、好きになさい。ただし、命あっての物種だからね。ヤバいときは、しっぽ巻いて逃げること。わかった?」
三人のそんな様子を見、呆れ半分、微笑み半分といった複雑な表情のタリアが口を開いた。
「おう、悪かったな、少将どの。続けてくれ」
ショウの横柄な物言いも気にせず、タリアはその先を続ける。
「と言っても、あとはそれほど細かい作戦ではない。それぞれがそれぞれの目的のために、現地で最善と思われる行動をとってもらえればいい。ただ、気を付けるべきは、先日ここを強襲した者――――ヘヴンリー軍曹だ」
その者の名前に、リリアがその瞳をにわかに鋭く細める。
「先日の戦いで負傷したとは言え、その戦闘能力は絶大だ。恐らく地上部隊ではなく、基地に配置されていると思われるが――――遭遇した際は十分に注意しろ」
「おそらく彼女は……私を狙ってくるでしょう。彼女にとって、この戦いの勝者が誰であるかよりも、私を倒せるか否かが重要なようですから」
あくまで表情を変えずに言うリリアであるが、その胸中が穏やかでないことは想像に難くない。わずかながら、その両手が普段よりも力強く握られているのを、セトミは見た。
「彼女にとって、己が存在することの意味は、破壊すること。それと真っ向から対立する存在意義を持つ私に対し、並々ならぬ強い感情を持っています。彼女を止めなければ、いずれ町は破壊される。それだけは防がねばなりません。――――それは、私の役割です」
だがそこに恐れや迷いは感じさせない。凛とした瞳はいよいよもって強い意志の光を宿している。
「――――なんなのさ、自分は機械だの、システムに縛られているだの言ってたくせに、並の人間よりずっと強い意志があんじゃない」
不意に、セトミが微笑みながら、リリアの背を叩いた。
不意に、セトミが微笑みながら、リリアの背を叩いた。
「そう……なのでしょうか。私は、私の役割を遂行するだけです」
不思議そうな瞳で見つめ返すリリアに、セトミはなおのこと輝くように笑ってみせる。
「上等上等。それはやらされてんじゃなく、あんたの意思でやるんだから。意思があるかないかなんて、そんだけで十分よ」
答えを求めるように、他のメンバーへと視線をさまよわせるリリアに、各々がうなずいて見せる。。それを見、リリアはどこか安心したように微笑み、頷き返した。
「よし――――では、本日1300より、状況を展開する。各自、武運を祈っている!」
タリアの力強い号令が、この戦いの行方を決める一日の幕開けを、宣戦布告の如く宣言していた。
同日、午後。セトミらの元に、タリアより予定通りメトロラインへの道を確保したとの連絡が入った。デヴァイスによる後方支援を担当するショウを残し、セトミらは一路メトロラインへ向かう。
「到着までは、それほどかかりません。各自、武器の最終チェックは済んでいますね?」
バギーのエンジンをかけながら、リリアが他のメンバーに声をかける。
「私の方はばっちりよ。いつでもいけるわ」
「こちらも問題ない。準備は上々だ」
セトミとシルバが、それぞれ答える。他のメンバーも。異を唱える者はいない。
「……では、出発いたします」
しっかりとした瞳で前を見据え、リリアがバギーをスタートさせる。
「ところでシェイ、あんた専門は修理とメンテナンスなんでしょ? 前線まで出てきて、大丈夫なわけ?」
少々不安げな様子で尋ねるセトミに、当のシェイは頭をかきながら苦い顔をしてみせる。
「んー……ま、不安は不安なんだけどね。彼女のメンテをしないといけないし。それにまあ、戦闘プログラムは搭載してないけど、まったく戦えないわけでもないから」
言いながら、シェイはちらりと運転席のリリアを見やる。
「……すみません。私がまだ完全に復調していないばかりに」
「何言ってるんだい。ヘヴンリーとやらが来た時、君が身を挺して防戦してくれなければ、下手すれば町は壊滅させられていた。その君を守ろうとするのは当然さ」
照れくさそうに微笑むシェイの笑顔を見、リリアはかすかにうつむく。
こう言ってくれる友を、その友がいる町を、守りたい。そう思うことは、自分に心があるからではなく、システムによってのことなのかもしれない。いや、恐らくはあのヘヴンリーの言うとおり、システムに縛られてのことなのだろう。
だが、それでも構わない。その思いが心によるものであろうと、システムの束縛によるものだろうと、想いであることには違いはない。自分は守るために造られた。ならばそれを行うことが、自分にとって生きるということなのだという想いは、決して束縛でなどはない。
「シェイ……ありがとう」
顔を上げたリリアの表情は、どこかぎこちなく、かすかで、しかし間違いなく、優しく微笑んでいた。
「どういたしまして。リリア……君、少し、変わったね」
シェイのその言葉に、リリアは少し驚いたように目を開く。
「そう……でしょうか」
「うん。前よりも、よく笑うようになった。前よりも、いい表情でね」
今度はリリアが、照れたようにシェイから視線を逸らす。
「……そ、そんなことはありません。メモリーを参照してみても、私の機体情報には、以前となんら変化はありません。シェイの瞳のレンズシステムにバグがあるのではありませんか? 一度、精密点検を行うことを推奨いたします」
「うわ、バグ扱い!? ひどっ!」
二人の会話に、これから戦場に行くとは思えないほどの和やかな空気がその場を支配した。だが、それもゲートを超えてからは、急速に張りつめた緊張感へと変わっていく。
「……和やかなのもここまでです。これより先は、敵陣となります。戦闘の準備をしてください」
その言葉を待っていたかのように、セトミがAOWを、ミナがボウガンを、シルバが先日ショウの使ったハンティングライフルを構える。
「このあたりはタリアの部隊がなるべく敵戦力を削っていったはずだ。だが油断するな。我々は対オートマトン用の兵装を用意していたわけではない。恐らくすべての敵を殲滅は――――」
シルバがそこまで行ったところで、一人前方をスコープで探っていたセトミのAOWが火を噴いた。
刹那、爆発音とともに、元は小型の路上作業用オートマトンとみられる機体が炸裂する。
「――――こういうこと、みたいね」
「そういうこと、だ」
スコープから目を離し、少々皮肉気な笑みでシルバを見るセトミに、彼は苦い表情で同意する。
「他にもかすかながら、ガンマレイエネルギーが点在しています。……前方、約200メートルの地点に更なる敵影を感知。小型ですが、十数体ほどの数が存在します」
「ちぃッ!」
緊張感を込めたリリアの言葉に、シルバがライフルを構える。その敵影が視界に入ると同時に、彼はトリガーを引いた。それらはすべて敵にヒットするものの、その頑丈なボディに大きなダメージは与えられない。
先ほどのものと同じ、路上作業用オートマトン。本来であれば、道路工事や橋の建設といった作業に従事するもののため、銃器を装備してはいないが、近くでドリルやローラーを振り回されるのは、さすがにぞっとしない。
「やっぱ実弾銃じゃ厳しそうね。シェイ、やるよ!」
「ま、戦闘用じゃないから、あんまり期待しないでよね!」
スコープをのぞきながら、その瞳を紅く染めたセトミが、照準に次々と標的を捉えてはトリガーを引く。瞬く間に行く手を塞ぐオートマトンの数は半減し、鉄くずと散った。
弾頭によって相手の装甲を貫くことに重きを置く実弾銃よりも、エネルギーを直接放射してその衝撃でダメージを与えるガンマレイの方が、オートマトンのような硬い装甲を持つ相手には向いていた。
「さすがだな。その銃の威力もさることながら、高速で移動するバギーの上から百発百中とは……その瞳、あのまま敵対していなくてよかったよ」
「やめてよ。あんたなら、ろくでもないことでこうなったの、わかるでしょ?」
「……それもそうだ」
舌を出しながらAOWをリロードするセトミに、シルバがどこか愁いを帯びた瞳で苦笑する。彼もまた、望むと望まざると関係なく、その瞳を手にしてしまうことになったのであろう。
「……敵数の半減を確認、防御陣を突破します。各人、衝撃に備えてください」
冷静なリリアの声とともに、バギーは高速で敵の合間をすり抜けていく。オートマトンの持つドリルやローラーが時折バギーに迫るが、車体を傷つけられることなく、巧みにその中を突破した。
「うひゃ!」
敵のさなかを突破するその状況にすっかり及び腰だったシェイの側に、オートマトン兵が取りつく。その腕のドリルが大きく振り上げられる。
が、次の瞬間、耳をつんざくような発砲音とともに、オートマトン兵は吹き飛び、後ろの景色へと流れていった。
「大丈夫か?」
その発砲音の発射元は、後部座席に座るシルバだった。彼らの装甲を貫くことは難しい実弾銃ではあったが、至近距離で被弾すれば、さすがにその衝撃を殺しきることはできないようだ。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「礼にはおよばない。俺は、俺の味方だから助けただけだ。それより、気を付けろ。まだ敵襲があるかもしれん」
頭を掻いてお礼を言うシェイと、油断なくライフルを構えるシルバを見比べ、リリアがどこか複雑な表情をする。シルバは味方で、撃たれたオートマトン兵は操られているだけだとしても、やはり人間が機械を撃ち、それに対して機械がお礼を言うというのは、どこか複雑な思いだ。
「……リリアお姉ちゃん……」
その表情に、ミナが心配そうにリリアの横顔をのぞき込む。
「……大丈夫です。これは、必要なことなのですから」
そういうリリアの表情は、しかしやはり明るいものではない。
「……すまない」
その横顔に、ライフルのスコープをのぞいたままの、シルバの声が届いた。
「……え?」
「これは、君たちに対する人間の恐れが招いたことだ。罪のない同族と戦わねばならぬのは……辛いことだろう。人間も同じだ。罪のない人を傷つけるのは、やはり良心が咎める」
普段よりも饒舌な、しかし彼の不器用さを表すように、警戒を解いて視線を合わせようとはしないシルバの言葉は、どこかかつてのマスターの言葉とだぶって聞こえた。
「許してくれ、などとは言えん。だが……こんなことは、この戦いで、終わりにしよう」
「……はい。もちろんです」
ハンドルを操りながら、リリアがうなずく。不意に、その瞳が前方の人影を捉えた。灰色の都市迷彩に身を包んだ女性――――タリアだ。
リリアは速度を落とし、そのすぐわきにバギーを止める。向こうも、すぐにこちらに気が付いた。
「来たか。こちらはメトロへの入り口の確保は完了した。後は貴君らの突入後、ここを維持する部隊と侵攻を続ける部隊とに分かれ、戦闘を継続する。だが……すまないが、こちらにはあまり期待するな。相性の悪さを、人海戦術でごまかして進むしか、我々には打つ手がない」
「それでも前に出るのは――――己の身を盾とし、陽動とする……。そういうことだろう? タリア」
シルバの鋭い視線に、冷静だったタリアの表情がふと驚きに染まり……そして、笑った。
「やれやれ、気づかれていたか。お前たちばかりにいいかっこをさせるのでは癪なのでな。一花くらいは咲かせてやろうと思っていたのだが、やはりお前にはお見通しか」
「当たり前だ。お前とつるむようになって何年だと思ってる? だから、お前が本当にこの戦いで憂いていることも、俺が片づけてきてやる。……シラミネ先生のことは、任せろ。俺が必ず、助け出してきてやる」
タリアの肩に手を置き、きっぱりと言い切ったシルバに、彼女が思わず顔を伏せる。周囲から見えないように伏せたその顔からは、しかし一筋、涙が流れるのが見えた。今はソドム軍の指揮を執る身とはいえ、若い女性には違いない。本当は、父を人質に取られて心中穏やかではなかったのだろう。
「……ばか、なぜそれをここで言う。私は今現在、軍の最高指揮官だぞ。……一度目は許してやるが、もし二度もこの指揮官を泣かせるようなことがあったら……軍法会議にかけてやるから」
「……ああ、わかってる。そんなことはさせない」
まっすぐに視線を送るシルバに、タリアが顔を上げた。そこにもう涙はなく、かすかな微笑みのみがそこにあった。
「……馬鹿者。上官に対しては『イエス・マム』だ。それと、ちゃんと敬礼をしろ」
その言葉に、今度はシルバが少々驚いたような顔をしてから、笑う。
「……『イエス・マム』」
そして、笑いながら、片手で敬礼をして見せた。それに対し、タリアも笑って敬礼を返す。
それが戦闘再開の合図であったかのように、セトミらはメトロラインの地下へと降りていく階段を進み始めた。
「……ねえねえ、あんた、むっつりしっぱなしの朴念仁だと思ってたら、案外やるじゃない。『任せろ、先生は必ず俺が助け出してやる』。いやー、しびれるうー」
不意に、先頭を歩くセトミが、隣を歩くシルバの脇腹を、にやにやしながら肘でつつく。彼女が言っているのは、先ほどのシルバとタリアの別れのあいさつのことだ。
「なっ……馬鹿者! 今はミッションの最中だ! そちらに集中しろ!」
思い出してから恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤にしたシルバが、鞘に納めたままのカタナでセトミの脇をつつき返した。
「そうだねー、かわいい司令官様のためだもん。がんばんないとねー」
「ええい、まだ言うか! いい加減に……」
今度はもっと強く叩こうとするシルバが、不意にはっとその手を止めた。さっきまでふざけていたはずの、その叩くべき相手の目が、長く重く続く闇の先をその視線で貫かんとするかのように、鋭く変わっているからだった。
それにつられるようにして、シルバもその視線の先を探る。
調査では、戦前から存在していた地下鉄の路線をそのまま利用したという、メトロライン。ここはまだ、その駅へと通じる地下通路跡のようだ。周囲には飲食店や書店であったと思われる店舗跡が、かつての姿を感じさせない、物言わぬ屍となってその骸を晒している。
その闇の奥を刺すような視線で探ってみるが、何者かの気配は感じられない。
「……何もいないようだが……?」
「いや……いるわ。あいつ、こっちが出てくるのを待ってる」
シルバの言葉に、セトミはすんすんと猫がにおいをかぐような仕草で答える。
「……メトロラインとかいうやつ、いくら稼働できる状態らしいって言っても、準備くらいは必要なんでしょ。そのために、シェイに前線まで出てきてもらったんだから。シェイ、どれくらいかかる?」
「……前情報が正しければ、十分くらいあれば、おそらく」
事前にタリアからもらったメトロラインの図面を確認しながら、シェイが言う。
「OK。その間、私が奴と遊んであげるわ。その間に、メトロの準備をよろしく」
「しかし……大丈夫なのか? 相手がどれだけいるかもわからんのに……」
なおも不安を口にするシルバに、セトミは一本、人差し指を立てて見せた。
「……いや、敵は一体だけよ。ただし、そう簡単にはいかないわ。みんなは、私が飛び出した後、バカでかい音がするはずだから、それを合図に飛び出して。そのまま一気に駅までなだれ込んで、メトロの準備ができたら私のデヴァイスに連絡して。いいわね?」
「セトミさん、お待ちください」
早口で言うセトミに、思わずリリアが口を挟もうとするが、指を立てたままのセトミの右手が、その言葉を遮る。
「悪いね、ロボ子。もう時間がない。そろそろ、あいつ焦れてくるころだから。もう動かないと、みんなまとめて丸呑みよ」
「丸呑み……?」
ミナがセトミに疑問を口にしようとした時には、すでに彼女の姿はなかった。メトロの闇の中へと、その姿は踊りでていたのだ。
刹那、まるで地震のような地響きが辺りを包みだす。それは止まることなく断続的にしかも徐々に大きくなっていく。
「や……っ」
それはやがて、ミナのような子供では立っているのもおぼつかないほどの巨大なものへと成長した。あたかも、その揺れ自身が怪物であるかのように、それはそこにいる者の心を不安で満たしていく。
「俺につかまれ。……なんだ、これは!? 地震か!?」
ミナの手を取りながら、シルバが怒鳴る。もはや大声をあげなければ、声を聞き取ることさえ難しいほどに、その揺れは激しくなっていた。
「いえ……恐らく違います」
そんな中、リリアがあくまで冷静に言う。どうやら周囲をサーチしていたらしく、その瞳がいまだ、機械音を鳴らしながら収縮を続けている。
「地中に、巨大な生命反応があります。現在、それはセトミさんを追うようにして移動中。私たちのいる位置からは、徐々に離れつつあります」
「巨大な生命反応……? まさかそれが、この揺れを引き起こしてるっていうのかい?」
おびえたような表情で周囲に視線を巡らすシェイに、リリアはこくりと、一つうなづいて見せた。
……そして、次の瞬間。それを体現するかのように、セトミの言っていたひときわ大きな地響きが周囲を襲った。
「うわっ!」
もはや、大の大人であるシルバですら立っていられないほどのすさまじい揺れが、まるで暴君のごとくその場を支配した。が、それも一瞬で、揺れは再び、小規模な地震ほどのものに戻る。
「……おねえちゃん!」
「待て!」
思わずセトミを心配し、駆けだそうとするその肩を、シルバがつかんだ。
「離して! おねえちゃんのところにいく!」
シルバの手を振り払おうとするミナの肩を、シルバは両手でがっしりとつかむ。そして目線を合わせるようにミナの前にかがみこむと、まっすぐな視線で彼女を見た。
「いいか。これはおそらくだが、セトミは君や、他の皆を危険にさらさないために、一人で飛び出していったんだ。ここで君が彼女を追いかけて巻き込まれては、その気持ちが無駄になる。それに、俺たちにだって彼女のためにできることがあるはずだ。わかるな?」
「……はやく、でんしゃを動かせるようにすること……」
ふてくされるようにシルバから視線を逸らしながらも、ミナは渋々といった様子で頷く。その頭を、わしわしとした触感が撫でていく。驚いたミナがそこに目をやると、そこにあったのは、自分の頭を撫でるシルバの手だった。
「よし、いい子だ。……では、俺たちはメトロに向かって出発しよう。ここのクリーチャーが何者かわからんが、急いだ方がいいのは間違いない」
シルバの言葉が合図であったように、暗い地下の道を走り出す。
「……少し、意外でした」
不意に、シルバの隣を走るリリアが、不思議なものを見るかのような視線をシルバに送る。
「……ん?」
その言葉が自分に向けられたものであると気づき、何とはなしに、シルバは彼女に視線を返した。
「敵として出会った時のあなたは、もっと冷徹に見えました。しかし、今日――――。シェイを助け、仲間と別れを惜しみ、そしてミナさんを導いたあなたは、決してそのようには見えない。……なにかが、変わったのでしょうか」
しかしそのリリアの問いに、シルバはかぶりを振る。
「いや、なにも変わってはいない。ただ、同じ相手でも、はじめから敵同士ということが前提で相手と接するのと、協力し合えるかもしれない状況でコミュニケーションをとるのでは、全く違ってくるだろう。敵意しか見えなかったのが、好意や、気遣いといったものも見えるようになってくるかもしれない」
どこか遠くを見るような目で話すシルバに、リリアはその胸にぽつりと一つ落ちた、想いの雫が、またも波紋を広げていくのを感じる。
「人間とオートマトンだってそうだ。互いの間に敵意や、恐れや、利害といったものしかないのでは、見えないものも多いだろう。だから……これを機に、君たちのいろいろな表情が見たいと、そう思っただけだ、俺は」
どうも本音をまっすぐに言うことが苦手らしいシルバは、視線を彼方へさまよわせたまま、独り言ちるように言う。
そんな彼の横顔を、リリアは少しだけ、以前よりも近くにあるように感じるのだった。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
「それでは、最終ブリーフィングを行う。それぞれ、自分の役割をしっかりと頭に叩き込んでおいてくれ」
翌日、シェイの工場、指令室では、セトミらとリリア、シェイ、そしてタリアとシルバが作戦の最終確認を行っていた。
作戦――――それは、ソドムをクーデター軍の支配から解放する、反攻作戦である。
「まず、今回は主に三つの隊を使い、奴らの基地を叩く。地上のオートマトン部隊を叩く、ヒューマンの大隊、父……シドウ・シラミネの救出を目的とする隊、ウロボロスの破壊を目的とする隊の三つだ」
ソドムの地図を広げながら、タリアがそれぞれの顔を見回す。
「まず地上のオートマトン部隊を、私が指揮する大隊が叩く。だが、正面突破が目的ではない。後に続く貴君らの隊の道を作るのが目的だ」
「……つーと、なにかしら、奴さんらの基地に直で乗り込める手段があるってこったな? いくら数ではこちらが勝るとは言え、地上の正面突破でなんとかなるなら、とっくにやってるだろうしな」
懐から取り出したタバコに火を着けながら、ショウが鋭くタリアを見る。
「その通りだ。ソドムのゲートからそれほど遠くないところに、戦前から存在する地下メトロラインが存在している。以前から、軍では極秘に調査を行っていた、な。それによれば、これは現在も動力が生きており、基地の地下――――閉鎖された区画につながっていることが確認されている。このような事態が起きなければ、本格的な復旧作業が行われる予定だった」
「なーる、そこまで大将さんたちが道を切り開いて、そっから一気に特攻む(ぶっこむ)。そういう奇襲作戦なわけだ」
腕を組みながら、セトミが車輪のついた椅子でくるくると回りながつつ、笑う。
「ああ。これはまだ議会内でも一部の者しか知らない。あのシュナイゼルも知らないはずだ。だが……」
歯切れが悪く、タリアの言葉が途切れる。その表情も、あまり愉快でないことを伝えなくてはいけないことを物語るように、少々苦い。
「一つ問題がある。メトロラインは、どうやらクリーチャーどもの巣になっているようでな。列車を発車さえできれば問題はないと思うが、その規模がどれほどのものか、まだ調査不足なのだ」
だが苦い表情のタリアに対し、セトミは笑みを崩さない。
「……ま、いいんじゃない? こちとら本職をなんだと思ってんの? シャドウ探索は、腕利きと評判のチェイサーキャット&ブラックドッグにお任せあれ、ってね」
惰性でくるくると回る椅子の上であぐらをかいたセトミが、ウィンクしながら自身の顔を親指で指してみせる。それを一瞬、呆けたように見ていたタリアだったが、すぐにつられるようにして笑った。
「そうだったな。貴君らは確かにその道の専門家であった。頼りにしている」
それから彼女は、地図の一点――――中央管理局を指し、その場の面々の顔を見回した。
「無事、基地へたどりつけたら、二手に分かれて行動だ。先ほども言ったが、シドウ・シラミネを救助する隊、そして、ウロボロスの破壊に赴く隊。救助隊は、シルバ、セトミを前線部隊、ドッグ・ショウをデヴァイスによる後方支援部隊とする」
「……了解した。あの方の救助になら、自分から志願しようと思っていた」
「あいよ。二人分のデヴァイス操作か。こりゃデスクワークもらくじゃねえな」
精悍な表情でシルバが、ぼりぼりと頭を掻いて苦い顔でショウが、それぞれ答える。
「残りのリリア、シェイ、ミナの三名はウロボロスの破壊を頼む。三人は前線へ自警団を連れて乗り込め。後方支援は、エマに行ってもらう」
「ちょちょちょ、ちょっと待った!」
しっかりとした口調で言うタリアに、セトミが慌てた様子で片手をかざしてみせる。
「ん? なんだ?」
「なんだじゃないよ、お姉さん! ミナを最前線に立たせるなんて、マジで言ってるわけ!? ミナはまだ子供なのよ、子供!」
口角泡を飛ばして詰め寄るセトミに、タリアは少々引きながらも、我関せずといった様子でたたずむミナを指してみせる。
「しかし……本人たっての希望だったので……てっきり、私は君らも承知の上だと……」
「んなわけないでしょ! どこの世界に年端もいかない子供が戦場に立つことを許す保護者がいるってのよ!」
しかし、そうがなるセトミを、問題となっているミナ自身が制した。
「お姉ちゃん、前も言ったけど、ミナ、自分で戦うって決めた。ミナ、リリアおねえちゃんたちのために、なにかしたい。そして、ミナ、ファースト・ワン。みんなのために戦える力、ある。こんな力でも、誰かのために使える」
「ミナ、あんた……」
ミナの言った言葉……それはかつて、エデンでセトミ自身が言った言葉と似ていた。
――――こんな力でも、誰かのために使うこともできるって、あの子が教えてくれた気がするから――――。
奇しくも、その言葉をセトミが紡ぐきっかけとなったミナが、今、ひどく似た言葉を語っている。
セトミは小さくため息をついて見せると、タリアとミナに背を向け、肩をすくめて見せた。
「わかった、好きになさい。ただし、命あっての物種だからね。ヤバいときは、しっぽ巻いて逃げること。わかった?」
三人のそんな様子を見、呆れ半分、微笑み半分といった複雑な表情のタリアが口を開いた。
「おう、悪かったな、少将どの。続けてくれ」
ショウの横柄な物言いも気にせず、タリアはその先を続ける。
「と言っても、あとはそれほど細かい作戦ではない。それぞれがそれぞれの目的のために、現地で最善と思われる行動をとってもらえればいい。ただ、気を付けるべきは、先日ここを強襲した者――――ヘヴンリー軍曹だ」
その者の名前に、リリアがその瞳をにわかに鋭く細める。
「先日の戦いで負傷したとは言え、その戦闘能力は絶大だ。恐らく地上部隊ではなく、基地に配置されていると思われるが――――遭遇した際は十分に注意しろ」
「おそらく彼女は……私を狙ってくるでしょう。彼女にとって、この戦いの勝者が誰であるかよりも、私を倒せるか否かが重要なようですから」
あくまで表情を変えずに言うリリアであるが、その胸中が穏やかでないことは想像に難くない。わずかながら、その両手が普段よりも力強く握られているのを、セトミは見た。
「彼女にとって、己が存在することの意味は、破壊すること。それと真っ向から対立する存在意義を持つ私に対し、並々ならぬ強い感情を持っています。彼女を止めなければ、いずれ町は破壊される。それだけは防がねばなりません。――――それは、私の役割です」
だがそこに恐れや迷いは感じさせない。凛とした瞳はいよいよもって強い意志の光を宿している。
「――――なんなのさ、自分は機械だの、システムに縛られているだの言ってたくせに、並の人間よりずっと強い意志があんじゃない」
不意に、セトミが微笑みながら、リリアの背を叩いた。
不意に、セトミが微笑みながら、リリアの背を叩いた。
「そう……なのでしょうか。私は、私の役割を遂行するだけです」
不思議そうな瞳で見つめ返すリリアに、セトミはなおのこと輝くように笑ってみせる。
「上等上等。それはやらされてんじゃなく、あんたの意思でやるんだから。意思があるかないかなんて、そんだけで十分よ」
答えを求めるように、他のメンバーへと視線をさまよわせるリリアに、各々がうなずいて見せる。。それを見、リリアはどこか安心したように微笑み、頷き返した。
「よし――――では、本日1300より、状況を展開する。各自、武運を祈っている!」
タリアの力強い号令が、この戦いの行方を決める一日の幕開けを、宣戦布告の如く宣言していた。
同日、午後。セトミらの元に、タリアより予定通りメトロラインへの道を確保したとの連絡が入った。デヴァイスによる後方支援を担当するショウを残し、セトミらは一路メトロラインへ向かう。
「到着までは、それほどかかりません。各自、武器の最終チェックは済んでいますね?」
バギーのエンジンをかけながら、リリアが他のメンバーに声をかける。
「私の方はばっちりよ。いつでもいけるわ」
「こちらも問題ない。準備は上々だ」
セトミとシルバが、それぞれ答える。他のメンバーも。異を唱える者はいない。
「……では、出発いたします」
しっかりとした瞳で前を見据え、リリアがバギーをスタートさせる。
「ところでシェイ、あんた専門は修理とメンテナンスなんでしょ? 前線まで出てきて、大丈夫なわけ?」
少々不安げな様子で尋ねるセトミに、当のシェイは頭をかきながら苦い顔をしてみせる。
「んー……ま、不安は不安なんだけどね。彼女のメンテをしないといけないし。それにまあ、戦闘プログラムは搭載してないけど、まったく戦えないわけでもないから」
言いながら、シェイはちらりと運転席のリリアを見やる。
「……すみません。私がまだ完全に復調していないばかりに」
「何言ってるんだい。ヘヴンリーとやらが来た時、君が身を挺して防戦してくれなければ、下手すれば町は壊滅させられていた。その君を守ろうとするのは当然さ」
照れくさそうに微笑むシェイの笑顔を見、リリアはかすかにうつむく。
こう言ってくれる友を、その友がいる町を、守りたい。そう思うことは、自分に心があるからではなく、システムによってのことなのかもしれない。いや、恐らくはあのヘヴンリーの言うとおり、システムに縛られてのことなのだろう。
だが、それでも構わない。その思いが心によるものであろうと、システムの束縛によるものだろうと、想いであることには違いはない。自分は守るために造られた。ならばそれを行うことが、自分にとって生きるということなのだという想いは、決して束縛でなどはない。
「シェイ……ありがとう」
顔を上げたリリアの表情は、どこかぎこちなく、かすかで、しかし間違いなく、優しく微笑んでいた。
「どういたしまして。リリア……君、少し、変わったね」
シェイのその言葉に、リリアは少し驚いたように目を開く。
「そう……でしょうか」
「うん。前よりも、よく笑うようになった。前よりも、いい表情でね」
今度はリリアが、照れたようにシェイから視線を逸らす。
「……そ、そんなことはありません。メモリーを参照してみても、私の機体情報には、以前となんら変化はありません。シェイの瞳のレンズシステムにバグがあるのではありませんか? 一度、精密点検を行うことを推奨いたします」
「うわ、バグ扱い!? ひどっ!」
二人の会話に、これから戦場に行くとは思えないほどの和やかな空気がその場を支配した。だが、それもゲートを超えてからは、急速に張りつめた緊張感へと変わっていく。
「……和やかなのもここまでです。これより先は、敵陣となります。戦闘の準備をしてください」
その言葉を待っていたかのように、セトミがAOWを、ミナがボウガンを、シルバが先日ショウの使ったハンティングライフルを構える。
「このあたりはタリアの部隊がなるべく敵戦力を削っていったはずだ。だが油断するな。我々は対オートマトン用の兵装を用意していたわけではない。恐らくすべての敵を殲滅は――――」
シルバがそこまで行ったところで、一人前方をスコープで探っていたセトミのAOWが火を噴いた。
刹那、爆発音とともに、元は小型の路上作業用オートマトンとみられる機体が炸裂する。
「――――こういうこと、みたいね」
「そういうこと、だ」
スコープから目を離し、少々皮肉気な笑みでシルバを見るセトミに、彼は苦い表情で同意する。
「他にもかすかながら、ガンマレイエネルギーが点在しています。……前方、約200メートルの地点に更なる敵影を感知。小型ですが、十数体ほどの数が存在します」
「ちぃッ!」
緊張感を込めたリリアの言葉に、シルバがライフルを構える。その敵影が視界に入ると同時に、彼はトリガーを引いた。それらはすべて敵にヒットするものの、その頑丈なボディに大きなダメージは与えられない。
先ほどのものと同じ、路上作業用オートマトン。本来であれば、道路工事や橋の建設といった作業に従事するもののため、銃器を装備してはいないが、近くでドリルやローラーを振り回されるのは、さすがにぞっとしない。
「やっぱ実弾銃じゃ厳しそうね。シェイ、やるよ!」
「ま、戦闘用じゃないから、あんまり期待しないでよね!」
スコープをのぞきながら、その瞳を紅く染めたセトミが、照準に次々と標的を捉えてはトリガーを引く。瞬く間に行く手を塞ぐオートマトンの数は半減し、鉄くずと散った。
弾頭によって相手の装甲を貫くことに重きを置く実弾銃よりも、エネルギーを直接放射してその衝撃でダメージを与えるガンマレイの方が、オートマトンのような硬い装甲を持つ相手には向いていた。
「さすがだな。その銃の威力もさることながら、高速で移動するバギーの上から百発百中とは……その瞳、あのまま敵対していなくてよかったよ」
「やめてよ。あんたなら、ろくでもないことでこうなったの、わかるでしょ?」
「……それもそうだ」
舌を出しながらAOWをリロードするセトミに、シルバがどこか愁いを帯びた瞳で苦笑する。彼もまた、望むと望まざると関係なく、その瞳を手にしてしまうことになったのであろう。
「……敵数の半減を確認、防御陣を突破します。各人、衝撃に備えてください」
冷静なリリアの声とともに、バギーは高速で敵の合間をすり抜けていく。オートマトンの持つドリルやローラーが時折バギーに迫るが、車体を傷つけられることなく、巧みにその中を突破した。
「うひゃ!」
敵のさなかを突破するその状況にすっかり及び腰だったシェイの側に、オートマトン兵が取りつく。その腕のドリルが大きく振り上げられる。
が、次の瞬間、耳をつんざくような発砲音とともに、オートマトン兵は吹き飛び、後ろの景色へと流れていった。
「大丈夫か?」
その発砲音の発射元は、後部座席に座るシルバだった。彼らの装甲を貫くことは難しい実弾銃ではあったが、至近距離で被弾すれば、さすがにその衝撃を殺しきることはできないようだ。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「礼にはおよばない。俺は、俺の味方だから助けただけだ。それより、気を付けろ。まだ敵襲があるかもしれん」
頭を掻いてお礼を言うシェイと、油断なくライフルを構えるシルバを見比べ、リリアがどこか複雑な表情をする。シルバは味方で、撃たれたオートマトン兵は操られているだけだとしても、やはり人間が機械を撃ち、それに対して機械がお礼を言うというのは、どこか複雑な思いだ。
「……リリアお姉ちゃん……」
その表情に、ミナが心配そうにリリアの横顔をのぞき込む。
「……大丈夫です。これは、必要なことなのですから」
そういうリリアの表情は、しかしやはり明るいものではない。
「……すまない」
その横顔に、ライフルのスコープをのぞいたままの、シルバの声が届いた。
「……え?」
「これは、君たちに対する人間の恐れが招いたことだ。罪のない同族と戦わねばならぬのは……辛いことだろう。人間も同じだ。罪のない人を傷つけるのは、やはり良心が咎める」
普段よりも饒舌な、しかし彼の不器用さを表すように、警戒を解いて視線を合わせようとはしないシルバの言葉は、どこかかつてのマスターの言葉とだぶって聞こえた。
「許してくれ、などとは言えん。だが……こんなことは、この戦いで、終わりにしよう」
「……はい。もちろんです」
ハンドルを操りながら、リリアがうなずく。不意に、その瞳が前方の人影を捉えた。灰色の都市迷彩に身を包んだ女性――――タリアだ。
リリアは速度を落とし、そのすぐわきにバギーを止める。向こうも、すぐにこちらに気が付いた。
「来たか。こちらはメトロへの入り口の確保は完了した。後は貴君らの突入後、ここを維持する部隊と侵攻を続ける部隊とに分かれ、戦闘を継続する。だが……すまないが、こちらにはあまり期待するな。相性の悪さを、人海戦術でごまかして進むしか、我々には打つ手がない」
「それでも前に出るのは――――己の身を盾とし、陽動とする……。そういうことだろう? タリア」
シルバの鋭い視線に、冷静だったタリアの表情がふと驚きに染まり……そして、笑った。
「やれやれ、気づかれていたか。お前たちばかりにいいかっこをさせるのでは癪なのでな。一花くらいは咲かせてやろうと思っていたのだが、やはりお前にはお見通しか」
「当たり前だ。お前とつるむようになって何年だと思ってる? だから、お前が本当にこの戦いで憂いていることも、俺が片づけてきてやる。……シラミネ先生のことは、任せろ。俺が必ず、助け出してきてやる」
タリアの肩に手を置き、きっぱりと言い切ったシルバに、彼女が思わず顔を伏せる。周囲から見えないように伏せたその顔からは、しかし一筋、涙が流れるのが見えた。今はソドム軍の指揮を執る身とはいえ、若い女性には違いない。本当は、父を人質に取られて心中穏やかではなかったのだろう。
「……ばか、なぜそれをここで言う。私は今現在、軍の最高指揮官だぞ。……一度目は許してやるが、もし二度もこの指揮官を泣かせるようなことがあったら……軍法会議にかけてやるから」
「……ああ、わかってる。そんなことはさせない」
まっすぐに視線を送るシルバに、タリアが顔を上げた。そこにもう涙はなく、かすかな微笑みのみがそこにあった。
「……馬鹿者。上官に対しては『イエス・マム』だ。それと、ちゃんと敬礼をしろ」
その言葉に、今度はシルバが少々驚いたような顔をしてから、笑う。
「……『イエス・マム』」
そして、笑いながら、片手で敬礼をして見せた。それに対し、タリアも笑って敬礼を返す。
それが戦闘再開の合図であったかのように、セトミらはメトロラインの地下へと降りていく階段を進み始めた。
「……ねえねえ、あんた、むっつりしっぱなしの朴念仁だと思ってたら、案外やるじゃない。『任せろ、先生は必ず俺が助け出してやる』。いやー、しびれるうー」
不意に、先頭を歩くセトミが、隣を歩くシルバの脇腹を、にやにやしながら肘でつつく。彼女が言っているのは、先ほどのシルバとタリアの別れのあいさつのことだ。
「なっ……馬鹿者! 今はミッションの最中だ! そちらに集中しろ!」
思い出してから恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤にしたシルバが、鞘に納めたままのカタナでセトミの脇をつつき返した。
「そうだねー、かわいい司令官様のためだもん。がんばんないとねー」
「ええい、まだ言うか! いい加減に……」
今度はもっと強く叩こうとするシルバが、不意にはっとその手を止めた。さっきまでふざけていたはずの、その叩くべき相手の目が、長く重く続く闇の先をその視線で貫かんとするかのように、鋭く変わっているからだった。
それにつられるようにして、シルバもその視線の先を探る。
調査では、戦前から存在していた地下鉄の路線をそのまま利用したという、メトロライン。ここはまだ、その駅へと通じる地下通路跡のようだ。周囲には飲食店や書店であったと思われる店舗跡が、かつての姿を感じさせない、物言わぬ屍となってその骸を晒している。
その闇の奥を刺すような視線で探ってみるが、何者かの気配は感じられない。
「……何もいないようだが……?」
「いや……いるわ。あいつ、こっちが出てくるのを待ってる」
シルバの言葉に、セトミはすんすんと猫がにおいをかぐような仕草で答える。
「……メトロラインとかいうやつ、いくら稼働できる状態らしいって言っても、準備くらいは必要なんでしょ。そのために、シェイに前線まで出てきてもらったんだから。シェイ、どれくらいかかる?」
「……前情報が正しければ、十分くらいあれば、おそらく」
事前にタリアからもらったメトロラインの図面を確認しながら、シェイが言う。
「OK。その間、私が奴と遊んであげるわ。その間に、メトロの準備をよろしく」
「しかし……大丈夫なのか? 相手がどれだけいるかもわからんのに……」
なおも不安を口にするシルバに、セトミは一本、人差し指を立てて見せた。
「……いや、敵は一体だけよ。ただし、そう簡単にはいかないわ。みんなは、私が飛び出した後、バカでかい音がするはずだから、それを合図に飛び出して。そのまま一気に駅までなだれ込んで、メトロの準備ができたら私のデヴァイスに連絡して。いいわね?」
「セトミさん、お待ちください」
早口で言うセトミに、思わずリリアが口を挟もうとするが、指を立てたままのセトミの右手が、その言葉を遮る。
「悪いね、ロボ子。もう時間がない。そろそろ、あいつ焦れてくるころだから。もう動かないと、みんなまとめて丸呑みよ」
「丸呑み……?」
ミナがセトミに疑問を口にしようとした時には、すでに彼女の姿はなかった。メトロの闇の中へと、その姿は踊りでていたのだ。
刹那、まるで地震のような地響きが辺りを包みだす。それは止まることなく断続的にしかも徐々に大きくなっていく。
「や……っ」
それはやがて、ミナのような子供では立っているのもおぼつかないほどの巨大なものへと成長した。あたかも、その揺れ自身が怪物であるかのように、それはそこにいる者の心を不安で満たしていく。
「俺につかまれ。……なんだ、これは!? 地震か!?」
ミナの手を取りながら、シルバが怒鳴る。もはや大声をあげなければ、声を聞き取ることさえ難しいほどに、その揺れは激しくなっていた。
「いえ……恐らく違います」
そんな中、リリアがあくまで冷静に言う。どうやら周囲をサーチしていたらしく、その瞳がいまだ、機械音を鳴らしながら収縮を続けている。
「地中に、巨大な生命反応があります。現在、それはセトミさんを追うようにして移動中。私たちのいる位置からは、徐々に離れつつあります」
「巨大な生命反応……? まさかそれが、この揺れを引き起こしてるっていうのかい?」
おびえたような表情で周囲に視線を巡らすシェイに、リリアはこくりと、一つうなづいて見せた。
……そして、次の瞬間。それを体現するかのように、セトミの言っていたひときわ大きな地響きが周囲を襲った。
「うわっ!」
もはや、大の大人であるシルバですら立っていられないほどのすさまじい揺れが、まるで暴君のごとくその場を支配した。が、それも一瞬で、揺れは再び、小規模な地震ほどのものに戻る。
「……おねえちゃん!」
「待て!」
思わずセトミを心配し、駆けだそうとするその肩を、シルバがつかんだ。
「離して! おねえちゃんのところにいく!」
シルバの手を振り払おうとするミナの肩を、シルバは両手でがっしりとつかむ。そして目線を合わせるようにミナの前にかがみこむと、まっすぐな視線で彼女を見た。
「いいか。これはおそらくだが、セトミは君や、他の皆を危険にさらさないために、一人で飛び出していったんだ。ここで君が彼女を追いかけて巻き込まれては、その気持ちが無駄になる。それに、俺たちにだって彼女のためにできることがあるはずだ。わかるな?」
「……はやく、でんしゃを動かせるようにすること……」
ふてくされるようにシルバから視線を逸らしながらも、ミナは渋々といった様子で頷く。その頭を、わしわしとした触感が撫でていく。驚いたミナがそこに目をやると、そこにあったのは、自分の頭を撫でるシルバの手だった。
「よし、いい子だ。……では、俺たちはメトロに向かって出発しよう。ここのクリーチャーが何者かわからんが、急いだ方がいいのは間違いない」
シルバの言葉が合図であったように、暗い地下の道を走り出す。
「……少し、意外でした」
不意に、シルバの隣を走るリリアが、不思議なものを見るかのような視線をシルバに送る。
「……ん?」
その言葉が自分に向けられたものであると気づき、何とはなしに、シルバは彼女に視線を返した。
「敵として出会った時のあなたは、もっと冷徹に見えました。しかし、今日――――。シェイを助け、仲間と別れを惜しみ、そしてミナさんを導いたあなたは、決してそのようには見えない。……なにかが、変わったのでしょうか」
しかしそのリリアの問いに、シルバはかぶりを振る。
「いや、なにも変わってはいない。ただ、同じ相手でも、はじめから敵同士ということが前提で相手と接するのと、協力し合えるかもしれない状況でコミュニケーションをとるのでは、全く違ってくるだろう。敵意しか見えなかったのが、好意や、気遣いといったものも見えるようになってくるかもしれない」
どこか遠くを見るような目で話すシルバに、リリアはその胸にぽつりと一つ落ちた、想いの雫が、またも波紋を広げていくのを感じる。
「人間とオートマトンだってそうだ。互いの間に敵意や、恐れや、利害といったものしかないのでは、見えないものも多いだろう。だから……これを機に、君たちのいろいろな表情が見たいと、そう思っただけだ、俺は」
どうも本音をまっすぐに言うことが苦手らしいシルバは、視線を彼方へさまよわせたまま、独り言ちるように言う。
そんな彼の横顔を、リリアは少しだけ、以前よりも近くにあるように感じるのだった。