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第十三巻

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 夕刻時、小山田信近(おやまだのぶちか)の件は、たけの耳にも届いた。きていた明心(あこ)と一緒に、うめと定正(さだまさ)が説明したのである。
 「にしてもさ。何で今更、婚約者の仇討ちとかいってんの。そいつ」
 「ふふ、単なる馬鹿なのだ。先の戦に負けた腹いせだろう」
 「えー、何それ。よくわかんないんだけど」
 「私を見られてもな。勝つも負けるも上次第だと思うが」
 「姫の言う通り。どうも信近殿は若に敵意を向けている様でね。比べられでもしたのかもしれぬ」
 と、広げた扇をゆっくり仰ぐ男性。比べようがないじゃん、という若年の言葉に、乳母のげんこつが飛んだ。
 少年は頭をさすりながら、
 「それで。おれたちはどうすりゃいいの」
 「たけ殿はこの館にいて頂くが。お前は決めていない。どうしたい」
 「どうって。姉貴がここにいるならここにいるよ」
 「やはりそうか。なれば条件がある」
 「条件?」
 口をとがらせた明心に対し、定正は目を細めながら口角をあげる。同時に、一人の青年が入室した。
 「お前は平家の郎党らと組み、たけ姫と共に脱走しようとしたからな。そういう意味では信用されておらぬのだよ。分かるか」
 「お目付け役、ってことかよ」
 「左様。ああ、私がこちらに来ていたのは、単純な好奇心だぞ」
 「小僧、前にも話したが。ここはお館様一家中心で動いておる。中核を担う方々を危険に晒す訳にはいかぬじゃ」
 お前は武士では無い故どう動くか読めん、と、うめ。彼女の一歩後ろで座っている青年は、事件時に庭で見た青年だった。
 「明心。ここに留まりたければ受ける以外にない」
 「納得しなかったら」
 「前線に連れていかれるだろうな。私では庇えだてできぬ」
 「ふうん。そりゃしょうがないか。面倒くさい力関係だなあ」
 「おや。随分と素直ではないか。もっと対抗するかと思うたが」
 「しても無駄じゃん。少なくともここの決まりは、従ったほうが長生きできる」
 「賢明だ。良い判断をしたな」
 ご満悦な定正に対し、明心は半目の表情で返す。無意識にやられたわき腹を抑えているのを、前者は見逃さなかった。
 「定正殿。他の者達は」
 「怪我が酷い者は動かさぬよ。今の所、定清兄上の隊半分が残る」
 「左様でございますか」
 「まさかとは思うが。たけ姫よ、共に戦うなどとは言うまいな」
 「ございませぬ。光正殿に止められました故」
 はあ、と息を吐く、たけ。出ようとしてたのか、と、その場にいる全員が思う。
 さすがの色男も眉間に手をあてながら、
 「今までの生活の癖があろうが。立場を考えてもらわねば困る」
 「心得ておりまする。故に、彼らに伝えて頂きたい言葉がございます」
 「何か」
 たけは目を鋭くさせ、回答者を射抜く。
 「私の代わりに小山田信近をぶん殴ってこい、と」
 と、至極当然のごとく口にする、たけ。気のせいか、嬉々とした雰囲気をまとっている模様。
 一方、源家側はというと、定正とうめは呆気にとられ、明心と青年は吹きだしてしまう。まあ、青年のほうは、乳母ににらまれてすぐに抑えたが。
 「はっはっはっはっ。良かろう、必ず伝える。その言葉、若にも言うてみよ。きっと喜ぶぞ」
 「ひ、必要ございますか。光正殿の強さは群を抜いておりますが」
 「その様子だと嫌っている様子。それを伝えれば良い」
 と、口元を扇子で隠しながら笑う色男。光正が喜ぶ、というよりは、驚くのほうが近いだろう。そして何より、楽に進軍出来そうだ、と腹で考えていた。
 黒い思考を感じとったのか、うめは深くため息をする。
 「油断するで無いぞ、定正」
 「当然だ。何があるか分からぬからな」
 急に真面目な表情になるが、すぐに普段の柔和な顔に戻った。
 「そうそう、姫よ」
 「はい」
 「そなたはまず、自分の幸せを考えた方が良いと思うぞ。さすれば下の者たちも安心しよう」
 「は、はあ」
 ふふふ、と笑い退室の挨拶した後、足早に部屋を去った。
 「何があるか分からないって。おっちゃん、何を考えてんだろ」
 「小僧。小山田の狙いが何か、分かるか」
 「ん? 光正へのふくしゅーじゃないの」
 「様を付けんか馬鹿者っ。まあいい。その復讐とやらはどの様な方法で行われると思う」
 「方法って。戦場でたたっ斬るんじゃなくて」
 「十中八九出来まい。なら、他の方法で貶めるしか無かろう」
 「おとしめるって。まさか」
 たけの顔を見た、明心。
 「その可能性があるから、兵力を残したのもある」
 「普段はそこまで残さないってことだよな。それじゃあ」
 「そういう事だ。これでお前が監視されるのにも納得がいくだろう」
 「どこに、敵がいるか、っつーこと」
 「宜しい。頼んだぞ」
 青年は頷くと、ゆっくり立ちあがった。
 「今日は戻ると良い。いつも通りにしていた構わんが、目を逃れようと思うで無いぞ」
 「あいよ。あんた、名前は」
 「こやつの名前は幽(ゆう)。喉に怪我を負っていてな、話せぬのだ」
 うめの言葉に頭を縦に動かすと、首元にまいている布を外した。首を斜めに引き裂くように、痛々しい傷跡が残っている。
 「そっか。おれ、少しなら文字かけるよ」
 「やり取りはお前達の間で決めると良い」
 「わかった。よろしくっつーのも変だけど。よろしく」
 目を若干細めた幽は、再びうなづいた。
 風呂や食事が終わり夜もふけてきた刻限。たけの元に、光正は戦いに備えるために今日は自室で睡眠をとると、うめが伝えにきた。彼女も戦いへの準備があるらしく、早めに休むという。
 正直、たけはどの様に顔をあわせてよいのか悩んでいたため、ほっとしていた。
 とはいえ、小山田が気になり、すぐには寝つけそうにない。
 私が光正殿の弱点になるとは、到底思えん。が、足は引っ張りたくないな。
 かつては憎しみしかなかったが、ひょんなことから関わるようになり、決して悪人ではないと、頭では理解している。だからといって、昨日の今日で父や兄たちのことを完全に過去の存在だと、割り切れずにもいる。
 夫は時間がかかるのは承知している様子だが、それでは役目もはたせない。
 「何と中途半端な存在なのだ、私は」
 体をおこし、外の空気に触れる、たけ。まだ冷えこむ夜の風は、彼女を落ち着かせるにはちょうどよかった。
 「父上、兄上、皆。私は、どうすれば、よい」
 問いはすぐに空へとけてしまい、虫の声だけが響く。
 そなたはまず、自分の幸せを考えた方が良いと思うぞ。さすれば下の者たちも安心しよう。
 昼時に、義理叔父に言われた言葉がよみがえる。
 「幸せ、か。何をもって幸せと呼ぶのか」
 家が壊滅してから源家にくる間は、貧しいながらも剣の腕を磨きつつ、明心や薬右衛門とともに生活をしていた。その日限りの暮らしではあったが、充実していたように思える。
 源家に足をつけてからも、今のような空疎感はなかった。何故か急に、ぽっかりと穴が開いてしまった感覚なのだ。
 ふう、と、青い息をはく、たけ。とはいえ、体の中には、再度同じ色の空気がはいってくる。
 「ちゃんと、光正殿と。向きあったほうがいいのかも、しれんな」
 自身の気持ちをはじめ、たけにとって誇りとは何なのか。生きるとは何なのか。
 星はいつまでも輝くが、人はそうではない。
 今は目の前に発生した問題を解決することに専念しよう。
 ふっ、と、腹に力をいれて短く勢いをつけた息をだす。悩んでいても仕方がない場合も、世の中にはある。
 たけは気持ちを新たにし、寝床につくのであった。


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 夕刻時、小山田信近(おやまだのぶちか)の件は、たけの耳にも届いた。きていた明心(あこ)と一緒に、うめと定正(さだまさ)が説明したのである。
 「にしてもさ。何で今更、婚約者の仇討ちとかいってんの。そいつ」
 「ふふ、単なる馬鹿なのだ。先の戦に負けた腹いせだろう」
 「えー、何それ。よくわかんないんだけど」
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 「姫の言う通り。どうも信近殿は若に敵意を向けている様でね。比べられでもしたのかもしれぬ」
 と、広げた扇をゆっくり仰ぐ男性。比べようがないじゃん、という若年の言葉に、乳母のげんこつが飛んだ。
 少年は頭をさすりながら、
 「それで。おれたちはどうすりゃいいの」
 「たけ殿はこの館にいて頂くが。お前は決めていない。どうしたい」
 「どうって。姉貴がここにいるならここにいるよ」
 「やはりそうか。なれば条件がある」
 「条件?」
 口をとがらせた明心に対し、定正は目を細めながら口角をあげる。同時に、一人の青年が入室した。
 「お前は平家の郎党らと組み、たけ姫と共に脱走しようとしたからな。そういう意味では信用されておらぬのだよ。分かるか」
 「お目付け役、ってことかよ」
 「左様。ああ、私がこちらに来ていたのは、単純な好奇心だぞ」
 「小僧、前にも話したが。ここはお館様一家中心で動いておる。中核を担う方々を危険に晒す訳にはいかぬじゃ」
 お前は武士では無い故どう動くか読めん、と、うめ。彼女の一歩後ろで座っている青年は、事件時に庭で見た青年だった。
 「明心。ここに留まりたければ受ける以外にない」
 「納得しなかったら」
 「前線に連れていかれるだろうな。私では庇えだてできぬ」
 「ふうん。そりゃしょうがないか。面倒くさい力関係だなあ」
 「おや。随分と素直ではないか。もっと対抗するかと思うたが」
 「しても無駄じゃん。少なくともここの決まりは、従ったほうが長生きできる」
 「賢明だ。良い判断をしたな」
 ご満悦な定正に対し、明心は半目の表情で返す。無意識にやられたわき腹を抑えているのを、前者は見逃さなかった。
 「定正殿。他の者達は」
 「怪我が酷い者は動かさぬよ。今の所、定清兄上の隊半分が残る」
 「左様でございますか」
 「まさかとは思うが。たけ姫よ、共に戦うなどとは言うまいな」
 「ございませぬ。光正殿に止められました故」
 はあ、と息を吐く、たけ。出ようとしてたのか、と、その場にいる全員が思う。
 さすがの色男も眉間に手をあてながら、
 「今までの生活の癖があろうが。立場を考えてもらわねば困る」
 「心得ておりまする。故に、彼らに伝えて頂きたい言葉がございます」
 「何か」
 たけは目を鋭くさせ、回答者を射抜く。
 「私の代わりに小山田信近をぶん殴ってこい、と」
 と、至極当然のごとく口にする、たけ。気のせいか、嬉々とした雰囲気をまとっている模様。
 一方、源家側はというと、定正とうめは呆気にとられ、明心と青年は吹きだしてしまう。まあ、青年のほうは、乳母ににらまれてすぐに抑えたが。
 「はっはっはっはっ。良かろう、必ず伝える。その言葉、若にも言うてみよ。きっと喜ぶぞ」
 「ひ、必要ございますか。光正殿の強さは群を抜いておりますが」
 「その様子だと嫌っている様子。それを伝えれば良い」
 と、口元を扇子で隠しながら笑う色男。光正が喜ぶ、というよりは、驚くのほうが近いだろう。そして何より、楽に進軍出来そうだ、と腹で考えていた。
 黒い思考を感じとったのか、うめは深くため息をする。
 「油断するで無いぞ、定正」
 「当然だ。何があるか分からぬからな」
 急に真面目な表情になるが、すぐに普段の柔和な顔に戻った。
 「そうそう、姫よ」
 「はい」
 「そなたはまず、自分の幸せを考えた方が良いと思うぞ。さすれば下の者たちも安心しよう」
 「は、はあ」
 ふふふ、と笑い退室の挨拶した後、足早に部屋を去った。
 「何があるか分からないって。おっちゃん、何を考えてんだろ」
 「小僧。小山田の狙いが何か、分かるか」
 「ん? 光正へのふくしゅーじゃないの」
 「様を付けんか馬鹿者っ。まあいい。その復讐とやらはどの様な方法で行われると思う」
 「方法って。戦場でたたっ斬るんじゃなくて」
 「十中八九出来まい。なら、他の方法で貶めるしか無かろう」
 「おとしめるって。まさか」
 たけの顔を見た、明心。
 「その可能性があるから、兵力を残したのもある」
 「普段はそこまで残さないってことだよな。それじゃあ」
 「そういう事だ。これでお前が監視されるのにも納得がいくだろう」
 「どこに、敵がいるか、っつーこと」
 「宜しい。頼んだぞ」
 青年は頷くと、ゆっくり立ちあがった。
 「今日は戻ると良い。いつも通りにしていた構わんが、目を逃れようと思うで無いぞ」
 「あいよ。あんた、名前は」
 「こやつの名前は幽(ゆう)。喉に怪我を負っていてな、話せぬのだ」
 うめの言葉に頭を縦に動かすと、首元にまいている布を外した。首を斜めに引き裂くように、痛々しい傷跡が残っている。
 「そっか。おれ、少しなら文字かけるよ」
 「やり取りはお前達の間で決めると良い」
 「わかった。よろしくっつーのも変だけど。よろしく」
 目を若干細めた幽は、再びうなづいた。
 風呂や食事が終わり夜もふけてきた刻限。たけの元に、光正は戦いに備えるために今日は自室で睡眠をとると、うめが伝えにきた。彼女も戦いへの準備があるらしく、早めに休むという。
 正直、たけはどの様に顔をあわせてよいのか悩んでいたため、ほっとしていた。
 とはいえ、小山田が気になり、すぐには寝つけそうにない。
 私が光正殿の弱点になるとは、到底思えん。が、足は引っ張りたくないな。
 かつては憎しみしかなかったが、ひょんなことから関わるようになり、決して悪人ではないと、頭では理解している。だからといって、昨日の今日で父や兄たちのことを完全に過去の存在だと、割り切れずにもいる。
 夫は時間がかかるのは承知している様子だが、それでは役目もはたせない。
 「何と中途半端な存在なのだ、私は」
 体をおこし、外の空気に触れる、たけ。まだ冷えこむ夜の風は、彼女を落ち着かせるにはちょうどよかった。
 「父上、兄上、皆。私は、どうすれば、よい」
 問いはすぐに空へとけてしまい、虫の声だけが響く。
 そなたはまず、自分の幸せを考えた方が良いと思うぞ。さすれば下の者たちも安心しよう。
 昼時に、義理叔父に言われた言葉がよみがえる。
 「幸せ、か。何をもって幸せと呼ぶのか」
 家が壊滅してから源家にくる間は、貧しいながらも剣の腕を磨きつつ、明心や薬右衛門とともに生活をしていた。その日限りの暮らしではあったが、充実していたように思える。
 源家に足をつけてからも、今のような空疎感はなかった。何故か急に、ぽっかりと穴が開いてしまった感覚なのだ。
 ふう、と、青い息をはく、たけ。とはいえ、体の中には、再度同じ色の空気がはいってくる。
 「ちゃんと、光正殿と。向きあったほうがいいのかも、しれんな」
 自身の気持ちをはじめ、たけにとって誇りとは何なのか。生きるとは何なのか。
 星はいつまでも輝くが、人はそうではない。
 今は目の前に発生した問題を解決することに専念しよう。
 ふっ、と、腹に力をいれて短く勢いをつけた息をだす。悩んでいても仕方がない場合も、世の中にはある。
 たけは気持ちを新たにし、寝床につくのであった。