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第十二巻

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 光正(みつまさ)が、たけと明心(あこ)に対しておかしな提案をもってきてから一週間がすぎた。
 平家に仕えていた武士らの立ち入りは世間が納得しないが、明心は個人的にたけと共に生活していたにすぎない。元々彼だけは枠から外れていたが故に通せた案でもある。
 もちろん、その裏には武士たちを引きいれる画策が存在するが。
 といっても、たけに関しては単純な訓練となっている。実質、次期当主の首を狙うのは明心だけだ。
 「おお。今日もやっておるな」
 「叔父上」
 青年が裏拳で少年をけん制した直後、定正(さだまさ)が現れる。ここ毎日、ふらりとやってきては観賞していた。
 ちなみに、たけは反対側をむいて、素振りをしている。義理叔父の来訪に気づくと、すぐに縁側へと歩いていった。うめの配慮で、すぐに飲み物をだせるようにしてあるのだ。本来ならば土間に行かなければならないが、少なくともここの源家は効率化が進んでおり、柔軟な対応のほうが好まれている。
 「やはり美女の淹れる茶は格別だ」
 「お戯れを」
 「おや。切り返しが上手くなって来たではないか」
 「さすがに慣れまする」
 「はっはっはっ。そうでなくてはな」
 たけは、何がだ、と思うが、定正の性質からくるものなので、対策うんぬんの話ではない。彼なりの気の使いかただというのを、娘は最近になって理解しはじめていた。
 定正が虎と狐がじゃれあっているのを見ながら、
 「あ奴らは真面目に田畑の世話をしておる」
 「ようございました。彼らの説得、痛み入りまする」
 「良い良い。丁度人手が足らずにいたのでな。それにあれらを動かしたのは我らの言の葉では無い。そなたの心だ」
 「そう、でしょうか」
 「ああ。単に状況の補足をしたに過ぎぬ」
 「六年もの間、苦しい思いをさせてしまいました」
 「ふふ、その位強かでなくては。私は持ちつ持たれつつで良いと思うぞ」
 閉じた扇子の先を回しながら話す、定正。さすがにお見通しか、と、たけによぎった。
 苦しみ、というのは、肉体的のと精神的にのに大きくわかれる。姫がいうのは主に前者だ。食うに困れば、誰でもひもじさを味わう。
 「ところで、たけ殿。そなたはどういう男が好みか」
 「好み、ですか」
 「左様。そなたもうら若い女子(おなご)、興味を持っても不思議ではなかろう」
 たけは首をかしげ、
 「考えた事もございません」
 「おや、もったいない」
 「そ、そうでしょうか」
 「恋は良いぞ。人生が色鮮やかになる」
 「は、はあ」
 「して。どちらが好みなのだ」
 「どちら、と申しますと」
 「そこに虎と狐がいるであろうに」
 「き、きつね」
 「あ奴の顔と性格が狐に似ている気がしてな」
 単なる例えだ、と色男。顔は個人差あろうが、確かに頭が回る、と、姫は思った。
 「明心は弟のような存在ですよ」
 ゆっくりと数回瞬きをした定正は、空を仰ぐしかできなかった。少し援護してやるか、と、何となくつぶやいてしまう。
 「今年で十四であろう。元服していてもおかしくはない歳ではないか」
 「といわれましても。彼のやんちゃぶりは昔から変わっておりませんし」
 「幼き頃から活発なのか」
 「はい。初めて出会った時には盗みを働こうとしまして」
 「そなたにか」
 「左様でございます。捕まえてとっちめましたが」
 「はっはっはっはっ。その現場、ぜひ見たかった」
 扇を広げて笑う男性。相当おかしいらしく、目尻に涙がたまる。
 「愉快愉快。いやしかし、とんだ目に遭ったのだな。それで」
 「それから鴨の子のように付いてきまして。聞けば身寄りがなく、ずっと独りで生きてきた、と」
 「ほお。それで今まで共に暮らしていたのか」
 「ええ。私も全てを失った直後故、寂しかったのかもしれませぬ」
 「成程。それで恩人と言っている訳か」
 「恩などという程の事はしておりませぬが。あまりに口にするのでそのまま受け取る事にした次第」
 「傍にいる者が出来たのだ。恩も感じよう」
 孤独から救ってくれた存在か、と、定正は心にしまう。
 「何だかんだで、光正も明心を気に入っておるようでな。重傷を負わぬように見ておれば良かろう。何かあれば定清兄上を呼べば良い」
 「よ、宜しいのでしょうか」
 「見た目は強面だが、根は優しいお方だ。光正が鍛錬で怪我をした時も、呆れながらも飛んで来てすぐに手当てしたからの」
 どんな鍛錬をしたんだ、と思った、たけだが、彼は常人ではないのを改める。同時に、この館にきてからというもの、彼は修行を怠ったことがない光景も、だ。
 「あ奴はな。強くあろうとする余り、周りが見え無くなる時がある。その際、誰かがおれば、我らも安心出来るというもの」
 「うめ殿が見張っていましょう」
 「流石に常にでは無い。家の事もある故、その隙間を縫って来ておるはず」
 「そ、そうだったのですか」
 「うむ。まあ、子に大半を任せてあるらしいのでな。こちらへの時間は割きやすかろうが」
 「気が休まりませんね」
 「その通り。たまには縁側でのんびりするのも一興だろう」
 人間休むのも必要だ、と定正。本人自身は、できれば常日頃からゆっくりしたいという。
 「こんな戦乱の世だ。そなたも気をつけよ」
 男性は女性の返事を聞かずに立ちあがると、そのままきた道を戻っていく。
 たけは瞬きをしながら見送ると、茶器を所定の位置に置く。そして、最後の言葉に引っかかりを感じながらも、素振りを再開した。
 同時刻。当主の部屋にて。
 光正の父、定光(さだみつ)は、とある書状を前に、眉間にしわをよせていた。
 「参ったな。言いがかりにも程がある」
 「小山田めは兵を整えているそうだ。その数、凡(およ)そ千近い」
 「余程我が源家を滅したいらしいな。二十年前なら危機的状況だが」
 「うむ。過信はせぬ方が良いが、光正がおるしな」
 と、うめ。茶をいれ、当主の元にもっていった。
 二人が話していると、断りを得た定清(さだきよ)が入室してくる。うめは同じように茶をだし、呼ばれた理由を伝える。
 「彼奴(きゃつ)はたけ姫の事を知らぬのか」
 「弔い合戦とある故、知らぬだろうな」
 「そこはただの偶然か」
 「だろう。名前も珍しくは無い」
 「確か婚姻関係だったか。なればそう至るたる迄一度も会っていない、か」
 と、定光。たまたまとはいえ、面倒事なのは間違いない。
 「お館様。たけ殿は如何される」
 「此度の件、姫は無関係だ。罰するなど考えておらぬ」
 「御意」
 す、と一礼をし部屋の壁際まで下がる、うめ。彼女が正座をすると、
 「平家の郎党はどうされる」
 「館の守護を任せたいが。そこまで信用出来ぬ」
 「かといって前線に出す訳にもいくまい。どうするか」
 「失礼。聞けば宜しいのでは」
 と、声がした方向のふすまが開く。定正である。
 「遅参致しました」
 「良い。急な呼び立てだからな。して」
 彼が定位置に座ると同時に、うめの茶がそばで香りをたてる。
 「敵か味方かを分からぬ人間を、お館様の足元に置けますまい」
 「それはそうなのだが。郎党らは今しばらく休ませた方が良い」
 と、定清。薬師の立場から見るに、傷の治りにばらつきがあるという。
 「何も全員でなくても宜しい。出せる者を出させれば、日頃何を考えているかも見えるというもの」
 「ふむ。姫にも協力して貰うか」
 「ええ。念の為、定清兄上の隊の半分を護衛に回しましょうぞ。そうすれば妙な事も起こし辛くなる」
 「そうだな。そちらは倅(せがれ)に任せ、外はわしが行こう」
 「有難き次第。お陰様で連携が取れやりくなります」
 「うむ。では準備に取り掛かる故、これにて御免」
 主に対して頭を下げた定清は、静かに退出する。
 残った定光と定正は、配置や敵の動きの予測を話しあった。


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 平家に仕えていた武士らの立ち入りは世間が納得しないが、明心は個人的にたけと共に生活していたにすぎない。元々彼だけは枠から外れていたが故に通せた案でもある。
 もちろん、その裏には武士たちを引きいれる画策が存在するが。
 といっても、たけに関しては単純な訓練となっている。実質、次期当主の首を狙うのは明心だけだ。
 「おお。今日もやっておるな」
 「叔父上」
 青年が裏拳で少年をけん制した直後、定正(さだまさ)が現れる。ここ毎日、ふらりとやってきては観賞していた。
 ちなみに、たけは反対側をむいて、素振りをしている。義理叔父の来訪に気づくと、すぐに縁側へと歩いていった。うめの配慮で、すぐに飲み物をだせるようにしてあるのだ。本来ならば土間に行かなければならないが、少なくともここの源家は効率化が進んでおり、柔軟な対応のほうが好まれている。
 「やはり美女の淹れる茶は格別だ」
 「お戯れを」
 「おや。切り返しが上手くなって来たではないか」
 「さすがに慣れまする」
 「はっはっはっ。そうでなくてはな」
 たけは、何がだ、と思うが、定正の性質からくるものなので、対策うんぬんの話ではない。彼なりの気の使いかただというのを、娘は最近になって理解しはじめていた。
 定正が虎と狐がじゃれあっているのを見ながら、
 「あ奴らは真面目に田畑の世話をしておる」
 「ようございました。彼らの説得、痛み入りまする」
 「良い良い。丁度人手が足らずにいたのでな。それにあれらを動かしたのは我らの言の葉では無い。そなたの心だ」
 「そう、でしょうか」
 「ああ。単に状況の補足をしたに過ぎぬ」
 「六年もの間、苦しい思いをさせてしまいました」
 「ふふ、その位強かでなくては。私は持ちつ持たれつつで良いと思うぞ」
 閉じた扇子の先を回しながら話す、定正。さすがにお見通しか、と、たけによぎった。
 苦しみ、というのは、肉体的のと精神的にのに大きくわかれる。姫がいうのは主に前者だ。食うに困れば、誰でもひもじさを味わう。
 「ところで、たけ殿。そなたはどういう男が好みか」
 「好み、ですか」
 「左様。そなたもうら若い女子(おなご)、興味を持っても不思議ではなかろう」
 たけは首をかしげ、
 「考えた事もございません」
 「おや、もったいない」
 「そ、そうでしょうか」
 「恋は良いぞ。人生が色鮮やかになる」
 「は、はあ」
 「して。どちらが好みなのだ」
 「どちら、と申しますと」
 「そこに虎と狐がいるであろうに」
 「き、きつね」
 「あ奴の顔と性格が狐に似ている気がしてな」
 単なる例えだ、と色男。顔は個人差あろうが、確かに頭が回る、と、姫は思った。
 「明心は弟のような存在ですよ」
 ゆっくりと数回瞬きをした定正は、空を仰ぐしかできなかった。少し援護してやるか、と、何となくつぶやいてしまう。
 「今年で十四であろう。元服していてもおかしくはない歳ではないか」
 「といわれましても。彼のやんちゃぶりは昔から変わっておりませんし」
 「幼き頃から活発なのか」
 「はい。初めて出会った時には盗みを働こうとしまして」
 「そなたにか」
 「左様でございます。捕まえてとっちめましたが」
 「はっはっはっはっ。その現場、ぜひ見たかった」
 扇を広げて笑う男性。相当おかしいらしく、目尻に涙がたまる。
 「愉快愉快。いやしかし、とんだ目に遭ったのだな。それで」
 「それから鴨の子のように付いてきまして。聞けば身寄りがなく、ずっと独りで生きてきた、と」
 「ほお。それで今まで共に暮らしていたのか」
 「ええ。私も全てを失った直後故、寂しかったのかもしれませぬ」
 「成程。それで恩人と言っている訳か」
 「恩などという程の事はしておりませぬが。あまりに口にするのでそのまま受け取る事にした次第」
 「傍にいる者が出来たのだ。恩も感じよう」
 孤独から救ってくれた存在か、と、定正は心にしまう。
 「何だかんだで、光正も明心を気に入っておるようでな。重傷を負わぬように見ておれば良かろう。何かあれば定清兄上を呼べば良い」
 「よ、宜しいのでしょうか」
 「見た目は強面だが、根は優しいお方だ。光正が鍛錬で怪我をした時も、呆れながらも飛んで来てすぐに手当てしたからの」
 どんな鍛錬をしたんだ、と思った、たけだが、彼は常人ではないのを改める。同時に、この館にきてからというもの、彼は修行を怠ったことがない光景も、だ。
 「あ奴はな。強くあろうとする余り、周りが見え無くなる時がある。その際、誰かがおれば、我らも安心出来るというもの」
 「うめ殿が見張っていましょう」
 「流石に常にでは無い。家の事もある故、その隙間を縫って来ておるはず」
 「そ、そうだったのですか」
 「うむ。まあ、子に大半を任せてあるらしいのでな。こちらへの時間は割きやすかろうが」
 「気が休まりませんね」
 「その通り。たまには縁側でのんびりするのも一興だろう」
 人間休むのも必要だ、と定正。本人自身は、できれば常日頃からゆっくりしたいという。
 「こんな戦乱の世だ。そなたも気をつけよ」
 男性は女性の返事を聞かずに立ちあがると、そのままきた道を戻っていく。
 たけは瞬きをしながら見送ると、茶器を所定の位置に置く。そして、最後の言葉に引っかかりを感じながらも、素振りを再開した。
 同時刻。当主の部屋にて。
 光正の父、定光(さだみつ)は、とある書状を前に、眉間にしわをよせていた。
 「参ったな。言いがかりにも程がある」
 「小山田めは兵を整えているそうだ。その数、凡(およ)そ千近い」
 「余程我が源家を滅したいらしいな。二十年前なら危機的状況だが」
 「うむ。過信はせぬ方が良いが、光正がおるしな」
 と、うめ。茶をいれ、当主の元にもっていった。
 二人が話していると、断りを得た定清(さだきよ)が入室してくる。うめは同じように茶をだし、呼ばれた理由を伝える。
 「彼奴(きゃつ)はたけ姫の事を知らぬのか」
 「弔い合戦とある故、知らぬだろうな」
 「そこはただの偶然か」
 「だろう。名前も珍しくは無い」
 「確か婚姻関係だったか。なればそう至るたる迄一度も会っていない、か」
 と、定光。たまたまとはいえ、面倒事なのは間違いない。
 「お館様。たけ殿は如何される」
 「此度の件、姫は無関係だ。罰するなど考えておらぬ」
 「御意」
 す、と一礼をし部屋の壁際まで下がる、うめ。彼女が正座をすると、
 「平家の郎党はどうされる」
 「館の守護を任せたいが。そこまで信用出来ぬ」
 「かといって前線に出す訳にもいくまい。どうするか」
 「失礼。聞けば宜しいのでは」
 と、声がした方向のふすまが開く。定正である。
 「遅参致しました」
 「良い。急な呼び立てだからな。して」
 彼が定位置に座ると同時に、うめの茶がそばで香りをたてる。
 「敵か味方かを分からぬ人間を、お館様の足元に置けますまい」
 「それはそうなのだが。郎党らは今しばらく休ませた方が良い」
 と、定清。薬師の立場から見るに、傷の治りにばらつきがあるという。
 「何も全員でなくても宜しい。出せる者を出させれば、日頃何を考えているかも見えるというもの」
 「ふむ。姫にも協力して貰うか」
 「ええ。念の為、定清兄上の隊の半分を護衛に回しましょうぞ。そうすれば妙な事も起こし辛くなる」
 「そうだな。そちらは倅(せがれ)に任せ、外はわしが行こう」
 「有難き次第。お陰様で連携が取れやりくなります」
 「うむ。では準備に取り掛かる故、これにて御免」
 主に対して頭を下げた定清は、静かに退出する。
 残った定光と定正は、配置や敵の動きの予測を話しあった。