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鏡の奥の片翼人~ベターハーフ~ 3-①

ー/ー



 食事を済ませて、二階の「明知探偵事務所」に場所を移し。

 所員の仮眠用の寝室のベッドに、ハルは体を横たえた。

「これから、希和子さんの思念をたどって、希和子さんの記憶に入りこむ。俺が感じ取った希和子さんの意思とシンクロさせて、佐和子さんのご主人――貴弘(たかひろ)さんの記憶に結び付ければ、もっとも強い記憶に結び付くと思う。佐和子さんは、そこで見守っていてください」

 瑛比古(テルヒコ)さんは、そう説明して、ハルに暗示をかけ始める。

 部屋の中には、佐和子さんと、見極(みきわ)め役の丸田氏だけ。

 なるべく静かに行うため、その他の関係者は部屋の外で待機である。


『ハルの心が(おびや)かされるような事態になったら、佐和子さん、あなたが引き継いでほしい。大事な息子を、私も守りたいんで。それを約束してもらえなければ、私はこの試みをやめます。あとは、時間がかかっても丸さんに頼むしかないけど。希和子さんの情報から、色々新しい発見があるかもしれませんし。スムーズにはいかないかもしれませんが』


 そう、佐和子さんにはこっそり念押ししてある。

 ハルには内緒で。このことをハルが知ったら、心を乱して逆探知ができなくなるか、逆に心が壊れても逆探知をやめなくなる可能性がある。

 佐和子さんに対する思いが思念の同調を容易にさせている分、影響も受けやすい状態になっているのだ。

 そして、もし希和子さんの思念が暴走した場合、同調を切るだけでは収まらない可能性がある。

その思念の引受先が必要だ。

 それは、佐和子さん以外にこの場にはいない。


 佐和子さんは承諾し、ハルにも、ついでに顔に出やすい丸田氏にも、黙っていることを約束してくれた。



「ハル、晴比古(ハルヒコ)、今、何が見える?」


 目をつむって横たわるハルに、瑛比古さんは静かに声をかける。

「希和子さん? かな。佐和子さんによく似た、でも、怒り? 恨み? そんな、感情に染まった……怖い、女の人」

「その周りに、何が見える?」

「……糸……? 遠くに、遠くに伸びる、細い……いくつもの……」

 瑛比古さんは、ハルのつむった(まぶた)の上に、手のひらをかざす。

「今、その女の人は、俺が隠した」

「うん、今は、糸だけ……でも、どれが……?」

「貴弘さん、佐和子さんの夫、佐和子さんを愛している、佐和子さんに小さな命を授けた、人」

「……糸が、太くなった……どんどん、近付いてくる……」

「その糸を、たどって……ゆっくりでいい、見失わないように……」

「……公園……? いや、公園が、遠くに見える……団地? の近く……家が並んで……男の人が歩いてくる……小さな子供も一緒に……黄色い三輪車……ドアをあけて、手を伸ばして……男の人が……心配そうに……倒れこんで…………」

 ハルの声は次第に小さくなり、聞こえなくなる。

 どうやら思念の奥深くに沈み込んだようだ。


 これ以上(もぐ)らせると危険かもしれない。
 
 瑛比古さんは、ハルに呼びかける。


「ハル、戻ってきて、ハル、晴比古」


 しかし、ハルは反応しない。

 続けて、瑛比古さんは、何度も呼びかける。


「ハル……晴比古!」








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 食事を済ませて、二階の「明知探偵事務所」に場所を移し。
 所員の仮眠用の寝室のベッドに、ハルは体を横たえた。
「これから、希和子さんの思念をたどって、希和子さんの記憶に入りこむ。俺が感じ取った希和子さんの意思とシンクロさせて、佐和子さんのご主人――|貴弘《たかひろ》さんの記憶に結び付ければ、もっとも強い記憶に結び付くと思う。佐和子さんは、そこで見守っていてください」
 |瑛比古《テルヒコ》さんは、そう説明して、ハルに暗示をかけ始める。
 部屋の中には、佐和子さんと、|見極《みきわ》め役の丸田氏だけ。
 なるべく静かに行うため、その他の関係者は部屋の外で待機である。
『ハルの心が|脅《おびや》かされるような事態になったら、佐和子さん、あなたが引き継いでほしい。大事な息子を、私も守りたいんで。それを約束してもらえなければ、私はこの試みをやめます。あとは、時間がかかっても丸さんに頼むしかないけど。希和子さんの情報から、色々新しい発見があるかもしれませんし。スムーズにはいかないかもしれませんが』
 そう、佐和子さんにはこっそり念押ししてある。
 ハルには内緒で。このことをハルが知ったら、心を乱して逆探知ができなくなるか、逆に心が壊れても逆探知をやめなくなる可能性がある。
 佐和子さんに対する思いが思念の同調を容易にさせている分、影響も受けやすい状態になっているのだ。
 そして、もし希和子さんの思念が暴走した場合、同調を切るだけでは収まらない可能性がある。
その思念の引受先が必要だ。
 それは、佐和子さん以外にこの場にはいない。
 佐和子さんは承諾し、ハルにも、ついでに顔に出やすい丸田氏にも、黙っていることを約束してくれた。
「ハル、|晴比古《ハルヒコ》、今、何が見える?」
 目をつむって横たわるハルに、瑛比古さんは静かに声をかける。
「希和子さん? かな。佐和子さんによく似た、でも、怒り? 恨み? そんな、感情に染まった……怖い、女の人」
「その周りに、何が見える?」
「……糸……? 遠くに、遠くに伸びる、細い……いくつもの……」
 瑛比古さんは、ハルのつむった|瞼《まぶた》の上に、手のひらをかざす。
「今、その女の人は、俺が隠した」
「うん、今は、糸だけ……でも、どれが……?」
「貴弘さん、佐和子さんの夫、佐和子さんを愛している、佐和子さんに小さな命を授けた、人」
「……糸が、太くなった……どんどん、近付いてくる……」
「その糸を、たどって……ゆっくりでいい、見失わないように……」
「……公園……? いや、公園が、遠くに見える……団地? の近く……家が並んで……男の人が歩いてくる……小さな子供も一緒に……黄色い三輪車……ドアをあけて、手を伸ばして……男の人が……心配そうに……倒れこんで…………」
 ハルの声は次第に小さくなり、聞こえなくなる。
 どうやら思念の奥深くに沈み込んだようだ。
 これ以上|潜《もぐ》らせると危険かもしれない。
 瑛比古さんは、ハルに呼びかける。
「ハル、戻ってきて、ハル、晴比古」
 しかし、ハルは反応しない。
 続けて、瑛比古さんは、何度も呼びかける。
「ハル……晴比古!」