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鏡の奥の片翼人~ベターハーフ~ 2-④

ー/ー



「いや、ハルの感度は、だんだん佐和子さんに近くなっている。朝よりキツそうだ。早々に周波数が一致して、ハル自身に影響が出てくる可能性もある。ま、今は飯もガッツリ食えるほど、体調は万全だけど、先に精神がやられるだろう。佐和子さんだって、健康な状態なら、希和子さんが一方的に送っていた思念なんて跳ね返せたかもしれないけど、タイミングが悪かった。ご主人と子供さんが行方不明になって、心が弱っている時に、追い打ちをかけるように思念を送られて、あっという間に囚われてしまった。昨日くらいまでの同調ならまだしも、今はほぼ全面的にハルが引き受けているようだし」

「……確かに、何だか急に強くなってきた気はするけど。でも、何で? 佐和子さんと話したから? 昔の話を聞いたから、波長が合った、とか?」

「まあ、それもあるかな」

「! ……ごめんなさい! 私のせいで!」

「いや、そんなことない! ないです! 話してくれて、俺は嬉しかったんです!」

「でも、私のせいですよね?」


「そうですね、佐和子さんのせいです」


 謝る佐和子さんと、それを否定するハルの会話に、横から瑛比古さんが口をはさむ。

 一生懸命、佐和子さんをなだめようとしているのに、何てこと言うんだ! とばかりにハルは瑛比古さんを(にら)みつけるが、瑛比古さんは気にしない。


「正確には、あなたがハルに心を許したからだと思います」

「親父!」

 説明を続ける瑛比古さんを、ハルが制止する。

「別に、恋愛感情とか、言うんじゃないよ。ただ、佐和子さんは、ご主人と子供さんを思うあまり、他のことに心を()く余裕がなかった。それが、希和子さんの思うつぼだとは気付かずにね。三年も経てば、他者との出会いや関係にも変化が出てくるものなのにね」

「……私が、人との関わりを、拒んでいたから?」

「そうなるように、誘導されてもいたんだろうね。本人が目の前にいるならともかく、遠く離れた場所から念を送り続けるなんて……送るだけならともかく、受け取ってもらうのは、難しいと思います」


「でも、希和子さんは、やってたっスよね。僕の調査では、家事手伝いのお嬢様で、一日中暇な『有閑(ゆうかん)マダム』だということっス。時間は自由になる人っス」

「マダム? お嬢様なら『マダモアゼル』じゃないの?」

 ハルの素朴な疑問。

「『マダム』っス。希和子さんは、離婚歴があるっス」

「そうなんだ。小早川さん、すごいね。よく調べてあるなあ」

「あのね、フランスでは未婚であっても成熟した女性には『マダム』が一般的なんだよ」
 ハルが感心してみせると、配膳をしながら、大二郎シェフも参戦してくる。

「あー! 話が続かないから! やめっ! シェフも口挟まない!」


 フランスの文化には一家言ある大二郎シェフ、まだ話し足りなげに、未練たらたらの顔で、厨房に下がっていく。


「ともかく! 希和子さんには時間が自由になった! 後は条件が整えばいい。さっき、ハルは波長を合わせて強引に思念を自分に送らせたって言ったけど、ラジオも基本は同じなんだよ。考えてみ」

「……そっか、周波数。……あ、だから電波ジャックか」

「そ。ラジオとは逆に、ひたすらご主人や子供さんのこと考えている佐和子さんに、希和子さんは周波数を合わせて送信していたわけ。佐和子さんは、強引に受信させられていたんだ。タイミングが良すぎる」

「タイミング……」

「まあ、確かにニュースにはなったけど、一応氏名は伏せられている。こんな世の中だから、ネットには出ていたかもしれないけど、それにしたって対応が早すぎる。事件が公になる前から、思念は届いていたんじゃありませんか?」

「……はい」

「だとすると、事件そのものに、希和子さんが関わっている線が濃厚です」

「希和子が……何でそこまでして、希和子は私を苦しめるの? どうして……」

「知りたいですか?」

「親父!」

「ダーメ。ハルの気持ちは分かるけど、佐和子さんには知る権利があるし、むしろ知らないでは済まされない」

「でも」


 その事実が、どれだけ佐和子さんを傷付けるか……。


「状況によっては、黙っているという選択肢もあったんだけどね。一切知らせないで、佐和子さんが落ち着くのを見守ってもよかったんだけど」

「俺の、せい? 一人で突っ走って、佐和子さんに会ったから……」

「バーカ。そんなこと、病院でお前が佐和子さんと会ったって知った時点で予想できたし、止める気はなかったよ……ただ、この後のことは、お前に相当負担がかかる。できれば、佐和子さんに協力してもらって、もうハルは手を引いた方がいい」

「それって、もう一度希和子さんの思念を、佐和子さんに受け取ってもらうってことだろう? 嫌だ。もう、こんなの、佐和子さんに聞かせたくない」

「……今だって、もう相当負担がかかってきているんだろ? さっきより、顔色が悪い」

「……大丈夫だよ。負担だって言うなら、佐和子さんだって同じだ。俺の方が、他人事って聞き流せる分、まだマシだ」

「聞き流せない性格だから、心配してるんだけどな……場合によっては、今よりキツいぞ?」

「大丈夫」

 ハルの目には不安の色が浮かんでいるが、それを(くつがえ)そうという強い意志の光もまた、宿っている。

「わかった。じゃあ、ハルに協力してもらおう」

「……いったい、何を?」

 ハル以上に不安げな瞳で、佐和子さんは瑛比古さんに尋ねる。



「記憶の逆探知です」




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「いや、ハルの感度は、だんだん佐和子さんに近くなっている。朝よりキツそうだ。早々に周波数が一致して、ハル自身に影響が出てくる可能性もある。ま、今は飯もガッツリ食えるほど、体調は万全だけど、先に精神がやられるだろう。佐和子さんだって、健康な状態なら、希和子さんが一方的に送っていた思念なんて跳ね返せたかもしれないけど、タイミングが悪かった。ご主人と子供さんが行方不明になって、心が弱っている時に、追い打ちをかけるように思念を送られて、あっという間に囚われてしまった。昨日くらいまでの同調ならまだしも、今はほぼ全面的にハルが引き受けているようだし」
「……確かに、何だか急に強くなってきた気はするけど。でも、何で? 佐和子さんと話したから? 昔の話を聞いたから、波長が合った、とか?」
「まあ、それもあるかな」
「! ……ごめんなさい! 私のせいで!」
「いや、そんなことない! ないです! 話してくれて、俺は嬉しかったんです!」
「でも、私のせいですよね?」
「そうですね、佐和子さんのせいです」
 謝る佐和子さんと、それを否定するハルの会話に、横から瑛比古さんが口をはさむ。
 一生懸命、佐和子さんをなだめようとしているのに、何てこと言うんだ! とばかりにハルは瑛比古さんを|睨《にら》みつけるが、瑛比古さんは気にしない。
「正確には、あなたがハルに心を許したからだと思います」
「親父!」
 説明を続ける瑛比古さんを、ハルが制止する。
「別に、恋愛感情とか、言うんじゃないよ。ただ、佐和子さんは、ご主人と子供さんを思うあまり、他のことに心を|割《さ》く余裕がなかった。それが、希和子さんの思うつぼだとは気付かずにね。三年も経てば、他者との出会いや関係にも変化が出てくるものなのにね」
「……私が、人との関わりを、拒んでいたから?」
「そうなるように、誘導されてもいたんだろうね。本人が目の前にいるならともかく、遠く離れた場所から念を送り続けるなんて……送るだけならともかく、受け取ってもらうのは、難しいと思います」
「でも、希和子さんは、やってたっスよね。僕の調査では、家事手伝いのお嬢様で、一日中暇な『|有閑《ゆうかん》マダム』だということっス。時間は自由になる人っス」
「マダム? お嬢様なら『マダモアゼル』じゃないの?」
 ハルの素朴な疑問。
「『マダム』っス。希和子さんは、離婚歴があるっス」
「そうなんだ。小早川さん、すごいね。よく調べてあるなあ」
「あのね、フランスでは未婚であっても成熟した女性には『マダム』が一般的なんだよ」
 ハルが感心してみせると、配膳をしながら、大二郎シェフも参戦してくる。
「あー! 話が続かないから! やめっ! シェフも口挟まない!」
 フランスの文化には一家言ある大二郎シェフ、まだ話し足りなげに、未練たらたらの顔で、厨房に下がっていく。
「ともかく! 希和子さんには時間が自由になった! 後は条件が整えばいい。さっき、ハルは波長を合わせて強引に思念を自分に送らせたって言ったけど、ラジオも基本は同じなんだよ。考えてみ」
「……そっか、周波数。……あ、だから電波ジャックか」
「そ。ラジオとは逆に、ひたすらご主人や子供さんのこと考えている佐和子さんに、希和子さんは周波数を合わせて送信していたわけ。佐和子さんは、強引に受信させられていたんだ。タイミングが良すぎる」
「タイミング……」
「まあ、確かにニュースにはなったけど、一応氏名は伏せられている。こんな世の中だから、ネットには出ていたかもしれないけど、それにしたって対応が早すぎる。事件が公になる前から、思念は届いていたんじゃありませんか?」
「……はい」
「だとすると、事件そのものに、希和子さんが関わっている線が濃厚です」
「希和子が……何でそこまでして、希和子は私を苦しめるの? どうして……」
「知りたいですか?」
「親父!」
「ダーメ。ハルの気持ちは分かるけど、佐和子さんには知る権利があるし、むしろ知らないでは済まされない」
「でも」
 その事実が、どれだけ佐和子さんを傷付けるか……。
「状況によっては、黙っているという選択肢もあったんだけどね。一切知らせないで、佐和子さんが落ち着くのを見守ってもよかったんだけど」
「俺の、せい? 一人で突っ走って、佐和子さんに会ったから……」
「バーカ。そんなこと、病院でお前が佐和子さんと会ったって知った時点で予想できたし、止める気はなかったよ……ただ、この後のことは、お前に相当負担がかかる。できれば、佐和子さんに協力してもらって、もうハルは手を引いた方がいい」
「それって、もう一度希和子さんの思念を、佐和子さんに受け取ってもらうってことだろう? 嫌だ。もう、こんなの、佐和子さんに聞かせたくない」
「……今だって、もう相当負担がかかってきているんだろ? さっきより、顔色が悪い」
「……大丈夫だよ。負担だって言うなら、佐和子さんだって同じだ。俺の方が、他人事って聞き流せる分、まだマシだ」
「聞き流せない性格だから、心配してるんだけどな……場合によっては、今よりキツいぞ?」
「大丈夫」
 ハルの目には不安の色が浮かんでいるが、それを|覆《くつがえ》そうという強い意志の光もまた、宿っている。
「わかった。じゃあ、ハルに協力してもらおう」
「……いったい、何を?」
 ハル以上に不安げな瞳で、佐和子さんは瑛比古さんに尋ねる。
「記憶の逆探知です」