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鏡の奥の片翼人~ベターハーフ~ 3-②

ー/ー



 ……糸をたどっていくと、見覚えのある景色が見えた。

 今朝行ったばかりの、平和公園……けれど、アングルが違う。

 公園の中でなく、少し離れた風景の一部として、見えている。

 (そば)には団地。

 向こうには一軒家が並んでいる。

 その一角から、小さな子供を連れた男性が歩いてきた。


 子供は黄色い三輪車に乗っている。視点に違和感がある。

 低い。


 車だ。

 自動車を運転しているのだ。

 そう認識したら、手に握ったハンドルが見えた。


 ゆっくりと親子連れに近付いていく。

 他に人影はない。



 路肩に車を停めて、窓を開けて、男性に手を振って声をかける。

 最初は笑顔の男性。

 「私は」助けを求める。

 同乗者が、急に気分が悪くなってしまった。

 車から下ろして休ませたい、手伝って欲しい、と。


 男性は心配そうな顔になる。
 

 義妹の救援要請を無下にはできない。

 「私は」車から降りて、後部座席のドアを開ける。

 小さく悲鳴を上げて驚いて後ずさる。

 車内を指さすと、男性は後部座席をのぞき込む、その背後から、首筋に何かを押し付ける。

 手に伝わる軽い振動……男性はうめいて、そのまま座席に崩れ落ちる。

 体当たりして、男性を車内に押し込むと、背中に両手を回して手枷をはめる。

 その拍子に、奥に、まるで人のように座っていた毛布に包まれたマネキン人形が滑り落ちる。

 
 不安そうな子供を助手席に乗せ、三輪車はトランクに乗せる。

 助手席にはしっかり、チャイルドシートを取り付けてある。

 きっちりベルトを締めて、自分では外せないようにして。

 スティックキャンディーを渡すと、一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、微笑んでみせると、喜んで()め始める。

 それから後部座席の男性の足首と口にガムテープを貼り、上から、段ボールをかぶせる。それだけのことを、ものの数分でやってのける。

 男性の(うめ)き声がモゴモゴと低くなり、モゾモゾ動いている様子が運転席の背中越しに伝わる。



 日が暮れるまで辺りを走行し、再び戻ってくる。

 今度は公園の近くに。

 子供はぐっすり寝入っている。

 周囲に人影はない。

 トランクから三輪車を降ろし、出入り口近くの遊具の(かたわ)らに置く。


 そのまま、車を発進させ…………。




 …………ル、ハル! 晴比古!



 瑛比古さんの声に気付くが、体が、思考が、動かない。


 まるで、「私」に固定されたように。



 ハルの思考はもがくが、そのまま、車を運転し続け……。








「……ル! ハル! 戻ってこないと、佐和子さん、押し倒すぞ!」


「バカ! 何しやがる! 親父!」



 一気に、ハルの思考は、現実に戻った。

「……よかった、戻ってきた」

「バカ親父! 佐和子さんに何した!?」

「何もしないよ、バカ息子。父さんはお母さん一筋だ」

 へへん、と偉そうに言い切る瑛比古さんの横で、気まずそうに横を向く佐和子さんと丸田さんを見て、ハルは瑛比古さんに(かつ)がれたことを知る。


「……親父……」

「よかったよかった。あのまま戻らなかったどうしようかと思ったよ。佐和子さんに感謝だな。で、何が見えた?」

 睨みつけるハルの様子を気にも留めず、瑛比古さんは笑顔でハルに説明を求める。

 瑛比古さんの言われるがまま答えるのは(しゃく)だったが、ことが佐和子さん家族に関わる以上、黙っているわけにもいかない。


ハルは、今見てきたことを、話し始める。


「黄色い三輪車は、息子のものです」

「ネームタグが付いていた。手書きの、ネコの絵が描いてあった」

「……クマなんです、実は。ネコに見えるけど」

「……あ、いや、確かに、クマ、……、見えなくは、ない、かな」

「いいんです。主人が描いて、本人はクマだって言い張っているので、息子も『クマ』だって、言ってましたけど、ネコですね、あれは。……間違いなく、息子の三輪車です」

「……旦那さんの写真って、ありますか?」

 そう言うと、佐和子さんはスマホを取り出して、画像を見せてくれる。

 間違いない。

 記憶の中で見た、あの親子だ。

「……これは、クロでいいかな」

 瑛比古さんがつぶやくと同時に、丸田さんが携帯電話を取り出して、電話をかける。

「クロだ、予定通り行け」と話しているので、自分が知らないところで、すでに何かの手配がされていたのかもしれない。


「なあ、もしかして、俺がやったことって、無駄足?」

「何言ってるんだよ。状況が分かっただけ、大進歩だよ。まあ、時間をかければわかったかもしれないけど、佐和子さんからハルに同調が移ったことに、いつ本人が気付くか分からない。そうなれば、最悪……二人の命が危ない」

「え?」

 ハルと佐和子さんが、同時に反応する。

「主人は……息子は、無事なんですか?」

 瑛比古さんは、丸田さんと目配せし、ハルと、佐和子さんを、じっと見据える。

「ご主人と、子供さんは、ご存命です。それは間違いない」


 息を飲む佐和子さん。

 ハルも目を見開く。

「ホントに?!」

「夫とあの子が……?!」



 ほとんど同時に二人は聞き返した。


 瑛比古さんは頷いて、さらに、続ける。





「今は希和子さんと一緒にいます」


 瞬間、空気が凍りついた。



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 ……糸をたどっていくと、見覚えのある景色が見えた。
 今朝行ったばかりの、平和公園……けれど、アングルが違う。
 公園の中でなく、少し離れた風景の一部として、見えている。
 |側《そば》には団地。
 向こうには一軒家が並んでいる。
 その一角から、小さな子供を連れた男性が歩いてきた。
 子供は黄色い三輪車に乗っている。視点に違和感がある。
 低い。
 車だ。
 自動車を運転しているのだ。
 そう認識したら、手に握ったハンドルが見えた。
 ゆっくりと親子連れに近付いていく。
 他に人影はない。
 路肩に車を停めて、窓を開けて、男性に手を振って声をかける。
 最初は笑顔の男性。
 「私は」助けを求める。
 同乗者が、急に気分が悪くなってしまった。
 車から下ろして休ませたい、手伝って欲しい、と。
 男性は心配そうな顔になる。
 義妹の救援要請を無下にはできない。
 「私は」車から降りて、後部座席のドアを開ける。
 小さく悲鳴を上げて驚いて後ずさる。
 車内を指さすと、男性は後部座席をのぞき込む、その背後から、首筋に何かを押し付ける。
 手に伝わる軽い振動……男性はうめいて、そのまま座席に崩れ落ちる。
 体当たりして、男性を車内に押し込むと、背中に両手を回して手枷をはめる。
 その拍子に、奥に、まるで人のように座っていた毛布に包まれたマネキン人形が滑り落ちる。
 不安そうな子供を助手席に乗せ、三輪車はトランクに乗せる。
 助手席にはしっかり、チャイルドシートを取り付けてある。
 きっちりベルトを締めて、自分では外せないようにして。
 スティックキャンディーを渡すと、一瞬|躊躇《ちゅうちょ》したが、微笑んでみせると、喜んで|舐《な》め始める。
 それから後部座席の男性の足首と口にガムテープを貼り、上から、段ボールをかぶせる。それだけのことを、ものの数分でやってのける。
 男性の|呻《うめ》き声がモゴモゴと低くなり、モゾモゾ動いている様子が運転席の背中越しに伝わる。
 日が暮れるまで辺りを走行し、再び戻ってくる。
 今度は公園の近くに。
 子供はぐっすり寝入っている。
 周囲に人影はない。
 トランクから三輪車を降ろし、出入り口近くの遊具の|傍《かたわ》らに置く。
 そのまま、車を発進させ…………。
 …………ル、ハル! 晴比古!
 瑛比古さんの声に気付くが、体が、思考が、動かない。
 まるで、「私」に固定されたように。
 ハルの思考はもがくが、そのまま、車を運転し続け……。
「……ル! ハル! 戻ってこないと、佐和子さん、押し倒すぞ!」
「バカ! 何しやがる! 親父!」
 一気に、ハルの思考は、現実に戻った。
「……よかった、戻ってきた」
「バカ親父! 佐和子さんに何した!?」
「何もしないよ、バカ息子。父さんはお母さん一筋だ」
 へへん、と偉そうに言い切る瑛比古さんの横で、気まずそうに横を向く佐和子さんと丸田さんを見て、ハルは瑛比古さんに|担《かつ》がれたことを知る。
「……親父……」
「よかったよかった。あのまま戻らなかったどうしようかと思ったよ。佐和子さんに感謝だな。で、何が見えた?」
 睨みつけるハルの様子を気にも留めず、瑛比古さんは笑顔でハルに説明を求める。
 瑛比古さんの言われるがまま答えるのは|癪《しゃく》だったが、ことが佐和子さん家族に関わる以上、黙っているわけにもいかない。
ハルは、今見てきたことを、話し始める。
「黄色い三輪車は、息子のものです」
「ネームタグが付いていた。手書きの、ネコの絵が描いてあった」
「……クマなんです、実は。ネコに見えるけど」
「……あ、いや、確かに、クマ、……、見えなくは、ない、かな」
「いいんです。主人が描いて、本人はクマだって言い張っているので、息子も『クマ』だって、言ってましたけど、ネコですね、あれは。……間違いなく、息子の三輪車です」
「……旦那さんの写真って、ありますか?」
 そう言うと、佐和子さんはスマホを取り出して、画像を見せてくれる。
 間違いない。
 記憶の中で見た、あの親子だ。
「……これは、クロでいいかな」
 瑛比古さんがつぶやくと同時に、丸田さんが携帯電話を取り出して、電話をかける。
「クロだ、予定通り行け」と話しているので、自分が知らないところで、すでに何かの手配がされていたのかもしれない。
「なあ、もしかして、俺がやったことって、無駄足?」
「何言ってるんだよ。状況が分かっただけ、大進歩だよ。まあ、時間をかければわかったかもしれないけど、佐和子さんからハルに同調が移ったことに、いつ本人が気付くか分からない。そうなれば、最悪……二人の命が危ない」
「え?」
 ハルと佐和子さんが、同時に反応する。
「主人は……息子は、無事なんですか?」
 瑛比古さんは、丸田さんと目配せし、ハルと、佐和子さんを、じっと見据える。
「ご主人と、子供さんは、ご存命です。それは間違いない」
 息を飲む佐和子さん。
 ハルも目を見開く。
「ホントに?!」
「夫とあの子が……?!」
 ほとんど同時に二人は聞き返した。
 瑛比古さんは頷いて、さらに、続ける。
「今は希和子さんと一緒にいます」
 瞬間、空気が凍りついた。