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鏡の奥の片翼人~ベターハーフ~ 2-③

ー/ー



「……苦しかった。『お前を許さない、お前のせいだ』って、責められて……来る日も来る日も、『お前の存在が、罪なんだ』って……それが正しい気がして。否定できなくなって。声から逃げるように、色々な思い出の場所を、忘れました。忘れたはずなのに、何故かそこに自分から行っていて。そうすると、また声が聞こえて。どうしてそこに行っているのか、その記憶もあいまいで。時々不意に思い出しては、自分で自分が分からなくて。いっそ、全てを忘れたら楽なのに、って思いながら、夫と子供のことを忘れるのは嫌で、それだけは何とか覚えていたくて」


 もはや(いぶか)りもなく答える佐和子さん。


「あの、もしかして、今、かなり楽なんじゃありません?」

 瑛比古さん、大分落ち着いてきた佐和子さんの様子に、確信を持って、問う。

「……そういえば。さっきから、声を聞いていません。いえ、もしかしたら、ここ2、3日、音が遠い感じがしていたかも」

 ハッとして答える佐和子さん。

「不思議。いつもは、ひっきりなしに聞こえるのに」

「あのね、佐和子さん。さっきのハルの感知能力ってね、あなたにも当てはまるんですよ」

「そんな! 今まで人の心なんか、見えたことあり……ま……」


「あるはず」


 瑛比古さん、断言。

「ただ一人だけ、心が見えたことが、あるんじゃないですか?」

「希和子……?」

「御名答。あなたが感知したものは、希和子さんの思念なんだ。双子の神秘、なんて言葉で片付けていいとは思わないけど、実際にあなた方はお互いの心が判った。あなたは、思念が流れ込んでくるのをただ受け取っていただけのようだけど、希和子さんは、工夫したみたいですね」

「希和子の声に聞こえたのは、本当に希和子の心だったから?」

「心というより、思念を送る、って感じですね。希和子さんは、大分前にこの能力に気付いていたんじゃないのかな。心の声が漏れるっていうより、もっと明確に、あなたに伝えようとしている気がします……今希和子さんの声が聞こえないのは、ハルが、代行しているからです」
「代行……?」

「あなたを包む希和子さんの思念を感じ取ってから、ハルは無意識に、その思念に自分の波長を合わせてしまったんですよ。そうして、そのまま自分の方に引き込んでしまっている。代行、というより電波ジャックに近いのかな? だから、あんなに明確に、希和子さんの様子を思い浮かべることができたんです。ただ、やや強引な電波ジャックだから、あなたほどダイレクトな衝撃は受けていない。そもそもあなたに向けられた悪意ですから、ハルには効果が薄いのかもしれませんが」

「……いや、結構、ダメージ食らってる……」

「でも、普通に産科病棟で実習もできているし、飯だっていつも通り食っていたじゃないか。少なくとも、身体に影響を及ぼすほどではない」

「あ、そうか」

 希和子さんの思念は、産科病棟で強まるが、ハルが金曜日に実習しても、他には影響はなかった。

 おそらく一番感じやすい新生児にも、反応はなかった。


「周波数は合わせたけど、ちょっとズレていて、音が聞き取りにくい、そんな感じなんだと思います。ただ、いつまでもハルが代行受信しているわけにもいかない。それに、肝心な子供さんとご主人の行方を捜す必要がある」

「主人たちの?」

「俺はしばらくこのままでも」




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「……苦しかった。『お前を許さない、お前のせいだ』って、責められて……来る日も来る日も、『お前の存在が、罪なんだ』って……それが正しい気がして。否定できなくなって。声から逃げるように、色々な思い出の場所を、忘れました。忘れたはずなのに、何故かそこに自分から行っていて。そうすると、また声が聞こえて。どうしてそこに行っているのか、その記憶もあいまいで。時々不意に思い出しては、自分で自分が分からなくて。いっそ、全てを忘れたら楽なのに、って思いながら、夫と子供のことを忘れるのは嫌で、それだけは何とか覚えていたくて」
 もはや|訝《いぶか》りもなく答える佐和子さん。
「あの、もしかして、今、かなり楽なんじゃありません?」
 瑛比古さん、大分落ち着いてきた佐和子さんの様子に、確信を持って、問う。
「……そういえば。さっきから、声を聞いていません。いえ、もしかしたら、ここ2、3日、音が遠い感じがしていたかも」
 ハッとして答える佐和子さん。
「不思議。いつもは、ひっきりなしに聞こえるのに」
「あのね、佐和子さん。さっきのハルの感知能力ってね、あなたにも当てはまるんですよ」
「そんな! 今まで人の心なんか、見えたことあり……ま……」
「あるはず」
 瑛比古さん、断言。
「ただ一人だけ、心が見えたことが、あるんじゃないですか?」
「希和子……?」
「御名答。あなたが感知したものは、希和子さんの思念なんだ。双子の神秘、なんて言葉で片付けていいとは思わないけど、実際にあなた方はお互いの心が判った。あなたは、思念が流れ込んでくるのをただ受け取っていただけのようだけど、希和子さんは、工夫したみたいですね」
「希和子の声に聞こえたのは、本当に希和子の心だったから?」
「心というより、思念を送る、って感じですね。希和子さんは、大分前にこの能力に気付いていたんじゃないのかな。心の声が漏れるっていうより、もっと明確に、あなたに伝えようとしている気がします……今希和子さんの声が聞こえないのは、ハルが、代行しているからです」
「代行……?」
「あなたを包む希和子さんの思念を感じ取ってから、ハルは無意識に、その思念に自分の波長を合わせてしまったんですよ。そうして、そのまま自分の方に引き込んでしまっている。代行、というより電波ジャックに近いのかな? だから、あんなに明確に、希和子さんの様子を思い浮かべることができたんです。ただ、やや強引な電波ジャックだから、あなたほどダイレクトな衝撃は受けていない。そもそもあなたに向けられた悪意ですから、ハルには効果が薄いのかもしれませんが」
「……いや、結構、ダメージ食らってる……」
「でも、普通に産科病棟で実習もできているし、飯だっていつも通り食っていたじゃないか。少なくとも、身体に影響を及ぼすほどではない」
「あ、そうか」
 希和子さんの思念は、産科病棟で強まるが、ハルが金曜日に実習しても、他には影響はなかった。
 おそらく一番感じやすい新生児にも、反応はなかった。
「周波数は合わせたけど、ちょっとズレていて、音が聞き取りにくい、そんな感じなんだと思います。ただ、いつまでもハルが代行受信しているわけにもいかない。それに、肝心な子供さんとご主人の行方を捜す必要がある」
「主人たちの?」
「俺はしばらくこのままでも」