ソレイン王国
ー/ー 夕焼けの下、鐘の音が響いた。
勇斗たちは巨大な城門をくぐり、ソレイン城下町の大通りへ入った。石畳はまだ昼の熱を少し残している。煉瓦の家が並び、軒先には早くも灯りがともり始めていた。橙色の火が揺れ、通りに長い影を落としている。
行き交う人々は、黄金色の鎧をまとった勇斗へ一度だけ目を向けた。だが、すぐに何事もなかったように視線を外した。
「こうやって勇者が町を歩いてるのに、どうして誰も声をかけてこないんだ?」
ミュールが首をかしげる。
「勇者アルトの姿や年齢は公にされていないのです。十三歳の子供が世界の命運を背負っていると知れ渡れば、民の不安を煽りますからね」
トゥーレが声を落として言った。
屋台の並ぶ一角へ差しかかると、甘い焼き菓子の匂いが流れてきた。ランパの足がふっとそちらへ寄る。細い手が店先へ伸びかけたところで、ミュールがランパのマントをつかんだ。
「チビスケ?」
「わ、わかってるよ。勝手に食べちゃダメなんだろ?」
ランパは手を引っ込め、口の端だけで笑った。
しばらく歩くと、通りの片側にひときわ目立つ建物が現れた。深い青灰色の石で組まれている。壁面には見慣れない文字が刻まれ、ときおりその隙間に淡い光が走った。
「この妙な建物は何ですの?」
ソーマが目を丸くする。
「ソレイン王国の魔法学校です。そうそう、チカップくんとは一年前にここで会ったことがありますね」
「チカップ、トゥーレとは知り合いだったのか?」
勇斗は声を低くして言った。アルトの真似は疲れる。
「あ、言ってなかったっスね。親がここの臨時講師で、一度だけ連れてこられたことがあったんス。そのときお会いしたんスよ」
「あのとき、きみの魔法を少し見せてもらいましたが、実に見事でした」
「へぇ、すごいんだな、お前」
ミュールが白い歯を見せる。
「そんなに持ち上げないでほしいっス」
チカップは肩をすくめて目を伏せた。
「いってー!」
声がして振り向くと、ランパが尻もちをついていた。その脇で、小柄な男の子が転んでいる。パンと果物が石畳に散らばっていた。
「なんだよ、急にぶつかってきやがって!」
「ご、ごめんなさい」
男の子の目はくすみ、服は薄汚れていた。靴は履いていない。
「あぁ、早くしないと」
男の子は慌てて食べ物をかき集める。
「て、手伝うよ」
勇斗は足元の果物を拾い、男の子へ渡した。
「あんちゃん、ありがとう」
男の子は歯を見せて笑うと、そのまま路地裏へ消えた。
「なによ、あの子」
ソーマが眉をひそめる。
「スラム街の子供でしょうね。城下町の端に隔離された場所です。荒っぽい連中も多いと聞きます。それにしても、アルトくんが人助けとは。まるで別人みたいですね」
勇斗は身震いをした。
「おーい、この辺でボロっちい服のガキ見なかったか? あいつ、オレの店のもん盗んでいきやがったんだ」
エプロン姿の男が息を切らして走ってきた。
「あっちに逃げていったっスよ!」
チカップは、男の子が消えたのとは反対の路地を指した。
「そうか、すまんな。見つけたらぶん殴って牢屋にぶち込んでやる」
男は走り去っていった。
「チカップ、お前」
ミュールがチカップの肩に手を置く。
「これでいいんス」
深い堀にかかった跳ね橋を渡ると、巨大な城が目の前に立ち上がった。夕陽を背にした塔が長い影を引いている。
兵士の一人が近づいてきた。
「ここはソレイン城だ。子供たちが何の用だね?」
「えっと、僕たちは……」
勇斗が言葉を探しているうちに、トゥーレが兵士の肩を軽く叩いた。
「お疲れさまです」
「トゥーレ様。お戻りになられたのですね。それで、この者たちは?」
「ああ、あなたは確か新入りでしたね」
トゥーレが兵士に耳打ちする。兵士の顔から血の気が引き、口が半端に開いたまま止まった。
「王に伝えてください。それと、皆さんの客室も用意して下さい」
「はっ!」
兵士は弾かれたように城の中へ消えた。
「さて、行きましょう」
トゥーレはいつものやわらかい笑みを浮かべた。
無口な侍女に案内され、勇斗は王宮の廊下を歩いた。
長い廊下の突き当たりに、扉がひとつだけあった。侍女はその前で足を止める。
「アルト様がお留守の間、清掃係以外の立ち入りは禁じられております」
一礼だけ残して、侍女は去っていった。
「ここが、アルトの部屋」
勇斗は扉を押した。
部屋の中は灰色ばかりだった。壁も、床も、置かれた家具も、どれも冷たく色が薄い。高い位置に小さな窓が一つあり、そこから夕方の光が細く差し込んでいた。
鎧を脱いで椅子に腰を下ろす。
静かな場所のはずなのに、落ち着かなかった。
「アルト様」
扉の向こうから抑揚のない声がした。
「入浴の準備が整いました。大浴場までお越しください」
浴場は広かった。床は磨かれた石で、湯気に濡れて鈍く光っている。広い湯船からは、かすかに硫黄の匂いが漂っていた。壁には細かなモザイクがはめ込まれ、柱には過剰なくらい装飾が施されている。
鏡の前に立つ。湯気を手でぬぐると、身体じゅうの傷跡がぼんやり浮かび上がった。
指を這わせる。ざらついた感触が残る。元の滑らかな肌はもうなかった。
左手首に目を落とす。四芒星の痣がある。
この痣が、すべての始まりだった。
神社の蔵。地下。紅い球。元の世界での出来事が、遠いものに思えた。
母は大丈夫だろうか。アルトは向こうでちゃんとやれているのだろうか。真弘はどうなったのか。
考えが次々と浮かぶ。勇斗は湯の中に肩まで沈んだ。
しばらくして、戸が開いた。
「失礼」
立派な顎鬚を生やした大柄の男が入ってきた。勇斗の隣へ腰を下ろす。湯が大きくあふれた。
「アルト、久しぶりだな」
「えっと、あなたは」
「おいおい、忘れちまったのか? 騎士団長ダンガスだよ。まあ、あのときは副団長だったけどな」
豪快な笑い声が浴場に響いた。
「大体の話はトゥーレの野郎から聞いてる。まさか生きていたとはな」
ダンガスは勇斗の身体を眺めた。
「傷だらけだな。うん、これこそ男の勲章ってやつだ」
笑ったあと、その顔が少し曇る。
「ん? これはどういう……」
「ダンガス様、大臣がお呼びです」
外から男の声がした。
「もっと浸かっていたかったんだがな。じゃあな、また会おうぜ」
勇斗が部屋へ戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。オイルランプに火を灯し、本棚の前に立つ。
明日は王と会わなければならない。礼儀作法など何もわからない。それらしい本がないかと思い、背表紙を端から追っていく。
剣術書。戦術論。魔法理論。歴史書。硬い本ばかりだった。
奥へ妙に押し込まれた一冊に目が留まる。『ソレイン王国宮廷騎士の心得』という本だった。
これは使えるかも、と思って引き抜いた拍子に、足元へ小さな本が落ちた。
黒い無地の表紙だった。
拾い上げて開いたところで、勇斗の手が止まる。
「これは、アルトの日記?」
閉じるべきだと思った。だが、指はそのまま次の行を追っていた。
『きょう、おうこくにきた! おしろはすっごくおおきい! こじいんとはぜんぜんちがう!』
『でんせつのぶぐをそうびできた! ボク、ぜったいすごいゆうしゃになれる!』
ページをめくる。
『くんれんがはじまった。たくさんおこられた。たたかれた。でも、これもつよくなるため。ボクはがんばる!』
『ずーっとくんれん。ちょっとだけそとであそびたいっていったら、ダメっていわれた』
『にげようとした。でも、すぐにつかまった。なぐられた。いたい。もういやだ』
『だれかたすけて。どこか、ちがうせかいにいきたい』
次の頁へ進む。
文字は少しずつ整っていく。丸かった字が細くなり、行間の詰め方まで変わっていた。
『朝から晩まで剣をふるう日々が続く。体じゅうが痛い。でも、そのたびに「もっと強くなれ」って自分に言い聞かせた』
『今日、訓練中に涙が出た。理由はわからない。でも、勇者なのに泣いている自分が情けなかった』
『騎士たちが、お酒と葉巻をたしなんでいた。ボクも試してみた。嫌なことを少しだけ忘れられる気がした』
『訓練がすべてになった。ただ、言われたことをこなすだけの毎日。喜びも悲しみも、どんどん遠くなっていく』
さらにめくる。
『最近、シグネリア王女がボクの部屋に来るようになった。優しい人だ。でも、どう受け取っていいのかわからない。彼女と話すたびに胸が苦しくなる』
『今日、王国に賊が侵入した。シグネリアが人質に取られたとき、頭の中が真っ白になった。気づいたときには、賊の命はボクの手で絶たれていた。初めて人を殺した』
『明日、ついに魔神退治に旅立つ。シグネリアへの想いも、この日記とともに封印する。ボクは勇者であり、感情に流されることは許されない』
その先は白紙だった。
勇斗は日記を閉じた。
ランプの火が小さく揺れた。部屋は相変わらず静かだった。
この部屋で、アルトはずっと一人でいたのだろう。勇者として選ばれ、鍛えられ、削られ、そうして感情まで押し込めてきた。
「アルト」
すぐ背後で声がした。
悲鳴を上げた勇斗は、椅子ごとひっくり返りそうになった。
「だ、大丈夫?」
顔を上げると、ローズピンクの長い髪をした少女が、きょとんとした顔で立っていた。
勇斗たちは巨大な城門をくぐり、ソレイン城下町の大通りへ入った。石畳はまだ昼の熱を少し残している。煉瓦の家が並び、軒先には早くも灯りがともり始めていた。橙色の火が揺れ、通りに長い影を落としている。
行き交う人々は、黄金色の鎧をまとった勇斗へ一度だけ目を向けた。だが、すぐに何事もなかったように視線を外した。
「こうやって勇者が町を歩いてるのに、どうして誰も声をかけてこないんだ?」
ミュールが首をかしげる。
「勇者アルトの姿や年齢は公にされていないのです。十三歳の子供が世界の命運を背負っていると知れ渡れば、民の不安を煽りますからね」
トゥーレが声を落として言った。
屋台の並ぶ一角へ差しかかると、甘い焼き菓子の匂いが流れてきた。ランパの足がふっとそちらへ寄る。細い手が店先へ伸びかけたところで、ミュールがランパのマントをつかんだ。
「チビスケ?」
「わ、わかってるよ。勝手に食べちゃダメなんだろ?」
ランパは手を引っ込め、口の端だけで笑った。
しばらく歩くと、通りの片側にひときわ目立つ建物が現れた。深い青灰色の石で組まれている。壁面には見慣れない文字が刻まれ、ときおりその隙間に淡い光が走った。
「この妙な建物は何ですの?」
ソーマが目を丸くする。
「ソレイン王国の魔法学校です。そうそう、チカップくんとは一年前にここで会ったことがありますね」
「チカップ、トゥーレとは知り合いだったのか?」
勇斗は声を低くして言った。アルトの真似は疲れる。
「あ、言ってなかったっスね。親がここの臨時講師で、一度だけ連れてこられたことがあったんス。そのときお会いしたんスよ」
「あのとき、きみの魔法を少し見せてもらいましたが、実に見事でした」
「へぇ、すごいんだな、お前」
ミュールが白い歯を見せる。
「そんなに持ち上げないでほしいっス」
チカップは肩をすくめて目を伏せた。
「いってー!」
声がして振り向くと、ランパが尻もちをついていた。その脇で、小柄な男の子が転んでいる。パンと果物が石畳に散らばっていた。
「なんだよ、急にぶつかってきやがって!」
「ご、ごめんなさい」
男の子の目はくすみ、服は薄汚れていた。靴は履いていない。
「あぁ、早くしないと」
男の子は慌てて食べ物をかき集める。
「て、手伝うよ」
勇斗は足元の果物を拾い、男の子へ渡した。
「あんちゃん、ありがとう」
男の子は歯を見せて笑うと、そのまま路地裏へ消えた。
「なによ、あの子」
ソーマが眉をひそめる。
「スラム街の子供でしょうね。城下町の端に隔離された場所です。荒っぽい連中も多いと聞きます。それにしても、アルトくんが人助けとは。まるで別人みたいですね」
勇斗は身震いをした。
「おーい、この辺でボロっちい服のガキ見なかったか? あいつ、オレの店のもん盗んでいきやがったんだ」
エプロン姿の男が息を切らして走ってきた。
「あっちに逃げていったっスよ!」
チカップは、男の子が消えたのとは反対の路地を指した。
「そうか、すまんな。見つけたらぶん殴って牢屋にぶち込んでやる」
男は走り去っていった。
「チカップ、お前」
ミュールがチカップの肩に手を置く。
「これでいいんス」
深い堀にかかった跳ね橋を渡ると、巨大な城が目の前に立ち上がった。夕陽を背にした塔が長い影を引いている。
兵士の一人が近づいてきた。
「ここはソレイン城だ。子供たちが何の用だね?」
「えっと、僕たちは……」
勇斗が言葉を探しているうちに、トゥーレが兵士の肩を軽く叩いた。
「お疲れさまです」
「トゥーレ様。お戻りになられたのですね。それで、この者たちは?」
「ああ、あなたは確か新入りでしたね」
トゥーレが兵士に耳打ちする。兵士の顔から血の気が引き、口が半端に開いたまま止まった。
「王に伝えてください。それと、皆さんの客室も用意して下さい」
「はっ!」
兵士は弾かれたように城の中へ消えた。
「さて、行きましょう」
トゥーレはいつものやわらかい笑みを浮かべた。
無口な侍女に案内され、勇斗は王宮の廊下を歩いた。
長い廊下の突き当たりに、扉がひとつだけあった。侍女はその前で足を止める。
「アルト様がお留守の間、清掃係以外の立ち入りは禁じられております」
一礼だけ残して、侍女は去っていった。
「ここが、アルトの部屋」
勇斗は扉を押した。
部屋の中は灰色ばかりだった。壁も、床も、置かれた家具も、どれも冷たく色が薄い。高い位置に小さな窓が一つあり、そこから夕方の光が細く差し込んでいた。
鎧を脱いで椅子に腰を下ろす。
静かな場所のはずなのに、落ち着かなかった。
「アルト様」
扉の向こうから抑揚のない声がした。
「入浴の準備が整いました。大浴場までお越しください」
浴場は広かった。床は磨かれた石で、湯気に濡れて鈍く光っている。広い湯船からは、かすかに硫黄の匂いが漂っていた。壁には細かなモザイクがはめ込まれ、柱には過剰なくらい装飾が施されている。
鏡の前に立つ。湯気を手でぬぐると、身体じゅうの傷跡がぼんやり浮かび上がった。
指を這わせる。ざらついた感触が残る。元の滑らかな肌はもうなかった。
左手首に目を落とす。四芒星の痣がある。
この痣が、すべての始まりだった。
神社の蔵。地下。紅い球。元の世界での出来事が、遠いものに思えた。
母は大丈夫だろうか。アルトは向こうでちゃんとやれているのだろうか。真弘はどうなったのか。
考えが次々と浮かぶ。勇斗は湯の中に肩まで沈んだ。
しばらくして、戸が開いた。
「失礼」
立派な顎鬚を生やした大柄の男が入ってきた。勇斗の隣へ腰を下ろす。湯が大きくあふれた。
「アルト、久しぶりだな」
「えっと、あなたは」
「おいおい、忘れちまったのか? 騎士団長ダンガスだよ。まあ、あのときは副団長だったけどな」
豪快な笑い声が浴場に響いた。
「大体の話はトゥーレの野郎から聞いてる。まさか生きていたとはな」
ダンガスは勇斗の身体を眺めた。
「傷だらけだな。うん、これこそ男の勲章ってやつだ」
笑ったあと、その顔が少し曇る。
「ん? これはどういう……」
「ダンガス様、大臣がお呼びです」
外から男の声がした。
「もっと浸かっていたかったんだがな。じゃあな、また会おうぜ」
勇斗が部屋へ戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。オイルランプに火を灯し、本棚の前に立つ。
明日は王と会わなければならない。礼儀作法など何もわからない。それらしい本がないかと思い、背表紙を端から追っていく。
剣術書。戦術論。魔法理論。歴史書。硬い本ばかりだった。
奥へ妙に押し込まれた一冊に目が留まる。『ソレイン王国宮廷騎士の心得』という本だった。
これは使えるかも、と思って引き抜いた拍子に、足元へ小さな本が落ちた。
黒い無地の表紙だった。
拾い上げて開いたところで、勇斗の手が止まる。
「これは、アルトの日記?」
閉じるべきだと思った。だが、指はそのまま次の行を追っていた。
『きょう、おうこくにきた! おしろはすっごくおおきい! こじいんとはぜんぜんちがう!』
『でんせつのぶぐをそうびできた! ボク、ぜったいすごいゆうしゃになれる!』
ページをめくる。
『くんれんがはじまった。たくさんおこられた。たたかれた。でも、これもつよくなるため。ボクはがんばる!』
『ずーっとくんれん。ちょっとだけそとであそびたいっていったら、ダメっていわれた』
『にげようとした。でも、すぐにつかまった。なぐられた。いたい。もういやだ』
『だれかたすけて。どこか、ちがうせかいにいきたい』
次の頁へ進む。
文字は少しずつ整っていく。丸かった字が細くなり、行間の詰め方まで変わっていた。
『朝から晩まで剣をふるう日々が続く。体じゅうが痛い。でも、そのたびに「もっと強くなれ」って自分に言い聞かせた』
『今日、訓練中に涙が出た。理由はわからない。でも、勇者なのに泣いている自分が情けなかった』
『騎士たちが、お酒と葉巻をたしなんでいた。ボクも試してみた。嫌なことを少しだけ忘れられる気がした』
『訓練がすべてになった。ただ、言われたことをこなすだけの毎日。喜びも悲しみも、どんどん遠くなっていく』
さらにめくる。
『最近、シグネリア王女がボクの部屋に来るようになった。優しい人だ。でも、どう受け取っていいのかわからない。彼女と話すたびに胸が苦しくなる』
『今日、王国に賊が侵入した。シグネリアが人質に取られたとき、頭の中が真っ白になった。気づいたときには、賊の命はボクの手で絶たれていた。初めて人を殺した』
『明日、ついに魔神退治に旅立つ。シグネリアへの想いも、この日記とともに封印する。ボクは勇者であり、感情に流されることは許されない』
その先は白紙だった。
勇斗は日記を閉じた。
ランプの火が小さく揺れた。部屋は相変わらず静かだった。
この部屋で、アルトはずっと一人でいたのだろう。勇者として選ばれ、鍛えられ、削られ、そうして感情まで押し込めてきた。
「アルト」
すぐ背後で声がした。
悲鳴を上げた勇斗は、椅子ごとひっくり返りそうになった。
「だ、大丈夫?」
顔を上げると、ローズピンクの長い髪をした少女が、きょとんとした顔で立っていた。
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