ヒトゴロシ
ー/ー「どうした? 殺せよ、殺してみろよ」
金髪の男が、ニタニタと笑っている。
「威勢良く見えても、中身は臆病だ。魔族を殺せても、人は殺せない、軟弱なお坊ちゃんだ」
「うああああっ!」
勇斗は金髪の男の首元目掛けて、刃を振り下ろした。しかし、寸前のところで止まってしまう。
「やれよ、早く殺せよ? できない? できないのかぁ?」
ゲラゲラと、気味の悪い笑い声が木霊する。
「あ、う……」
勇斗は、動けなかった。
「もういい、死ねよ」
金髪の男の口から、鋭く尖った触手が飛び出す。
勇斗の胸に、大きな穴が開いた。
「ああああああああああああッ!」
勇斗はベッドから飛び起きた。肩を上下させ、息を荒く吐きながら、辺りを見回す。宿の客室のようだった。薄暗い。窓に取りつけられた厚手の布が、夜風で揺れている。全身の汗が冷え、思わず身震いをしてしまった。
「ユート、起きたのか? 入るぞ」
ドアが開き、ミュールとチカップが入ってきた。
「大丈夫っスか? ものすごい悲鳴だったっスよ」
チカップは険しい表情をしながら、無造作なアッシュグレーの髪をいじっていた。
「う、うん、大丈夫。ちょっと、怖い夢を見ちゃって」
勇斗の声は震えていた。
「ユートッ!」
遅れて入ってきたランパが、勢いよくのしかかってきた。勇斗はベッドに押し倒された。
「ごめんよぉ、オイラ、うっかりしちまって」
ランパの鼻水が舞い散った。汚い。
「い、いいよ、気にしなくて。それで、僕はどうなったの? 金髪の男の人は?」
勇斗の目に、力が入る。
「覚えてないのも、無理はないか」
ミュールは短く息を吐き、言葉を続けた。
「ユートは、死にかけてた。目を背けたくなるほどひどい状態だったよ。あの化け物――金髪野郎は、死んだ。トゥーレが一撃で仕留めたんだ」
「そのあと、トゥーレさんと契約をしている光の精霊がユートを回復してくれたんスよ。確か、ペックっていう子供みたいな精霊だったっス。凄いっスよね、あんな大怪我まで治せちゃうんスから」
「この高そうな宿もトゥーレが用意してくれたんだぜ」
ミュールが白い歯を見せ、親指を立てた。
「そう、なんだ」
トゥーレ。困ったときは頼れとアルトが言っていた、ソレイン王国の魔術師。どうして、その人がこの街に?
「ねぇ、そのトゥーレって人、もしかして僕のことをアルトだと思ってる?」
「言動を見る限り、そう思われてるっスね。でも、入れ替わりのことは話してないっスよ。トゥーレさんは、ソレイン王国でもかなり強い力と高い地位を持っている。今は変なことを言って警戒されるより、話を合わせるほうが無難っスから」
「つーことで、今、オレたちはアルトの仲間ってことになっている。どっかでチビスケがボロを出さないか心配だけどな」
「大丈夫だって。こいつはアルトだ」
ランパに頬をつつかれた。無邪気な笑顔に、少しだけ心が安らいだ。
「トゥーレさんが話をしたいって言ってたっス。下で待ってるから、目が覚めたら来てくれって。くれぐれも、バレないようにするっスよ。アルトとして、自然に振る舞うっス!」
チカップの顔が近づく。勇斗は無言でうなずいた。
アルトは魔神との対決のあと、気づけば森の中にいて、ランパと契約をした。報告のため、ソレイン王国に戻る途中、ミュールたちと出会った――というのが、チカップの作った筋書きだった。わからない質問は、すべて曖昧に答えるよう指令が下っている。本当に大丈夫なのだろうか。
薄暗い階段を降りたところで、ソーマと鉢合わせた。
「あら、もう動いて大丈夫ですの?」
「心配かけてごめん。ソーマはなにをしていたの?」
「ちょっとトゥーレさんとお話を。楽しい人ですわよ。知的で、冗談も言えて、顔も良くて。まぁ、ユートの方が素敵ですけどね」
ソーマはウィンクをしたあと、「あなたのことは話してないから安心して」と小声で言った。
「じゃ、私はもう寝ますわね。おやすみなさい」
勇斗の頬に、温かい感触が走った。心臓が跳ねた。
ぼーっとしながら明かりの灯る方へ歩いていくと、歌声が聞こえてきた。ステージ上で、露出の高い服装をした美しい女性が歌を披露していた。しっとりした、哀愁漂う旋律。テーブルの男たちは、彼女に見惚れていた。
隅の目立たないテーブルで、眼鏡をかけた長い銀髪の男が本を読んでいた。美形でスタイルが良い。彼が、トゥーレさんだろうか。そばには、わずかにねじれた黒い杖が置かれている。木目とも鱗ともつかない模様の奥で、先端の縦長の宝石が生き物の瞳のように鈍く光った。
顔を上げた銀髪の男は、やわらかく微笑み、手招きをした。勇斗は近づき、軽く会釈をした。
「久しぶりですね、アルトくん。さぁ、座ってください」
勇斗は緊張を悟られないように、呼吸を深くし、背筋を伸ばして席に座った。手をぐっと握ってから、わずかにゆるめる。
「お久しぶりです、トゥーレ……さん」
勇斗は笑顔で言った。
「何がありました? いつもは無表情で、挨拶もろくにしないのに」
しまったと、心の中で叫んだ。必死にアルトの表情や声を思い出した。
「ああ、すみ――すまない。ちょっと考え事をしていた」
声を少し低くし、感情をできるだけ抑えた。正直、これで合っているのかわからない。鼓動が速くなってきた。
「ほいほーい! ボクちんも仲間にいれてー!」
トゥーレの背後から、子供が出現した。羊のようにもこもこした髪。背中には、小さな羽が生えていた。天使みたいだった。
「こら、ペック。まだマナが回復しきってないのに、起きてきちゃダメでしょう」
「だってぇ、ボクちんもアルトとお話ししたいんだもーん」
子供は、むすっとした表情でトゥーレの周りを飛び回った。この子が、光の精霊ペックなのだろうか。
「二人とも」
勇斗は間をおいたあと、肩をすくめた。
「助けてくれて、ありがとう」
勇斗の言葉に、トゥーレとペックはきょとんとした表情をした。その後、二人は顔を見合わせ、ひそひそ話を始めた。
「アルトくんが、感謝するなんて……信じられません」
「頭打った? もう一回治してあげようか?」
勇斗は、泣き出したいような気持ちになった。
しばらくの間、沈黙が続いた。トゥーレとペックの視線がちくちく刺さる。雰囲気を変えるべく、何か話さないと。
「ところで、僕を襲ったあの化け物は何だ? 魔族なのか?」
勇斗が質問した。
浮かない顔をしたトゥーレが、両肘をテーブルの上に置き、手を組んだ。
「あなたの仲間の話によると、人が突然変異したのだとか。人間に化ける魔族の報告はいくつか上がってきていますが、あれほど強大な力を持つものは聞いたことがありません」
トゥーレは眼鏡のズレを直したあと、続けた。
「それに、魔族は普通、街に入ってこられないのです。土地に宿る微精霊の守りがありますからね。守りを突破できるとなると、魔神もしくは魔神の側近クラスしかいません。あるいは、魔神が人間に力を与えたか……」
「魔神は死んでなくて、どこかにいるってこと? うひーっ」
ペックが小さな羽をばたつかせ、せわしなくトゥーレの周りを飛んだ。
「アルトくん」
「な、なんだ?」
「魔神は――確かに、倒したのですよね?」
トゥーレの鋭い視線が突き刺さった。勇斗は、指先に力が入るのを感じた。
「倒した、はずだ」
「ずいぶん曖昧な答えですね?」
勇斗は息が止まりそうになった。
「まぁ、いいでしょう。魔神の生死関係なく、魔族はいまだに活発に活動を続けている。ここでの一件も含め、王に報告しなければならない。明日には発ちましょう。私も同行します」
「あぁ、そうだな」
勇斗は涼しい顔で言った。内心、戸惑いと焦りでいっぱいだった。
ホルタの街をあとにした勇斗たちは、マンウーが引くキャビンに乗り、山を越えていた。
一台のキャビンに乗れるのは三人までだったので、勇斗はランパとミュールと一緒に乗っていた。先導するもう一台にはトゥーレとチカップとソーマが乗っている。
ごつごつとした岩山の斜面をゆっくりと進む。からからと、石の転がる音が聞こえてきた。窓の外には、セク砂漠が小さく見える。随分と標高の高いところまで登ってきたようだ。
「このまま山を越えればソレイン王国。ユートはアルトとして王様に報告しなきゃならない。何とか切り抜けて次の精霊の所に行かなきゃな。チビスケ、枝の反応はあるか?」
ミュールは、隣に座るランパに尋ねた。
「うんにゃ、まだない」
精霊樹の枝をじっと眺めていたランパが、ぎゅっと眉をひそめる。
「そっか。でも、一応当てはある。モッケ族の里には、大地の精霊に関しての言い伝えがあるんだ」
「じゃあ、王国を出たら、ワンコの故郷にいこうぜ」
「そう、だな」
首をひねったミュールは、窓の外をぼんやりと眺めた。
「ユート、さっきからずっとうつむいてるけど、大丈夫か? 酔ったのか?」
ランパが尋ねる。勇斗の顔は曇っていた。これからしばらくアルトのふりをしなければならないプレッシャーが、勇斗を押し潰そうとしていた。
突然、車内が揺れ、マンウーが急停止した。
「うわああっ!」
外から叫び声が聞こえた。同時に破裂音。車内が激しく揺れた。
勇斗は急いでキャビンから降り、周囲を確認した。マンウーが一目散に逃げていた。手綱を引いていた御者の男は、頭から血を流し、地面に倒れている。
「何、この人たち」
勇斗たちは、黒いマントのフードを深々と被った者たちに囲まれていた。魔族ではない、人間のようだった。ざっと五人はいた。
「金を寄越しな」
黒マントの一人が近づいてくる。手にはダガーが握られていた。
「ぼ、僕たちお金なんて持ってません」
「そんな金ピカの鎧を着ていて、それはないだろ? 大人しく言うことを聞かないと、こうなるぞ?」
黒マントは、倒れている御者の首筋に刃を当てた。刃先が肉に食い込む。勢いよく引き裂かれた皮膚から、鮮血が飛び散った。
「ひっ」
金髪の男といい、この黒マントといい、どうして躊躇なく人を殺すことができるのか。勇斗にはまったく理解できなかった。
「アルトくん、賊です。そっちは任せましたよ」
トゥーレの声が聞こえる。どうやらあちらも襲われているらしい。
黒マントたちが、じりじりと迫ってくる。
「や、やらなきゃ」
ホルタでの一件が、勇斗の脳裏によみがえった。手が震え、剣をうまく抜くことができなかった。
「ユート、下がってろ」
「オイラたちがちゃっちゃと片づけてやるよ」
ミュールとランパが躍り出た。
「ガキども、オレたちに襲われたことを後悔するんだな!」
「ガキだからって舐めるなよ」
戦闘が始まった。
仲間たちは、あっという間に賊を倒した。勇斗はその様子を見て、呆然としていた。気を失った四人の賊は、ランパの精霊術で木にくくられた。
あと一人残っている。そう気づいたときには遅かった。最後の黒マントが、勇斗の背後に立っていた。
「くらえっ!」
何かが投げられた。閃光と破裂音、そして衝撃。勇斗の体が、固い地面に転がった。
「がはっ」
痛みを堪え、体を起こす。鈍く光る刃の先端が、勇斗に迫ってきていた。
「わあぁぁぁっ!」
勇斗はとっさに剣を抜いた。刹那、燃え盛る炎が、迫り来る刃ごと黒マントの体を包み込んだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」
黒マントは全身から煙を噴き上げ、仰向けに倒れた。
「ちくしょう、ちくしょ――」
掠れ声は、やがて聞こえなくなった。
勇斗は四つん這いになり、黒マントの顔を確認する。焼けただれ、性別すらわからない状態だった。体の大きさは勇斗と同じくらい。子供なのだろうか。
死んでいる。僕が、殺してしまった――
心臓が激しく鼓動し、耳鳴りがした。初めてゴブリンを殺したときのことが、脳裏をよぎった。自分を守るため、生きるために殺した。今回もそうだ。しかし、今、目の前にある死体は魔族ではなく人間。思考が乱れてくる。胃酸がせり上がってきた。
勇斗は膝をつき、胃の中のものを地面に吐き出した。
――やればできるじゃねぇか、お坊ちゃん。
金髪の男の声が聞こえた。うっとうしい、消えてくれ。
「仕方ないことだ、気にすんな。やらなきゃ、やられていた」
ランパに背中をさすられた。
仕方がないで済ませられるものだろうか。どうすればよかったのか、まったくわからない。視界がぼやける感覚と同時に、体が重く感じた。
「こちらは片づきました。あとで騎士団に連行してもらいます。何人かは逃してしまいましたがね。おや、どうしましたか?」
ふらふらと立ち上がった勇斗は、ドラシガーに火をつけた。
「アルトくん、その葉巻は?」
「ランパの合成の力で作られた、魔法の葉巻――ドラシガーだ」
「合成……」
トゥーレが険しい表情をした。
勇斗は天を仰ぎ、緑色の煙を吐き出した。ぽつりぽつりと、小さな水滴が顔に当たった。
「雨か、嫌だな」
ミュールがぼそりと呟いた。
「アルトくん、どこかで雨宿りしましょう」
「……ああ」
勇斗は再び煙を吸った。
吐き出された煙はやわらかくほどけ、何も残さず雨に溶けた。
金髪の男が、ニタニタと笑っている。
「威勢良く見えても、中身は臆病だ。魔族を殺せても、人は殺せない、軟弱なお坊ちゃんだ」
「うああああっ!」
勇斗は金髪の男の首元目掛けて、刃を振り下ろした。しかし、寸前のところで止まってしまう。
「やれよ、早く殺せよ? できない? できないのかぁ?」
ゲラゲラと、気味の悪い笑い声が木霊する。
「あ、う……」
勇斗は、動けなかった。
「もういい、死ねよ」
金髪の男の口から、鋭く尖った触手が飛び出す。
勇斗の胸に、大きな穴が開いた。
「ああああああああああああッ!」
勇斗はベッドから飛び起きた。肩を上下させ、息を荒く吐きながら、辺りを見回す。宿の客室のようだった。薄暗い。窓に取りつけられた厚手の布が、夜風で揺れている。全身の汗が冷え、思わず身震いをしてしまった。
「ユート、起きたのか? 入るぞ」
ドアが開き、ミュールとチカップが入ってきた。
「大丈夫っスか? ものすごい悲鳴だったっスよ」
チカップは険しい表情をしながら、無造作なアッシュグレーの髪をいじっていた。
「う、うん、大丈夫。ちょっと、怖い夢を見ちゃって」
勇斗の声は震えていた。
「ユートッ!」
遅れて入ってきたランパが、勢いよくのしかかってきた。勇斗はベッドに押し倒された。
「ごめんよぉ、オイラ、うっかりしちまって」
ランパの鼻水が舞い散った。汚い。
「い、いいよ、気にしなくて。それで、僕はどうなったの? 金髪の男の人は?」
勇斗の目に、力が入る。
「覚えてないのも、無理はないか」
ミュールは短く息を吐き、言葉を続けた。
「ユートは、死にかけてた。目を背けたくなるほどひどい状態だったよ。あの化け物――金髪野郎は、死んだ。トゥーレが一撃で仕留めたんだ」
「そのあと、トゥーレさんと契約をしている光の精霊がユートを回復してくれたんスよ。確か、ペックっていう子供みたいな精霊だったっス。凄いっスよね、あんな大怪我まで治せちゃうんスから」
「この高そうな宿もトゥーレが用意してくれたんだぜ」
ミュールが白い歯を見せ、親指を立てた。
「そう、なんだ」
トゥーレ。困ったときは頼れとアルトが言っていた、ソレイン王国の魔術師。どうして、その人がこの街に?
「ねぇ、そのトゥーレって人、もしかして僕のことをアルトだと思ってる?」
「言動を見る限り、そう思われてるっスね。でも、入れ替わりのことは話してないっスよ。トゥーレさんは、ソレイン王国でもかなり強い力と高い地位を持っている。今は変なことを言って警戒されるより、話を合わせるほうが無難っスから」
「つーことで、今、オレたちはアルトの仲間ってことになっている。どっかでチビスケがボロを出さないか心配だけどな」
「大丈夫だって。こいつはアルトだ」
ランパに頬をつつかれた。無邪気な笑顔に、少しだけ心が安らいだ。
「トゥーレさんが話をしたいって言ってたっス。下で待ってるから、目が覚めたら来てくれって。くれぐれも、バレないようにするっスよ。アルトとして、自然に振る舞うっス!」
チカップの顔が近づく。勇斗は無言でうなずいた。
アルトは魔神との対決のあと、気づけば森の中にいて、ランパと契約をした。報告のため、ソレイン王国に戻る途中、ミュールたちと出会った――というのが、チカップの作った筋書きだった。わからない質問は、すべて曖昧に答えるよう指令が下っている。本当に大丈夫なのだろうか。
薄暗い階段を降りたところで、ソーマと鉢合わせた。
「あら、もう動いて大丈夫ですの?」
「心配かけてごめん。ソーマはなにをしていたの?」
「ちょっとトゥーレさんとお話を。楽しい人ですわよ。知的で、冗談も言えて、顔も良くて。まぁ、ユートの方が素敵ですけどね」
ソーマはウィンクをしたあと、「あなたのことは話してないから安心して」と小声で言った。
「じゃ、私はもう寝ますわね。おやすみなさい」
勇斗の頬に、温かい感触が走った。心臓が跳ねた。
ぼーっとしながら明かりの灯る方へ歩いていくと、歌声が聞こえてきた。ステージ上で、露出の高い服装をした美しい女性が歌を披露していた。しっとりした、哀愁漂う旋律。テーブルの男たちは、彼女に見惚れていた。
隅の目立たないテーブルで、眼鏡をかけた長い銀髪の男が本を読んでいた。美形でスタイルが良い。彼が、トゥーレさんだろうか。そばには、わずかにねじれた黒い杖が置かれている。木目とも鱗ともつかない模様の奥で、先端の縦長の宝石が生き物の瞳のように鈍く光った。
顔を上げた銀髪の男は、やわらかく微笑み、手招きをした。勇斗は近づき、軽く会釈をした。
「久しぶりですね、アルトくん。さぁ、座ってください」
勇斗は緊張を悟られないように、呼吸を深くし、背筋を伸ばして席に座った。手をぐっと握ってから、わずかにゆるめる。
「お久しぶりです、トゥーレ……さん」
勇斗は笑顔で言った。
「何がありました? いつもは無表情で、挨拶もろくにしないのに」
しまったと、心の中で叫んだ。必死にアルトの表情や声を思い出した。
「ああ、すみ――すまない。ちょっと考え事をしていた」
声を少し低くし、感情をできるだけ抑えた。正直、これで合っているのかわからない。鼓動が速くなってきた。
「ほいほーい! ボクちんも仲間にいれてー!」
トゥーレの背後から、子供が出現した。羊のようにもこもこした髪。背中には、小さな羽が生えていた。天使みたいだった。
「こら、ペック。まだマナが回復しきってないのに、起きてきちゃダメでしょう」
「だってぇ、ボクちんもアルトとお話ししたいんだもーん」
子供は、むすっとした表情でトゥーレの周りを飛び回った。この子が、光の精霊ペックなのだろうか。
「二人とも」
勇斗は間をおいたあと、肩をすくめた。
「助けてくれて、ありがとう」
勇斗の言葉に、トゥーレとペックはきょとんとした表情をした。その後、二人は顔を見合わせ、ひそひそ話を始めた。
「アルトくんが、感謝するなんて……信じられません」
「頭打った? もう一回治してあげようか?」
勇斗は、泣き出したいような気持ちになった。
しばらくの間、沈黙が続いた。トゥーレとペックの視線がちくちく刺さる。雰囲気を変えるべく、何か話さないと。
「ところで、僕を襲ったあの化け物は何だ? 魔族なのか?」
勇斗が質問した。
浮かない顔をしたトゥーレが、両肘をテーブルの上に置き、手を組んだ。
「あなたの仲間の話によると、人が突然変異したのだとか。人間に化ける魔族の報告はいくつか上がってきていますが、あれほど強大な力を持つものは聞いたことがありません」
トゥーレは眼鏡のズレを直したあと、続けた。
「それに、魔族は普通、街に入ってこられないのです。土地に宿る微精霊の守りがありますからね。守りを突破できるとなると、魔神もしくは魔神の側近クラスしかいません。あるいは、魔神が人間に力を与えたか……」
「魔神は死んでなくて、どこかにいるってこと? うひーっ」
ペックが小さな羽をばたつかせ、せわしなくトゥーレの周りを飛んだ。
「アルトくん」
「な、なんだ?」
「魔神は――確かに、倒したのですよね?」
トゥーレの鋭い視線が突き刺さった。勇斗は、指先に力が入るのを感じた。
「倒した、はずだ」
「ずいぶん曖昧な答えですね?」
勇斗は息が止まりそうになった。
「まぁ、いいでしょう。魔神の生死関係なく、魔族はいまだに活発に活動を続けている。ここでの一件も含め、王に報告しなければならない。明日には発ちましょう。私も同行します」
「あぁ、そうだな」
勇斗は涼しい顔で言った。内心、戸惑いと焦りでいっぱいだった。
ホルタの街をあとにした勇斗たちは、マンウーが引くキャビンに乗り、山を越えていた。
一台のキャビンに乗れるのは三人までだったので、勇斗はランパとミュールと一緒に乗っていた。先導するもう一台にはトゥーレとチカップとソーマが乗っている。
ごつごつとした岩山の斜面をゆっくりと進む。からからと、石の転がる音が聞こえてきた。窓の外には、セク砂漠が小さく見える。随分と標高の高いところまで登ってきたようだ。
「このまま山を越えればソレイン王国。ユートはアルトとして王様に報告しなきゃならない。何とか切り抜けて次の精霊の所に行かなきゃな。チビスケ、枝の反応はあるか?」
ミュールは、隣に座るランパに尋ねた。
「うんにゃ、まだない」
精霊樹の枝をじっと眺めていたランパが、ぎゅっと眉をひそめる。
「そっか。でも、一応当てはある。モッケ族の里には、大地の精霊に関しての言い伝えがあるんだ」
「じゃあ、王国を出たら、ワンコの故郷にいこうぜ」
「そう、だな」
首をひねったミュールは、窓の外をぼんやりと眺めた。
「ユート、さっきからずっとうつむいてるけど、大丈夫か? 酔ったのか?」
ランパが尋ねる。勇斗の顔は曇っていた。これからしばらくアルトのふりをしなければならないプレッシャーが、勇斗を押し潰そうとしていた。
突然、車内が揺れ、マンウーが急停止した。
「うわああっ!」
外から叫び声が聞こえた。同時に破裂音。車内が激しく揺れた。
勇斗は急いでキャビンから降り、周囲を確認した。マンウーが一目散に逃げていた。手綱を引いていた御者の男は、頭から血を流し、地面に倒れている。
「何、この人たち」
勇斗たちは、黒いマントのフードを深々と被った者たちに囲まれていた。魔族ではない、人間のようだった。ざっと五人はいた。
「金を寄越しな」
黒マントの一人が近づいてくる。手にはダガーが握られていた。
「ぼ、僕たちお金なんて持ってません」
「そんな金ピカの鎧を着ていて、それはないだろ? 大人しく言うことを聞かないと、こうなるぞ?」
黒マントは、倒れている御者の首筋に刃を当てた。刃先が肉に食い込む。勢いよく引き裂かれた皮膚から、鮮血が飛び散った。
「ひっ」
金髪の男といい、この黒マントといい、どうして躊躇なく人を殺すことができるのか。勇斗にはまったく理解できなかった。
「アルトくん、賊です。そっちは任せましたよ」
トゥーレの声が聞こえる。どうやらあちらも襲われているらしい。
黒マントたちが、じりじりと迫ってくる。
「や、やらなきゃ」
ホルタでの一件が、勇斗の脳裏によみがえった。手が震え、剣をうまく抜くことができなかった。
「ユート、下がってろ」
「オイラたちがちゃっちゃと片づけてやるよ」
ミュールとランパが躍り出た。
「ガキども、オレたちに襲われたことを後悔するんだな!」
「ガキだからって舐めるなよ」
戦闘が始まった。
仲間たちは、あっという間に賊を倒した。勇斗はその様子を見て、呆然としていた。気を失った四人の賊は、ランパの精霊術で木にくくられた。
あと一人残っている。そう気づいたときには遅かった。最後の黒マントが、勇斗の背後に立っていた。
「くらえっ!」
何かが投げられた。閃光と破裂音、そして衝撃。勇斗の体が、固い地面に転がった。
「がはっ」
痛みを堪え、体を起こす。鈍く光る刃の先端が、勇斗に迫ってきていた。
「わあぁぁぁっ!」
勇斗はとっさに剣を抜いた。刹那、燃え盛る炎が、迫り来る刃ごと黒マントの体を包み込んだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」
黒マントは全身から煙を噴き上げ、仰向けに倒れた。
「ちくしょう、ちくしょ――」
掠れ声は、やがて聞こえなくなった。
勇斗は四つん這いになり、黒マントの顔を確認する。焼けただれ、性別すらわからない状態だった。体の大きさは勇斗と同じくらい。子供なのだろうか。
死んでいる。僕が、殺してしまった――
心臓が激しく鼓動し、耳鳴りがした。初めてゴブリンを殺したときのことが、脳裏をよぎった。自分を守るため、生きるために殺した。今回もそうだ。しかし、今、目の前にある死体は魔族ではなく人間。思考が乱れてくる。胃酸がせり上がってきた。
勇斗は膝をつき、胃の中のものを地面に吐き出した。
――やればできるじゃねぇか、お坊ちゃん。
金髪の男の声が聞こえた。うっとうしい、消えてくれ。
「仕方ないことだ、気にすんな。やらなきゃ、やられていた」
ランパに背中をさすられた。
仕方がないで済ませられるものだろうか。どうすればよかったのか、まったくわからない。視界がぼやける感覚と同時に、体が重く感じた。
「こちらは片づきました。あとで騎士団に連行してもらいます。何人かは逃してしまいましたがね。おや、どうしましたか?」
ふらふらと立ち上がった勇斗は、ドラシガーに火をつけた。
「アルトくん、その葉巻は?」
「ランパの合成の力で作られた、魔法の葉巻――ドラシガーだ」
「合成……」
トゥーレが険しい表情をした。
勇斗は天を仰ぎ、緑色の煙を吐き出した。ぽつりぽつりと、小さな水滴が顔に当たった。
「雨か、嫌だな」
ミュールがぼそりと呟いた。
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