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鏡の奥の片翼人~ベターハーフ~ 1-④

ー/ー



「お守りねえ……御先祖様か……そういえば」


 美晴さんが思いだしたこと。


「むかし、お祖母様に聞いたことがある。佐取(さとり)の家は元を辿れば山神様を祀る巫人(みこ)の家系なんですって」


 佐取は美晴さんの旧姓である。

「今は庭に小さな(ほこら)があるだけだけど、神憑(かみがか)りの子供が産まれると、悪い神が(つか)かないように、おまじないをしたんだって。……そうか、ハルは佐取の家の先祖がえりかも」

「そのおまじないって?」

「ええと、確か『まがつこえなど、さとらずや、よきことほぎこそ、くらみせん』だったかな?」

「ま、まが? くらみせ?」



「多分、悪いことは感じないでいよう、良いことは遠くのものでも感じなさい、みたいな意味だったと思うんだ。佐取の姓は『(さと)り』から来てたって聞いた気がする」



(まが)つ声など、(さと)らずや、()寿(ことほ)ぎこそ、闇見(くらみ)せん』



 美晴さんの言葉がヒントになり、それから瑛比古さんと美晴さんは、ハルに暗示をかけてみた、毎日。


「嫌なことは聞こえない、聞こえても気にしない、優しい気持ちは大事にして、嫌な気持ちは忘れよう」


 合言葉のように、語りかける、毎晩、寝入り(ばな)に。

 入眠する時が、もっとも深層心理へ刷り込みしやすいらしい。

 それが効を奏し、小学校に上がる頃には、人の感情を察しすぎる、ということはなくなった。

 感じていないわけではなく、受け流しているのだ。

 成長するにつれ、ハル自身も自分の持つ能力について自覚していったが、自ら暗示をかけて、時には瑛比古さんの手助けを得ながら、全面的にシャットダウンし、うまくコントロールしていた。


 それでも。


 どうしても聞き流せない、無視できない感情の流れや心の叫びは、ハルの心を動かす。


 例えば、今回のように。

 彼の女性を取り巻くモノは、ハルに力を呼び起こさせた。

 その女性をひどく気にしていたという事を、ミチ(ねえ)から聞いた瑛比古さんは、自分では感じ取れない何かをハルが感じ取ったのだと確信した。

 その恐怖が、瑛比古さんにも伝わったのだろう。ハルの守護霊をも慌てさせる、強烈な感情だったのだと思う。

 ハルを利用したくはないが、関わってしまった以上、ハルが心を乱されてしまう――むしろ、自ら開放してしまうだろう。

 原因究明のために開放されたハルの思考が、無用な……それ以上に害をなす感情に荒らされることだって、ありうる。


 むしろ、きちんと立ち向かわせて、解決した方がいいかも。


 本当は実習中で心身ともに負担がかかっている時に、余計な荷物を背負わせたくない。

 だが、すでにその扉に手をかけてしまっている。中途半端な状態の方が、なお負担になるだろう。

 そう考えて、一昨夜、暗示をかけなおしてみた。

 ただし、対象をあの女性に絞れるよう、誘導して。


『今、一番気になっていること。あれは、なんだろう? 彼女に、何が起きているんだろう? それだけが、気になる。他のことは、大丈夫』


 おそらく夢見心地にあの女性を取り巻くモノを感じとるだろう。


 そこに、もし「あの人」が関わっているのなら。


 その思いを、感じ取ったなら。

 それを確認する為に、もう一度現場に、そして出来れば本人に会おうとするだろう、と。



 その時、瑛比古さんを頼ってくれればベストだったが、実際は単独行動に走ってしまった。

 それは、ある程度想定内とは言え、ちょっと寂しかった。

 が、動き出してしまったものは仕方ない。
 

 ミチ姐から情報を得ていたと聞いたので、行先は分かっていた。


 そして、ハルの心に芽生えた、何か、も。
  

 ……その、あまりの予想通りの行動(そんな素直さゆえに、瑛比古さんのような素人の暗示にもかかってくれるとも言えるわけだが)と、傍目(はため)にも分かりやす過ぎる感情と、予想外の展開に、父として喜ぶべきか否か、悩む瑛比古さんではあったが。 


 意を決してハル達の前に進み出る。



「えっと、お取り込み中悪いんですが、……お昼ごはんでも、どうかな?」






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「お守りねえ……御先祖様か……そういえば」
 美晴さんが思いだしたこと。
「むかし、お祖母様に聞いたことがある。|佐取《さとり》の家は元を辿れば山神様を祀る|巫人《みこ》の家系なんですって」
 佐取は美晴さんの旧姓である。
「今は庭に小さな|祠《ほこら》があるだけだけど、|神憑《かみがか》りの子供が産まれると、悪い神が|憑《つか》かないように、おまじないをしたんだって。……そうか、ハルは佐取の家の先祖がえりかも」
「そのおまじないって?」
「ええと、確か『まがつこえなど、さとらずや、よきことほぎこそ、くらみせん』だったかな?」
「ま、まが? くらみせ?」
「多分、悪いことは感じないでいよう、良いことは遠くのものでも感じなさい、みたいな意味だったと思うんだ。佐取の姓は『|覚《さと》り』から来てたって聞いた気がする」
『|禍《まが》つ声など、|覚《さと》らずや、|善《よ》き|寿《ことほ》ぎこそ、|闇見《くらみ》せん』
 美晴さんの言葉がヒントになり、それから瑛比古さんと美晴さんは、ハルに暗示をかけてみた、毎日。
「嫌なことは聞こえない、聞こえても気にしない、優しい気持ちは大事にして、嫌な気持ちは忘れよう」
 合言葉のように、語りかける、毎晩、寝入り|端《ばな》に。
 入眠する時が、もっとも深層心理へ刷り込みしやすいらしい。
 それが効を奏し、小学校に上がる頃には、人の感情を察しすぎる、ということはなくなった。
 感じていないわけではなく、受け流しているのだ。
 成長するにつれ、ハル自身も自分の持つ能力について自覚していったが、自ら暗示をかけて、時には瑛比古さんの手助けを得ながら、全面的にシャットダウンし、うまくコントロールしていた。
 それでも。
 どうしても聞き流せない、無視できない感情の流れや心の叫びは、ハルの心を動かす。
 例えば、今回のように。
 彼の女性を取り巻くモノは、ハルに力を呼び起こさせた。
 その女性をひどく気にしていたという事を、ミチ|姐《ねえ》から聞いた瑛比古さんは、自分では感じ取れない何かをハルが感じ取ったのだと確信した。
 その恐怖が、瑛比古さんにも伝わったのだろう。ハルの守護霊をも慌てさせる、強烈な感情だったのだと思う。
 ハルを利用したくはないが、関わってしまった以上、ハルが心を乱されてしまう――むしろ、自ら開放してしまうだろう。
 原因究明のために開放されたハルの思考が、無用な……それ以上に害をなす感情に荒らされることだって、ありうる。
 むしろ、きちんと立ち向かわせて、解決した方がいいかも。
 本当は実習中で心身ともに負担がかかっている時に、余計な荷物を背負わせたくない。
 だが、すでにその扉に手をかけてしまっている。中途半端な状態の方が、なお負担になるだろう。
 そう考えて、一昨夜、暗示をかけなおしてみた。
 ただし、対象をあの女性に絞れるよう、誘導して。
『今、一番気になっていること。あれは、なんだろう? 彼女に、何が起きているんだろう? それだけが、気になる。他のことは、大丈夫』
 おそらく夢見心地にあの女性を取り巻くモノを感じとるだろう。
 そこに、もし「あの人」が関わっているのなら。
 その思いを、感じ取ったなら。
 それを確認する為に、もう一度現場に、そして出来れば本人に会おうとするだろう、と。
 その時、瑛比古さんを頼ってくれればベストだったが、実際は単独行動に走ってしまった。
 それは、ある程度想定内とは言え、ちょっと寂しかった。
 が、動き出してしまったものは仕方ない。
 ミチ姐から情報を得ていたと聞いたので、行先は分かっていた。
 そして、ハルの心に芽生えた、何か、も。
 ……その、あまりの予想通りの行動(そんな素直さゆえに、瑛比古さんのような素人の暗示にもかかってくれるとも言えるわけだが)と、|傍目《はため》にも分かりやす過ぎる感情と、予想外の展開に、父として喜ぶべきか否か、悩む瑛比古さんではあったが。 
 意を決してハル達の前に進み出る。
「えっと、お取り込み中悪いんですが、……お昼ごはんでも、どうかな?」