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寵姫 アナベル 13話

ー/ー



「ええ、大々的にデビューさせちゃいましょう。それから、わたくしの護衛たちも」
「……では、張り切って準備をしないといけませんね」

 メイドの瞳の奥が燃えている。

 やる気を出しているのを見て、アナベルは首をかしげた。

「そんなに楽しみ?」
「ええ、そりゃあもう。カルメ伯爵夫人からお聞きしました。あの娼館から、アナベルさまに劣らない美女がくると……! 燃えてきましたわ……!」

 彼女に背中に燃え上がる炎が見えそうだ。アナベルは「頼もしいですわ」と(おだ)やかに笑う。

「それでは、仲間たちと相談してきます。おやすみなさいませ、アナベルさま」
「おやすみなさい」

 ぺこりと頭を下げてから出ていくメイドに、軽く手を振りながら見送る。扉が閉まる音が聞こえ、ごろりとベッドに寝転んだ。

「……いったいどういう子がくるのか、楽しみのような、不安のような……。まぁ、やれることをやるだけ、よね」

 アナベルはそうつぶやくと目を閉じる。

 気が付いたら、そのまま眠っていた。

 執事やメイドたちも夢の世界に旅立った深夜に、キィと静かな音を立てて扉が開く。足音を立てないようにゆっくりと近付いてくる人影が一つ。

「……さすがに、もう寝ているか……」

 ぽつりとこぼれた声は、エルヴィスのものだった。

 そっと彼女の髪を撫で、寝顔を見つめる。

「んぅ……?」

 薄く目を開けたアナベルは、自分の近くに誰かがいることに気付くと、身体を硬直させる。

(……だれ……?)

 優しく頭を撫でる手の感触に、再び目を閉じる。

「ゆっくりおやすみ、ベル」

 甘く(とろ)けるような声でエルヴィスがささやく。その声を聞いて、アナベルはハッとした目を開けた。

「……エルヴィス陛下……」
「……起こしてしまったか、すまない」

 アナベルはエルヴィスの姿を確認すると、ふわりとはにかみ、そして彼に手を伸ばす。

 エルヴィスがアナベルの手を取ると、きゅっと指を絡めて目元を細めた。

「今日は、会えないかと思いましたわ……」

 眠いのだろう、アナベルの声はいつもよりも甘えたような声が出る。

「寂しい思いをさせてしまったかい?」

 エルヴィスはそんなアナベルを愛おしそうに見て、微笑んだ。髪を撫でていた手が、彼女の頬に添えられた。

「ええ、とっても。……でも、わたくし、わかっていますのよ。エルヴィス陛下はとてもお忙しい方だって。ですから……無理は、なさらないで……くださいね……」

 徐々に小さくなる言葉。

 最後のほうはほとんど言葉になってはいない。

 目を閉じたアナベルに、エルヴィスはふっと表情を(やわ)らげる。

「……ありがとう、ベル」

 ちゅっ、とアナベルの額に唇を落として、エルヴィスはベッドにもぐり込み、彼女のことを抱きしめて眠りについた。

 翌朝、アナベルは身動きができないことに気付いて、目が覚めた。

 視界に入ったエルヴィスに、びっくりして身体が硬直する。

「え、エルヴィス陛下……?」

 自分が抱きしめられていることに気付くと、アナベルは顔を赤らめて声をかけた。

 すると、エルヴィスがゆっくりと目を開けて、彼女の顔を愛しそうなまなざしで見つめる。

「きみの顔を見ると、なんだかホッとするな」
「……え?」

 エルヴィスは静かにアナベルから離れて起き上がる。続くように彼女も起き上がった。

「……深夜の、本物の陛下だったのですね。すみません、寝ぼけていたみたいで……」
「いや、ただ顔を見にきただけだったんだ。だが、ベルが可愛いことを言うから、一緒に眠ってしまった」

 可愛いこと? とアナベルが考えて、ぼっと顔を真っ赤にさせた。

 それを隠すように顔を(おお)うと、エルヴィスがくすくすと笑う。

「寂しい思いはこれからもさせるだろう……許してくれるか?」
「もちろんですわ、エルヴィス陛下」

 心を落ち着かせるように深呼吸を繰り返してから、胸元に手を置いてうなずいた。

 エルヴィスは彼女の髪にちゅっと軽く口付けると、ベッドから抜けて「それでは、仕事に行ってくる」とアナベルの部屋から去っていく。

「……し、心臓に悪いわ……」

 ドキドキと高鳴る鼓動。アナベルは少し困ったように息を吐いて、それから再び深呼吸を繰り返した。

「おはようございます、アナベルさまっ。みんなで話し合ってプランを練ってきました!」

 扉をノックする音が聞こえて、返事をするとすぐに昨日のメイドが話し合った結果を記した紙を片手に、アナベルに駆け寄る。

「おはよう。見せてくれる? ……あら、本当に華々しいデビューになりそうですわね。ねぇ、この歓迎パーティーってわたくしも参加して良いのかしら? 思いっきり夜更かししたいの」

 メイドたちが考えてくれた案を眺めて、夜会後に新人歓迎パーティー、という文字を見つけると両手を合わせて可愛らしくお願いした。

「思いっきり?」
「そう、思いっきり。夜会から帰ってきたら、すぐにしましょう。みんなに準備をお願いしても良いかしら?」
「もちろんです、お任せください」

 ドンっと自分の胸を叩くメイドに、アナベルは「ありがとう」と柔らかく微笑んだ。

「当日、楽しみにしていますわね」
「はい! では、今日も剣の稽古からですね。すぐに準備をします!」
「ええ、お願いします」

 アナベルはてきぱきと動くメイドの姿を見て、もしもこのまま自分がエルヴィスの隣にいられたら――……そのときは、この宮殿で働いている人、すべての名前を覚えようと心に決めながら、ベッドから降りた。



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みんなのリアクション

「ええ、大々的にデビューさせちゃいましょう。それから、わたくしの護衛たちも」
「……では、張り切って準備をしないといけませんね」
 メイドの瞳の奥が燃えている。
 やる気を出しているのを見て、アナベルは首をかしげた。
「そんなに楽しみ?」
「ええ、そりゃあもう。カルメ伯爵夫人からお聞きしました。あの娼館から、アナベルさまに劣らない美女がくると……! 燃えてきましたわ……!」
 彼女に背中に燃え上がる炎が見えそうだ。アナベルは「頼もしいですわ」と|穏《おだ》やかに笑う。
「それでは、仲間たちと相談してきます。おやすみなさいませ、アナベルさま」
「おやすみなさい」
 ぺこりと頭を下げてから出ていくメイドに、軽く手を振りながら見送る。扉が閉まる音が聞こえ、ごろりとベッドに寝転んだ。
「……いったいどういう子がくるのか、楽しみのような、不安のような……。まぁ、やれることをやるだけ、よね」
 アナベルはそうつぶやくと目を閉じる。
 気が付いたら、そのまま眠っていた。
 執事やメイドたちも夢の世界に旅立った深夜に、キィと静かな音を立てて扉が開く。足音を立てないようにゆっくりと近付いてくる人影が一つ。
「……さすがに、もう寝ているか……」
 ぽつりとこぼれた声は、エルヴィスのものだった。
 そっと彼女の髪を撫で、寝顔を見つめる。
「んぅ……?」
 薄く目を開けたアナベルは、自分の近くに誰かがいることに気付くと、身体を硬直させる。
(……だれ……?)
 優しく頭を撫でる手の感触に、再び目を閉じる。
「ゆっくりおやすみ、ベル」
 甘く|蕩《とろ》けるような声でエルヴィスがささやく。その声を聞いて、アナベルはハッとした目を開けた。
「……エルヴィス陛下……」
「……起こしてしまったか、すまない」
 アナベルはエルヴィスの姿を確認すると、ふわりとはにかみ、そして彼に手を伸ばす。
 エルヴィスがアナベルの手を取ると、きゅっと指を絡めて目元を細めた。
「今日は、会えないかと思いましたわ……」
 眠いのだろう、アナベルの声はいつもよりも甘えたような声が出る。
「寂しい思いをさせてしまったかい?」
 エルヴィスはそんなアナベルを愛おしそうに見て、微笑んだ。髪を撫でていた手が、彼女の頬に添えられた。
「ええ、とっても。……でも、わたくし、わかっていますのよ。エルヴィス陛下はとてもお忙しい方だって。ですから……無理は、なさらないで……くださいね……」
 徐々に小さくなる言葉。
 最後のほうはほとんど言葉になってはいない。
 目を閉じたアナベルに、エルヴィスはふっと表情を|和《やわ》らげる。
「……ありがとう、ベル」
 ちゅっ、とアナベルの額に唇を落として、エルヴィスはベッドにもぐり込み、彼女のことを抱きしめて眠りについた。
 翌朝、アナベルは身動きができないことに気付いて、目が覚めた。
 視界に入ったエルヴィスに、びっくりして身体が硬直する。
「え、エルヴィス陛下……?」
 自分が抱きしめられていることに気付くと、アナベルは顔を赤らめて声をかけた。
 すると、エルヴィスがゆっくりと目を開けて、彼女の顔を愛しそうなまなざしで見つめる。
「きみの顔を見ると、なんだかホッとするな」
「……え?」
 エルヴィスは静かにアナベルから離れて起き上がる。続くように彼女も起き上がった。
「……深夜の、本物の陛下だったのですね。すみません、寝ぼけていたみたいで……」
「いや、ただ顔を見にきただけだったんだ。だが、ベルが可愛いことを言うから、一緒に眠ってしまった」
 可愛いこと? とアナベルが考えて、ぼっと顔を真っ赤にさせた。
 それを隠すように顔を|覆《おお》うと、エルヴィスがくすくすと笑う。
「寂しい思いはこれからもさせるだろう……許してくれるか?」
「もちろんですわ、エルヴィス陛下」
 心を落ち着かせるように深呼吸を繰り返してから、胸元に手を置いてうなずいた。
 エルヴィスは彼女の髪にちゅっと軽く口付けると、ベッドから抜けて「それでは、仕事に行ってくる」とアナベルの部屋から去っていく。
「……し、心臓に悪いわ……」
 ドキドキと高鳴る鼓動。アナベルは少し困ったように息を吐いて、それから再び深呼吸を繰り返した。
「おはようございます、アナベルさまっ。みんなで話し合ってプランを練ってきました!」
 扉をノックする音が聞こえて、返事をするとすぐに昨日のメイドが話し合った結果を記した紙を片手に、アナベルに駆け寄る。
「おはよう。見せてくれる? ……あら、本当に華々しいデビューになりそうですわね。ねぇ、この歓迎パーティーってわたくしも参加して良いのかしら? 思いっきり夜更かししたいの」
 メイドたちが考えてくれた案を眺めて、夜会後に新人歓迎パーティー、という文字を見つけると両手を合わせて可愛らしくお願いした。
「思いっきり?」
「そう、思いっきり。夜会から帰ってきたら、すぐにしましょう。みんなに準備をお願いしても良いかしら?」
「もちろんです、お任せください」
 ドンっと自分の胸を叩くメイドに、アナベルは「ありがとう」と柔らかく微笑んだ。
「当日、楽しみにしていますわね」
「はい! では、今日も剣の稽古からですね。すぐに準備をします!」
「ええ、お願いします」
 アナベルはてきぱきと動くメイドの姿を見て、もしもこのまま自分がエルヴィスの隣にいられたら――……そのときは、この宮殿で働いている人、すべての名前を覚えようと心に決めながら、ベッドから降りた。