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寵姫 アナベル 14話

ー/ー



 朝食を食べ終え、剣の稽古も終えたアナベルはドレスに着替えると街へ移動する。

 中心部は賑わっていて、いろいろな声が聞こえた。

「今日はどちらへ?」
「娼館へ。迎えにいくんです」
「え? もう?」
「ちょっとね、準備がありますので……」

 アナベルが楽しそうに笑っているのを見て、パトリックは首をかしげる。

 そして、娼館にたどりつくとアナベルはパトリックともに入っていく。

「……ずいぶん、早かったね」
「ええ、まあ。事情がありまして。彼女たちは?」
「いつ来ても良いように準備はしていたからね。早速連れていくの?」

 扉を開けてすぐに、ヴィルジニーがアナベルたちを出迎えた。

 その後ろには、アナベルが雇った娼婦たちがいる。ロクサーヌ、イネス、カミーユと名付けた人たちだ。

「それじゃあ、早速行きましょうか」

 にこやかにアナベルが彼女たちに手を差し出す。

 三人は少し戸惑ったように顔を見合わせていたが、すぐに手を重ねた。

「どこに行くの?」

 きょとんと目を丸くしているロクサーヌに、アナベルは満開の花のように微笑み「お買い物!」と高らかに宣言する。

「え、あ、アナベルさま……?」

 パトリックが焦ったようにアナベルの名をつぶやいた。

 アナベルはロクサーヌたちを娼館から連れ出して、街へ繰り出した。それらはすべて、娼婦たちのためのもの。

「……こんなに景気よくぱぁっと使ってくれる人は、娼館でも滅多(めった)にいないよ」

 ロクサーヌたちは楽しそうに笑っていた。

「でしょう?」
「……それで、あたしたちを雇って、なにをやろうとしているの?」

 イネスがすらりと白く細い足を組んで(たず)ねる。

「良いの? 聞いたらもう引き返せないわよ?」
「……構わないわよ。だぁってあたしたちは『そういう存在』だし」

 カミーユがにぃっと口角を上げた。アナベルは三人を順々に眺め、「頼もしいわ」と感嘆(かんたん)の息を吐く。

「宮殿についたら教えるわね。その前に、寄りたいところがあるの」

 パチンとウインクしてから、アナベルは孤児院を巡った。

 そのあいだ、碌さ―ムたちは馬車で待っていてくれるようにお願いした。

 最後――王妃イレインがよく支援している孤児院に向かうと、豪華な馬車が視界に入る。

 アナベルはそこから死角になる場所に馬車を止め、様子を(うかが)うことにした。

「……あの人が、王妃イレイン……」

 初めて見た、とつぶやくロクサーヌたちに、アナベルはイレインに視線を注ぎながら、

「よぉく覚えておいてね。わたくし、彼女からすべてを奪うつもりですの」

 ――と、不敵に笑った。

 イレインは一人の少女と一緒に馬車に乗り、その馬車は王城の方向に走り出す。

「……さっきの少女は……?」
「……王妃サマへの(みつ)ぎもの、かしら」
「あら、怖い。……では、その怖い人相手に、どう立ち向かうつもりなのか、いろいろ教えてね?」
「もちろんよ。少し待っていて、ここにも寄るから」

 ロクサーヌたちを馬車に残し、孤児院を訪れ院長と軽く会話してから戻る。そのまま宮殿に帰ることにした。

「お帰りなさいませ、アナベルさま。そしてアナベルさまの護衛を引き受けてくださって、ありがとうございます。ロクサーヌさま、イネスさま、カミーユさま」

 メイドたちがずらりと並んでアナベルたちを出迎える。ロクサーヌたちは予期せぬ歓迎に目を丸くしていた。その様子を見て、アナベルはくすりと笑い声を上げる。

「カルメ伯爵夫人は?」
「アナベルさまをお待ちです。さあ、みなさま、私についてきてください」

 年長のメイドが先頭を歩いていく。アナベルもうなずいて、ロレーヌのところへ足を運んだ。

「カルメ伯爵人、アナベルさま方をお連れしました」
「お入りになって」

 ロマーヌが使っている部屋へ案内され、メイドはアナベルに「お茶を用意しますね」と声をかける。

「ええ、お願いします」

 扉を開けて中に入ると、ロレーヌがソファから立ち上がる。娼館の三人は、初めて見る貴族の佇まいをまぶしそうに眺めていた。

「――ごきげんよう、私はアナベルさまの教育係、ロマーヌと申します」

 すっとカーテシーをするロマーヌに、彼女たちはしどろもどろになりながらも、なんとか挨拶を返す。

「――なるほど」

 ぽつりとロマーヌが言葉をこぼす。娼婦たちのことを頭のてっぺんから足のつま先までじぃっと見つめて、ソファに座るようにうながした。

「……貴族の夫人とこうして話す機会があるなんて、世の中いろいろあるのねぇ」

 カミーユがしみじみとつぶやくと、ロマーヌの瞳がきらりと光る。

 それぞれソファに好きに座っているからだろう。

「アナベルさま、これからどうしますか?」
「もちろん、彼女たちに淑女レッスンを」
「……え?」

 驚いたような声を上げる三人に、アナベルはにっこりと微笑んだ。

「カルメ伯爵夫人に、ビシバシと鍛えられてくださいね」

 頬の横で手を合わせてこてんと首をかたむけるアナベルに、三人はごくりと喉を鳴らした。

 メイドがお茶を用意して部屋に入るのと同時に、エルヴィスが姿を現す。

「エルヴィス陛下! お忙しかったのでは……?」
「昨日詰め込んだから、今日は早めに終わらせたんだ。……彼女たちは、例の?」

 アナベルはこくりとうなずいて、ロマーヌとエルヴィスに彼女たちを紹介した。

 彼らは彼女たちのことを興味深そうに眺め、黙って紹介を聞いていたエルヴィスが口を開く。

「――危険なことに巻き込むことになるが、その覚悟はあるか?」
「娼婦たちの度胸を舐めないでいただきたいですわ」

 真っ直ぐに、ロクサーヌがエルヴィスを見つめた。

「ええ、あたしたち、いろんな客に買われているんですよ?」
「そうそう。命の危機なんて、いつどこであってもおかしくない世界ですし、ね」

 くすくすと鈴を転がすように笑う彼女たち。

(……今まで、どれだけのことを乗り越えてきたのかしら……?)

 きっとたくさんの苦難を乗り越えてきたのだろう考え、彼女たちに視線を注いでいるとイネスと視線が絡む。

 パチン、とウインクするイネスに、アナベルは眉を下げて微笑んだ。

「……では、話し合おうか、これからのことを」

 ――エルヴィスの真剣な声に、アナベルたちは表情を引き締めてうなずく。

 それから数時間、みっちりとこれからのことを話し合い、まずは娼婦三人の淑女レッスンから始まりを迎えることになった。

 もちろん、アナベルに対してのレッスンも残っている。

「忙しい日々になりそうですわね……」

 アナベルはぽつりと言葉をもらす。だが、その声はどこか楽しそうだ。

「では、正式なレッスンは明日から。今日は、アナベルさまたちが買ったものを確認させていただきますね」
「ええ、お願いします」

 アナベルが大量に買い込んだものを、ロマーヌの部屋に並べてもらう。

 パトリックや執事たちがせっせと運び、ロマーヌは買い込んだものたちを選別し始めた。



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 朝食を食べ終え、剣の稽古も終えたアナベルはドレスに着替えると街へ移動する。
 中心部は賑わっていて、いろいろな声が聞こえた。
「今日はどちらへ?」
「娼館へ。迎えにいくんです」
「え? もう?」
「ちょっとね、準備がありますので……」
 アナベルが楽しそうに笑っているのを見て、パトリックは首をかしげる。
 そして、娼館にたどりつくとアナベルはパトリックともに入っていく。
「……ずいぶん、早かったね」
「ええ、まあ。事情がありまして。彼女たちは?」
「いつ来ても良いように準備はしていたからね。早速連れていくの?」
 扉を開けてすぐに、ヴィルジニーがアナベルたちを出迎えた。
 その後ろには、アナベルが雇った娼婦たちがいる。ロクサーヌ、イネス、カミーユと名付けた人たちだ。
「それじゃあ、早速行きましょうか」
 にこやかにアナベルが彼女たちに手を差し出す。
 三人は少し戸惑ったように顔を見合わせていたが、すぐに手を重ねた。
「どこに行くの?」
 きょとんと目を丸くしているロクサーヌに、アナベルは満開の花のように微笑み「お買い物!」と高らかに宣言する。
「え、あ、アナベルさま……?」
 パトリックが焦ったようにアナベルの名をつぶやいた。
 アナベルはロクサーヌたちを娼館から連れ出して、街へ繰り出した。それらはすべて、娼婦たちのためのもの。
「……こんなに景気よくぱぁっと使ってくれる人は、娼館でも|滅多《めった》にいないよ」
 ロクサーヌたちは楽しそうに笑っていた。
「でしょう?」
「……それで、あたしたちを雇って、なにをやろうとしているの?」
 イネスがすらりと白く細い足を組んで|尋《たず》ねる。
「良いの? 聞いたらもう引き返せないわよ?」
「……構わないわよ。だぁってあたしたちは『そういう存在』だし」
 カミーユがにぃっと口角を上げた。アナベルは三人を順々に眺め、「頼もしいわ」と|感嘆《かんたん》の息を吐く。
「宮殿についたら教えるわね。その前に、寄りたいところがあるの」
 パチンとウインクしてから、アナベルは孤児院を巡った。
 そのあいだ、碌さ―ムたちは馬車で待っていてくれるようにお願いした。
 最後――王妃イレインがよく支援している孤児院に向かうと、豪華な馬車が視界に入る。
 アナベルはそこから死角になる場所に馬車を止め、様子を|窺《うかが》うことにした。
「……あの人が、王妃イレイン……」
 初めて見た、とつぶやくロクサーヌたちに、アナベルはイレインに視線を注ぎながら、
「よぉく覚えておいてね。わたくし、彼女からすべてを奪うつもりですの」
 ――と、不敵に笑った。
 イレインは一人の少女と一緒に馬車に乗り、その馬車は王城の方向に走り出す。
「……さっきの少女は……?」
「……王妃サマへの|貢《みつ》ぎもの、かしら」
「あら、怖い。……では、その怖い人相手に、どう立ち向かうつもりなのか、いろいろ教えてね?」
「もちろんよ。少し待っていて、ここにも寄るから」
 ロクサーヌたちを馬車に残し、孤児院を訪れ院長と軽く会話してから戻る。そのまま宮殿に帰ることにした。
「お帰りなさいませ、アナベルさま。そしてアナベルさまの護衛を引き受けてくださって、ありがとうございます。ロクサーヌさま、イネスさま、カミーユさま」
 メイドたちがずらりと並んでアナベルたちを出迎える。ロクサーヌたちは予期せぬ歓迎に目を丸くしていた。その様子を見て、アナベルはくすりと笑い声を上げる。
「カルメ伯爵夫人は?」
「アナベルさまをお待ちです。さあ、みなさま、私についてきてください」
 年長のメイドが先頭を歩いていく。アナベルもうなずいて、ロレーヌのところへ足を運んだ。
「カルメ伯爵人、アナベルさま方をお連れしました」
「お入りになって」
 ロマーヌが使っている部屋へ案内され、メイドはアナベルに「お茶を用意しますね」と声をかける。
「ええ、お願いします」
 扉を開けて中に入ると、ロレーヌがソファから立ち上がる。娼館の三人は、初めて見る貴族の佇まいをまぶしそうに眺めていた。
「――ごきげんよう、私はアナベルさまの教育係、ロマーヌと申します」
 すっとカーテシーをするロマーヌに、彼女たちはしどろもどろになりながらも、なんとか挨拶を返す。
「――なるほど」
 ぽつりとロマーヌが言葉をこぼす。娼婦たちのことを頭のてっぺんから足のつま先までじぃっと見つめて、ソファに座るようにうながした。
「……貴族の夫人とこうして話す機会があるなんて、世の中いろいろあるのねぇ」
 カミーユがしみじみとつぶやくと、ロマーヌの瞳がきらりと光る。
 それぞれソファに好きに座っているからだろう。
「アナベルさま、これからどうしますか?」
「もちろん、彼女たちに淑女レッスンを」
「……え?」
 驚いたような声を上げる三人に、アナベルはにっこりと微笑んだ。
「カルメ伯爵夫人に、ビシバシと鍛えられてくださいね」
 頬の横で手を合わせてこてんと首をかたむけるアナベルに、三人はごくりと喉を鳴らした。
 メイドがお茶を用意して部屋に入るのと同時に、エルヴィスが姿を現す。
「エルヴィス陛下! お忙しかったのでは……?」
「昨日詰め込んだから、今日は早めに終わらせたんだ。……彼女たちは、例の?」
 アナベルはこくりとうなずいて、ロマーヌとエルヴィスに彼女たちを紹介した。
 彼らは彼女たちのことを興味深そうに眺め、黙って紹介を聞いていたエルヴィスが口を開く。
「――危険なことに巻き込むことになるが、その覚悟はあるか?」
「娼婦たちの度胸を舐めないでいただきたいですわ」
 真っ直ぐに、ロクサーヌがエルヴィスを見つめた。
「ええ、あたしたち、いろんな客に買われているんですよ?」
「そうそう。命の危機なんて、いつどこであってもおかしくない世界ですし、ね」
 くすくすと鈴を転がすように笑う彼女たち。
(……今まで、どれだけのことを乗り越えてきたのかしら……?)
 きっとたくさんの苦難を乗り越えてきたのだろう考え、彼女たちに視線を注いでいるとイネスと視線が絡む。
 パチン、とウインクするイネスに、アナベルは眉を下げて微笑んだ。
「……では、話し合おうか、これからのことを」
 ――エルヴィスの真剣な声に、アナベルたちは表情を引き締めてうなずく。
 それから数時間、みっちりとこれからのことを話し合い、まずは娼婦三人の淑女レッスンから始まりを迎えることになった。
 もちろん、アナベルに対してのレッスンも残っている。
「忙しい日々になりそうですわね……」
 アナベルはぽつりと言葉をもらす。だが、その声はどこか楽しそうだ。
「では、正式なレッスンは明日から。今日は、アナベルさまたちが買ったものを確認させていただきますね」
「ええ、お願いします」
 アナベルが大量に買い込んだものを、ロマーヌの部屋に並べてもらう。
 パトリックや執事たちがせっせと運び、ロマーヌは買い込んだものたちを選別し始めた。