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寵姫 アナベル 8話

ー/ー



「この魔法、わたくしの思い通りの効果が得られるのです。甘い香りで相手を油断させたい、と思えば……その通りの効果が。辛い香りで泣かせたいと思えば、その香りを嗅いだ人は涙を流します」

 ぽつぽつと、隠していたことを話すアナベル。

 この魔法は彼女のオリジナルだから、他に使える人はいない。

 それゆえに、クレマンはアナベルに『隠しとけ』と真剣な表情で言ったのだ。

 あまりにも、彼女の魔法は自由だった。

 そして、それは研究材料にもなりそうだ、と。

 クレマンはアナベルの身を案じて、能力を隠すように伝えていた。

「……それは、すごいな……」

 感心したようにアナベルを見つめるエルヴィス。

「幻想の魔法の他に、香りの魔法とは……。きみは面白い魔法を使うんだな」
「気が付いたら使えるようになっていて……不思議なんですけれど……」

 使えるようになったきっかけだって、ミシェルの愛用していた香水の香りを身にまといたいから、という幼心だ。

 自分の香水は減っていないのに、アナベルから似たような香りがすることに気付いたミシェルが、クレマンに相談したのだ。

「……なので、この魔法は私にとって、武器になるかな、と……」
「確かに、効果は絶大のようだな」

 地面に転がっていた男の表情を思い出し、エルヴィスは顎に指をかける。

「……それと、エルヴィス。お願いがあるのですが……」
「お願い?」
「はい、実は――……」

 アナベルは今日のことを詳しく話した。孤児院でのこと、娼館でのこと。

 特に娼館のことについては、彼が動揺したように瞳を揺らした。

「知っていたのか、あの娼館のことを」
「ミシェルさんに聞いていて……。親友が働いているはずだって」
「娼婦を親友と……?」

 こくりとうなずいたアナベルは、昔を懐かしむように目元を細めた。

「男爵家の令嬢だったそうです。ですが、親がギャンブルにはまり、娼館に売れていった、と。その後、彼女は娼館のオーナーになり、『なんでも屋』も始めたって聞きました」
「……なるほど。それで、そこから護衛を雇った?」
「はい。エルヴィスも先程の襲撃で、わたくしに専属の護衛が必要だと思ったのではありませんか? 自分の護衛は自分で決めたかった。それに……彼女たちにとっても、この宮殿で働くことはマイナスにはならないはずです」

 アナベルはまっすぐにエルヴィスを見つめて、彼の手をぎゅっと握る。

「――お願いします、エルヴィス。彼女たちを雇わせて?」
「……きみのお願いなら、仕方ないな……」

 その言葉を聞いて、アナベルはぱぁっと明るい表情を見せた。

「だが、一つだけ約束してほしい」
「約束、ですか?」
「……きみが無理や無茶をしないこと。いいかい、ベル。誰の命も、代わりはないんだ」

 エルヴィスの真剣な表情と言葉に、アナベルは大きく目を見開き、ゆっくりと首を縦に振った。

「エルヴィスも、無理や無茶はしないでくださいね。あなたになにかあったら、わたくし……どうすればよいのか、わかりませんわ……」

 アナベルはそっと彼の手を持ち上げて、きゅっと指を絡ませる。

 それを合図にしたように、エルヴィスとアナベルの唇が重なる。触れた場所から感じる体温に、アナベルは目を閉じた。

 エルヴィスがアナベルのことをベッドに押し倒そうとした瞬間、部屋の扉がノックされた。

 ぴたり、と動きを止める二人。

 エルヴィスはゆっくりと彼女から離れて、髪を掻き上げた。

「……誰だ」
「エルヴィス陛下、先程捕らえた人物なのですが……?」

 パトリックの声が聞こえて、アナベルはハッとしたように顔を上げる。

「魔法、解いたほうが良いですよね?」
「持続性があるのか?」

 首肯するのを見て、エルヴィスは立ち上がってアナベルに手を差し出す。

「一緒にいこう」
「はい」

 アナベルはその手をとって、エルヴィスとともに扉に足を進める。

 扉を開けて、パトリックの姿を見ると、彼は二人が手を繋いでいるところを見て、「お邪魔でしたか?」と小声で尋ねてきた。

「今はそれよりも、捕らえた相手のもとへ」
「あ、はい。地下牢に入れています」

 パトリックの案内で、地下牢へ移動する。地下牢の最奥に、一人の男がぼうっと焦点の合わない目を彷徨わせている。

 未だに夢と現実の境目にいるようだ。

 アナベルがパチン、と指を鳴らす。ふらふらと揺れていた身体がびくっと跳ね、辺りを見渡し始める。

「……アァ? なンだァ、ここは……?」

 さっきまで外にいたはずなのに、殺風景な場所にいることに気付いた男は、そこが牢屋だと気付くと一気にうろたえた。

「あ、て、テメェッ、このアマ! オレになにした!?」

 アナベルの姿に気付くと、威嚇(いかく)するように大声を上げる。

 そのつんざくような声に表情をしかめるアナベルを見て、エルヴィスが彼女の前に出ると、男は怪訝そうにエルヴィスを見上げた。

「私の寵姫(ちょうき)を襲った理由は?」
「ハンッ! そンなの教えるワケねェだろ!」
「口の中に仕込まれていた毒薬は、すべて取り除きました。自害しようとしても無駄です」
「……あの、エルヴィス。わたくしが少し、試しても良いかしら……?」

 エルヴィスの袖を引っ張って、アナベルが問う。彼はその前に、パトリックに記録用のオーブを持ってくるように伝えた。

 パトリックは「かしこまりました」と、すぐに記録用のオーブを持ってくるために足早に去っていく。

「記録用のオーブ?」
「魔道具だ。最近、研究がうまくいってな。オーブがあれば、どんな些細なことも記録できるんだ」

 ひそひそと小声で話し合うエルヴィスとアナベル。男はイラついたように、

「なンなンだよ、テメェらは!」

 と怒鳴った。

「――この国の王と、私の愛する寵姫だが?」

 男に見せつけるように、アナベルの細い腰を抱く。

 男は「ケッ!」と悪態をつくと、どっかりと座り込んだ。

 口の中に仕込んでいた毒薬は取り除かれ、武器も取り上げられてなにも持っていない。

「お待たせしました」

 パトリックが持ってきた記録用のオーブをエルヴィスが受け取り、アナベルに対して「では、始めようか」と声をかけた。



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「この魔法、わたくしの思い通りの効果が得られるのです。甘い香りで相手を油断させたい、と思えば……その通りの効果が。辛い香りで泣かせたいと思えば、その香りを嗅いだ人は涙を流します」
 ぽつぽつと、隠していたことを話すアナベル。
 この魔法は彼女のオリジナルだから、他に使える人はいない。
 それゆえに、クレマンはアナベルに『隠しとけ』と真剣な表情で言ったのだ。
 あまりにも、彼女の魔法は自由だった。
 そして、それは研究材料にもなりそうだ、と。
 クレマンはアナベルの身を案じて、能力を隠すように伝えていた。
「……それは、すごいな……」
 感心したようにアナベルを見つめるエルヴィス。
「幻想の魔法の他に、香りの魔法とは……。きみは面白い魔法を使うんだな」
「気が付いたら使えるようになっていて……不思議なんですけれど……」
 使えるようになったきっかけだって、ミシェルの愛用していた香水の香りを身にまといたいから、という幼心だ。
 自分の香水は減っていないのに、アナベルから似たような香りがすることに気付いたミシェルが、クレマンに相談したのだ。
「……なので、この魔法は私にとって、武器になるかな、と……」
「確かに、効果は絶大のようだな」
 地面に転がっていた男の表情を思い出し、エルヴィスは顎に指をかける。
「……それと、エルヴィス。お願いがあるのですが……」
「お願い?」
「はい、実は――……」
 アナベルは今日のことを詳しく話した。孤児院でのこと、娼館でのこと。
 特に娼館のことについては、彼が動揺したように瞳を揺らした。
「知っていたのか、あの娼館のことを」
「ミシェルさんに聞いていて……。親友が働いているはずだって」
「娼婦を親友と……?」
 こくりとうなずいたアナベルは、昔を懐かしむように目元を細めた。
「男爵家の令嬢だったそうです。ですが、親がギャンブルにはまり、娼館に売れていった、と。その後、彼女は娼館のオーナーになり、『なんでも屋』も始めたって聞きました」
「……なるほど。それで、そこから護衛を雇った?」
「はい。エルヴィスも先程の襲撃で、わたくしに専属の護衛が必要だと思ったのではありませんか? 自分の護衛は自分で決めたかった。それに……彼女たちにとっても、この宮殿で働くことはマイナスにはならないはずです」
 アナベルはまっすぐにエルヴィスを見つめて、彼の手をぎゅっと握る。
「――お願いします、エルヴィス。彼女たちを雇わせて?」
「……きみのお願いなら、仕方ないな……」
 その言葉を聞いて、アナベルはぱぁっと明るい表情を見せた。
「だが、一つだけ約束してほしい」
「約束、ですか?」
「……きみが無理や無茶をしないこと。いいかい、ベル。誰の命も、代わりはないんだ」
 エルヴィスの真剣な表情と言葉に、アナベルは大きく目を見開き、ゆっくりと首を縦に振った。
「エルヴィスも、無理や無茶はしないでくださいね。あなたになにかあったら、わたくし……どうすればよいのか、わかりませんわ……」
 アナベルはそっと彼の手を持ち上げて、きゅっと指を絡ませる。
 それを合図にしたように、エルヴィスとアナベルの唇が重なる。触れた場所から感じる体温に、アナベルは目を閉じた。
 エルヴィスがアナベルのことをベッドに押し倒そうとした瞬間、部屋の扉がノックされた。
 ぴたり、と動きを止める二人。
 エルヴィスはゆっくりと彼女から離れて、髪を掻き上げた。
「……誰だ」
「エルヴィス陛下、先程捕らえた人物なのですが……?」
 パトリックの声が聞こえて、アナベルはハッとしたように顔を上げる。
「魔法、解いたほうが良いですよね?」
「持続性があるのか?」
 首肯するのを見て、エルヴィスは立ち上がってアナベルに手を差し出す。
「一緒にいこう」
「はい」
 アナベルはその手をとって、エルヴィスとともに扉に足を進める。
 扉を開けて、パトリックの姿を見ると、彼は二人が手を繋いでいるところを見て、「お邪魔でしたか?」と小声で尋ねてきた。
「今はそれよりも、捕らえた相手のもとへ」
「あ、はい。地下牢に入れています」
 パトリックの案内で、地下牢へ移動する。地下牢の最奥に、一人の男がぼうっと焦点の合わない目を彷徨わせている。
 未だに夢と現実の境目にいるようだ。
 アナベルがパチン、と指を鳴らす。ふらふらと揺れていた身体がびくっと跳ね、辺りを見渡し始める。
「……アァ? なンだァ、ここは……?」
 さっきまで外にいたはずなのに、殺風景な場所にいることに気付いた男は、そこが牢屋だと気付くと一気にうろたえた。
「あ、て、テメェッ、このアマ! オレになにした!?」
 アナベルの姿に気付くと、|威嚇《いかく》するように大声を上げる。
 そのつんざくような声に表情をしかめるアナベルを見て、エルヴィスが彼女の前に出ると、男は怪訝そうにエルヴィスを見上げた。
「私の|寵姫《ちょうき》を襲った理由は?」
「ハンッ! そンなの教えるワケねェだろ!」
「口の中に仕込まれていた毒薬は、すべて取り除きました。自害しようとしても無駄です」
「……あの、エルヴィス。わたくしが少し、試しても良いかしら……?」
 エルヴィスの袖を引っ張って、アナベルが問う。彼はその前に、パトリックに記録用のオーブを持ってくるように伝えた。
 パトリックは「かしこまりました」と、すぐに記録用のオーブを持ってくるために足早に去っていく。
「記録用のオーブ?」
「魔道具だ。最近、研究がうまくいってな。オーブがあれば、どんな些細なことも記録できるんだ」
 ひそひそと小声で話し合うエルヴィスとアナベル。男はイラついたように、
「なンなンだよ、テメェらは!」
 と怒鳴った。
「――この国の王と、私の愛する寵姫だが?」
 男に見せつけるように、アナベルの細い腰を抱く。
 男は「ケッ!」と悪態をつくと、どっかりと座り込んだ。
 口の中に仕込んでいた毒薬は取り除かれ、武器も取り上げられてなにも持っていない。
「お待たせしました」
 パトリックが持ってきた記録用のオーブをエルヴィスが受け取り、アナベルに対して「では、始めようか」と声をかけた。