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寵姫になるために 1話

ー/ー



「……とても、広いのね……?」

 辺りを見渡して門から屋敷までかなり距離があることを感じたアナベルが、ぽつりと言葉をこぼす。

 エルヴィスはそれを聞いて、小さく口元に弧を描き、彼女の手をぎゅっと握って視線を彼に向けさせた。

「ああ、だが大丈夫だ」
「え?」
「ほら」

 なにかが近付いてくる音がした。アナベルがどこから? とキョロキョロしていると、こちらに真っ直ぐ向かってくる馬車が見える。

 アナベルたちの近くで止まり、ガチャっと音を立てて馬車の扉が開いた。

「驚いた! せめて一報くらい入れろよ、エルヴィス」
「それはすまない。驚かせようと思ってな」

 二人の会話は軽かった。アナベルは目を丸くしていたが、エルヴィスと会話していた男性が彼女に気付き、ハッとしたように目を見開く。

「エルヴィス、隣の女性は誰だ? ……ともかく、馬車に乗ってくれ。屋敷まで乗せるよ」
「それはありがたい。歩き疲れていたからな」

 エルヴィスはアナベルを馬車に乗せ、自分も馬車に乗って屋敷の玄関まで向かった。

 馬車に乗ると誰も口を開かず、ただただ静寂が広がる。

 沈黙が重くて、アナベルはただうつむいた。

 ちらりとエルヴィスと真正面に座っている男性を見ると、パチッと視線が(まじ)わる。

 にこりと微笑まれて、慌てたように視線をそらすアナベルに、彼は面白いものを見たかのように目元を細めた。

 どのくらい時間がかかったのかはわからない。

 だが、沈黙に耐えかねてアナベルが口を開こうとした瞬間、ぴたりと馬車が動きを止めた。

「おっと、ついたみたいだ」

 どうやら玄関前までついたらしい。男性が馬車から降りると、エルヴィスも続く。彼は降りるとすぐに後ろを振り返り、アナベルへ手を差し伸べる。

 その手を取ってアナベルは馬車を降りた。

 降りてから顔を上げたアナベルは、ぽかんと口を開けてしまう。

(いろいろな貴族の屋敷にも招かれたことがあるけれど、こんなに豪華なお屋敷は初めて見たわ)

 今まで旅芸人の一座を招き、芸を披露(ひろう)してほしいと貴族に頼まれたこともあった。

 そのときだって、かなり驚いたのだ。貴族の屋敷はこれほどまでに広いのか、と。

 しかし、今まで見てきたどの屋敷よりも、豪華な屋敷を見て言葉を失ってしまった。

 外から見ただけでも、貴族の中の貴族……の屋敷だとわかる。

「さぁ、中に入って」

 ギィ、と重い音を立てて扉が開いた。

 執事服を着ている人がエルヴィスを見て、すっと頭を下げる。

「いつもの部屋に通してくれ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 アナベルはエルヴィスを見上げると、彼はぽん、とアナベルの背中を叩いて中に入るようにうながした。

 彼女はごくりと喉を鳴らして、おそるおそる一歩を踏み出す。

「……すごい……」

 思わず、というようにアナベルの言葉が落ちる。どこからどう見ても、豪華絢爛な調度品が並んでいる。ずらりとただ並べられているわけではなく、きちんと見栄えが良くなるように置かれていた。

 執事服の男性に案内されて、二階へと足を進める。

 通された部屋に入り、「座ってください」とうながされて、二人はマントを脱いでソファに座った。

 ふわふわと柔らかいソファに、アナベルはそうっとソファを撫でる。

「……驚いた。こんな美人とエルヴィスが一緒にいるなんて」

 マントを脱いだから、男性はアナベルをきちんと認識できた。彼女の美貌に目を大きく見開き、ソファに座ったエルヴィスの肩を強めに叩き、ソファを撫でているアナベルに声をかけた。

「気に入った?」
「ずっと座っていられそう……」
「はは、お気に召したのならなによりだ。……さて、(うるわ)しのレディにご挨拶をさせてくれるかな?」

 男性はアナベルの近くに(ひざまず)き、彼女の手を取って手の甲に唇を近付け、チュッと軽い音を立てる。

 そして、黒に近い灰色の髪を揺らし、濃い青の瞳を細めアナベルを見上げ、ウインクをした。

「俺はダヴィドって言うんだ。ダヴィド・B・デュナン。よろしく。それで、エルヴィス。この綺麗なレディは?」

 挨拶を終えると、手を離して立ち上がるダヴィド。

 エルヴィスは彼の視線を受けて、グイっとアナベルの肩を抱いた。

「私の寵姫(ちょうき)だ」

 アナベルのことを寵姫として紹介したエルヴィスに、ダヴィドはこれ以上ないほど目を大きく見開く。

 観察するようにアナベルを上から下までじっくりと眺める。

 そんなダヴィドに、アナベルはにっこりと笑ってみせた。

 彼女の反応を見たダヴィドは、意外そうに「へぇ」と小さくつぶやく。

「ダヴィド、そのようにジロジロ見るのは失礼だろう」
「あたしは構わないよ。慣れているもの」

 踊り子としてステージに立っていたとき、客と一緒にいたときなど、自分を値踏みするような視線を受けていた。だから、そういう視線には慣れていた。

「……本気で、彼女を寵姫に迎える気か?」

 心配そうにアナベルを見るダヴィドに、彼は寵姫たちが謎の死を遂げていることを知っているのだろうと感じて、エルヴィスを見上げる。

「そのことで、協力してほしいことがある」

 エルヴィスはじっとダヴィドに視線を送る。彼は「ほう?」と首をかしげ、そのまま反対側のソファに座った。

「じっくり聞かせてもらおうか」

 腰を据えて話そうと笑うダヴィドに、エルヴィスは小さくうなずく。

 アナベルがちらっとエルヴィスを見ると、その視線に気付いた彼が「大丈夫だ」とささやいた。

「――ダヴィドは私の味方だ」

 エルヴィスの言葉に、アナベルは安堵したように息を吐く。

 ダヴィドに視線を向けると、彼はふっと表情を柔らかくして彼女を見た。

「それで、彼女を寵姫(ちょうき)に迎えてどうするつもりなんだ?」
「……イレインを廃妃にする」

 ダヴィドは目を点にした。エルヴィスが断言したことに対して、「ほう?」と興味深そうに彼を見つめる。

「それはそれは……。壮大な計画だな」



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「……とても、広いのね……?」
 辺りを見渡して門から屋敷までかなり距離があることを感じたアナベルが、ぽつりと言葉をこぼす。
 エルヴィスはそれを聞いて、小さく口元に弧を描き、彼女の手をぎゅっと握って視線を彼に向けさせた。
「ああ、だが大丈夫だ」
「え?」
「ほら」
 なにかが近付いてくる音がした。アナベルがどこから? とキョロキョロしていると、こちらに真っ直ぐ向かってくる馬車が見える。
 アナベルたちの近くで止まり、ガチャっと音を立てて馬車の扉が開いた。
「驚いた! せめて一報くらい入れろよ、エルヴィス」
「それはすまない。驚かせようと思ってな」
 二人の会話は軽かった。アナベルは目を丸くしていたが、エルヴィスと会話していた男性が彼女に気付き、ハッとしたように目を見開く。
「エルヴィス、隣の女性は誰だ? ……ともかく、馬車に乗ってくれ。屋敷まで乗せるよ」
「それはありがたい。歩き疲れていたからな」
 エルヴィスはアナベルを馬車に乗せ、自分も馬車に乗って屋敷の玄関まで向かった。
 馬車に乗ると誰も口を開かず、ただただ静寂が広がる。
 沈黙が重くて、アナベルはただうつむいた。
 ちらりとエルヴィスと真正面に座っている男性を見ると、パチッと視線が|交《まじ》わる。
 にこりと微笑まれて、慌てたように視線をそらすアナベルに、彼は面白いものを見たかのように目元を細めた。
 どのくらい時間がかかったのかはわからない。
 だが、沈黙に耐えかねてアナベルが口を開こうとした瞬間、ぴたりと馬車が動きを止めた。
「おっと、ついたみたいだ」
 どうやら玄関前までついたらしい。男性が馬車から降りると、エルヴィスも続く。彼は降りるとすぐに後ろを振り返り、アナベルへ手を差し伸べる。
 その手を取ってアナベルは馬車を降りた。
 降りてから顔を上げたアナベルは、ぽかんと口を開けてしまう。
(いろいろな貴族の屋敷にも招かれたことがあるけれど、こんなに豪華なお屋敷は初めて見たわ)
 今まで旅芸人の一座を招き、芸を|披露《ひろう》してほしいと貴族に頼まれたこともあった。
 そのときだって、かなり驚いたのだ。貴族の屋敷はこれほどまでに広いのか、と。
 しかし、今まで見てきたどの屋敷よりも、豪華な屋敷を見て言葉を失ってしまった。
 外から見ただけでも、貴族の中の貴族……の屋敷だとわかる。
「さぁ、中に入って」
 ギィ、と重い音を立てて扉が開いた。
 執事服を着ている人がエルヴィスを見て、すっと頭を下げる。
「いつもの部屋に通してくれ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
 アナベルはエルヴィスを見上げると、彼はぽん、とアナベルの背中を叩いて中に入るようにうながした。
 彼女はごくりと喉を鳴らして、おそるおそる一歩を踏み出す。
「……すごい……」
 思わず、というようにアナベルの言葉が落ちる。どこからどう見ても、豪華絢爛な調度品が並んでいる。ずらりとただ並べられているわけではなく、きちんと見栄えが良くなるように置かれていた。
 執事服の男性に案内されて、二階へと足を進める。
 通された部屋に入り、「座ってください」とうながされて、二人はマントを脱いでソファに座った。
 ふわふわと柔らかいソファに、アナベルはそうっとソファを撫でる。
「……驚いた。こんな美人とエルヴィスが一緒にいるなんて」
 マントを脱いだから、男性はアナベルをきちんと認識できた。彼女の美貌に目を大きく見開き、ソファに座ったエルヴィスの肩を強めに叩き、ソファを撫でているアナベルに声をかけた。
「気に入った?」
「ずっと座っていられそう……」
「はは、お気に召したのならなによりだ。……さて、|麗《うるわ》しのレディにご挨拶をさせてくれるかな?」
 男性はアナベルの近くに|跪《ひざまず》き、彼女の手を取って手の甲に唇を近付け、チュッと軽い音を立てる。
 そして、黒に近い灰色の髪を揺らし、濃い青の瞳を細めアナベルを見上げ、ウインクをした。
「俺はダヴィドって言うんだ。ダヴィド・B・デュナン。よろしく。それで、エルヴィス。この綺麗なレディは?」
 挨拶を終えると、手を離して立ち上がるダヴィド。
 エルヴィスは彼の視線を受けて、グイっとアナベルの肩を抱いた。
「私の|寵姫《ちょうき》だ」
 アナベルのことを寵姫として紹介したエルヴィスに、ダヴィドはこれ以上ないほど目を大きく見開く。
 観察するようにアナベルを上から下までじっくりと眺める。
 そんなダヴィドに、アナベルはにっこりと笑ってみせた。
 彼女の反応を見たダヴィドは、意外そうに「へぇ」と小さくつぶやく。
「ダヴィド、そのようにジロジロ見るのは失礼だろう」
「あたしは構わないよ。慣れているもの」
 踊り子としてステージに立っていたとき、客と一緒にいたときなど、自分を値踏みするような視線を受けていた。だから、そういう視線には慣れていた。
「……本気で、彼女を寵姫に迎える気か?」
 心配そうにアナベルを見るダヴィドに、彼は寵姫たちが謎の死を遂げていることを知っているのだろうと感じて、エルヴィスを見上げる。
「そのことで、協力してほしいことがある」
 エルヴィスはじっとダヴィドに視線を送る。彼は「ほう?」と首をかしげ、そのまま反対側のソファに座った。
「じっくり聞かせてもらおうか」
 腰を据えて話そうと笑うダヴィドに、エルヴィスは小さくうなずく。
 アナベルがちらっとエルヴィスを見ると、その視線に気付いた彼が「大丈夫だ」とささやいた。
「――ダヴィドは私の味方だ」
 エルヴィスの言葉に、アナベルは安堵したように息を吐く。
 ダヴィドに視線を向けると、彼はふっと表情を柔らかくして彼女を見た。
「それで、彼女を|寵姫《ちょうき》に迎えてどうするつもりなんだ?」
「……イレインを廃妃にする」
 ダヴィドは目を点にした。エルヴィスが断言したことに対して、「ほう?」と興味深そうに彼を見つめる。
「それはそれは……。壮大な計画だな」