「……陛下? あの……?」
「どうぞ、剣を抜いて振るってみてください」
「……はい?」
アナベルはじっと剣を凝視して、エルヴィスたちを見渡す。
護衛の一人が剣を抜いて構え、「いつでもどうぞ」と言葉を放った。
(あたしの実力を見せろってこと、かしら?)
それなら、とアナベルは剣を抜いて構えた。剣は一座にいる男性から習ったものだ。
一度深呼吸をしてから、前を見据える。
「それじゃあ、行くわよ!」
ダンッと大地を踏み込み、そのまま剣を振るう。
カキン、と金属のぶつかる音が響き、護衛が意外そうに目を見開いた。
(ここまで迷いなく踏み込むとは……)
エルヴィスは何度も打ち込むアナベルを見て、目元を細める。
(……本格的に教えても大丈夫そうだ)
カキン、カキンと攻撃を仕掛けるアナベルの姿をじっと観察していると、もう一人の護衛が止めた。打ち込まれていたほうの護衛が片手を上げてエルヴィスを見る。
「陛下、この方なら剣術を教えても良いと思います。もちろん、力は男性よりも非力なので……それをカバーできるように魔法と組み合せば戦えるでしょう」
「本当!?」
ぱぁっと満開の花のように笑顔を浮かべるアナベルに、「笑顔がまぶしい」と目を閉じる護衛たち。
その笑みのままエルヴィスに駆け寄るアナベルに、彼は小さくうなずいた。
「あたし、ずっと本格的に剣を習ってみたかったの。ありがとう!」
目をキラキラと輝かせてエルヴィスを見上げるアナベル。
一座に拾われたあと、剣舞の他にも実戦の剣の使い方を教えてもらっていたが、一度も実戦で使ったことはない。
そしてなによりも、アナベルに剣を教えてくれた人物も『結構自己流』と言っていたので、ずっと本格的に剣術を学んでみたいと思っていたのだ。
「……そうか。ならばすぐにでも手配しよう」
アナベルの頭にぽんと手を置いて、優しい声で伝えられた言葉に、彼女は「うん!」と元気よく答える。
それから「アナベル~?」と呼ぶ声が聞こえて、彼女は剣を鞘に戻して「ありがとうございました」と頭を下げて護衛に剣を渡し、声のほうへと走っていった。
「……不思議な人ですね」
「ああ、城にはいないタイプだろう?」
「もとは平民、なんですよね? 本当に大丈夫なんですか?」
その場に残った三人は、アナベルのことについて話し出す。
「……大丈夫にするのが、我々の仕事でしょう」
「……王妃と全面対決だぞ。怖いに決まっているだろう……」
ひそひそと声を
潜めながら話す護衛たちに、「聞こえるように言っているだろう」と呆れたように肩をすくめるエルヴィス。
そんなことを言いながらも、いつも自分の味方をしてくれていることを知っている彼は、護衛二人の肩に手を置いて微笑んだ。
「――頼りにしている。パトリック、レナルド」
「はい、陛下」
二人揃っての返事を聞き、満足そうにうなずくエルヴィス。
彼らもアナベルのあとを追うように歩き出した。
◆◆◆
「……ここが、王都ティオール……」
「綺麗な場所よねぇ」
翌日、早朝から歩き続けようやく辿り着いた王都、ティオール。
すでに日が暮れかかっていた。
「アナベル、これを羽織ってくれ」
エルヴィスに呼び止められて、フード付きのマントを渡されて「えっ?」と首をかしげる彼女に、エルヴィスは言葉を紡ぐ。
「きみの美しさは、周りを魅了するだろうからね」
「……それは、どうも……?」
アナベルは少し頬を赤らめて、マントを羽織る。男性用なのかアナベルには大きかったが、アドリーヌが「そのままじゃちょっとねぇ……」といろいろ手を加えてくれた。
そのおかげで大分動きやすくなり、アナベルはフードを被ったまま歩き出す。
エルヴィスと護衛の二人もマントを羽織って歩いていた。
「……陛下が歩いていても、誰も気付かないものなのね」
「それはこのマントに秘密がありまして。実はこのマントを羽織っていると、別人のように見える魔法がかかっているんです」
「えっ、魔法ってそんなこともできるの?」
「もちろん、いろいろ試行錯誤したさ」
アナベルは自分が着ているマントに視線を落としてから、周りを見てみた。自分たちを気にしている人たちは一人もいない。
「……それじゃあ、ここで一旦お別れだ。……陛下、アナベルのことを、お願いします」
「ああ」
「クレマン座長、お世話になりました。……また、会えるよね?」
「会えるさ。いや、会えなくても、俺たちは家族なんだから繋がっているよ。そうだろう、みんな?」
クレマンが後ろを振り返ると、旅芸人の仲間たちが大きくうなずいているのも、涙をこらえて微笑みを浮かべているのも見えた。
アナベルはみんなに向かって大きく手を振り、その姿が見えなくなるまで見送る。
「では、私たちもいこうか」
「……はい」
すっと手を差し出されたアナベルは、こくんとうなずいて彼の手を取った。その手が少し震えていることに気付いて、エルヴィスはきゅっと軽く力を入れて握った。
まるでアナベルを安心させるように。
弾かれたようにエルヴィスを見るアナベルに、彼は目元を細めて「行こう」と歩き出し、用意していた馬車に乗って目的地の近くまで向かう。
「王城とデュナン公爵のタウンハウスは近いんですか?」
「いや、正反対のところにある。初めてティオールにきた人は、どちらが王城かわからないらしい」
くつくつと喉を鳴らして笑うエルヴィスに、アナベルは頬に人差し指を添えて首をかしげた。
「では、間違えてデュナン公爵のタウンハウスに向かう人も多いのでは?」
「王城に向かう人は馬車に乗れば迷わずにつく。観光にきたものなら、パンフレットや住民に聞けばわかるしな……」
「王城は平民も入れるのですか?」
「一部だけな。入り口近くの公園は解放しているから」
「公園?」
そうだ、と首を縦に振るエルヴィスに、アナベルはちらりと彼を見て、不安そうに眉を下げた。
「どうした?」
「王城ってかなり広いんだろうなぁと思って。迷子になりそう」
「はは、私も幼い頃は決まったところにしか行けなかった。迷子になるから」
当時を懐かしむように笑うエルヴィスに、アナベルも小さく笑った。
いろいろな話を楽しんでいるうちに、目的地の近くまでつき、馬車を降りる。
エルヴィスに手を引かれながら歩き、大きな……とても大きな門の前に辿りついた。
ごくり、とアナベルが唾を飲み込む。
エルヴィスが門番になにかを小声で話すと、すぐに門が開いた。
「さぁ、行こう」
「……はい」
アナベルはエルヴィスとともに、歩き出す。
これから出会う人に期待と不安を混じらせながらも、背を伸ばして前を見据え、迷いのない瞳と口角を上げて笑みを浮かべながら歩いている。
エルヴィスの手をぎゅっと握る。アナベルの手は、緊張でひんやりと冷たくなっていた。
きゅっと彼女の手を握り返すエルヴィス。
ちらりと彼に視線を向けて、ほんの少しだけ安堵したように、少しだけ表情を緩ませた。