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踊り子 アナベル 14話

ー/ー



 女性同士なら今のように川や湖で髪や身体を洗うので、裸を見ることも珍しくない。

 だが、異性と鳴れば違う。

 客とベッドをともにすることもあったが、そのときは幻想の魔法を使って、その人に都合の良い夢を見せていたから、下着やバスタオルを身につけていたままだった。

「――その、とても綺麗で、驚いた」
「……? 陛下は、女性の裸なんて見慣れているのでは?」

 アナベルの問いに、エルヴィスは思い出すのもいやだとばかりに髪をかき上げる。

 そっと彼から一歩離れて振り返り、じっとエルヴィスを見つめた。

「――確かに、見慣れてはいる、が……。あまり良い思い出はないんだ」
「どういう意味……?」
「気もない女性が裸で迫ってくるのは、ある意味恐怖を覚えるぞ……」

 淡々とした口調で紡がれた言葉に、アナベルはどんな状況なのかを想像してみた。もしも自分が彼の立場だったら……? と。

 そしてゾッとしたように顔を青ざめた。

 想像だけでこれだけ怖いのだ。

 きっと本人はもっと恐ろしかったはず……と考えたアナベルは、エルヴィスに向けて手を差し伸べる。

「アナベル?」
「……あたしが迫っても平気というのなら、この手を取って?」

 恋の駆け引きなんて知らない。

 だからこそ、自分が迫って拒絶されることを恐れて言葉に舌アナベルに、ふ、とエルヴィスが笑う。

 エルヴィスは彼女の手を取ってその胸の中に閉じ込めた。

 驚いて顔を上げるアナベルに、エルヴィスの顔が近付く。

 ちゅっ、と軽いリップ音を響かせてアナベルの額に唇が触れた。

 抱きしめられて、額にキスをされただけでも彼女は顔を真っ赤に染めて、夜で良かったと心から思った。

 もう一度、今度は頬にキスをされてアナベルはくすぐったそうに笑う。

 鼻先にも唇が触れて、焦れたようにアナベルの手がエルヴィスの頬に伸びる。こつん、と額と額が重なり、目を伏せるアナベルの唇にエルヴィスの唇が静かに触れた。

 触れるだけのキスを見ていたのは、数多(あまた)に広がる星々だけ――……

「……キスってこんな気持ちになるのね……」

 唇が離れて、うっとりとしたように恍惚の表情を浮かべるアナベルがぽつりとつぶやく。

 エルヴィスは彼女の唇をなぞるように、親指の中腹を動かした。

「どんな気持ちになった?」

 アナベルは胸元に手を置いて、そっと目を伏せて頬を赤らめたまま、言葉を紡ぐ。

「ドキドキして落ち着かないのに、離れたくないって気持ち。……不思議だわ……」

 エルヴィスはそれを聞いて、ぎゅっとアナベルを抱きしめた。

 身体が密着して高鳴る鼓動に、アナベルは彼の服を掴む。

 そして――くしゅん、と小さなくしゃみをした。

「……ああ、その恰好では寒かったな」

 抱きしめていた身体を離して、自身の上着をアナベルにかけるエルヴィスに、彼女は慌てて上着を返そうとする。

 しかしエルヴィスは、「きみが風邪をひいたら大変だから」と(かたく)なに拒んだ。

「……ありがとう」
「いや。……テントまで送ろう」
「……その前に、着替えるから……」
「それでは、後ろを向いていよう」

 エルヴィスが後ろを向いたことに安堵して息を吐き、髪と身体を魔法で乾かしてから素早く着替えた。彼の上着を羽織って、改めて自分の身体との体格差を感じてびっくりする。

(ぶかぶかだわ……。そういえば、男性に上着を貸してもらうなんてこと、なかったかも……)

「着替えたか?」
「え、あ、はい」

 アナベルの返事にエルヴィスが振り向く。そっと手を差し伸べられ、彼女はその手を取って歩き出す。

 ゆっくりと時間をかけて歩くエルヴィスとアナベルのあいだには会話がなく、ただ、繋いだ手から体温が溶け合うように気がして、彼女は赤くなった頬を隠すようにうつむいた。

 ゆっくり歩いていても、すぐにアナベルのテントについた。彼女はエルヴィスから借りた上着を脱いで、「ありがとうございました」と彼に返す。

 エルヴィスはその上着を持ち、「また明日」と優しい声で言うと、踵を返して去っていった。

 アナベルはその後ろ姿を見送り、テントの中に入る。

 簡易ベッドの上に横たわり、そっと唇をなぞった。

(どうしよう――……)

 重なった唇の感触を思い出して、目を閉じる。

 ごろんごろんと寝返りを打って、声にならない叫び声を上げた。

(触れるだけで、あんなに気持ちが高鳴るなんて――……!)

 ばふっと枕に顔を埋めるように押し付けて、ゆっくりと息を吐く。

 手や頬、額にキスをされたことはあるが唇にされたのは初めてだった。

 触れるだけのキスだけでもこんなに心臓がドキドキと早鐘を打つのに、これ以上進んでしまったらどうなるのだろう? とアナベルは想像して、耳まで真っ赤にさせる。

 明日も早いというのに、キスの感触を思い出しては身じろぐアナベル。

 書物や、踊り子仲間に聞いたことが脳裏によぎる。

 そのたびに思考が停止して、意味もなく頭を左右に振ったり、口元を手で覆ったりしていた。

(キスにも種類があるって、言っていたっけ……)

 触れるだけのキスに、舌を絡め合うというキス。

 アナベルが知っているのはこの二つだ。

 舌を絡め合うキスのほうは経験がないが、話に聞いたことや読んでいた小説の中に出てきていたので、なんとなく知っている。

(どんな感じなんだろう……)

 そんなことを考えていたアナベルに、睡魔はなかなか訪れてくれなかった。



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 女性同士なら今のように川や湖で髪や身体を洗うので、裸を見ることも珍しくない。
 だが、異性と鳴れば違う。
 客とベッドをともにすることもあったが、そのときは幻想の魔法を使って、その人に都合の良い夢を見せていたから、下着やバスタオルを身につけていたままだった。
「――その、とても綺麗で、驚いた」
「……? 陛下は、女性の裸なんて見慣れているのでは?」
 アナベルの問いに、エルヴィスは思い出すのもいやだとばかりに髪をかき上げる。
 そっと彼から一歩離れて振り返り、じっとエルヴィスを見つめた。
「――確かに、見慣れてはいる、が……。あまり良い思い出はないんだ」
「どういう意味……?」
「気もない女性が裸で迫ってくるのは、ある意味恐怖を覚えるぞ……」
 淡々とした口調で紡がれた言葉に、アナベルはどんな状況なのかを想像してみた。もしも自分が彼の立場だったら……? と。
 そしてゾッとしたように顔を青ざめた。
 想像だけでこれだけ怖いのだ。
 きっと本人はもっと恐ろしかったはず……と考えたアナベルは、エルヴィスに向けて手を差し伸べる。
「アナベル?」
「……あたしが迫っても平気というのなら、この手を取って?」
 恋の駆け引きなんて知らない。
 だからこそ、自分が迫って拒絶されることを恐れて言葉に舌アナベルに、ふ、とエルヴィスが笑う。
 エルヴィスは彼女の手を取ってその胸の中に閉じ込めた。
 驚いて顔を上げるアナベルに、エルヴィスの顔が近付く。
 ちゅっ、と軽いリップ音を響かせてアナベルの額に唇が触れた。
 抱きしめられて、額にキスをされただけでも彼女は顔を真っ赤に染めて、夜で良かったと心から思った。
 もう一度、今度は頬にキスをされてアナベルはくすぐったそうに笑う。
 鼻先にも唇が触れて、焦れたようにアナベルの手がエルヴィスの頬に伸びる。こつん、と額と額が重なり、目を伏せるアナベルの唇にエルヴィスの唇が静かに触れた。
 触れるだけのキスを見ていたのは、|数多《あまた》に広がる星々だけ――……
「……キスってこんな気持ちになるのね……」
 唇が離れて、うっとりとしたように恍惚の表情を浮かべるアナベルがぽつりとつぶやく。
 エルヴィスは彼女の唇をなぞるように、親指の中腹を動かした。
「どんな気持ちになった?」
 アナベルは胸元に手を置いて、そっと目を伏せて頬を赤らめたまま、言葉を紡ぐ。
「ドキドキして落ち着かないのに、離れたくないって気持ち。……不思議だわ……」
 エルヴィスはそれを聞いて、ぎゅっとアナベルを抱きしめた。
 身体が密着して高鳴る鼓動に、アナベルは彼の服を掴む。
 そして――くしゅん、と小さなくしゃみをした。
「……ああ、その恰好では寒かったな」
 抱きしめていた身体を離して、自身の上着をアナベルにかけるエルヴィスに、彼女は慌てて上着を返そうとする。
 しかしエルヴィスは、「きみが風邪をひいたら大変だから」と|頑《かたく》なに拒んだ。
「……ありがとう」
「いや。……テントまで送ろう」
「……その前に、着替えるから……」
「それでは、後ろを向いていよう」
 エルヴィスが後ろを向いたことに安堵して息を吐き、髪と身体を魔法で乾かしてから素早く着替えた。彼の上着を羽織って、改めて自分の身体との体格差を感じてびっくりする。
(ぶかぶかだわ……。そういえば、男性に上着を貸してもらうなんてこと、なかったかも……)
「着替えたか?」
「え、あ、はい」
 アナベルの返事にエルヴィスが振り向く。そっと手を差し伸べられ、彼女はその手を取って歩き出す。
 ゆっくりと時間をかけて歩くエルヴィスとアナベルのあいだには会話がなく、ただ、繋いだ手から体温が溶け合うように気がして、彼女は赤くなった頬を隠すようにうつむいた。
 ゆっくり歩いていても、すぐにアナベルのテントについた。彼女はエルヴィスから借りた上着を脱いで、「ありがとうございました」と彼に返す。
 エルヴィスはその上着を持ち、「また明日」と優しい声で言うと、踵を返して去っていった。
 アナベルはその後ろ姿を見送り、テントの中に入る。
 簡易ベッドの上に横たわり、そっと唇をなぞった。
(どうしよう――……)
 重なった唇の感触を思い出して、目を閉じる。
 ごろんごろんと寝返りを打って、声にならない叫び声を上げた。
(触れるだけで、あんなに気持ちが高鳴るなんて――……!)
 ばふっと枕に顔を埋めるように押し付けて、ゆっくりと息を吐く。
 手や頬、額にキスをされたことはあるが唇にされたのは初めてだった。
 触れるだけのキスだけでもこんなに心臓がドキドキと早鐘を打つのに、これ以上進んでしまったらどうなるのだろう? とアナベルは想像して、耳まで真っ赤にさせる。
 明日も早いというのに、キスの感触を思い出しては身じろぐアナベル。
 書物や、踊り子仲間に聞いたことが脳裏によぎる。
 そのたびに思考が停止して、意味もなく頭を左右に振ったり、口元を手で覆ったりしていた。
(キスにも種類があるって、言っていたっけ……)
 触れるだけのキスに、舌を絡め合うというキス。
 アナベルが知っているのはこの二つだ。
 舌を絡め合うキスのほうは経験がないが、話に聞いたことや読んでいた小説の中に出てきていたので、なんとなく知っている。
(どんな感じなんだろう……)
 そんなことを考えていたアナベルに、睡魔はなかなか訪れてくれなかった。