表示設定
表示設定
目次 目次




踊り子 アナベル 13話

ー/ー



 それは、遠い昔の物語。

 レアルテキ王国の始まりの物語。

 幼い頃、寝る前に母が良く話してくれた。

 アナベルが追想(ついそう)にふけっていると、エルヴィスが「どうした?」と問いかける。

「母が話してくれた物語を思い出したんです。この国の始まりの物語」
「ああ、あれか……」

 エルヴィスにも覚えがあった。

 まだ幼い頃、眠れないエルヴィスに母が柔らかい口調で紡いでくれた物語だ。おそらく、この国のほとんどの人が知っている始まりの物語。

 真実かどうかを知るものはいない。

「……陛下は、本当に氷の魔法が使えるのですか?」
「使える。正直に言えば、城にいなくて良いという点で、この魔法に助けられている」
「……ふぅん……?」

 もともとレアルテキ王国は寒さが厳しい土地で、なかなか作物に恵まれず様々なことを試していた。

 そのうちに、どんどんと人間も野生動物も魔物も倒れていき、憐憫(れんびん)の情を抱いた神によってこの土地に祝福がかけられた。

 その祝福で寒さが少しだけ和らぎ、作物が育つようになった。さらに神は一部の人間に魔物を倒せる力を授けたという。

 それが――王族の使う『氷の魔法』だ。

 だから、レアルテキ王国の王族は『氷の血族』と呼ばれている。

 その魔法はとても強く、魔物たちをなぎ倒すことができた。そして、段々とレアルテキ王国の基盤が築かれていった。

「……確か、こんな感じの内容だった……ような?」
「そうだ。神の祝福なのか妖精の情けなのかは人によって違うらしいが……」
「妖精説もあるんですね。あたしは神の祝福でした」

 母がいつも寝る前にこの話をしていたと説明すると、エルヴィスはぽんとアナベルの頭を撫でる。

「……陛下?」
「……いや、すまない」

 エルヴィスは自身がどうして彼女の頭を撫でたのかと一瞬目を見開き、すぐに彼女の頭からぱっと手を離して目をそらす。

 アナベルはそんなエルヴィスをじぃっと見つめて、彼の耳が赤くなっていることに気付いて小さく笑った。

 ちらりとアナベルを見るエルヴィスに、彼女はそっとその頬につん、と人差し指で触れる。

「謝らないで」

 アナベルがふわりとはにかむと、エルヴィスの頬の赤さが増した。

 その姿を目にして、アナベルも頬を赤く染める。

 ばっと彼の視線から逃れるように、両手で頬を隠した。

(どうしたの、あたし……)

 トクントクンと胸の鼓動が早鐘を打つのを感じて、アナベルは自分の気持ちに戸惑うように眉を下げる。

 今までいろいろな男性を見てきた。

 その誰よりも、エルヴィスはキラキラと輝いて見える。

 アナベルはぐるぐるの思考をまとめようと考え込む。そして、ミシェルの言葉を思い出した。

(初めては素敵な人と……かぁ……)

 もしも自分が寵姫(ちょうき)の件を受け入れたら、()()()()()()もするのだろうか? と思いついてしまい、さらに頬を赤らめる。

 そんな二人を見ていた旅芸人の人たちは「なんだありゃ」と呆れたように肩をすくめていた。

 食事を終えて各々(おのおの)がテントに入る。

 アナベルも自身のテントに向かい、簡易ベッドに座ると、まだ早鐘を打っている胸の鼓動にゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 ぽすっとベッドに寝転んで目を閉じる。

 それでも、頬に集まる熱はそのままだった。

(恋? これが恋なの……?)

 初めての感情に悩んでいると、あっという間に真っ暗になった。この時期からは日が暮れるのが早い。

 アナベルは慌てて着替えとバスタオルを手にして、テントから出る。

 近くに川があったことは確認済みだ。

 真っ暗になった森の中を、慎重に歩いていく。

 新月のようで、空を見上げても星々が輝いているだけだ。

 川にたどりつき、周りを見渡してから服を脱ぎ、そっと川の中に手を入れてみる。

 冷たくて身体がぶるりと震えたので、魔法を使って一部だけをお湯にした。

 ちゃぷりとお湯の中に入り、ふぅ、と息を吐く。

 おそらく、他の女性たちはもう川で身体を清めただろうと考えて、アナベルは自分がこの感情に振り回されていることを自覚した。

 ふるふると頭を左右に振って、アナベルは髪を洗ったり身体を洗ったり、とにかくなにも考えなくても良いように身体を動かす。

 髪も身体も洗ってスッキリしたところで、そろそろ上がろうとタオルに手を伸ばすと、足音が聞こえた。

 こんな時間に? とアナベルは辺りを警戒するように周囲を眺める。

 がさ、と音が聞こえてそちらに顔を向けると、そこにいたのはエルヴィスだった。

 川のほうから音が聞こえたから、魔物の可能性を考えて剣を携え確認のためにきた彼は、アナベルが川に入っていることに気付き、その姿に魅入ってしまった。

 アナベルはエルヴィスの姿を見て、今の自分の格好を思い出して顔を真っ赤に染めて隠すように背を向ける。

 足音が近付き、ふわりと肩にバスタオルがかけられた。

 ちらりとエルヴィスを振り返るアナベル。彼は彼女の裸を見ないように、夜空を見上げている。

「あ、ありがとうございます……」
「いや、本当にすまない。覗くつもりはなかったんだ」

 弱々しくも聞こえるエルヴィスの声に、アナベルはそっとバスタオルを巻いて身体を隠す。

 二人とも黙ってしまい、沈黙が続いた。

 そして、意を決したようにアナベルが掠れた声で問いかける。

「……見た、よね……?」

 その問いに、エルヴィスが「……ああ」と肯定した。

 アナベルは「だよね……」と視線を彷徨(さまよ)わせる。

 女性以外に裸を見られたことがないから、余計に恥ずかしくなった。



次のエピソードへ進む 踊り子 アナベル 14話


みんなのリアクション

 それは、遠い昔の物語。
 レアルテキ王国の始まりの物語。
 幼い頃、寝る前に母が良く話してくれた。
 アナベルが|追想《ついそう》にふけっていると、エルヴィスが「どうした?」と問いかける。
「母が話してくれた物語を思い出したんです。この国の始まりの物語」
「ああ、あれか……」
 エルヴィスにも覚えがあった。
 まだ幼い頃、眠れないエルヴィスに母が柔らかい口調で紡いでくれた物語だ。おそらく、この国のほとんどの人が知っている始まりの物語。
 真実かどうかを知るものはいない。
「……陛下は、本当に氷の魔法が使えるのですか?」
「使える。正直に言えば、城にいなくて良いという点で、この魔法に助けられている」
「……ふぅん……?」
 もともとレアルテキ王国は寒さが厳しい土地で、なかなか作物に恵まれず様々なことを試していた。
 そのうちに、どんどんと人間も野生動物も魔物も倒れていき、|憐憫《れんびん》の情を抱いた神によってこの土地に祝福がかけられた。
 その祝福で寒さが少しだけ和らぎ、作物が育つようになった。さらに神は一部の人間に魔物を倒せる力を授けたという。
 それが――王族の使う『氷の魔法』だ。
 だから、レアルテキ王国の王族は『氷の血族』と呼ばれている。
 その魔法はとても強く、魔物たちをなぎ倒すことができた。そして、段々とレアルテキ王国の基盤が築かれていった。
「……確か、こんな感じの内容だった……ような?」
「そうだ。神の祝福なのか妖精の情けなのかは人によって違うらしいが……」
「妖精説もあるんですね。あたしは神の祝福でした」
 母がいつも寝る前にこの話をしていたと説明すると、エルヴィスはぽんとアナベルの頭を撫でる。
「……陛下?」
「……いや、すまない」
 エルヴィスは自身がどうして彼女の頭を撫でたのかと一瞬目を見開き、すぐに彼女の頭からぱっと手を離して目をそらす。
 アナベルはそんなエルヴィスをじぃっと見つめて、彼の耳が赤くなっていることに気付いて小さく笑った。
 ちらりとアナベルを見るエルヴィスに、彼女はそっとその頬につん、と人差し指で触れる。
「謝らないで」
 アナベルがふわりとはにかむと、エルヴィスの頬の赤さが増した。
 その姿を目にして、アナベルも頬を赤く染める。
 ばっと彼の視線から逃れるように、両手で頬を隠した。
(どうしたの、あたし……)
 トクントクンと胸の鼓動が早鐘を打つのを感じて、アナベルは自分の気持ちに戸惑うように眉を下げる。
 今までいろいろな男性を見てきた。
 その誰よりも、エルヴィスはキラキラと輝いて見える。
 アナベルはぐるぐるの思考をまとめようと考え込む。そして、ミシェルの言葉を思い出した。
(初めては素敵な人と……かぁ……)
 もしも自分が|寵姫《ちょうき》の件を受け入れたら、|そ《・》|う《・》|い《・》|う《・》|こ《・》|と《・》もするのだろうか? と思いついてしまい、さらに頬を赤らめる。
 そんな二人を見ていた旅芸人の人たちは「なんだありゃ」と呆れたように肩をすくめていた。
 食事を終えて|各々《おのおの》がテントに入る。
 アナベルも自身のテントに向かい、簡易ベッドに座ると、まだ早鐘を打っている胸の鼓動にゆっくりと深呼吸を繰り返した。
 ぽすっとベッドに寝転んで目を閉じる。
 それでも、頬に集まる熱はそのままだった。
(恋? これが恋なの……?)
 初めての感情に悩んでいると、あっという間に真っ暗になった。この時期からは日が暮れるのが早い。
 アナベルは慌てて着替えとバスタオルを手にして、テントから出る。
 近くに川があったことは確認済みだ。
 真っ暗になった森の中を、慎重に歩いていく。
 新月のようで、空を見上げても星々が輝いているだけだ。
 川にたどりつき、周りを見渡してから服を脱ぎ、そっと川の中に手を入れてみる。
 冷たくて身体がぶるりと震えたので、魔法を使って一部だけをお湯にした。
 ちゃぷりとお湯の中に入り、ふぅ、と息を吐く。
 おそらく、他の女性たちはもう川で身体を清めただろうと考えて、アナベルは自分がこの感情に振り回されていることを自覚した。
 ふるふると頭を左右に振って、アナベルは髪を洗ったり身体を洗ったり、とにかくなにも考えなくても良いように身体を動かす。
 髪も身体も洗ってスッキリしたところで、そろそろ上がろうとタオルに手を伸ばすと、足音が聞こえた。
 こんな時間に? とアナベルは辺りを警戒するように周囲を眺める。
 がさ、と音が聞こえてそちらに顔を向けると、そこにいたのはエルヴィスだった。
 川のほうから音が聞こえたから、魔物の可能性を考えて剣を携え確認のためにきた彼は、アナベルが川に入っていることに気付き、その姿に魅入ってしまった。
 アナベルはエルヴィスの姿を見て、今の自分の格好を思い出して顔を真っ赤に染めて隠すように背を向ける。
 足音が近付き、ふわりと肩にバスタオルがかけられた。
 ちらりとエルヴィスを振り返るアナベル。彼は彼女の裸を見ないように、夜空を見上げている。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、本当にすまない。覗くつもりはなかったんだ」
 弱々しくも聞こえるエルヴィスの声に、アナベルはそっとバスタオルを巻いて身体を隠す。
 二人とも黙ってしまい、沈黙が続いた。
 そして、意を決したようにアナベルが掠れた声で問いかける。
「……見た、よね……?」
 その問いに、エルヴィスが「……ああ」と肯定した。
 アナベルは「だよね……」と視線を|彷徨《さまよ》わせる。
 女性以外に裸を見られたことがないから、余計に恥ずかしくなった。