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踊り子 アナベル 7話

ー/ー



 その日から、一座の座員はアナベルにいろいろなことを教え始める。

 いろいろな芸を見せて、アナベルが一番気に入ったものを中心に教えることになり、彼女はミシェルが見せてくれた剣舞を選んだ。

 他にも様々な世渡り方法を教えてもらったり、料理を教わったり、魔法の使い方も教わる日々が続く。

 特に、ミシェルは熱心に教えてくれた。厳しいときもあったが、裏を返せばそれだけアナベルに期待していることだ。

「……今日もくたくたになるまでやっちゃったぁ……。アナベルちゃん、あたしのこと嫌いになってないと良いけど……」
「だったら、どうしてあんなに厳しく教えているんだ?」
「だぁって、あの子の目、なにかに囚われたままなんだものぉ。せっかくあんなに可愛いのに、もったいないじゃなぁい? 身体を動かすことで、少しでも発散できたらなぁって思っていたんだけど……」
「まぁ、あの年齢じゃ身体を動かすくらいでしか、発散できないか」
「大人になれば、もーっと良い方法があるんだけどねぇ? 気持ち良くて真っ白になっちゃう、発散方法が……」

 ぎゅっとクレマンの腕に、自分の胸を押し当てるようにぴたりと寄り添うミシェルに、彼はくしゃくしゃと彼女の頭を撫でる。

 ミシェルはムッとしたように唇を尖らせて、クレマンの手を掴んだ。

「ひどーい、セット、大変なのよぉ?」
「はいはい。ま、その発散方法は追々教えてやれ」
「……教えられたら、ね……」

 ぐっすりと眠るアナベルを見て、ミシェルは小声でつぶやく。ゆっくりと息を吐いて、自身のお腹に手を乗せる。

「……もしも生きていたら、この子くらいかなぁ……」

 お腹をさすって、目元を細めた。アナベルを放っておけなかったのは、自身の子の姿を重ねたから。

「……ねぇ、旅芸人のもう一つの仕事、アナベルちゃんにさせないでね。あたしがいなくなっても。お願いよ」
「……努力はするさ。幸い、アナベルの魔力はそこそこ高そうだから、幻想の魔法でも教え込んで、身を守ってもらうしかないな」
「……そうね、それしかないよね……」

 旅芸人のもう一つの仕事――……

 芸を見せたあとで、客に声をかけられたら拒むことは許されない。

 それは男女ともに、だ。

 一夜の……とびっきり最高な夢を見せてあげる。それが彼らのもう一つの仕事だ。

「あと、この子結構、剣術向いているかも。本格的に教えてあげても良いかもよ?」
「剣術を教えられるのなんて、うちの一座じゃ一部だけだろ……。ま、考えてはおく」
「うふふ、さすがクレマン。この子のこと、よろしくね」

 ミシェルはふわりと花がほころぶようにはにかみ、クレマンの頬にキスをすると、アナベルの隣に入り込んで目を閉じた。

 ――そしてそれから十五年後、アナベルは一座のトップで輝くことになる。

 ◆◆◆

 ――アナベルが一座に加入してから、十五年の月日が経った。

 そのあいだに、様々な人が入り、抜けて、を繰り返しながら旅を続けている。

 アナベルは昔、自分を花嫁にしようとしていた貴族、ジョエルが何者かによって殺されていることや、北部の村が焼かれていた事件について耳にすることがあった。

 そのどれもが信憑性(しんぴょうせい)の薄いものだったが、彼女はたくさんの噂を集めた。そのうちのどれかが、当たりであることを願って。

「アナベル、準備は良いか?」
「大丈夫よぉ、座長。あたしの準備はバッチリ!」

 ウェーブがかかったプラチナブロンドは(つや)があり、ポニーテールで緩やかにまとめられていた。

 アメシストの瞳は、誰をも魅了しそうな輝きを発していた。ピンク色のグロスで色づけられた唇はぷるんとしていて、男性たちの視線を釘付けにするだろう。

 すらりと伸びた手足、形の良い胸、丸くてきゅっと上がったお尻。

 ――そのすべてが、アナベルの武器だ。

 アナベルは剣きゅっと(にぎ)る。

(見ていてね、ミシェルさん)

 天を仰ぐように空へと顔を向けてから、前を見据えて歩き出す。

 今日は、この街で最後のパフォーマンスだ。

 ステージにアナベルが立つと、途端にヒューヒューと口笛が聞こえた。

 音楽が鳴り始め、アナベルはそっと剣を抜き、鞘を大きく空へと放つ。

 落ちてくるあいだにも、ステップを踏み、剣舞を披露(ひろう)する。――あの日、ミシェルが見せてくれたように。

 リズムに乗ってステップを踏み、剣を振るう。

 上空に放った鞘が剣に吸い込まれるようにぴたりと収まり、もう一度剣を抜き、今度は鞘も握ったままステップを踏んだ。

 音楽は過激さを増していく。

 それに合わせるようにアナベルの動きも大胆な動きになり、ステージを見ている人たちの欲望を煽るようだった。

 最後まで踊りきり、大きく両手を広げてからすっと頭を下げる。

「アナベルちゃん、最高ーっ!」
「すっげぇセクシーだったよー!」

 そんな声が投げかけられて、アナベルは自分の唇に人差し指と中指を当て、チュッっと音を立ててキスを飛ばし、ウインクをした。

 アナベルの剣舞はミシェルのものだ。彼女が一生懸命に教えてくれたもの。

 そして、アナベルがステージで演じる人物像も、ミシェルそのものだ。

 ミシェルは、アナベルが十五歳の頃に亡くなってしまった。もとからあまり身体が丈夫ではなかったそうで、このまま旅を続けていたらいつ亡くなってもおかしくない、と街の医者に宣言されていた。

 それでもミシェルは、旅を続けていた。一日でも長く、アナベルの(そば)にいたかったから。

 だが、無理がたたったのか途中で倒れてしまい、近くの町で看病をしたがそのまま亡くなった。

 そのときに、アナベルはミシェルの手を握って、何度もお礼と謝罪を伝えていた。

『謝らなくていいのよぉ、アナベルちゃん……。これからは、あなたが一座のスターになってね。……でも、自分の身体は売っちゃダメよ。大切にしなさいね……。……そうね、できれば初めては……素敵な人が、良いわよねぇ……』

 力なく笑うミシェルと、そう約束したのだ。

 だから、アナベルは客に誘われても幻想の魔法を使い、その人の都合の良い夢を見せることで、自身を守り続けた。

 その後、座長からミシェルの過去を断片的に伝えられた。彼女はずっと、アナベルを守ってくれていたのだと知り、彼女の剣舞を広めようとアナベルは決心し、現在に至る。



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 その日から、一座の座員はアナベルにいろいろなことを教え始める。
 いろいろな芸を見せて、アナベルが一番気に入ったものを中心に教えることになり、彼女はミシェルが見せてくれた剣舞を選んだ。
 他にも様々な世渡り方法を教えてもらったり、料理を教わったり、魔法の使い方も教わる日々が続く。
 特に、ミシェルは熱心に教えてくれた。厳しいときもあったが、裏を返せばそれだけアナベルに期待していることだ。
「……今日もくたくたになるまでやっちゃったぁ……。アナベルちゃん、あたしのこと嫌いになってないと良いけど……」
「だったら、どうしてあんなに厳しく教えているんだ?」
「だぁって、あの子の目、なにかに囚われたままなんだものぉ。せっかくあんなに可愛いのに、もったいないじゃなぁい? 身体を動かすことで、少しでも発散できたらなぁって思っていたんだけど……」
「まぁ、あの年齢じゃ身体を動かすくらいでしか、発散できないか」
「大人になれば、もーっと良い方法があるんだけどねぇ? 気持ち良くて真っ白になっちゃう、発散方法が……」
 ぎゅっとクレマンの腕に、自分の胸を押し当てるようにぴたりと寄り添うミシェルに、彼はくしゃくしゃと彼女の頭を撫でる。
 ミシェルはムッとしたように唇を尖らせて、クレマンの手を掴んだ。
「ひどーい、セット、大変なのよぉ?」
「はいはい。ま、その発散方法は追々教えてやれ」
「……教えられたら、ね……」
 ぐっすりと眠るアナベルを見て、ミシェルは小声でつぶやく。ゆっくりと息を吐いて、自身のお腹に手を乗せる。
「……もしも生きていたら、この子くらいかなぁ……」
 お腹をさすって、目元を細めた。アナベルを放っておけなかったのは、自身の子の姿を重ねたから。
「……ねぇ、旅芸人のもう一つの仕事、アナベルちゃんにさせないでね。あたしがいなくなっても。お願いよ」
「……努力はするさ。幸い、アナベルの魔力はそこそこ高そうだから、幻想の魔法でも教え込んで、身を守ってもらうしかないな」
「……そうね、それしかないよね……」
 旅芸人のもう一つの仕事――……
 芸を見せたあとで、客に声をかけられたら拒むことは許されない。
 それは男女ともに、だ。
 一夜の……とびっきり最高な夢を見せてあげる。それが彼らのもう一つの仕事だ。
「あと、この子結構、剣術向いているかも。本格的に教えてあげても良いかもよ?」
「剣術を教えられるのなんて、うちの一座じゃ一部だけだろ……。ま、考えてはおく」
「うふふ、さすがクレマン。この子のこと、よろしくね」
 ミシェルはふわりと花がほころぶようにはにかみ、クレマンの頬にキスをすると、アナベルの隣に入り込んで目を閉じた。
 ――そしてそれから十五年後、アナベルは一座のトップで輝くことになる。
 ◆◆◆
 ――アナベルが一座に加入してから、十五年の月日が経った。
 そのあいだに、様々な人が入り、抜けて、を繰り返しながら旅を続けている。
 アナベルは昔、自分を花嫁にしようとしていた貴族、ジョエルが何者かによって殺されていることや、北部の村が焼かれていた事件について耳にすることがあった。
 そのどれもが|信憑性《しんぴょうせい》の薄いものだったが、彼女はたくさんの噂を集めた。そのうちのどれかが、当たりであることを願って。
「アナベル、準備は良いか?」
「大丈夫よぉ、座長。あたしの準備はバッチリ!」
 ウェーブがかかったプラチナブロンドは|艶《つや》があり、ポニーテールで緩やかにまとめられていた。
 アメシストの瞳は、誰をも魅了しそうな輝きを発していた。ピンク色のグロスで色づけられた唇はぷるんとしていて、男性たちの視線を釘付けにするだろう。
 すらりと伸びた手足、形の良い胸、丸くてきゅっと上がったお尻。
 ――そのすべてが、アナベルの武器だ。
 アナベルは剣きゅっと|握《にぎ》る。
(見ていてね、ミシェルさん)
 天を仰ぐように空へと顔を向けてから、前を見据えて歩き出す。
 今日は、この街で最後のパフォーマンスだ。
 ステージにアナベルが立つと、途端にヒューヒューと口笛が聞こえた。
 音楽が鳴り始め、アナベルはそっと剣を抜き、鞘を大きく空へと放つ。
 落ちてくるあいだにも、ステップを踏み、剣舞を|披露《ひろう》する。――あの日、ミシェルが見せてくれたように。
 リズムに乗ってステップを踏み、剣を振るう。
 上空に放った鞘が剣に吸い込まれるようにぴたりと収まり、もう一度剣を抜き、今度は鞘も握ったままステップを踏んだ。
 音楽は過激さを増していく。
 それに合わせるようにアナベルの動きも大胆な動きになり、ステージを見ている人たちの欲望を煽るようだった。
 最後まで踊りきり、大きく両手を広げてからすっと頭を下げる。
「アナベルちゃん、最高ーっ!」
「すっげぇセクシーだったよー!」
 そんな声が投げかけられて、アナベルは自分の唇に人差し指と中指を当て、チュッっと音を立ててキスを飛ばし、ウインクをした。
 アナベルの剣舞はミシェルのものだ。彼女が一生懸命に教えてくれたもの。
 そして、アナベルがステージで演じる人物像も、ミシェルそのものだ。
 ミシェルは、アナベルが十五歳の頃に亡くなってしまった。もとからあまり身体が丈夫ではなかったそうで、このまま旅を続けていたらいつ亡くなってもおかしくない、と街の医者に宣言されていた。
 それでもミシェルは、旅を続けていた。一日でも長く、アナベルの|傍《そば》にいたかったから。
 だが、無理がたたったのか途中で倒れてしまい、近くの町で看病をしたがそのまま亡くなった。
 そのときに、アナベルはミシェルの手を握って、何度もお礼と謝罪を伝えていた。
『謝らなくていいのよぉ、アナベルちゃん……。これからは、あなたが一座のスターになってね。……でも、自分の身体は売っちゃダメよ。大切にしなさいね……。……そうね、できれば初めては……素敵な人が、良いわよねぇ……』
 力なく笑うミシェルと、そう約束したのだ。
 だから、アナベルは客に誘われても幻想の魔法を使い、その人の都合の良い夢を見せることで、自身を守り続けた。
 その後、座長からミシェルの過去を断片的に伝えられた。彼女はずっと、アナベルを守ってくれていたのだと知り、彼女の剣舞を広めようとアナベルは決心し、現在に至る。