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踊り子 アナベル 8話

ー/ー



 すべてのパフォーマンスが終わり、アナベルのもとに群がる男性たちに対して、彼女は小さく微笑みを浮かべた。

 座長のクレマンが近付き、男性たちになにかを話しているあいだにも、アナベルは彼らを眺めている。

 誰が自分の客になるのかを待っていると、最終的に一番高い金額を払った男性が、彼女と二人きりで過ごす権利を得た。

 アナベルは、その男性の腕に自身の腕を絡め、「それじゃあ、こちらへどうぞ?」と歩き出す。

 男性は鼻の下を長くしながら、アナベルについてきた。

「わ、なんだかすごく良い匂いがするね」
「リラックス効果のあるお香なの。あたしと過ごすのに、緊張していたらもったいないでしょ?」

 テントに入り、男性をベッドに座らせる。

 アナベルもその隣に座り、男性の言葉に対して優しく、そして艶やかに答えた。

「ね、せっかくだから、あたしの顔をじっと見て……?」

 男性の頬を挟むように両手で包み込み、自分と視線を絡めさせる。

 彼は明らかにうろたえていたが、段々と吸い寄せられるようにアナベルの顔に近付いていき――……唇が触れ合う前に、男性の頭がかくんと動いた。

 眠りに落ちたらしい。

「夢の中のあたしと、()()()()してね」

 男性をベッドに横にさせると、テントから出る。

 クレマンがアナベルに気付き、「どうだった?」と問いかけてきたので、すぐに「夢の中さ」と微笑む。

「その魔法、本当に便利だよなぁ」
「教えてくれたミシェルさんに、感謝しているよ」
「……そうだな。じゃあ、二時間くらいしたら戻ってこいよ。目覚めた客の近くにいなかったら、まずいだろ」
「はぁい。汗をかいたから、さっぱりしてくるねぇ」

 ひらりと手を振って、アナベルは簡易に作られたシャワーブースに足を運ぶ。

 他の人たちは見当たらなかった。

 しゅるりと衣装を脱いで、シャワーを浴びる。たっぷりかいた汗を流し、しっかりと身体と髪を洗ってから魔法で乾かす。

 その後、ブースに設置されている化粧水と美容液を素早く顔につけ、身体にもボディミルクを塗った。

 着替えは持ってきていないから、タオルを巻いてテントに戻る。

 テント内には、よほど良い夢を見ているのか、男性が気持ちよさそうに眠っていた。その隣でアナベルは肩をすくめた。

(そんなに良いものかしら?)

 アナベルはまだ、誰ともそういうことをしていない。

 彼女の魔法は男性の欲望を叶える夢だから、その人のやりたいことが夢の中で行われているはずだ。

 ミシェルと交わした『初めては素敵な人と』という約束を守っているのだ。残念ながら、旅芸人として各地を巡っていても、どの人が素敵なのかアナベルにはわからなかったのだけど。なので、彼女はまだそれがどういう行為なのかもわからない。どういうふうに感じるかも。

(まぁ、魔法で済むならそれでも良いような……)

 そんなことを考えながら、男性が目覚めるのを待っていた。

 しばらくして男性が目覚めて、アナベルにお礼を伝えてからテントを出ていく。

 夢から覚めたあとも、少しのあいだ魔法は続いていて、夢と現実の境目にいる男性は大体大人しく帰ってくれるのだ。

「お仕事おしまいっと」

 ベッドから抜け出て、うーんと身体を伸ばす。

 明日からまた旅が始まるのだから、今のうちに休んでおいたほうが良さそうだと軽く柔軟をしながら考えていると、アナベルのテントに誰かが入ってきた。

「すみません、本日はもう終わり――……」

 そう言いかけて、言葉を失う。

 入ってきたのは男性だ。どこかで見覚えのある美形の男性。

 アナベルの存在に気付いた男性は、「すまない、匿ってくれ」と隠れる場所を探していたようだ。

「……それならベッドにお入り、早く!」

 男性を()かすようにベッドに入れて、アナベルは自分もベッドに寝転ぶ。

 彼を隠すようにぎゅっと抱きしめると、足音が聞こえてきた。

「いたか?」
「いや、こっちにはいない」

 と、声が耳に届く。

 近付いてくる足音に、アナベルの鼓動が早くなった。

「テントに隠れたか……? すまない、誰かいるだろうか?」
「……こんな時間になんの用だい?」

 テントの外から声をかけられて、アナベルはドキドキと早鐘を打ちながら平然を装い、言葉を返す。

 ぽんぽんと彼の背中を叩いてから、ベッドを抜け出してわざとバスタオルを緩ませ、豊満なバストの谷間を強調するようにしてから、テントの外にいる人物に近付いた。

「もう、今……良いところだったのに……」
「も、申し訳ない。その、黒髪で青目の男性を見かけなかったか?」
「いいえ? あたし、お客さんとテントにいたの。……なにかあったの?」
「あ、いや、大したことじゃないんだ。その、本当にすまなかった」

 女慣れしていない人だったのか、そのまま走り去ってしまった。アナベルが肩をすくめてベッドに戻ると、さっきまで横になっていた男性が起き上がる。

「追われているの?」
「……いや、そういうわけではないのだが、一人になりたくて。ところで、どうして私を助けた?」
「……いやだって、そんな捨てられた子犬のような目をされたら……」

 それに美形だったし、とアナベルは続けた。

「なるほど、この顔に助けられたわけか」
「いやぁ、本当に美形だねぇ。あたし、こんなに綺麗な顔の男性を見るのは久しぶりだよ」

 十五年前に一度だけ会ったエルヴィスの顔を思い出し、マジマジと彼の顔を見た。――似ている、気がする。

「前にも似たような顔を見たことが?」
「……さて、ね」

 アナベルがにこりと微笑むと、彼はただ小さく口角を上げ、すっと(ふところ)からなにかを取り出すと彼女に渡した。

「……これは?」
「預かっていてくれ。美しいきみにこそ、似合うものだろう」

 渡されたものに視線を落とす。それは綺麗なブローチのようだ。

 それにしても、預けるとはどういう意味なのか……。彼は、テントから出ようとしたので慌てて声をかける。

「……あたし、旅芸人の一座の一員なんだけど、次の街は王都、ティオールに向かうんだ。そこで会えるかい?」
「……なんだ、目的地は同じだったのか。ならば、私も同行願えるか座長に聞いてみてくれないか」
「……はぁ……」

 アナベルは目を(またた)かせて、それから「しばらくそこで待っていて」と伝えてからテントを抜けて、座長のもとに向かう。

 座長に会い、事情を話すとぎょっとしたように目を大きく見開かれた。

(ま、当然の反応よね)



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みんなのリアクション

 すべてのパフォーマンスが終わり、アナベルのもとに群がる男性たちに対して、彼女は小さく微笑みを浮かべた。
 座長のクレマンが近付き、男性たちになにかを話しているあいだにも、アナベルは彼らを眺めている。
 誰が自分の客になるのかを待っていると、最終的に一番高い金額を払った男性が、彼女と二人きりで過ごす権利を得た。
 アナベルは、その男性の腕に自身の腕を絡め、「それじゃあ、こちらへどうぞ?」と歩き出す。
 男性は鼻の下を長くしながら、アナベルについてきた。
「わ、なんだかすごく良い匂いがするね」
「リラックス効果のあるお香なの。あたしと過ごすのに、緊張していたらもったいないでしょ?」
 テントに入り、男性をベッドに座らせる。
 アナベルもその隣に座り、男性の言葉に対して優しく、そして艶やかに答えた。
「ね、せっかくだから、あたしの顔をじっと見て……?」
 男性の頬を挟むように両手で包み込み、自分と視線を絡めさせる。
 彼は明らかにうろたえていたが、段々と吸い寄せられるようにアナベルの顔に近付いていき――……唇が触れ合う前に、男性の頭がかくんと動いた。
 眠りに落ちたらしい。
「夢の中のあたしと、|イ《・》|イ《・》|コ《・》|ト《・》してね」
 男性をベッドに横にさせると、テントから出る。
 クレマンがアナベルに気付き、「どうだった?」と問いかけてきたので、すぐに「夢の中さ」と微笑む。
「その魔法、本当に便利だよなぁ」
「教えてくれたミシェルさんに、感謝しているよ」
「……そうだな。じゃあ、二時間くらいしたら戻ってこいよ。目覚めた客の近くにいなかったら、まずいだろ」
「はぁい。汗をかいたから、さっぱりしてくるねぇ」
 ひらりと手を振って、アナベルは簡易に作られたシャワーブースに足を運ぶ。
 他の人たちは見当たらなかった。
 しゅるりと衣装を脱いで、シャワーを浴びる。たっぷりかいた汗を流し、しっかりと身体と髪を洗ってから魔法で乾かす。
 その後、ブースに設置されている化粧水と美容液を素早く顔につけ、身体にもボディミルクを塗った。
 着替えは持ってきていないから、タオルを巻いてテントに戻る。
 テント内には、よほど良い夢を見ているのか、男性が気持ちよさそうに眠っていた。その隣でアナベルは肩をすくめた。
(そんなに良いものかしら?)
 アナベルはまだ、誰ともそういうことをしていない。
 彼女の魔法は男性の欲望を叶える夢だから、その人のやりたいことが夢の中で行われているはずだ。
 ミシェルと交わした『初めては素敵な人と』という約束を守っているのだ。残念ながら、旅芸人として各地を巡っていても、どの人が素敵なのかアナベルにはわからなかったのだけど。なので、彼女はまだそれがどういう行為なのかもわからない。どういうふうに感じるかも。
(まぁ、魔法で済むならそれでも良いような……)
 そんなことを考えながら、男性が目覚めるのを待っていた。
 しばらくして男性が目覚めて、アナベルにお礼を伝えてからテントを出ていく。
 夢から覚めたあとも、少しのあいだ魔法は続いていて、夢と現実の境目にいる男性は大体大人しく帰ってくれるのだ。
「お仕事おしまいっと」
 ベッドから抜け出て、うーんと身体を伸ばす。
 明日からまた旅が始まるのだから、今のうちに休んでおいたほうが良さそうだと軽く柔軟をしながら考えていると、アナベルのテントに誰かが入ってきた。
「すみません、本日はもう終わり――……」
 そう言いかけて、言葉を失う。
 入ってきたのは男性だ。どこかで見覚えのある美形の男性。
 アナベルの存在に気付いた男性は、「すまない、匿ってくれ」と隠れる場所を探していたようだ。
「……それならベッドにお入り、早く!」
 男性を|急《せ》かすようにベッドに入れて、アナベルは自分もベッドに寝転ぶ。
 彼を隠すようにぎゅっと抱きしめると、足音が聞こえてきた。
「いたか?」
「いや、こっちにはいない」
 と、声が耳に届く。
 近付いてくる足音に、アナベルの鼓動が早くなった。
「テントに隠れたか……? すまない、誰かいるだろうか?」
「……こんな時間になんの用だい?」
 テントの外から声をかけられて、アナベルはドキドキと早鐘を打ちながら平然を装い、言葉を返す。
 ぽんぽんと彼の背中を叩いてから、ベッドを抜け出してわざとバスタオルを緩ませ、豊満なバストの谷間を強調するようにしてから、テントの外にいる人物に近付いた。
「もう、今……良いところだったのに……」
「も、申し訳ない。その、黒髪で青目の男性を見かけなかったか?」
「いいえ? あたし、お客さんとテントにいたの。……なにかあったの?」
「あ、いや、大したことじゃないんだ。その、本当にすまなかった」
 女慣れしていない人だったのか、そのまま走り去ってしまった。アナベルが肩をすくめてベッドに戻ると、さっきまで横になっていた男性が起き上がる。
「追われているの?」
「……いや、そういうわけではないのだが、一人になりたくて。ところで、どうして私を助けた?」
「……いやだって、そんな捨てられた子犬のような目をされたら……」
 それに美形だったし、とアナベルは続けた。
「なるほど、この顔に助けられたわけか」
「いやぁ、本当に美形だねぇ。あたし、こんなに綺麗な顔の男性を見るのは久しぶりだよ」
 十五年前に一度だけ会ったエルヴィスの顔を思い出し、マジマジと彼の顔を見た。――似ている、気がする。
「前にも似たような顔を見たことが?」
「……さて、ね」
 アナベルがにこりと微笑むと、彼はただ小さく口角を上げ、すっと|懐《ふところ》からなにかを取り出すと彼女に渡した。
「……これは?」
「預かっていてくれ。美しいきみにこそ、似合うものだろう」
 渡されたものに視線を落とす。それは綺麗なブローチのようだ。
 それにしても、預けるとはどういう意味なのか……。彼は、テントから出ようとしたので慌てて声をかける。
「……あたし、旅芸人の一座の一員なんだけど、次の街は王都、ティオールに向かうんだ。そこで会えるかい?」
「……なんだ、目的地は同じだったのか。ならば、私も同行願えるか座長に聞いてみてくれないか」
「……はぁ……」
 アナベルは目を|瞬《またた》かせて、それから「しばらくそこで待っていて」と伝えてからテントを抜けて、座長のもとに向かう。
 座長に会い、事情を話すとぎょっとしたように目を大きく見開かれた。
(ま、当然の反応よね)