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刺客

ー/ー



長くもない廊下の板を複数の足音が気忙しく踏み鳴らし、ナイトンの胸倉をつかんだ男と、男装束の女があらわれた。男も女も大小2本の刀を腰間に手挟んでいたから、支配階級の者かもしれない。
「ゲンナイ先生ですか?」
 ナイトンを突き飛ばして男が言った。
「人に名前を尋ねるときは、まず自分からというのが礼儀じゃねえのかい」
 男女の放つ殺気をそよとも感じていないかのように、ゲンナイは言った。
「これは失礼を。私はアサダシンスケ、こちらはリオと申します」
 気をはずされたように男が自分の名と女の名を口にした。
「そうかい。アサシンさんかい。こりゃあうってつけだね」
「何がでございますか」
 アサダが引き込まれるように聞いてしまった。軽くゲンナイに気をはずされてしまった形だ。
「西の果てにあるナイーブという国では、麻薬を吸わせた暗殺者を送る教団があるという話なんだが、その名がアサシンってぇのさ」
 博覧強記のゲンナイがアサダシンスケを約めてアサシンにひっかけたのだ。
「仰せのとおり俺がゲンナイだ。あんたら、俺を斬りにきたみてぇだな」
 アサダとリオの表情が強張った。
「何で斬りに来たのか聞いてもいいかい? その前にそんなところに突っ立ってねえで坐んなさいな。ナイトン、そこの押入れから来客用の高級な座布団をおふたかたにお出しして」
 ナイトンが押入れからペラペラの座布団を二客、招かれざる客の前に用意した。
「ゲンナイ先生」
 男装のリオが殺気を消すことなく切り出した。
「先生は先般『復滅譜』という書をものされましたね」
「ああ、書いたよ。あんたら、あれを読んでくれたのかい?」
「世間に出回っているものではなく、原書を読ませていただきました」
「そうかい。そいつは嬉しいねえ。で、どうだった? 感想を聞かせてくれって言っても意味ねえか。読んで腹たてたから、今ここにいるんだもんな」
 リオが堅い表情のまま僅かに顎を引いた。
「それにしても書林のやつぁどういう情報管理をしているのかなぁ。発禁書まがいの生原稿を、そんなに簡単に人に見せるもんかね。あんたら、どうやって生原稿を手に入れたんだい? まさか書林を脅したんじゃねぇだろうな?」
「書林の主に刀をつきつけて先生の原稿を出せと脅しました」
「正直だね。それで腹ぁたてて、今度は著作者の首元に刀をつきつけに来たわけだ。民を惑わす虚言の徒っていうことかい?」
 リオが黙って頷いた。
「あんたら、とりあえず俺の話を聞く時間はあるんだろう?」
「時間の無駄です」
「そんなこと言うねぇ。俺の書いたことをもう一度思い出してみろよ。あんたら、あそこに浮かぶルーナが見えるかい?」
 ゲンナイが見やったのは、開け放たれた障子の向こうにある、手入れの行き届かない狭い庭の上に浮かぶ月だった。
「今の季節は三つの月が宙に浮かんでいるわな」
「そんなことはわかっています」
「本当かい? 本当にわかっているのかい? わかってる気になっているだけかもしれねえぜ」
 ゲンナイが刺客二人の顔を交互に覗き込んだ。
「なんか小腹が空いてきちまったな。ナイトン、悪りいけど、台所にヤモシがたくさんあるんだ。あれで鍋をこさえてきてくれ」
 ヤモシはガナッシュの主食となっている穀物だ。短時間でひょろひょろと伸びて水耕栽培ができる。
「先生! ガナッシュコウモリがあるじゃないですか!」
 台所でナイトンの嬉しそうな声が上がった。貴重な動物性タンパク質を発見したのだ。
「火を使うときは気をつけろよ!」
 台所のナイトンにゲンナイは注意した。
「フェースシールドはどこにありますか?」
「へっついの脇だ」
「あ、ありました!」
「なにしろ、火なんかじっと見つめたら、目がつぶれちまうからな」
 ゲンナイがアサダとリオに笑いながら言った。
 ガナッシュの表面を覆っているアンモニアを含む水は、地表の温度が極低温のため、氷となっている。ガナッシュは極寒の星なのだ。ゲンナイたちは星の環境に適応した存在だ。もちろん、ヤモシも、ナイトンが台所で見つけたガナッシュコウモリと呼ばれる鳥も、皆、ガナシュの環境に適応し、繁栄した動植物だ。ヤモシは氷中では育たないが、氷を溶かした水を利用すれば急速に成長する。その特性に気がついたのは、星の内部から時折吹き出すマントルによって、周囲の氷が解け、カルデラが出来上がった際に大量に繁殖したヤモシが発見されたからだ。ヤモシに限らず、ガナッシュの植物は地殻変動による地表の温度上昇によって生じた一時的な環境変化を利用して爆発的に繁殖する習性がある。
 ガナッシュに生息している動物にも共通した特徴があった。視覚器官が極端に大きいのだ。そして触覚器官も発達している。その理由をゲンナイは刺客の二人に語りだした。


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「ゲンナイ先生ですか?」
 ナイトンを突き飛ばして男が言った。
「人に名前を尋ねるときは、まず自分からというのが礼儀じゃねえのかい」
 男女の放つ殺気をそよとも感じていないかのように、ゲンナイは言った。
「これは失礼を。私はアサダシンスケ、こちらはリオと申します」
 気をはずされたように男が自分の名と女の名を口にした。
「そうかい。アサシンさんかい。こりゃあうってつけだね」
「何がでございますか」
 アサダが引き込まれるように聞いてしまった。軽くゲンナイに気をはずされてしまった形だ。
「西の果てにあるナイーブという国では、麻薬を吸わせた暗殺者を送る教団があるという話なんだが、その名がアサシンってぇのさ」
 博覧強記のゲンナイがアサダシンスケを約めてアサシンにひっかけたのだ。
「仰せのとおり俺がゲンナイだ。あんたら、俺を斬りにきたみてぇだな」
 アサダとリオの表情が強張った。
「何で斬りに来たのか聞いてもいいかい? その前にそんなところに突っ立ってねえで坐んなさいな。ナイトン、そこの押入れから来客用の高級な座布団をおふたかたにお出しして」
 ナイトンが押入れからペラペラの座布団を二客、招かれざる客の前に用意した。
「ゲンナイ先生」
 男装のリオが殺気を消すことなく切り出した。
「先生は先般『復滅譜』という書をものされましたね」
「ああ、書いたよ。あんたら、あれを読んでくれたのかい?」
「世間に出回っているものではなく、原書を読ませていただきました」
「そうかい。そいつは嬉しいねえ。で、どうだった? 感想を聞かせてくれって言っても意味ねえか。読んで腹たてたから、今ここにいるんだもんな」
 リオが堅い表情のまま僅かに顎を引いた。
「それにしても書林のやつぁどういう情報管理をしているのかなぁ。発禁書まがいの生原稿を、そんなに簡単に人に見せるもんかね。あんたら、どうやって生原稿を手に入れたんだい? まさか書林を脅したんじゃねぇだろうな?」
「書林の主に刀をつきつけて先生の原稿を出せと脅しました」
「正直だね。それで腹ぁたてて、今度は著作者の首元に刀をつきつけに来たわけだ。民を惑わす虚言の徒っていうことかい?」
 リオが黙って頷いた。
「あんたら、とりあえず俺の話を聞く時間はあるんだろう?」
「時間の無駄です」
「そんなこと言うねぇ。俺の書いたことをもう一度思い出してみろよ。あんたら、あそこに浮かぶルーナが見えるかい?」
 ゲンナイが見やったのは、開け放たれた障子の向こうにある、手入れの行き届かない狭い庭の上に浮かぶ月だった。
「今の季節は三つの月が宙に浮かんでいるわな」
「そんなことはわかっています」
「本当かい? 本当にわかっているのかい? わかってる気になっているだけかもしれねえぜ」
 ゲンナイが刺客二人の顔を交互に覗き込んだ。
「なんか小腹が空いてきちまったな。ナイトン、悪りいけど、台所にヤモシがたくさんあるんだ。あれで鍋をこさえてきてくれ」
 ヤモシはガナッシュの主食となっている穀物だ。短時間でひょろひょろと伸びて水耕栽培ができる。
「先生! ガナッシュコウモリがあるじゃないですか!」
 台所でナイトンの嬉しそうな声が上がった。貴重な動物性タンパク質を発見したのだ。
「火を使うときは気をつけろよ!」
 台所のナイトンにゲンナイは注意した。
「フェースシールドはどこにありますか?」
「へっついの脇だ」
「あ、ありました!」
「なにしろ、火なんかじっと見つめたら、目がつぶれちまうからな」
 ゲンナイがアサダとリオに笑いながら言った。
 ガナッシュの表面を覆っているアンモニアを含む水は、地表の温度が極低温のため、氷となっている。ガナッシュは極寒の星なのだ。ゲンナイたちは星の環境に適応した存在だ。もちろん、ヤモシも、ナイトンが台所で見つけたガナッシュコウモリと呼ばれる鳥も、皆、ガナシュの環境に適応し、繁栄した動植物だ。ヤモシは氷中では育たないが、氷を溶かした水を利用すれば急速に成長する。その特性に気がついたのは、星の内部から時折吹き出すマントルによって、周囲の氷が解け、カルデラが出来上がった際に大量に繁殖したヤモシが発見されたからだ。ヤモシに限らず、ガナッシュの植物は地殻変動による地表の温度上昇によって生じた一時的な環境変化を利用して爆発的に繁殖する習性がある。
 ガナッシュに生息している動物にも共通した特徴があった。視覚器官が極端に大きいのだ。そして触覚器官も発達している。その理由をゲンナイは刺客の二人に語りだした。