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惑星ガナッシュ

ー/ー



惑星ガナッシュは『カリミアン紀』の2021年を迎えていた。
『紀』は地層の境界から定められる。
 歴史学者は、ガナッシュ文明の発祥は8084年前だとしていた。現存するわずかな過去の記録を辿って、文明の発祥を求めることができるのがそこまでだからだ。それ以前の紀は『シデリアン紀』と呼ばれている。それ以降、つまり8084年前から『リアキアン紀』、『オロシリアン紀』、『スタテリアン紀』と続く。『カリミアン紀』は、歴史が記録されはじめた『リアキアン紀』から数えて四つ目の新紀だった。
 8084年間で四つの紀が数えられているということは、ひとつの紀の寿命が平均2021年という計算になる。平均といったが、実はガナッシュ文明は今まで、ひとしく2021年で終焉を迎えていることが、歴史学者によって明らかにされていた。『シデリアン紀』についても、記録は何一つ残ってはいないが、地面を掘れば、明確に2021年ごとにある種の境界層で仕切られていることが分かっている。
 宗教家のリューホーは『2021年ごとに世界が終わりを遂げて、メシアが新たなミレニアムの王国を支配する』と聖書の一節に新たな視点をあてた解釈を発表しているし、劇作家のカーバターは、過去の伝承や宗教書から題材をとった著作『暗国』で『紀を貫く長い洞窟を抜けると、そこは地獄だった。洞窟の天井が白くなった』と書いている。海外の預言者ノストラームが『カリミアン紀2021の年に恐怖の大王が現われる』という四行詩を450年近く前に著したことが、知識層の間で取りざたされ、その解釈について論争がまきおこっていた。
『カリミアン紀』2021年にガナッシュ文明が滅びるという噂は、人々の耳に届いてはいたが、社会不安を巻き起こすほど深刻にうけとめられてはいなかった。ガナッシュの科学はまだ、空を自由に飛翔する段階には至っておらず、情報交換も人が移動するスピード以上に早く伝わることはない。今、もっとも早い移動手段はアンバと呼ばれる四足動物に乗って疾駆することだった。
 情報を共有するために必要な文字情報の集積物である本は、書林と呼ばれる業者が、著作者の原稿を人手を使って書き写させる写本でしか生産されないため、人々の手にあまねくゆきわたることはなく、知識は一部の限られた者たちだけにしか伝わらなかった。ガナッシュ文明破滅説について、大衆のほとんどは迷信を恐れる程度にしか認識していない。
「先生、ガナッシュ文明崩壊の危機を訴えた『復滅譜』が発表されてすでに30ルーナがすぎました」
 歴史学者でもあり、文学者、実学者でもあるゲンナイに弟子のナイトンが言った。それは師匠が発表した説が、彼にとって少なからず憂慮するところとなり、危機感が募った結果としての言であった。
 30ルーナとは、ガナッシュの時間の単位だ。それは空に浮かぶ月の満ち欠けの周期をもとにした暦法だった。ガナッシュの空には多いときで八つ、少ないときで三つの月が浮かんでいるが、その中で最も大きな月の名をルーナという。歴法はそのルーナを基準にして定められたため、その名が冠されたのだ。
「反響はまだ、それほどでもねぇな」
 ゲンナイが伝法な口調で不満を漏らした。
「書林も政府から発禁書扱いになるのが怖いんだ。俺の原稿のかなりの部分を自主規制とか称して、削りやがった」
 それが、自分の警告に対する世間の反応の薄さの原因だとゲンナイは言いたそうだ。
「政府の検閲で、さらに多くの書き直しを求められたとか」
「ああ。政府は流言飛語で国民が騒ぎ出し、国が混乱するのを恐れていやがる」
「ですが先生、先生の『復滅譜』は、まさに今そこにある危機を訴えているじゃないですか」
「政府としてはそれが看過できないのだろうよ」
 著述の大部分を削られた不満を漏らしながらゲンナイは、外の様子を窺い、肩をすくめた。
「この30ルーナの間、家は常に監視されているみてぇだしな」
 ゲンナイの言葉にナイトンは窓から外をそっと窺った。
「無駄、無駄、むこうは玄人だ。公安の腕っこきが幾人もはりついているに違えねえ。俺たち素人が気がつくような下手はしねえよ」
 ゲンナイの家は門も備えたそれなりの構えだったが、家人がいるわけでもなく、誰かが家を訪ねてきても応接に出る者もいない。世間に聞こえる天才、奇人の家の飾り気のなさは筋金入りだった。
 ゲンナイは自身の原稿に目を通した。
 部屋には丸いかごが吊るされている。かごの中にはフジワラボタルが数匹入っていて、尻尾の先を淡く光らせている。それが照明器具だ。
「まったく、こいつのどこが危険思想だってんだ」

「ごめん!」
 玄関で声がした。
「私が行きます」
 ナイトンが玄関に向かった。
「なんですか? あなたたちは!」
 緊張を帯びたナイトンの誰何の声が聞こえた。
「無礼でしょう! あ、何をする!」


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惑星ガナッシュは『カリミアン紀』の2021年を迎えていた。
『紀』は地層の境界から定められる。
 歴史学者は、ガナッシュ文明の発祥は8084年前だとしていた。現存するわずかな過去の記録を辿って、文明の発祥を求めることができるのがそこまでだからだ。それ以前の紀は『シデリアン紀』と呼ばれている。それ以降、つまり8084年前から『リアキアン紀』、『オロシリアン紀』、『スタテリアン紀』と続く。『カリミアン紀』は、歴史が記録されはじめた『リアキアン紀』から数えて四つ目の新紀だった。
 8084年間で四つの紀が数えられているということは、ひとつの紀の寿命が平均2021年という計算になる。平均といったが、実はガナッシュ文明は今まで、ひとしく2021年で終焉を迎えていることが、歴史学者によって明らかにされていた。『シデリアン紀』についても、記録は何一つ残ってはいないが、地面を掘れば、明確に2021年ごとにある種の境界層で仕切られていることが分かっている。
 宗教家のリューホーは『2021年ごとに世界が終わりを遂げて、メシアが新たなミレニアムの王国を支配する』と聖書の一節に新たな視点をあてた解釈を発表しているし、劇作家のカーバターは、過去の伝承や宗教書から題材をとった著作『暗国』で『紀を貫く長い洞窟を抜けると、そこは地獄だった。洞窟の天井が白くなった』と書いている。海外の預言者ノストラームが『カリミアン紀2021の年に恐怖の大王が現われる』という四行詩を450年近く前に著したことが、知識層の間で取りざたされ、その解釈について論争がまきおこっていた。
『カリミアン紀』2021年にガナッシュ文明が滅びるという噂は、人々の耳に届いてはいたが、社会不安を巻き起こすほど深刻にうけとめられてはいなかった。ガナッシュの科学はまだ、空を自由に飛翔する段階には至っておらず、情報交換も人が移動するスピード以上に早く伝わることはない。今、もっとも早い移動手段はアンバと呼ばれる四足動物に乗って疾駆することだった。
 情報を共有するために必要な文字情報の集積物である本は、書林と呼ばれる業者が、著作者の原稿を人手を使って書き写させる写本でしか生産されないため、人々の手にあまねくゆきわたることはなく、知識は一部の限られた者たちだけにしか伝わらなかった。ガナッシュ文明破滅説について、大衆のほとんどは迷信を恐れる程度にしか認識していない。
「先生、ガナッシュ文明崩壊の危機を訴えた『復滅譜』が発表されてすでに30ルーナがすぎました」
 歴史学者でもあり、文学者、実学者でもあるゲンナイに弟子のナイトンが言った。それは師匠が発表した説が、彼にとって少なからず憂慮するところとなり、危機感が募った結果としての言であった。
 30ルーナとは、ガナッシュの時間の単位だ。それは空に浮かぶ月の満ち欠けの周期をもとにした暦法だった。ガナッシュの空には多いときで八つ、少ないときで三つの月が浮かんでいるが、その中で最も大きな月の名をルーナという。歴法はそのルーナを基準にして定められたため、その名が冠されたのだ。
「反響はまだ、それほどでもねぇな」
 ゲンナイが伝法な口調で不満を漏らした。
「書林も政府から発禁書扱いになるのが怖いんだ。俺の原稿のかなりの部分を自主規制とか称して、削りやがった」
 それが、自分の警告に対する世間の反応の薄さの原因だとゲンナイは言いたそうだ。
「政府の検閲で、さらに多くの書き直しを求められたとか」
「ああ。政府は流言飛語で国民が騒ぎ出し、国が混乱するのを恐れていやがる」
「ですが先生、先生の『復滅譜』は、まさに今そこにある危機を訴えているじゃないですか」
「政府としてはそれが看過できないのだろうよ」
 著述の大部分を削られた不満を漏らしながらゲンナイは、外の様子を窺い、肩をすくめた。
「この30ルーナの間、家は常に監視されているみてぇだしな」
 ゲンナイの言葉にナイトンは窓から外をそっと窺った。
「無駄、無駄、むこうは玄人だ。公安の腕っこきが幾人もはりついているに違えねえ。俺たち素人が気がつくような下手はしねえよ」
 ゲンナイの家は門も備えたそれなりの構えだったが、家人がいるわけでもなく、誰かが家を訪ねてきても応接に出る者もいない。世間に聞こえる天才、奇人の家の飾り気のなさは筋金入りだった。
 ゲンナイは自身の原稿に目を通した。
 部屋には丸いかごが吊るされている。かごの中にはフジワラボタルが数匹入っていて、尻尾の先を淡く光らせている。それが照明器具だ。
「まったく、こいつのどこが危険思想だってんだ」
「ごめん!」
 玄関で声がした。
「私が行きます」
 ナイトンが玄関に向かった。
「なんですか? あなたたちは!」
 緊張を帯びたナイトンの誰何の声が聞こえた。
「無礼でしょう! あ、何をする!」