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通りすがりの未知人~ストレンジャー~ 3-④

ー/ー



*********


「その後、一度だけ、訪ねてきたわ。実家から戻って、やっと落ち着いた頃、連絡もせず、突然」



 日は既に天頂近くまで昇っていた。



 じきに正午……女性は三時間以上も話を続けていることになる。

 時々持っていたペットボトルのお茶を口にするものの、彼女の声もかすれはじめている。


 ハルは、余計な口を挟まず、じっと耳を傾けている。


 日差しを避けようと、屋根のある東屋へ場所を移すため、一度だけ話を中断した。

 それでも、暑さは時間と共に増してきている。



 そろそろ、まずいかな。



 この暑さでは、熱中症を引き起こしかねない。

 幸いサンドイッチを食べているし、少しずつお茶を飲んでいるから、急激な脱水はあまり心配ないだろうが、早めにもっと涼しい場所へ移動した方がいいだろう。


「写真を持ってきたのよ、って。そして、もう会わない方がいいって、私に言ったの――」


「……そして?」



 急に押し黙ってしまい、促しつつ、様子を確認する。

「『私の存在が姉さんを不安にさせているようだから。私が何か気に障るようなことをしたに違いない。あまりそういう配慮が出来ない性格で。ごめんなさい』そう、言ったの」


 ほとんど一息で、セリフを吐き出す。


 声も枯れ、言い終わって少し咳き込んだ。


「私、何で(うと)ましいなんて思ったんだろう? たった一人の妹なのに。きっと、居心地の悪い思いをさせていたんだわ。無意識に」


「もう……喉が」

「本当の姉妹になれるかもって、思っていたのに。心のどこかで、妹をうらやむ気持ちがあったのかもしれない。……だから、罰が当たったのよ。たった一人の妹を思いやれないような私だから」


 咳き込みながら、話をやめようとしない。



「今も聞こえるの……私を責める……あんなに後悔したのに……あの声で……私が全て悪いの……妹は悪くないのに……どうして妹の声が聞こえるの……だから、忘れたふりをするの。そうすると、本当に忘れるの。その場では、何も思い出せなくなるの。病院でも、図書館でも、公園(ここ)でも……なのに! 今は、覚えている! 思い出せる! なんで?! また、あの声が聞こえてしまう!」



「もういい! やめるんだ」


「私が……私が……」


 恐慌状態に陥り、息が粗く早くなってくる。



 過呼吸……?




「わた……わ……」

 粗い息の中、まだ話し続けようとし、ろれつが回らなくなってくる。



「やめてくれ!」



 彼女の顔を自分の胸に埋めるよう、抱きすくめる。

 いやいやと抗うのを、体全体で力を込めて、抱きしめる。



「あなたは悪くない! 悪くないんだ!」



 抗い続ける彼女の耳元へ、何度も繰り返す。


「お願いだ。もうやめて……」


 そして、禁断の呪文。




「サワコさん……」




 通りすがりの、見知らぬ人ではなかったことを、教えるには十分だった。


 あの影がつぶやいていた、彼女の名前。

 憎しみを籠めて、『サワコ』、と。




「…………?」

 こわばったように、動きが止まる。

 ハルは、しばらく、抱きしめたまま、背中をさすり続ける。


 やがて、徐々に力が抜け、そっと顔を離せば、息づかいは楽になっていた。



 その眼が、問いかける。



 無言で。

 ハルは、静かに、微笑む。



 眼を伏せて、再び、胸に顔を埋める、今度は、自主的に。



 そして。




 すすり泣き始めた、サワコさんの背中を、ハルは、優しく、抱き締めた。



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「その後、一度だけ、訪ねてきたわ。実家から戻って、やっと落ち着いた頃、連絡もせず、突然」
 日は既に天頂近くまで昇っていた。
 じきに正午……女性は三時間以上も話を続けていることになる。
 時々持っていたペットボトルのお茶を口にするものの、彼女の声もかすれはじめている。
 ハルは、余計な口を挟まず、じっと耳を傾けている。
 日差しを避けようと、屋根のある東屋へ場所を移すため、一度だけ話を中断した。
 それでも、暑さは時間と共に増してきている。
 そろそろ、まずいかな。
 この暑さでは、熱中症を引き起こしかねない。
 幸いサンドイッチを食べているし、少しずつお茶を飲んでいるから、急激な脱水はあまり心配ないだろうが、早めにもっと涼しい場所へ移動した方がいいだろう。
「写真を持ってきたのよ、って。そして、もう会わない方がいいって、私に言ったの――」
「……そして?」
 急に押し黙ってしまい、促しつつ、様子を確認する。
「『私の存在が姉さんを不安にさせているようだから。私が何か気に障るようなことをしたに違いない。あまりそういう配慮が出来ない性格で。ごめんなさい』そう、言ったの」
 ほとんど一息で、セリフを吐き出す。
 声も枯れ、言い終わって少し咳き込んだ。
「私、何で|疎《うと》ましいなんて思ったんだろう? たった一人の妹なのに。きっと、居心地の悪い思いをさせていたんだわ。無意識に」
「もう……喉が」
「本当の姉妹になれるかもって、思っていたのに。心のどこかで、妹をうらやむ気持ちがあったのかもしれない。……だから、罰が当たったのよ。たった一人の妹を思いやれないような私だから」
 咳き込みながら、話をやめようとしない。
「今も聞こえるの……私を責める……あんなに後悔したのに……あの声で……私が全て悪いの……妹は悪くないのに……どうして妹の声が聞こえるの……だから、忘れたふりをするの。そうすると、本当に忘れるの。その場では、何も思い出せなくなるの。病院でも、図書館でも、|公園《ここ》でも……なのに! 今は、覚えている! 思い出せる! なんで?! また、あの声が聞こえてしまう!」
「もういい! やめるんだ」
「私が……私が……」
 恐慌状態に陥り、息が粗く早くなってくる。
 過呼吸……?
「わた……わ……」
 粗い息の中、まだ話し続けようとし、ろれつが回らなくなってくる。
「やめてくれ!」
 彼女の顔を自分の胸に埋めるよう、抱きすくめる。
 いやいやと抗うのを、体全体で力を込めて、抱きしめる。
「あなたは悪くない! 悪くないんだ!」
 抗い続ける彼女の耳元へ、何度も繰り返す。
「お願いだ。もうやめて……」
 そして、禁断の呪文。
「サワコさん……」
 通りすがりの、見知らぬ人ではなかったことを、教えるには十分だった。
 あの影がつぶやいていた、彼女の名前。
 憎しみを籠めて、『サワコ』、と。
「…………?」
 こわばったように、動きが止まる。
 ハルは、しばらく、抱きしめたまま、背中をさすり続ける。
 やがて、徐々に力が抜け、そっと顔を離せば、息づかいは楽になっていた。
 その眼が、問いかける。
 無言で。
 ハルは、静かに、微笑む。
 眼を伏せて、再び、胸に顔を埋める、今度は、自主的に。
 そして。
 すすり泣き始めた、サワコさんの背中を、ハルは、優しく、抱き締めた。