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通りすがりの未知人~ストレンジャー~ 3-②

ー/ー



 そして、時は巡り。



 私は、職場の先輩だった彼と、付き合って三年目に結婚した。

 結婚後も働き続ける女性が多い会社で、当たり前のように共働きだった。

 そして、半年後には妊娠が判明した。



 両親はとても喜んでくれた。

 私が結婚することで、跡を取るものがいなくなるにもかかわらず、結婚を祝福してくれた。


 例のことは何も知らせなかった。

 両親も何も言わなかった。

 夫には打ち明けたが、彼は知っていた。


「ご両親が、君には知られたくないと言って。でも、婚姻届を出す時に、万が一、気がつくかもしれない、その時はどうか受け止めてあげて欲しい、大切に育ててきた、大事な娘を(たく)せる男だと信じてるから、って」

 涙が出た。

 私が両親に知らせなかったように、両親も私に知られる事を怖れていた。

 血よりも強い絆があると信じていても、不安なのだ。

 それは弱さではあるけれど、愛情の深さでもある。

 夫を通して、私達親子は絆を認めあえたのだ。



「この子が産まれて、落ち着いたら、いずれ話そう。いつかは知れるんじゃないかと、不安に思っていらっしゃるだろうしね」


 ……彼がそう言って、優しく撫でてくれたお腹の子が、じきに生まれてくる、という頃。


「あら、久しぶりね」

 思いがけない場所で、出会った。

 市立病院の、広い玄関ホール。

 誰が見ても、別人のような双子の妹。

 高級ブランドのスーツに身を包み、派手ではないが、美しく化粧して。


 すっぴんでマタニティ服の私とは、丸っきり違う。


 同じ顔なのに。

 別に羨ましい訳ではなかった。

 ただ、平凡な自分の顔も、あんな風に綺麗になるんだなあ、と、感心した。



「あら、そのお腹。結婚してたのね」

「ええ。もうじき臨月なの。あなたは?」

「友人が入院していて、お見舞いなのよ。あなたは里帰り?」

「いいえ。近いから産まれてから帰ることになってるの」


 言ってしまってから、何となく後悔した。


「あら、じゃあ近くにお住まいなの? お邪魔してもいいかしら?」


 実家だと言えば断れたのに……ハッキリ後悔して、自分の、血を分けた妹に対して親愛の情を持てない自分の狭量(きょうりょう)さに罪悪感を持った。


 その後ろめたさから、家に招いてしまった。



「ま、悪くないんじゃない? ……一応庭もあるのね」
『質素だけど』


「子供が小さいうちは、目が届いて、丁度いいと思うの」



「そうね」
『あなたには』



 ……彼女の言葉に一々揶揄(やゆ)の響きを感じてしまい、そんな自分が嫌だった。


「ご主人は、何をされてるの?」
『たいしたことないと思うけど』



「◯◯社で今は経理の仕事をしているの」



「あら、いいところお勤めね」
『安月給もいいところ』

「あら、この写真の方ね。素敵な方ね」
『あなたにはもったいないわね』


 ……頭が痛くなってきた。


 何故、たった一人の肉親に対して、こうも卑屈(ひくつ)な気持ちになるのか……これでは被害妄想に取りつかれているようではないか?


 出産前の情緒不安定なこともあるのかもしれない、会わない方がいい。



 それから私は彼女を避けるようになった。


 けれど。



 週に二、三回以上「遊びに行ってよいか」と電話がかかってくるようになった。

 用事がある、と最初は断っていたが、その内、付き合うからとまで言うようになった。

 実家の両親や夫の父母が来るからと言えば、帰るまで待っても良いと言う。



 出産予定日まであと十日という頃、予定を早めて実家に帰った。


 体調が思わしくないから、と最後の電話で答えると、「そう」と、つまらなそうに言い、ブチ、っと音がして切れた。



 その夜。


 夫の運転で実家に送ってもらう途中、車中で陣痛が始まった。

 そのまま病院に行き、既に子宮口が八割方開いているため陣痛室に入った。


 陣痛開始から五時間という早さで二八五四グラムの小さめな、でも元気な男の子を出産した。





 幸せ、だった。


 






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 そして、時は巡り。
 私は、職場の先輩だった彼と、付き合って三年目に結婚した。
 結婚後も働き続ける女性が多い会社で、当たり前のように共働きだった。
 そして、半年後には妊娠が判明した。
 両親はとても喜んでくれた。
 私が結婚することで、跡を取るものがいなくなるにもかかわらず、結婚を祝福してくれた。
 例のことは何も知らせなかった。
 両親も何も言わなかった。
 夫には打ち明けたが、彼は知っていた。
「ご両親が、君には知られたくないと言って。でも、婚姻届を出す時に、万が一、気がつくかもしれない、その時はどうか受け止めてあげて欲しい、大切に育ててきた、大事な娘を|託《たく》せる男だと信じてるから、って」
 涙が出た。
 私が両親に知らせなかったように、両親も私に知られる事を怖れていた。
 血よりも強い絆があると信じていても、不安なのだ。
 それは弱さではあるけれど、愛情の深さでもある。
 夫を通して、私達親子は絆を認めあえたのだ。
「この子が産まれて、落ち着いたら、いずれ話そう。いつかは知れるんじゃないかと、不安に思っていらっしゃるだろうしね」
 ……彼がそう言って、優しく撫でてくれたお腹の子が、じきに生まれてくる、という頃。
「あら、久しぶりね」
 思いがけない場所で、出会った。
 市立病院の、広い玄関ホール。
 誰が見ても、別人のような双子の妹。
 高級ブランドのスーツに身を包み、派手ではないが、美しく化粧して。
 すっぴんでマタニティ服の私とは、丸っきり違う。
 同じ顔なのに。
 別に羨ましい訳ではなかった。
 ただ、平凡な自分の顔も、あんな風に綺麗になるんだなあ、と、感心した。
「あら、そのお腹。結婚してたのね」
「ええ。もうじき臨月なの。あなたは?」
「友人が入院していて、お見舞いなのよ。あなたは里帰り?」
「いいえ。近いから産まれてから帰ることになってるの」
 言ってしまってから、何となく後悔した。
「あら、じゃあ近くにお住まいなの? お邪魔してもいいかしら?」
 実家だと言えば断れたのに……ハッキリ後悔して、自分の、血を分けた妹に対して親愛の情を持てない自分の|狭量《きょうりょう》さに罪悪感を持った。
 その後ろめたさから、家に招いてしまった。
「ま、悪くないんじゃない? ……一応庭もあるのね」
『質素だけど』
「子供が小さいうちは、目が届いて、丁度いいと思うの」
「そうね」
『あなたには』
 ……彼女の言葉に一々|揶揄《やゆ》の響きを感じてしまい、そんな自分が嫌だった。
「ご主人は、何をされてるの?」
『たいしたことないと思うけど』
「◯◯社で今は経理の仕事をしているの」
「あら、いいところお勤めね」
『安月給もいいところ』
「あら、この写真の方ね。素敵な方ね」
『あなたにはもったいないわね』
 ……頭が痛くなってきた。
 何故、たった一人の肉親に対して、こうも|卑屈《ひくつ》な気持ちになるのか……これでは被害妄想に取りつかれているようではないか?
 出産前の情緒不安定なこともあるのかもしれない、会わない方がいい。
 それから私は彼女を避けるようになった。
 けれど。
 週に二、三回以上「遊びに行ってよいか」と電話がかかってくるようになった。
 用事がある、と最初は断っていたが、その内、付き合うからとまで言うようになった。
 実家の両親や夫の父母が来るからと言えば、帰るまで待っても良いと言う。
 出産予定日まであと十日という頃、予定を早めて実家に帰った。
 体調が思わしくないから、と最後の電話で答えると、「そう」と、つまらなそうに言い、ブチ、っと音がして切れた。
 その夜。
 夫の運転で実家に送ってもらう途中、車中で陣痛が始まった。
 そのまま病院に行き、既に子宮口が八割方開いているため陣痛室に入った。
 陣痛開始から五時間という早さで二八五四グラムの小さめな、でも元気な男の子を出産した。
 幸せ、だった。