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通りすがりの未知人~ストレンジャー~ 2-③

ー/ー



「弟さんが、変えてくれたんじゃないの?……そういう小さな気遣いができる、思いやりがある子なんでしょうね」

「いや、それは誉めすぎかも。アイツにしたら、たいしたことじゃないんだろうし」

「焼く前の、セッティングしてある段階なら、チーズを取り替えるくらい、造作もないのよ。行為としてはね。ただ、そこまで気をまわせるか……食べるあなたの事を思いやれるかは、弟さんの心一つなんだと思うわ。あなたも、身内を誉めるのは気が引けるのかもしれないけど、そういう心遣いができる弟さんを誉めていいと思う」

「ありがとうございます……」


 ハルもナミの細やかな心遣いを知らないわけではない。

 自分の口ではなかなか言えないが、他の人にそれを認めてもらうのは、何だか嬉しい。


「仲がいいのね」

「?」

「あなたのことを批判しちゃったことは気にもしないで、弟さんを誉めたことを自分のことみたいに喜んで……素敵な兄弟ね」


『うらやましい』


 そう、聞こえた。


「私には、お互いに思い合えるような兄弟姉妹(きょうだい)はいないから」

「え?」

「そんな相手がいる人が、うらやましいなあ、って、時々思うのよ」


 そんなはずはない。

 いるはずなのだ。

 ただの兄弟姉妹より、もっと強い絆の持ち主が。

 おそらく、姉か妹。


 それが、あの影の正体だと、思う。

 彼女そっくりの顔で、彼女に憎しみをぶつけていた。

 あの人影。


 ハルがその影について考えることで、どんどん思考が――がさえていっているのだろう。

 あやふやな影だったものが、次第に形をとり、その目鼻立ちまで見極められるほどに。


 そして、その声まで、聞こえるほどに。



『許さない。再び、この幸せな空間に戻るなんて。誰かに、愛されるなんて。子供の手を取るなんて。許さない』


 そう、怨嗟の声を投げつけてきたのは。



「双子の……」

「……え!?」


 突如。


 それまでの春の日差しのような眼差しに、氷の(ごと)く冷え冷えとした光が走る。


「あなた……」

 何者?


 眼差(まなざ)しが問いかける。

 みるみる顔が険しくなってくる。


「一昨日、病院で見かけて……でも、なんだか、雰囲気が違っていたので……別人かと。それで双子のお姉さんとかいるのかな、って……」

 嘘はついていない。

 かなり苦しい言い訳だが。


「……そう。病院で……そういえば、あなたに会った覚えがあるわ。学生さん、よね? 看護の」

 少しずつ、険しさが(ゆる)む。

「でも、それなら、私よ。そんなに、違っていた? 今日も大して変わらない格好だけど」

 険しさは、すっかりなりを潜め、笑顔になる、自嘲(じちょう)的に。


「でもね、当たらずとも遠からず、かな」

「へ?」

「確かに、いるの。双子の妹が」

「あの……」


 あまりにも素直に言われて、次の言葉が出てこない。


 しばらく、無言の時が続き。


 空を見つめていた彼女は、意を決したように、肩で大きく息をして、頷いた。

 それから、ハルを、まっすぐ見つめて、口を開く。


「あのね、聞いて、くれる?」

「……え……あ……」


 まっすぐハルを見つめる目元は、次第に潤んでくる。



「聞いて、欲しいの。誰かに、聞いて欲しくて……でも、知っている人には話せなくて。通りすがりの、名前も知らないあなたになら、話しても……いい?」



 お願い。

 泣き出しそうな彼女を前にして、拒めるはずもなく。

 実は事情も知っていることに、罪悪感を抱きつつ。


 ハルは、黙って、頷いた。




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「弟さんが、変えてくれたんじゃないの?……そういう小さな気遣いができる、思いやりがある子なんでしょうね」
「いや、それは誉めすぎかも。アイツにしたら、たいしたことじゃないんだろうし」
「焼く前の、セッティングしてある段階なら、チーズを取り替えるくらい、造作もないのよ。行為としてはね。ただ、そこまで気をまわせるか……食べるあなたの事を思いやれるかは、弟さんの心一つなんだと思うわ。あなたも、身内を誉めるのは気が引けるのかもしれないけど、そういう心遣いができる弟さんを誉めていいと思う」
「ありがとうございます……」
 ハルもナミの細やかな心遣いを知らないわけではない。
 自分の口ではなかなか言えないが、他の人にそれを認めてもらうのは、何だか嬉しい。
「仲がいいのね」
「?」
「あなたのことを批判しちゃったことは気にもしないで、弟さんを誉めたことを自分のことみたいに喜んで……素敵な兄弟ね」
『うらやましい』
 そう、聞こえた。
「私には、お互いに思い合えるような|兄弟姉妹《きょうだい》はいないから」
「え?」
「そんな相手がいる人が、うらやましいなあ、って、時々思うのよ」
 そんなはずはない。
 いるはずなのだ。
 ただの兄弟姉妹より、もっと強い絆の持ち主が。
 おそらく、姉か妹。
 それが、あの影の正体だと、思う。
 彼女そっくりの顔で、彼女に憎しみをぶつけていた。
 あの人影。
 ハルがその影について考えることで、どんどん思考が――《《眼》》がさえていっているのだろう。
 あやふやな影だったものが、次第に形をとり、その目鼻立ちまで見極められるほどに。
 そして、その声まで、聞こえるほどに。
『許さない。再び、この幸せな空間に戻るなんて。誰かに、愛されるなんて。子供の手を取るなんて。許さない』
 そう、怨嗟の声を投げつけてきたのは。
「双子の……」
「……え!?」
 突如。
 それまでの春の日差しのような眼差しに、氷の|如《ごと》く冷え冷えとした光が走る。
「あなた……」
 何者?
 |眼差《まなざ》しが問いかける。
 みるみる顔が険しくなってくる。
「一昨日、病院で見かけて……でも、なんだか、雰囲気が違っていたので……別人かと。それで双子のお姉さんとかいるのかな、って……」
 嘘はついていない。
 かなり苦しい言い訳だが。
「……そう。病院で……そういえば、あなたに会った覚えがあるわ。学生さん、よね? 看護の」
 少しずつ、険しさが|緩《ゆる》む。
「でも、それなら、私よ。そんなに、違っていた? 今日も大して変わらない格好だけど」
 険しさは、すっかりなりを潜め、笑顔になる、|自嘲《じちょう》的に。
「でもね、当たらずとも遠からず、かな」
「へ?」
「確かに、いるの。双子の妹が」
「あの……」
 あまりにも素直に言われて、次の言葉が出てこない。
 しばらく、無言の時が続き。
 空を見つめていた彼女は、意を決したように、肩で大きく息をして、頷いた。
 それから、ハルを、まっすぐ見つめて、口を開く。
「あのね、聞いて、くれる?」
「……え……あ……」
 まっすぐハルを見つめる目元は、次第に潤んでくる。
「聞いて、欲しいの。誰かに、聞いて欲しくて……でも、知っている人には話せなくて。通りすがりの、名前も知らないあなたになら、話しても……いい?」
 お願い。
 泣き出しそうな彼女を前にして、拒めるはずもなく。
 実は事情も知っていることに、罪悪感を抱きつつ。
 ハルは、黙って、頷いた。