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通りすがりの未知人~ストレンジャー~ 2-①

ー/ー



 家から病院までは、徒歩十分程度、自転車なら五分かからない。

 ハルは、実習の日は時間が惜しいので自転車で行くが、今日は静かに家を出たかったので、あえて歩いて行くことにした。

 自転車が残っていれば、家にいないことに、しばらく気づかれないだろう……なんて目論見(もくろみ)もあったりしたが。


 自転車だと走り抜けるだけの町並みだが、歩きだと小さな変化が目に映る。

 商店街の入り口には竹が何本も立て掛けてあった。

 青々とした、まだ切り立ての竹……月が変わればじきに七夕だったと思い当たる。


「よう、ハルちゃん、休みなのに早いね」

 顔なじみの魚屋のおじさんが声をかけてくる。

「朝市でちびっこ達にも会ったよ。みんな早起きだなあ」

「お子様は朝から元気なので」

 苦笑して、じゃまた、と別れて歩き出した。



 一昨日(おととい)の、木曜日の夜。

 瑛比古(テルヒコ)さんに問われて、曖昧(あいまい)にごまかしたが。

 ボランティアの若い女性のことが、ハルの頭から離れなかった。

 何とかレポートに集中しようと踏ん張り、夜遅くまでかかって仕上げた。

 翌日、ヘロヘロになりながら、何とか実習を終え。

(生まれたばかりの菜摘さんベビーちゃんのお世話に、心を癒されたが。母性実習中で、ホントに良かった)



 あのままにしておけない。

 その思いは、強まるばかりだった。



 父に言えば、上手く事を治めてくれるかもしれない。

 佐原主任もそれを期待している(ふし)があった。

 金曜日には何も言ってこなかったけれど。



 けれど、父を頼るのは、何だか嫌だった。

 相談するべきだと、理性は告げているのに。


 確かに、今は大きな問題にはなっていない。

 しかし、ハルや子供たちに伝わる、あの、瘴気、ともいえる感情は、いつかあの人の身に危険を及ぼすかもしれない。

 それに。


 あの、瘴気(しょうき)の正体。


 あの時は、曖昧な影としてしか感じなかったものが、思い返すたびに形を取り始めた。


 あれは……あの、影は。



 話がしたかった。

 あの人と。



 ツラいはずなのに、なぜ、あんな笑顔でいられるのか。

 その強さの裏の危うさが、ハルの心に引っかかる。



 身震いするような瘴気とは裏腹な、春風のような笑顔の、あの女性。

 彼女を狙う、あの影の正体を見極めて、父に相談するのは、それからでいい。


 必死に脳内で言い訳しながら、ハルは足早に目的地に向かう。



 道を進み、市民病院を通り過ぎて、中学校へ向かった。

 中学校の手前には例の平和公園がある。


 あれ……かな?

 あの人、だよな。



 五人くらいのメンバーとともに、花壇の手入れをしている女性。

 脇にゴミ袋が置いてあるところを見れば、すでに清掃は終えたのだろう。

 談笑しているメンバーを、あの時のように穏やかな笑顔で見守っている。

 やがて、作業を終えたのか、立ち上がって後始末を始めた。


 どうしよう……?



 会ったら何をどうしようかなんて、考えないでいたので、あまりにスムーズに再会できて、逆に困ってしまった。


 このままでは、解散して帰ってしまうだろう。


 どうしよう。



 が、迷っているうちに、ボランティアさんたちは解散してしまった。

 若い女性は、ハルに向かって歩いてきた。



 え、え、ホントに、どうしよう!



 そんなハルの心の叫びが天に届いたのか……単に、その女性の日課なのか、ハルの数メートル手前にあったベンチに、彼女は腰かけた。


 噴水を眺めながら、時折、鳥の羽ばたきに視線を移してみたり。

 手を組んで、頭上に上げ、大きく伸びをしてみたり。

 朝の労働の疲れを癒し、ゆったりと時間を過ごしている。


 のどが渇いたのか、手にしているペットボトルを口にして、それからふと、哀しげな顏をした。

 かわいらしいアップリケの付いた、黄色いペットボトルカバーに、ジッと見入っている。


 そして、小さくため息をつくと、再び噴水をぼんやりと眺めている。










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 家から病院までは、徒歩十分程度、自転車なら五分かからない。
 ハルは、実習の日は時間が惜しいので自転車で行くが、今日は静かに家を出たかったので、あえて歩いて行くことにした。
 自転車が残っていれば、家にいないことに、しばらく気づかれないだろう……なんて|目論見《もくろみ》もあったりしたが。
 自転車だと走り抜けるだけの町並みだが、歩きだと小さな変化が目に映る。
 商店街の入り口には竹が何本も立て掛けてあった。
 青々とした、まだ切り立ての竹……月が変わればじきに七夕だったと思い当たる。
「よう、ハルちゃん、休みなのに早いね」
 顔なじみの魚屋のおじさんが声をかけてくる。
「朝市でちびっこ達にも会ったよ。みんな早起きだなあ」
「お子様は朝から元気なので」
 苦笑して、じゃまた、と別れて歩き出した。
 |一昨日《おととい》の、木曜日の夜。
 |瑛比古《テルヒコ》さんに問われて、|曖昧《あいまい》にごまかしたが。
 ボランティアの若い女性のことが、ハルの頭から離れなかった。
 何とかレポートに集中しようと踏ん張り、夜遅くまでかかって仕上げた。
 翌日、ヘロヘロになりながら、何とか実習を終え。
(生まれたばかりの菜摘さんベビーちゃんのお世話に、心を癒されたが。母性実習中で、ホントに良かった)
 あのままにしておけない。
 その思いは、強まるばかりだった。
 父に言えば、上手く事を治めてくれるかもしれない。
 佐原主任もそれを期待している|節《ふし》があった。
 金曜日には何も言ってこなかったけれど。
 けれど、父を頼るのは、何だか嫌だった。
 相談するべきだと、理性は告げているのに。
 確かに、今は大きな問題にはなっていない。
 しかし、ハルや子供たちに伝わる、あの、瘴気、ともいえる感情は、いつかあの人の身に危険を及ぼすかもしれない。
 それに。
 あの、|瘴気《しょうき》の正体。
 あの時は、曖昧な影としてしか感じなかったものが、思い返すたびに形を取り始めた。
 あれは……あの、《《人》》影は。
 話がしたかった。
 あの人と。
 ツラいはずなのに、なぜ、あんな笑顔でいられるのか。
 その強さの裏の危うさが、ハルの心に引っかかる。
 身震いするような瘴気とは裏腹な、春風のような笑顔の、あの女性。
 彼女を狙う、あの影の正体を見極めて、父に相談するのは、それからでいい。
 必死に脳内で言い訳しながら、ハルは足早に目的地に向かう。
 道を進み、市民病院を通り過ぎて、中学校へ向かった。
 中学校の手前には例の平和公園がある。
 あれ……かな?
 あの人、だよな。
 五人くらいのメンバーとともに、花壇の手入れをしている女性。
 脇にゴミ袋が置いてあるところを見れば、すでに清掃は終えたのだろう。
 談笑しているメンバーを、あの時のように穏やかな笑顔で見守っている。
 やがて、作業を終えたのか、立ち上がって後始末を始めた。
 どうしよう……?
 会ったら何をどうしようかなんて、考えないでいたので、あまりにスムーズに再会できて、逆に困ってしまった。
 このままでは、解散して帰ってしまうだろう。
 どうしよう。
 が、迷っているうちに、ボランティアさんたちは解散してしまった。
 若い女性は、ハルに向かって歩いてきた。
 え、え、ホントに、どうしよう!
 そんなハルの心の叫びが天に届いたのか……単に、その女性の日課なのか、ハルの数メートル手前にあったベンチに、彼女は腰かけた。
 噴水を眺めながら、時折、鳥の羽ばたきに視線を移してみたり。
 手を組んで、頭上に上げ、大きく伸びをしてみたり。
 朝の労働の疲れを癒し、ゆったりと時間を過ごしている。
 のどが渇いたのか、手にしているペットボトルを口にして、それからふと、哀しげな顏をした。
 かわいらしいアップリケの付いた、黄色いペットボトルカバーに、ジッと見入っている。
 そして、小さくため息をつくと、再び噴水をぼんやりと眺めている。