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通りすがりの未知人~ストレンジャー~ 1-②

ー/ー



 経済的には瑛比古さんの給料と美晴さんのパート代もあったので、当時それほど家計が逼迫(ひっぱく)していたとは思えない。

 ハルが見ていたのは、その先、自分達が高校大学と進学していく未来のことだろう。


 弟達に十分な学費を与えるため、というほどの思いがあったのかは分からないが、ハルはあまり深く考えず、無意識に弟妹を優先する傾向がある。

 長男気質なのかもしれないが、自分は後回し、という考えが身についてしまっているのだと思う。


 ただ、頼まれごとをすると断れない性格で、気が付くと何かしら役目を引き受けていることが多かった。

 生徒会の役員も、やっていたと思う。

 ハルの高校(今はキリが通学し、かつて瑛比古さんが卒業した高校でもある)の文化祭に行った時は、学校中のイベントのどこかしこに駆り出されているハルの姿ばかり目にしたものである。


 ちなみにキリは志望校だったにも関わらず、文化祭に行ったことはなかった。

 この地区の高校のほとんどが文化祭を行う時期が、高校野球県予選開会式の日程に重なることが多く、そちらの観戦を優先していたからである。

 なので、進学した今年も、文化祭に参加する予定はないらしい。本当に野球一色の青春である。


 だからといってキリが家族をないがしろにしているわけではない。

 むしろ、キリが遠慮して野球をやめるようなことになれば、ハルや瑛比古さんが、自分達の不甲斐なさを嘆いてどれだけ気落ちすることか、分かっている。

 分かっているが、気が付かないふりをして野球に打ち込んでいる姿を見せている部分もある。

 考えていないようで、キリだって色々気にしている。

 そんな父や兄達を見ているから、小学生の自分まで、何となく達観してしまうのだ、とナミは思う。


 ともかくも子供達が、あるいは弟妹が笑顔で自分の好きなことに取り組んでくれる姿を見たくて仕方がない、似たもの親子なのだ。

 
 ただ、その苦労を「大変大変」と言いながら結構気負わずこなしている瑛比古さんに比べて、そんな愚痴はこぼすことなく、なのに目に見えてコツコツ努力していることが伝わってしまうハルの不器用さは、ナミの目にも明らかである。

 手先は決して不器用ではないし、努力を惜しまない。

 そんな兄を誇らしいと思うと同時に、そこまで自分を追い込まなくても、とナミは思ってしまう。

 なのにハルは笑顔を絶やすことなく、疲れた様子を見せまいとさえしていた。

 家族の目には明らかでも。

 そんな兄の負担をなるべく軽減したくて、家事分担を肩代わりしようとしたこともあった。


 けれど、そうすると益々ハルは兄弟に負担を掛けまいと、休みでも早く起きて家事をしようとする。



 結局、ナミの楽しみだから、という理由をつけて、休日の朝ごはんと日々の夕ごはんはナミの担当、ということで落ち着いた。

 決してハルの料理の腕がイマイチだからでは……それも少しあるが。


 用事が無い限り、ナミの朝ごはんが出来るまで、起きてこないように、と付け加えて。

 さすがにハルもナミの気持ちを汲んで、週末は朝寝坊を満喫する事にしたようで、自分から起きてくることはない、めったに。


 が。

「おはよう」

 メイがキリを起こしに行ったのと入れ違いに、ハルが起きてきた。


「おはよう……大兄(おおにい)、何か用事あったっけ?」

「あ、うん。ちょっと病院行ってくる……忘れ物しちゃって」



 嘘だ。



 ハルが何か誤魔化そうとする時は、貼り付けたようなアルカイックスマイルになる。


 何か隠している。


 昨日までの様子と相まって、ナミにはそう思えてならなかった。

 あんなにぐったりしていたのに、週末、こんなに早くから起き出してくるなんて、何か事情があるに違いない。


「ふーん、朝ごはんは?」

「悪い、帰ってきたら食べる」

「ちょっと待ってて」


 ナミは組んでいる最中の食パンの具を、とろけるチーズから普通のプロセスチーズに替えたものを作った。

 そのまま軽く押し付けて、ザクザク四等分の四角形に切り分けた。

「はい。耳つきだけどいいよね」

 ラップにくるんで、紙袋に入れたそれを、ハルに向かってつき出す。


「急いで帰って来なくていいから。慌てないで」

「……サンキュー」


 それだけ言うと、そそくさと玄関に向かう。
 見るからに落ち着きのない兄の様子が、ナミには不安だった。


「あ、ついでに頼む」


 振り返って、ハルが付け加える。


「何?」

「親父には、黙っておいて」


 返事も聞かず飛び出したハルの背を見送り……ナミは頭を抱えこみ、確信した。


 多分それ、ムリだと思うけど。


 分かりやすすぎる長兄(ちょうけい)の姿を追う、察しの良すぎる父の姿を認めて、ナミは自分の考えが正しいことを、思い知らされた……。



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 経済的には瑛比古さんの給料と美晴さんのパート代もあったので、当時それほど家計が|逼迫《ひっぱく》していたとは思えない。
 ハルが見ていたのは、その先、自分達が高校大学と進学していく未来のことだろう。
 弟達に十分な学費を与えるため、というほどの思いがあったのかは分からないが、ハルはあまり深く考えず、無意識に弟妹を優先する傾向がある。
 長男気質なのかもしれないが、自分は後回し、という考えが身についてしまっているのだと思う。
 ただ、頼まれごとをすると断れない性格で、気が付くと何かしら役目を引き受けていることが多かった。
 生徒会の役員も、やっていたと思う。
 ハルの高校(今はキリが通学し、かつて瑛比古さんが卒業した高校でもある)の文化祭に行った時は、学校中のイベントのどこかしこに駆り出されているハルの姿ばかり目にしたものである。
 ちなみにキリは志望校だったにも関わらず、文化祭に行ったことはなかった。
 この地区の高校のほとんどが文化祭を行う時期が、高校野球県予選開会式の日程に重なることが多く、そちらの観戦を優先していたからである。
 なので、進学した今年も、文化祭に参加する予定はないらしい。本当に野球一色の青春である。
 だからといってキリが家族をないがしろにしているわけではない。
 むしろ、キリが遠慮して野球をやめるようなことになれば、ハルや瑛比古さんが、自分達の不甲斐なさを嘆いてどれだけ気落ちすることか、分かっている。
 分かっているが、気が付かないふりをして野球に打ち込んでいる姿を見せている部分もある。
 考えていないようで、キリだって色々気にしている。
 そんな父や兄達を見ているから、小学生の自分まで、何となく達観してしまうのだ、とナミは思う。
 ともかくも子供達が、あるいは弟妹が笑顔で自分の好きなことに取り組んでくれる姿を見たくて仕方がない、似たもの親子なのだ。
 ただ、その苦労を「大変大変」と言いながら結構気負わずこなしている瑛比古さんに比べて、そんな愚痴はこぼすことなく、なのに目に見えてコツコツ努力していることが伝わってしまうハルの不器用さは、ナミの目にも明らかである。
 手先は決して不器用ではないし、努力を惜しまない。
 そんな兄を誇らしいと思うと同時に、そこまで自分を追い込まなくても、とナミは思ってしまう。
 なのにハルは笑顔を絶やすことなく、疲れた様子を見せまいとさえしていた。
 家族の目には明らかでも。
 そんな兄の負担をなるべく軽減したくて、家事分担を肩代わりしようとしたこともあった。
 けれど、そうすると益々ハルは兄弟に負担を掛けまいと、休みでも早く起きて家事をしようとする。
 結局、ナミの楽しみだから、という理由をつけて、休日の朝ごはんと日々の夕ごはんはナミの担当、ということで落ち着いた。
 決してハルの料理の腕がイマイチだからでは……それも少しあるが。
 用事が無い限り、ナミの朝ごはんが出来るまで、起きてこないように、と付け加えて。
 さすがにハルもナミの気持ちを汲んで、週末は朝寝坊を満喫する事にしたようで、自分から起きてくることはない、めったに。
 が。
「おはよう」
 メイがキリを起こしに行ったのと入れ違いに、ハルが起きてきた。
「おはよう……|大兄《おおにい》、何か用事あったっけ?」
「あ、うん。ちょっと病院行ってくる……忘れ物しちゃって」
 嘘だ。
 ハルが何か誤魔化そうとする時は、貼り付けたようなアルカイックスマイルになる。
 何か隠している。
 昨日までの様子と相まって、ナミにはそう思えてならなかった。
 あんなにぐったりしていたのに、週末、こんなに早くから起き出してくるなんて、何か事情があるに違いない。
「ふーん、朝ごはんは?」
「悪い、帰ってきたら食べる」
「ちょっと待ってて」
 ナミは組んでいる最中の食パンの具を、とろけるチーズから普通のプロセスチーズに替えたものを作った。
 そのまま軽く押し付けて、ザクザク四等分の四角形に切り分けた。
「はい。耳つきだけどいいよね」
 ラップにくるんで、紙袋に入れたそれを、ハルに向かってつき出す。
「急いで帰って来なくていいから。慌てないで」
「……サンキュー」
 それだけ言うと、そそくさと玄関に向かう。
 見るからに落ち着きのない兄の様子が、ナミには不安だった。
「あ、ついでに頼む」
 振り返って、ハルが付け加える。
「何?」
「親父には、黙っておいて」
 返事も聞かず飛び出したハルの背を見送り……ナミは頭を抱えこみ、確信した。
 多分それ、ムリだと思うけど。
 分かりやすすぎる|長兄《ちょうけい》の姿を追う、察しの良すぎる父の姿を認めて、ナミは自分の考えが正しいことを、思い知らされた……。