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第93話 後生の頼み

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「これは後生の頼みだ。聞いてくれねぇか......?」
まるで、赤子のように懇願する建造。その瞳は、つい先程まで修羅と化していた男とは到底思えない。
「鬼の目にも涙、か……。健造さんが頼みごとだなんて……冗談は止してくれ」
 匠にとって、それは突拍子もない一言だった。健造はかつて修羅と呼ばれ、弱みを見せたことなど一度たりともなかった。
「俺ぁ、修羅なんかじゃねぇよ。弱気な男が、ただ威勢を張っていただけさ......」
 健造は、か細いながらも言葉を紡いでいく。
『男は強くあれ』
 代々言い聞かされてきた言葉は、健造にとって呪いそのもの。妻に先立たれた日も、息子が上京した時も、彼は背中で泣いていた。
「義之もきっと、そのことに気付いていたさ。だからこそ、(まが)い物の俺を蹴散らして欲しかった......」
 健造は天を仰ぐ。その目頭、さぞかし熱くなっていることだろう。
「あいつは馬鹿でぶっきらぼう。だが、誰よりも実直な男だった」
 親というのは、子供の本質を見抜いている。しかし、その願いが単なるエゴと化したのは皮肉な話だ。
「もう分かった! これ以上は、俺が耐えきれねぇ……」
 修羅の涙は匠に共鳴した。その悲しみは、青空さえも霞んでしまうほど。
「お前に頼みたいこと......ここに全て(したた)めた」
 健造は、おもむろに懐から手紙を取り出す。だが、それはあまりにも重々しいものであった。
「これ……息子さんに渡さなくていいんですか!?」
 健造が取り出したのは、なんと遺言状だった。義之に託される筈の手紙を、どうしてこの場で取り出したのか?
「あいつに見限られた今、こいつを託すのは匠......お前しか居ねぇ。後生の頼み、聞いてくれねぇか......?」
 健造は、匠に懇願した。状況的に、彼が遺言状を受け取る他にないだろう。
「分かった、こいつは俺が受け取る!」
 匠は、健造の掌を強く握り締める。胸の熱くする匠に対し、健造の掌は静かに冷たくなっていく。
「ありがとよ......あとは......頼......ん......だ」
 それが、健造の最期の一言となった。彼の骸を力強く抱きしめ、匠は激情を押し殺した。
――
 その後、匠によって健造の逝去が文恵へ伝えられる。彼の肉親であった義之は、断固として帰省を拒否。
 身寄りを失った健造を不憫に思い、源家は義之の代行という形で葬儀を執り行うことにした。
 だが、ここで問題になったのは彼の通夜だった。医者嫌いだった彼は、持病を隠して通院すらしていなかった。
 当然ながら、死亡診断書など存在するわけもなく、警察による現場検証および家宅捜索が執り行われた。
 厄介なことに、健造は生前に自宅を解体していたことで、警察から事件として疑われた。
 その後、健造の死に事件性なしとされて一件落着。通夜と葬儀は、無事執り行われることとなる。
 立つ鳥跡を濁さずというが、健造の場合はあまりにも後を濁しすぎた。遺族の気苦労は計り知れない。
――
 葬儀の後、匠は文恵を訪ねた。健造から託された遺言状を手渡すためだ。
 文恵は、おもむろに見開く。果たして、彼はどのような思いを遺していたのだろうか?
「これは......!?」
 文恵は、思わず言葉を失う。そこに書かれていたのは、更地となった羽成家の新築計画だった。


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「これは後生の頼みだ。聞いてくれねぇか......?」
まるで、赤子のように懇願する建造。その瞳は、つい先程まで修羅と化していた男とは到底思えない。
「鬼の目にも涙、か……。健造さんが頼みごとだなんて……冗談は止してくれ」
 匠にとって、それは突拍子もない一言だった。健造はかつて修羅と呼ばれ、弱みを見せたことなど一度たりともなかった。
「俺ぁ、修羅なんかじゃねぇよ。弱気な男が、ただ威勢を張っていただけさ......」
 健造は、か細いながらも言葉を紡いでいく。
『男は強くあれ』
 代々言い聞かされてきた言葉は、健造にとって呪いそのもの。妻に先立たれた日も、息子が上京した時も、彼は背中で泣いていた。
「義之もきっと、そのことに気付いていたさ。だからこそ、|紛《まが》い物の俺を蹴散らして欲しかった......」
 健造は天を仰ぐ。その目頭、さぞかし熱くなっていることだろう。
「あいつは馬鹿でぶっきらぼう。だが、誰よりも実直な男だった」
 親というのは、子供の本質を見抜いている。しかし、その願いが単なるエゴと化したのは皮肉な話だ。
「もう分かった! これ以上は、俺が耐えきれねぇ……」
 修羅の涙は匠に共鳴した。その悲しみは、青空さえも霞んでしまうほど。
「お前に頼みたいこと......ここに全て|認《したた》めた」
 健造は、おもむろに懐から手紙を取り出す。だが、それはあまりにも重々しいものであった。
「これ……息子さんに渡さなくていいんですか!?」
 健造が取り出したのは、なんと遺言状だった。義之に託される筈の手紙を、どうしてこの場で取り出したのか?
「あいつに見限られた今、こいつを託すのは匠......お前しか居ねぇ。後生の頼み、聞いてくれねぇか......?」
 健造は、匠に懇願した。状況的に、彼が遺言状を受け取る他にないだろう。
「分かった、こいつは俺が受け取る!」
 匠は、健造の掌を強く握り締める。胸の熱くする匠に対し、健造の掌は静かに冷たくなっていく。
「ありがとよ......あとは......頼......ん......だ」
 それが、健造の最期の一言となった。彼の骸を力強く抱きしめ、匠は激情を押し殺した。
――
 その後、匠によって健造の逝去が文恵へ伝えられる。彼の肉親であった義之は、断固として帰省を拒否。
 身寄りを失った健造を不憫に思い、源家は義之の代行という形で葬儀を執り行うことにした。
 だが、ここで問題になったのは彼の通夜だった。医者嫌いだった彼は、持病を隠して通院すらしていなかった。
 当然ながら、死亡診断書など存在するわけもなく、警察による現場検証および家宅捜索が執り行われた。
 厄介なことに、健造は生前に自宅を解体していたことで、警察から事件として疑われた。
 その後、健造の死に事件性なしとされて一件落着。通夜と葬儀は、無事執り行われることとなる。
 立つ鳥跡を濁さずというが、健造の場合はあまりにも後を濁しすぎた。遺族の気苦労は計り知れない。
――
 葬儀の後、匠は文恵を訪ねた。健造から託された遺言状を手渡すためだ。
 文恵は、おもむろに見開く。果たして、彼はどのような思いを遺していたのだろうか?
「これは......!?」
 文恵は、思わず言葉を失う。そこに書かれていたのは、更地となった羽成家の新築計画だった。