第92話 最期の一仕事
ー/ー その後の健造は寝食を忘れ、無心で自宅を解体し続けた。近隣住民達は奇異の目を向けていたが、当の本人はそんなことなど気にも留めていない。
どちらかといえば、彼の気迫に気圧されて口を出す余地がなかったと言える。彼を傍観しているうちに、自宅の解体はみるみる進んでいった。
疲労や空腹といった感覚は破綻しており、今の彼は誰よりも修羅に近い存在だ。
「えいっ......やっ!」
当然、健造の体は既に限界を超えている。そもそも、還暦を過ぎた男が大槌を振り回す事自体に無理があろう。
「こん......ちく......しょう......めぇ!」
羽成家を代々支えてきた大黒柱が、修羅たる健造を阻む。彼もまた、それを親の仇のように睨み返している。
「でん......とうが......なんだっ......てぇんだ......!」
健造がいくら大槌を打ち付けようとも、大黒柱はびくともしない。それはさながら、大黒柱の無言の抵抗に思えた。
健造はとうとう気圧され、思わずその場から離れる。彼は疲労困憊なのか、足元は今にも転びそうな程ふらついている。
戻って来た健造の手元には、作業用の大斧が握られていた。屈強な大黒柱に対し、徹底抗戦を決め込んだようだ。
「こ......れで! さ......いご......に......しよう......やっ?」
健造は足腰を下げ、呼吸を整える。それはさながら、明鏡止水の境地を思わせる。
万物の声を聞き全てを理解せんとする。それは『覇道』の精神にも通じるものだ。
「......!」
精神を整えた健造は、抜刀するように大斧を振り抜いた。するとどうだろう、大黒柱は一瞬にして真っ二つにされてしまった。
無心の一撃は、たとえ何人たりとも防ぐことは出来ないのだ。
「往生際の......悪い奴め......」
健造は腰を落とし、侮蔑の言葉を吐き捨てる。大黒柱であったそれは、もはや原型を留めていない。
「うっ......」
そして、健造は間もなくこと切れた。ここ数日の疲労を押し殺していたのは、家屋を解体するという職人魂によるものだった。
――
「健造さん! 健造さん! 起きてくれ! 健造さん!!」
健造を揺さぶり起こす声。健造がその声を聞くのは久しかった。
「匠......随分と遅かったじゃねぇか。俺ぁ、待ちくたびれたぜぇ......」
彼の名は住友匠。健造の弟弟子だが、ここ数年は疎遠だった。
彼がここへ足を運んだのは、とある理由で健造と連絡を取っていたからだ。
「健造さん、何があったんだ!! 一体誰がこんなことを......!?」
瓦礫の中で兄弟子が横たわる光景は、匠からすれば異様なものだった。まさか、本人が自宅を解体したなど誰が想像できようか?
「これは、俺がやったんだ......俺の、これからの願いの為に......」
健造は、顛末を匠へ語り始めた。匠は戦慄しているが、それでも彼は話を続けた。
「健造さん。あんたって人は......とんだ大馬鹿者だなぁ!」
動揺しながらも、匠は心を押し殺して健造へ耳を傾ける。だが、健造の直情的な言動に匠は呆れ果ててしまった。
「俺が大馬鹿なのは、百も承知だ。こんな話は、お前にしか話せなくてな......」
肉親を悉く振り払った健造に、もはや頼れる者はいない。そんな中、弟弟子であった匠に一縷の望みを見出したというわけだ。
「俺を、馬鹿だと罵ってくれて構わない。だが、俺には......ブハッ! 時間が、残されてねぇんだ......!」
健造の吐血が再発した。匠は彼の身を案じるが、それでも健造は話を止まない。
「これは、後生の頼みだ。聞いてくれねぇか......?」
健造は、自らの胸中を吐露する。修羅の如く険しかった健造の目つきは、いつしか赤子のように切なく懇願するものに変わっていた......。
どちらかといえば、彼の気迫に気圧されて口を出す余地がなかったと言える。彼を傍観しているうちに、自宅の解体はみるみる進んでいった。
疲労や空腹といった感覚は破綻しており、今の彼は誰よりも修羅に近い存在だ。
「えいっ......やっ!」
当然、健造の体は既に限界を超えている。そもそも、還暦を過ぎた男が大槌を振り回す事自体に無理があろう。
「こん......ちく......しょう......めぇ!」
羽成家を代々支えてきた大黒柱が、修羅たる健造を阻む。彼もまた、それを親の仇のように睨み返している。
「でん......とうが......なんだっ......てぇんだ......!」
健造がいくら大槌を打ち付けようとも、大黒柱はびくともしない。それはさながら、大黒柱の無言の抵抗に思えた。
健造はとうとう気圧され、思わずその場から離れる。彼は疲労困憊なのか、足元は今にも転びそうな程ふらついている。
戻って来た健造の手元には、作業用の大斧が握られていた。屈強な大黒柱に対し、徹底抗戦を決め込んだようだ。
「こ......れで! さ......いご......に......しよう......やっ?」
健造は足腰を下げ、呼吸を整える。それはさながら、明鏡止水の境地を思わせる。
万物の声を聞き全てを理解せんとする。それは『覇道』の精神にも通じるものだ。
「......!」
精神を整えた健造は、抜刀するように大斧を振り抜いた。するとどうだろう、大黒柱は一瞬にして真っ二つにされてしまった。
無心の一撃は、たとえ何人たりとも防ぐことは出来ないのだ。
「往生際の......悪い奴め......」
健造は腰を落とし、侮蔑の言葉を吐き捨てる。大黒柱であったそれは、もはや原型を留めていない。
「うっ......」
そして、健造は間もなくこと切れた。ここ数日の疲労を押し殺していたのは、家屋を解体するという職人魂によるものだった。
――
「健造さん! 健造さん! 起きてくれ! 健造さん!!」
健造を揺さぶり起こす声。健造がその声を聞くのは久しかった。
「匠......随分と遅かったじゃねぇか。俺ぁ、待ちくたびれたぜぇ......」
彼の名は住友匠。健造の弟弟子だが、ここ数年は疎遠だった。
彼がここへ足を運んだのは、とある理由で健造と連絡を取っていたからだ。
「健造さん、何があったんだ!! 一体誰がこんなことを......!?」
瓦礫の中で兄弟子が横たわる光景は、匠からすれば異様なものだった。まさか、本人が自宅を解体したなど誰が想像できようか?
「これは、俺がやったんだ......俺の、これからの願いの為に......」
健造は、顛末を匠へ語り始めた。匠は戦慄しているが、それでも彼は話を続けた。
「健造さん。あんたって人は......とんだ大馬鹿者だなぁ!」
動揺しながらも、匠は心を押し殺して健造へ耳を傾ける。だが、健造の直情的な言動に匠は呆れ果ててしまった。
「俺が大馬鹿なのは、百も承知だ。こんな話は、お前にしか話せなくてな......」
肉親を悉く振り払った健造に、もはや頼れる者はいない。そんな中、弟弟子であった匠に一縷の望みを見出したというわけだ。
「俺を、馬鹿だと罵ってくれて構わない。だが、俺には......ブハッ! 時間が、残されてねぇんだ......!」
健造の吐血が再発した。匠は彼の身を案じるが、それでも健造は話を止まない。
「これは、後生の頼みだ。聞いてくれねぇか......?」
健造は、自らの胸中を吐露する。修羅の如く険しかった健造の目つきは、いつしか赤子のように切なく懇願するものに変わっていた......。
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