第91話 男は背中で全てを語る
ー/ー「行っちゃった......」
義之の旅立ちを、秋子は物悲しく見守る。文恵もまた、黙って彼の旅立ちを見守ることしか出来なかった。
「さて、行きましょう。何だか兄さんが心配だわ」
この時、文恵は胸騒ぎを感じていた。彼女の第六感が、何かを察知していたのだろう。
「私も行く!」
秋子と夏美も、文恵の後に続いた。
――
源親子が健造宅へ訪れると、何やら不穏な音が響き渡っていた。それはさながら、何かを破壊しているかのようなけたたましい騒音だった。
「一体何!? 怖いよぉっ!」
秋子は戦慄している。文恵も同様に、不穏な空気を肌身で感じていた。
「兄さん、どうかご無事で......!」
文恵は兄の身を案じた。もしかしたら、強盗にでも襲撃されたのはないかと。だが、源親子は思わぬ光景を目の当たりにする。
「えいやぁっ! とうーっ!!」
源親子は目を疑った。そこには、大槌を振り回して自宅を解体する健造の姿があった。健造は気が狂ったかのように大槌を振り回し、目は修羅の如く眼光鋭く血走っている。
「おじさん、何してるの!!」
驚きのあまり秋子は叫んだが、その声は健造に一切届いていない。夏美に至っては、もはや言葉を失ってしまっている。
それは当然だろう、この世のどこに好き好んで自宅を解体する大工がいるだろうか?
「兄さん止めて!!!」
そんな健造へ、勇猛果敢に挑んだのは実妹である文恵。大槌を振り下ろした隙を隙を突いて、彼の背後から飛び掛かったのである。
「文恵、てめぇ何しやがる!!!」
突如入った横槍に健造は怯んだものの、間もなく文恵は振り払われてしまう。だが、妹として文恵はここで食い下がりたいところ。
「兄さん、お願いだから止めて!!」
何度振り払われようと、それでも健造へ飛び掛かる文恵。仮にも自身の生家、それを修羅の如く気の狂った兄が破壊しているのだ。
妹として、ここで黙っているわけには行かない。
「てめぇはすっこんでろ!!! 嫁に出た分際で出しゃばるな!!!」
だが、修羅となった健造はそう易々と止まるはずもない。それにしても、何が健造をこのような凶行に駆り立てるのだろうか?
「兄さん、それでは天国の和代さんも浮かばれませんよ!!!」
文恵にとって、それは今の健造を止める唯一の言葉だと信じていた。だが、そんな言葉を健造は冷たく打ち捨てる。
「和代には散々話した、その結果がこれだ。あいつは分かってくれているさ」
修羅の瞳の奥に、文恵は悲哀を感じた。もう誰も、健造を止めることは出来ないと......。
「……勝手にしてください!!」
全てを察した文恵は、その場を立ち去った。彼女の内心は、怒りと諦めの思いがどよめいていた。
文恵は、修羅となった兄を救えない無力さを痛感した。彼女はただ、悔し涙を押し殺すことで精一杯だった。
「おかあさーん!」
文恵の悔恨を察した秋子は、彼女の後を追った。無言の言葉、子供はそれを察する能力に優れている。
「うぉりゃーっ! せぇーい!」
文恵らが立ち去っても尚、修羅となった健造の手は止まらない。それをただ、夏美は遠くから傍観していた。
「......」
この時、夏美は冷静に健造を観察していた。彼女は、父から言い聞かされていた言葉を思い返している。
『男は背中で語る。嬉しい時も、悲しい時も』
かつての日本男児は、寡黙であることが美徳とされた。渦巻く感情を押し殺すこと、それはあらゆる不条理をやり過ごす最適解だったに違いない。
だが、夏美はその美徳に疑念を抱いていた。それはただ、不条理への逃げ口上ではないかと。
「ゲホッ! ゲホッ! ......邪魔ばっかしやがって、こん畜生めぇ!!」
一瞬、伯父は赤い何かを吐き出したように見受けられた。夏美は、それとなく伯父の押し殺していた何かに勘付いた。
おそらく、伯父の命はそう長く持たない。自身の運命を悟ったうえで、健造は家族にさえ病状をひた隠しにしてきたのだ。
「『武士は食わねど高楊枝』か……。そんなもは美徳なんかじゃない」
夏美は皮肉交じりにそう呟いた。この時の彼女は思っただろう、日本人の美徳なんてクソ喰らえと。
夏美もまた、腹の底から込み上げる激情を押し殺すだけだった。
義之の旅立ちを、秋子は物悲しく見守る。文恵もまた、黙って彼の旅立ちを見守ることしか出来なかった。
「さて、行きましょう。何だか兄さんが心配だわ」
この時、文恵は胸騒ぎを感じていた。彼女の第六感が、何かを察知していたのだろう。
「私も行く!」
秋子と夏美も、文恵の後に続いた。
――
源親子が健造宅へ訪れると、何やら不穏な音が響き渡っていた。それはさながら、何かを破壊しているかのようなけたたましい騒音だった。
「一体何!? 怖いよぉっ!」
秋子は戦慄している。文恵も同様に、不穏な空気を肌身で感じていた。
「兄さん、どうかご無事で......!」
文恵は兄の身を案じた。もしかしたら、強盗にでも襲撃されたのはないかと。だが、源親子は思わぬ光景を目の当たりにする。
「えいやぁっ! とうーっ!!」
源親子は目を疑った。そこには、大槌を振り回して自宅を解体する健造の姿があった。健造は気が狂ったかのように大槌を振り回し、目は修羅の如く眼光鋭く血走っている。
「おじさん、何してるの!!」
驚きのあまり秋子は叫んだが、その声は健造に一切届いていない。夏美に至っては、もはや言葉を失ってしまっている。
それは当然だろう、この世のどこに好き好んで自宅を解体する大工がいるだろうか?
「兄さん止めて!!!」
そんな健造へ、勇猛果敢に挑んだのは実妹である文恵。大槌を振り下ろした隙を隙を突いて、彼の背後から飛び掛かったのである。
「文恵、てめぇ何しやがる!!!」
突如入った横槍に健造は怯んだものの、間もなく文恵は振り払われてしまう。だが、妹として文恵はここで食い下がりたいところ。
「兄さん、お願いだから止めて!!」
何度振り払われようと、それでも健造へ飛び掛かる文恵。仮にも自身の生家、それを修羅の如く気の狂った兄が破壊しているのだ。
妹として、ここで黙っているわけには行かない。
「てめぇはすっこんでろ!!! 嫁に出た分際で出しゃばるな!!!」
だが、修羅となった健造はそう易々と止まるはずもない。それにしても、何が健造をこのような凶行に駆り立てるのだろうか?
「兄さん、それでは天国の和代さんも浮かばれませんよ!!!」
文恵にとって、それは今の健造を止める唯一の言葉だと信じていた。だが、そんな言葉を健造は冷たく打ち捨てる。
「和代には散々話した、その結果がこれだ。あいつは分かってくれているさ」
修羅の瞳の奥に、文恵は悲哀を感じた。もう誰も、健造を止めることは出来ないと......。
「……勝手にしてください!!」
全てを察した文恵は、その場を立ち去った。彼女の内心は、怒りと諦めの思いがどよめいていた。
文恵は、修羅となった兄を救えない無力さを痛感した。彼女はただ、悔し涙を押し殺すことで精一杯だった。
「おかあさーん!」
文恵の悔恨を察した秋子は、彼女の後を追った。無言の言葉、子供はそれを察する能力に優れている。
「うぉりゃーっ! せぇーい!」
文恵らが立ち去っても尚、修羅となった健造の手は止まらない。それをただ、夏美は遠くから傍観していた。
「......」
この時、夏美は冷静に健造を観察していた。彼女は、父から言い聞かされていた言葉を思い返している。
『男は背中で語る。嬉しい時も、悲しい時も』
かつての日本男児は、寡黙であることが美徳とされた。渦巻く感情を押し殺すこと、それはあらゆる不条理をやり過ごす最適解だったに違いない。
だが、夏美はその美徳に疑念を抱いていた。それはただ、不条理への逃げ口上ではないかと。
「ゲホッ! ゲホッ! ......邪魔ばっかしやがって、こん畜生めぇ!!」
一瞬、伯父は赤い何かを吐き出したように見受けられた。夏美は、それとなく伯父の押し殺していた何かに勘付いた。
おそらく、伯父の命はそう長く持たない。自身の運命を悟ったうえで、健造は家族にさえ病状をひた隠しにしてきたのだ。
「『武士は食わねど高楊枝』か……。そんなもは美徳なんかじゃない」
夏美は皮肉交じりにそう呟いた。この時の彼女は思っただろう、日本人の美徳なんてクソ喰らえと。
夏美もまた、腹の底から込み上げる激情を押し殺すだけだった。
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