第85話 嘲笑
ー/ー セミたちの声が、耳を劈くように周囲から響き渡る。よしゆきは、生まれて初めての夏休みを迎える。彼の友達も少しずつ増えて、学校生活は順調そのもの。
「よしゆきくん、こっちこっち!」
虫取り網を携えた子供達が、森林を跋扈している。彼らの追いかけているのは、先程から樹上で喧しく鳴いているアブラゼミだ。
「今度こそ、逃がさないように......」
樹上のセミは、少年たちの気配に気付いていない。そう確信したよしゆきは、忍び足でセミの真下まで迫っていく。
「そこだっ!」
至近距離まで迫ったよしゆきは、虫取り網を思い切り振り被った。だが間一髪のところで気付かれてしまい、セミに逃げられてしまった。
「くそぉ、逃がしたぁ!」
よしゆきは地団太を踏んだ。おまけにセミは逃げ去る間際、顔面に尿を浴びせたものだから彼の屈辱は割増しだろう。
「......あ、網に穴が開いてる!」
そして、肝心の虫取り網も綻んでいる始末。これは踏んだり蹴ったりだ。
「仕方ない、文恵おばさんのお店で新しい網を買うか」
これでは話にならないと理解したよしゆきは、虫取り網を新調すべく出直すことにした。
――
よしゆきは虫取り網を新調すべく、万事屋みなもとへ友達を引き連れてやって来た。
「文恵おばさん、虫取り網ちょうだい!」
よしゆきは店に入るなり、虫取り網を要望する。ボロボロになった虫取り網を見た文恵は、網の現況を察して新品の物を持ってきた。
「よしゆき、壊した網はこれで何本目?」
最初は『物は大事にしなさい』とよしゆきを諭していたが、彼があまりにも虫取り網を壊すものだから、逆にその記録をどこまで更新するのか気になってきている文恵だった。
「だって、セミはとっても逃げ足が早いんだよ?」
よしゆきはそう弁明するが、お世辞にも虫取りが上手いとは言えない。その証拠に、文恵が記憶する限りの彼は日に5本以上も虫取り網を壊している。
「セミを取るのもいいけど、気を付けないと熱射病になるよ?」
強い日差しの中で、虫取りに懸命なよしゆきを彼女は気遣う。今でこそ熱中症という言葉に置き換えられてしまっているが、その懸念は古今を問わない。
「とにかくスイカでも食べていきなさい。さぁ、お友達のみなさんもどうぞ!」
文恵の手元には、いつの間にか1玉のスイカが切り分けられていた。この機転の利きは個人商店勤めならではだろう。
『いただきまぁす!』
少年たちは、一斉にスイカへむしゃぶりつく。暑中に頬張るスイカの瑞々しさときたら、それは格別に違いない。
「おばさん、塩ちょうだい!」
中には食塩を要望する者もいる。昔から、スイカに食塩をかけると甘みが増すと言われている。
一般的には、食塩がスイカの甘みを引き出すと言われているが、実際のところは塩味の存在感が強くて味覚が甘味を欲してしまうだけなのではないかと筆者は疑っている。
「よぉし、どこまで種が飛ばせるか勝負だ!」
先にスイカを食べ終えた者は、次々に口から種を飛ばしてその飛距離を競っている。今でこそ見かけなくなっているが、田舎ではこうやってスイカの種飛ばしをしていた読者も珍しくはないだろう。
「よっしゃ、僕の勝ち!」
そんな中で、よしゆきの種が一番遠くまで飛んだようだ。不思議なもので、どんなに下らないことでも楽しめてしまうのは少年時代ならでは。そういう意味で、少年は遊びの天才だ。
「僕だって負けないぞ!!」
他の少年たちも意気込んで種を飛ばすが、よしゆきのそれには遠く及ばない。特に意味はないのだけれど、少年たちは何となく悔しそうだ。
『ごちそうさまでした!』
スイカを食べ終えた少年たちは、両手を合わせる。その言葉は、食物を提供してくれたものへの感謝の言葉だ。そして少、年たちは虫取りを再開した。
――
虫取りへ向かう道中の話、少年達は思い思いに話していた。
「おばさんのスイカ、美味しかったなぁ!」
文恵の供したスイカの評価は上々。そんな中、ある少年がぽつりと呟く。
「そういえば、よしゆき君のおかあさんってどんな人?」
よしゆきと遊ぶ度、彼の友達が接するのは叔母である文恵が大半。そのことに疑問を持つ者がいても不思議ではない。
「僕のおかあさんは、お盆になると帰って来るんだ。だから、いい子にして待ってる!」
よしゆきが、昔から父に言い聞かされた言葉だった。だが、その言葉を聞いた友達から嘲笑が溢れた。
「はははっ! お盆に帰って来るのは、虫になったご先祖様だよ! よしゆき君、笑わせないでよ!」
友達は笑い過ぎて腹が捩れそうな勢い。当の本人は本気で話していた手前、嘲笑の理由も分からず困惑してしまう。
「あ、あんなところにセミが! よしゆき君のお母さんかも知れないや!」
困惑しながらもよしゆきは悟った、自身の発言が友達から嘲笑の的になっていることを。このやりきれない怒りを、彼はどうしていいのか分からなかった。
「よしゆきくん、こっちこっち!」
虫取り網を携えた子供達が、森林を跋扈している。彼らの追いかけているのは、先程から樹上で喧しく鳴いているアブラゼミだ。
「今度こそ、逃がさないように......」
樹上のセミは、少年たちの気配に気付いていない。そう確信したよしゆきは、忍び足でセミの真下まで迫っていく。
「そこだっ!」
至近距離まで迫ったよしゆきは、虫取り網を思い切り振り被った。だが間一髪のところで気付かれてしまい、セミに逃げられてしまった。
「くそぉ、逃がしたぁ!」
よしゆきは地団太を踏んだ。おまけにセミは逃げ去る間際、顔面に尿を浴びせたものだから彼の屈辱は割増しだろう。
「......あ、網に穴が開いてる!」
そして、肝心の虫取り網も綻んでいる始末。これは踏んだり蹴ったりだ。
「仕方ない、文恵おばさんのお店で新しい網を買うか」
これでは話にならないと理解したよしゆきは、虫取り網を新調すべく出直すことにした。
――
よしゆきは虫取り網を新調すべく、万事屋みなもとへ友達を引き連れてやって来た。
「文恵おばさん、虫取り網ちょうだい!」
よしゆきは店に入るなり、虫取り網を要望する。ボロボロになった虫取り網を見た文恵は、網の現況を察して新品の物を持ってきた。
「よしゆき、壊した網はこれで何本目?」
最初は『物は大事にしなさい』とよしゆきを諭していたが、彼があまりにも虫取り網を壊すものだから、逆にその記録をどこまで更新するのか気になってきている文恵だった。
「だって、セミはとっても逃げ足が早いんだよ?」
よしゆきはそう弁明するが、お世辞にも虫取りが上手いとは言えない。その証拠に、文恵が記憶する限りの彼は日に5本以上も虫取り網を壊している。
「セミを取るのもいいけど、気を付けないと熱射病になるよ?」
強い日差しの中で、虫取りに懸命なよしゆきを彼女は気遣う。今でこそ熱中症という言葉に置き換えられてしまっているが、その懸念は古今を問わない。
「とにかくスイカでも食べていきなさい。さぁ、お友達のみなさんもどうぞ!」
文恵の手元には、いつの間にか1玉のスイカが切り分けられていた。この機転の利きは個人商店勤めならではだろう。
『いただきまぁす!』
少年たちは、一斉にスイカへむしゃぶりつく。暑中に頬張るスイカの瑞々しさときたら、それは格別に違いない。
「おばさん、塩ちょうだい!」
中には食塩を要望する者もいる。昔から、スイカに食塩をかけると甘みが増すと言われている。
一般的には、食塩がスイカの甘みを引き出すと言われているが、実際のところは塩味の存在感が強くて味覚が甘味を欲してしまうだけなのではないかと筆者は疑っている。
「よぉし、どこまで種が飛ばせるか勝負だ!」
先にスイカを食べ終えた者は、次々に口から種を飛ばしてその飛距離を競っている。今でこそ見かけなくなっているが、田舎ではこうやってスイカの種飛ばしをしていた読者も珍しくはないだろう。
「よっしゃ、僕の勝ち!」
そんな中で、よしゆきの種が一番遠くまで飛んだようだ。不思議なもので、どんなに下らないことでも楽しめてしまうのは少年時代ならでは。そういう意味で、少年は遊びの天才だ。
「僕だって負けないぞ!!」
他の少年たちも意気込んで種を飛ばすが、よしゆきのそれには遠く及ばない。特に意味はないのだけれど、少年たちは何となく悔しそうだ。
『ごちそうさまでした!』
スイカを食べ終えた少年たちは、両手を合わせる。その言葉は、食物を提供してくれたものへの感謝の言葉だ。そして少、年たちは虫取りを再開した。
――
虫取りへ向かう道中の話、少年達は思い思いに話していた。
「おばさんのスイカ、美味しかったなぁ!」
文恵の供したスイカの評価は上々。そんな中、ある少年がぽつりと呟く。
「そういえば、よしゆき君のおかあさんってどんな人?」
よしゆきと遊ぶ度、彼の友達が接するのは叔母である文恵が大半。そのことに疑問を持つ者がいても不思議ではない。
「僕のおかあさんは、お盆になると帰って来るんだ。だから、いい子にして待ってる!」
よしゆきが、昔から父に言い聞かされた言葉だった。だが、その言葉を聞いた友達から嘲笑が溢れた。
「はははっ! お盆に帰って来るのは、虫になったご先祖様だよ! よしゆき君、笑わせないでよ!」
友達は笑い過ぎて腹が捩れそうな勢い。当の本人は本気で話していた手前、嘲笑の理由も分からず困惑してしまう。
「あ、あんなところにセミが! よしゆき君のお母さんかも知れないや!」
困惑しながらもよしゆきは悟った、自身の発言が友達から嘲笑の的になっていることを。このやりきれない怒りを、彼はどうしていいのか分からなかった。
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