表示設定
表示設定
目次 目次




第72話 恭治郎のクラフトコーラ

ー/ー



 ここは昼下がりのほむら喫茶。古びた店舗への客足はまちまちで、店内は相変わらず閑散としている。そんな中、休日でありながらいつもと変わらないルーティンでここへ訪れるのが久住薫だ。
「マスター、何やってるのぉ?」
 いつものアメリカンコーヒーを片手に、薫は恭治郎の手元を不思議そうに見つめている。彼の手元には数々のスパイスとおぼしき物がいくつも並べられ、それはカウンターを越えるほどに埋め尽くしている。
「商工会から町おこしの為に新作メニューを頼まれたのですよ。元はといえば観光協会の押し付けらしいのですが......」
 近年は各自治体で町おこしが盛んとなっており、それによって経済の活性化を目論んでいる。たとえそれは街の喧騒から離れた羽馴島とて例外ではないようだ。
「町おこしかぁ......。マスターのアメコ、私は十分美味しいと思うけどなぁ??」
 常連客というのは、その店の味だけでなく雰囲気も気に入って通い詰める。彼女からすれば、町おこしといった奇をてらう手法はあまり馴染まないのかもしれない。
「お褒めの言葉、感謝いたします。しかしながら、人間は生まれながらに目新しさを求めてしまう生き物なのです。その業に、私達も逆らうことは出来ません」
 恭治郎は謝意を述べつつも、人間の業の深さに嘆声を漏らす。覇道を心得た者ならば、それはなおさら承知の事実だろう。
「それと同時に、新しさを求めて文明を発展させてきたのもまた私達人間です。生きることはすなわち、人間にとっての飽くなき欲望の探求とも言えましょう」
 覇道を心得たものの言葉、それは生きることに根源にある物だ。人間の存在理由はここにあるが、自身の欲求を満たすということには(おおよ)そ間違いない。
「何だか難しいこと言うねぇ? マスター、そんなこと言うとまた顔の皺が増えちゃうよ??」
 薫は恭治郎を茶化すように話す。どちらかというと、恭治郎は笑うことが少ない。彼女の皮肉はそういった彼の特徴を的確に捉えている。
「亀の甲より年の功。この皺は私にとっての誇りですよ?」
 恭治郎の返しもなかなかに秀逸。こんなやりとりは、常連客という立場ならではだろう。
「......で? その町おこしに何を作ってるのぉ?」
 薫の興味はやはり、恭治郎の開発しているという町おこしのそれだ。数々のスパイスは個々の主張が強く、店内はそれらの芳香が支配してしまっている。
「私が注目するのは、ずばりコーラ! これが最適解と思うのです」
 恭治郎は声高くそれを主張する。しかしながら、スパイスとコーラにどのような因果があるのだろうか?
「コーラかぁ......あれって色付きの砂糖水だよねぇ? 私には今一つ良さが分からないなぁ」
 薫の思うコーラは、いわゆる大衆向けのコーラであろう。だが、恭治郎の思い描くそれは彼女とは違うようだ。
「薫さん、あなたはコーラの奥深さを知らないようですね? コーラは元来、整腸薬として誕生したのです。それが今や、大衆の愛する飲料へと変貌を遂げた。これは実に興味深いと思いませんか?」
 恭治郎の言うようにコーラの起源の一つは製薬会社であり、元々は整腸薬として開発された経緯がある。一方、スパイスも物によっては薬効が認められるものもある。そういう意味で、コーラとスパイスの関係は遠いようで近いものである。
「喫茶店のマスターがコーラ作りかぁ......何だかそれも珍しいねぇ?」
 恭治郎の話を聞いてもなお、薫の違和感は拭えない。確かに、コーヒーマイスターがコーラ開発というのも珍妙かもしれない。
「カルディの伝説によれば、コーヒーも本来は元気が溢れる薬として用いられていたそうですからね。言うなれば、コーヒーもコーラも似たようなものです」
 恭治郎の理屈はどことなく力業のような気もしなくはない。勿論、その理屈は薫も理解かねる様子だ。
 そんなコーラ談義をしている二人の背後で扉を開ける音がした。そこへやって来たのは通りかかりの亜細亜だった。
「恭治郎、炭の納品へ来たぞ! おぉ、小娘は相変わらず暇を持て余しているのか?」
 薫の横顔を見るや否や、亜細亜は皮肉交じりな一言投げかける。彼の皮肉はもはやお約束だ。
「亜細亜君、耳のそれは補聴器? 亜細亜君も歳を取ったんだねぇ??」
 皮肉には皮肉で返す、これも毎度おなじみの光景。その言葉に苛立ちを覚えた亜細亜は即座に言い返す。
「補聴器とは失礼な! これはだ」
 亜細亜は尤もらしく言うが、そもそもスマートフォンは音声認識を前提としていない。形も耳栓タイプのそれを補聴器と思われても仕方あるまい。
「さて、納品も一段落着いた。恭治郎、いつもの一杯を頼む!」
 薫の返した皮肉を適当にあしらい、亜細亜はカウンターへ着くなりいつもの鴛鴦茶を注文する。本来は注文出来ない飲み物だったが、亜細亜の強い要望からほむら喫茶のメニューへ追加されたものである。
「亜細亜さん、貴方は相変わらず鴛鴦茶が好きですねぇ......鴛鴦茶......コーヒー......はっ!!!」
 その時、恭治郎は何かを閃いた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第73話 コーヒーとコーラの出会い


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ここは昼下がりのほむら喫茶。古びた店舗への客足はまちまちで、店内は相変わらず閑散としている。そんな中、休日でありながらいつもと変わらないルーティンでここへ訪れるのが久住薫だ。
「マスター、何やってるのぉ?」
 いつものアメリカンコーヒーを片手に、薫は恭治郎の手元を不思議そうに見つめている。彼の手元には数々のスパイスとおぼしき物がいくつも並べられ、それはカウンターを越えるほどに埋め尽くしている。
「商工会から町おこしの為に新作メニューを頼まれたのですよ。元はといえば観光協会の押し付けらしいのですが......」
 近年は各自治体で町おこしが盛んとなっており、それによって経済の活性化を目論んでいる。たとえそれは街の喧騒から離れた羽馴島とて例外ではないようだ。
「町おこしかぁ......。マスターのアメコ、私は十分美味しいと思うけどなぁ??」
 常連客というのは、その店の味だけでなく雰囲気も気に入って通い詰める。彼女からすれば、町おこしといった奇をてらう手法はあまり馴染まないのかもしれない。
「お褒めの言葉、感謝いたします。しかしながら、人間は生まれながらに目新しさを求めてしまう生き物なのです。その業に、私達も逆らうことは出来ません」
 恭治郎は謝意を述べつつも、人間の業の深さに嘆声を漏らす。覇道を心得た者ならば、それはなおさら承知の事実だろう。
「それと同時に、新しさを求めて文明を発展させてきたのもまた私達人間です。生きることはすなわち、人間にとっての飽くなき欲望の探求とも言えましょう」
 覇道を心得たものの言葉、それは生きることに根源にある物だ。人間の存在理由はここにあるが、自身の欲求を満たすということには|凡《おおよ》そ間違いない。
「何だか難しいこと言うねぇ? マスター、そんなこと言うとまた顔の皺が増えちゃうよ??」
 薫は恭治郎を茶化すように話す。どちらかというと、恭治郎は笑うことが少ない。彼女の皮肉はそういった彼の特徴を的確に捉えている。
「亀の甲より年の功。この皺は私にとっての誇りですよ?」
 恭治郎の返しもなかなかに秀逸。こんなやりとりは、常連客という立場ならではだろう。
「......で? その町おこしに何を作ってるのぉ?」
 薫の興味はやはり、恭治郎の開発しているという町おこしのそれだ。数々のスパイスは個々の主張が強く、店内はそれらの芳香が支配してしまっている。
「私が注目するのは、ずばりコーラ! これが最適解と思うのです」
 恭治郎は声高くそれを主張する。しかしながら、スパイスとコーラにどのような因果があるのだろうか?
「コーラかぁ......あれって色付きの砂糖水だよねぇ? 私には今一つ良さが分からないなぁ」
 薫の思うコーラは、いわゆる大衆向けのコーラであろう。だが、恭治郎の思い描くそれは彼女とは違うようだ。
「薫さん、あなたはコーラの奥深さを知らないようですね? コーラは元来、整腸薬として誕生したのです。それが今や、大衆の愛する飲料へと変貌を遂げた。これは実に興味深いと思いませんか?」
 恭治郎の言うようにコーラの起源の一つは製薬会社であり、元々は整腸薬として開発された経緯がある。一方、スパイスも物によっては薬効が認められるものもある。そういう意味で、コーラとスパイスの関係は遠いようで近いものである。
「喫茶店のマスターがコーラ作りかぁ......何だかそれも珍しいねぇ?」
 恭治郎の話を聞いてもなお、薫の違和感は拭えない。確かに、コーヒーマイスターがコーラ開発というのも珍妙かもしれない。
「カルディの伝説によれば、コーヒーも本来は元気が溢れる薬として用いられていたそうですからね。言うなれば、コーヒーもコーラも似たようなものです」
 恭治郎の理屈はどことなく力業のような気もしなくはない。勿論、その理屈は薫も理解かねる様子だ。
 そんなコーラ談義をしている二人の背後で扉を開ける音がした。そこへやって来たのは通りかかりの亜細亜だった。
「恭治郎、炭の納品へ来たぞ! おぉ、小娘は相変わらず暇を持て余しているのか?」
 薫の横顔を見るや否や、亜細亜は皮肉交じりな一言投げかける。彼の皮肉はもはやお約束だ。
「亜細亜君、耳のそれは補聴器? 亜細亜君も歳を取ったんだねぇ??」
 皮肉には皮肉で返す、これも毎度おなじみの光景。その言葉に苛立ちを覚えた亜細亜は即座に言い返す。
「補聴器とは失礼な! これは《《すまほ》》だ」
 亜細亜は尤もらしく言うが、そもそもスマートフォンは音声認識を前提としていない。形も耳栓タイプのそれを補聴器と思われても仕方あるまい。
「さて、納品も一段落着いた。恭治郎、いつもの一杯を頼む!」
 薫の返した皮肉を適当にあしらい、亜細亜はカウンターへ着くなりいつもの鴛鴦茶を注文する。本来は注文出来ない飲み物だったが、亜細亜の強い要望からほむら喫茶のメニューへ追加されたものである。
「亜細亜さん、貴方は相変わらず鴛鴦茶が好きですねぇ......鴛鴦茶......コーヒー......はっ!!!」
 その時、恭治郎は何かを閃いた。