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第71話 亜細亜、鯨の髭を買う

ー/ー



「ビッグバン、恭治郎に電話してくれ」
 早くも、bEarを使いこなしている亜細亜。彼はこれまで近代的なものに対して嫌悪感を抱いており、通信機器は専ら固定電話しかなかった。
 しかしながら、きっかけさえ掴めば思いのほか順応は早い。人間、最初の一歩は大きな一歩である。
『あと10分ほどで炭が届く……? 亜細亜さん、一体どこから電話しているのですか!?』
 電話越しに恭治郎は驚いている。亜細亜のスマートフォンデビューなど、知る由もないだろう。
――
 ほむら喫茶へ到着した亜細亜は、炭の納品ついでにbEarをお披露目した。
「こんな耳栓がスマートフォンだなんて……信じられない。ましてや、アナログ男の亜細亜さんがスマホデビューだなんて......」
 亜細亜の諸々の変化に、びっくりしたままの恭治郎。その変化はなかなか受け入れがたい。
「一言多いぞ。儂とて、時代の変化を受け入れる寛容さくらいあるわい」
 亜細亜は尤もらしい言い分だが、先日の通り魔事件報道がきっかけとなったのは間違いない。
「亜細亜さん、それなら新作コーヒーを試してみませんか? 今回は自信作、ストロベリーエスプレッソですよ?」
 恭治郎は、ここぞとばかりに試飲を促す。普段なら頭ごなしに却下するが、今日の亜細亜はえらく柔軟だ。
「......残念ながら、イチゴの味が一切死んでいる。新鮮なイチゴの香りは、どこへ行ったのだ??」
 いたって普通の講評。普段なら、この時点で激昂しているはずなのだが。
「そりゃそうだ、イチゴが、エスプレッソの深い苦みに勝てるわけないでしょう?」
 恭治郎も、それを承知の上だった。だが、亜細亜の変化を確かめるために、敢えて試飲を勧めたのだろう。
「……おっと、次の納品先を待たせてしまう!」
 亜細亜は、bEarを使い倒さんとする勢いだ。先方へ連絡を入れた亜細亜は、会話もそこそこにほむら喫茶を後にした。
――
 納品先へ向かう亜細亜は、bEarに対して様々な問いかけをしている。
「ビッグバン、今日の天気はどうだ?」
 bEarは即応する。さて、どのような返答があるのだろうか?
『1日を通して晴れますが、時折小雨が降るでしょう』
 返答はビッグデータを基にしているが、レスポンスの早さは他社のそれを優に超えている。
「ビッグバン、今日の儂の運勢を教えてくれ」
 興味本位なのか、自身の運勢を訪ねる亜細亜。通り魔事件報道は、別の意味でも彼に大きな影響を及ぼしている。
『乙女座の運勢は最高潮! ラッキーアイテムは、鯨の髭です!』
 実をいうと、亜細亜は乙女座。それより、ラッキーアイテムがあまりにもニッチではないか?
「鯨の髭......ひと狩り行こうか」
 いや待て亜細亜、その発想はおかしい。一個人が捕鯨するのはいくら何でも無理がある。
『羽馴島近海には、多くのザトウクジラが回遊しています。鯨の髭を採取するには最適です』
 bEarから、まさかの発言。反捕鯨団体が聞いたら、ただでは済まないかもしれない。
『アップデート完了。近隣に販売情報あり。検索開始します』
 最新鋭のスマートフォンは行動が早い。しかしながら、鯨の髭という希少品が販売されている場所とはいかに??
「......おや? ここはみなもとではないか?」
 灯台下暗し。意外にも、身近な場所で鯨の髭は販売していた
「鯨の髭? これですね。え?……今日のラッキーアイテム??」
 秋子は状況を理解できないまま、鯨の髭を取り出した。どうやらそれは、夫である冬樹がどこかの町で仕入れたらしい。
 彼曰く、マニア狙いで仕入れたらしいのだが、売れ行きは芳しくない。店の片隅で叩き売りされていたのが、それを物語っている。
「儂にもよく分からんが、とにかく一本くれ!」
 亜細亜は強面で秋子へ迫る。その形相に、秋子もタジタジだ。
「え、え、えっと......3,000円になります!」
 秋子は思わず声が上ずる。実を言うと、鯨の髭はこれが初めての売り上げとなる。
「秋子殿、かたじけない......!」
 鯨の髭を手に入れ、謝意を告げる亜細亜。不良在庫が少しでも売れたという意味で、助かるのはむしろ秋子の方だろう。
――
 帰りの道中、ラッキーアイテムを手にした亜細亜はふと思う。それは用途についてだ。
「ラッキーアイテムと言ったが、これはどう使うものか......」
 勢いで買ったものの、亜細亜は思いあぐねる。果たしてbEarの回答は......。
『鯨の髭は工芸品の材料となり、茶たくや置物などに加工されます。その他、釣り竿や楽器などにも利用されます』
 多くの国で捕鯨が禁止されている昨今、鯨の髭は希少価値の高い素材である。日本でも捕鯨禁止の風潮により、その加工技術は消滅の一途を辿っているのだ。
「鯨の髭か......。これはえらくしなるわい」
 大きな特徴と言えば、何と言っても柔軟かつ丈夫であること。背中にかゆみを覚えた亜細亜は、鯨の髭を孫の手として用いた。


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「ビッグバン、恭治郎に電話してくれ」
 早くも、bEarを使いこなしている亜細亜。彼はこれまで近代的なものに対して嫌悪感を抱いており、通信機器は専ら固定電話しかなかった。
 しかしながら、きっかけさえ掴めば思いのほか順応は早い。人間、最初の一歩は大きな一歩である。
『あと10分ほどで炭が届く……? 亜細亜さん、一体どこから電話しているのですか!?』
 電話越しに恭治郎は驚いている。亜細亜のスマートフォンデビューなど、知る由もないだろう。
――
 ほむら喫茶へ到着した亜細亜は、炭の納品ついでにbEarをお披露目した。
「こんな耳栓がスマートフォンだなんて……信じられない。ましてや、アナログ男の亜細亜さんがスマホデビューだなんて......」
 亜細亜の諸々の変化に、びっくりしたままの恭治郎。その変化はなかなか受け入れがたい。
「一言多いぞ。儂とて、時代の変化を受け入れる寛容さくらいあるわい」
 亜細亜は尤もらしい言い分だが、先日の通り魔事件報道がきっかけとなったのは間違いない。
「亜細亜さん、それなら新作コーヒーを試してみませんか? 今回は自信作、ストロベリーエスプレッソですよ?」
 恭治郎は、ここぞとばかりに試飲を促す。普段なら頭ごなしに却下するが、今日の亜細亜はえらく柔軟だ。
「......残念ながら、イチゴの味が一切死んでいる。新鮮なイチゴの香りは、どこへ行ったのだ??」
 いたって普通の講評。普段なら、この時点で激昂しているはずなのだが。
「そりゃそうだ、イチゴが、エスプレッソの深い苦みに勝てるわけないでしょう?」
 恭治郎も、それを承知の上だった。だが、亜細亜の変化を確かめるために、敢えて試飲を勧めたのだろう。
「……おっと、次の納品先を待たせてしまう!」
 亜細亜は、bEarを使い倒さんとする勢いだ。先方へ連絡を入れた亜細亜は、会話もそこそこにほむら喫茶を後にした。
――
 納品先へ向かう亜細亜は、bEarに対して様々な問いかけをしている。
「ビッグバン、今日の天気はどうだ?」
 bEarは即応する。さて、どのような返答があるのだろうか?
『1日を通して晴れますが、時折小雨が降るでしょう』
 返答はビッグデータを基にしているが、レスポンスの早さは他社のそれを優に超えている。
「ビッグバン、今日の儂の運勢を教えてくれ」
 興味本位なのか、自身の運勢を訪ねる亜細亜。通り魔事件報道は、別の意味でも彼に大きな影響を及ぼしている。
『乙女座の運勢は最高潮! ラッキーアイテムは、鯨の髭です!』
 実をいうと、亜細亜は乙女座。それより、ラッキーアイテムがあまりにもニッチではないか?
「鯨の髭......ひと狩り行こうか」
 いや待て亜細亜、その発想はおかしい。一個人が捕鯨するのはいくら何でも無理がある。
『羽馴島近海には、多くのザトウクジラが回遊しています。鯨の髭を採取するには最適です』
 bEarから、まさかの発言。反捕鯨団体が聞いたら、ただでは済まないかもしれない。
『アップデート完了。近隣に販売情報あり。検索開始します』
 最新鋭のスマートフォンは行動が早い。しかしながら、鯨の髭という希少品が販売されている場所とはいかに??
「......おや? ここはみなもとではないか?」
 灯台下暗し。意外にも、身近な場所で鯨の髭は販売していた
「鯨の髭? これですね。え?……今日のラッキーアイテム??」
 秋子は状況を理解できないまま、鯨の髭を取り出した。どうやらそれは、夫である冬樹がどこかの町で仕入れたらしい。
 彼曰く、マニア狙いで仕入れたらしいのだが、売れ行きは芳しくない。店の片隅で叩き売りされていたのが、それを物語っている。
「儂にもよく分からんが、とにかく一本くれ!」
 亜細亜は強面で秋子へ迫る。その形相に、秋子もタジタジだ。
「え、え、えっと......3,000円になります!」
 秋子は思わず声が上ずる。実を言うと、鯨の髭はこれが初めての売り上げとなる。
「秋子殿、かたじけない......!」
 鯨の髭を手に入れ、謝意を告げる亜細亜。不良在庫が少しでも売れたという意味で、助かるのはむしろ秋子の方だろう。
――
 帰りの道中、ラッキーアイテムを手にした亜細亜はふと思う。それは用途についてだ。
「ラッキーアイテムと言ったが、これはどう使うものか......」
 勢いで買ったものの、亜細亜は思いあぐねる。果たしてbEarの回答は......。
『鯨の髭は工芸品の材料となり、茶たくや置物などに加工されます。その他、釣り竿や楽器などにも利用されます』
 多くの国で捕鯨が禁止されている昨今、鯨の髭は希少価値の高い素材である。日本でも捕鯨禁止の風潮により、その加工技術は消滅の一途を辿っているのだ。
「鯨の髭か......。これはえらくしなるわい」
 大きな特徴と言えば、何と言っても柔軟かつ丈夫であること。背中にかゆみを覚えた亜細亜は、鯨の髭を孫の手として用いた。